もう一度ジュウシマツを

 

− 6 −

「桜餅食べた?」


 

こめどころ       2004.4.21(発表)5.20(修正補筆掲載)

 

 

 

春休みの間もクラブ活動は休みなし。但し時間は午後と午前の2部に分かれている。
普通なら男女に分かれてやる為だろうけれどうちの場合理由がある。これは塾の春季
講座を受ける人が多いので、そのためなんだ。高等部の2年生は受験が終った人も多
いので既にOBとして参加してくる人も結構いるんだ。OBのしっかりした指導は皆受
けたいので午前でも午後でも塾の時間にあわせて出れるように、こういう形になる様
工夫しているわけ。

昔と違って高2で大学受験が出来るようになったので、大抵の中高一貫高校では出来
るだけ5年末で受験させるようにするか、或いは3年の分は完全に受験に費やすよう
になっている。修永館もその為に5年制が選択できるんだ。大体30%くらいの人が
飛び級で3年次を受けずに大学へ進学してしまう。最近では高校を完全に飛ばす、と
いうのも検討されているそうだ。

でも僕自身は学生時代にしかできない事に十分に時間を費やしたいと思っている。急
いだり跳ばしたりするのがいいとは必ずしも思っていない。その時にしか意味のない
時間があるということなんだ。つまり今ここで費やすべき時間ということ。後でやっ
ても意味が無いこと。中学生がやってこそ意味があること。40過ぎてからじゃ取り
返しようが無いこと。父さんに言わせると、時というものはそれぞれの人間によって
それぞれの速さで走るべきものだ、と言う事だって。

僕はその父さんの意見に従って暫く過ごして行きたいと思っている。今の僕にとって
時間は幾らあっても足りないくらいなんだ。


ルーチンの基礎筋肉運動の後で、背負い、体落としの打ち込みを100本ずつこなす。
タイヤを引きずりながら1周800mのトラックの外側を5周すると頭から水を被っ
たようになる。こうやって身体をいじめた分だけ鍛えられた気がする。同じ運動だけ
をして、同じ筋肉や骨、関節にばかり負担をかけるのは良くない。特に中学生くらい
では過剰な負荷もよくないので、指導教官の指示で色々な運動をインターバルに組み
込む。水泳や、バスケットなんかも勧められている。
水泳はいい全身運動になるし、バスケットは動きの激しさに加え縦の全身運動だから
肺活量も増え、スタミナが付く。
次第にどんな運動もこなせるようになるのが嬉しくもある。運動が僕の身体に取り込
まれていくのがわかる。自分の肩を握るとそこが大きくなっているのがわかる。レイ
の背中をぽんと叩いたら手のひらが重くて痛いと文句を言われた。父さんと腕相撲を
しても前より大分粘る事ができる。嬉しくてちょくちょく勝負を挑んでみたりする。
まだ勝ったことは無いけどね。

今年の3月の身体測定で僕は165cmになった。6年生の時、僕は153cmで、
クラスで一番ちびだったのですごく嬉しい。他に凄く喜んでいたのは例の惣流さんだ。
155cmを越えたらしい。彼女は最初に試合をしたとき僕を時間内に落とせなかった
ので、それ以来僕に何かライバル意識を持ったらしく、何かと競争したがる。


「えーっ!あんた165なの、ちょっと来なさいよ。」


そう言って僕を舞台の端に有る身長測定器に乗せ、イスに乗って厳密に測った。


「なにが65よ、164.8じゃない!」

「大勢に影響ないじゃないか。」

「こういうのは何より精密さが大事なのよ。あんたは164.8、憶えときなさいよっ。」

「まてよ、おまえはどうなんだよっ。」

「あたしは155.5cmよ。直ぐ追いつくんだから、待ってなさいよねっ。」

「待てるわけ無いじゃん… あ、そうだ。惣流のも測ってやるよ。」

「い、いいわよ。あたしのは正確だもん。」

「ずるいぞ、僕のは測ったくせに、ほらほら。」


逃げ出すのを無理やり引っ張ってごちんと測定板を当てると…154.6cm、あれぇ?


