あれからもう一ヶ月が過ぎた。

 それなのに使徒のヤツは一匹も出てきやしない。  

 出てこなくていいときにはひょこひょこ出て来る癖に!

 人がまだかまだかと待ち望んでいると出てこないんだから!

 そうよ。

 私、セカンドチルドレンにしてエヴァエースパイロットである惣流・アスカ・ラングレーは、いまや遅しと使徒の出現を待っているの。

 何故かって?

 そりゃあアンタ、あの馬鹿に借りを返さなきゃいけないからに決まってんじゃない!

 私は命を助けられたんだから…。

 

 

返却の要有りと認む

 


 

2004.03.20         ジュン

 

 

 ホントにとんでもない借りを作ってしまったわ。

 何しろ、命なのよ。命!  

 しかも、もし失ったりしたら世界的な損失になることは間違いない、この私の命よ!

 まあ、確かにあの時は私も覚悟したわよ。

 灼熱のマグマの中で命綱が切れる寸前だったんだもん。 

 ここで終わりなのかってね。 

 ところがそこにアイツが来た。

 信じられないことに通常装備でマグマの中に飛び込んできたの。 

 よくもまあ無事だったものよ。

 軽い火傷くらいだったんだから。 

 助けられた私がまったくの無傷だって言うのが、私のプライドを大きく傷つけたわ。

 だって、私は借りを作るのが大嫌いなんだもん。

 だから、あの馬鹿にその借りを返さなくちゃいけないの。 

 

 最初は軽く考えていたわ。 

 どうせアイツのことだから使徒と戦っているときに何かミスをするでしょうしね。 

 その時にこの私がアイツをカッコよく助けてさしあげるわけ。

 これなら一石二鳥よ。

 アイツには命の恩人だって感謝されるだろうし、私の虚栄心も満足される。

 ……。

 虚栄心か…。

 わかってんのよ、それが私の弱点だってことは。 

 褒められたい。 

 凄いって言われたい。

 人にちやほやされるとぞくぞくする。

 嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 靴箱のラブレターだってそう。

 踏みつけて滅茶苦茶にしてやってるけど、そうやって思慕の対象になっているってことは気分がいい。

 ただし、あんな連中と付き合う気はさらさらないけどね。

 それなら馬鹿シンジの方がいいに決まってるわ。

 ……。

 んんん…、何か思考回路が狂っちゃったような気がする。

 まあ、いいわ。

 問題はその私の計画通りにことが進んでないってことなのよ!

 使徒が出てきてくれない。

 どうすりゃいいのよ、もう!

 こうなったら、別の方法を考えなきゃいけないわよね。

 私の命という途方もなく重いものに匹敵するものは…。

 そんなのあるわけないから、そんな馬鹿なことは考えない。

 私は天才なんだから!

 そうそう。そういえば、もうすぐ…。

 

 

 

「馬鹿シンジ、いる?」

「いるに決まってるだろ。さっき晩御飯を一緒に食べたばかりじゃないか」

 けっ!可愛くない返事!

 ダメよ、落ち着くのよ、アスカ。

 こんなことでせっかくの計画を水の泡にしちゃもったいないわ。

「何してんの?」

「テスト勉強。明後日からだろ。また悪い点とったらミサトさんに怒られるもん」

「はん!アンタ、ミサトに怒られたくないから勉強するわけぇ?志が低いわね」

「仕方ないだろ。このままじゃまた同じような点数になってしまうんだから」

 よしよし、いい傾向よね。

 このまま私のシナリオ通りに食いついてくるのよ、お馬鹿さん。

「ふん!簡単な問題。

 こんなの“use”と“crying”に決まってんじゃん!  こぼしたミルクのことで泣いても仕方がないってことよ」

「あ、そうか」

「それから…へ?これどういう意味?」

「あ、この文に該当する日本のことわざを書けって」

「何よそれ!そんなの私にわかるわけないじゃない!」

「はは、そうだよね」

「ちょっと待ちなさいよ。その笑いは何?馬鹿にしてるわけぇ?」

「ち、違うよ。日本語はペラペラでもこういうのは苦手なんだなって…」

「はん!仕方がないでしょ!私は大学を出てるんだから、今更こういう…」

 

