100001HITしていただいたみどりさまのリクエストです。

お題は…。

「本編第22話準拠、または分岐」「始まりはアラエル撃退後から」「シンジ一人称」というお題を頂きました。

正直言って、このリクはきつい!さすがにお知り合い。私の弱点を熟知しておられる。

でもでも、天邪鬼ですから、私。例によって方向性を捻じ曲げてしまいました。

ということで、天邪鬼の権化・ジュンが贈ります、100001HIT記念SSは…。終幕となります。

ああ、書きすぎて上下に分割となりました。長くて申し訳ないです。

 


 

「何よ、これ…」

 言葉を発したのはミサトさんだけだった。

 僕もアスカもただ呆然と目の前のものを見つめていた。

 巨大な水槽に漂う、数え切れないほどの数の綾波。

 無表情なんだけど、どこか微笑を浮かべているかのようにも見える。

 しかも裸だ。

 水着くらい着せてあげればいいのに…なんて、少し経ってから思ったその瞬間。

「ぐぇっ!」

 前頭部に衝撃を受けて、ふらついた身体はそのまま何かに首締めされた。

 ああ…この匂いは、アスカだ…。

「見るな!アンタは私以外の女性の裸は厳禁なのよ!」

「あら、娘が生まれたら?お風呂にも入れないわね。オムツだってあるし」

「くっ!じゃ、私と娘以外は禁止!わかった?」

「う、うん…」

「リツコ、タオルか何かない?」

 

 

The Longest Day

 

〜 未来 〜


100001HITリクSS

2003.12.26         ジュン

 

 

 真っ暗…。

 眼球が痛くなるくらい、アスカはタオルを僕の顔面に巻きつけた。

 そのタオルの下にご丁寧にハンカチまで押えられてるから、本当に何も見えない。

 ただ声が聞こえるだけ。

 あ、それにハンカチから微かにアスカの匂いもする。

 アスカってあのシャンプーの匂いがどうして全身からするのかなぁ。

 L.C.L.から出た後のシャワーで髪も洗ってるみたいだけどね。

 それにしても、あの綾波の大群…。

 言っちゃ悪いけど、魚群って言った方が正しいみたいなあの巨大な水槽。

 綾波っていったい…。

 僕の疑問はリツコさんによって晴らされた。

 僕の母さんのクローン。

 まさかのことを考えてあんなに大量に…。

 父さんの考えに吐き気がした。

 確かに用心に用心を重ねてのことだとは思う。

 それに綾波に対する父さんの感情。

 僕に対するよりも何となく愛情がこもっていたのはこの所為だったんだ。

 だけど、やりすぎだ。

 この中にいる綾波たちはどうなるんだ?

 この子たちは何のために生かされているんだ。

 我が儘だよ、あまりに。

 そりゃあ僕だってあすかがもし母さんみたいになってしまったら、父さんと同じことをするかもしれない。

 だけど、あんなに…そう予備を作るなんて。

 予備って言葉がぴったりだ。

 計画者としては間違ってないんだろうけど、人として間違ってる。

 絶対に間違ってる。

 僕がそんな思いにとらわれてる間、ミサトさんが一方的にリツコさんを罵倒していた。

 ミサトさんもこの計画に加担していた人間が許せなかったんだろう。

 最後にぱしんと頬が鳴る音がして、周囲は沈黙に包まれた。

 なんだか息をするのも苦しいや。

 そんな僕の手を柔らかい手がぎゅっと握り締めた。

 アスカの手だ。何も言葉はないけど、間違いない。

 僕も強く握り返す。

 アスカは綾波のことが嫌いだったみたいだけど、この光景を見てどう思ったんだろう?

「リツコ」

 僕のすぐ隣でアスカの声がした。

「なに?」

「これ、全部殺していい?」

 抑揚のない声でアスカがそんな非情な言葉を吐き出した。

「待ってよ、アスカ。それは…」

「シンジは黙ってて。ミサトも」

 アスカは僕の手を離そうとしたけど、それは許さない。

 絶対に離すもんか。

「私ってさ、もともとアイツの事気に食わないし、こんなの気持ち悪いじゃない。

 私がみんな殺してしまうわ。いいでしょ」

「待ちなさい、アスカ!」

「そうだよ、酷すぎるよ」

「嫌いになった?私ってこんな酷い女なのよ、シンジ…」

「素直じゃないのね、アスカ」

「何がよ」

「あなた、レイのことを…今、人間として生きている、レイのことを考えたんでしょ?

