ミサト記念日


 

匿名の人        2008.12.08

 


 
 
 あれ?というのが目を覚ましたミサトの最初の思考だった。
 「……いつ帰ったんだっけ」
 寝たまま小首を傾げると後頭部に枕の感触。部屋が暗いので見えないが布団を掛けられていることも分かった。
その下の体には酔っ払って服を着たまま寝た翌朝のあの拘束感がない。
 「……マコトくん?」
 「お目ざめ?」
 ちょっと棘のある声が聞こえてきた。部屋の明かりが点いた。
 ズキン!!
 電灯の光が目を射すと同時の頭痛。
 「っ〜〜〜〜〜っ!!」
 声にならない悲鳴。
 「はい。水」
 「あ、あんがと……」
 コップも見ないで手を差し出して受け取るミサト。手が伸びてくる位置にジャストでコップを差し出して待機して
いるマコトもマコト。ごきゅごきゅのどを鳴らして嚥下する。
 「ぷは〜〜」
 「落ち着いた?」
 「うん…………」
 「赤木博士にお礼言っとくんですね。ここまで連れて帰ってきてくれたんだから」
 「だんだん思い出してきたわ……」
 職場でちょっとしたクレームがあって、その対処でミーティングが開かれた。あまりおもしろくない成り行きにな
ったので、駅が同じになるヒカリと携帯で待ち合わせて合流。そのまま居酒屋をはしごしたところまでは覚えている
けれど……
 「あたし、いったいどれくらい飲んだの?」
 「さあ、足りない分は赤木博士が全部払ったって言ってたから」
 マコトは、ハンガーで吊ってあるコートのポケットから財布を取り出してミサトに渡した。
 「……軽いわね」
 「今月分のお小遣い、全部使い切ってますよ」
 それを聞き焦るミサト。
 「ちょ、ちょっと待ってマコトくん! 今日、まだ4日よ。付き合いってもんもあるんだしさ……」
 「聞こえません。家計を預かる身としては聞き入れられません」
 聞こえてんじゃないの……とブツブツ言うミサト。
 「それに今日はもう4日じゃありません。5日です」
 「あ、そっか日付変わってるのね……今何時?」
 マコトは無言で壁にかかっている時計を示す。長針と短針がLの字を描いていた。
 「午前? まさかとは思うけど午後?」
 布団の縁をつかんで少し身を乗り出すミサト。
 「夜中の3時」
 ミサトは脱力してベットに倒れこんだ。
 「そう……帰ってきたのはいつ?」
 「12時前」
 「ぎりぎり昨日か……夜遅くまで待たせて悪かったわね。もう一度寝かせて」
 「ちょっと待ってください」
 「何?」
 「昨日は早く帰ってきてって言ってたでしょ? 忘れたの?」
 そう言われて昨日の朝、マコトがそう言いながら送り出してくれたのを思い出した。
 「ああ、そう言えば……ごめん。何か用事があったの?」
 「あったよ。大事な用事が」
 「聞いてた?」
 「言ってないませんね」
 「それじゃ分かんないわよ」
 「でも普通忘れませんよ」
 「何よ、それ」
 マヤと青葉君の子どもに何を送るかはこの前決めたし、リツコと旦那に温泉旅行をプレゼントするのはとっくに手
配済みだし、副司令、じゃなかった冬月先生の新研究所の落成記念パーティーはまだ日取りが決まってないから今か
らどうこう言う話でもないし…
 「頭がまた痛くなってきたわ……」
 「思い出せるはずです」
 思い出す……結婚記念日じゃなかったわよね……碇司令の命日でもなし……マコトくんの誕生日でも……誕生日?
 「あ……」
 しばし絶句。
 「そう。はい、バースデーケーキ」
 ベッドのミサトからは見えない陰に隠してあった皿を取り出すマコト。上にはろうそくが数本立ててある。
 「実年齢そのままの本数にはしてませんよ。だけど、ちゃんとした時間に帰ってきてほしかったな。他にもごちそ
うを作ったのに」
 「……ごめん」
 「いいですよ。それにしても自分の誕生日を忘れるなんて。そんなに忙しかった?」
 「うん……今、本当に大変なんだ。職場もアタシ自身も……」
 「…………だったらこんな時こそさ……持ってて」
 マコトはミサトにケーキの皿を渡すと、壁の時計を下ろして針を戻した。
 「ミサトさんが帰ってきた時間に戻しますよ。あれは確か11時53分だったな」
 「ぎりぎりね」
 「これでよし」
 マコトは壁に時計を戻すと、ポケットからライターを取り出し、ケーキのろうそくに火をともした。
 「じゃ、明かりを消して……♪ハッピバースデートゥーユー、♪ハッピバースデートゥーユー、♪ハッピバースデ
ートゥーユー、ディア・ミサトさん〜〜〜、♪ハッピバースデートゥーユー」
 ふぅ〜〜〜っ、とミサトがろうそくを吹き消し、明かりがつく。マコトがパチパチパチと手をたたいてミサトを祝
福した。
 「おめでとう、ミサトさん」
 「歳まで言われたらがっくりくるところだったけどね」
 自分の歳を思い苦笑しながらも心底うれしそうに言うミサト。
 「ありがとう、マコトくん。ちょっと時間が経っちゃったけど食べていい?」
 「もちろん、今、この部屋だけはまだミサトさんの誕生日なんだから」
 すべて用意していたのだろう。陰からさらにミサトのために小皿とフォークを取り出し、自分はケーキの皿を受け
取ってさらに取り出したナイフで切りわけてミサトの小皿に乗せる。
 「さあ、召し上がれ」
 「ありがとう……どうしたの、これ? なんだかなつかしい、すごくいい味……」
 「葛城博士と奥さんの遺品にあったレシピ、ミサトさんのお母さんの味ですよ」


