1995年12月25日───





「ほらアスカ、覗いてごらん。」

「わぁすごぉ〜い。お月さんがかがやいて見えるよ。すごいねパパ。」

「ああ、凄いね。」

「わぁ、ボコボコしてるぅ。まんまるじゃないのぉ?」

「ああ、あれはクレーターと言ってね……」





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『2003年8月27日の大接近』   作:WARA

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2003年8月24日───





暑い陽射しが照りつける第三新東京市。
とある家電ストアに、頭脳聡明・容姿端麗のスーパー美少女
惣流・アスカ・ラングレーと幼馴染の碇シンジが買い物に来ています。

「結構混んでいるんだね。」

「そうね。もう夏休みも終わりだからかしら?
 ホント、家族連れの多いこと。」

今日はアスカの買い物です。
何でもコンポが欲しいと言うことで、
シンジが品物選びの補助役、兼荷物持ち……主に荷物持ちで付き合わされています。

そのコンポの品定めは終わったのですが、レジが大変混雑しています。

「この店全然なってないんじゃないのっ!
 店員は全然いないし、レジ1人で何やってんのよっ!」

アスカはご機嫌斜めです。

「仕方ないよぉ。夏休みだし、日曜日なんだから。」

いつもの不平不満のアスカに対し、いつもの通りシンジがなだめます。

「音響コーナーなんてさっぱり客がいなかったじゃないのよっ!」

「ほら、あれだよ。」

「どれよ?」

「天体望遠鏡。ニュースでやっていたけど、今売れてるんだって。」

「どうして?クリスマスでもないのに。」

「明々後日に火星が大接近するの知ってる?」

「そう言えば、そんなニュースやっていたわねぇ。」

「それで売れてるらしいよ。
 特に子供に見せてやりたいという両親が買いに来るんだって。」

実際売り場を見てみますと、望遠鏡のコーナーに人だかりができています。
シンジの言うように、ご家族連れが多いようです。

「まったく偽善的なバカな連中ね。」

「はぁ?どうしてだよ?」

「あれはね、子供に買ってやりたいんじゃないのよ。
 ああやって子供と一緒に見ること自体に幸せを見出してるの。
 ホントはそういう環境にいる自分が幸せなフリをしたいのよ。
 フンッ、偽善的よっ!」

「そ、そんなぁ。」

「それにしてもムカつくわねぇ。こら、そこの店員!
 一体いつまで待たせんのよっ!」

通りがかった店員が災難だなぁとシンジは思いました。





8月26日(火)───





「今日アンタ夕食は一人?」

シンジの家にアスカが来ています。
夏休みの宿題の最後の追いこみを二人でやっていました。

「うん。今日も母さん遅くなるって。」

「そう。うちも同じ。」

シンジとアスカは同じマンションのお隣同志。
物心つく前からの幼馴染です。

シンジとアスカの両親は同じ”NERV”という大手の
医療会社に勤めています。

「なんか、新しい開発で忙しいらしいよ。」

「みたいね。全く子供のことより仕事なんだからぁ。」

「仕方ないよ。うちの父さんは社長だし、
 アスカの両親とうちの母さんが上層の技術者なんだろ?
 4人共忙しいんだよ。」

「はぁ〜。相変わらず飼いならされた従順な男って訳ね……」

「ひどいよ。そんな言い方ないだろ?」

「あら、否定できるの?」

「もういいよ。」

「あ、怒ってる。」

「怒っちゃいないよ。」

そう言ってますが、明らかにシンジは膨れています。

「ホント、単純なヤツ。」

「アスカに言われたくないよ。」

「な、なんですってぇ。」

シンジの思惑通りにアスカが目くじらを立てています。

「ハハハ……ほらすぐ怒るじゃないかぁ。」

「このぉ、シンジの分際で!」

「わわわ、痛いよアスカ。」

「もういいわ……宿題でうんざりしてるのに。
 それより一緒に夕食を食べましょうか?」

「そうだね。」

共に両親の帰りが遅いシンジとアスカは良く二人で食事していました。





『いよいよ明日、火星が大接近します。
 これは実に6万年ぶりの宇宙の大イベントです。』

ようやく宿題を終えた二人がテレビを見ながら夕食になりました。

「へぇ〜。6万年ぶりなんだ。凄いね。」

「そうねぇ。次は私達では見ることはないわけか。」

「そうだね。」

「ま、でもこんなことで騒ぐなんて、平和なものねぇ。」

「いいんじゃないのかなぁ、平和ってことは?」

「そうかしら?周りばかり気にして、横へ習えの平和なんて。
 ほんとうに幸せなの?」

「さぁ……」





8月27日(水)───





『アスカ。うちにおいでよ。』

アスカの携帯にシンジからのメールが届いていました。

珍しいわね、シンジから誘って来るなんて。

小学生までは割りとシンジからも遊びに行ったり誘ったりしていましたが、
中学生となると、多少男女の差を気にし出したのか、
シンジからアスカを誘うことは減っていました。

ピンポーン

「やぁ、アスカ。」

「何か用?」

「夕食でも……どうかな?」

「いいわよ。丁度アタシもお腹すいていたし。」

並んでキッチンへ。
両親が仕事で遅い二人にとって台所作業は手慣れたものです。

夕食を食べ終え軽く雑談。

「ねぇ、アスカ。ちょっと……僕の部屋にいいかな?」

「え?別に構わないけど。」

な、何かかしら?
夕食を誘い出すのも何か変だけど……
まさか、自分の部屋でアタシに告白とか?

