前作の設定を引きずっております。前作からお読み頂ければ幸いです。
 タヌキ
 

 

LASから始まる
 
新たな戦い
 

 


 

タヌキ        2004.07.02

 

 










 ネルフ医療施設中央病棟特別区画、30で始まる病室ナンバーはVIP専用である。
IDの認証なしに到達できない九つの病室に現在入院しているのは、ただ一人。
 朱金の髪をなびかせ、輝く紺碧の瞳を持ち、13歳でドイツ連邦の最高学府ベルリン中
央大学理学部を卒業、さらに国連陸軍の士官課程をトップで通過した才媛、日独米の血を
引く天下の美少女、惣流・アスカ・ラングレーである。
 彼女はエヴァンゲリオン弐号機専属パイロットとして、使徒迎撃だけでなく戦略自衛隊
との戦いで驚嘆すべきスコアを残した。

 「紅い稲妻」、彼女に捧げられた異名を聞いただけで、何人もの戦自の猛者が震え上が
り、国連軍海上部隊の隊員は救命胴衣を握りしめるという。

 現在、最後の戦いで傷ついた彼女は、新たな戦いに備えて、303号室で折れた牙を、
割れた爪を研いでいる。

  …………はず。


「ああぁーん」


 ツバメの子のように大きな口を開けてねだるところへちょうど良い大きさにちぎられた
餌がそっと入れられる。


「はい。トーストにジャムだよ」

「うん、おいひい」


 食べながらの声はくぐもっていながらも甘い。


「よかった」


 喜ぶ親鳥に向かって再び口が開けられる。


「ああぁーん」

「じゃ、今度はサラダね」


 今度のチョイスはひな鳥のお気に召さなかったようだ。


「やだ、ピーマン嫌い。パンが良い」

「好き嫌いはだめだよ。体を治さなきゃいけないんだから」


 親鳥がたしなめたが、ひな鳥は口を強く閉じて不満を表す。


「ぶうっー」

「お願いだよ。アスカ。僕のためだと思って食べてよ」


 親鳥が不機嫌なひな鳥をあやし、ひな鳥の表情がちょっと弛む。


「シンジ、アタシが早く治ったらうれしい? 」

「もちろんだよ。どんなことよりもうれしいよ」

「じゃ、アタシ、シンジのために我慢する」


 やっとひな鳥の口が開かれた。


「ありがと、アスカ」


 ベッドの上で朝食を食べさせてもらっているひな鳥が、「紅い稲妻」。
 そして食べさせている親鳥が、「紫の悪魔」。

 「紫の悪魔」、人としての名前を碇シンジという。
 一年前まではどこの中学校にも一人はいる根暗で内罰的、成績普通、スポーツそこそこ、
人付き合いが下手な目立たない少年だった。
 たった二文字の手紙に呼び寄せられた彼は、史上最強の兵器エヴァンゲリオン初号機の
専属パイロットとして使徒殲滅に従事、10を越える使徒を倒した。
 仕組まれたこととはいえ、サードインパクトのよりしろとして神に近い力を持った。
今でも人類の命運を握り、日夜、人としての種が道を誤らないように導いている。

 …………はず。


「ピ−マンが苦いよぉ。シンジ、お口直し」

「わかったよ。アスカの口の中の苦み、全部僕が取ってあげる」


 静かな病室に粘着質な音が3分以上続く。
 「紅い稲妻」の顔がその異名どおりに赤く染まっていく。強敵を目の前にしても変わる
ことのない鼓動が早鐘のように踊りだす。
 細い銀の架け橋をつないで二人の唇が離れ、じっと見つめ合う目と目が潤む。


「大好きだよ、アスカ」

「アタシの方がもっと好き」


 再び、顔が近づいていく。

 二人に倒された使徒がこれを見たら、滅びるはおまえたちだ、と呪いの言葉を吐くだろう。
 特に最後の使徒、シンジとアスカの同僚でもあった綾波レイことリリス、17使徒渚カ
ヲルことダブリスに至っては、血の涙を流すに違いない。リリスもダブリスもシンジへの
愛をあきらめ、命を代償にこの世界を維持したのだ。ここまでバカップルになると知って
いたら、リリスもダブリスも、シンジを決してアスカに譲らなかったに違いない。
 
