アタシたちの視界に永遠と広がる紅い海。

今、アタシとシンジは共に歩いている。

聞こえるのは波のせせらぎとアタシ達が砂浜を踏みしめる音のみ。

たぶんこの世界でアタシたち二人だけであろう。

ま、しいて言えばアダムとエヴァみたいな存在。

楽園から追放された二人。

まさか身にもって体験できるとは想像もしなかった。

皮肉なものだ。






シンジから一通り何が起こったのかを話してくれた。

さすがのアタシもシンジの話には驚いた。






ミサトの死。

信じたくなかった。

家事はてんでダメ、でもやるときにはしっかりやってくる姉のような存在。

そんなミサトが簡単に死ぬわけない。

でもアイツがミサトの形見、十字架のペンダントを見せてくれたときアタシはたまらず涙を零した。

ミサト・・・アンタ今頃加持さんと再会できてよろこんでるのかな。




それとあまり聞きたくはなかったがエヴァシリーズのこと、シンジは紅い海のほうを指差した。

シンジの指の向こうには頭部がないエヴァシリーズの残骸。

十字架に貼り付けられた様に両手を広げ紅い海に突き刺さっている。

その光景はまるで十字架が点在する荒廃した墓地のように見て取れた。



「アンタがやったの？」

「わからない、あんまりおぼえてないんだ」

「そうなんだ」






静寂が周囲を支配する。







つい静寂に耐え切れなくなったアタシは言葉を発した。

「ファーストはどうなったの？」

「綾波はもういないと思う」

「あの紅い海の中？」

「・・・たぶん違うと思う」

「じゃあ、死んだの？」

「・・・わからない、でももう会えないと思う」

そう言いながらシンジは紅い海の方をじっと見つめていた。

シンジは海から目をそらさずアタシに聞いてきた。

「そういえばアスカってあんまり綾波のことしらなかったよね？」


ファーストか・・・最後に話したのっていつだったのかしら？

確かエレベーターの中だったわよね。

ファーストの言葉がアタシの中でよみがえる。



『心を開かなければエヴァは動かないわ』



あの時、アタシはファーストの言葉を冷たく拒否した。

でも、今思えばあれはファーストの最初で最後の助言だったかもしれない。



「綾波のこと,聞いてくれないかな？」

断る理由なんて・・・ないわよ。

「話なさいよ」

「うん」

そう短く答えてシンジはファースト・・・いや綾波レイのことを話し始めた。





驚いた話。

ファーストがシンジのママのクローンであり使徒でもあったことだ。

アタシは衝撃を受けた。

使徒であったことよりも、まさかファーストがシンジのママのクローンだったなんて・・・。

だからファーストはいつもシンジのことを見てたのかもしれない。

あの一連の行動は母の愛ってやつだろうか？

「アイツ、アンタの母親になりたかったのかもしれないわね」

「そうかもしれない」

「きっとそうよ」

「うん」






「・・・」

「・・・」







「チャッチャと泣いたほうが楽よ」

「・・・ごめん」





一瞬の静寂。


そしてシンジは子供のように泣き始めた。


アタシの耳にはアイツのすすり泣く声と打ち寄せる波の音だけが聞こえていた。















「ねえ、アスカ・・・体の具合、大丈夫なの？」

不意にシンジは当たり前の質問をしてくる。

それはそうだろう、アタシの右腕には包帯を巻かれ、右目にも同じようことがされている。

「大丈夫・・・とは言えないわね、アタシの弐号機みたんでしょ？ボロボロの」

アタシの何気ない言葉はシンジを明らかに動揺させた。

だってアイツの肩、小刻みに震えてた。

シンジの動揺を見てアタシはあの時の状況を悟った。

ひどいと思ってたけどそんなにひどかったんだ・・・。





つい先ほどのできごと。





甦る記憶の断片。





エヴァシリーズ。






あるはずのないロンギヌスの槍。








そして身の裂けるような痛み。







途端に死の恐怖がアタシを支配する。

体の震えが止まらない。

アタシは両手で自分自身を抱きしめた。

