「どうして?そう、アスカは渚さんが嫌いだから、きっと二人の間を裂こうと考えたのね」

 うっ…、確かにそう思っていたから、否定ができない。

「アスカ…もう駄目なのね」

「えっ…!」

「さよなら、アスカ」

 レイはじっと私を見つめていた。

 その赤い瞳は憤怒に燃え、そこには私への友情の欠片も見られなかったの。

 

私が愛した赤い瞳


第12話 「レイ、怒る」

 

 

 私は声を出すことが出来なかったの。

 最初にシンジの部屋で出会ったときの…あの、冷たい赤い瞳がそこにはあった。

 そして、レイは踵を返すとナルシスホモの方へ歩いていく。

「あ、れ、レイ…」

 私は呆然とその背中を見送るしか出来なかった。

 レイの背中は冷たく、私を拒絶していたわ。

 目の端に映ったナルシスホモは、私の方をじっと見ていた。

 その雰囲気にいつもの軽薄さはなく、レイにそっくりの赤い瞳で私の何を見ているんだろうか?

 

 悄然として家に戻った私は、何度もレイの家のインターホンを押しに行ったけど、応答はなかった。

 帰って来てるのかどうかもわからない。

 部屋の電気は点かないし、レイは携帯電話を持っていない。

 ベッドサイドを背もたれにして、私は両膝を抱えて座っている。

 あの後、たこ焼き屋のおじさんが凄く恐縮してたけど…おじさんは少しも悪くない。

 悪いのは…私。

 私の馬鹿のおかげで、もしかしたら一生シンジに会えないかもしれない。

 最後に見たレイの眼差しを思い出すたびに、最悪の予感が頭を覆うのだった。

 その夜。

 レイは8時ごろに帰ってきたけど、玄関の扉は絶対に開いてくれなかったの。

 私は一睡も出来ずに、ずっと座りつづけていた。

 机の上に冷え切ったたこ焼きがのったまま…。

 

 翌日。

 私は冷たいシャワーを浴びて、学園へ向かった。

 レイはお弁当を取りにこなかったから、二人分のお弁当を持って。

 ママは何か言いたげな顔をしてたけど、私が一言も口を利かないものだから黙っていたわ。

 夏の初めで町の色彩が派手に見えるはずなのに、私の紺碧の瞳にはモノクロームにしか見えてない。

 これ…やばいわね。

 また、みんなに迷惑を掛けるかもしれない。

 わかっているけど…、私の意識がどんどん暗闇へと向かっている。

 シンジ…、助けて…。私を助けてくれるのは、シンジだけなのに…。

 

