The Longest Day

 

〜 未来 〜      − 下 −


100001HITリクSS

2003.12.26         ジュン

 

 

 

 

 

 

 さすがに、マンションに帰り着いたときには、空の赤みはどこにもなかった。

 かわりに、ぽつりぽつりと星が見える。

 どちらが言い出したわけでもなく、二人ベランダに出て、並んで空を見上げている。

 月がないってことは新月なんだ…。

 ふとこの新月って言葉についてこんなことが心をよぎる。

 誰が考えたのか知らないけど、月が見えなくなってしまうことを消月とか無月なんて無粋な言い回しにしてはいない。

 新しい月。

 これから月が満月になっていくということを見事に言い表されている。

 マイナス的な発想じゃなくて、ここからスタートするんだという希望なんかが込められている。

 このことをアスカに言ってみたら…。

「ふぅ〜ん」

 そう言ってから、僕の顔をしげしげと見つめるんだ。

 そんなに真剣な顔で見られたら、恥ずかしいよ。

「じゃあさぁ…」

「何?」

「今日がその新月でよかったってことよね」

「どうして?」

「だって、願いがかなって満月ってのもいいけど、新月だったらこれからもっともぉっと幸せになるってことになるじゃない」

「あ、そうか。そうだね」

「シンジ、私を幸せにしてくれる?」

「うん、頑張るよ」

「じゃあさぁ…」

 アスカがニンマリと笑った。

 警戒警報発令!

「お腹空いちゃったから何か作って」

 ああ、やっぱり、そんな落ちなんだ。

「いいよ、何食べたい…って、何かあったっけ」

 バタバタとキッチンへ走りこむ。

 冷蔵庫。バターとか漬物くらいしかない。何とか賞味期限ぎりぎりのソーセージが見つかったけど…。

 あ、牛乳もないや。買っとかないと、アスカの機嫌が悪くなるよ。

 炊飯器にはご飯は残っていない。まあ、あったら逆にまずいけどね。最近何も手をつけてなかったから…。

 って、流しから腐臭が…。うげっ、最近のだらだらした生活の証が流しに散乱してる。

 精神力で鼻に栓をしたけど、これは匂う。慌てて生ごみを二重のビニールに密封。次の収集日いつだっけ?

 ああ…、洗い物や片付けは後だ。先にアスカに何か作らないと。

 戸棚には、カップラーメンとスパゲティ。でも、ミートソースはない。

 どうしよう…。

 この家の家事を担当してたといっても、そんなに料理が得意なわけじゃない。

 出来合いのおかずとインスタントを巧く組み合わせていただけだ。

 今更買いにもいけないし…。

 あるもので作るしかないよね。

 スパゲティを茹でて、ソーセージと炒めて…。ケチャップはあったよね、確か。

 こんなので満足してくれるかなぁ?

 

