もう一度ジュウシマツを

 

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「闇討ちとは卑怯なり!」


 

こめどころ       2004.6.10(発表)









 お兄ちゃん、合宿所に着いたのかな。電話くらい寄越せばいいのに。夜、家に帰ってきた
リツコ母さんに今日からお兄ちゃんは学校の柔道部の合宿に行ったと事後報告した。
ここ暫く真っ暗になるまで――今にして思えば警察の道場でふらふらになるまで練習して、
その後は家までランニングして帰ってきてたんだわ。帰ってこない日もあったけど、ああい
う日は、きっと動けなくなって、誰かに泊めて貰ってたのかなあ。26日から合宿なんて私
にまで内緒なんてちょっとくやしかったけど、先に昇段審査の為の警察の合宿に参加してた
わけね。お兄ちゃんもやるもんだなぁ。見直しちゃった。


「男の子は高校生になればそんなものなのかしらね。」


警察道場の合宿の事はお兄ちゃんから言う事だと思ったし、内緒にしたいことなのかもしれ
ない。だからそのことには触れなかったんだけど、お母さんはあっさりそう言った。
もしかしたら、とっくに何か勘付いていたのかもしれない。これがもし私だったらどういう
ことになるのかな。そう尋ねてみた。


「これがレイだったら、まずゲンドウさんはその合宿所に、若い部下を率いて雪崩れ込むか
もしれないわね。レイがたぶらかされたんじゃないかとか何とか言って。
それ以前に、毎日遅くなった段階で尾行の探偵が何人も付くんじゃない?」

「まさか幾らなんでも――」


そう言いながらも冷や汗がこめかみを伝わる。もしかしたら実際やりそうなところがあるん
だもの。お父さんて。そういうのって、娘が可愛いとか言う以前に、娘を信じてないのと同
じことなんだって――お父さんには理解できないでしょうね。そういう盲目的な愛情を理解
できる娘は珍しいんだってこと。私はそういうの嫌じゃないけどね。


「それ以前に無断外泊だなんて、認められるわけがないでしょ。」


まあ、それはそうだと思うけど。世の中には女の子だってだけで行動を制限する事が多すぎ
る事が問題なのよ。休日に出かけるときは制服着用の事、なんて今時何の意味があるの?
実際守ってる子なんて殆どいないし、親だってそんな馬鹿なこと言わないわよね。実効性の
無い決まりに意味は無いと思う。それはその決まりを守る意味が無いから無視されるの。

意味のある決まりはどこかで尊重されてるし、守ろうとする人も大勢いるわ。そして、その
決まりを守る事が生徒を守ると言うだけじゃなくて恥をかかない為にあるってこともね。
制服の着こなしなんて決める事じゃないけど恥をさらしてる事に気づかない人もいるから。
でもこういうことって女子だけが煩く言われるのよね。

旧地の塩学園は色々な束縛が普通の女子校に比べれば格段に少ないわけでカラオケ行ったり
喫茶店に入ったりアルバイトしたりそういうことで生徒の行動を縛ったりはしないいい学校
だった。それは今でも伝統として続いてること。
一般的に言って、学校の意識としては要は悪い虫が付く機会を出来るだけ少なくしたいって
事なんでしょ。でも、知らない男の子にふらふら付いていくような子は遅かれ早かれなるよ
うになっちゃうんだし、妊娠して学校辞めた、なんて子の話も毎年耳にする話で、要は美意
識とか視野の広さとかそういうことで決まってしまうのよね。

幸いにしてそういう話はうちの学校には無い。逆に言えば私はそういう好きで好きでしょう
がなくて一緒にどうしてもいたいとか、身体の関係まで進んでしまった、なんて話が無いっ
て事の方がむしろちょっといい子ちゃん過ぎて不満なんだけどなぁ。


「直ぐご飯にするから、待っててね。」


私は肯くと自分の部屋に戻った。夏休みなんだから何か作っておいて上げればよかったな。

今日は練習が休みだった。そんな日くらいどこかへ行けばとも思うけど私は実は出不精なの。
お兄ちゃんを見送りに行っただけでもうオーバーワーク。帰ってきてからシャワーを浴びて、
冷たいサイダーとおせんべいを用意して涼しいクーラーのお部屋で転がってベッドでひっく
り返ってるのが極楽。それがレイちゃんの一番の楽しみなの。本当の事だから仕方ないよね。
で、今はお兄ちゃんのベッドで転がってるの。だって自分の本棚の本は全部読んじゃったん
だもん。傾向の違う本をたまに読むのもいいもんよ。

