『獲明真書』

 初めて会った時、明日香は身体を清めていた。
 そして明日香は真司に努力の成果を辱められた。
 二人の間には溝が作られた。
 (現代語訳)

 アスカとシンジが出逢った日。
 この中国古代から伝わる文書の通りに進行した。
 せっかく仲良くなりかけたのに、アスカの書く字が汚いとシンジが言ってしまったために、アスカは激怒。
 その日は階段を下りては来なかった。

 

 

すべては世界の平和のために

− 2 −

「鷲は舞い降りた」


333333HITリクSS

2004.6.21         ジュン

 


 

 

 

 

 いいとこあるじゃない、シンちゃんも。

 ミサトはアスカの立てこもる部屋の前に食事のお盆を置いていったシンジを見て微笑んだ。
 どういうものを食べるのかよくわからないからと、カレーライスとサラダ。
 お盆にはガラスコップに水差し。スプーンにフォーク、そして一応お箸も添えられていた。
 それとメモが一枚。
 「ごめんなさい」と。
 あのあとでミサトに説明してもらったわけだ。
 喋ることより、読むことより、書くことが一番大変なのだと。
 日本語というのはそんなに難しい言葉とはシンジは思っていなかったのだ。
 生まれて育った国だから。

 で、アスカは2分後にお盆を部屋の中に回収。
 その20分後に綺麗に食べられたカレー皿とサラダボウルが載せられたお盆が素早く廊下に出される。
 見栄か虚栄心か、フォークには一切使われた形跡がなく、お箸が少しドレッシングで濡れていた。
 そして、メモには返事が。

 『ぜったいにゆるしてあげるもんか』

 シンジはがっくりと肩を落とした。

「まあいいんじゃない?本当に怒っていたらシンちゃんの作ったカレーを食べないわよ」

「そうでしょうか?」

「そうそう。それにこれを食べたら怒ってても忘れちゃうわよ。すっごくおいしいから」

「ほ、本当ですか?」

 このカレーを作るのに結構苦労したのだ。
 部屋にあるパソコンは使えない。
 何故かというと、アスカが占拠した部屋はシンジの部屋だったから。
 レトルトのインスタントカレーという選択肢は、はなからシンジにはなかった。
 遠来の客をもてなすのにそれではあまりというもの。
 ドイツに住んでいた女の子が美味しいと思うようなものをつくりたい。
 いつもならばインターネットでレシピを探すのだが、上記の状況なので使用不可。
 とりあえず、スーパーに行って考えようと、ミサトに留守を頼んでシンジは家を飛び出した。
 残されたミサトはおもむろに携帯電話を取り出すと、短縮番号を押す。

「あ、私。そうそう、コードネームえびちゅ。目標はスーパーに移動したわよン。
 目標の希望はドイツ人の女の子が美味しいと思うようなカレー。
 あんた大丈夫?うふふ、そうよねぇ。じゃ、よろしく、コードネーム夢の超特急さん」

 ミサトは最後の一缶を開けた。
 シンちゃん、ビールもちゃんと買ってくるかしら?と、不安に思いながら。

 

 さて、ここはスーパー新東京。
 食品専門で、少し値段は高いがいいものが揃っている。
 シンジは清水の舞台から飛び降りるつもりで、このスーパーを選んだ。
 まずはカレーコーナーに行きレトルトカレーと睨めっこ。
 安物は置いてないから有名カレー店の監修で作られたカレーとかもずらりと並んでいる。
 そのカレーのパッケージを見て参考にしようというのだ。
 やっぱり本場インド風って言うのはよくないよな…。
 そう思い、欧風カレーの箱を手にとったときだった。