「いい匂いねぇ…何作ってくれてんの?」

 いきなり肩の辺りから声。

 フライパンの音で接近していたことに気づいてなかった。

「ごめん、こんなのしかなかったんだ」

「ねぇ、こんな感じで作ってくれるのって初めてじゃない?」

「あ…」

 知ってたんだ。

 僕の料理がどうやって出来ていたのか。

 出来合いとインスタントと冷凍食品。

 ご飯だけきちんと炊いていれば、ちゃんと作ったように見える。

 自分で作ったのは目玉焼きとか玉子焼きとかサラダくらい。

「嬉しいな、私…。でも…」

「何?」

「おいしかったら、もっと嬉しいんだけどな」

「善処します」

「よろしく」

 声は去った。

 アスカの残り香が肩の付近に少し残っているような気がする。

 その残り香に励まされているような意識で、フライパンに集中する。

 ケチャップを焦がさないように…。あ、ちょっと焦げちゃった。

 まあいいや。そこの部分は僕が食べよう。

 アスカのお皿には見栄えのいいのを選り分けて…と。

 そのアスカはテーブルで待ち構えている。

 僕を…じゃないよね、ケチャップのいい匂いがするスパゲティをだよね。

「いっただきま〜す!」

 ごくり。

 これは食欲のためじゃない。アスカの批評を待っているから。

 さすがにヨーロッパ人。僕にはあんなに器用にフォークとスプーンを使えない。

 その代わり、アスカのお箸はまだたどたどしいけどね。

 アスカの形のいい唇に朱色のスパゲティが入っていく。

 もぐもぐもぐ、ごっくん。

 その喉の動きに合わせて、僕の喉もごくりとなる。

 アスカが顔を上げた。

「ん?どしたの?食べないんならアンタの分も食べるわよ」

「えっと、てことは合格?」

「うん。美味しいわよ、これ。アンタ才能あるんじゃない?」

「本当?」

 明日から本気でがんばってみようかな?料理…って思っていたら、アスカの頬が緩むのが目に留まる。

「あ、今のっておだて?」

「ははは、わかった?でも、ホントにおいしいよ」

「う〜ん、信用していいの?」

「ああっ!」

 アスカが突然大声を出した。

「ご、ごめん!」

 これが条件反射ってヤツだろう。

 咄嗟に謝ってしまった僕をアスカは怪訝な顔で見つめている。

「どしたの?」

「僕がアスカを疑ったから怒ったんじゃないの?」

 恐る恐る言った僕をアスカは笑い飛ばした。

 違う違うと、椅子から転げ落ちそうなくらいお腹を抱えて笑った。

 何だかこんなに笑われる方が不愉快な気がする。

 そんな仏頂面をしている僕に、アスカはまだ笑いながらも説明してくれた。

 綾波の心を開く方法を見つけたらしい。

 毎日一緒に食事をするというのだ。

 それに食事の準備も。

「そんなの無理だよ。綾波が来るわけない」

「もうっ!まだまだ前向きじゃないわね、馬鹿シンジは」

「だって…」

「やってみないとわかんないでしょ」

「でも、さっきもアスカから逃げちゃったじゃないか」

「ああっ!いちいち、でもとか、だってとか、言うな!」

 わっ!アスカの目。真剣だよ。

 また僕の悪い癖が出ちゃったなぁ。どうしてこう後ろ向きなんだろう。

「…ごめん」

「ま、すぐには変わんないでしょうから、これからがんばんなさいよ」

 あらら、結構簡単に解放してくれたよ。もっとねちねちとやられると覚悟していたのに。

 多分、頭の中はどうやって綾波を攻略するかでいっぱいなんだ。

 でも、ちゃんとスパゲティは食べながら考えてくれてるから、そこのところは嬉しい。

 お皿のスパゲティを全部食べてくれて、そして食後の紅茶をゆったりと飲む。

 まだ一心不乱に考え事をしている。

 アスカのこんな表情も好きなんだよな。凛々しいっていうか…。

 頬杖をついて、真正面からじっくりとアスカの顔を鑑賞する。

 普通だったら、じろじろ見んな!って叱られちゃいそうだけど、今なら…。

「あっ!」

「わっ、ごめんなさい!」

 また条件反射だ。この癖直さなきゃ…。

「何誤ってんのよ、馬鹿。それより電話電話と…」

 身を翻して電話に飛びかかる、って表現がぴったりのアスカ。

「もしもし!あ、ミサト?今ね、シンジとお風呂入ってたの」

 な、な、な、何をいきなり!

「何よ。もっと驚きなさいよ。そんなにそっけなくするんなら、ホントに混浴しちゃうわよ…」

 嬉しいけど、そいつはまずい。絶対に自制心はぶっとんじゃうよ。

「あのね、レイのことなんだけど…」

 その後は聞こえなかった。

 流しの洗い物をしておきたかったからね。今日からきちんとしなきゃ。

 ふう…、嫌な臭いもなくなったし、これなら…。

「明日からレイが来るから」

「うわっ!」

 これって、アスカの新しい技?

 音もなく近寄り、肩口で囁くように話しかける。

 くすぐったいというか、気持ちいいというか、どきどきするというか…。

 いずれにしても僕の反応を見てアスカが楽しんでいることだけは間違いない。

「あ、あ、綾波が?」

 しっかりしろ。アスカを支えるんじゃなかったのか?