 レイはもう教室にいた。

 私は黙ってレイの隣の自分の席につく。

 ヒカリが『おはよう』と声を掛けてくれたけど、返事をする余裕は私にはない。

 きっと真っ青になってる私の表情にヒカリは気づいたと思う。

 あの時と同じだと…。

 私はちらりとレイを見たけど、

 わざと無視するわけでもなく、レイはまっすぐに前を見つめている。

 最後の望みをかけて、私はママのお弁当を鞄から出して、レイの机におずおずと置いた。

「いらない」

「で、でも…レイ」

「気安く、名前で呼ばないで」

 レイはこっちをまったく見ようとしない。

 駄目…もう、駄目だわ…。

 ごめん、シンジ。もう、逢えない…。

 頭の中が真っ白になって、私はふらふらと立ち上がったの。

 帰りたい…。

 その私の手をぐっと握ったのは…ヒカリだったの。

「だめよ、アスカ。何があったか知らないけど、またあの時みたいになっちゃうわ」

「いいの…離して、ヒカリ…」

「離さない。絶対に離さない。もうあんなアスカ、見たくないもの」

「離して…」

「綾波さん、何があったの。金曜日はあんなに仲良く話してたじゃない」

「関係ないわ、あなたには。放っておいて」

「関係なくない。アスカは私の親友だもの。綾波さんだって、アスカの友達じゃない!」

「もうアスカとは友達じゃない」

「だから何がっ!ううん、何があったとしても…アスカにそんな態度はよくないと思う」

「ヒカリ…離して…」

 私はうわごとのように繰り返した。

 回りのクラスメートは私たち3人を遠巻きにして、様子をうかがっている。

 教室の中に聞こえるのは、私たちの言葉だけ。

「綾波さん。アスカにそんな態度とらないで。お願いだから」

「知らない。どうしてみんなアスカに優しいの?あんなにひどいことするのに、どうして?」

「言ってることがよくわからないけど、アスカは悪い子じゃない。

 そりゃあ時々乱暴な口をきいたり、とんでもないことをするけど、

 人の気持ちを傷つけたりするのは凄く嫌がるの」

「そんなことない。アスカは渚さんの悪口ばかり言うわ」

「渚さん…って、渚カヲルのこと?」

「そう…渚さん。私の大切な人」

「大切って、ひょっとして、綾波さんと渚君が付き合ってる…ってこと?」

「そう…私は渚さんが好き…なんてこと誰にも言えないわ」

「あ、あのね…」

「でも、アスカは渚さんの悪口を言うから許さない」

「それで、アスカにそういう態度とってたわけね。そうか…渚君が絡んでるなら…。

 アスカが変なことしてもおかしくないわね。あのね、綾波さん…」

「知ってる。中学のことは聞かされた。でもアスカはひどすぎる」

「あのね…どう言ったらいいんだろ…あのね…。

 そうだ…綾波さんは渚君を悪く言われたからアスカに腹を立てたんでしょう?

 アスカだってそうだよ。あの時、渚君が碇君にちょっかいかけたから…。

 ううん、私知ってるよ。渚君があんなことしたわけ。

 アスカにもあの後話したんだけど、今の綾波さんみたいに何も聞いてくれなかった。

 わかる?自分の好きな人のことがからむと、周りのことが見えなくなるの。

 私だってそうだよ。きっとそう。だから…」

「もういい。もういいよ!ヒカリ!」

 私はヒカリの手を振り切って、教室から飛び出した。

「待って!アスカ、待ってよっ!」

 背後で、ヒカリの声が私を引きとめようとしたけど、私は彼女の思いを振り切って走った。

 ごめんね、ヒカリ。

 でも、私は自分が許せない。

 レイに許してもらおうとは思ってなかったの。ただ、謝りたかっただけ。

 あのナルシス…いや、渚カヲルのことを…ひどいこと言ったって…。

 ヒカリの言う通りだったわ。私はアイツの事情なんて考えもしなかった。

 ただシンジにまとわりついてきたから焼きもちを焼いただけ。

 レイみたいに好きな人を辱められたわけでもない。ただイヤだっただけ。

 だから、そんな自分が許せない。

 シンジに逢えなくなったのは、自業自得…。

 私は靴も履き替えずに、そのまま自宅へ駆け戻ったの。

 

 私は部屋に篭城した。

 前のときと一緒。

 そう、ヒカリが言ってた、前のとき。

 私があの子に怪我をさせたから、あの子は野球の大会に出られなかった。

 小学校最後の大会だったのに、私が廊下でぶつかって足を捻挫した。

 謝っても許してくれなかったから、私は自分で自分を罰した。

 そうするしかなかったから。いくら不慮の事故だって、悪いのは私だから。

 あの時は2日間部屋から出なかった。

 2日目の夜にシンジが窓から入ってきたの。

 長いはしごを使って、鈴原に協力させてね。

 どうやってシンジが私を説得したかは……秘密。

 とにかく、その日が、私とシンジのファーストキスだったの。

 ああ…シンジ…シンジ…シンジぃ…。

 逢いたい、逢いたい、逢いたいよぉ…。

 私はうずくまったまま、絶対に逢えないシンジを求めた。

 レイが私を許さない限り、シンジの心と話すことは二度と出来ない。

 顔かたちがどんなのでもいい。

 シンジの心が…シンジの心さえあれば…それでいい。

 たとえ、外見が女であろうと、深夜のひと時だけしか話せなくても…。

 私にはシンジが必要なんだよぉ…。

 私は涙も涸れた目をシンジの部屋が見える窓に向けた。

 

 夕焼けなんだ…。

 ……。

 

 げっ!

 夕日が赤く染めている窓に、ぺたりと張り付いている顔は…。

 青白い顔色で、赤い瞳をじっと私に向け、うらめしげな表情で見つめているのは…。

 レイ…。どうして、レイが…?

 化けて出たわけじゃないよね…死んでないもん…じゃ生霊?

 レイの生霊は私と目が合うと、拳でガラス窓をばんばん叩いたの。

 あわわわ!そんなに叩いたら割れるじゃない!

 私は慌てて窓に駆け寄って、鍵を外したわ。

 窓を開くと、レイは私を睨んで恨めしげな口調で言ったの。

「アスカどうして早く気づいてくれないの?10分以上ここで見てたのに!」

 へ?

