99999HITしていただいたWhoops!さまのリクエストです。

お題は…。

「シンジ一人称」「恋愛以外の少年特有の悩み」「ハッピーだけどほろ苦いラスト」というお題を頂きました。

ということで、天邪鬼の権化・ジュンが贈ります、99999HIT記念SSは…。中篇です。

 

 

 


 

 

 買い物から帰ってきた母さんに、惣流さんはにこっと笑いながら自己紹介した。

「はじめまして!私、惣流キョウコです」

「まあまあ、なんて可愛らしいお客さんだこと」

 母さんが僕の方を見据えながら、笑顔で語りかける。

 相変わらず器用な人だ。

 それよりも、惣流さんだ。

 なんて、素敵な笑顔なんだ。

 僕は完全に惣流キョウコさんに魅了されきっていた。

 

 

あんばらんす

〜 中編 〜


99999HITリクSS

2003.11.16         ジュン

 

 

 

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」

「ふふふ、ケーキは御持たせでしょ。私の分まで悪いわね。下で遠慮なくいただきますね」

「はい!」

「コーヒーは何も入れてないから。好きなの入れてくださいね」

「あ、私ブラックですから」

「まあ、大人なのね。それに引き換え…」

 母さんは僕の方をじろりと見た。

 僕はすでにコーヒーカップに3杯目の砂糖を入れて、ミルク(フレッシュじゃない牛乳だ)をどばどばっと注いでいた。

 惣流さんは自分のカップの漆黒の液体と、僕の茶色…というよりベージュみたいな色の液体を見比べた。

「同じコーヒーとは思えないわね」

「でしょ。本当にお子ちゃまなんだから、うちの息子は」

 僕は惣流さんを睨むわけにもいかないから、その分母さんを思い切り睨みつけた。

 憧れの惣流さんがせっかく来てくれてるんだから、変なことは言わないでいて欲しい。

「あらあら、お邪魔なようね。それじゃ、退散しようかしら」

 母さんはぎろりと僕を睨みつけてから、階段を下りていった。

「もう…母さんったら」

「仲がいいのね」

「そうかな?」

 あまりに近すぎてそんなことはよくわからない。

 ただ、仲が悪いって事はない。それだけは確かだ。

 惣流さんはとても飲めそうには見えない色と匂いのするコーヒーをおいしそうに啜っている。

 なんだか、大人だ。

 コーヒーカップをもつ彼女の姿がとても眩しく見える。

 とても僕と同い年には見えない。

 

 その日、惣流さんは送っていくという僕をあっさりと断った。

 赤いマウンテンバイクに跨った彼女は笑いながら言った。

「家を知られたくないのよね。ストーカーされそうで」

「そ、そんなことしないよ!」

「はは、冗談よ。そんなに怒らないでよ。じゃあね」

 惣流さんはペダルに力を入れた。

 3mほど進んで、そこで車輪を止める。

「あ、そうだ。明日も来るからね。次は別の曲を聴かせて」

「え!ほ、本当?」

「私、嘘は嫌い。あ、それと、ラブレターの方はもう書かないでいいわ」

「そ、そうなの?」

「だって、あれ以上増えたら大変じゃない」

 惣流さんはにっこりと笑った。

 街灯の明かりはその笑顔をくっきりと照らしている。

「何ならアンタのその想いをチェロの調べにのせてみれば?」

 僕は息を呑んだ。

 ラブレターの代わりに曲を奏でる。

 そんなことができるんだろうか?この僕に。

 そんな僕の気持ちがわかったんだろうか。

 惣流さんは力づけるようにはっきりと僕に告げた。

「できるわよ、アンタになら。アンタの気持ちがまっすぐだったらね」

 僕は…頷いた。

 惣流さんへの気持ちはまっすぐだ。

 そのことには自信がある。昨日の今日なのに。

「ふふふ、アンタいい顔してるよ、今」

 そう言い捨てると、惣流さんはあっという間に明かりの外へ自転車を走らせていった。

 おやすみの挨拶をするのも忘れ、僕は惣流さんの言葉を噛みしめていた。

 

