「え?嘘吐き合戦?」

「そうよ!使徒も来ないしさ、暇だもん」

「暇だからって、どうして、嘘吐きなのさ」

「だって、明日はエイプリルフールじゃない!」

 

 

とっておきの


2003.04.01  ジュン

 

 

「合戦って、勝負するわけ?」

「あったり前じゃない!ただ嘘を言い合っても面白くないでしょ。ルールはこうよ!」

 

 アスカが提案した、嘘吐き合戦の要旨はこうだった。

 4月1日の間に嘘を吐いて相手を騙したポイントの高さを競うわけだ。

 つまり嘘の数が多いほど良いわけなのだが、制約もある。

 見破られたらマイナス1ポイントとなるのだ。

 逆に見破り損ねてもマイナス1ポイント。

 そして、最終的な勝者は敗者を思い通りにしていいというのだ。

 

「え!そんなことをしていいの?」

「ちょっと、そんなことってどういうことよ!」

「いや、あの…その…つまり…」

 

 しどろもどろになってしまったシンジをアスカはジト目で睨んだ。

 その視線に耐えかねて、シンジは俯いてしまった。

 

「まあ、スケベでエッチで変態のシンジの考えてることなんか、手に取るようにわかるけどね」

「……」

「どっちにしても、アンタが勝つわけないでしょ。勝つのはこの私、惣流・アスカ・ラングレーに決まってんでしょ!」

 

 アスカは仁王立ちして、そう勝利宣言をした。

 

 アスカも…、そしてシンジも、アスカが勝つものだと思っていた。

 ところが蓋を開けてみると、シンジは騙されないのだ。

 実際、シンジは用心深い性格である。

 もし、これが合戦という形式をとっていなかったら、シンジはことごとく騙されていただろう。

 ところが、嘘かもしれないという前提なのだから、一応疑ってみると、

 アスカの嘘というのはあまりにオーバーなのですぐに嘘だとわかってしまうのであった。

 逆にシンジの吐く嘘は、あまりに生活感が漂いすぎて、わかりにくいのである。

 具体例を挙げてみよう。

 

「ねえ、シンジ!今度、エヴァの量産機が大量生産されるのよ。それでヒカリたちも、全員搭乗するんだって」

「嘘だろ」

「ええっ!どうしてわかんのよ!」

「そんなのあるわけないじゃないか。あ、今晩のおかずはハンバーグにしたからね」

「やった!煮込み?それとも、焼き?」

「嘘だよ」

「げっ…」

 

 こうなってくると、シンジはさすがにあのゲンドウの息子であった。

 ゲンドウは無表情の陰にすべてを隠してしまう。所謂ポーカーフェースだ。

 シンジの方は、その笑顔の陰に嘘を隠してしまう。

 けっこう単純なアスカが敵うわけがない。

 ポイントはどんどん離されていく。

 午後3時の段階で、シンジが25ポイント。アスカはマイナス5ポイント。その差は30ポイント。

 

 コンフォート17のミサトの部屋はどんどん暗雲が立ち込めていった。

 アスカは負けず嫌いである。

 それがこんな大量得点差になっているのだ。

 機嫌が良いわけがない。

 ブツブツ言いながら、アスカはソファーに座り込んでいる。

 それを横目で見ながら、シンジは身の危険を感じていた。

 

 まずいよ。

 アスカが怒ってる。

 しかも、かなりの怒り方だよ。目が据わってるもん。

 どうしよう…。

 大体、アスカの嘘が下手すぎるんだよ。

 困ったな、本当に困ったよ。

 こうなったら自爆するしかないか。

 負けるのは困るけど…。

 だって、アスカのことだから負けたら何されるかわからないもんね。

 引き分け狙いで僕も下手な嘘を吐くしかない。

 

 アスカは考えていた。

 ドイツから来た天才美少女は膝を抱えて座りながら、これからの対策を練っていたのだ。

 

 やばいわね。

 シンジがこんなにヤなヤツだったとは思わなかったわ。

 嘘がこんなに上手いだなんて…。

 さわやかな笑顔の向こう側には、どす黒い本性が隠されていたんだわ。

 信じてたのにな…。

 冴えないけど、いいヤツだと思ってたのに。

 彼氏にするには物足りないけどね。

 でもさ…。

 私が勝ったら、今度の休みに荷物持ちさせて、映画を奢らせて、食事を奢らせて、お茶を奢らせて…。

 楽しみだったのにな。

 シンジといたら、飽きないもんね。

 ああ、でも、どうしよ…。

 こんなにポイントを離されたら、逆転は難しいわね。

 でも、やんなきゃ!