黙って部屋へ案内するシンジです。

最近はリビングでゲームをしたり、勉強したりすることが多く、
久しぶりにシンジの部屋に入ります。

いつからかしら……こうやって距離ができたのは?
いつまでも幼馴染って訳にはいかないのかな?
それにしてもシンジ変……
どうして黙ってるの?
本当に告白とか……
はぁ〜アイツってムードとか気にしそうにないしぃ。
自分の部屋でってもうちょっと考えて欲しいわね。

何だかんだ心の中で言いながらも、
シンジの告白を受ける受けないは全然考えていないようです。
すでに答えは決まっているんでしょうか?
そもそも勝手にシンジの告白って決めつけてますが……





バタン

シンジの部屋に入ります。
見慣れないものが窓際に鎮座しています。

「シンジ……これって?」

「そう。望遠鏡だよ。アスカとお揃いだったよね?」

「う、うん。アタシのは壊れちゃったけど……」

「今日掃除しておいたんだ。」

「まさか火星を見る為?」

「うん。」

「やっぱり……アンタも世俗的なヤツだったのね。」

「そんな言い方ないだろ?」

「事実は事実でしょ?そこら変にいる連中と変わらないじゃないのっ!」

「ねぇ、アスカ。どうしてそんなにこだわるの?」

「こ、こだわってる訳じゃないわ。」

「……まぁいいから見てみようよ。」

シンジはベランダに出ました。
アスカは部屋の中でそっぽを向いています。
お構いなしにシンジは方角・仰角・ピント合わせのセッティングをやっています。

「できた。こ、これは凄いよ……アスカも見てごらんよ。」

満面笑顔のシンジの顔を見て、アスカもピクッと反応しました。
が、思いとどまって、腕組みし直しました。

「そんなもの見たって何が起こるって訳ないじゃないのよっ!」

「ただ単に美しいモノを見ることは悪いことなのかな?
 アスカってそんなにつまらないモノの見方しかできないの?」

「な、なんですってぇ!」

「ねぇ……それとも、やっぱり家族で見たかったの?」

「ハンッ。もう中学よ?そんな筈ある訳ないでしょぉ〜が!」

「この望遠鏡……アスカがおじさんに買ってもらった時のこと覚えてる?」

「え?」





1995年12月25日───





シンジとアスカが6歳の時のクリスマス。
初めて父・ゲンドウにクリスマスプレゼントを貰ったシンジでした。

「アスカにも見せてあげよう。
 いっしょに月を見るんだ。」

もうすぐ夕暮れ。
夕食の準備に会社から戻って来た母・ユイにシンジは告げました。

「そうね、アスカちゃんもきっと喜ぶわね。」

「うん。」

ユイに送り出され、さっそく隣のアスカの家へ訪れました。

「アスカぁぁ、見てよ。クリスマスにぼーえんきょーをもらったんだよ。
 いっしょににお月サマを見ようよ。」

「そう。良かったわねっ!」

「なに怒ってるの?」

「アンタはいいわね。アタシは何ももらってないもん。」

アスカは淋しそうです。

「そうだったの?じゃ、いつでもアスカが見たいときに見てくれていいから。」

幼いなりにシンジはアスカを励まそうとしました。

「いいわよっ!それはアンタのなんだから、アンタが見なさい。フンッ!」

バタン

「ア、アスカぁぁ。」

アスカはそれっきり部屋に篭っていましました。





そして夜も更けて……

「アスカ。すまないね、せっかくクリスマスだっていうのに。
 ママはまだ仕事だけど、パパだけ先に帰ってきたんだよ。」

アスカの父・ハインツが仕事から戻って来ました。

「いいわよ。アタシは子供じゃないから、ぜんぜんへーきだもん。」

「アスカはお利口だな。
 ご褒美に……ほら、クリスマスプレゼントだよ。」

そう言って大きな箱を見せました。

「わぁおっきい。ホントにいいの?」

やはり6歳の子供です。
遅れてもプレゼントは嬉しいものです。
強がり言っても大変嬉しいものです。
アスカはその日初めての笑顔になっています。

「ああ、もちろんだよ。気に入ってくれるといいがね?」

ゴゾゴゾゴゾ
ビリビリビリ
クシャ

最初は丁寧に開けようと試みたアスカでしたが、
ハヤル気持ちを抑えられず、破りはじめました。

「あっ……これぼーえんきょー!シンジと同じだ!
 ありがとーパパ!」

「そうか。気に入ってくれたか?」

「うん。」

「じゃ、早速組みたてような。」

ベランダで早速月の観測に入ります。
そして生まれて初めて見る月にアスカは感動しました。

「わぁすごぉ〜い。お月さんが輝いて見えるよ。すごいねパパ。」





同じマンションの隣のシンジも望遠鏡を準備していました。

「あ、シンジ。見て見て!」

アスカが望遠鏡を隣のベランダのシンジに見せます。

「あ、アスカももらったの?」

「ええ。シンジとおなじヤツよ!」

「すごいやぁ。アスカのは赤いんだ?」

「ええ!シンジのは紫なんだね。」

「うん。」

「ねぇ、アンタ一人?」

「うん。今日はふたりともざんぎょーなんだって。