「ねぇ、シンジ。あの金髪美人さんはあなたのどこが気に入ってるの?」

「ぶっ!」

 食事のあとでよかった。

 それでもお茶を少し吹いてしまった。

「自分で拭きなさいよ。あら、違うの?」

「違うよ!」

 僕は少しむっとして言い返した。

「惣流さんは僕を…」

 さすがに母さん相手に“おもちゃ”扱いとは言えなかった。

 多分、そんなところだと思う。

 僕だって自分のことはよく知っている。

 そんな思い違いをするほど自惚れてはいない。

 情けないけどね。

「僕を友達としか思ってないよ。そうじゃないと、親のいない男の部屋に入らないだろ」

「ふ〜ん、そうかしら?あの子の眼はそんな風には見えなかったけどなぁ」

「もう!からかわないでよ」

 いつも母さんはこんな調子だから困ってしまう。

 母さんは番茶を啜りながら、首を捻った。

「それじゃ、何か弱みを握って言うことをきかしてるとか?」

「怒るよ」

「どっちにしても美人よね、あの子」

 母さんはそう言って僕にウィンクした。

 その意見には、うん、大賛成だ。

 

 惣流さんはそれから毎日僕の家に来た。

 そう、休みの日にも。

 チェロを聴くのは毎日のことだけど、ゲームをしたり、勉強を教えてもらったり…。

 惣流さんって、中学2年程度の勉強なんて苦にもならないみたいだ。

 ドイツって進みが速いのかなぁ?

 あ、僕の部屋の窓から見えるあの児童公園でも遊んだりしてる。

 もっともこの歳だから、砂場や滑り台で遊ぶことは出来ないけどね。

 ブランコに乗ったりして、まるで幼い子供のように遊んだ。

 夕方だからあまり人目も気にしないですんだし。

 そして、惣流さんはうちで晩御飯も食べて帰るようになった。

 家で用意してないのかと尋ねたら、自分で作るから逆に助かるんだって。

 家の人ってきっと遅くまで働いているんだ。

 時には母さんと台所に立つことも。

 そのおかげで僕も後片付けをさせられることになった。

 お皿を洗っている間、惣流さんと母さんはあの真っ黒な色のコーヒーを飲んでお喋りしている。

 あんなののどこが美味しいんだろう?

 それにあんなおばさんと話していて楽しいのかな?

 学校では惣流さんには完全に無視されてるんだけど、家では彼女は別人のようになる。

 といっても人が入れ替わっているわけでもない。

 二度ばかり家に戻らずに直接僕の家に来たこともあるからね。

 ただ、それでも惣流さんは家に帰る時は絶対に一人になる。

 暗いから送っていくといっても首を振るだけだ。

「しつこいと明日から口聞いてあげないわよ!」

 こんな風に言われると、言うことを聞かなければしようがないんだ。

 

 僕は毎日とても幸せだった。

 

 だけど、幸せなんてそうは長く続かないもんだ。

 惣流さんが僕の家に来ていることが学校のみんなにばれたんだ。

 誰かが僕の家から出てくる惣流さんを見かけたらしい。

 もちろん、みんなは憤慨した。

 僕と惣流さんが交際していると思い込んだんだ。

 そう誤解されても仕方ない。

 仕方がないけど…、そうなればそうなったで、当然僕が吊し上げの的になってしまった。

 

 その日、僕は何も知らずにいつものように登校した。

 そして、まず校門のところで捕まった。

 朝練をしていた運動部の連中だった。

 体格のいい、僕にとっては劣等感のもとになってる連中に取り囲まれて、僕は小さくなっていた。

 用件は察しがついている。

 当然、惣流さんとのことだ。

 みんな口々に僕と惣流さんの関係を問い詰めてくる。

 僕は決して言い訳じゃないんだけど、みんなには言い訳にしか聞こえないことを主張しようとした。

 だけど、言葉はなかなか出てこない。

 周りからの威圧感が僕の言葉を押しとどめている。

 やっとのことで発した言葉はあまりに小さく、ほとんどの人には聞こえなかった。

「た、ただの友達だよ」

「何だって?何言ってんだ!」

「だから、友達なんだってば」

「へっ!友達だってよ。いったい惣流さんに何したんだよ、お前!」

「何もしてないよ」

「馬鹿言え。お前惣流さんを脅迫してるんだろう!」

「そ、そんなこと!」

 サッカー部のエースに胸倉を掴まれた僕は、言いがかりを否定しようと必死になった。

 僕のためじゃない。

 惣流さんのためだった。

 僕なんかと噂になるなんて、彼女が可哀想だ。

「そんなことしてないって!」

「嘘だ!それくらいのことしないと、お前みたいな情けないやつを惣流さんが相手にするわけない!」

「だから、惣流さんは僕のことなんか…」

「やっちまえよ。袋だ、袋!」

 遠巻きにしている誰かが焚きつける。

 くそっ!逃げられないよね、この状態じゃ…。

 覚悟を決めようとしたその時だった。

 

 がっしゃあぁ〜んっ!