「ごめん…ごめんね。気づかなくて」

「入るから、手を貸して」

「うん…」

 唐突なレイの登場で私の落ち込みモードは一時停止してしまったわ。

 レイは窓枠を乗り越えると、さっさとベッドに腰掛けた。

 そして、私の机の上を見ると、指を差して大声をあげたの。

「アスカ!」

「は、はい!」

「たこ焼き食べてない!きっと冷えてる。もったいない!」

 はい?ど、どうしたっていうの?

「アスカ、こっち来て」

「う、うん」

 私はレイの前に立った。

「私の目を見て…」

 赤い瞳。神秘的な赤い色。その赤にひきつけられたその瞬間。

 ぱしっ!

「きゃっ!」

 左の頬にレイの平手が炸裂したの。

 痛いっ。でも…殴られてもいいわ。

「いった〜い。アスカのほっぺ、硬いわ」

 レイが右手をぶらぶらさせている。

「これでおしまい。たこ焼き暖めて。一緒に食べましょ」

「はい?」

「もう、おしまいなの。喧嘩は。だから早く食べるの。たこ焼きがもったいないから」

 わけがわからなかった。

 でも、レイは私を許してくれているみたい。

 邪心のない笑顔で私を見ているもの。

 頬の痛さなんて、ぜんぜん気にならなかったわ。

「う、うん。わかったわ!」

 私はたこ焼きの箱を持って、レンジのある1階に突進しようとして立ち止まったわ。

 誰よ、タンスと本棚を扉の前に置いたのは!

 そうだった。篭城中だったんだ。

 このバリケード、どかさなきゃ。

 

 レイにも手伝ってもらってバリケードをどかすと、廊下にはヒカリとママとナル…じゃない渚カヲルが待っていた。

 はっきり言って、凄く決まりが悪かったけど、ここは素直に頭を下げたわ。

 

「本当によかった。前みたいに時間がかからなくて」

「ありがとうね、みなさん。アスカはいいお友達がいっぱいいるわ」

「ママ…自分で何とかしようと思わないの?いつも知らぬ顔で…自分の娘なのに」

「あら、心配してるわよ。でも…」

「でも、何よ!」

「ん?だって、おトイレ行きたくなったら、出てくるでしょ」

 ……。

「な、な、なんてこと言うのよ!」

「前回も今回も散々泣いて水分がそっちに回らなかったみたいだけどね」

 レイがすっと立って、渚カヲルの両耳を手のひらでふさいだわ。

 渚カヲルはニヤニヤ笑ったままの顔でレイにされるがままになっている。

「それともアスカ、部屋の中で何とかできる?」

「で、できないわよ。今度リフォームするときには部屋にトイレを作ってもらうわ」

「ついでに洗面所とバスルームとキッチンと、え〜とそれから…」

「もういいわ。ごめんなさい。もうしません」

「あら、そうなの。残念ね」

 ママ…絶対娘で遊んでる。

「いいねえ。母と娘の会話は」

「渚さん、聞こえてるの?」

「ああ、僕は耳がいいのさ」

 レイが膨れ面をして、手を外したわ。

「ねえ、レイ」

「何?」

「いつまで、こいつの事をそんな呼び方をしてるの?他人行儀な」

「だって…他人だもの」

 レイの頬が見る見る赤みを増していくわ。

「名前で呼びなさいよ。名前で」

「いいねえ、名前で呼んでくれたら、この上もなく幸福な気分になれると思うよ」

「ほら、彼氏だってそう言ってるじゃない」

「アスカ、あんまり綾波さんをいじめちゃ…」

「あ〜ら、そういやそっちは未だに“いいんちょ”“鈴原”でしたっけ?

 たしか大阪で鈴原は“ヒカリ”って呼んでなかったっけ?(たどたどしかったけどね)

 ということはヒカリだってアイツのことを“トウ…」

「わっ!わっ!わっ!」

 真っ赤な顔で手を振って私の言葉をさえぎるヒカリ。

「どう?ヒカリ。彼氏彼女は名前で呼び合うものじゃない?」

 力なくうなづくヒカリ。

 くっくっく。レイ…あなたの味方はいなくなったわ。観念しなさい。

「さあ、呼ぶわね。愛しい彼氏のことを。ちゃんと名前で」

 あらら、レイがもじもじしてる。

「恥ずかしかったら、今じゃなくてもいいわよ。二人きりのときに…」

「いい。言うわ、私」

 うわ!レイが決断して、瞳に力がこもってるわ。神戸のバイキングを思い出すじゃない。

「か、か、カヲル、さん…」

「ん…。まあ、今はさん付けでいいか。そのうち呼び捨てになるでしょ。

 あれ?どうしたの?レイ。不満そうな顔して」

「私も呼んで欲しい。名前で」

「ええぇっ!アンタ、レイのことを名前で読んでないのぉ?嘘!」

「いつも、君って言うの」

 そういや、こいつの喋りかたってそうだったっけ…?

