もう一度ジュウシマツを

 

− 11 −

「妹の目 父親の目 あの子の目」


 

こめどころ       2004.4.29(発表)5.25(修正補筆掲載)

 

 

 

9月には海外留学をする為に長期休学を決め込む奴とか、高等部では大学に合格し卒業して
しまう人がいるので学校の人数は全体として少なくなる。またこの時期から内部審査が始まり
年明けと共に最後の進級テストが有る。だから決して僕らは暇では無い。なのになぜだろう、
この時期に行われる体育祭、音楽演劇祭、講演展示祭の3大祭に学園の生徒たちは血道を開け
猛烈なエネルギーを注ぎ込む。どこの学校もこういう企画ものは年々参加者が減っているそう
だが、僕たちの学園は全く逆だ。普段から暇つぶしに生きてるような奴は元々何かを達成する
ことの喜びや嬉しさを味わった事が無いからたいしたことは無いだろうと思ってしまうんだろ
う。こんな楽しいイベントを知らないまま大人になったら必ず後悔する。父さんの口癖じゃな
いけど、その時にしか楽しめないその時だけやれる事があるんだと思う。それが、今の僕には
文化祭と部活なんだ。今回は中学も最後の3年生だからなお一層だ。

喫茶店とお化け屋敷は、いつも一番お手軽な催し物として人気があるが、今年は各階に1店舗
だけという制限が入った。お化け屋敷も自治会文化祭委員会の前で予選が行われ上位3企画し
か通らない事になった。その代わり実質的にぐっと向上したように思う。何しろ磨きに磨いた
アイデアの結晶だ。喫茶にしても下手な街の喫茶店よりずっとレベルが高い。ケーキやビスケ
ットのサービスや紅茶やコーヒーの入れ方にしてもポットやソーサーも家から持ち出した最高
級品。こんな所で、地の塩や修永館の生徒たちが、結構上流に属する階層が多い事がわかる。

うちなんかは、せいぜいがサラリーマンだから、部長クラスと言ったってたいした収入は無い。
ティーポットだって、生協の無印良品の白磁だし、特売品があればリツコさんは必ず出かけて
いたものだ。企業オーナークラスの家の子達は、元々親の持ってる金が二桁三桁違うのだ。

そうは言ってもちゃんとしたうちの子は、例え親が金持ちであってもやっぱり同じように純粋な
小遣いは5千円から1万円といった所で。だから僕らはいつでもピーピーしていた。特に柔道部
みたいな体育会系はお腹もすくから下校時にみんなでラーメンを食べに行ったり何かと物入り。
そこでこの機会に人を掻き集めて荒稼ぎをしようと一策が案じられたのだった。・・・見世物は
『柔道一直線!危うし美少女柔道部員VS変態男子柔道部員!』その立て看板には胸ちらの胴着に
下穿きなしの女子部員と顔が狼になってピ――続発の男子部員が、これも危ない漫研部員の筆に
よって描かれ、ちょっとおい幾らなんでもこれじゃ、あざとすぎる、まるで過激ポルノ映画じゃ
ないか? しかもその女子部員は。待てっ、待て待て待てよこれ。


「何であたしが危うしのモデルになってんのよっ!そんなのぜーったいに引き受けないからね!」

「あんた主役でしょッ。文句言わないっ。部の存続のために頑張んなさいっ!」

「何よあのざーといポーズはっ。アダルトビデオじゃあるまいしあたしまだ中学生なんだよっ。」

「それがいいのよ、なんせ殿方の90%はロリコンなんだから。人気爆発よ!アスカ。」


むちゃくちゃを言っているのは、例の見舞いの時一緒だった洞木さんだ。あの後知ったんだけど
彼女は僕らの柔道の部活に2回出ている上、新聞委員会の主筆で、自治会の役員であり、演劇部
の演出で、文芸部の部長も兼ねて脚本も書くというとんでもない人だった。惣流VS洞木まさに
竜虎相打つ状態だ。背景に稲妻と黒雲がでんでろでんでろ。


「だめだめっ、惣流がそんな役やるなんて絶対却下だからね。」

「じゃあ、多数決取りましょうか。惣流さんでいいと思う人手挙げて。」


男子1、2年生の大部分と高等部の大部分。そして中等部の1,2年女子が手を挙げた。


「あらくっきり別れたわね、ひのふのちょんちょん、37対10で惣流に決定っ!」


中3の連中が手を挙げなかったのは惣流の実体をよく知っているだけに、ひたすら後難を恐れた
からに他ならない。中学の下級生達は単純にアスカのファンが多かったのでミーハーで手を挙げ
た。高等部のお姉さまたちは自分達を差し置いて中坊が選ばれたのがお気に召さなかったらしい。
このままじゃ大変な事になる。したくなかったけど2人の間に割って入った。