お兄の本棚で一番気合の入った本はこれね。私はお兄ちゃんの一番の愛読書を取って開く。

『巣引き(繁殖)』:
気に入った番(つがい)は、嘴を合わせたり、交互に水浴びをしたりします。
ボレー粉やむき粟を餌に多めに混ぜます。混合餌5に対しむき粟4、ボレー粉1の割合。
ゆで卵の黄身などを混ぜてやるのもいいでしょう。
そのような状態になったら仲間と離し別の飼育カゴに移します。巣引き用の飼育箱、(三方
が板になっていて、網戸や障子が金網の上から嵌められる様になっているもの)が、一番落
ち着いて、いい環境といえるでしょう。

何だか少し不快。
お兄とアスカ姉がこうなっているのではないか、そういう場面が浮かんじゃった。

私は、八千草義男著「やさしい小鳥の飼いかた」をぱたんと閉じ、本箱の元の場所に戻す。
随分と読んだんだと思う。装丁が擦り切れている。
きっと小鳥のために一生懸命に読んだのね。お兄らしい。


「嘴を合わせたり、交互に水浴び、か…」


言葉に出してそう言うと、私は唇を突き出した。こうやってするんだろうか?
でもきっとお兄のことだから、嘴を合わせてくるのはアスカ姉の方からよね。そんな甲斐性、
あのお兄にあるわけないもん。あれば…多分、アスカ姉は好きになってくれてないかも。

ああ、やめたやめた。どうしてあの二人のことをこんなに気にしなきゃいけないのよ。
私には、やらなけねばならないことがあるというのに! ぐううと大きくお腹がなった。
いい匂いがドアの隙間から流れ込んできたから。私はたまらなくなってドアを開けた。


「ね、ごはんもういいの? おなかと背中がくっついちゃう!」







 駅前のとんかつやさんは、結構ボリュームがあって、千切りキャベツのお変わりも自由。
御飯のお代わりも自由。豚汁は自分でどんどんついでいいという、合宿所御用達の太っ腹な
お店だった。


「うわあ、ここ最高!」


アスカは口の周りに御飯粒をつけてばくばく食べている。キャベツだってバリバリ噛み砕い
てる。一体この細っこい身体のどこにこんなに入っちゃうんだろう。大きなテーブルの上に
ある巨大なタッパーには沢庵とキムチと白菜の漬物なんかもご自由におとりくださいって書
いてあって、カツがなくなっても、これだけでもう一杯食べれちゃう。(実はこれ僕の事だ。)
ロースカツ特盛はでっかいカツ2枚セット。それでも僕らの街の実質半額って感じだ。


「坊主たち、いい食いっぷりだな。やっぱり合宿所に来てんのか?何部だ?」

「ええ、あたし26日から。柔道部よ。」

「僕は今日からです。同じ部です。」


にやりと店主の小父さんは笑った。


「そうだろうな、ただのカップルじゃあねえと思ったぜ。」


まあ、2人揃ってこんなに食いまくるカップルって普通いないよね。でもカップルって言わ
れちゃうと身が竦むほど恥ずかしい。アスカも照れくさがるのかと思ったんだけど、まるで
平気なんだよな。


