Geburtstag


 

無名の人        2006.12.04

 

 
 


 




 アスカは窓から外を眺めながら、ため息をついた。

 「憂鬱……」

 「そんなこと言うもんじゃないと思うけど」

 紅茶を入れながらシンジは突っ込む。あの14歳の夏に、アスカに内罰的過ぎると
いわれた少年も、いまやそれなりに言うようになっていた。
 
 「シンジには分からないのよ。この気持ちが」

 「そんなことないさ」

 湯気を後ろにたなびかせながら、紅茶の乗ったお盆がアスカの前に来た。

 「僕も憂鬱な気持ちで迎えたことがあるよ。ただ、そんな気持ちはとうに卒業した
ってこと。今じゃ、子どもの時と同じ気持ちだよ」

 「アンタには過去でもアタシにとっては現在なのよ。現在進行形なの」

 紅茶を手に取ったものの、それを飲まずに紅茶の表面をアスカはじっと見つめる。

 「…あの頃のミサトの気持ち、リツコの気持ちがすっごくよく分かる」

 「でも、あの頃は……」

 言いかけてシンジは口をつぐみ、紅茶を一口含んで唇を湿らせた。

 「でも状況が違うんじゃないかな」

 「そんなこと関係ないわよ!」

 アスカは叫んだ。

 「アンタの言いたいことは分かるわ。確かに状況は違う。二人は独りだったけど、
アタシにはアンタがいる。でも、そのことはこの場合、何の助けにもならないの!」

 アスカは苛立たしげに視線をリビングボードに向けた。

「この春まではそんなことなかったのに」

文末は唇をかんだように潰れて聞こえた。アスカの手の中の紅茶茶碗がゆれだした。

 「時間は無情に過ぎてしまったの。その時は来てしまったの。そりゃ、昨日と何か
が変わるわけじゃない。鏡を見れば、そこには昨日と違わないアタシの顔が映るし、
アンタもいてくれる。そして、昨日と同じように朝食後の紅茶を出してくれる。でも、
昨日はもう帰ってこない。昨日のアタシは永久に帰ってこないの!」

 叫ぶアスカを温かいものが後ろから抱きとめた。

 「落ち着いて、アスカ……落ち着いて……」

しばらくの沈黙。風が窓をかすかに揺らす音が聞こえた。

 「……ごめん、シンジ」

 「落ち着いた?」

 「うん……大人気なかったわね」

 「……みんなと顔を合わせられる?」

 「大丈夫」

 「明るく話せる?」

 「なんとか」

 「笑顔を作れる?」

 「努力してみるわ」

 「なら大丈夫。アスカは頑張りやだから」

 シンジは掌をアスカの頭に置いた。

 「辛くても、みんなのためにちょっとだけ辛抱しようね。アスカの気持ちを僕は
分かっているし、終わったらいくらでも付き合ってあげるから」

 「シンジ………」

 たちまちアスカの顔が崩れ、涙腺が決壊した。

 「シンジ、シンジ〜」

 シンジの胸に顔をうずめるアスカ。それを受け止めるシンジ。

 「ごめんなさい。もう少し勇気をちょうだい。みんなが来たらちゃんとするから、
それまではこうさせて……」

 準備を先に済ませておいてよかったという主夫的意見はおくびにも出さず、
シンジはアスカの頭を優しくなでつけ続けた。



 玄関のドアを前にして、シンジとアスカは立っていた。もうアスカは泣いていない。

 「来るのね」

 「そうだよ」

 その時になったら笑顔を作るために、顔の筋肉にあらかじめ命令を出しておく。

 「シンジ、お願い、アタシの手、離さないで」

 その言葉の返事は、手に感じる握力。
 そして、ちょうどノックの音が。これは事前の打ち合わせどおり。

 「開いているよ」

 シンジの返事を合図に、ドアが一気に開いた。
 そこには、ミサト、リツコ、マヤ、ヒカリの笑顔と、レイの微笑、付き合わされた
マコト、シゲル、トウジ、ケンスケの顔が。

 「「「「おめでとう、アスカ!」」」」
 「おめでとう。アスカ」
 「「「「おめでとさ〜ん」」」」

 そして、ミサト、リツコ、マヤの肉食獣のような笑顔とことばが炸裂した。

 「「「ハッピーバースデー! 四十歳の誕生日、おめでとう!」」」
 「「「「「「はっぴばーすでー、つー、ゆー……」」」」」」

 その時、アスカは今までの人生で最高の努力をして笑顔を作った。

 「ありがとう、みんな。アタシ、こんな……」

 そこで言葉が区切られる。
 期待するミサト。分析するリツコ。予想するマヤ。少し気遣わしげになるヒカリ。
なぜ、区切ったのかと考えるレイ、そして、早くも後難を恐れる男ども。だが

 「すみません、宅配便です」

 (((((((((((空気読めよ!!)))))))))))

