※本編系のお話ですが、時期的には第9使徒との戦闘が終わったあとくらいになります。
 その時期を強引にクリスマスの頃と設定させていただきました。
 予めご了承くださいませ。あくまで、IFものとしてお読みいただければ幸いです。





ねぇ、ママ。
アタシ、クリストキントになりたいの。
だってとぉってもキレイなんだもん。
それにすっごくやさしいのよ。

そうね、大きくなったらなれるかもしれないわよ。
アスカはとっても可愛いから。
それに優しい子だしね。
でも、ちょっとお転婆さんを治さないといけないかな?

ぐふっ、なれるかな〜、なれたらいいなぁ〜。


クリストキントの望み

 


 

2007.12.24         ジュン





 クリストキントかぁ…。
 アタシはぼけっとテレビ画面を見ていた。
 世界のクリスマスの風景を流している番組で、
 ちょうどその時はドイツのことを放送していたの。
 ニュルンベルクのクリストキントがクリスマスの宣言をしているところね。
 ニュースでよく見たわ。
 
「えっ、サンタさんじゃないの?」

 あのね、アンタ何歳?
 こういう時は“サンタさん”じゃなくて“サンタクロース”でしょうが。
 アタシは馬鹿な同居人を横目で睨みつけた。
 まっ、日本とは風習が違うから仕方がないか…て、ここは仏教の国じゃないの?
 こっちに来て驚いたことの5本の指に入るわね、この国の宗教のいい加減さって。
 お寺に初詣に行って、神社でお祭りをして、クリスマスを祝うのってどうなのよ。
 結婚式を神前でするか教会でするか悩むなんていったい何?
 いい加減この上ないっていうか、ま、これが日本人ってことか。
 ミサトだってあの十字架はあくまでアクセサリーみたいだしね。
 そんな民族批判的なものもこもってしまったのか、シンジへの言葉は少しきつめになった。ま、いつもの通りってことかもしれないけど。

「アンタ馬鹿ぁ?クリスマスイヴにプレゼントを持ってきてくれるのはクリストキントなのっ!」

「えっ、サンタさんだろ。だって、映画でもそうなってたもん」

 おおっ、馬鹿シンジの癖にアタシに楯突こうっていうの?
 上等じゃないっ。受けて立ってあげるわよ!
 アタシは懇々と説明してあげた。
 クリスマスの始まりから終わりまで。
 すると馬鹿シンジのヤツはそれでも不満そうな表情だった。

「だってさ、それはドイツの風習なんだろ。アスカの国がドイツなんだから…」

「ふんっ、アタシはアメリカ国籍なの!」

 ドイツ国籍もあるけどさ。
 臨機応変ってやつよ。

「でもさ、アメリカは違うんだろ。どうせ日本のはアメリカの真似をしたんだろうし」

 馬鹿シンジの割りにまともなことを言う。
 でも、そんなまっとうな意見であっても却下。

「うっさいわねっ。文句あるぅ?」

「あるよ。だってやっぱりサンタさんが…」

「アンタ、まさかザンクト・ニコラウスを信じてるんじゃないでしょうね!」

「信じてはいないけど…」

 そこでシンジは眼を伏せた。
 あれ?どうしてそういう反応になるわけ?
 アタシは馬鹿シンジとは違う。
 疑問に思ったことは追求しないと気が済まないのよ。
 で、アイツの口をこじ開けたわけよ。
 まだシンジのママが生きていた時に、家かどこかでクリスマスパーティーをした記憶があるんだって。ま、3歳くらいのことだから断片的な記憶でしかないみたいだけど。
 その時にザンクト・ニコラウスからプレゼントをもらったんだって。
 プレゼントは絵本だったんだけど、シンジが強烈に覚えているのはザンクト・ニコラウスに扮していたのが…あの、髭サングラスだってことなのよ!
 アタシは当然馬鹿シンジを問い詰めたわ。
 他の誰かを間違えたのではないかって。
 百歩譲って、本物のザンクト・ニコラウスでもいいわよ。
 とにかく司令がザンクト・ニコラウスの服を着てプレゼントを渡すだなんて、
 そんなの絶対信じらんない!
 アタシがそう言うとシンジは思い切り膨れたわ。
 ま、コイツとしては美しい子供時代の記憶なんでしょうけど。
 あの司令がねぇ…。そんなこともするんだ。
 意外というか、あの人も親だったんだって何だかそんなことを思った。

 その後、ちょっと話を逸らそうと思って日本の風習について質問したの。
 だってさ、アタシにだって美しいクリスマスの記憶があるんだもん。
 それを思い出したくないのよ。
 で、いろいろ話を聞いたわけ。
 そして、とっても有益な事を知ったわけよ。
 お年玉って物凄くアタシたちに都合のいい風習じゃないっ!



「いい?ジオフロントにクリストキントを降臨させるのよ!」

 反応なし。
 まっ、予想していたことだけどね。
 馬鹿シンジはぼけっとした顔してるし、ファーストはいつもの通り。
 アタシの言う事を聞いているのかどうか。だいたいどこを見つめているのか、わかんないわよ。
 でも、この大作戦にはファーストの力も必要なのよね。
 計画を完全な成功へと導くためには、アタシは何だって利用するわ。

「シンジは知ってるわよね、クリストキント」

 うんと一回頷くシンジ。
 よろしい。覚えてなかったら、きつく叱りつけるとこだったわ。
 でも、ファーストに教えないといけないのよね。
 教え甲斐のない生徒になりそうだけど。

 予感は大当たり。
 理解したのかしてないのか、まったく無表情だから始末に悪い。
 もしかすると、放課後に居残りをさせられたのが頭に来ているのかもしんないけどね。
 アタシが命令したらどうせ無視して教室からさっさと出て行きそうだったから、
 シンジに言わせたんだけどそれでのこるっていうのも何だかむかっ腹が立つ。
 理由はわかんないけど。
 
「そのドイツのクリストキントが何?」

「アンタにもクリストキントをさせてあげようっていうわけよ。光栄に思いなさい!」

「思わない。帰る」

 って、来ると思った。
 短い付き合いだけど、寧ろシンジよりもわかりやすいのよね、コイツって。

「まあ、待ちなさいよ。いい儲け話なのよ。お正月にお年玉ってあるの知ってる?」

「知らない。帰る」

「アンタ、それでも日本人?お年玉っていうのは大人が子供にお小遣いをあげるっていう素晴らしい風習なのよっ」

「お小遣い。お金ならいらない。カードがあるから」

 ふふん、それも予想済み。
 シンジからファーストの住いや環境を聞いてたから、こいつは現金を持っていないかもって思ってたのよ。
 だってアタシもカードを持たされてるけどさ、さすがにファーストフードやゲーセンでカード払いってできないじゃない?
 だからミサトに言ってお小遣い程度の現金を貰ってるんだけど、ファーストは確実にそんなことはないはず。
 それにアタシ、見ちゃったんだ、この前。

「私、帰る」

 アタシたちに背を向けたファーストに、アタシは渾身のジャブストレートを放ったの。

「まあね、あのカードなら大概のお店で使えるけど…。屋台のラーメン屋さんなんかじゃ無理よねぇ」

 ファーストの背中が微かに震え、足が止まった。
 アタシは覚えてる。
 屋台から15mほど離れた道でじっと佇むファーストの背中を。
 何たってこのアタシが思わず奢ってあげようかって考えたくらい、背中に陰を背負ってたんだもん。
 でもあの時そうしなくてよかったわよ。
 ここで決め手になったんだからね。
 
「この作戦が成功したら、あそこのラーメン屋さんでみんなで食べよっか。
 アンタ、あの…、何だっけ、とんこつチャーシューメン?」

 ファーストは振り返った。
 その瞳にわずかに燃えるものを感じたのはアタシの気のせい?