「9mmも違うじゃないか。さては背伸びしたな、惣流。」

「そんなことして無いわよ! 身長計の製作会社が違うんじゃないの?」


とぼける惣流をやり込めるために体重のメーターを確認。(身長と一緒に出るんだ。)


「で、体重が55.8kg――と。」

「何すかさず体重まで見てんのよっ!いいのよ、あたし骨が太いんだからっ!」


とっさに顔を引いたが、目の前1mmを平手が凄い勢いで通り過ぎた。あぶない所だ。
僕は舞台を飛び降りて校庭に逃れ、惣流は舞台の上で真っ赤になって何か叫んでいる。
どうせ、憶えてなさいよ、とかぶっ殺す!とか言ってるんだろう。

とまあ、僕もあいつも10cmくらい背が伸びたわけだ。女の子にしてはこの時期で
まだ伸びるのは珍しい。根性で伸びたかな。僕はまだまだこれからだ。男子の平均は
176.6cmだからまだまだ伸びなくちゃね。レイもほんとにすくすくという感じで伸
びている。あいつは既に5年生で160ある。毎朝惣流がくやしがるのは、レイのほうが
細いので背が高く見えるということ。もともと背は高い方だったから、きっと母さん
に似たんだ。もっとも父さんだって180近くありそうだから僕は奥手なのかな?



桜が咲き始めた。暖かい日々が続いてもやもやとした熱気が身体にたまっている様な
気がする。3日汗ばむような日が続くと、次は寒い日が2日ほど続く。春に3日の晴れ
無しって言うものね。次第に桜の花が開き、満開の桜通りを学校に通う。花びらが散
り、歩道にそれが溜まって行く。和菓子屋の店先の出店には美味しそうな花見団子や
桜餅が並ぶ。

母さんはピンクと白とみどりのこの3色の団子が大好きだった。父さんはそれを買って
きて仏壇に供える。レイは水盤に水を張って、拾ってきた花房をそこに浮かす。仏壇の
上の鴨居に掲げられている写真が嬉しそうに微笑んでいる。
思い出はいつまでも美しい。母さんの笑顔も、母さんの香りも、皆懐かしく思い起こす
事ができる。仏壇に手を合せ、僕は父さんも元気なこと、妹が綺麗になったことなどを
報告する。
母さんのところにこの祈りが届いているかどうかはわからない。けれど父さんの思いは
消えることは無い。僕の祈りも、レイの呟きも。この仏壇の周りに漂っている。母さん
がここにやってくればそれを感じることも出来るかも知れないと思う。

――母さん、僕は中学2年生になりました。




「へぇ、あんたもお母さんいないの。」

「も、って惣流も?」


帰り道で、惣流に桜餅を食べて行こうとねだられた。歩道に出ているお菓子屋の出店には
毛氈を敷いた竹のベンチが出ている。桜餅を2つずつ買った。部活の後の甘い物は美味しい。


「うん、小学校の2年生のときにね――」

「そうか、じゃあ今はお父さんと二人暮らし?」

「ううん、4人で暮らしてる。お父さん3年生の時に新しいお母さん貰ったから。その
あと4年の時、弟が生まれてさ。10歳も違う弟って、なかなか可愛いわよ。」


腹違いの弟か、時代劇なんかではよく耳にするけどそういう家庭って今でもあるんだ。
僕はちょっと心配したけど、隣の席の女の子は屈託なく葉っぱごと桜餅にかぶりついてた。
もぐもぐと口を動かし、飲み込むと彼女は言った。


「でも、とってもうまくやってるわ、私たち。」

「それはよかったね。そうか、惣流って明るくていつも元気だし、そんな辛いことがあった
なんて思ったこともなかったよ。でもうまく行ってるならよかった。家族は十姉妹みたいに
仲良しなのが一番だよね。」


惣流は笑顔でこっくり肯いてから不思議そうな表情をした。


「十姉妹?あたしが十姉妹を飼ってるってどうして知ってるの?」


舞い落ちる桜が綺麗な、温かなある日。レイが塾で先に帰ったので僕と惣流は2人だけ。
どう言って説明したら良いかな。正直にありのまま話せば良いか。


「君んちのベランダから十姉妹の鳴き声が聞こえるじゃないか。」

「え、だって下からはどんな小鳥飼ってるかなんて、わからないじゃない。」

「わかるさ。雄のあの独特なさえずりなんかが聞こえるもの。それにたまに君んちは
物干しのフックに鳥篭をぶら下げてるだろ。遠目で見てもあの柄は間違ええないよ。」


惣流はまるで十姉妹みたいな丸い目になった。


「凄い、それだけでぱっとわかっちゃうなんて。」

「実を言えば、惣流のうちの十姉妹は、うちの十姉妹なんだ。増えすぎてみんなに分け
た時、君のうちの人が貰っていったんだとおもうよ。」


惣流の目がさらにまん丸くなり、咥えていた2個目の桜餅を離し叫ぶように言った。


「そうなの!うちの十姉妹はお父さんが貰ってきてくれたの。」


それから少し声を落とした。


「ママが死んだ後、あたし新しいママになかなか馴染めなくて塞ぎこんでいたから。
その上、赤ちゃんが生まれて、疎外感て言うのかな、孤立したみたいに思ってたのよ。
お父さん心配して、何か慰めになるようなものをって思ったらしいのね。小鳥なんて
と思ったけど、ほら、世話しないと小鳥って簡単に死んじゃうでしょ。一生懸命世話
しないわけにいかなくて。」