 

 とてつもない音がして、みんなが音の方向を見た。

 胸倉を掴まれている僕もその何かを見ようとした。

 みんなの頭越しに赤い自転車がせり上がってくる。

 あれって…惣流さんの自転車じゃないか!

 どうして、空中に!

「お、おい!やめろよ!」

 自転車と僕の間にいた連中の頭が左右に分かれていく。

「ぐずぐずすんなっ!中にいるのって、シンジでしょ!」

 惣流さんの声だ!

 し、しかも、僕のことをシンジって名前で呼んでくれてる!

「早くどきなさいよ!アンタたちの頭の上に投げるわよっ!」

「うわっ!」

 ざざっと人垣が崩れた。

 惣流さんが見えた。

 いくら軽いとはいえ、両手で頭の上にマウンテンバイクを持ち上げている。

 迫力満点だ。

「そ、惣流さんってあんな人だったのか?」

「おとなしいんじゃ…」

「こ、怖ぇ…」

 そうだった。みんな、惣流さんの素を知らないんだ。

「ちょっと、そこの馬鹿。アンタ、何してんのよっ!」

 惣流さんが僕を責めているサッカー部を睨みつけている。

「あ、そ、それは…。こいつが君を脅して…」

「早く離しなさいよ!怪我するわよ!」

 惣流さんはマウンテンバイクを持ち上げたまま、じりじりと迫ってくる。

「で、でも…僕たちは君のことを心配して!」

 

「ざけんじゃないわよ!私のシンジから、その汚い手を離せっ!」

 

 その時、地球上からすべての音が消え、時間が止まった。

 とまでは大げさだけど、少なくとも僕に限ってはそんな感じだった。

 名前を呼んだだけじゃなく、今度は僕の名前にとんでもない冠詞がついた。

 私の……って、惣流さんのってことだよね。

 ぼ、僕が惣流さんのものってこと?

 嬉しい…!

 僕は現在の状況も忘れて、惣流さんの言葉に酔いしれていた。

 しばらくして気がつくと、そこに立っていたのは僕と惣流さんだけになっていた。

 彼女はもうマウンテンバイクを地上に下ろし、サドルに跨って僕の顔をニヤニヤ笑いながら見ている。

 その顔を見て、僕は頬が急激に熱くなるのを感じた。

「シンジ…。名前で呼んでもいいよね」

「う、うん!ありがとう!」

「ふ〜ん、嬉しいんだ」

「当然だよ!あ、あの、ぼ、僕も…」

「あ!早く入らないと。予鈴が鳴っちゃう」

 惣流さんは僕の言葉を聞かずに、ペダルを踏んだ。

 僕も惣流さんのことをキョウコさんって、名前で呼びたかったんだけどな。

 まあ、仕方がないか。

 僕は惣流さんの背中を追いかけた。

 

 でも、試練はこの時だけではなかった。

 教室に入った途端、いや教室だけじゃなかった。

 昇降口から廊下まで、ずっと僕はものすごい殺気を孕んだ視線に襲われていた。

 もちろん、教室でもその殺気は強烈に感じた。

 ケンスケにトイレにも行かないほうがいいと脅される始末だ。

 これまでクラスで全然目立った存在じゃなかった僕が、みんなの視線を浴びている。

 こういうのって…気分がいいわけがない。

 まあ、みんなの視線よりも僕はただ一人の視線だけを気にしているんだけどね。

 惣流さんの視線。

 彼女の方を見ると、すぐに僕に笑顔を送ってくれる。

 いつもとは違う。

 いつもは僕の方なんか見てくれてないのに、今日は僕が振り向くと惣流さんと視線が合う。

 窓の外なんか見ていない。

 私のシンジ…。

 それって、僕のことを…恋人だなんて、そこまで天狗じゃない。

 でも…でも……。

 期待しちゃいけないと思っているんだけど、どんどん期待が膨らんでいく。

 それに、僕は何か少しだけ変わったような気がした。

 惣流さんのことを好きだということに、何の気後れも感じなくなったんだ。

 最初は僕なんかが好きになってもいいのかって思ってたんだけど、今は全然違う。

 胸を張って好きだと言える。

 あ、もちろん本人の前じゃなくて、自分に対してだけどね。

 

 