「ニンニクラーメンチャーシュー抜き。私は何をすればいいの?」

 掛かった。
 隣のシンジは黙っている。
 まあ、昨日の夜にしっかりと念を押しておいたからね。
 ファーストを計画に引き込むためにラーメンを使うって言ったら、
 あの馬鹿そんなにラーメンが食べたいなら僕が奢ってあげるなんて馬鹿なこと口走るから成敗してやったのよ。
 だいたい人に奢る金があるなら、まずこのアタシに奢りなさいってんの。
 
「アンタは大物を陥してほしいのよね。アレはアタシには無理だし」

「何かわからない。でも私するわ」

「そうこなくっちゃ」

 アタシの頬が自然に緩んじゃった。
 何だか楽しい。
 最初はファーストを引き込むのが嫌だったんだけど、司令や副司令相手にはどうもねぇ。
 シンジにさせようかって思ったんだけど、どうもコイツとあの司令って何だか親子してないし。
 アタシにだって空気くらい読めるのよ。
 で、司令たちに何故か受けのいいファーストに白羽の矢を立てたわけ。
 
 でも、まだ足りない。

 

「えっ、そ、そんな!私、無理!」

 まっ、当然そう言うわよね。
 アタシの目の前でヒカリは目を真ん丸に見開いて、凄い勢いで首を左右に振ったの。
 予想通りのリアクションだったから、こっちも計画通りに話を進めたわ。

「わかってるって。ヒカリはお年玉なんか欲しくないって事くらい」

 でも、ちょっとくらいは思ってるはず。だけど、そこを指摘なんかしない。
 だって、喧嘩を売ってるんじゃないもん。

「ただね、アタシたちだけじゃ手が足りないのよ。ほら、ヒカリって料理が得意じゃない。
 だからちょっとだけ手伝って欲しいのよ」

「で、でも、料理だけじゃなくて!」

「ああ、クリストキント?別に水着になれとか言ってんじゃないから。
 その衣装も作らないといけないからさ。ヒカリがいないとどうにもなんないのよ」

 これは本音。
 あっ、念のために言っておきますけどね、アタシができないって言う意味じゃないわよ。
 アタシ一人じゃ無理だってこと。
 ファーストに針仕事や料理が出来ると思う?
 ま、シンジには手伝わせるけどさ。
 あ、忘れてた。ヒカリだけじゃないってことも言っておく方がいいわよね。

「そうそう。ヒカリだけじゃないのよ、部外者は。ジャージとメガネもシンジが勧誘してるからさ…」

「鈴原っ」

「あっ、イヤ?なんだったら断る…」

「し、仕方ないわね。あいつらが馬鹿なことしないように委員長として…」

 もごもごといろいろ喋り続けるヒカリは結局我がチームの一員になったわ。
 でも、アタシも鈍いわよねぇ。
 この時点ではヒカリの気持ちなんて全然気がつかなかったわ。
 まっ、相手があのジャージ男だもんね。
 あんなのに…ま、いっか。恋は盲目ってヤツよ。



 計画は順調に推移していったわ。
 クリストキントがネルフの人たちに配るのは、手作りのクッキー。
 これなら投資額もそんなにかからないし、寧ろラッピングの方にお金をかけて立派なプレゼントに見せることもできるもんね。
 で、シンジに言われた。

「アスカって鬼だ」

 ん…、クッキーの材料もラッピンググッズもカードの使えるお店で買ったからね。
 つまり日本のことわざで言う、人の褌で相撲をとるってヤツ?
 失礼よね、ちゃんと労働してるじゃない。
 出来合いのクッキーを買わずにきちんと手作りしてるのに。
 あ、もちろんクリストキントの衣装の材料もカードで購入したわよ。
 ああ、当然アタシのことを鬼呼ばわりしたシンジはまたまた成敗してやったわ。
 後ろから羽交い絞めにして、手をX字に廻して腋の下をくすぐってやったの。
 アイツ、涙を流しながらひぃひぃ笑い続けたわ。
 そのあたりで気づけばよかった。
 いつもなら簡単に根を上げるシンジのヤツが珍しく「助けて〜」とか「ごめんなさい〜」を言わないことに。
 馬鹿シンジはひたすら笑うだけで逃げようとしないのよ。
 最初はそれが面白くて、「笑うのをやめたら助けたげる」なんてからかいながらくすぐってやったんだけど、
 するとシンジはもっと声を張り上げて笑い出すのよ。
 で、ようやく気がついた。
 寝る前のアタシは歯磨きも終えて、パジャマ姿だったってことに。
 ……。
 寝るときはさ、ブラしてないのよね。
 アタシは悲鳴を上げて馬鹿シンジを突き飛ばしたわ。
 それから目にとまらぬ3往復のビンタをかまして、腰の辺りにキックを2発かましたら、
 スケベな馬鹿シンジはソファー目がけて見事に吹っ飛んでった。
 ま、翌朝にはちゃんと会話できてたってことは鼓膜とかは大丈夫だったってことで全然OK。
 でもアタシと目を合わせられなかったってことはアイツも自覚してたってことよね。
 まあ、アタシの方も目を逸らしてたけどさ。
 まったく冬ばっかりのドイツと違って、日本は暑くて仕方ないわよ。
 顔が火照って火照って、もうっ!
 てな感じでシンジを成敗して、計画は滞りなく進行中。
 意外だったのは案外ファーストが使えるってこと。
 基礎力、応用力はともに皆無に近いんだけど、教えたらちゃんとできるのよね。
 だから方針を変えて、ファーストをクッキー製造班の班長に任命したのよ。
 当初はアタシとシンジが製造班だったんだけどさ。
 一度教えたらきちんとクッキーを作れることがわかったから、あの娘にはひたすら製造をさせることにしたの。
 アタシはラッピング班に変更。
 あ、馬鹿シンジも仕方がないからラッピング班に編成してやったわ。
 そうしないとファーストに作らせないでシンジが自分でやってしまいそうだったからね。
 アイツ、そ〜ゆ〜とこがあるから。
 だから仕方なしにアタシの部下よ、馬鹿シンジは。
 足手まといになるのはわかってるけど、まあ作戦本部長の特権…じゃない義務ってヤツね。
 ああ、鈴原と相田の馬鹿二人は計画実行までお役御免。
 だってさ、アイツ等がいるとすぐにシンジにちょっかいかけてきて、作業が潤滑に進まなくなっちゃうのよ。
 作戦本部長としてはそういう光景を見ているといらいらしてきちゃうからさ。
 まっ、そういうわけであの二人は出入り禁止にしたわけよ。
 何故かヒカリが不服そうだったけど、あの二人が裁縫をすると思う?
 アタシは時々ヒカリの思考回路がわからなくなるの。
 ただし、鈴原にはヒカリとファーストの護衛を命じたわ。
 毎日放課後に夜まで作業してるから、さすがに女の子一人で夜道を歩かせるわけにいかないじゃない?
 ファーストは心配しないけど、ヒカリはねぇ。
 でもヒカリみたいないい子にしたら、自分だけってわけにもいかないだろうからファーストはついでってヤツよ。
 コンフォートからファーストの幽霊団地を経由してヒカリの家まで。
 鈴原のヤツ、もっといやがるかって思ったけど、案外簡単に了承したのにはびっくりしたわ。
 あれで結構フェミニスト?ってわけないかと、この時点では思ってた。

 ヒカリの想いっていうヤツに気がついたのは共同作業をはじめて2週間目くらいの時だったかしら。
 学校は短縮授業に入ってるし、使徒も来ないし、ネルフからの呼び出しもない。
 これ幸いとアタシたちは毎日作業を続けてたわけよ。
 その日は入院してる妹を見舞いに行くからって、鈴原はコンフォートには来なかったのよ。
 で、当然の如くアタシは毒づいた。
 まっ、心から鈴原を非難していたわけじゃないのよ。
 多分、友達を悪く言われてシンジが何か反抗…っていうか、反応してくるんじゃないかって、そう思ったんじゃないの?
 自分でもよくわからないけどさ。
 ところがびっくり。シンジよりも先に反応してきたのよ、ヒカリが。
 
「アスカっ、そんな風に言わないでっ」

「えっ」

 素っ頓狂な声を出してしまったのは不覚だったけど、やっぱりびっくりしちゃったのよねぇ。
 まあ、シンジに聞こえるように少し声を張り上げて、でも顔は針を動かしているヒカリの方を向いてたわけ。
 だけど意識は真向かいにいたシンジの方にいっちゃってたからさ。

「本当は毎日お見舞に行きたいはずよ。それを私たちがこき使ってるから…」

「えっ、そ、そうなの?シンジっ」

「あ、うん。お見舞には行ってるよ、トウジは」

「げっ、そうなのっ?」

 拙いことしたなぁって思った。
 鈴原のことがってよりも、入院してる妹さんの方が気になっちゃった。
 だって使徒と戦ってた時に巻き添えで怪我させたってシンジから聞いたもん。
 それが完全に自分の責任だって思い込んでるし、変な慰めなんかアタシには出来なかった。
 明日は我が身なんだから。
 ヒカリの妹を巻き添えにして戦うことになる可能性だってあるのよ。
 まあ、それで鈴原のヤツに殴られたってヒカリから聞いてさ、
 それでも後で友達になってることを考えると二人の間ではそれなりに解決はしているんだろうけど。
 やっぱり気になるじゃない。戦友としては。
 