「この家に住むの?」

 ばこん!

「痛っ!」

「アンタ馬鹿ぁ?誰が私たちの愛の巣に余計なものを居候させるって言ったのよ!」

「違うの?」

 とは言いながら、アスカの言った『私たちの愛の巣』って言葉に酔ってしまっていた。

 でも、ミサトさんもその愛の巣に同居しているんですけど…。いや、宿主がミサトさんなんだけどね。

「あったり前でしょ。晩御飯の準備と食べるのと後片付けを一緒にするのよ」

「僕たちと?」

「他に誰がいるのよ。ミサトの食事を食べたいの?」

 ぶるぶるぶる!高速横振する僕の首。

「3人でするの。わいわいがやがやってね。私だって料理つくったことないから、ちょうどいいんじゃない?」

「で、綾波は来るの?」

「絶対に来る」

「本当?」

「はん!だって作戦部長さまの命令だもん。アイツ、命令には逆らえない性格だから」

 あ、なるほど。それなら絶対に来るよね。

「絶対仏頂面で現れるわよ!楽しみっ!」

 アスカは楽しそうに笑って、洗い終わったお皿をふきんできゅっきゅっと拭き始める。

 二人で並んで後片付けって、凄く嬉しいな…。

 そのことを真っ赤になりながら、アスカに告げると彼女はニンマリと笑った。

「ねっ。一緒に何かするのって楽しいし、仲良くなるでしょ」

「ユニゾンのときみたいに?」

 ふと思いついてそう言った時、アスカの頬にさっと赤みが差した。

「ど、ど、どうしてわかったのよ。この大作戦のもとがっ!」

「えっ、ユニゾンから考えたの?」

「そうよ、あの時から私たち仲良くなったでしょ…」

「ああ、それであの服を…」

 口が滑った。

 僕の失言を聞き逃すようなアスカじゃない。

 テーブルに座らされて、取調べを受ける羽目になった。

 そして、アスカの部屋に侵入したことを…クローゼットの中を見たことを…自白してしまった。

「そっか、勝手に私の部屋に入ったってことか…」

 腕組みをして僕を睨みつけるアスカの視線が怖い。

「うん…寂しくて、寂しくて仕方がなかったんだよ。だから…」

「私のぬくもりを求めたってこと?エッチ!スケベ!変態!」

 返す言葉もありません。

 そりゃあ、いやらしいことは何もしなかったけど、責められても仕方ないよね。

 うなだれる僕にアスカの詰問は続いた。

「で、その服を見てどう思ったのよ?」

「えっと、ユニゾンの?」

 返事は返ってこない。まあ、話の流れじゃ間違いないと思う。

「どうして残してるのかな、こんなに大事そうにって…」

「それから?」

「記念なのかなって…」

「それから?」

「それだけ…」

「何の記念かってことは考えなかったの?」

「あ、えっと、使徒に勝ったから?」

「甘いわね」

 顔を上げると、アスカの頬が赤くなっていた。

「私、共同で何かをして、それに成功したのって経験ないの。

 ほら、オーバー・ザ・レインボーの時は計画立ててって感じじゃなくていきおいみたいなものだったでしょ?