 それに僕のことよりも惣流さんが心配だ。

 このことで何かまずいことにならないだろうかって。

 あんなの(僕のこと)より、自分の方が!って直接行動に出るヤツが出てきそうだ。

 でも、惣流さんはまったく周囲を意に介さない。

 休み時間の度に僕の机にやってきて、他愛のないお喋りをする。

 周りの生徒は僕たちを遠巻きにして見ている。

 好奇心と殺気という極端に分かれた視線を猛烈に感じる。

 そして、僕たちの会話は周りに筒抜けだった。

 だって、図書館並みの静けさなんだもん。

「シンジ、今日はカレーなんだって」

「え、えっと、晩御飯?」

「うん。ユイさんが昨日言ってたよ」

「母さんが?」

「ユイさんってば、私に家に来るときに福神漬買ってきてねってさ」

「え!そんなことを惣流さんに?」

「うん。いいんじゃないの?毎日ご厄介になってんだし。それくらいのこと」

 惣流さんが「毎日ご厄介」って言った途端に、教室にざわめきが走った。

 その波は教室から廊下に伝わっていったのがよくわかる。

 どうやら廊下にも人が溢れているようだ。

 静かなんだけど、人の気配は思い切り感じる。

 その時、チャイムが鳴った。

「じゃあね、しっかり勉強しなさいよ」

「う、うん」

 彼女が自分の席に戻ろうとしたとき、教室のどこかから悪態が飛んできた。

「けっ、碇みたいなヤツのどこが…」

 わっ、誰だよ。

 その言葉をきっかけに教室の中と廊下が騒がしくなった。

 僕は顔を上げられなくなった。

 ところが、そのざわめきは教室から廊下へとだんだん収まっていった。

 そして、再び図書館のような静けさが。

 顔を上げてみると、僕の机に片手をつき、右手は腰にやって、惣流さんがじろりと教室を見渡していた。

 文句を言う奴は誰?前に出なさいよ!

 彼女の視線と態度は言葉以上の迫力で周囲を黙らせていたんだ。

「このままじゃまずいわよね…」

 ぼそりと呟いた惣流さんは、僕を見下ろしてにこりと笑った。

「シンジ、お昼休みに少し付き合ってね」

 僕の耳元で、誰にも聞こえないように囁いた彼女に僕は大きく頷いた。

 どこだって着いていくよ。

 彼女の吐息が少しかかった耳が少しくすぐったく、そして暖かかった。

 

 そうして、運命のお昼休みがやってきた。

 先生に礼をした途端に、惣流さんが僕のところへダッシュしてきた。

「行くわよ!シンジ」

「うん」

 彼女は僕の手を引っつかむと、扉へ走った。

 廊下に出てもスピードを緩めない。

 売店の人気のパンを買うって感じじゃない。

 彼女の背中は真剣だった。

 僕は転ばないように必死で走った。

 惣流さんの柔らかくて暖かい手を強烈に意識しながら。

 途中で何人もの先生に「走るな!」と怒鳴られたけど、惣流さんはまったく気にしない。

 物凄いスピードで職員室のほうへ向かっていく。

 その目的地は放送室だった。

「やった!絶好のタイミング!」

 部屋の前で放送部のメンバーが鍵を開けているところだった。

 凄まじい足音に振り向いた女の子2人を惣流さんは肩で押しのけた。

「きゃっ!」

「ごめんね、ちょっと借りるわ」

 短く叫び、彼女は僕を部屋の中に引きずり込むと、扉の鍵をしっかりと掛けた。

「開けてください!」

 締め出された放送部員が扉をどんどん叩く。

「あ、あの…」

「時間がないわよ。シンジ、部屋の電気つけて」

「う、うん」

 何をするつもりなんだ?

 全然わからない。

 惣流さんは僕に目もくれずに、放送機器を触っている。

 わぁ、あんな機械のことわかるんだ。凄いなぁ。

「シンジ、扉が開かないようにつっかえ棒か何かしておいて!」

「わ、わかったよ」

 掃除道具やラックとかでバリケードを築く僕。

 その間も扉はどんどんと叩かれているけど、惣流さんはてきぱきと機械を操作している。

「はん!こんなの簡単じゃん!」

 モニターの電源が入った。

 ビデオカメラの映像が写る。

 スタジオの中の映像だ。

 うちの学校では“一中ニュース”というTV番組をお昼休みに放送していたんだ。

 惣流さんはニヤリと笑って、スタジオの扉を開けた。

「シンジ、私が合図をしたら、このボタンを押すのよ。わかった?」

 僕が頷くのを確認してから、惣流さんはスタジオの中に入った。

 そして、扉を閉める間際に、僕に微笑みかけた。

「それから私がこっちに来てって言ったら、すぐに入ってきてね。シンジ」

「う、うん」

「大好きよ、シンジ」

 その言葉を最後に惣流さんは扉の中に姿を消した。

 僕の頭の中では彼女の言葉が反響していた。

 大好き、大好き、大好き、大好き、大好き!