 こんなスペアが存在するレイの気持ちを。一人の人間として生きて欲しいからスペアを抹消したい。

 そういうことね。そうでしょ、アスカ」

「違うわ。私、そんなに暖かい人間じゃないもん。私はただ…」

「で、あなた一人が悪者になればいいと。そう思ったんでしょう。

 私たちにそんなことがさせられないとね。でも、司令にどんな処置を受けるかわからないわよ」

「うっ…」

 リツコさんの冷静な指摘は的を射ていたようだ。

 アスカが黙り込んでしまった。

「処刑されるかも。それくらいのこと、平気でするわ、あの人は…。

 いえ、すぐにはしないわね。計画が終わったら…かしら?」

 父さんがアスカを殺す。

 ……。

 おそらく、リツコさんの言うとおりだろう。

 父さんにとってアスカはただの道具だ。

 でも、そんなことこの僕が許さない。

「処理するなら、私がするわ。憎まれるのには慣れてるから。でも…」

 リツコさんが小さく息を吸い込んだ。

「この身体はスペアという意味だけじゃない。

 サルベージの時に必要になるかもしれないの。特に惣流キョウコ博士のためには」

「どういうことよ、それっ」

「あなたのお母さんは魂だけしかない。

 身体はすでになくなってしまってるから。だから、この肉体を使って再生することができるかもしれない。

 もしかしたら、レイの外見そのままに惣流博士の心が宿る結果になるかもしれないけどね」

 レイの身体にアスカのお母さんの心。

 14歳の少女の肉体に30を過ぎた女性の精神…。

 それでいいのだろうか?

 アスカは黙っている。

 その呼吸だけが聞こえてくる。

 そして、それが落ち着いてきたとき、アスカは大きく息を吸い込んだ。

「そんなの決まってんじゃん。どんな身体でも容姿でも、ママが生きているってだけで充分よ。

 ま、ファーストの身体をしたママに向かって、ママぁ〜って甘えて見せるのも面白いかもね。

 それ見てファースト本人がどんな顔をするのかってのも楽しみよ」

「どうなるかはわからないわよ。未知の領域の話だから。

 ただそのためにこの肉体にはいてもらわないといけない」

「ふん、結局髭司令とやってることはそうかわらないってことよね。

 自分の利益のためにこの肉体を利用するなんてさ。あ〜あ、自己嫌悪。

 ね、シンジ。アンタはどう思う?」

「……」

 言えない。いや、わからない。

 何が正しいのか。どうすればいいのか。

 確かにアスカの言うように、これじゃ父さんの批判なんてできっこない。

「あ、ごめん、シンジ。答えなくていいよ」

「アスカ…ごめん」

「アスカ、アンタは間違ってるわ」

 ミサトさんが低くくごもった声を出した。

「人間として間違ってる。そんなことは許しちゃいけない」

「ミサトさんっ」

「でも、仕方ないよね。家族を…愛する人を取り戻したいって気持ちは誰にも止められやしない。

 私も人非人になるしかないか…。でも、リツコ」

「わかってる。それが終わったら、私が処分する」

 リツコさんの声、少しだけ震えてる。

 多分、目隠しされていなかったら全然気付かなかったと思う。

 それだけ微妙なくらいの震えだったんだ。

「そんなっ、リツコにだけ責任負わせるわけにはいかないわよ」

「いいの。彼女たちとは縁が深いんだし…」

 リツコさんって父さんの計画にどれだけ深くかかわってるんだろう?

 どうして、父さんに付いていってるんだろう?

 わからない。

 まさか……、いや、そんなこと考えたらリツコさんに失礼だ。

 もし、そうなら、父さんを軽蔑する。

 

 その後、場所を移動したので、ようやく目隠しから開放された。

 目を覆っていたハンカチをアスカが大事そうに畳んでポケットに入れるのを見て、

 何となく嬉しくなった。僕って単純だなぁ…。

 そこで、リツコさんから父さんの計画を詳しく聞いた。

 といってもすべてを知っているわけではないらしい。

 ただ、人類補完計画。

 それだけはいやだ。

 昔の僕ならそんな平穏な世界があるなら、その計画に惹かれていたかもしれない。

 でも、今の僕にはアスカがいる。

 アスカと一緒に生きていきたい。

 デートもしたい。

 映画に行ったり、遊園地に行ったり、ハイキングに行ったり…。

 みんながひとつになってしまったら、そんなことはできない。

 例えアスカと大喧嘩をすることがあっても、アスカの考えていることがわからなくても、

 すべてを共有するなんてそんなのはイヤだ。

 それじゃ、あのアスカを襲った使徒と一緒じゃないか。

 アスカも僕と同じ気持ちのようだった。

 そして、驚いたことに父さんはその計画に加担している振りをしているだけだと教えてもらった。

 父さんは…父さんの目的は…。

 母さんの復活。

 そのために、何をしようとしているんだろう?

 リツコさんはそれがわかってるんだろうか?