「でもトウジなら毎日ここに来る前に病院へ行ってるよ。自転車飛ばして」

 それを早く言いなさい、馬鹿シンジ。
 でも、今のアタシが後悔した時間を返せ。
 憤りと共に悪態をぶつけようとしたその時、ヒカリが問いかけてきた。

「え、そうだったの?」

 どうやら毎夜の護衛からはそういうことは聞いてなかったらしいわね。
 ま、あの鈴原がこういう話題をペラペラ喋るとは思えないけど。

「うん、でも今の方が本当は都合が良いらしいよ。病院の面会時間内だから」

 当然じゃない。
 アタシだって毎日ちゃんとママのところに…。
 病院のシステムくらい知ってるわよ。
 いつもはシンジや相田とかと遊んでから病院に行っているらしくて、だからいつも面会時間ぎりぎりに現れて結局看護士さんに病室から追い出されるみたい。
 で、馬鹿シンジが言うには、明日は小さな手術をするらしいので前日くらいは長い時間を一緒にいてあげたいそうで。
 鈴原の癖にいいとこあるじゃない。
 さすがはお兄ちゃんってとこかしら?
 お兄ちゃん、か…。
 アタシもお兄ちゃん欲しかったなぁ…。
 まあ、実はアタシ、お姉ちゃんなのよね。
 実際に顔を見たことないけどさ。
 シュレーダー…だっけ、アタシの弟。半分だけ血の繋がった、アタシの弟。
 アタシに遠慮して手紙にも弟のことは書いてこない。
 どんな顔してんだろ。
 元気なのかな?まっ、幸福に暮らしてたらそれでいいわよ。
 どうせアタシのことなんか何とも思ってないだろうし。
 その時、ヒカリの呟きが聞こえた。
 
「よかった…」
 
 あれ?今のって、きちんとお見舞に行っているから安心したってこと?
 まだ、わからなかった。
 わかったのはその2時間後。
 鈴原がいないからって、相田を呼び出すわけにもいかないし、シンジに護衛の任を命じたのよ。
 まっ、馬鹿シンジだけじゃ不安だから、このアタシもついていったわ。
 護衛の護衛ってヤツよ。
 で、歩きながらヒカリと話してたわけ。

「あのさ、毎晩どうやって帰ってんの?」

「ま、毎晩ってっ。べ、別に、普通よ」

「普通って?だってさ、ファーストは無口だし、鈴原のヤツも女子相手にペラペラ喋らないでしょ。
 黙りこくって3人で歩いてるんじゃないかってさ」

「あ、そういうことね」

 どういうことだと思ったのよ、ヒカリは。
 
「ファーストと喋ってるの?」

「えっ、ううん…」

 ヒカリはそっと前を窺った。
 そこには一定の歩調ですっすと歩くファーストの後姿がある。

「あんな感じ。いつも」

 なるほどね、まあそうでしょうね、アイツなら。

「てことは、3列縦隊で行進?あはは、変なの」

「え、あ、う、うん。そうよ」

「嘘」

 うわっ!ファースト!
 目の前に彼女の白い顔があった。
 そしてファーストは真剣な表情でしっかりと発言したの。

「私は一人。でも二人は…」

「わぁっ!わぁっ!だ、黙ってっ!」

 うわっ!ヒカリっ!
 アタシの隣で彼女は真っ赤な顔をした。
 そして手を振り回しながら叫んだの。
 
 こうなったらファーストを黙らせておくわけがない。
 だって面白そうじゃない?

「ファースト?はっきり言いなさいよ。二人がどうしたっていうのよ」

「二人は並んで歩いてる。だから3列縦隊じゃない」

 それだけ。
 相変わらず面白みのないヤツ。
 でも、ネタはできた。

「ヒカリぃ。話が違うじゃない?アンタと鈴原は並んで歩いてるってファーストは証言してるわ」

「そ、それは…」

「それは?」

 ヒカリの顔が真っ赤になった。
 
「か、会話なんて弾んでないわよ。普通の会話しかしてないんだから」

 普通じゃない会話って何よ。
 まっ、こういう状況ならわかりやすいってものよ。
 ファーストは興味を失ったのか、また前を向いてすたすたと歩き始めた。
 後ろのシンジは今のやり取りをどう思ったのかわかんないけど、相変わらずぼけっとした表情をしてる。
 アタシは歩きながら、前後の人物に聞き取れないほどの声でヒカリに問いかけたわ。

「アンタ、ああいうのがいいの?趣味悪いわね」

「アスカっ。彼は…」

 一瞬声を荒げて、ヒカリは俯いた。

「鈴原にだっていいところはいっぱいあるんだもん」

「ふぅ〜ん。今の発言はヒカリがアイツの事を好きっていう意味にとるわよ」

「えっ…」

 この時のヒカリは多分毒を食らわばって気持ちだったんだと思う。
 否定するのかなって思ったんだけど、ヒカリったらぎくしゃくとした感じで頷いたのよ。
 アタシの方がびっくりしちゃった。
 
「そうなの?」

 さらに声を潜めてアタシは訊ねた。
 ヒカリはまた頷いた。
 今度は大きく、そして迷いもなくしっかりと。
 
「そうなんだ…。あのジャージ…あ、ごめん、鈴原をねぇ」

 ふわぁ、凄い殺気だった。
 使徒より怖かったわよ、まったく。
 慌てて言い換えちゃった。

 その後、ひそひそとヒカリをからかって歩いたの。
 幽霊団地みたいなとこにレイが入っていって、ヒカリの家に着くまでずっと。
 で、寛大なアタシはヒカリに言ってあげたの。

「明日さ、鈴原に病院の方に行ってあげてって言っといて」

「私が?い、碇君がいるじゃない」

「あ、じゃ僕が…痛いっ!何するんだよ、アスカ」

「うっさい!アンタは黙ってなさいよ!とにかく、ヒカリが言うのよ、絶対にね」

 ふふん、ヒカリの好感度アップ大作戦ってヤツよ。
 告白したら?って囁いたら、とんでもないって震えてたもん。
 ヒカリだったら絶対大丈夫だって確信してるけどねぇ。
 相手が鈴原なんだしさ。
 アイツからすれば、まさしく棚から牡丹餅ってもんじゃない?
 
 翌日、ヒカリは物凄く緊張しながら鈴原のヤツに声をかけてた。
 そしたら「すまんの」だけよ。
 ホントに信じらんない。
 そんな返事にアタシが後でぶつくさ言ったら、ヒカリはあれで充分だって幸福そうな顔して言うのよ。
 恋する乙女ってやつ?
 理解不能だわ。

 ということで、この日もまた4人組で夜道を歩いたわけ。
 ただし、今日はファーストの部屋まで押しかけたのよ。
 怖いもの見たさってヤツかも。
 だって、あんな場所に住んでいたなんて知らなかったもん。
 外も凄かったけど、部屋の方は想像の域を越えてたわ。
 兵舎か牢屋?
 殺伐って言葉がピッタリな部屋だった。
 アタシもヒカリも声を失っちゃったわよ。
 で、ファーストのヤツが突然服を脱ぎだしたからさらにびっくり。
 馬鹿シンジを部屋の外に蹴り出して、何をするつもりだったのかって聞いたら、もう呆気に取られちゃった。
 シャワーを浴びて寝る。
 ただそれだけよ。
 しかも寝るのは下着を穿くだけだっていうからさらに驚き。
 パジャマは?って訊ねたら、そんなものはないって。
 何があるのかと思えば、衣類は制服と下着だけなのよ。
 呆れたを通り越して、可哀相になってきたわ。
 
 その後、ヒカリとこのままじゃ駄目よねぇという話になってさ。
 アタシは奮発して、ファーストに服を買ってあげることにしたの。
 あ、当然カードで買うから、アタシの腹は痛まないけどね。
 ヒカリとショッピングモールに行ってあれでもないこれでもないって結構楽しかった。
 ただし、当の本人はその場にいなかったのよ。
 ファーストはマンションで一人クッキーの製作中。
 これ(制服)だけでいいって聞かないの。
 でも、それではいそうですかって引き下がるようなアタシじゃないもんね。
 たんまり買ってやったわよ。
 あ、シンジは荷物持ちで連れてきたわ。
 最初は留守番させておこうかと思ったんだけどさ、
 キッチンの二人を見てたら何となく腹が立ってきて…。
 よくわかんないけど。
 
 それからマンションに戻って強制的にファッションショーをしてやった。
 思ったとおり派手な服は似合わないわね。
 飾り気のない白いワンピースなんかは物凄くぴったり。
 悔しいけど天使みたいに見えた。
 ヒカリもそうだったみたいで、クリストキントの衣装に早速取り入れようって言ってたわ。
 で、当のご本人はどうだったかというと、拍子抜けするくらいに無反応なのよ。
 嬉しいかどうかって尋ねたら、「別に」ですってさ。
 頭に来ちゃう。
 ところがこの服がいやかどうかって質問すると、鏡の中の自分をしげしげと見て「嫌いじゃない」と答えるの。
 それじゃ「好き」とか言えばいいのに。
 不満に思ったアタシは作業を放り出してファーストの指導に入ったわ。
 何故かって?
 当たり前じゃない。
 作戦の成功のためによ。
 アタシ一人でクリストキントをやるんだったら話は別だけどさ、
 ファーストにも司令たちを相手にがんばてもらわないといけないんだから。
 てことで、笑顔の練習。
 まあ、明るく笑うってキャラクターじゃないからねぇ、ファーストは。
 微笑ってのをマスターしてもらえば、それで作戦の成功に大いに近づくってわけよ。
 アタシほどじゃないけど、ファーストもまあ可愛く見えないわけじゃないからね。
 ただ無愛想だからさ、そこが問題なわけよ。
 でも苦労したわ。
 「理由もないのに笑えない」なんて言うのよ。
 はんっ!理由があっても笑えないくせに、生意気な。
 だから逆襲してやったのよ。