そでもしないとアタシ自身がこの世界から消えてしまうような気がした。





だけど、その感情は長く続くことはなかった。

シンジがアタシを背中からやさしく、まるで壊れ物を扱うように抱きしめてきたから。




予期せぬ出来事。

いや、もしかしたらアタシは心の片隅で期待していたのかもしれない。

だからこそアタシの心は大きく高鳴った。

シンジに伝えたい想い。

だがそれを凌駕するアタシの醜いプライド。









「離して」

「いやだ、絶対はなさない」




シンジの凛とした声、想い。







「じゃあ、なんで、なんであの時来てくれなかったのよ！」


アタシはアイツを突き放すように言った。










違う・・・違うじゃない・・・。

遅かったけどシンジは来てくれた、ボロボロの弐号機、そのエントリープラグの中。

朦朧とする意識の中で私ははっきりとあいつの声を聞いた。




『アスカ・・・』




求めるような、でも怯えた子供のような・・・そんな声。

そして絶叫・・・、シンジのあんな叫びは初めて聞いたような気がする。

ファーストが零号機とともに自爆したときさえあんな悲痛な叫び声はあげなかった。

そしてそんなことで満足する自分がいやだった。



「なんとかいったらどうなのよ！馬鹿シンジ！！」

アタシは叫びながらシンジの腕の中で暴れた。

でもシンジはそんなアタシを真っ向から受け止めてくれた。

ついにアタシが疲れ果て今度はシンジに真正面から抱かれている体勢になってしまった。


少し目線が高いシンジと目が合う。

咄嗟にあいつの目を睨みつける。

絶対目をそらさない、いやそらさせない。

だってシンジの本心を確かめたかった。

ちゃんとシンジの口から伝えてもらいたかった。

シンジの想いを・・・。




何かを決意したような目でシンジは淡々と喋り始めた。

「僕は自分の殻に閉じこもってた」

「他人を傷つけたり、傷つけられることが怖かったんだ」

アイツの声は蚊のような声だったがそれでもはっきりと聞こえた。

「でも傷けられてもいい・・・」

「それでもいいから僕はアスカにもう一度会いたかったんだ」

シンジの願い。

「会って、そして・・・アスカに受け入れてもらいたかったんだ」

シンジの想い。



何秒かの沈黙。

でもアタシには何時間にも思えた。

ふとアイツは抱きしめている腕に力をいれた。

少し痛かったけどそれすら今のアタシには心地よい。







「好きだよ、アスカ」






シンジの言葉がアタシの心を満たしてくれる。

もうプライドがどうだこうだとかではなかった。

素直に嬉しかった。

ついにアタシは嬉しさのあまりに耐え切れなくなりアタシの全体重をアイツにあずけた。

時間が止まってくれればいのに。

そんなことを思いながらアタシはなんてシンジに返事すればいいのか迷っていた。





なんて返事しよう？

やっぱりこう、なんか劇的にいいたいわよね。

『アタシも大好き、シンジ！』？

う〜ん、ありきたりすぎるわね・・・。

『大切にしてよね♪』？

うう、まだ恥ずかしすぎる。

『アタシに一生尽くしなさい』？

あはは、アタシらしい・・・でも却下。



ああだこうだと考えているうちにアタシはふと不安になった。

もしかしたらコイツ、ただアタシに同情しているだけなのかな。

だってシンジは優しすぎるから。

他人を助けるためなら、アイツなんでもするようなやつだから。

そんな疑う自分に言い聞かせるように心の中でアタシは叫んだ。




そんなことない！違う！絶対違う！

シンジはアタシを選んでくれた。

全世界の人間の中から。

誰でもない、このアタシを。

信じないと。

アイツの想いを。








アタシはちらりとシンジを見上げた。

シンジは不安そうな目でアタシをみつめている。

アイツの体が震えが優しく抱かれている腕から伝わってきた。

シンジ？

なんで震えてるの？

もしかして怖いの？

アタシの答えが？

アタシを失うことが？

そっか、シンジも同じだったんだ。

その事にアタシはなんとなく安心した。