 翌朝7時にもう一度目を覚ましたミサトの体にはもう昨日の疲れは残っていなかった。シャワーを浴び終えると、
マコトが昨晩ミサトのために用意したごちそうをあたためなおして待ち構えていた。
 「ごめん。今晩やり直させて」
 「そう言うと思ったよ」
 栄養たっぷりのごちそうを朝からたっぷり食べて玄関に向かう。
 「行ってきま〜す!」
 「今晩こそは早く帰ってきてね!」
 ミサトを送り出した後、ごちそうを冷蔵庫にしまい、洗い物を済ませてから、マコトは居間のテーブルの上に昨晩
から広げっぱなしの日記帳に向かった。12月8日の日記はまだ書き終えられていない。マコトは万年筆を取り上げ
て最後の一行を記した。

 「この味がいいね」とあなたが言ったから師走8日はミサト記念日


P.S. 
 駅の売店の前を通りかかった時、ミサトは、家で新聞を読まなかったのに気づいた。
 「すみません、日経ください」
 と店員さんに渡す。店員さんがレジ打ちを始めてから、財布がすっからかんに近いことを思い出した。やばい!と
財布を取り出し中身を確認すると小銭入れは空っぽ。あわてて札入れの方に小銭が落ち込んでないか探ると、思いが
けず福沢さん5人とご対面。あっけに取られたミサトは万札と一緒にカードが入っているのに気づいた。
 「お誕生日おめでとう。プレゼントはへそくりからおすそわけ。無駄遣いしないように  マコト」
 やり繰りも楽じゃないのにこんなに出させて悪いわね、とすまない気持ちながらも感謝すると同時に、はたして売
店にお釣りがあるか悩んでしまうミサトだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 はいはい、匿名の人ってまるわかりだっていうのっ。管理人も隠す気まるっきりないしさ。下の感想メールだっ
てどこに届くかすぐにわかるじゃないっての。
しかも、アンタ、投稿規程読んでる?新規投稿は不許可よ、いい?ふ、きょ、か!まあ、それはどうでもいいわ。
それより肝心のこと。はぁ?アスカ記念日のパクリ?流用?はんっ、そんなのどうだっていいわよ。オリジナルを
凌駕できないんですからね、結局。それよりも問題なのはっ!LASはどこにあるっていうのよ、えっ?投稿規定
を百万回読み直してもらえる?アスカもシンジもどこにもいないじゃない!あっ、まさか赤木博士の旦那っていう
のがシンジってことじゃないでしょうねっ。ちっ、あの泥棒猫。まっ、明記されてないからセーフってことか。
 仕方がない。こうなりゃ、アタシが何とかするっきゃないわねっ。ぐふふ…。


 アタシは目の前の男の人にプリントアウトしたものを読ませた。
 その人は仕方なしに目を通す。
 明らかにこんなものは読みたくないという感じだった。
 まあ、その気持ちはわかる。
 アタシだってこれを他人に読ませたくなどないものね。
 読み終わった男の人は微かに溜息を吐き、眼鏡を指で押し上げた。

「アスカ記念日、ね。何と言ったらいいか…」

「まったくシンジも馬鹿よね。学校用の端末にこんなもの書いてさ」

 アタシは彼に発見のいきさつを話した。
 現代国語の時間にサラダ記念日とか何とかわけのわからないものを学んでる時、何か一生懸命にキーを叩いているものだからピンときたのだ。
 だからアイツの目を盗んで中身を確かめてみたのだ。

「えっ、だってパスワードが…」

「はんっ、アイツの考えるパスワードなんてチョチョイのチョイよ」

 真っ先に“asuka”と打ってみればあっさりログインできたのは秘密だ。
 そしてその結果で有頂天になり喜びのダンスを舞い踊ったことも自分だけの秘密である。
 目の前の男には教えてやるものか。
 