「じゃあさ、どんな理由があれば笑えるっていうのよっ」

 ははは!
 考えてる、考えてる。
 一生懸命に考えてるけど、答えが出てこない。
 で、悔しそうな顔でアタシを睨みつけるのよ。
 その時点でアタシは不安になった。
 もしかしてコイツには“笑う”って機能が装備されてないの?
 アンドロイドじゃあるまいし!
 気になったアタシは確かめてみた。

「何するのっ」

「これでどうよっ!」

 ファーストの背後に回ったアタシはすかさず羽交い絞めにした。
 うわっ、シンジとは違って凄い力で振りほどこうとする。
 まっ、相手が女だから密着を気にしないで全力でくっつけるから大丈夫ってことよっ。
 あれから気になってさ、シンジにはこういうことできないんだけど。
 黙って暴れるファーストにアタシはいつもの手で腋をくすぐろうとした。
 でもなかなか巧くいかない。
 だってシンジとは比べ物にならないくらい暴れるんだもん。
 仕方がないから目標を腋から脇腹に変えた。
 もみもみっ。
 一瞬、ファーストの動きが止まって、それからもっと強い力で暴れだした。
 おおっ、反応ありっ。
 負っけないわよぉっ!
 アタシにも喋っている余裕なんてない。
 こうしてマンションのリビングは戦場と化した。
 
「二人とも何やってるんだよ」

 生地と食材の買出しに行っていたシンジが呆れた顔をしてアタシたちを見下ろしてる。
 ふんっ、平和な顔して何よ、コイツ。
 アタシはねっ、地獄の戦場で闘ってたのよっ。
 でもって、戦い疲れてぶっ倒れてるんじゃない。
 部屋の真ん中にあったソファーは壁際まで動いてて…っていうか、
 蹴っ飛ばされて、横転して、それが壁んところまで押しやられたって感じ。
 カーペットも思い切り位置がずれてるしさ、小物はあちこちに散乱してる。
 我ながらよくもまあこんなに暴れたもんよ。
 って、暴れたのはファーストで、アタシは必死にしがみつきながら脇腹をもみもみしていただけなんだけど。
 ファーストと二人並んで仰向けになってる。
 もう立ち上がる気力もないわよ。

「こんなに部屋を滅茶苦茶にして…。ちゃんと片付けてよ、アスカ」

「こら、馬鹿シンジ。どうして…アタシなのよ、やったのは…ファースト」

「はぁ?綾波がこんなことするわけないだろ」

 頭に来た。
 コイツ、馬鹿シンジの癖に生意気すぎ。
 後で殲滅決定。
 今は無理だけど。
 だって動けないもん。
 気張って怒鳴れないくらい。
 馬鹿シンジに言いたいことは山ほどあるのにさ。
 隣のファーストなんかぜぃぜぃ息をしてるだけ。
 むっ、悔しい。
 何よ、コイツの胸。結構大きい。
 
「アスカったら、女の子なんだから取っ組み合いの喧嘩なんかしたら駄目でしょう。
 綾波さん、大丈夫?」

 ヒカリまでっ!
 どこをどう見たら喧嘩の後に見えるって言うのよ。
 これはファーストの人形フェイスを魅力的にしてやろうっていう教育的指導に他ならないじゃないの。
 で、その指導はどうだったかって?
 悔しいことに、ファーストのヤツ、くすりとも笑わないのよ。
 ひぃひぃ言いながら暴れるだけ。
 うぅ〜ん、この反応ってつい最近誰かで見たような…。
 あっ、馬鹿シンジじゃない!
 あのスケベにアタシの大事な胸を…って思い出したら、かぁっと顔が熱くなるからやめとこう。
 とにかく、あの時の馬鹿シンジに似てたんだ。雰囲気とかが。
 変なの…。

「わっ、綾波さん、泣いてるじゃない。本当に大丈夫?」

「アスカ。喧嘩なんか駄目だよ、もう…」

「だからっ。喧嘩なんかしてないって…えっ、泣いてる?」

 ああ、まっ、そうかもね。
 あんなに脇腹を揉まれたのに我慢(たぶん)してたんだもんね。
 涙目になるのは当然…。
 それがアタシはすぐにそうだと了解したというのに、当の本人が呆然としてるのよ。
 
「涙…。これが、涙。私が…。泣いているのね…」

 ぶつぶつとわけのわからないことを言ってる。
 変なの。コイツ、まるで泣いたことないみたいじゃない。

 その後、ファーストのヤツは優しくヒカリに背中を撫で撫でされて、
 馬鹿シンジは部屋を片づけをしている。
 当然、寛大なアタシがシンジの手伝いをしてあげてるだけだけどさ。
 で、その途中でとんでもない事実を聞いたのよ!

「ええっ!コイツ、笑えるのぉっ?」

「うん。滅多に笑わないけど」

「うっそぉっ!じゃ、アタシの血と汗と涙はなんだったのよっ!」

 笑われた。
 シンジとヒカリに、思い切り笑われた。
 膨れたわよ、当然っ!
 で、その元凶を睨みつけてやったけど、ファーストはいつも通りの無表情でクッキー製作に余念がない。
 
「無理に笑わせようとしても駄目よ、アスカ」

「だって、にっこり微笑んでプレゼントを渡した方がいいじゃない」

「そりゃあそうだけど…。それじゃ、そういう風に説明したら?」

 ぐっ、ヒカリの言う事が正論だわ。
 でもさ、ファーストは馬鹿にしてるのか、アタシの話なんか全然聞かないじゃない。
 ぶつくさ言うと、シンジがくすりと笑った。
 くっ、何かむかつく。

「何言ってるんだよ。綾波、ちゃんとアスカの言う事を聞いてたじゃないか」

「へっ?」

 覚えがない。

「クッキーの作り方とか。素直に教えた通りにやってただろ」

「ほら、服の時も最初は戸惑ってたけど、着替えるのも文句言わずにしてたじゃない」

「そうだっけ?」

 惚けてはみたけど、確かにそうだった。
 じゃ、試してみるか。
 アタシは立ち上がった。
 その時、アタシたちの会話を聞いていたのかいないのか、キッチンからレイが発言した。

「アーモンド、なくなった」

 キッチンに向うとなるほどアーモンドパウダーがすっからかん。
 
「あのねぇ、こういうのはなくなる前に言いなさいよ」

「了解。次からそうする」

 相変わらずの無表情で頷く。
 まっ、これでも前より素直になってるのかしら?
 で、言ってみた。

「作戦決行の時にはプレゼントを渡す時に軽く微笑むのよ」

「何故?」

「その方が受けがいいからよっ。相手が喜ぶと効果が大きくなって、見返りも期待できるってもんよ!」

 どうよっ?
 ファーストはアタシの言った事を吟味しているかのようにたっぷり3秒ほど表情を動かさなかった。
 そして、あっさりと言ってくれた。

「了解。そうする。アーモンドは?」

「シンジ!アーモンドパウダー買ってきて!じゃ、笑ってみてよ」

 シンジに命令してから、アタシは腕組みをしてファーストに要望を出した。
 そう、これは命令じゃなくて、あくまで要望。
 アタシは大人だもん。

「何故?今は笑うときじゃない」
 
 くわっ。ああ言えばこう言う。
 でも、アタシは大人だもん。

「予め知っておく必要があるでしょうがっ。アンタの笑顔にどれくらいの効力があるかってね」

「了解。これで、いい?」

 参った。
 アンタ、反則。
 まっ、でも例えるなら、シンジが心底から笑った顔に似てるかな?
 アイツの愛想笑いにはむかっ腹が立つけど、自然に笑った時は、まあ、あれよ、悪くないって感じ?
 それよりはちょっと、うぅ〜ん、かなり、圧倒的に落ちる…?っていうか、
 ああ、でも、結構いいかも。
 とぉ〜ぜん、アタシの素晴らしい笑顔には負けるけどねっ。

 

 それから、大人の中から一人だけこの作戦に引っ張り込んだわ。
 だってそうしないと部外者もいるわけだし、ジオフロントの中をうろちょろできないじゃない。
 その相手は当然ミサト。
 彼女には正直に計画のすべてを打ち明けたわ。
 その上で協力を要請したわけよ。
 ミサトの場合は変に誤魔化すよりも直球勝負した方がいいもんね。
 で、アタシの読み通り、ミサトはがははと高笑いして手を貸してくれることを約束してくれた。
 もちろん、使徒の襲来がなければって条件付で。
 ま、使徒がやってきたらアタシたちだってクリストキントしてる暇なんかないもんね。
 