「あら、碇君」

 中学校でよく聞きなれた声に振り向く。
 お下げ髪の制服を着た女の子。
 2年A組の委員長だ。
 彼女…洞木ヒカリはシンジの手元を覗き込んだ。

「へぇ、今晩はカレーなの?」

 シンジは慌てて箱を元に戻す。

「あ、いや、インスタントじゃなくてちゃんと作ろうと思ってるんだけど…」

「あれ?碇君って料理巧いわよね。カレーくらい簡単でしょ?」

「う、うん。普通のカレーなら…」

「あら?何か変わったの作るの?どんなの?ねえ教えてよ」

 シンジは喋ってしまった。
 特に親しくもしていない同級生に。
 ところがコードネーム夢の超特急ことヒカリは、自信たっぷりに頷くと頼みもしないのに欧風カレーの講釈をはじめた。
 スーパー新東京のD通路でシンジは彼女の言葉を一言も聞き漏らすまいと集中した。
 因みにその講釈を聞いていたのは数人には留まらず、特売でもないのにその時間はカレー肉の売れ行きがよかったそうな。
 かくしてネルフ特別工作員コードネーム夢の超特急の活躍により、シンジは見事に欧風カレーを美味しく作ることができたわけだ。

 

 その真夜中、ミサトはシンジがちゃんと買ってきてくれたビールをぐいっと飲み干すと、行動に移った。
 目指すは彼の寝室。
 ノーブラでパジャマの上だけを羽織り、下半身は紫色の扇情的なパンティー一枚。
 もちろん、彼の寝室ではあるが眠っているのはアスカだ。
 『きょかなく入ってきたものはぶっころす。男はぜったいにきょかしない』
 そう殴り書きされたノートの切れ端が扉にピンで貼られている。
 それを見てミサトは楽しそうに声を出さずに笑った。
 ま、私は女だからいいわよねぇ…と。
 それからその紙を扉からはずす。
 ミサトは夜目が利く。
 音を立てずに扉を開くとベッドで仰向けになっているアスカの様子を窺う。
 単調な寝息。
 間違いなく眠っている。
 ミサトは訓練された身のこなしで部屋の中に入る。
 アスカはシンジの枕を使ってはいるけど、掛け布団は蹴っ飛ばしている。
 ちゃんとパジャマに着替えているところは、それなりに行儀がいいのかもしれない。
 かといって目を覚まされてはいけないので布団を掛けなおしたりはしない。
 彼女の目的はゴミ箱。
 例の文書にそのことが書かれていたので、確認しないといけなかったのだ。
 で、その通りのものはあっさりと発見された。

「もしもし、リツコ…じゃなかった。コードネーム猫ちゃん大好き?こちらえびちゅ」

「どうだった?」

「あったあった。文書の通りよぉ。丸めてゴミ箱に突っ込んであったけどさ。
 一生懸命丁寧に書いた字で『ゆるしてあげるわよ』って」

「で、ちゃんとわかるように机の上に置いた?」

「それはもう。明日の朝には無実のシンちゃんが色々と疑われるわけだ。かわいそ〜」

「全然実感がこもってないわよ。あなた、嬉しがってるでしょ」

「へっへっへぇ。楽しいわよぉ。二人とも素直だから。見てるとほのぼのしちゃう」

 文書にはその翌日に明日香が真司の無礼を許そうとしたのだが、
 そのために書いていた手紙を先に真司に見られたために二人の仲は拗れるばかりとある。

「でもさぁ、あの文書ってモノホン?私には今ひとつピンとこないのよね」

「えびちゅ。貴女も読んだでしょう?世界の歴史がすべて予言されているのよ。
 キリストの生誕からローマ帝国の盛衰、中国の統一国家の推移、日本の歴代天皇の名前。
 しかも南北朝まで細かく記載されているのよ。世界大戦もそうなら合衆国大統領のゴシップまで。
 挙句の果てにビートルズの曲名や2001年のパリーグ優勝の決定場面まで書かれて、
 それがすべてその通りになっているのよ。
 信じる以外ないでしょう?」

「何度も訊くけど、ほんとに6千年前のものなの?」

「それは間違いないわ。解読に苦労したもの。聖書か10年前のPCの説明書並みの太さだったんだから」

「でもさぁ、その世界の歴史はいいとして、どうして突然14歳の子供の恋愛話に変わってしまうわけ?」

「わからないわ。私が書いたんじゃないもの」

「そうでしょうよ。で、最後に二人がラブラブになって、これで世界の平和は保たれたっていう終わり方は釈然としないわよ。
 でもって、もしこの二人が結ばれていなければ、世界は闇に包まれる。滅亡の日はそこに来る。なぁんてさぁ。
 できの悪い小説みたいじゃないよ」