「まあ、そういうことでアタシはそれを発見したわけ。
それが12月4日の前の日。で、アタシはシンジを呼び出して言ってやったのよ」

「えっと…、ありがとうって?」

「はんっ、まさか!叱りつけてやったのよ!
アンタ、働きもせずに家を守るっていうの?アタシに家事ができないと思っているわけね!ってね」

「はぁ…」

 青年は呆れた顔でとりあえず頷いた。
 まっ、それはそうでしょうね。
 どうしてこんな惚気話を聞かないといけないのか理解に苦しむのは当然よ。
 しかもわざわざ呼び出されてなんだから。

「そして、アタシは12月3日の夜に豪華な晩御飯をつくってあげたのよ。あ、シンジにだけね。ミサトにはあげてない」

 その発言を聞いて、青年はむっとした表情を浮かべた。
 はは、単純。
 
「日向さんはどう思う?」

「葛城さんにも食べさせてあげた方がいいと…」

「そうじゃなくて。ほら、女に食べさせてもらってる夫ってどう?」

「そ、それは…」

 アタシはにやりと笑った。
 そしてとっておきのものを日向さんに突き出した。
 それは別のプリントアウトしたもの。
 あの馬鹿女、端末にパスワード設定してないってどういうことよ、まったく。
 アタシが読ませてやったものをまるまま使って書くなんて能のない。
 コピペして自分に合わせて名前だけ変えてさ。
 で、シンジと一緒でそれを渡すこともできないってわけよ。
 あの翌日に端末見て溜息ばかり吐いてるから何だろと思って、ミサトがトイレに行った隙に覗いてみればこれがあったのよ。
 呼んで呆れたけど、このアタシが一肌脱いであげようかって気になったってこと。

 日向さんはむさぼるように読んだ。
 そして読み終わると複雑そうな表情を浮かべた。
 ま、わかるわかる。
 アタシの悪戯かもしれないと思ったのよね。
 そんなこともあろうかと、アタシはミサトの端末を持ち出した。
 で、マイドキュメントにある「ミサト記念日」をクリックして開いて見せたの。
 まあ、アタシも迂闊だったわ。
 シンジの端末のパスワードを変更しなかったからね。
 おかげでミサトのヤツにファイルを盗まれたって事。
 セキュリティの重要性がよくわかったわよ、ホント。

「じゃ証拠を見せてあげる。オリジナルはシンジが書いたものって証拠ね。
ほら、途中のところ。ここよ!」

 「ちょ、ちょっと待ってマコトくん! 今日、まだ4日よ。付き合いってもんもあるんだしさ……」
 「聞こえません。家計を預かる身としては聞き入れられません」
 聞こえてんじゃないの……とブツブツ言うミサト。
 「それに今日はもう4日じゃありません。5日です」
 
「ね?シンジのをベースにしたからここを訂正し忘れたの。あせったのね、きっと」

 日向さんはああなるほどと小さく頷いた。

「で、どう思う?日向さんとしては?」

「葛城さんが書いたことを?」

「ううん。ミサトに働かせて自分が家事してるって部分」

「そ、それは…」

「それは?」

 言っちゃえ!今よ!

「ぼ、僕の給料で養っていきたいと思います!いや、共働きでもいいけど、あ、いや、結婚できるなら、家事でも…。
いやいや!それじゃ男として駄目だ。つまり、こういうことは…」

「はいはい。こういうことは二人でよく話し合ってよね」

 アタシはパンパンと手を叩いた。
 すると奥の部屋の扉がすっと開いた。
 そこに転がっているのはパジャマ姿のミサト。
 がんじがらめにロープで縛られて猿轡もしてる。
 泥酔してたから簡単だったわよ。シンジにも手伝わしたしさ。随分嫌がってたけど、アタシの命令に逆らえるもんですかって。

「な、何て事を!葛城さん!大丈夫ですか!」

 慌てて駆け寄る日向さん。
 アタシはシンジを呼び寄せ、予定通りに出かけようとした。
 だってミサトが怒り狂って何されるかわからないじゃない?
 それにこういう時はお邪魔虫ってわけよ、アタシたちは。
 これからアタシとシンジはヒカリの所にお泊り。
 最初シンジは嫌がってたけど、鈴原も呼んだからそれならって。
 荷物を持ったシンジを先に玄関に押し出して、アタシはロープを解くのに夢中な日向さんに声をかけた。

「じゃ、あとはよろしく!しっかり介抱してあげてよ。ケーキとか料理は台所にあるから。30本のローソクもね。あっ、結婚式には当然呼んでよね」

 その時ミサトの猿轡が外されて、それはもう文字にできないほどの罵詈雑言が飛んできた。
 あのね、恋しい男の前でそれは拙いでしょうが。
 アタシも人のことは言えないけどさ。
 で、アタシは怒り狂う彼女に言ってやった。

「誕生日オメデト。その男の人、アタシとシンジからのプレゼント。死ぬまで可愛がってあげてよね」

 「この男がいいね」とアンタが書いたから師走8日はミサト記念日



 お粗末様 by ジュン (作者様の認可を受けた上での+αでございます)


 作者の匿名の人様に感想メールをどうぞ  メールはこちら

SSメニューへ