 ふとミサトさんを見ると、その顔が憤怒の色に染まっていた。

「ミサト…さん?」

「リツコ!まさかっ!」

「ふふふ、さすがに勘だけは鋭いわね。作戦本部長さま」

「茶化さないで。そういうこと、なのね」

「多分ね。はっきりはわからないけど」

 ミサトさんが僕を見た。

 いや、睨んだといった方が当たっているような形相だ。

 どうして…?

 その時、僕の前にアスカの背中がすっと現れる。

「ミサト。シンジは髭司令とは違うわ。やめてくれる?そんな態度は」

「アスカ?」

 ちょっと待ってよ。みんなわかってるみたいだけど、全然わからない。

 どんなに考えても…。

「そうね。そうよね。シンちゃんには何の責任もないわよね」

「そうよ。シンジの事は私が守る。何が起ころうと」

「ごめんね、シンちゃん。ちょっち、熱くなっちゃった。セカンドインパクトの所為ね、きっと」

 セカンドって…。

 あっ!

「も、も、もしかして…。そんな!」

「やっと気付いたの?」

 何てことだ。

 サードインパクトを起こすなんて…。

「リツコさん、それで母さんが復活するんですか?父さんの考えどおりに」

「さあ、どうかしら?正直言って、私の頭脳の範囲外だわ。ただ、あの人はそれで巧く行くと思い込んでいる」

「シンジ?」

 アスカが心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

 きっと物凄い形相になっていたと思う。

 そのときの僕の心の中には、色々な感情が渦巻いていたんだ。

 怒り、哀しみ、恐れ、憐れみ…。そして、決意。

「僕は止める。どっちの計画も。使徒を倒して、ゼーレも倒して、父さんも…」

「シンジっ!」

「もし父さんがそんな計画を進めるのなら、僕の手で…」

 父さんの気持ちはよくわかるけど、ダメなものはダメだ。

「ば〜か」

 アスカがにっこり笑って僕のおでこをぱちんと指ではじく。

「いてっ!」

「気張りすぎだよ、馬鹿シンジの癖に…」

 アスカが微笑む。

 こんなに優しそうに僕を見つめるアスカは初めてのような気がする。

 ああ…、何だかさっきの自分が嘘みたいだ。

 まるで、さっきのアスカのデコパッチンで張りつめた空気が一気に抜けたような…。

「アンタのそんな顔、好きだよ、私」

「へ?」

「その、間の抜けた顔。のほほんとした顔のアンタの方がいい。切羽詰った顔のシンジはイヤ…」

 なんだかあんまりな内容だけど、う〜ん、その方がいいのかもしれない。

 やるときはやるつもりだけど、いつもいつもギラギラしているのは僕には無理かもしれない。

「あはは!シンジったらその気になってる!」

 アスカはにたぁと顔を崩して笑い出した。

「あっ!からかったな、アスカ」

「へへへ、でも半分以上本音よ」

 もう…、元気になった途端にコレだよ。

 ま、それでいいんだけどね。

「はいはい、いちゃつくのはお姉さんたちのいないところでしてくれる?」

「あ、ごめんなさい」

「こら、何謝ってるのよ。別に悪いことしてないじゃない」

「だって、深刻な話をしてるのに…」

「その深刻な話の方は私とリツコでしておくわ。

 あんたたちはさっさと家に帰りなさい」

「帰っていいの?」

 アスカが目を輝かせた。

「いいんでしょ。リツコ?」

「病院でベタベタされるとみんな困るから。いいわ、帰っても」

 そんなに冷静に言わないでくださいよ、リツコさん。

「あ、でも2人きりだからって変なことしちゃダメよぉ」

「し、しませんよ。そんなこと」

「なぁんだ。記念にシンジに許してあげようと思ったのにな」

「えっ!」

 しまった、男としての条件反射ってヤツだろう。

 アスカの言葉に即座に反応してしまった。

「くくくっ、おっかしい!シンジの顔」

「もう!アスカ。シンちゃんをからかっちゃダメよ。落ち込んじゃうわよ」

「技術部長として言っておくけど、キスまでしかしちゃダメよ。エヴァにどんな影響が出るかわからないから」

「あ、それなら作戦部長からも一言。

 あまりいちゃつきが酷くなったら、作戦部長の士気に影響するからほどほどにねぇ」

「わかったわ。約束する」

 すっとアスカが真顔に戻った。

「そのかわり、私に任せて欲しいことがあるんだけど…」

 

 アスカは凄い。

 とんでもないことを考える。

 多分、今朝までその存在自体を疎ましく思っていたはずの綾波のことを自分に任せて欲しいと言い出したんだ。

 やっぱりあの綾波の秘密を知ったことがアスカを変えたんだろうか?