「だめだよ、そんなの多数決で決めるような事じゃないだろっ!公序良俗ってのもあるし、」


ここで発言を止めておけばよかったんだよ。


「大体惣流のAカップの平らな胸なんか、ちらちらしても意味がないじゃないか。」


はっとした途端に顎を蹴り上げられていた。庇っても駄目な時は駄目みたいだぞ、と中3仲間の
声がしたまま僕は床の感触に身体を委ねてぶっ倒されてた。

結局そのまま劇(見世物と言うべきか)は実施された。巨大な立て看板には狼が太股と胸ちらの、
金髪碧眼の美少女アスカ惣流ラングレーに襲い掛かっている絵がでかでかと描かれ何も知らない
健全な少年たちがぞくぞくと詰め掛けた。中では赤く染めた柔道着と頭巾と際どいぴったりブル
マー姿の惣流が襲い掛かる狼達をばったばったと投げ飛ばしぶん殴り蹴りたくると言うまぁ言わ
ば柔道部の日常をそのまま描いた「赤頭巾ちゃん」の寸劇が行われていただけだった。まぁそれ
でも投げ飛ばしたり蹴りを入れるときに惣流の足が格好よかったし、胸も上げで寄せて大きく見
せるヌ―○ラとか言う優れものグッズで強調され、見物人も惣流も会計も3者十分潤ったという
三方一両得という概ね満足な結果に終ったのだった。総動員数なんと778人。かける事の300円で
233400円。僕が職員室に呼びつけられて、看板のあざとさについて説教喰らったのは言うまでも
無いがそれ以外は被害もなくて。先生だって見に来てたのに、大体観なきゃお咎めの出しようも
ないだろうに。

―――僕は最初から反対してたのに。ううう。大人なんて嫌いだ。部員連中はもっと嫌いだ。



ファイアーストームのかがり火が少しずつ小さくなりフォークダンスを踊っていた人の輪が三々
五々散っていく。後は後夜祭の実行委員たちだけが残って水をかけたり後始末をしたり。明日は
みんなで展示物の片づけでまた朝から来なくちゃ。高等部の先輩たちの中には2人きりで抜けて
行く恋人さんたちもいたりして、いいなあ、僕もいつかは誰かとあては無いけどと思う。
その後の帰り道。また僕らは2人きりになってしまった。何でこんなに遅くなったのに偶然一緒
になったりするんだよ。


「おおっ、そこを行くのはかわいそうな碇くんではないですか!」

「なんだよ、職員室で散々絞られて後夜祭だって半分しか出れなかったんだぜ。」


惣流の目がいつもより大きく見える。青い瞳もこの暗さでは普通の女の子にしか見えない。
でも今夜の惣流の目は特別濡れたように光って、いつもよりずっと「何かたくらんでる」
感じがする。気をつけなきゃ。


「乗せられてやってしまったのは私のミスだけど、お芝居の主役をやるって言ったら是非家族
みんなで観に行くってパパなんか言うから。中止させるのが大変だったんだよ。まったくぅ。」


――そうだよ君のミスだよ、自業自得だよ。


「あんな乱暴者の役で恥ずかしかったわよ。あぁ本当のあたしを誰もわかってくれない。」


――いや、思いっきりはまり役だったと思うけどね。あんなに嬉しそうに暴れてたくせに。
ちなみに惣流を襲う狼の役は高等部のごつい先輩たちだったが、負傷による損耗率は非常に
高かったのはいうまでも無い。


「シンジ、あんたどうしてずっと黙ってんのよ。」


一体誰がここで浮かれて歌でも歌うと言うのだろう。僕は惣流に何か一言抗議してやろうと
思っていたのに口は勝手にこう動いていた。


「だって、惣流といると――話すことなくなっちゃうんだもの。」

「なによそれ、――馬っ鹿じゃないの?」


そして惣流のアパートの入り口まで黙り込んだまま歩いていったんだ。静かな夜道だった。
さっき自分で馬鹿にしたくせに、惣流もずっと黙ったままだった。




「ラングレーEMD(executive managing director)どうかなさいましたか?」

「いや、子供はいつしか父親の手から離れて行くんだと思ってなぁ。」

「お嬢様ももう高校でいらっしゃいますもの、ご心配な事でございますわね。」

「自分が年をとるわけだ。」


秘書はゆったりと微笑んで明日の株主への中間発表の資料を持って去った。
おそらくこんな仕事の虫でも娘の事になると上の空になる時間が有るとか何とか給湯室の
いい話の種になっているに違いない。
 アスカのお淑やかどころでは無い姿を目の当たりにしてしまった私は、溜息を繰り返し
180度逆の方向に向かって亡き妻に心の中で詫びた。地の塩に放り込んでおけばまずは
安心と思っていた自分は大甘ちゃんだ。まさか男子校と合併しようとは。たしかにアスカ
は前よりずっと生き生きしているように見える。しかしあのような恥知らずな舞台に上が
るような子ではなかった。
あいつだ。あの妻から聞いている『錨キンジ』とかいう不良男の影響だ。そいつが、うち
の娘を誑(たぶら)かしたんだ。<大抵の父親は原因を外に求める。