「うんっ、やっとね。なりたてのほやほやなのっ。カップルに見えた?」

「ほやほや?なんかもうずうっと前からアツアツだったみたいに見えるぞ。」


小父さんとアスカのやり取りに思わずむせる僕。


「げほげほっ、小父さん、水くださいっ。」

「わははははっ、ほらよ。坊主の方はまだ不慣れって感じだな。」





「ああ、おいしかったあ。あたしもうお腹ぽんぽんっ。ほら、こんなに、触ってごらん。」


アスカッてホントに屈託無いな。
キスだって自分のほうから軽く唇合わせてきたし、お腹触っていいなんて、普通言わないと
思うんだけどなあ。


「え…いいよ。」

「いいからっ。」


僕の手を取ると、お腹の上に持っていって、すりすり。確かになんかぽこんと膨れてるみたい。


「どう。」

「ど、どうって…ちょっとぽこんてなってるような気がするけど。」

「じゃあ、今度はシンジね。」

「え、おい待ってよっ!」


叫ぶ間も有らばこそって感じで、いきなりシャツをめくり上げられてお腹をぐりぐり擦られた。


「あ、すごーい。腹筋立派。あんまりお腹出てない。」

「いや、アスカが触るから緊張して、ほら、力抜くとこうだよ。はぁー。」


息を吐いて力を抜くと少しお腹が膨れた。


「あ、ほんとだ。やっぱり膨れるのね。」

「あっ、あたりまえじゃないか。」

「へへっ、シンジの腹筋確認しちゃった。」


あっ、そうか、そっちが狙いか。


「僕の腹筋なんか触って、何が面白いのさっ。」

「おもしろいわよ。じゃあ、シンジはあたしの身体でどこか触りたいところある?」

「さ、触りたいところ?」


恥ずかしいけど、思いっきりいろんな場所が浮かんで収拾が付かなくなったから何も言えなかった。


「ないの?へえ、意外とシンジって淡白なのね。前は色々な本で研究を重ねていたみたい…」

「あ、あの話を今持ち出すなんてひどいよ。もう随分あやまったじゃないか。」

「だから、他の女の子の裸やら脚やら胸やら見たがるからあたしは怒るわけでっ、そういうことは。」

「え?」

「いいのよっ、もうホントにあんたはいつまで経っても馬鹿シンジよね。」


今度は突然怒り出した。ホンとにアスカッてわけわかんない子だよね。
つまりそれは…触りたいときや見たいときは、――アスカに言えって事になっちゃうのかな。


「えーと、じゃあ、アスカの胸っ。」


言ってからぱっと身構えた。回し蹴りの脚とかいきなりひっぱたかれるとかを警戒して。
ところが彼女は、立ち止まったまま、僕の事をじっと見てるんだ。ま、まさか。


「あたしの胸? ホントに見たい?」

「ちょっ、ちょっと待ってっ。冗談じゃない、ほんとに見せちゃう気?」

「だって、見たいんでしょ。」

「見たいけど。でもっ、僕らにはまだ早いよ。あのさ、」

「こっち、来て。」


アスカは先に立ってどんどん歩き出して、海沿いの道を越えて防波堤を越え、砂浜へやって来た。
そこにあった大きな流木の根っこの所に座った。


「ほらっ、シンジも座る!」


どっかり腰を降ろす。しかたなく僕も座った。僕の彼女はちっともロマンチックじゃない。
とってもきれいな子だと思うし、多分これって照れ隠しなんだろうけど、物事にはしかるべき
手順てものがあるはずでしょ。僕が迷っているとアスカのほうから、僕の胸の中に飛び込んで
きたんだ。


「あ。アスカッ」

「気を付けんのよっ。取り囲まれたわ。」


胸の中でアスカは僕だけに聞こえる声で言った。はっとして、僕が周囲をそのまま探ると、
5、6、7人ほどの人数が感じられる。


「だれだろう…いったい。」


アスカを抱きしめたままで尋ねた。


「たぶん、地回りのごろつき連中だとおもうわ。さもなければJ大か。」

「そんな!負けた腹いせって事なのか?」

「まだわかんないわよ。ほら来るっ。」


僕は流木を背にして立ち上がると、襲い掛かってきた奴の膝を蹴って、相手が悲鳴を上げた所
に、思い切り当身を食らわせた。体を捌いてもう一人の奴の顔面に正拳を叩き込んだ。


「ぎゃっ。」


喧嘩と柔道は違うぞっ。警察柔道はあらっぽい。愚図愚図してるとつっかけてくる。非常に
喧嘩に強い武道だといえる。考えてみれば逮捕術なんだからあたりまえだ。
アスカを襲った奴も、蹴り上げられて悲鳴を上げ、きりきり舞いをして砂浜に倒れた。


「さあ、来なさいっ!」

「なあるほど、こいつぁー強えや。」


野太い声がして、ひときわ大柄な男が闇の中から進み出た。こいつがリーダー格ってことだな。









第25話へつづく

『もう一度ジュウシマツを』専用ページ

 

 


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 がぁあああ〜んっ!
 
まったく予想外の展開。
 ラブラブのままいけない世界に突入と思いきや、(ま、このサイトじゃ難しいけどね)
 何と狼藉モノの登場。
 しかもひときわ大柄な男って誰?
 風雲急を告げるこの展開。
 さあ、ヒーローアスカはヒロインシンジを守り抜くことができるか。
 ふっふぅん、普通のSSじゃそうなちゃっうけどさ。
 この作品のシンジは鍛えられてんのよ!来るなら来いってやつよ。少し怖いけどさ。
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。

 

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