 いつもユニゾンの特訓の最初の時みたいにうまくいかなかった。

 それが、あの時アンタと力を合わせて戦って、そして勝ったわ…」

 アスカは僕の顔を見ずに壁時計に向かって喋っている。

「凄く嬉しかった…。私にもこんなことができるんだってわかったから…。

 だから、その記念にしたってわけよ」

「僕の、も?」

 ここだけは聞いておかないと。僕の人生にとって大事なことなんだ。

 アスカは視線を壁時計から天井に移した。

 形のいい顎が僕に向かって突き出る。

 でも、頬の赤みはこの角度からでもはっきりと見える。

「に、に、二枚一緒の方がちゃんとした記念になるでしょうが」

 アスカの声がふわふわしている。

 いつものようにはっきりしていない。

「でも、確かあの服は…」

 思い出した。修学旅行に行けないからって、アスカが騒いだときにはまだタンスの引き出しに入って…。

「ああっ!いいわよ、言ってあげるわよ。浅間から帰ってからこっそり持ち出したのよ。これでいい?」

「えっ、そうだったの?」

 アスカの顎はさらに上がっていた。

 綺麗な首筋が伸びきっている。アスカの首って細いんだ…。

 でも、それって…。

 アスカの告白に胃が急に重くなった。

 あの頃の僕、そしてその後の僕。

 アスカの想いを裏切り続けていたのに違いない。

 もちろんその時に僕のことを好きになったわけじゃないことくらいわかるよ。

「こらぁ、馬鹿シンジ」

 俯いてしまった僕の頭をアスカの手が押さえ込んだ。

「また落ち込んじゃってるわね」

「だって、僕って最低…」

「そうねぇ、確かに少しだけだけど好意を持った男の子にプライドをズタズタにされちゃかなわないわよねぇ」

 ああ、やっぱりそうだ。頭の上のアスカの手が重い。

「私に向かって喋ることは何も考えていない、おざなりなことばっかりだしさ。おまけにあの『よかったね、アスカ』…」

 ああ、戻れるものなら戻りたい。

 そう、温泉くらいの頃に戻れたら…。

「はん!ま、今更どうしようもないから、全部ひっくるめて許してあげるわ」

「えっ!」

 頭を上げようとしたけど、アスカの手はそれを許さない。

「だって、後ろを振り返ってばかりじゃ仕方ないじゃない」

「でも、反省しなきゃ…」

「もうっ!アンタが反省しはじめたら、ずっと反省ばっかりで全然前に進めないでしょっ!」

 ごもっとも…。まったくその通りだ。

「私たちには明日があるの。未来をつかまなきゃ。いい?シンジ。反省なら戦いに勝ってからしなさいよ」

「アスカ…」

「わかったなら、うなずきなさいよ」

 って、頭を押さえられてるからうなずくことしか出来ない。

 アスカの手に力がぐっとこもる。

 その力と僕の心が合わさって、大きくうなずくことになった。

 すると、頭に圧し掛かっていた力がすっとなくなった。

「よし!」

 顔を上げるとすぐ目の前にアスカの顔。

 すぅっと目が細くなり、極上の笑顔を見せてくれた。

「ねぇ、シンジ?」

「何?」

 

 キスしようか?

 

 そんな言葉が出てきそうな雰囲気だった。

 期待してもいいよね。僕たちはもう恋人同士なんだから。

 ああ、自分で考えても恥ずかしいや、恋人だなんて。

「明日は学校あるの?」

「……」

 かないません、あなたには。

「お休み?」

「あると、思う」

「そっか、じゃ一緒に行こうね。腕組んで」

「うん」

 そう返事を軽く返してから、事の重大さに気がついた。

 今日、ネルフでアスカとけっこうベタベタした。

 父さんや綾波にも見られた。

 恥ずかしかったけど、別に危険は感じなかった。

 でも、学校では…。

 僕の脳裏に、アスカの靴箱から滝のように流れ落ちてくるラブレターの山が浮かんだ。

 そんな場所に、アスカと腕を組んで登校するって?

 は、はは…。遺書書いといた方がいいかも。

 アスカはそんなこと全然気にしないと思う。

 逆に面白がって、キスだってしかねない。

 これは気を引き締めて学校に行かなきゃいけない。

 命がけで登校だなんて、エヴァのパイロットとしてはシャレになんないよ。

 

 アスカがお風呂に入っている間、脱衣所で待機するように命令された。

 ついでに浴室への乱入と脱衣籠の中身の点検は厳禁された。

 すりガラス一枚向こうにいるはずのオールヌードのアスカっていう状態は、14歳の健康な男子中学生には拷問以外の何ものでもない。

 修行僧になる気もないけど、ミサトさんやリツコさんに念を押されているし、やっぱり今は絶対に我慢だ。

 それなのに、こんな場所で待機しろだなんて、酷いよアスカ。

 そこでの話は言うなれば世間話。

 学校でのことや、映画とかテレビのこと。

 どうでもいいような会話だけど、やっぱり楽しい。

 でも、やっぱりアスカの身体にかかるシャワーの水音が煩悩を刺激して仕方がない。

 平常心だ。平常心っ!