「でも、前半部分の予言は否定できないわ」

「まあね。それは確かに。それに後半だって書かれたとおりに推移はしてるもんね」

「はい。納得した?じゃ、続けて計画を指示書どおりにお願いよ。営業部長さん」

 電話は切れた。

「ちょ、ちょっと、どうしてそれを!」

 昨日、アドリブで指示書通りに自分を営業平社員にせずに勝手に営業部長に昇格させたミサトである。
 それを知っているのは居合わせたシンジとアスカだけの筈だ。
 それなのにどうしてリツコがそれを知っている?
 ミサトは部屋の電気をつけきょろきょろとあたりを見回す。
 隠しマイク?もしかすると隠しカメラもあるかも。

 ダ〜ンダダダダンダンダァン!

「わっ!」

 ミサトは慌てて携帯の受信ボタンを押した。
 因みに彼女の着メロはドイツ民謡「乾杯の歌」 mit Ein Prosit der Gemuetlichkeit である。

「えびちゅ?こちら、猫ちゃん大好き。
 いくら探しても見つからないわよ。この日のために開発された超高性能カメラなんですから。
 ワイヤレスで私の部屋までクリアの映像と音声が飛んでくるのよ。
 あなたの行動はすべて監視されているんですから、馬鹿な行為は慎むように」

「あ、あんたねぇ…」

 この時点でミサトはピンと来た。
 葛城ミサトは伊達にネルフの作戦部長をしているわけではない。
 それにリツコとの付き合いも長い。

「この日のためにぃ?ほんとにそうなのかなぁぁぁぁ?」

「な、何?」

「このストーカー猫!司令を監視してたんでしょ!」

「か、監視だなんて失礼な!私は心配で…」

「ふぅん、他に女を作らないかとか?あの顔と態度じゃねぇ、大丈夫でしょ」

「な、何てことを!あ、貴女にはあの人の良さがわからないの!」

 電話は切れた。
 ま、少しは胸がすっとしたわね。
 しかし、ミサトは眉を顰めて舌打ちした。
 これじゃ加持を呼んでことに及ぶことができない。
 ホテル代と時間の節約になったのに。
 仕方がないわね。
 あ、お風呂とかトイレは?
 いやいやリツコのことだからいたるところに仕掛けているのに違いないわ。
 それに加持のヤツにこのことを知られないようにしないとね。
 あの馬鹿のことだから、かえってそんな方が燃えるぜなぁんて。
 ああ、そうか。いっそ激しいのをリツコに見せ付けてやれば、監視を止めたりして…。
 はぁ、ダメダメ。私、いくらなんでも見られてなんてできない。
 それにリツコももう遅まきながら女になったんだし。効果は薄いわ。
 まあ、この家の中では無闇なことはできないと。
 そういうことか。

 

 

 翌朝、アスカに占拠された自室から授業の準備物を取ろうとシンジが扉をノックした。
 あんなことを書いて貼ったわりにアスカはあっさりと許可を出す。
 部屋に入ると、アスカはまだベッドの中。
 しかも掛け布団に完全に包まっている。
 シンジもデリカシーはとりあえずあるので、ちらりと目をやっただけで机に向う。
 昨日の教科書とかを机に戻し、本日のものを…。
 あ…。
 机の上に置かれたくしゃくしゃのノートの切れ端。
 そこには『ゆるしてあげる』と、ただ一言。
 嬉しさのあまり、シンジは言葉を発した。

「あ、ありがとう!許してくれるんだね!」

「はぁっ?」

 アスカは掛け布団を蹴り飛ばした。
 シンジの行動はずっと意識していたのだ。
 もし襲い掛かってくるようなら、今度こそ急所を…。
 いやもうあんな感触を受けるのはイヤだから、鳩尾に拳をぶち込んでやると。
 そんな準備をしていたのだ。
 そんなところに予期せぬ感謝の言葉。
 ベッドの上に立って見たものはシンジの手に持たれている書き損じの紙。
 もう少し拗ねてやれと思い直してゴミ箱に丸めて捨てたやつだ。
 それをどうして持ってるのよ!
 あっ!それに昨日貼っておいた入室禁止の紙。
 剥がされて床に落ちてるじゃない!
 こ、こいつ、顔に似合わず図太いじゃない!
 はっはぁ〜ん、こいつやっぱり痴漢よ。
 わざわざゴミ箱の中を覗くだなんて。
 私の髪の毛とかが狙い……?ティッシュとか……!わわっ!こいつ、変態、大変態っ!
 人が鼻をかんだティッシュなんかどうする気なのよっ!
 勝手に動機や行動を決め込んだアスカはシンジに襲い掛かった。
 背中を向けていたシンジは運が良かったかもしれない。
 それでも背中にドスンと体当たりされ、お尻を何度も蹴られる。