 彼らの恨みか、二人に新たな試練が課せられようとしていた。




「いい加減にしなさいっ」


 食事が終わるのを応接セットに腰掛けて待っていたネルフ作戦部長兼副司令葛城ミサト
の堪忍袋の緒が切れた。


「たかが、パン二枚とサラダ、牛乳の朝食に何時間かかっているのよ」


 ミサトのとがめ立てにアスカが冷静に時計を見る。


「48分46秒よ、まだ」

「正確な時間を知りたいって言っているんじゃないの。さっさとしないとシンジくんが
学校に遅れるでしょ」

「大丈夫ですよ、ミサトさん。ここから学校まで20分かかりません。あと24分は
アスカの側に居られます」


 シンジの言葉にミサトが大きなため息を吐く。


「こんなこと今までのシンちゃんなら言わなくても大丈夫だったわよ。はあ、リツコの
言うとおりだったわ。迎えに来てよかったわ。あのね、シンちゃん、あなたは長期欠席学
生なのよ、まず職員室に顔をだして注意事項や連絡を受けなきゃいけないでしょ」

「はあ」


 なぜそんなことをと言わんばかりにシンジがやる気のない声を出す。


「気のない返事をするんじゃないの。わかったらさっさとする」


 ミサトがシンジの腕を抱えこんで引っ張る。左肘に強烈なふくらみを押しつけられた
シンジが、思わず赤面した。それを見逃すアスカではない。


「ああああ、アタシ以外の女に欲情した。このエッチ、変態、痴漢、女の敵、裏切り者」


 アスカの怒りを込めて投げつけられた牛乳パックが、見事にシンジの後頭部にヒットす
る。


「い、痛っ。ゴ、ゴメン、いきなりだったから。怒らないで。僕がアスカ以外に興味ない
のはわかっているだろ」


 あわてて組んだ腕を振りほどき、頭をさすりながら謝るシンジにも、青い瞳の憤慨はおさまらない。


「どうかしらねえ、ミサトごときでかいだけの垂れ乳に惑わされて、情けないったらあり
ゃしない」

「なんですってえ、アスカ。あたしの胸のどこが垂れているって言うのよ」


 売られた喧嘩をミサトが買わないはずもない。


「ふん、ブラなしじゃウエストまで下がってくるくせに」


 アスカが、公称Eカップ、ミサトの豊満な胸に凶悪な視線を向けた。


「10代の頃からトップは5ミリも下がってないわよ。あんたこそ、Aカップでも余るん
じゃないの? 」


 勝つためなら手段を選ばないミサトが、アスカの患者衣にあざけりの目を送る。


「こ、これは入院のせいよ。ふん、三ヶ月もしたら元に戻るし、将来はミサトなんか目じ
ゃないぐらいになってやるんだからね」


 やるか小娘、うるさい嫁き遅れ、ののしりの言葉が病院中に響く。


「ミサトさん、行きましょう」


 口げんかを始めた二人を引き離すため、シンジがミサトを病室の外へと押し出した。


「馬鹿シンジ、わかってるだろうけど、寄り道なんかするんじゃないわよ。帰着予定時間
から5分以上遅れたら浮気とみなすからね」


 アスカの気分はまだ落ち着いてはいない。シンジに無茶なことを言う。


「5分でどうやって浮気するんだよう」


 情けない声をあげるシンジを射抜くように瞳をこらし、アスカが続ける。


「キスならできるわよ。いいわね、他の女に触れることはもちろん、しゃべることも禁止。
見ることも厳禁。約束破ったらコロス」


 指さしながら宣言するアスカにシンジが捨てられた子犬のような目で無理言わないで
よと訴えるが、そんなもの戦闘状態に入った紅い稲妻が気にするわけもない。


「勘弁してよ」


 シンジの許しを請う言葉は、病室の扉が閉まる音にかき消されて届かなかった。




 第三東京市立第一中学校は、ネルフ病院から車で10分ほどである。もっとも普通なら
という条件付きだ。ミサトの運転なら5分でつく。


「ありがとうございます。ミサトさん」


 シンジはミサトの車から何事もなかったかのように出た。エヴァで走ることを思えば、
ミサトの運転など路線バス並にしか感じない。シンジは14歳にして不感症、もとい、
物事に動じなくなっていた。