 そうして心を落ち着かしていると、アスカがひっきりなしに喋りかけてくることの意味にようやく気づいた。

 そうか、そういうことだったのか。

 意味がわかれば黙りこんでちゃいけない。僕もアスカにちゃんと返事をし、積極的に話しかけた。

 僕ってやっぱりまだまだだ。すぐに気づかないんだから。

 

 僕がお風呂に入っている間は、アスカが脱衣所に座り込んだ。

 水音で何を言っているのか聞き取りにくいから、耳をダンボにして会話する。

 明日のお弁当のことが話題だった。

 買い置きの食材がないから日の丸弁当みたいなのになるよって言ったら、アスカは日の丸弁当のことを知らなかった。

 説明すると大受けで、明日はそれでいいから、その次はドイツ弁当にしろって言うんだ。

 ドイツの国旗ってどんなのだったっけ?

 御飯の真ん中にフランクフルトを1本置いただけだったら、顔を真っ赤にして怒るだろうなぁ。

 アスカのそんな顔を想像して、思わずにやついてしまった。

 そのにやけ顔が浴室の大鏡に映っている。

 自分でも不思議なくらい幸せそうな顔をしている。

 昨日までの僕じゃ考えられないような表情だ。

 ありがとう、アスカ…。

「こらぁ、返事しろっ、馬鹿シンジ!」

「ごめんごめん。何だっけ?」

「聞いてなかったなぁ、ふんっ、もう二度と言わない」

「そんなこと言わないでさ、お願いだよ」

 そういえば、このお風呂、お湯張り替えてなかった。

 アスカのすぐ後に入ったもんね。

 あんなに煩く言ってたのに、アスカのヤツ。

 このお湯に裸のアスカが…。

 湯気が上がっている浴槽をぼんやりと眺めていると、そんなことを考えてしまった。

 ああ、ダメだ。妄想にふけってたら、アスカの言ってることまた聞き逃しちゃうよ。

 

 湯上りにベランダでお喋り。

 今日アスカと喋った量って、この数か月分を軽く越えてるんじゃないかな?

 一緒に暮らしていたのに、どうして話をしてなかったんだろう?

 こんなに楽しくお喋りできるのに。くだらない話題でも。

「あ、もうすぐ12時だよ。日付が変わっちゃう」

 アスカがリビングの掛時計を覗き込んだ。

「本当だ。長い…一日だったね」

「うん、ホント。朝起きた時にはこんなに長い一日になるなんて思いもしなかった。

 ううん、また目が覚めてしまったって感じ。眠りにつくまでの長くて単調な一日がまた始まるのかって。

 最近はずっとそうだった。夢を見ても悪夢ばっかり。起きても頭の中はぐちゃぐちゃでさ。

 まさか、こんな一日の終わりを迎えるだなんて想像もできなかったわ」

 淡々と話して、アスカは僕の顔を見つめた。

「まるで夢見たい…」

「あのさ…」

「なぁに?」

「一緒に寝ようか?」

 僕の言葉を聞いた途端に、アスカの目が丸くなった。

 そして、あっという間に顔が赤らみ、口がパクパクと開く。

 馬鹿だ、僕は。

 何の説明もしないで、いきなりこんなことを言ったら誤解するのに決まってるよ。

「ご、ごめん。違うんだ。その、つまり…」

 慌てふためく僕の手をアスカはそっと握った。

「わかってるわよ、シンジ。いきなりだったからびっくりしただけ」

 アスカの顔は優しかった。

 わかってくれたんだ。

「さっきまで私、寝るのが怖かった。目を覚ますとまたあの真っ白な病室なんじゃないかって。

 今までのことは全部夢だったんじゃないかって。

 だって、今でも信じられないもん。

 シンジとこうしていることや、ママがエヴァにずっといたってこと、そしてこれからしなければいけないこと。

 そんな大切なことが、今日一日で一度にわかったんだから…。

 アリガトね、シンジ。私の気持ちわかってくれてたんだ」

 わわわわっ!どうしようっ!