 向こうも仕事とは言え不意の闖入者に全員内心で怒りの突込みを入れ、さらには
その宅配の送り手にまで眉を苛立ちを覚えながら、一同はシンジが判を押して品物
を受け取るのを待った。

 「……ごめん、ミサト、仕切りなおして」

 「あ、いいわよ」

 そして、ミサトはドアを閉めた。もちろん他の面子も外に。

 「誰から?」

 「これ」

 シンジが差出人の名前を指で示した時、ノックの音がした。

 「どうぞ」

 もう一度ドアを一気に開き、ミサトたちの顔が飛び込んできた。

 「「「「おめでとう、アスカ!」」」」
 「おめでとう。アスカ」
 「「「「おめでとさ〜ん」」」」
 「「「ハッピーバースデー! 四十歳の誕生日、おめでとう!」」」
 「「「「「「はっぴばーすでー、つー、ゆー……」」」」」」

 そしてアスカは再び笑顔を作る。

 「ありがとう、みんな。アタシ、こんな……」

 そこで言葉が区切られる。
 期待するミサト。分析するリツコ。予想するマヤ。少し気遣わしげになるヒカリ。
なぜ、区切ったのかと考えるレイ、そして、早くも後難を恐れる男ども。そして

 「…こんなにうれしいことって初めて!」

 わっと歓声が起こり、アスカの誕生日パーティーが始まった。



 「大丈夫?」

 後片付けをしながらシンジは言った。

 「ん……平気」

 誕生日だから、と今日は片づけの手伝いをシンジに拒否され、余ったポンチを飲ん
でいるアスカ。目元がほんのり赤い。

 「最初から、最後まで笑顔だったでしょ? 無理したんじゃない?」

 シンジが問うと、アスカはちょっと笑った。

 「それだったら、今頃顔がこわばって大変よ。いつかの政府筋との懇談会みたいに」

 「ああ……あれで、今頃向こうも顔の筋肉ほぐしているところだろうなあって思っ
たら、急に親近感が湧いたんだっけ」

 「そうだったわね」

 「うん。そうだった…………じゃ、アスカ」

 「そ。アタシの笑顔は本心からだったの」

 「……あんなに嫌がってたじゃない?」

 なぜかちょっと面白くないシンジ。

 「ふふ。なぜかしらね」

 アスカはもう一杯ポンチをすする。

 「でも、なぜか、本当にうれしくなったのよ。ミサトやリツコたちみたいにアタシが
四十歳になってバンザーイな祝い方をであっても、アタシが生まれてきたことを祝福し
てくれる人がいるんだ。そういう気持ちがあっても、アタシが生まれてきたことを損得
抜きでよかったと思ってくれているのは本心だってことが」

 アスカはリビングボードの上の写真立てを見つめた。そこには、ブランデンブルク門
の前に立つ青年が移っていた。この春、一年飛び級で大学を卒業し、ネルフに就職して
ドイツ支部に派遣された二人の一粒種である。

「この子が十八の時の子なもんだから『若いお母さんですね』って言われ続けて、いつ
までも若いままのつもりでいたけど」

写真立ての前に彼から贈ってきた小さなブローチがあった。

 「この子がこんなに大きくなったんじゃ、私も歳をとるはずね」

アルコールのせいか、少しアスカの目は潤んでいるように、シンジには見えた。
(四十にして惑わず、か)

「なんだか、来年の誕生日まで楽しみになったわ」

 そう言って、アスカはもう一度「ふふ」と笑った。
 

(了) 




 こちらのサイトさまでは初めまして、ということになりましょう。無名の人と名乗っているものです。
ある方から新作を書けと勧められて、それでアスカの誕生日記念を書くことを急遽思い立ちました。
時間的には12月4日の24時台に脱稿。つまり、日付としてみるなら12月5日にずれこんじゃいました。すみません。
 急な申し込みなのに掲載を許可してくださった上に、もとのアイデアの欠点を指摘してくださいました
ジュン様に感謝の言葉を申し上げます。ご指摘がなければ、この作品は、ひどく不完全なものだったでしょう。
 また、新作を書けと叱咤してくださった畏友にも、この場を借りて謝意を表します。その言葉がなければ、
この作品はそもそも生まれませんでした。
最後になりましたが、つたない作品を読んでくださった読者の皆様に、心より御礼申し上げます。
そして、厚かましいかもしれませんが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

筆者

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 無名の人様のこのサイトへの初投稿よっ。
 アタシの誕生日にぎりぎり!
 
 って、アタシが40歳!
 ま、まああ、アタシだって年をとるわよ、化け物じゃないんだからさ。
 おおっと、その上大きな子供まで。
 うふふ、どうやら幸福な人生を送ってきたようね。
 そして、子供が巣立ってしまって一抹の寂しさを覚えて。
 シンジと二人の時間は嬉しいけれども、何か気が抜けたような。
 そんなアタシのことを思って、あの連中は…だよね。
 単純に馬鹿騒ぎがしたかったとかだったら怒るわよっ。
 ウフフ、わかってるって。

 誕生日記念の小説を本当にありがとうねっ。
 

 

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