 アタシは祈った。
 使徒が来ませんようにって。
 ま、それを言うならずっと襲来しない方がいいんだけど、とりあえずクリスマスまではお願い。
 その祈りにはシンジも参加させた。
 とりあえずベランダの方がそういう祈りの場としてはお似合いのような気がして、寝る前にお祈りしたわけ。
 シンジに仏教徒かって訊いたら、「わかんない」って返事で拍子抜け。
 ホント、日本人っていい加減。
 十字架のペンダントしてるからミサトにカトリックかって訊ねると、「アタシ浄土真宗」だって平気な顔で言うのよ。
 ペンダントはファッションなんだって。
 まあアタシだって、日本に来てからは教会に足を向けたこともないけど。
 罰当たりなアスカをお許しください。
 そう心の中で呟いてから、使徒が来ませんようにってお祈りするの。
 こんなにみんなでがんばってるんだからって、シンジも真剣にお祈りしてた。
 これでイヴに使徒襲来!なんてことになったら、アタシは神様を恨むかも。
 まあ、ママが死んじゃってからは敬虔な信仰心はなくしちゃってるのも事実だけどね。
 それでもアタシは自分勝手に祈ってた。
 シンジと肩を並べて、ね。
 不思議に寝る前のお祈りを始めてから、時々やってたシンジとの口喧嘩は一度もなかったの。
 あ、昼間のじゃなくて、寝る前の口喧嘩に限ってだけどね。
 でも、安らいだ気持ちで眠りにつけるから精神衛生上凄く良いことだわ。
 クリスマスが終わってもこれは習慣にしてもいいかもね。
 とにかく、神様、アリガト。



 イヴが来た。
 使徒は来てない。
 よしっ!

「いい?お年玉で返ってくるかどうかはこれからのアタシたちの動き次第なのよっ!」

 アタシは大作戦を共に戦う仲間たちの顔を見渡した。
 しっかしまぁ、気合を入れて演説する気が失せてしまうような連中ね、コイツ等ときたら。
 まずジャージとメガネ。
 緊張感の欠片もなくてニヤニヤ笑っている。
 まあ、ジオフロントに荷物を運び入れた時点でこの二人の仕事は8割方終わったみたいなもんだからねぇ。
 逆に緊張感たっぷりなのがヒカリ。
 まだ着替えてもいないのに、しきりに制服の襟元とかを気にしている。
 大丈夫かしら。
 その隣には緊張感がまったく見えないファーストがいた。
 何を考えているのかまったくわからない顔で突っ立っている。
 ま、いつものことだけど。
 そして、馬鹿シンジ。
 コイツもいつものように愛想笑いを浮かべてる。
 まっ、シンジの役割はBGM担当だからそんなに緊張することはないでしょ。
 生音ったってチェロなんだし、毎日練習したんだから大丈夫っ。
 アタシが保証するわ。
 さ、この後はアタシたち、クリストキントトリオの出番っ!

 そう勢い込もうとしていたら、ミサトがふらりと現れたの。

「おおっ、いよいよ作戦開始ぃ?」

「まだよ。着替えてないもん」

「そっか、水着だったわよね。みんながんばって」

「えっ、み、みずっ!」

 いつものミサトの軽口に乗ってしまうのは純真この上ないヒカリだけだった。
 アタシは腕組みをして大きな溜息をわざと吐いてやった。

「ヒカリ?アンタがその手で衣装を作ったんでしょうが。いちいち冗談に乗るんじゃないわよ」

「はははっ、でもさ、急いだ方がいいんじゃない?」

「どうしてよ。クリストキントの出番は夜になってからに決まってんでしょ。まだ5時…過ぎたとこでしょ」

「でもさ、5時で仕事終わるのよねン」

「だから何よ」

「帰る人は早いわよ。さすがにイヴだからさ」

 そうだった!
 うっかりしてたわよ。ここが日本だから、休日になってないからって油断してた。
 クリスチャンでもないのにクリスマスは家族や恋人と祝うんだ。
 急がなきゃ!

 慌てて着替えをしたアタシたちは一般職員さんのゲートに走ったわ。
 そして帰りを急ぐ人たちにクッキーを配ったの。
 でも、正直言ってあまり効果は期待できなかった。
 だってさ、まるでアタシたち駅前のティッシュ配りみたいだったんだもん。
 はいどうぞ、はいどうぞって感じで。
 思わず「よろしくお願いしまぁ〜す」って言葉を添えたくなっちゃったわよ。
 数は捌けたけど、それじゃ意味がないじゃない?
 まずいわよ、これは!

 みんなもそう思ったみたい。
 ファーストを除いて。
 男子の馬鹿たちは溜息吐いたりして、ヒカリも俯いてる。
 ええい!このままじゃいけないわよ!
 ここはアタシがみんなの気持ちを盛り上げないと!

「ふふん!予行演習は終わったわ。これからが本番よ!
 この大切な日にジオフロントに残っているような孤独な人ほど
 クリストキントからの贈り物が心に染みるのよ!」

 くそぉ、うんうんと頷いてくれたのはファーストだけじゃない。
 後の連中が問題なのに、みんな白けた雰囲気たっぷり。
 アタシの気持ちをわかってくれるのはファーストだけぇ?
 アンタ、なかなかいいヤツじゃない。

 その後については、まあ巧くいったんじゃないかしら?
 顔なじみの連中はみんな揃ってた。
 ラッキーとも言えるけどさ、聖夜に仕事ってどうなのよ。
 だからかもしれないけど、みんな感謝してくれたわ。
 リツコなんかついでにコーヒーを淹れろって命令するのよ。
 クリストキントにそういうこと言う?
 結局コーヒーの方はシンジがやったけどさ。
 まっ、皮肉な笑みを浮かべながら、「お年玉は用意しておくわ」と言ってくれたのは良しとするか。

 他の人たちの反応も概ね良好。
 どうやらミサトが下拵えをしておいてくれたみたい。
 マヤなんて「あまりたいしたお返しは出来ないけどゴメンね」なんて言ってたもん。
 何だかこんな風に言われると凄く悪いことをしたような気がしてきた。
 やっぱり子供ねぇ、アタシは。
 明日、ゲートに貼っておこうかしら?
 「お返し無用。クリストキントより」ってさ。
 でも、逆に要求してるように思われるかなぁ?
 気になったからヒカリにこっそり相談したら、彼女も同じことを考えていたのよ。
 だからミサトに声をかけたの。
 すると、あっさり言われたのよ。

「はははっ、アスカの癖に細かいこと気にしないでよ」

 癖にって何よ!

「私たち大人なのよ。子供は子供らしくしてればいいの。せめて使徒が来てない時くらいはねン」

 と、ウィンクされて、背中をバシンと叩かれた。
 もう14歳なんだから、子供じゃないわよ!もう!
 ま、じゃあ、子供であるアタシたちは大人に甘えるとしますか。
 だけど、貰ったお年玉で諸費用は返却することは決めた。
 でも他の連中には言わないでおこうっと。
 アタシ一人でそうするの。
 みんなを巻き込んだのはアタシなんだからね。
 ただし、シンジの貰ったお年玉にはたからせて貰いましょうか。
 映画とか、食事とか、あ、そうだ、初詣ってイベントもあるんだっけ?
 決定。
 それくらいしても文句はないってもんよ。
 馬鹿シンジはどうせ泣き言を言うんでしょうけど、いつものように黙らせてやる。
 ぐふふ、そうしよっと。
 それじゃ、みんなを安心させてあともう少しクリストキントの降臨を続けましょ。

 少しだけ、ムッと来た。
 加持さんがいない。
 いや、いないことにムカついたんじゃなくて、後でミサトと会うって聞いたからなのよ。
 で、何なら預かってあげてもいいわよって、へらへら笑われてさ。
 おまけに今日は帰りが遅いか、若しくは帰らないかもって耳元で囁かれたのよっ。
 悔しいったらありゃしないじゃないっ!
 でも、どうしてだろ…。

「じゃ、頼んだわよ。それと加持さんにお年玉のこともね」

 って笑って言っちゃってるの、このアタシが。
 もしかすると、アタシとミサトの二人だけだったから?
 中央作戦司令室の壁際で話をしていたから、シンジは近くにいない。
 アイツはマヤの傍で一生懸命にBGMを奏でてるわ。
 何だか楽しそうにチェロを聴いてるマヤに腹がたつ。
 よくわかんないけど。