「や、やめてよ、ど、どうしたの?た、助けてよ!」

「うっさいっ!この変態っ!エッチ!スケベ!痴漢っ!出てけっ!」

 シンジは文字通り蹴り出された。
 準備のできた鞄もなし、着替えも持って出ることができなかった。
 しばらくは扉を叩いて、せめて鞄をと懇願したが返ってくるのは罵詈雑言のみ。
 シンジは肩を落として一階に下りてきた。
 ズル休みをする勇気など彼にはない。
 くんくんと服の匂いを嗅ぎこれなら大丈夫かなと、溜息を吐きながら学校へと向った。

 さて、残ったミサトはさすがに朝からは…2缶だけにしておいた。
 その2缶を続けて飲み干すと、早速行動に出た。
 ニヤニヤ笑いながら階段を上がっていく。
 アスカを言葉巧みに追い詰めるために。
 何、文書どおりになるならば簡単だ。
 自信たっぷりにミサトは扉の前に立つ。

「アスカ、起きてるぅ?」

 

 

 

「何やて?ほな手ぶらで来たんか、センセ?」

「う、うん」

「どうするんだ?」

「せや、弁当はどないするんや」

「何だ、昼飯の心配か?」

「当たり前やないか。人間飯の心配せなどうすんねん」

 ああ、お弁当か。あれも鞄に入ってたよな…。
 今日はパンにするしかないなぁ。
 遠い目のシンジの背中に話しかけてきたのはヒカリだった。

「おはよう、碇君」

「あ、おはよう、洞木さん」

「どうだった?カレーは喜んでくれた?」

「な、何や?いいんちょが作ったんか、カレーって」

「鈴原は煩い!碇君のところにドイツからお客様が来てるんだって」

「ど、ドイツぅ?」

 関西弁と東京弁がハモった。

「そうよ。しかも綺麗な女の子なんだって」

「ほ、ほんまか?」

「そうなのか、シンジ?」

「あ、う、うん。き、綺麗だと思うよ」

 少し凶暴だけどという言葉をシンジは飲み込んだ。

「き、金髪か?金髪なのか?」

「う、うん。綺麗な金髪。ちょっと赤みがかって」

「で、べっぴんさんなんか?センセっ」

「うん」

 シンジは即答した。
 それだけは確かだ。
 例え凶暴な人でも、美少女には違いない。

「おほっ!すぐに返事しよったで」

「なんだ?お前、一目惚れか?」

「えっ!」

 シンジは即答できなかった。
 そういう考えは頭に浮かんでなかったからだ。

「何や黙りこんでしもうたで、ズバリ正解とちゃうか?」

「い、いや、そ、それは」

「へぇ、そうなんだ。碇君、その金髪の女の子のことが好きなんだっ!」

 いつもそんな大声を出さないヒカリが教室中に響くような声を上げた。
 当然、クラスメートはそっちに注目する。

「や、やめてよ、洞木さん」

「やっぱりかいな。そりゃ、そんな金髪の美少女と同居しとるんやから」

 金髪、美少女、同居という魅惑的な単語が男子の耳から脳髄へと直撃した。

「ち、違うってば。ホームステイだよ」

「そやけど、同じ屋根の下やないか」

「まあ、待てよ、トウジ」

 ケンスケがトウジの肩をぽんぽんと叩いた。
 ほっと溜息を吐くシンジ。
 ありがとう、ケンスケ。

 甘い。
 甘すぎるぞ、碇シンジ。

 ネルフ特別工作員コードネーム砂漠の狐は、メガネをきらりと光らせた。

「同居だなんてシンジに失礼だぞ。
 シンジはそういうところは大人なんだから。な、シンジ」

「う、うん、うん」

 頷くシンジ。
 そうだ。僕は紳士だったんだぞ。着替えも取りにいけなかったから、ソファーで眠ったんだし。
 シンジはケンスケの言葉に油断した。

「だろ?で、その子はどこで眠ったんだ?」

「あ、僕のベッド」

 さらりと質問したケンスケにシンジは即答した。
 間違いじゃない。
 間違いじゃないが、誤解を生むには充分すぎる返事だった。
 しかも全クラスメートが耳の穴を思い切り広げていたのだから。