「帰りは、保安部の人間が迎えに来るわ。わかっていると思うけど顔見知りをよこすから、
妙な車に乗ったらだめよ」

「はい。じゃ行ってきます」




 担任から両手に余るほどのプリントとノート3ページ分の連絡事項をもらったシンジが
職員室を出たところで人とぶつかった。


「痛いわね」

「あっ、ゴメン。プリントに気を取られていて……」


 いつものように頭を下げて謝ったシンジに思いもかけない科白が返ってきた。


「はん、どこに目をつけているのよ」


 妙に聞き慣れた言葉使いに顔を上げたシンジの前に、金髪碧眼の美少女が腰に手を
当てて立っていた。


「えっと、君は、だれ? 」


 第一中学校の制服を身につけているが見たことのない美少女にシンジの目が大きく開
く。


「人に名前を聞くときは自分から名乗るものだってママに教わらなかった? 」


 シンジの質問に金髪碧眼の美少女は、顔をしかめたまま問い返した。


「ゴ、ゴメン。僕は碇シンジ」

「マリア・マクリアータよ。転校してきたの。ふうん、何年生? 」

「二年だけど」


 どうやらシンジは金髪碧眼に逆らえないトラウマを抱えているらしい、素直に応える。


「じゃ、同じね。ひょっとしたら同じクラスになるかもしれないわね。その時は、よろし
く」


 マリアから差しだされた右手を見てシンジはとまどうしかない。


「ゴメン、両手がふさがっているから。じゃ、僕は教室に行かなきゃ」


 シンジが去っていく背中を見つめながらマリアがつぶやいた。


「あんな冴えないのをアタシの虜にするだけか。ふん、三ヶ月も要らないわ」

「あのう、油断大敵という言葉もあるんですけど? アメリカさん」


 マリアの背後から少し小柄な女が声をかけた。中国から派遣された呂貞春だ。


「ふん、あなたこそ気をつけないとね。その子供みたいな身体でやりたい盛りの日本人中
学生を手に入れるのは、無理があるんじゃなくて? 中国」


 マリアが振り向きもせずにあざ笑う。


「あら、身体で勝負なら、お二人とも今すぐに帰った方がよろしいのではなくて? 
わたくしには勝てませんでしょ、たかがCカップ、Aカップでこのロシアの誇る
85センチFカップ砲にかなうわけございませんわ」


 大きく揺れる双丘を見せつけてもう一人参戦してきた。イリーナ・ガルバチョフだ。


「で、でかけりゃ良いってもんじゃないわ、大きさより性能よ。ロシア」

「う、独活の大木という言葉も……、ロシアさん」


 余りの迫力に二人がたじろぐのを見て、イリーナが勝ち誇る。


「お黙りなさい。幼くして母を失った男は、恋人に母性を求めるのです。豊かな胸こそ
母性のあらわれ。碇シンジが、ロシアの国民となるのはすでに決まったことなのですわ」


 職員室の前で三国の争いが展開されているところへ、やってきたのが最後の一人。
フランス出身のフランソワーズ・立花・ウオルターである。


「ごめんなさい、通してください、ワタシ職員室に用があるんです」

「…………」「…………」


 ふりむいたロシアと中国は、ライバルであるフランソワーズ敵意を見せてはいるが、
それ以上の感情は出していない。


「来たわね、フランス女。いえ、人造人間」


 フランソワーズに、マリアが殺意のある視線を向けた。


「そんな……あなただって……」


 言い返そうとしながらも言い切れず、フランソワーズが涙ぐんだ。


「どういうことかしら、ご説明いただけます? 」

「あのう、わたしも聞きたいです」


 感情をぶつけ合っている二人に、事情のわからないイリーナが、貞春が口を挟む。

 ネルフという国連麾下の組織があった頃から、各支部はおのが手柄をゼーレに誇示すべ
く秘密主義に徹していた。おかげでチルドレンたちの情報は、その支部の中でとどめられ、
レイのことはもちろん、シンジのことも世界的にはほとんど知られていない。
 唯一の例外がアスカであるが、それでも所属していたドイツ支部、国籍のあったアメリ
カ支部にデーターが残っているだけ。ゼーレに忠実でエヴァ量産機の生産に多大な貢献を
したドイツ支部は、最後の戦いの後、世論の突き上げで解体、EU支部にと吸収され、
アスカの情報は、EUにわたったが、海外へ流出していない。