 いや!違うわ!

「ちょっとアンタ!確かシンジのことは即効で“シンジくん”って呼ぼうとしてたわね」

 渚カヲルの顔がこわばっている。

 珍しいじゃない、こいつのこんな顔。いつも余裕たっぷりなのに。

「そ、そうだったかな?」

「そうよ!どうして、レイを名前で呼んであげないのよ!」

「ははは…それは…恥ずかしいからに決まってるじゃないか」

 うわっ!こいつの辞書に“恥ずかしい”って項目があったんだ!

 それからレイの名前を呼ばせるのに、30分かかったわ。

 とうとう真っ赤な顔をして「レイ…さん…」って言って、そのあとは二人で見つめあってんの。

 初々しいというか…羨ましいというか…。

 私もシンジと見つめあいたいよぉ。

 私が新米カップルと遊んでる間に、ママとヒカリは即興パーティーの準備をしていたわ。

 私とレイの仲直り記念パーティーだって。

 まあ、あの二人ならすぐに美味しい料理を準備できるわよね。

 

 美味しい!

「ね、レイ。仲直りしてよかったわね」

 大きくうなづくレイ。

「う〜ん、本当に美味しいねぇ。鈴原君は幸せだよ。いずれこんな料理を毎日食べられるんだから」

 わ!ヒカリが赤面して固まっちゃったじゃない。

「じゃレイも勉強しなくちゃ。こいつに毎日美味しい料理を食べさせなきゃ」

 レイのお箸が止まったわ。

 そして、ゆっくりと私を見る。てれてれレイちゃんを見物させてもらいましょ。

「アスカ…」

「何?」

「その料理。私は食べたら駄目なの?」

 哀しそうな瞳で私を見るレイ。はい?何か論旨が違うような。

「も、もちろん、一緒に食べるのに決まってるじゃない!」

「あ、そうなの。じゃ、がんばる」

 にこやかに笑ってレイは再びお箸を料理に戻したけど、この娘ホントにわかってんの?

 この席上で、私は渚カヲルのことをいろいろ知ったわ。

 母親が彼を生んですぐ死んじゃったこと。

 大きな会社の社長をしてる父親はほとんど帰宅しないこと。

 病弱で小学校の間は入退院を繰り返していたこと。

 友達といえる存在はまったくいなかったこと。

 その結果、感情表現に個性が生じたこと。ただしこのことは本人は意識していないみたい。

 なるほどね。それでシンジに友達になって欲しくって擦り寄ってきたのか。

 私の愛しいシンジは誰が見てもいい友達になれそうだもんね。

 しきりにうなづく私に、ヒカリがあきれて言ったの。

「ほらそんな風にちゃんと中学の時に聞いてくれてたら、今回の騒動はなかったのに…」

「ご、ごめん…」

「アスカは碇君が絡むと周りがぜんぜん見えなくなるし…」

「ぐぅ…」

「ま、それにアスカはいのしし座だから…仕方ないけど」

「へえ、惣流さんはいのしし座なんだ。どうも普通の人と違うと思ってたら…」

「そう、アスカは普通じゃないのね」

「ちょっと!いのしし座なんて本当はないんだからねっ!

 こら、ヒカリ。この二人信じ込んでるじゃない!」

「わぁ、おば様この味付けはどうしてるんですか?」

「こら!人の話を聞け!」

 

 そのとき、リビングの扉が開いて、懐かしい声がしたの。

「あら、パーティー?楽しそうね。どうも絶好のタイミングでおじゃましたみたい」

 おば様!

 私は振り返った。

 相変わらず綺麗なおば様が戸口に腕組みをして立っている。

 そう、3年ぶりにシンジのママが帰国したのよ。

 

 

第12話 「レイ、怒る」 −終−

 

第13話に続く 


<あとがき>

 ジュンです。

 第12話です。お待たせしました!レイと仲直り…しましたね。

 私は一人称でSSを書くことが多いのですが、この第12話だけは困りました。何せアスカのいないところで話を進められないんだから。

 おかげさまで話の持って行き方にてこずり、時間がかかってしまいました。

 さて!いよいよ『私が愛した赤い瞳』は最終章三部作に突入します。今一度、最初から読み返していただき、伏線をチェックしていただけるとさらにお楽しみいただける(かな?)ようになっています(予定)。

2003.1/25 ジュン   

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