お兄ちゃんの彼女は名前をアスカ惣流ラングレーと言って、お兄ちゃんと同じクラブで学校
でも有名なお転婆娘です。いつもの2人の様子は、多分こういう関係を主従関係とか下僕とか
言うんだろうなと、周囲に思わせるのです。

でもどういうわけだか惣流さんはお兄ちゃんの事を気に入って、見ためとは逆にお兄ちゃんに
好かれようと、健気なまでの努力をしています。見た目は多分お兄ちゃんがへこへこしてるよ
うに見えますが、本当は逆なの。 お兄ちゃんはあれだけ惣流さんが好きだって言ってるのに
ぜんぜん気が付いてない。それどころかそんな事ありえないってあたまっから思い込んじゃっ
てるのよね。
逆に言えば、要するに惣流さんの事をそれほど自分とはかけ離れた存在だと思ってるわけで。
その点は妹とは言え、結構人気者でラブレターだって一杯貰っているこの私の事も、全然そう
いう目では見てくれないの。本当に惣流さんじゃなくったって、失礼しちゃうと思うんだけど、
どう思います?

まぁそれで惣流さんはよく私に泣き付いてきます。あの馬鹿は何とかならないのかってね。
でもなんていうのかな、惣流さんには悪いんだけど2人は今の距離で想ったり大事にしたり崇
拝したりいらいらしたり、そんなのが一番いいんじゃないかなって。それがお兄ちゃんがよく
言う、今の時間を過不足なく一生懸命生きてるってそういうことじゃないのかなって思うの。
まだ小学生のあたしがそんなこと言うのっておかしいかもしれない。恋愛って言う物も私には
本当はよく分からないから。でもそれでも思うの。私はそうやっている2人を観てるのが好き
なんだなあって。お父さんとリツコさんとの距離が、確実に段々近づいていって一緒になった
ようにね。時間って言う物はいつでもしかるべき時に丁度いい結末を与えてくれるんだって。
そんな風に思っています。

それは私がまだ小さくて、目の前には永遠とも思えるほどの時間が広がっているせいなのかも
知れないけれど。人の想いはしっかり握り締めてさえいれば決して散りじりになって行ったり
はしたりはしないものだと知ってる。そして、いつまでだって十姉妹みたいにかたまって、皆
でくっ付きあってピチュピチュお喋りして、追いかけっこして、一緒にご飯食べて、巣の中に
3段重ねになって仲良く寝たりできるんじゃないかって、そんな風に感じてる。

お母さんが私の中で確かに生きているのと同じように。段々お母さんに似てくる自分を鏡の中
に見て私が確信してるように。そういう「えにし」って、それを望む限り決して無くなったり
はしない。そういう「えにし」は、人同士の関わりあいの中で、例えこの世を去っていっても、
いつまでも途切れず繋がっているものだと思う。私に会った事の無いお母さんの声が聞こえる
ように。

あの鈍いお兄ちゃんが、いつか自分の抱いている想いが崇拝じゃなくてアスカさんを大切に思
っているってことなんだと気づいて、小鳥の雄みたいに囀り始めたら、その時に私は全力で2
人の事応援してあげようって思ってる。



時間よ、もっとゆっくり流れて。私達のこの優しい時間がもっともっと永く続くように。

 

 

 

 

第12話へつづく

『もう一度ジュウシマツを』専用ページ

 

 


 作者のこめどころ様に感想メールをどうぞ  メールはこちら

 

 まぁったく柔道部の連中はっ!
 
私を見世物にして、金を稼ごうだなんていい根性してるじゃない。
 その上当の私には何の見返りもなし?
 へぇ〜、そういうこと。ま、いっか。見返りにはシンジを戴くからそれでいいわよね。
 あ、多数決なんかしなくていいわよ。私の一票は百万票に匹敵するんだから、この場合は。
 でもまあヒカリったら、才色兼備で文武両道?凄いじゃない。
 それより、一番重要で物凄い問題があるんだけど……。
 どうしてシンジが私のブラのサイズを知ってんのよっ!
 ………。
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。

 

SSメニューへ