「教える義理はないわね」


 マリアはイリーナ、貞春の追求を鼻であしらって職員室へと入っていった。


「久しぶりだな、シンジ」


 懐かしの教室へ入ったシンジを出むかえてくれたのは親友の相田ケンスケである。
手にしていた小型のデジカメを素早くかまえると数回フラッシュをたく。


「元気そうだね、ケンスケ」


 シンジは、ひとまず自分の机に荷物を降ろすとケンスケの席へと近づいた。


「4ヶ月ぶりか、いや、疎開があったからもっとになるかな」

「そうだね。ケンスケと最後にあったのは、カヲルくんが……」


 声を途絶えさせたシンジの顔を見たケンスケが肩を強く叩く。


「済んだことはもう良いだろ。シンジがどんな思いをしてきたかは、俺にはわからないけ
ど思いだす必要はないよ」

「ゴ、ゴメン」

「変わってないな。それでいいんだよ。俺たちはまだ14歳なんだ。人生の5分の1も生
きてやしない。これからゆっくり大人になっていけばいいさ。ところで、惣流は? 」


 ケンスケの問いにシンジが応える。その顔に笑顔が戻った。


「まだ病院にいるよ。退屈で文句ばかり言っている」

「どうせ、シンジを下僕扱いしているんだろう。シンジも一度がつんとかましてやれよ」


 ケンスケが、腹にパンチを繰りだすまねをする。優しくシンジがほほえんだ。


「そんなことないよ。アスカは昔から優しい子だから」

「はあ、惚れた欲目であばたもえくぼというやつだな。処置なしだ」


 二人が顔を見合わせて笑う。


「なあ、綾波のことを訊いて良いか? 」


 ケンスケに訊かれてシンジがびくっと肩を揺らす。


「辛い話なら……」


 気をつかったケンスケの声を最後まで聞かず、シンジが口を開く。


「……綾波は、綾波は……僕を、みんなを守って死んだんだ」


 血を吐くようにシンジが応える。その手は爪が食いこむほど強く握りしめられていた。


「すまん」


 シンジの手のひらから一筋の血が流れたのを目にしたケンスケが謝った。


「いいよ。綾波もケンスケやトウジ、洞木さんたち友達には知って欲しかっただろうから」


 ケンスケの詫びにシンジが小さく首を振った。


「綾波のこと覚えておいてほしい」

「ああ。死ぬまで忘れはしないさ」


 少しの沈黙がシンジとケンスケを包みこむ。


「知っている? トウジがどうしているか」


 先に口を開いたのはシンジだった。


「トウジは、リハビリを終えるまで帰ってこないだろうなあ。たぶん、高校入学までかか
るんじゃないか。おっと、また自分のせいだと言うつもりじゃないだろうな。トウジから
シンジがそう言ったら殴れって命令されているんだ」


 ケンスケが拳をつくって見せる。それを目にしたシンジが涙を流す。友人の気遣いが
うれしかったのだろう。


「ありがとう、ケンスケ、ありがとう、トウジ」

「な、なに言っているんだ。友達じゃないか。さあ、そろそろ席に着かなきゃな。これは
まだ極秘情報だが、転校生がくるらしいぜ。それもとびきりの美少女が、なんと4名も」


 ケンスケのめがねが星のように輝き、カメラのレンズが光る。


「このクラスになるとは決まって無いじゃないか」


 シンジがあきれた顔を見せた。


「A組はもともとネルフ関係の子供が多いクラスだからこれだけいるんだ。それでも定員
には足りない。他のクラスは無いんだぜ。みんなまだ帰ってきてないからな」


 ケンスケがそう言ったとき、教室の扉が開き、担任が入ってくる。シンジはあわてて席
に着いた。


「えっと、今日は転校生を紹介します。入ってきなさい」


 明らかに日本人とは違う美少女が連なって入ってきた。教壇の上に4人並ぶと圧巻で
ある。
 不機嫌そうなマリアにシンジが首をかしげた。そんなシンジにマリアが気づき、厳しい
視線を送ってくる。アスカに睨まれたような気がしたのだろう、シンジが気弱なほほえみ
を浮かべた。マリアの目が一瞬そらされる。