 僕から1mくらい前方をさっさと歩くその後姿は、何だか自信たっぷりだ。

 まったく不思議だよ。

 あのアスカはどこに行ってしまったんだろうかと思う。

 病室で震えていたあの姿。

 あの姿を忘れてはいけない。絶対に忘れてはいけない。

 アスカをあんな姿に二度とさせてはいけないんだ。

 アスカの背中を見つめながら、そんな重大なことを決意していた時だった。

「ハァ〜イッ!レイ、元気してたぁ?」

 突然、アスカの大声。

 アスカの肩越し、10mほど向こうに綾波が立ちすくんでいた。

 それはそうだろう。ずっと、優等生だの何なのとアスカには目の敵のようにされていたんだ。

 こんなにフレンドリーに声をかけられれば戸惑うのは当然だよ。

 ほら、いつもなら即座にそっけない返事が返るところなのに、綾波ったら呆然としているよ。

「どぉしたのよ、変な顔してさ。ただの挨拶じゃない」

 そう言いながら、アスカはつかつかと綾波に歩み寄る。

 本能的に二歩三歩と後ずさる綾波。

 気持ちはわかるよ、うん。

 絶対によからぬことを企んでるんだと誤解するに決まってる。

 結局そのまま綾波は元来た通路を小走りに引き返していった。

 きっと冷や汗をびっしょりかいていたのに違いない。

 だけど、アスカは立派だった。

 というか、前しか見ていないというか…。

「う〜ん、これは大敵よね。あんなに親しげに接したのに逃げちゃうなんて…。

 よしっ!シンジっ!」

「は、はいっ」

「帰ろ」

「あ、あ、うん。そうしようか」

 アスカが考え込みながら歩いていく。

 背中を見ているとよくわかる。

 本当に凄いや。

 あんなに嫌っていた綾波のことをあんなに真剣に考えている。

 僕って素晴らしい女の子に恋をしたのかもしれない。

 すぐには無理かもしれないけど、綾波だって心を開いてくれるに違いない。

 希望的観測じゃなくて、本心からそう思う。

 

 

 

 リニアの中は僕たちだけだった。

「なぁんだ。もう夜中に近いと思っていたら、まだ夕焼けが残ってるじゃん…」

 僕の左横にぴったりくっついて、アスカは僕の肩を枕にしていた。

「そうだね。今日は凄く長い一日だったよね」

「こんな風に心安らかにしているだなんて、今朝起きたばかりの私には想像もつかないでしょうね」

 くっくっくと笑うアスカ。

「僕だってそうだよ」

「うっそ、ばっかり。私を復活させようと勢い込んで病室に来たんでしょうが。自信たっぷりだったわよ」

「と、とんでもない。自信なんて全然なかったよ」

「それはどうだか…?この僕が君を愛しているんだから心を開くんだっ」

「そんなこと言ってないよ」

「はは、そうよね。こんな台詞アンタには似合わないよね」

「とりあえず、褒めてもらってるんだと思っとくよ」

「うん、いい心がけだわ。っていうか…」

「何?」

 膝の上に置いた僕の手に、アスカは掌を重ねてきた。

 そして、僕の手の甲を優しく…撫で回した。

「く、くすぐったいよ」

 掌を返して、指と指を絡める。

 少しだけ汗ばんだ掌がまるでゴムのようにくっついた。

「あのさ、私が言うのも変だけど、前のアンタと今のアンタとは違うわよ」

「どう…違うの?」

「前のシンジは私の言葉の上っ面しか聞いてなかった。どういう意味が込められているのか考えもしてくれなかったわ」

「ごめん…」

「ま、過去を考えても仕方ないし、これから頑張ってもらいましょうか」

「はは、色々頑張らないといけないよね」

「そうよね…、幸せになるためには一生懸命自分のできることをしないと…。

 アンタだけじゃなくて、私もね」

 そう言ったが早いか、アスカは僕の頬に唇をあてた。

 これがもっと大人だったら、ここから濃厚なキスへと展開するんだろうと思う。

 だけど、まだ僕たちは若葉マークの恋人たちなんだ。

 これだけで胸が一杯になる。

 アスカはまた僕の肩に頬を寄せる。

 おかえしにアスカの掌にちゅっと口付けた。

 すると、僕の肩の辺りがぽっと熱くなってきた。

 横目で何とか見てみると、アスカの頬が真っ赤に染まっていた。

 なんだか信じられないものを見たような気分になった。

 だって僕みたいなくだらない男の子にアスカみたいな凄い女の子が好意をもってくれる。

 今、それがあの頬の赤らみと軽い溜息で証明されているんだ。

 天狗にはならないけど、とにかく嬉しい。

 もし誰かが見ていたら、どっちの頬の方が赤いか賭けをしていたかもしれない。

 

 その後、駅に着くまで二人とも黙って身体を寄せ合っていた。

 

 

 

 

〜未来〜 下 へ続く