 勝って、シンジを思いのままにするのよ。

 こんな楽しみを失ってなるものですかっ!

 そうよ、ほら、勝者の驕りってのがあるじゃない。

 巧く誘って、シンジに下手な嘘を吐かせるのよ!

 

 両者の利害は一致した。

 

「シンジ、アンタ嘘が上手いわね」

「そ、そうかな。ははは、えっと、あ、ミサトさんが禁酒するって言ってたよ」

「嘘でしょ」

「え!どうしてわかったの?」

 

 やったわ!シンジが調子にのりすぎたわよ。このまま馬鹿言い続けてくれたら…。

 

 よし!えっと、次はなんて嘘を…。

 

 両者のポイント差は少しづつ近づいていった。

 何故、少しづつかというと、シンジに創作能力があまりないからである。

 いかにも嘘のような嘘がつけないのだ。

 

 時間はすでに午後11時を回っていた。

 シンジが3ポイント。アスカがマイナス1ポイント。

 両者の差はわずか4ポイントまで狭まっていた。

 

 これからの1時間の攻防がすべてを決する。

 

 ただ、シンジの空想力はすでに枯渇していた。

 見破ることのできる嘘ひとつ吐けない状態へと陥っていたのだ。

 こうなってしまうと、シンジは頭の中で「逃げちゃダメだ」と自分に言い聞かせることしかできない。

 しかもたちの悪いことに、精神状態が追い込まれているだけに、アスカの嘘を見破ってしまうのである。

 

 ああああ!ダメだぁ!

 どうして、『あ、そうだったんだ。知らなかったよ』って言えないんだ。

 また差が開いてしまったじゃないか!

 僕は馬鹿だ!

 

 くぅううっ!やるわね、シンジ!

 もうすぐ追いつけると思ったのに!

 ボロの出るような嘘は言わなくなってしまったし…。

 さては、守りに入ったわね!口惜しい!

 このまま逃げ切られてたまるもんですか!

 

 需要と供給は一致しているのに、思い通りに進まない二人。

 それでも何とか、二人の努力でついにその差が2ポイントに縮まったのだ!

 これで、アスカの嘘が見破られなければ、同点になる。

 

 しかし、時すでに午後11時58分37秒。

 

 うわわわわ!

 もうダメだ!

 何も考えられないよ!

 助けて!アスカ、お願いだよ。

 何でも言うことを聞くから、怒らないでよ!

 

 シンジの心理では、アスカに怒られるより負けて奴隷とされる方がましのようだ。

 

 ああああっ!

 もうダメよ!

 もう、何も思いつかないわ!

 お願い!シンジ、何か言ってよ!

 あ、でもダメ。

 引き分けじゃダメなのよ。

 勝って、シンジを思い通りにできないとイヤなの!

 それで、今度のお休みに楽しいデートに…。

 ……。

 へ?

 デート?

 私とシンジが?

 そっか、ショッピングして、映画見て、食事して、お茶するのって、デートだよね…。

 あ、そうだったんだ。

 へぇ…。

 よし!こうなったら!逆転サヨナラホームランよっ!

 最後に笑うのは、このわ・た・し!

 

 その時、4月1日午後11時59分25秒。

 

 アスカは真剣な表情で、シンジを真っ向から見つめた。

 

「シンジ、よく聞きなさいよ!

 私はアンタが大嫌い!

 顔も見たくないわ!