 その瞬間、2年A組の壁がびりびり震えた。
 「おおおおっ」という男子の怒号と、「きゃああああっ」という女子の悲鳴。

 シンジは咄嗟に何がどうなったのかよくわからなかった。
 そして、自分が言った言葉がどんな影響を与えたか、どんな誤解を生んだのか、やっとわかったのだ。

「ち、ち、違うよっ!僕はソファーで眠ったんだ。一人でっ!」

 シンジの悲痛な叫びはクラスメートの騒ぎにかき消された。

「信じてよ、頼むよ、お願いだよ!」

 誰も聞く耳を持たない。
 コードネーム砂漠の狐はシンジには見られないようにニヤリと笑う。
 そのわき腹を肘で突付いたのはトウジだった。

「アホ。そないな顔さらすな。見られたらどないすんねん」

「そうよ、世界を滅亡の危機から救わないと。小さなミスが大変なことになるかもしれないのに」

「わかってるよ。すまん。次は二時間目の休み時間だな」

「せや。任しとけや」

 ネルフ特別工作員コードネーム通天閣の鷹は胸を張った。
 ネルフでは関係者同士の恋愛は禁じられてはいない。
 したがって、彼はコードネーム夢の超特急に“ええとこ”を見せたかったのだ。
 ただ、彼らの根底に流れるものは一つ。

 すべては世界の平和のために。

 その間、シンジは騒ぎの渦の中で頭を抱えていた。

 

 

 

「計画通り、ね」

 いやがるアスカを言葉巧みに連れ出したのを隠しカメラで確認し、リツコは薄く笑った。
 コードネーム夢の超特急からのメールで、中学校での計画は順調に推移していることがわかっている。
 アスカが登場する前に、シンジと彼女との間に既成事実があるものだと周囲に植えつけるための作戦だ。
 いくらアスカに劣等感を持たせていても日本で生活すると、ピカイチの美少女だとすぐに気付いてしまう。
 文書によると二人の仲は簡単には進展しないのだ。
 となれば、アスカにちょっかいを出してくる人間を阻止しないといけない。
 そのために前もって人材を配置していたのだ。

 

「よぉし、さっきのプリントは明後日までに提出だぞ。あ、それから次の数学は自習だ」

 わっと歓声が上がる。

「こら、そんなに喜ぶな。あ、洞木。自習用のプリントを職員室まで取りに来なさい」

「はい!日向先生」

「では…おっと、ちょうどチャイムが鳴ったな」

 起立!礼!
 ざわめきに送られて日向は教室を後にした。
 ポケットに入っているリツコ特製下剤は職員朝礼前に数学の時田先生のコーヒーへと密かに投じられたのだ。
 時田先生は数分後、奇声を上げて職員用トイレに突進。
 そのまま帰らぬ人となった。
 お腹を押さえながら保健室とトイレを往復しているのだ。
 すみません、時田先生。

 すべては世界の平和のために、です。

 今もトイレからよろよろと出てきた、その儚げな後姿に日向は心の中で頭を下げていた。
 2年A組は2時間目を自習にせねばならない。
 何故なら、もうすぐ鷲が舞い降りるからだ。
 この第3新東京市第壱中学校に。

 

「じゃあねぇ、お姉さんは仕事だからン」

「どうやって帰ればいいのよ、この私は」

 ミサトはにんまりと笑った。
 助手席の膨れっ面の姫君はシンジの鞄を膝の上に置き、ミサトを横目で睨む。
 学業に邁進してきたアスカだから、教科書もなしに授業を受けなければならないシンジに少しばかりの謝罪の念を持ったのかもしれない。
 しかしながら、行ったこともない学校でシンジを探すなど、アスカの知ったことではない。
 おまけに帰りは一人で帰れだなど、海外からの客人を馬鹿にしているではないか。