「こりゃあ、売れる、売れるぞ。あの金髪にロリータ、巨乳、一儲けできそうだ」


 ファインダーを覗いて興奮していたケンスケの狂喜の声が止まり、驚愕に変わる。


「惣流、惣流じゃないのか」


 入ってきた順に撮影していたケンスケが4人目を映そうとしてカメラを落とす。


「シンジ、惣流は元気じゃないか」


 ケンスケがホームルーム中ということを忘れてシンジの席に駆けよった。クラス中も大
きくざわめいている。あちこちで惣流、惣流という声がする。


「へっ、どこにアスカが……」


 一人シンジだけが、とまどっていた。


「あれ、4人目、惣流だろ。俺を驚かそうとしてさっきあんな事を言ったんだな」

「4人目……、ああ、あの子。アスカじゃないよ。そう言えば似ているね」


 シンジもフランソワーズにちょっと目を見張る。自分に視線が集まったのを感じてか、
フランソワーズの顔が赤くなる。


「か、かわいい」


 アスカの美貌に女の子らしさを加味したのだ。その破壊力は強力である。教室のあちこ
ちからうっとりするような声が湧いた。


「相田、休み時間じゃないんだ。さっさと席に戻れ」


 新しく担任になった体育教師がケンスケを叱る。


「す、すいません」


 ケンスケが席に戻ったのを確認して担任が、あらためて四人に命じた。


「自己紹介をしてもらおうか、マクリアータさんから順にな」


 腰に手を当て、背筋をのばしたマリアが口を開く。


「父の転勤でアメリカから来ました。マリア・マクリアータです。趣味は音楽」

「あ、あの、中国出身の、呂貞春です。叔父の家に世話になってます。新強羅駅前商店街
の北京亭が、叔父の店です。よろしくお願いします」


 呂貞春が、心持ちうつむき加減に言った。


「ロシアから日本のことを学びたくやって参りました。イリーナ・ガルバチョフと申しま
す。どうぞよしなに」


 イリーナはどこか時代のずれた言葉使いである。大きく胸を張って存在を誇示する。
先ほどのフランソワーズの時とは違った感嘆の声が起こる。


「フランソワーズ・立花・ウオルターです。フランスから父の都合で転校して来ました。
祖父が日本人なのですが、ワタシは日本に来るのが初めてです。仲良くしてください」


 フランソワーズが顔をあげて一生懸命にしゃべり、丁寧に頭を下げた。


「さて、皆もいろいろ訊きたいだろうが、四人一度は無理だな。知りたいことが有れば、
休み時間にでも個人で話をしなさい。では、空いているところならどこでもいい、
席に着きなさい」


 担任にうながされて四人は一斉に一カ所を目指して動き始める。シンジの一列左、
一つ後ろ、そう、いつでもシンジを視界に入れておける斜め後ろの席を。


「アタシここにするわ」


 いち早く鞄をおいたのはマリアだったが、たちまちイリーナに弾かれる。


「いえ、ここに座るのはわたくしなのです」


 イリーナが椅子に腰をおろした。途端にマリアの顔が怒りで朱に染まる。


「なにするのよ、このホルスタイン」

「ふふん、容姿に自慢できるもののない女のひがみはみっともないですわよ」


 二人の争いに加わる勇気がなかったのか、呂貞春は、シンジの一列右隣、ケンスケの前
の席を選び、フランソワーズは、シンジの左斜め前の席に腰を下ろした。

 廻りのことをかまわず椅子の奪い合いをしている二人にケンスケが声をかける。


「悪いな、指定席なんだよ、そこ。座って良いやつは決まっているんだ。他にしてくれ
ないか」

「なによ、アンタ」


 マリアがきっと睨みつけ、イリーナが声を尖らせる。


「邪魔されるおつもり? 」


 二人の気迫にケンスケも一瞬たじろいだようだったが、踏ん張る。


「そこの席の奴はさ、いま入院して居るんだ。でもな、俺たちの大切な仲間なんだよ。わ
かってくれよ」


 ケンスケが頼むのを見てシンジが小さく口の中で礼を言った。


「ありがとう、ケンスケ」


 ケンスケが守っている席はアスカがずっと座っていたところだ。お互いに淡い好意を抱
きながらも戦いのストレスの中それに気づかず傷つけあっていたころ、何度かあった席替
えでもアスカが決して譲ろうとしなかった位置。
 