 私の一生に二度と顔を出さないでくれる!」

 

 アスカはシンジの鼻先に指を突きつけた。

 シンジは愕然とした。

 

 あ、アスカが…。

 僕のことを大嫌いだって…。

 二度と顔も見たくないって…。

 そんな…そんな…。

 

 このとき、シンジの頭から勝負のことは一切忘れ去られていたのだ。

 

「何とか言いなさいよ!馬鹿シンジっ!

 それとも何?

 今言ったことは嘘で、

 アンタは私がアンタのことを大好きで、

 いつも一緒にいたくて、

 今度デートしたいとでも言うと思ったの?

 ははは!アンタって救いようのない、いい人ね!」

 

 仁王立ちになって叫ぶアスカに、シンジはやっとの思いで言った。

 ただ、一言を。

 

「う、嘘だろ…」

 

 その瞬間、眦を吊り上げていたアスカの表情が変わった。

 目じりが下がって、口元は思い切り緩んだ。

 

「やったぁっ!やったわっ!私の勝ちよ!」

 

「へ?」

 

「アンタ、今“嘘だろ”って言ったわよね。言ったわよ。絶対に言ったわよ!」

 

「え、えっと…言ったけど」

 

「はっは〜ん!じゃ、私の勝ちよ」

 

「え、えぇ…、あ、あの、ということは…?」

 

「今、私の言ったことは嘘。ウ・ソ・よ!」

 

「あれ?何が嘘なの?わけがわかんないよ」

 

「ああ、最初に言った“アンタなんか大嫌い”っての?」

 

「うん」

 

「そのあと、私はあれは嘘だって言ったでしょうが。

 それから、アンタのことを…好きで、一緒にいたくて…いい人だって…言った、のよ」

 

「え、ええっ!」

 

「誤解したみたいね。でも、アンタはしっかり“嘘だ”って言ったもんね」

 

「じ、じゃ、僕のことを嫌いじゃないんだね。一生顔を見たくないっていうのも…」

 

「はん!嘘なんだから、その正反対に決まってんじゃない!」

 

 アスカは精一杯の虚勢を張って、シンジを睨みつけた。

 そうよ、正反対なんだから!わかるわよね。

 私はアンタが大好き!

 アンタの顔を見たいの!

 私の一生にずっと一緒にいてほしいの!

 

「あ、アスカ…」

 

「負けを認める?どうなの?」

 

 シンジはもとから勝敗はどうでもよかったのだから、アスカの機嫌が良くなる方を選ぶに決まってる。

 だから、即座に返答した。

 

「うん、僕の負けだよ」

 

「あら、えらく素直で、明るい敗者だこと」

 

 そして、アスカは軽く深呼吸をした。

 

「それよりも、シンジ。

 もっと大事なことがあるんだけど」

 

「え?何?」

 

「アンタ、馬鹿?今の私の発言にきちんと返事しなさいよ!」

 

「え、えっと…それは…」

 

 シンジは戸惑った。

 どう答えればいいんだろうか。

 嘘で答えるのか、本気で答えるのか。

 アスカはそんなシンジの戸惑いがよくわかっていた。

 だから、彼女は優しく微笑んで…しかし、逃がさないようにしっかりとシンジの手首を掴みながら、こう言った。

 

「ただ今より、4月2日午前0時3分をお知らせします。

 もうエイプリルフールは終わったのよ。

 だから、アンタは真剣に、正直に言わないとダメなのよ。わかった?」

 

 強気な言葉と態度とは裏腹に、アスカの紺碧の瞳は不安に揺らいでいた。

 その瞳にシンジの微笑が…アスカの大好きなシンジの微笑が映った。

 

「好きだよ、アスカ。大好きだ」

 

 

とっておきの嘘 〜 おしまい 〜

 


<あとがき>

 こんにちは、エイプリルフール記念SSです!

 って、そんなもの、記念するなって?じゃ、ジュンの誕生日前前夜祭記念ってことで…。

 YAN様の感想メールから、突発的に書き始めた作品です。

 こういう一発ネタ系の作品は書くの好きなんですよね。YAN様、どうもありがとう!

 

2003.04.01  ジュン

 

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