 

「あったまくるわね!漢字ばっかりじゃない!」

「仕方がないよ。日本の歴史なんだから」

「仕方がなくないわよ。こうなったら丸暗記するわよ!」

「ええ!そんなの無理だよ!」

「人間やる気になりゃ何だってできんのよ!ぐずぐず言わずに覚える!」

「そ、そんな…アスカだって覚えられないくせに…」

「ああっ!許せない!こうなりゃ勝負よ!10分毎に覚えた場所をチェックするわよ」

「か、勝手に決めないで…」

「もし覚えられなかったら、ミサトのカレーを食べること」

「い、イヤだ!そんなの!」

「だったら覚えることね」

 

 

「わぁ、結構できてる!」

「ふん!数学なんて公式を覚えてどこに当てはめるかがわかれば簡単なのよ」

「やっぱりアスカって凄いんだなぁ」

「……」

 ダメだ。

 どうしてこの馬鹿は私のウィークポイントを巧妙についてくるんだろう。

 にやけてしまうのを抑えこむので私は必死だったわ。

 まあ、馬鹿シンジは文字通りの馬鹿ではないってことよね。

 ちゃんと教えてやったら結構の見込みが早いじゃない。

 これなら借りの一部は返せたも同然ね。

 いや、シンジにとったらこれで貸し借りなしになるかも。

 そうなったら私は晴れて自由の身だわ。

 加持さんとデートでもしようかな?

 

 借りは返せなかった。

 

 いや、それどころじゃない。

 借りはさらに増えてしまった。

 碇シンジは500点満点で491点を取った。それは学年第2位の成績。 

 こんないい点を取ったのは初めてだと、アイツは大喜びだったわ。

「アスカのおかげだよ!ありがとう!本当にありがとう!」

「そう…よかったわね…」

「あれ?どうしたの?アスカも喜んでよ。

 それにアスカは全科目満点じゃないか。

 さすがに大学卒業生だよね!もう漢字も大丈夫なんじゃないの?

 よくこんな短い間に覚えることができたね」

 相当嬉しかったんだろう。

 いつになく饒舌な馬鹿シンジ。

 これなら充分借りを返したことになっていたはずだ。

 私がこんな点数さえ取ってなかったら。

 シンジだけではなく、同級生も先生も私を褒めそやしてくれた。

 だけど嬉しくない。

 この点数を取れたのはシンジのおかげなんだから。

 シンジに勉強を教えている間にテストに必要な漢字や知識を習得していたのだから。

 いくらシンジが喜んでも、私の借財は増える一方だ。

 

 


 

 

 こうなりゃ料理で借りを返してやろうじゃないの。

 私はヒカリに弟子入りしたわ。

 さすがにお弁当を作って学校で食べさせるなんて真似できない。

 あのミサトのカレーより美味しいカレーを…。

 ああっ!違う違う!そんなんじゃ志が低すぎる!

 アイツが本心から美味しいと思うような料理を作ってやるわ。

 天才に不可能の文字はないのよ!

 

「ええっ!」

「何よ、その驚き方は」

「ご、ごめん。まさかアスカが…」

「はん!私が料理を作ったらおかしいっていうの?」

「そ、そんなことないよ。ないから、包丁をこっちに向けないで」

「ふん、わかればいいのよ」

 私は流しに向かった。

 にんじんとたまねぎは用意済み。

 あとはこのジャガイモの皮むきで準備は終わる。

「あ、カレーなんだ」

「誰かさんのと一緒にしないでよ」

「う、うん。あ、僕も手伝うよ」

「いいわよ。アンタは待ってなさいよ」

「でも、二人でした方が早くできるしさ。僕がジャガイモしてる間にお肉とか炒めたら?」

 

 私は馬鹿だった。

 

 いや、このときにはそのシンジの提案がもっとものように思えたのよ。

 合理的だって。

 それでシンジに皮むきを任して、お肉やたまねぎを炒めて…。

 結局二人でわいわいやりながらカレーを作ったの。

 ……。

 楽しかった…。

 できあがったカレーは自分で言うのもなんだけど、凄く美味しかったわ。

 でも、シンジと二人で料理をしていたときが凄く楽しかったの。

 はぁ…。

 何やってんだろ、私は。

 せめて後片付けをしようと思っていたんだけど、それすらシンジに先を越されてしまった。

 アイツは今鼻歌なんか歌いながら洗い物をしている。

 その鼻歌を聴きながら、私はソファーに仰向けになって寝そべっている。

 何だか、幸せ…。

 ………。 

 って、何満たされてんのよ、私は!