 夕食だけ母さんがいたんだけどさ。」

「そう……なんだ。」

アスカにとっては父と見る初めての月。
遅くはなったものの父と娘が一緒に迎えたクリスマス。

そっかぁ、シンジは一人なんだ。

「う〜ん。ムズかしいなぁ。」

6歳のシンジは組みたてこそできたものの、
方向や仰角、ピント合わせは難しいようです。

「ねぇ、シンジぃ。こっちでいっしょに見ましょうよ。」

「えっいいの?」

「と〜ぜんよっ!いいよね、パパ?」





再び2003年8月27日の夜───





「とにかく見てみなよ。見て損はないから。」

「フンッ。見ればいいんでしょ。見れば!」

ようやく覗いて見る気になったようです。

あの時の月のように輝いて見えるのかしら?

口では強気のアスカでしたが、あの時を思い出し緊張しながら覗きました。

「す、凄い……。ホントに赤いんだぁ。」

黒い背景に浮かび上がる赤い星。
上の方は黄色く、下にいくに従って赤くグラテーションしています。

「そうだね。僕もビックリしたよ。」

「写真のように真っ赤じゃないけど……。何かしらあのモヤみたいなの?」

「ガスらしいよ。」

「へ〜すごい……」





それから1時間も眺めていました。
腰が痛くなって、ようやく一息ついています。

「ねぇ、見て良かっただろ?」

「何よ、生意気言っちゃって!」

「1時間も見ていて、良くそんなことが言えるね?」

シンジがからかっています。

「フンッ。ま、今回はアンタの言う通りだったわ。」

「家族とは見れなかったけど、やっぱりいいでしょ?」

「全く、今日のシンジは憎らしいわねぇ。
 何よ、大人ぶった態度とっちゃってさ!」

「違うよ。こう言ったのはアスカだよ。」

「え?アタシ?」

「あの時、最初に月を見た時さ。
 僕は一人で見てて、アスカがこっちへおいでって誘ってくれたじゃないか?」

「ええ、覚えているわ。」

「っで、アスカが言ったんだよ。
 『アタシ達二人で見れば家族で見れなくても楽しいでしょ?』って。」

「あ、そういえば……。」

「でも、今日は、家族で見たんだよ。」

「え?」

「僕達は家族だよ。血の繋がりも無いし、お互い両親だっているけど。」

「そうね……。」

そしてアスカは再び望遠鏡を覗きました。
6万年ぶりの大接近。

今日見た景色は一生忘れないだろうと思いました。





「あ、寒い……」

「そうだね。少し風が出てきた。もうすぐ秋だね。」

「そうね。」

「何か羽織るモノ持ってくるよ。」

「そんなことしなくたって……えいっ!」

シンジの腕に自分の腕を回すアスカ。

「ア、アスカ?!」

「こうすれば、寒くないもん。」

二人の更なる接近はこれからのようです。





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あとがき

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2003年8月27日の火星の大接近。
実際、天体望遠鏡が売れているようです。
また、ご家族連れのお客サマが多いようです。

朝、ニュースをみていて本作品がピピピっと思い浮かびました。

2003年というアニメ本編とは異なる時間の設定ですが、
まぁ、ご了承下さい。

それにしても、我々は物凄いタイミングで生まれたものだと、
つくづく思います。

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<アスカ>WARA様の当サイトでの5作目よ!
<某管理人>おおきに、ありがとさんです。
<アスカ>私とシンジは大接近っ!
<某管理人>いや、今回は月と火星の接近で、あんたらはまだ腕組む程度…。
<アスカ>はぁ?私と腕を組むのよ。そんなの世界中の男性でパパ以外いなかったんだから。
<某管理人>あの…でも運動会のダンスとか。
<アスカ>うっ!思い出しちゃったじゃないの。そういやあの時、シンジの順番になったらホッとしたっけ。
<某管理人>あの…?何を遠い目になってるんですか?
<アスカ>何よ!文句あんの?
<某管理人>ああ、いや、その…どうも。

 
 さぁて、WARA様5作目。
 あ、言っておきますけどね、私が乱暴だから望遠鏡を壊したんじゃないわよ。
 事故よ、事故。ちょっとシンジに綺麗なお星様を見せようと張り切りすぎただけよ
 はん!私とシンジの接近は全宇宙的にも観測されてしかるべき…。
 ダメダメ、そんなの監視されちゃかなわないわ。前言撤回!。
 火星と月はあと数万年たてばもう一度会えるけど、私とシンジの出会いは全宇宙の歴史でたった一度なんだから。
 この運命的で天文学的な出会いを大切にしなきゃね。

 WARA様、素晴らしい作品をありがとうございました!
  

 

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