「あらン、一人で帰れない?ひょっとして方向音痴かしら?」

「はん!大丈夫よ!」

 強がりはアスカのプライドの顕れ。
 そしてそのプライドは自信に裏打ちされている。
 日本語が読めて喋れるのだ。
 住所さえ聞いておけば帰ることなどたやすいこと。

「よかったぁ、遅刻しそうなのよね。じゃ、あとはよろしくぅ!」

 校門前で青いルノーから放り出されたアスカはいずれにしてもこの鞄をシンジに渡さねばならない。
 もう!仕方がないわねぇ。
 あの…シンジとか言う馬鹿は。
 ホントに馬鹿よね、アイツ。
 あの紙を広げたのも、立ち入り禁止の張り紙を破いたのも、ミサトの仕業じゃないの。
 自分じゃないならないとどうしてすぐに釈明しないのよ。
 おかげでこの私がわざわざこうやって…。
 問答無用でシンジを襲撃した自分のことは完全に棚に置いている。
 アスカは鞄を肩に引っ掛けると、校門に向った。

 

「はぁい、私。コードネームえびちゅよ。鷲は舞い降りるわよ。あとはよろしくね、日向先生…じゃない、えっと…」

「はい!コードネームはトキワ荘バンザイであります」

「あ、そうだっけ。覚えにくいのよね、それって。ま、じゃ、よろしくね」

 日向に落胆の種を植え付けて、ミサトは電話を切った。
 葛城さんは漫画が嫌いなんだろうか…日向は肩を落として思う。
 いっそコードネームをお酒の名前にすれば…!
 ダメだ。コードネームの変更には膨大な申請書とゼーレ本部の許可が必要なんだ。
 変更の理由なんか書けっこないじゃないか。
 ああ、いけない。
 鷲が舞い降りるんだ。
 日向は慌てて自分の持ち場に走った。

 

「お、おいセンセ、ど、どこ行くんや」

「え?トイレだけど」

「な、な、なにゃて。と、トイレぇ?そ、そんなもんは休み時間に済ましておかんかいや」

「だから、今休み時間だろ」

「せ、せやかて!」

「馬鹿、トウジ。早く行って来いよ、シンジ。ほらトウジも」

 引き止めておくほうが作戦に支障があると判断したケンスケが言葉を挟む。

「お、おう、わしもトイレや。連れしょんや」

「お、押さないでよ、トウジ。我慢できないの?」

「そ、そやねん、漏れそうや、走るで。そらっ!」

 廊下は走ってもいいだろう。
 この場合は特例だとヒカリは二人を見送る。
 そのヒカリとケンスケは心配げに視線を合わせた。
 このトイレタイムがまさか人類の滅亡を呼ぶのではないか。
 そんな不安に襲われたからである。

 そして…。

 鷲は舞い降りた。

 

「こらぁっ!馬鹿シンジっ!出て来いっ!」

 

 晴天の第3新東京市。
 それまでまったく風もなかったのに、彼女が校庭に立ったときから強い風が吹き始めた。
 さすがにこれはネルフの演出ではない。

 さて、黄色いワンピースの裾を風に靡かせ、颯爽と仁王立ちする惣流・アスカ・ラングレー。
 体育の時間で出てきた連中も近寄れない雰囲気を醸し出している。
 校舎の窓からは無数の顔、顔、顔。
 ただし、その中に彼女の目指す碇シンジの顔はない。
 さあ、ただいまトイレにて●●中のシンジの運命はいかに。
 それは次回までお待ちいただきましょう。

 

 
 

すべては世界の平和のために

− 2 −

「鷲は舞い降りた」

〜 おわり 〜

 

次回に続く

 


<あとがき>

 A6M4様よりいただいた、333333HIT記念リクエストSSです。今回はその第2話です。

 リクエスト内容は、1、七夕。2、エヴァ本編キャラ総出演。3、世界平和。

 以上のお題です。一回で書ききるのは(例によって)無理でした。七夕はまだ繋がってませんね。

 あと2〜3回で本当に書けるのかな?だんだん不安になってきました。

 今回新登場は、ヒカリ、トウジ、ケンスケ、日向のみなさん。あ、時田さんは主要キャラには入らないと思いますがカヲルだって一回だけですからね。とりあえず凄く可哀相な役でゲスト出演していただきました。

 

 

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