少し下を向いていた視線が遠くを泳ぎ、また僕の目に戻ってきた。


「そのうちに一羽じゃ可哀そうかなと思ってお婿さんを買ってきたのよ。そうしたら
卵産んで、どんどん増えちゃって。もう、初めてなんであたふたして小鳥やさんに毎日
通って用意する物とか聞いて、気が付いたら、ママと一緒に小鳥の世話してたの。
それからよ、何もかもうまく行くようになったのは。だからあたし、十姉妹たちには
とても感謝してるの。」


彼女はそう言って、僕を見た。
ああ、そうなんだ。惣流も僕と同じだったんだね。


「それにね、カゴについてた手紙があってね。どうか、僕の十姉妹を可愛がってやって
ください、小鳥は可愛がってやった分必ずなついてくれます。綺麗な目をしてます。
その目の中に可愛がってくれる君が映っています。仲良くしてやってくださいって。
あれ、碇…くんが書いたの?」


う――今考えるとなんて恥ずかしい事を書いたんだろ。


「――そうだよ。別れるの寂しくて悲しくて、そうしたらレイがお兄ちゃん二人で手紙
を付けようって言い出してさ。2人で何日も掛けて一通ずつ手紙をつけていったんだ。」

「あたし、あの手紙を読んで凄く感動したの。たかが小鳥と思ったけど、こんなにも
愛情を注いだ小鳥をあたしにくれたんだなあって。その子のためにも、一生懸命育て
なきゃって、思ったのよ。いつまでも――泣いてちゃいけないなって。勇気付けられた
気がしたわ、凄く。」

「そんな大したこと書いて無いよ。」

「ううん。」


惣流は被りを振って、それから僕の目をじっと見た。


「ありがとうね。」

「い、いや、なんていうか。」


むちゃくちゃ照れた。なんだか自分が真っ赤になったのがわかるくらい、顔が熱くなった。
いたたまれなくなって、ぬるくなったお茶を飲み干すと立ち上がって歩き出した。
惣流も、お茶を飲み終わって、早足で追いつき、横について歩き出した。


「ねえ、今日これから暇でしょ?」

「え、うん。」

「うちに寄ってさ、小鳥たち見ていきなよ。ねっ。」


惣流は食べながら歩いてた桜餅を急いで飲み込むと、胸を叩きながら僕の手を握ると
腕ごと抱えるみたいにして、ぐいぐい引っ張って僕をアパートに引っ張り込んだ。
ほんっとにこいつって、強引なんだから、まったく。





「へえ、それで惣流さんちで今までデートしてたのね。」

「デートなんかじゃないよ、小鳥見てきただけさ。もう5羽になっていたよ。元気も良く
て、ちゃんと僕の歯笛に答えたよ。ボレー粉もたまにやるといいって言ってきた。」

「なぁんだ、それだけ?」

「それだけって、他に何があるのさ。レイは少女漫画の読みすぎだよ。」

「自分だって読むくせに。」


レイはそう言って笑い出した。ほんとに最近こいつは良くわかんないや。
もう暗くなっていたので僕は鳥篭を部屋の中にしまった。桜の花びらが鳥篭の中にいっぱい
舞い込んでいて、珍しがった十姉妹たちがその花びらを咥えて振り回している。小鳥の嘴に
くっついた桜はなかなか風情があると思った。惣流のアパートの前は桜並木だから、もっと
花びらだらけなんだろうな。十姉妹を見ながら桜餅を食べてる惣流の顔を想像してしまった。
とても良い顔だったな、今日のあいつ。


「ありがとう。」


そう言ってくれたときの惣流の顔。が目に浮かんだ。
僕は庭に咲いている桜を見て、なんだかにっこりしてしまった。

 

 

 

 

第7話へつづく

『もう一度ジュウシマツを』専用ページ

 

 


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 やったぁっ!
 シンジをおうちに連れ込んだわよ
っ!
 そのあとのことをこめどころ様が何も書いてないってことは…。
 きっと文字にできないようなことをしていたのに違いないわ。
 なんて、考えていた人。水でも被って反省しなさい。あ、キャラが違う。
 ま、本人たちはどう思ってるか知らないけど、いや、だいたいわかるけど、
 周りの人の目は私たちをどういう風に思ってるかまる分かりよね。
 こう言ってる私も作品の中に入っちゃうと、そういうことがわかんなくなっちゃうんだけどさ。
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。

 

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