 まずいまずいまずい!

 どんどん借財は増える一方じゃない!

 こうなったら…。 

 

 そうだ、デートよデート。

 もてない君の馬鹿シンジにデートをセッティングしてやるのよ。

 これなら絶対に感謝されるに決まってる!

 

 

「で、誰がいい?誰でもいいわよ。

 アンタが好きな相手を選んだらこの私が責任を持ってアンタとデートさせてあげる」

「え、で、でも…」

「誰だっていいわよ。ヒカリでもファーストでも」

 ヒカリはあのジャージ男が好きみたいだけど一回だけならOKしてくれるよね。

 ファースト…。

 物凄く気に入らないけど、この多大な借財を返すためならアイツにだって頭を下げてやるわ。

「ん?それより、年上がいいわけ?ミサト?リツコ?それともマヤ?」

「ぼ、僕は…」

「早く言いなさいよ。誰が相手でも笑ったりしないし、絶対にOKさせてあげるからさ」

「本当?」

「本当に決まってるでしょ」

「で、でも…絶対に怒ると思うし…」

「何よ、うじうじしてさ。あ、もしかして相手は男?」

「そ、そんな趣味ないよっ!」

「ははは!冗談に決まってんでしょ。さ、早く言いなさいよ。誰とデートしたいの?」

「そ、それは…」

「それは?」

「その人の名前は…」

「名前は?」

 

 

 私の名前だった。

 

 

 馬鹿シンジは真っ赤な顔をして私の名前を呟いたの。

 うかつだったわ。

 この私の存在を忘れていた。

 世界でも有数の天才美少女の存在を。

 そんな私が傍にいるんだからシンジの選択は寧ろ当然だとも思える。

 それに自分が相手なら誰に頭を下げずにも済む。

 私のプライドも傷つかない。

 私はOKした。

 

 

 もうダメ…。

 

 

 借財はかさむ一方…。

 だって、楽しくて楽しくて仕方がなかったんだもん。

 加持さんとデートしたときはこんな感じじゃなかった。

 今考えるとあの時は加持さんにあやされていた様な気がしてきたわ。 

 腕を組んだりして…何気なく胸のふくらみを加持さんの腕に押し付けたりなんかしたんだけど…。

 加持さんは全然相手にしてくれなかった。

 シンジとは腕を組むどころか手も握らなかった。

 遊園地に行って、併設されている動物園も見て、帰りにショッピングして…。

 馬鹿シンジったら真っ赤な顔して今日のお礼だってぬいぐるみをプレゼントしてくれたの。

 今そのお猿さんのぬいぐるみを抱っこしながらベッドの中。

 ついついその場の勢いで来週もデートすることをOKしてしまったの。

 アイツは凄く感謝してくれていたけど、こっちもあんなに楽しんだりしたんじゃ借りを返すってことにはならない。

 ………。

 どうしよう…。

 


 

 

 

 それから一ヶ月、私はいろいろな方法を試した。

 馬鹿シンジに借りを返すために。

 毎週デートを繰り返し、 

 毎日料理を一緒に作り、

 毎日勉強を一緒にして、

 毎日一緒にゲームしたり…。

 ところが結果はすべて私自身が喜んでしまっているの。

 返却するどころか、借りはどんどん膨らんでいく。

 もう、ダメよ…。 

 私は借りを返すのをあきらめようとまで追い込まれてしまったの。 

 

 その夜…。

 