それにしてもアタシをここまで心配させたんだからなにか罰が必要ね。

「シンジ、これは罰よ！」

「え？？どういうい・・・」

アイツは最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。




シンジの唇にアタシのが重なる。


シンジの唇から伝わる温もり。







「「・・・・・・・・・・・・」」







名残惜しいけどアタシはシンジからそっと唇を離した。



「い、い、言っとくけどこれはあくまで罰なんだからね！」


アイツは真っ赤なトマトみたいな顔でアタシを見つめている。

ちなみに後でシンジから白状させたらアタシもそれ以上に赤かったらしい。

そのときだけはアタシの透き通るような白い肌を憎んだ。

う〜、それにしてもやばいわね。

なぜって我が人生の最大のイベント“告白”という二文字であたまはいっぱいだからだ。

ん、ちょっと待ってよ？

普通、告白してからキスよね？

あ、でもシンジは告白してくれたからいいわよね。

でもアタシはまだこ、こ、告白してないし・・・もう、しっかりしろアタシ！

そんなわけの分からないことを考える中、不思議と頭の中の冷静なアタシが今の状況を冷静に判断していた。

青い海ならまだいい、でも地獄を象徴するかのような紅い海、そしてその向こうにはリリスの残骸・・・。




はぁ・・・ムードもなにもあったもんじゃないわねぇ。




仕方ないけど告白は次回に持ち越しね。

とても残念だけどさ。


ハン！アタシとアイツしかこの世にはいないんだし、焦る必要もないわ！

そう悔しがる自分に言い聞かせた。






ふとアイツと目が会うと見るとまだ赤くなった顔で呆けている。

そんなアイツを見ているとアタシは急にからかいたい衝動に駆られたがここはアイツの言葉に免じて許してやることにしよう。

告白でシンジの十八番“ごめん”を使わなかっただけでも上出来だ。

それに例え謝られても許すつもりはさらさらない。





「ほらっ！ボケボケってしとかないでさっさといくわよ！」

今僕はとても幸せです、そんなことを顔に書いているようなアイツに怒鳴りつける。

「とりあえず寝るとこ確保しなくっちゃどうにもなんないでしょ！いっとっけど、アタシは死んでも野宿はいやよ！！」

「え？あ、そ、そうだね」

アタシの声でやっとシンジはあっちの世界から戻ってきた。

「ほら！ぱっぱと歩く！」

アタシは戸惑うシンジを一喝し歩くスピードを上げた。

きっとシンジはあわててアタシの後ろ姿を追いかけるにちがいない。

そんなことを考えながらアタシはほくそ笑んでいた。






傍から見ればアタシ達の状況は最悪かもしれない。

でも、それでもアタシは生きていく。

太陽と月と地球、そしてアタシのシンジがある限り。

アタシはパッと振り返りアイツに言ってやった。










新しい声で、新しい意味をこめて。












「これからよろしくね！　馬鹿シンジ！！」













　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　










　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 
続劇

はじめまして、LAS好きと申します。実は今回で初投稿というバリバリの素人です。
しかも初めてなのに連載物だし。ああ、すいません、物を投げないでください（汗）
されど、このLAS好き、このようなすばらしいジュン様のサイトに投稿できたことは大変光栄であり、
このSSを投稿した以上かならず最後まで書きますので、みなさん暖かい目で見守ってください。
それではまた！

　ＬＡＳ好き様の当サイトへの初投稿。
　初めてですって。それでうちに投稿だ何て嬉しいわよねぇ。
　いきなり連載って気合入ってるわよねぇ。
　素晴らしい最終回を期待してるわよっ。
　まあ、ＨＮがＬＡＳが好きって人だから、
　期待は裏切りはしないわよね。
　ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、ＬＡＳ好き様。