「メリー・クリスマスは言わなくていいのン?」

 忘れてた。

「当然じゃない。Frohe Weihnachten ってちゃんと伝えてよね」

「おおっとドイツ語ね。わかったわ。後は大物ね、せいぜいがんばんなさいよ!じゃあねン」

 ミサトは豪快に笑いながら去っていったわ。
 残るは司令と副司令。
 確かに大物。
 ファースト、頼むわよ!
 って、もしかしてミサトは逃げ出したんじゃないでしょうねっ。
 
 中央作戦司令室を出ると、ヒカリたちが待ってた。
 さすがにこの中には入れなかったからね。
 すると、ヒカリは申し訳なさそうにこう言うの。

「あのね、アスカ。悪いんだけど、先に帰っていい?」

「えっ、打ち上げは?」

 そうなのよ。
 コンフォートで打ち上げパーティーをしようと決めてたの。
 小さいけどケーキやお菓子とかも用意してるし、帰りにフライドチキンも買おうかってさ。

「悪いな、惣流。あんなぁ、わしの妹がな」

「容態が悪くなったの?」

「ちゃうちゃうっ!そんなんちゃうねん、あんな…」

 すっかり照れている鈴原が説明するとこうだった。
 待っている間に食堂の公衆電話から病院に電話したんだって。
 携帯電話はゲートで取り上げられてるからね。、あ、もちろん相田のカメラも。
 相手はもちろん妹さんで、明日約束通りにクリスマスプレゼント持っていくからなって言ったわけよ。
 イヴの夜に渡したいところだろうけど、面会時間の問題とかあるもんね。
 それに今回の作戦があったわけだし。
 まあ、事前に妹さんに了解を貰ってたから、電話は再確認というか、罪滅ぼしというか、そういう気持ちだったみたい。
 ちゃんとお兄さんしてるじゃない、鈴原の癖に…って言ったらヒカリに怒られちゃう。
 で、プレゼントの件はくどいって逆に怒られたらしいけど、こんなことを呟かれたんだって。

「うち、その、クリストキントさんに会いたかったわぁ」

 それを聞いたお兄ちゃんは、病床の妹の願いをどうしても叶えたくなったんだってさ。
 だから、打ち上げに参加しないでヒカリを連れて病院に行きたいと言うのよ。

「ヒカリ、いいの?」

 間違えないでよ。
 この質問は、打ち上げでケーキを食べられなくてもいいのってみたいなくだらない意味じゃないんだから。
 クリストキントの扮装をするのを恥ずかしがっていたからね、ヒカリは。

「う、うん。頼まれたから」

 ふぅ〜ん、“鈴原に”って肝心の部分が抜けてるみたいだけど、まあいいわ。
 しっかりやんなさいよ、ヒカリ。いろんな意味でさ。
 アタシはお土産の意味も含めて、プレゼントのクッキーを紙袋にいっぱいにして相田に持たせたの。
 計算外で大量に残っちゃったからね。
 同じ病室の人とか、看護師さんたちに配ってって。

 3人が姿を消してから、いよいよアタシたちは最後の大物と対決することにしたわ。
 でももしかして、緊張してるのはアタシだけ?
 どう見てもファーストはあの二人に可愛がられてるし、シンジはそもそも司令の実の息子なんだから。
 アタシだけ日常での接点がないのよね。
 でも、がんばるしかないか!



「ふん、くだらん」

 そう言うと思った。
 思ってたけど、やっぱりびびっちゃうわね、情けないけど。
 アスカ、いくわよっ。

Frohe Weihnachten!

 ううっ、反応なし。
 いつものポーズのまま、姿勢は崩れていない。
 お隣の副司令みたいに返礼くらいしてくれてもいいじゃない。
 でも、めげてなるもんか。
 アタシは扉を開けて廊下のファーストを呼び入れた。

「はい、ここのお二人さんにクリスマスプレゼントをあげなさいよ」

「了解」

 部屋の中に向うファーストにアタシはそっと囁く。

「笑顔、忘れんじゃないわよ」

「了解」

 それしか言えないの?
 まったく、この娘ったら…。
 だけど、頼んだわよ。
 見返りとかそういうのじゃなくて…。
 あれ?何でだろ。どうしてアタシ、こんなにむきになってんの?
 負けず嫌いってヤツかしら。
 わっ、司令と副司令、固まっちゃってるじゃないっ。
 ファーストって、こんなに凄いわけっ?

「な、何のつもりだ」

 ようやくしわがれ声で司令が声を出した。
 ふふふ、想定内の対応ね。
 行けっ、ファースト!

「私、クリストキント。プレゼントを渡しに来たの」

 ファーストは机の前に進み出た。
 そして、持っていた小さな袋をすっと司令に突き出し…こらっ、突き出すのと差し出すのは違うってば!
 あんなに教えたのに、結局突き出してるんだから、この馬鹿レイ。
 あれ、アタシ、今…。
 一瞬戸惑ったアタシを我に返らせたのはやっぱりシナリオ通りの司令の一言。

「これは何だ」

 ホントにわかりやすい人。
 何か、見る目が変わってきちゃった。
 これだとまだシンジの方が不可解だわ。
 時々考えてることがわかんなくていらいらしちゃうもんね。

「だから、クリスマスプレゼント」

 そこよっ、レイ!
 あれ?また、何か変…。

「お願い」

 アタシはレイの横顔を確認した。
 よおぉっしっ!最高の微笑じゃない!
 司令の息を飲む音が聞こえたような気がするわ。

「ど、どうした?いらんのなら私が…」

 おおおっ、副司令が横取り?
 ちゃんと用意してるからそんなに焦らなくてもっ。
 って、やっぱりこの人たちにはレイの微笑が一番効果があるみたいね。
 ぐふふ、アタシの読みもばっちりじゃない!
 あ、そうか…。
 わかった、アタシ、心の中でファーストのこと、名前で呼んでたんだ。
 ま、いっか。
 よしよし、ファースト。アンタのことはこれから名前で呼んだげる。
 感謝しなさいよっ。

「待てっ。わしのだ」

 うわっ、素早い!
 ひったくるようにして、司令はレイの突き出した袋を奪い取ったわ。
 ほらっ、シンジ。副司令用の袋をレイに渡すのよ。

「はい、これは副司令に」

「おお、わしにも貰えるのかね。ありがたい」

 そうよ!ここでもう一度微笑んで、メリークリスマスって言うのよっ。
 レイはにこりと微笑んだ。
 そして…。

「メリークリスマス」

 よし!完璧…ええっ!

「お年玉、よろしく」

 あちゃあ〜、本音丸出し!
 レイって、凄い心臓してる。
 あんな露骨な言葉をにっこり微笑みながら言えるんだもん!

「はは、そうだな。わかった、用意しておこう。なあ、ゲンドウ」

「む…、も、問題ない」

 わはっ、凄い!

「君たちの分も用意しておくから、正月になったら挨拶にきなさい」

「はいっ、副司令、ありがとうございます!」

 お年玉って言葉につられたからじゃないわよ。
 アタシ、こういう…何て言うんだろ、家族っぽい?親しげな言葉に弱いのかも。
 だから、ミサトに誘われてほいほいマンションに住む気になったんだわ。
 一応男性のシンジも一緒だっていうのに…。
 でも、たぶん…、きっと、馬鹿シンジじゃなかったら引っ越してこなかったと思う。
 だって、シンジは人畜無害だから。
 無防備なアタシにキスが出来なかった、弱虫シンジだもん。
 そのシンジも副司令にお礼を言って、それから司令をちらりと見た。

「ふんっ、来たければ来い。好きにしろ」

「う、うんっ。ありがとう、お父さん」

 うわっ、シンジがお礼を言ってるのに顔を逸らしたわね。むかっ!