 こうなったら、馬鹿シンジに正直に言おう。

 今は借りを返せないが、申し訳ないと。

 そのうちに使徒が出てきたら絶対に借りを返すからって。

 そう単刀直入に言おうとしたのだけど、何故か巧く言えない。

 この私がしどろもどろになってしまっている。

 言いたいことの半分も言えない。

「だ、だからね、もし使徒が出てきたら、私、絶対にがんばって…」

「そんなのダメだ!」

「え…?」

「あ、あ、アスカを危険な目に合わせるなんて、そんなの僕にはできないよ!」

「で、でも、そうしないと、借りが…」

「す、す、好きな人は僕が守るんだ!」

 私はフリーズしてしまったわ。

 馬鹿シンジは真っ赤な顔で、でも目を背けたりはしていない。

 まっすぐに私を見ている。

 冗談とは思えない。 

 この馬鹿はそんな気の利いたことが言える男ではないもんね。 

 

 その時、妙案が浮かんだ。 

 そうよ、これなら借財は一気に返せるわ。

 

 

「馬鹿シンジ、アンタ、私のことが好きなの?」

 

 

 もう何てことよ。

 この私がこんな簡単な言葉を喋るのに苦労してんだから。  喉がからからで、舌がもつれて…。

 「好きだ。大好きだ!」

「そ、そう。は、はは、そ、そうだったんだ。あ、あのさ…」

「何?」

「そ、そ、それなら、私がもし、もしよ、アンタの彼女になってあげてもいいって…」

「本当!?」

「も、もしだって言ってんじゃない。だ、だから、もしそうならさ、アンタって嬉しい?」

「当たり前じゃないか!嬉しくて嬉しくて死んでしまいそうになるよ!」

 よし!死ぬほど嬉しいって言うんだから…。

「だ、だ、だったらさ………」

 

 

 借財は一気に返却できた。

 

 

 そう、私は思い込んでいた。

 ところがそれはとんでもない勘違いだったの。

 

 


 

 

 

「こうなったら何とか私たちの力で地下に向かうしかないわね」

 やっと使徒がお出ましになった…みたい。

 よくわからないのよね。

 ジオフロントとの連絡はできないし、エレベーターも何も動いてくれないしさ。

「じゃ私がリーダーね」

 私は胸を張った。

 この自信がみなぎる笑顔を見なさいよ!

「それはいいけど、道案内は綾波の方が適任じゃないかな?」

「どうしてよ!」

「だってさ、僕たちよりも前からここのことを知ってるし…」

「馬鹿シンジ、アンタねぇ!」

 私は腰に手をやり大声を上げたわ。

「決定。じゃ、ファーストが道案内」

 私はあっさりと大好きなシンジの意見を受け入れたわ。

 わっ!何?

 せっかく光栄ある道案内を仰せつかったというのに、そのぶすっとした表情は。

「綾波、どうしたの?」

「わからない。でもあなたたちを見ているとお腹が痛くなるの」

「何よそれ?」

「わからない。そうやって手を繋いでるのを見てると頭痛がするの」

 まあ、後になって考えたら、この時のファーストの反応はシンジのママの遺伝子の為せる業だったってことね。

 シンジが私とラブラブになったわけだから。

 それを毎日学校で見ているんだから、その遺伝子がファーストの身体の中でそして頭の中で大暴れしてたのかもね。

 そんなことを私が知ってるってことは、万事巧くいって私たちは平和な未来を掴んだってことなの。

 

 但し、大きな問題があるの。

 

 どう考えても、シンジより私の方が幸せなのよ。

 この借りはどうやって返したらいいものか、ただいま思案中。

 馬鹿らしいって誰も相談に乗ってくれないから、一人で考えるしかない。

 何かいい手はないかなぁ?

 ま、ゆっくり考えましょうか、この問題は。

 時間はたっぷりあるしね。

To be continued.

(アスカの幸せがずっと続きますように)

 


 

<あとがき>

 発作的に書きました。
 中身がまるでないですね。
 たまにはいいんじゃないでしょうか。だって、へっぽこアスカが好きなんです、私。
 別作品で少しアスカが可哀相な展開になりそうなので、その埋め合わせの甘い話なんです。
 作者自身の補完として書かれたこんなの読まされる読者さんも堪ったもんじゃないですね(笑)。
 まあ、笑って許してやってください。
 「あなたの心に…」を書くためにアスカ一人称のリハビリの意味もありました。もうしわけありません。

 

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