 アスカの瞳が濡れて、涙がこぼれてきた。

 こんな時、男だったら…ぎゅっと抱きしめるんだろうか?

 これは迷った。

 迷っている僕にアスカは涙顔で微笑んだ。

「ホントに気の利かないヤツねぇ」

 そして、細い指で僕の顎を突き上げる。

「こんなのが使徒以上の力を持ってるなんてね」

「使徒、以上?それってエヴァのことだろ?」

「ばぁ〜か。碇シンジ本人のことよ」

「僕?」

「そう、アンタ。私の心を覗くなんてさ、あの使徒と同じじゃない。

 ううん、アイツは覗いただけだったけど、アンタときたら覗いた上に心に触れて来るんだもん」

 アスカが指先を顎からつぅっと滑らせて、僕の耳たぶを弄ぶ。

「ふふふ、柔らかくって面白〜い」

「やめてよ、くすぐったいったら…」

「やだ」

 むきになって僕の耳たぶを弄りまわしているアスカじゃないけど、僕だって今この時が夢みたいに思ってるんだ。

 だから、ユニゾンの時みたいに並んで眠りたかった。

 朝目覚めた時にアスカの姿をすぐ確認できるように。

 アスカもそう思っているのは間違いない。

「シンジ?」

「何?」

「手をつないで眠ってね」

「うん、いいけど」

「久しぶりにゆっくり眠れそうな気がする…」

「だったらいいね」

「だったらじゃないわよ。絶対にぐっすりと眠れるわよ。あ、それから…」

「何?」

「ん…、やめとく」

 真っ赤な顔でそっぽを向いて唇を尖らせた。

 ふっと思いついたのは、おはようのキスをしてみようかなってことだった。

 今のアスカが言いかけたのはそのことじゃないのかって思ったんだ。

 もし当たっていたら凄く喜ぶだろうし、もし外れていたら…。はは…潔く制裁を受けよう。

 

「さ、じゃよい子はお休みの時間よっ!」

「うん、学校もあるしね」

「じゃ、起きたら一緒に作ろ、その日の丸弁当を」

「はは…、二人で作るほどの物じゃないけどね」

「いぃぃやっ。一緒に作るのっ」

「うん、じゃそうしようか」

「よしっ!」

 アスカが手を差し伸べた。

 白くて細い、柔らかそうな手。

 その手の甲の上に僕の指先を軽く置く。

 そして、掌を合わせる。

「朝までこの手、離しちゃ嫌よ」

「えっ、じゃ、お布団はどうやって準備するのさ」

「何とかしましょうよ。このまま手をつないだままで」

「できるかな…?」

「まずやってみるのよ。できるかどうか考える前に。

 それに大丈夫。私とアンタが力を合わせたら何だってできるわよ」

 アスカの瞳が輝いて見える。

「そうだね…」

「布団くらい何とかしなきゃ。この後もっと大変なんだから、私たちは」

「うん」

 

 その通りだ。

 やらなきゃ。

 そして、僕の一生の中で一番長かった、この日を未来へと繋げるんだ。

 僕たちの未来へと。

 

 

「おやすみ、アスカ」

「シンジ、おやすみ。また…明日ね」

「うん、明日」

 

 明日の朝。

 アスカより早く起きよう。

 僕の傍らに眠る、君の安らかな寝顔を見るために。

 

 

 

 

The Longest Day

 

〜 The End 〜

 

 

 

〜史上最大の作戦〜上 へ


<あとがき>

 The Longest Day 終幕です。

 二人の一番長い日は、今回で終わります。なんだか完全にリクから離れてしまったような…。申し訳ないです(確信犯の癖に)。

 この後にエピローグを別作品として書きます。短編で読みきり。これだけは三人称で書かせていただきます。はい。

 タイトルは「史上最大の作戦」。だって、「The Longest Day」の邦題は「史上最大の作戦」ですからね。

 

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