「シンジ、レイ?帰るわよっ」

 扉の前に移動したアタシは腰に手をやって二人に声をかけた。
 すると、どうだろ。
 シンジもレイも、アタシを見て変な顔してんの。

「どうしたのよっ」

「だ、だって、綾波のこと、名前で…」

「名前で呼ぶのが悪い?はんっ、馬っ鹿みたい。行くわよ、レイ!」

 レイの顔を真っ向から見て、アタシはわざと名前で呼んだ。
 呆然とした表情した…よね、たぶん…レイはしばらく躊躇って小さく頷いた。
 そして、アタシの方に歩みだしたの。

「ほらっ、シンジもさっさと来る!」

「あ、う、うんっ。じゃ、お父さん、副司令、メリークリスマス!」

 わぁ、シンジったら大人…?
 まっ、おかげでアタシが叫んでちょっと悪くなった空気がよくなったような気がする。
 あれ?アタシ、どうして叫んじゃったんだろ。
 
 アタシたちが廊下に出ると、扉がもう入ってくるなとばかりに閉まった。
 すると、レイが真剣な顔して口を開いたの。
 名前で呼んだことに文句を言うのかなって思ったんだけど違った。

「弐号機パイロット、のままでいいの?」

「はぁ?好きにすればぁ?アタシも別に好きで呼んでるだけだし」

「好き…。弐号機パイロットが私を…」

「こ、こらっ、そういう意味じゃないわよ!」

「はは、じゃあさ、綾波も名前で呼べばいいよ。アスカって」

「名前…。私、名前で人を呼んだことない」

「えっ、そうなの?」

 思わず聞き返しちゃったわよ、ホント。
 14歳になるのに信じらんない。
 っていうか、子供の時、友達いなかったの?
 アタシ、みたいに。

「へぇ、そうなんだ。じゃ、アスカが最初になるんだ」
 
 レイはこくんと頷いた。
 うぅ〜ん、どうしてだろ。
 どうして、アタシ…。
 この子の事をあんなに敵視してたんだろ。
 わかんない。
 ま、いっか、日本人が言うじゃない。
 昨日の敵は今日の友、ってさ。
 もしかすると、これがクリスマス効果ってことかもね。
 何だか、優しい気持ちになっちゃった。
 あっ、アタシはいつも優しいんですからねっ。


 
 今年のクリスマスイヴの話はこれでおしまい…じゃなかったの。
 病院に行ったヒカリからSOSが入ったのよ。

 廊下にいたアタシたちのところにマヤが来て、病院に連絡してほしいってヒカリからの電話を伝えてくれたの。
 何かあったのかって慌てて電話したら、なんと応援要請だったのよ。
 クリストキントが一人じゃ足りないって。
 それにプレゼントのクッキーも。
 アタシたちはまだ何十個も残ってるクッキーの袋を手にリニアに乗った。
 着替える時間が惜しかったから、クリストキントの衣装の上に上着を羽織って。
 でも、スカートまで隠せないから何だか珍妙な感じ。
 ミサトがまだいたら、車で送ってもらえたのになぁ。
 まっ、シンジのチェロケースがあったから、それに隠れるようにしてたけど。

 駅には病院の車が待っていてくれたわ。
 バスに乗っていこうとしたら、相田に大声で呼ばれたの。
 病院の車って聞いたからまさか救急車?って思ったけど、普通のワゴン車だった。
 ま、当然といえば当然か。
 そして、病院に着いたアタシたちは看護師さんたちから戸惑ってしまうほど感謝をされたの。
 もちろん、病院もクリスマスの演出を毎年してるんだけど、やっぱりありきたりな感じになってしまうらしいのよ。
 で、鈴原の妹さんの病室に現れた、クリストキントを見つけて“これだ!”ってことになっちゃったんだって。
 大きな病院だからヒカリ一人ってわけにもいかないで、アタシたちに助けを求めてきたということ。
 断れるわけもないし、逆にやる気満々って感じ。
 気になったのはプレゼントが足りるかどうかって事だけかしら。
 まあ、これも食事制限してる患者さんとかもあって、足りない分は看護師さんたちがいろいろ作ってくれた。
 
「いい、レイ?アタシはアンタには負けないからねっ」

「これは…勝負?どうなれば、勝てるの?」

「はんっ、とにかく微笑みを絶やさなければいいのよ。アンタに出来るぅ?」

「やってみる」

 と、にっこり笑われてしまった。
 ええっと、コイツって、無表情な人形キャラじゃなかったの?
 ま、いっか。
 こんなレイなら、友達になれる…かもね。

「馬鹿シンジっ。アンタはぶっ倒れるまで演奏すんのよ!」

「ええっ、そんな無茶な」

「ここは病院でしょうが。倒れても何とかなるわよ」

 アタシは慌てて続いた言葉を飲み込んだ。
 
 もし倒れたら、アタシが看護したげるから……。

 どうしてこんなことを言おうとしたんだろ。
 わかんない。
 でも、看護くらいならしてやってもいいかも。
 一応、同居人のよしみってヤツでさ。

 想定外のことが起こっちゃった。
 テレビのニュースで報道されたのよ。
 入院患者の中にテレビ局の人がいて、これはいいって連絡したみたい。
 まあ、日本じゃサンタクロースばかりで、クリストキントなんか珍しいもんね。
 さすがのアタシも緊張しちゃったわよ。
 レイでさえ、帰るときにボソッと呟いたほど。
 「使徒と戦うより疲れた」んだってさ。
 でも、こうも言ってた。
 
「私、天使じゃない」

 どうも、どこかの病室で「天使みたいだ」って言われたみたい。
 どこかしら、満足そうっていうか、嬉しそうなレイの顔を見てると、こっちまで微笑んでしまったわよ。

 嬉しいことに病院のワゴン車で家まで送ってもらったの。
 もう9時前だったから、助かっちゃった。
 ヒカリの家の前で鈴原と相田が降りて、その時3人と明日の確認をした。
 お昼に打ち上げをしましょって。
 すると料理を持っていくと言うヒカリに、鈴原がぶっきらぼうに告げたの。
 荷物持ちをしに寄るって。
 ヒカリったら真っ赤になって頷いてるのよ。
 何だか、ヒカリと鈴原の距離が少し近づいたような気がする。
 気のせいかな?
 それから、アタシたちはレイをマンションへ強制的に連行したわ。
 だって今日はイヴ。
 あんな廃墟みたいなところに帰すことなんかできないわよ。
 で、最高の一言を受けた。

「ラーメンは?食べに行かないの?」

「こらっ、それはお年玉を貰った後でしょうが。今日はケーキと…ああっ!」

 忘れてた。
 帰りにスーパーに寄って鳥の足とか買うんだった。
 もう、帰っちゃったわよ。
 アタシはシンジを見た。
 すると、馬鹿シンジは苦笑して言ったわ。

「はいはい、行ってきます。適当に買ってくるから」

「よしっ!アンタにしちゃ気が利くじゃない」

「私、肉は駄目」

「あ、じゃ、シンジ。じゃがいも買ってきて。アタシが作ってあげる」

「えっ!」

 素っ頓狂な声を出して、びっくりした顔をしてるシンジのヤツのお尻を蹴飛ばしてやった。
 これまで家事してないのは、出来ないんじゃなくてする気がなかったってことくらいわかんなかったの?
 やっぱり、アイツは馬鹿シンジ。
 
 超特急で帰ってきたシンジから食材を受け取って、アタシはレイ向きの料理をこしらえた。
 じゃがいもと玉ねぎを炒めて、たっぷりとガーリックと黒胡椒を効かせてやったわ。
 それを溶き卵で包んで…どうよっ!
 つい調子に乗ってシンジの分まで作ってしまったじゃない。
 だって、レイが美味しいって言うし、シンジが物欲しそうな顔してアタシを見るんだもん。
 シンジとアタシの分にはソーセージも入れて。
 忘れそうになった鳥の足も温めて、うん、けっこうご馳走を並べたって感じになった。
 せっかくのクリスマスイヴだもんね。
 
 11時になって、テレビを教えてもらってたチャンネルにしたの。
 しばらくしたら、映った!
 わぁ、アタシとレイがたっぷり出て、ヒカリがインタビューに答えたの。
 ニュースキャスターはクリストキントの風習を説明して、
 わ、アタシの映像で、「このドイツから来た女の子が企画した」って言ってる。

「わっ、どぉ〜しよっ。病院のことはアタシじゃないのに!」

「そうだよね。アスカはお年玉欲しさに考えたんだもん」

「うっさい!馬鹿シンジは黙れ!って、終わっちゃった…。ねっ、レコーダー、ちゃんと録れてる?」

「待って。えっと、うん、大丈夫。ほら…」

 アタシたちはもう一度ニュースを見た。
 レイは自分の姿に小首を傾げてたけど、何を考えたんだろ。
 シンジはチェロを弾いていた自分が一瞬しか映ってないって拗ねてた。
 で、アタシはメディアにダビングして、ドイツに送ることに決めた。
 ママが生きていればいいんだけど、無理だもんね。
 でも、あの人がいるし、パパは…。
 アタシのこんな姿を見て、パパはどう思うだろうか。
 知りたいような、怖いような。
 まだ届いてないけど、クリスマスプレゼントを送ったって電話で、あの人が言ってたし…。
 そのお礼に手紙を書いてもいい。
 今度の手紙には、その書き出しには、あの人の名前じゃなくて…。
 いつもは、“Liebe Maria”と、愛(Liebe)など儀礼的にしか込めずに書いている。
 でも、今度はこう書こう。
 “Liebe Mutter”。
 だって、アタシと違って、あの人は何故かアタシなんかを愛してくれているみたいだから。
 “愛するママ”って書き出しをしたらどう思ってくれるだろう?
 シュレーダーの…アタシの弟の写真を送って欲しいって書こうかしら?
 変な意味に取られないかな?
 まさか写真を使って呪いを…なんてね。
 どうなるかわかんないけど、書こう。
 愛するママへ、クリスマスはどうでしたか?