 惣流さんが僕に向かって言ったんだ。

 この僕に!

 この世は天国だ!

 人生がバラ色になった僕は、ガラスをこつこつ叩く音に我に返った。

 惣流さんが合図している。

 わわわっ!忘れてた!

 僕は慌ててスイッチを入れた。

 惣流さんは親指を立てて、キャスター席に座った。

 

「ハイ!惣流……キョウコです。Good afternoon!」

 画面の中の惣流さんが、にこやかに笑いかけた。

 僕はモニターからスタジオの方に目を移した。

 惣流さんはカメラに向かって喋っている。

「アンタたちに話したいことがあるから、ちょっとこの場を借りるわ」

 放送室の扉を叩く音は増えている。

 かなりの人数が外にいるみたいだ。

「時間がなさそうだから単刀直入に言うわ。

 私はクラスメートの碇シンジと交際してるの。

 そうよ!シンジのことが大好きなの!」

 惣流さんは一瞬僕の方を見た。

 その目は冗談を言っているようには見えない。

 真剣で、それでいながら物凄く暖かい目だったんだ。

「そのことでわけのわかんない連中が騒いでるみたいだから、はっきり言っておくわ!

 まず、私とシンジが釣り合わないとか何とか馬鹿げたことを言ってたわよね。

 そんなのナンセンス!釣り合いって何なのよ!

 顔?背の高さ?運動神経?頭の良さ?見た目や能力でバランスが取れてたらいいわけぇ?

 馬っ鹿じゃないっ?どうして私が付き合う相手をアンタたちに評価してもらわないといけないのよ?

 大事なのは本人同士の気持ちでしょうが!

 それにシンジのどこが好きなのかをどうして発表する必要があんの?

 もちろん、好きになったきっかけはあるわ。でも、それだけじゃない。

 私にとってシンジが必要だから…、私の弱い心を包んでくれるのがシンジなのよ!」

 机を時々叩きながら、惣流さんは力説する。

 僕は圧倒されていた。

 今ここには僕しかいないけど、あのビデオカメラのレンズの向こう側には何百人の生徒や先生たちの目と耳があるんだ。

 それだけの人の前で、僕への思いをぶちまけている惣流さん。

 正直言って信じられない気分だ。

 どうしてこんな僕のことを彼女は好きになってくれてるんだ?

 いや、それよりもさっき惣流さんは「私の弱い心」って言ってたよね。

 惣流さんに弱い心なんて…、それに僕が包むって…、わかんないよ。

 でも、でも…。

 もし僕にそんなことが出来るのなら、全力でがんばりたい。

 彼女の力になりたい。

 僕はそう思っていた。

「はん!それじゃ、私がどれくらいシンジのことを好きか、アンタたちに見せてあげるわ」

 惣流さんが僕を手招きした。

 よし!僕は腹を決めた。

 どんな障害があっても、ずっと惣流さんを愛しぬくと。

 僕は深呼吸をしながら、スタジオの中に入った。

「シンジ、ここに座って」

 惣流さんはすっと立ち上がると、自分の座っていた場所に僕を座らせた。

 そして、カメラのアングルを調整した。

 緊張する!

 でも、ちゃんと言うぞ。惣流さんのことを好きだと。

 はっきりと。まっすぐカメラを見つめて……。

 か、カメラは?

 目の前にあるはずのカメラは見えない。

 いや、カメラだけじゃなく、スタジオの風景は消え去り、僕の視界いっぱいに惣流さんの顔が…。

 えっ!

 

 ちゅっ……。

 

 唇に柔らかい感触。

 目を瞑った惣流さんの綺麗な顔以外は何も見えない。

 キス…。

 僕は今惣流さんとキスをしている。

 レンズを通して、全校生徒の目の前で。

 恥ずかしいとかそんな気持ちはどこにもなかった。

 その時、僕の心にあったのは、ただひたすら彼女のことを好きだということだけだった。

 

 

 

 2年A組、惣流キョウコ、停学7日間。

 同じく、碇シンジ、停学5日間。

 

 

 

 

あんばらんす 中編 おわり

 

2003.11.16

 

後編へ続く


<あとがき>

 Whoops!様よりいただいた、99999HIT記念リクエストSSの中編です。

 リクエスト内容は、1.シンジ一人称 2.恋愛以外の少年特有の悩み 3.ハッピーエンドだがほろ苦いラスト。

 以上のお題でした。

 惣流キョウコとはどういうことだというお便りをいただいておりますが、お答えは後編にて。

 前編の最後の台詞のためか、ATFの更新チェックに引っかかりませんでした(大笑)。どうもすみません。

 

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