 ニュースを見た後にみんなでケーキを食べていたんだけど、
 アタシはこんなことを考えていて、シンジやレイとは話をしていなかったの。
 さすがのアタシも思考中はケーキを食べるのが精一杯だったってこと。
 で、気がついたらシンジが小さな声でアタシを呼んでた。

「何よ、うっさいわね」

「静かにして、アスカ」

「はぁ?何言って…」

 シンジが指さす方向には薄水色の髪がこくりこくりと前後に揺らいでる。

「レイ、寝たの?」

「そうみたいだよ」

「ふふ、いい子の優等生は夜更かしが苦手ってことか」

「どうしよう」

「アンタ馬鹿ぁ?ここに置いとくわけにいかないでしょ。アタシのベッドを貸してあげるわ。アンタ、レイを…」

 アタシが“運べ”と命令すると思って、シンジが立ち上がった。
 その時、アタシは気が変わった。
 理由はわかんないけど。

「アタシが運ぶから、アンタは部屋の扉を開けておいてよ」

「えっ、アスカが?」

 シンジが驚いてる。
 アタシだって驚いてるのよ。
 何故、こんなことを言い出したのか。
 そっか、シンジが頼りないからね、きっと。
 まっ、コイツにお姫様抱っこなんてできるわけないもん。
 
 アタシにも出来なかった。
 重いわよ、レイ。
 結局、まるで戦場から戦友の死体を背負って戻るような感じになった。
 シンジは手を貸そうと言ったんだけど、思い切り毒づいてやった。
 女の子の身体を触りたいから言ってるんでしょうって。
 当然、シンジは膨れた。
 でも表情のどこかに慌てたような感じが見えたから、アタシの言葉で気が付いたみたいね。
 鈍感なヤツ。
 だけど、何だか安心した。
 やっとのことでベッドに横たえたけど、レイのヤツはぐっすりと眠ってる。
 ふふ、可愛い顔しちゃってさ。
 アタシはレイの頬を指でちょんと突付いた。
 不思議。
 これがクリスマス効果?
 どうしてあんなに嫌っていたレイにこんなことを?
 わかんない。
 わかんないけど、まあいいやと思う。
 部屋を出る時、電話が鳴った。
 すぐ近くに立っていたシンジが電話を取ると、何か小声で喋っている。
 鈴原か相田だと思って、アタシは静かに部屋の扉を閉めてキッチンに向ったの。
 ケーキを食べたあとの片づけがあるからね。
 変なの。
 いつもならシンジに任せてしまうのに。
 どうしてこんなに優しく…、そう、優しくしてしまうんだろ。
 はは、まさか、本物のクリストキントみたいになろうとしてるわけぇ?
 このアタシが。
 似合わないってんの、馬鹿みたい。
 アタシは苦笑しながら洗い物を終えて、リビングに顔を出した。
 すると、シンジがぼけっとした顔でソファーに座ってんの。
 
「馬鹿シンジ、どうしたのよ」

「父さんが…電話してきた」

「司令?まさか、使徒っ?」

「違う。テレビのニュース見たんだって」

「げっ、怒られたの?」

 シンジは釈然としない顔つきで首を横に振った。

「それが…。何だか、はっきり言わないんだけど…」

 ああ、アンタのはっきりしないとこは父親似ってことか。
 で、はっきりしなさいよ!

「どうやら、いい事をしたなって褒めてたみたいな…」

「ええっ、司令が?信じらんないっ!」

「僕もだよ。でも、そうとしか思えなくて…」

 シンジってパパに褒めてもらったことがないのかな。
 かなり戸惑ってるじゃない。
 
「それから、レイをね、アスカと一緒に3人でパーティーして、今日は泊まってもらうことにしたって言ったんだ」

「わっ、怒った?」

「いいや、あのね、それが…“すまんな”だって。わけわかんないよ」

「はぁ?何それ」

「だから、僕にもわからないよ。でさ、いきなり“メリークリスマスだ”って言った途端に電話を切ったんだよ。
 本当に何を考えてるんだか…」

「あ、最後のは絶対にアレよ。照れてたんだわ」

 アタシは断言した。
 間違いないって。

「父さんが?どうして照れるんだよ。変だよ、そんなの」

 やっとシンジが笑った。
 
「まっ、よかったんじゃないの。イヴなんだしさ…あ、もう25日か…」

 壁の時計を見たら、とっくに短針は12を過ぎている。

「わっ、早く寝ないと!」

 アンタもレイの仲間か。
 と言いながらも、アタシも実は眠い。
 今日は結構動いたもんね。

「えっと、アスカ、どうするの?」

「何よ、寝るわよ、アタシも」

「あ、あのさ、だから、どこで?」

「はい?ベッドに決まってるでしょうがっ」

「ほ、ほら、アスカのベッドには…」

 あ、そうだった。
 レイが寝てるんだった。

「しっかたないわね。じゃ…」

「ソファーで寝る?」

「はぁっ?アンタ、このアタシにソファーで寝ろですってぇっ!」

「で、でも、それじゃ、綾波を起こして…」

「アンタ、鬼?」

「じゃ、綾波と一緒に…」

「狭いのイヤ」

「じ、じゃ、えっ、ま、まさか、僕の…」

 ふんっ、“僕と”なんて考えなかったところは評価してあげるわよ。
 アンタとなんて絶対に一緒に寝てあげるもんですか。

「ベッド借りるわよ」

「じゃ、僕がソファー?」

「とぉ〜ぜんでしょっ。それともミサトんとこで寝る?」

 シンジは何度も首を横に振った。
 そりゃあそうでしょうよ。

「まっ、常夏の日本でよかったじゃない。
 クリスマスのドイツでソファーで寝たら凍死しちゃうわよ」

「ちぇっ、ソファーはぐっすり眠れないんだよ…」

 なんて泣き言を呟きながら、馬鹿シンジは洗面所に向った。
 歯を磨きに行ったのね。
 そのがっくりと肩を落とした後姿を見て、急に気が変わった。
 ソファーを動かして、リビングの真ん中を広く開けて。
 それからシンジの部屋に行って、布団と枕を引っ掴んできた。
 一人分だから、敷布団と座布団を並べる。
 バスタオルをタオルケット代わりにしたらいいわよね。
 はい、これで完成。

「えっ、これっ!」

「懐かしいでしょ。ユニゾンの時。こうやって眠ったよね」

 そして、アタシは30cmくらい離れた二つの寝床の間にあるものを置いた。

「それ、何?」

「アンタ馬鹿ぁ?携帯電話知らないの?」

 アタシの携帯電話が横向きに置かれている。
 そのままじゃ倒れてしまうから、少しだけ開けてV字型にした。

「これはジェリコの壁の代用品。ここを越えてきたらぶっ殺すからねっ」

「う、うん。当たり前だよ」

「ふんっ、どうだか?」

 アタシはわざと憎々しげに吐き捨てた。
 あの時のことを思い出させるように。
 目論みは当たって、シンジは目を伏せた。

「じゃ、アタシも歯磨きしてくるから…」

「あ、あのさ」

 振り向くと、シンジがいつものようにうじうじした感じでこっちを見ている。
 
「何よ」

「寝る前に…お祈りするよね。ベランダで」
 
 一瞬、アタシの心が弾んだ。
 それが何故かわからないけど、アタシは大きく溜息を吐いたの。

「あったり前でしょ。アンタ、日課を破るつもりぃ?」

 アタシはそう言い残すと、洗面所に向った。
 出来る限り悠然とした態度で。
 そして、洗面所に着くと急いで顔を洗った。
 頬が熱い。
 今日は…あ、いや、もう昨日か。
 今年のイヴはよくわからないことばかりだ。
 でも、いい。
 どうせ、世の中はわけのわからないことばかりなんだから。
 アタシは鏡の中の自分を見つめた。

 その時、ずっと昔のことを思い出した。
 まだママが生きていた頃。
 小さなアタシはクリストキントになりたいって言ったっけ。
 アタシのように東洋人の血が混じっている子は選ばれないって知ったのはいつ頃だったかな?
 その頃にはもうそんな夢は持ってなかったけど。
 ただ、エヴァのエースパイロットになることしか頭になかった。
 日本に来るまで。
 いや、つい最近まで。
 アタシ、変わったのかな?
 鏡の中のアタシが小首を傾げた。
 やっぱりわからない。
 まあ、いい。
 とにかく、お祈りしましょ。
 使徒が来ませんように。
 この平和が続きますように。
 それから…それから…。

「馬鹿シンジ!アンタ…」
 
 とっくの昔にベランダに出ていたシンジに向って、アタシは“ベランダに出ろ”という言葉を飲み込んだ。
 そして、自分でも予想もしなかった言葉が勝手に口から出てきたの。

「ずっとアタシと…」

 

 

 

<おわり>


 


<あとがき>

去年の作品のプレッシャーに負けました。まあ、あれです。この後の展開では明るい未来となりそうです。天使のレイちゃんを覚醒させてしまったのですから。

 

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