 それだけでアスカの気持ちが明白にわかった特別な席。


「わかりましたわ」

「ふん、誰が座るもんですか、こんなところ」


 シンジのつぶやきが聞こえたのか、争いをやめた二人は、他の席を探すが、すでにシン
ジの近くは空いていない。
 苦虫をかみつぶしたような顔をして二人は大きくシンジから離れた席へと移った。

 そして授業が始まった。



 シンジが久しぶりの授業についていけずとまどっている頃、アスカの病室をリツコが尋
ねてきた。


「アスカ、起きてる? 」

「起きてるわよ」


 半日もシンジと離れていなければならないのだ。アスカの機嫌は悪い。


「忙しいリツコが来るくらいだから、重要な用でしょ、さっさと言いなさいよ」

「ええ。ちょっとこれを見てくれる」


 リツコが手にしていたノートパソコンの画面をアスカに向ける。


「これは、シンジのクラスじゃない。監視カメラをつけてあるんだ。ふふ、これ良いわ。
シンジをずっと見てられる。リツコ、これ頂戴」


 アスカがモニターから目を離さずにねだった。


「いいわよ、そのつもりできたんだから」


 リツコがうなずく。


「やった。ふうん、今は授業中ね、あっ、ケンスケだ。相変わらずカメラで女生徒の写真
を撮っている。ほんとにカメラ馬鹿なんだから」


 アスカの声に柔らかいものが含まれていく。


「アタシの席、空けてくれているんだ。でも、ヒカリはまだ帰ってきてないのね」

「洞木さん? 彼女は来週から出てくるわよ」


 第三東京市の全てはMAGIの管理下のある。リツコが知らないことなどない。


「そう、また、みんなに会えるのね……って、ちょっとこの女は何なのよ、こんな奴、居
なかったわよ」


 休み時間に入った途端にシンジのところへやってきたマリアにアスカが眉をつり上げ
る。


「なに、ほかにも居るの? あのミサト並みの牛女もシンジの机に乳のっけて、
……シンジもじっとみちゃって、ああもう、スケベシンジ。帰ってきたら只じゃ済まさな
いわ。それにシンジの右にくっついている発育不全な奴は誰? 見たこと無いわよ。潤ん
だ目シンジに向けるんじゃないわよ。えっ、どうなってのよ、シンジの斜め前のあれ、
アタシじゃない、なんでアタシがあそこにいるの? 」


 アスカの驚愕、怒りは、フランソワーズを認めた途端、混乱に変わった。


「全員、転校生よ。アメリカ、ロシア、中国、EUからのね」


 リツコが冷静な声で応える。 


「あのアタシそっくりな奴は何者よ? 」

「フランス国籍の日仏米のクォーター、フランソワーズ・立花・ウオルター。父親の転勤
で日本へ来たことになっているわ」


 リツコの答えに含まれているものをアスカが敏感に感じ取る。


「…………」


 黙りこんだアスカにリツコが尋ねた。


「アスカ、あなたに双子の姉妹とか、よく似た従姉妹とかいないわよね」

「いないわよ」


 アスカは一人っ子だし、アスカの母惣流キョウコも一人娘だった。従姉妹という存在は
ない。


「じゃ、あなたの偽物ね。おそらくシンジくんを手に入れるための手段」

「色仕掛けというわけ? 」

「直接本人から聞いた訳じゃないから、確定はできないけど、たぶん、そうね。
フランスほど思い切ったことはしてこないけど、アメリカのマリアは、あなたそっくりな
性格。ロシアのイリーナは見てのとおり母性に弱いシンジくんのど真ん中、
中国の貞春は、中華料理屋の姪とシンジくんの趣味に合わせてきているわ」

「あっさり言うんじゃないわよ。わかっているなら、なんであんなやつらを受け入れたの
よ」


 アスカが怒りを声にのせてリツコを責めた。


「第一中学校は公立なのよ、転入の申請が有れば断れないわ」


 いくらアスカが怒ろうが、リツコの言うことが正論である。
 
 モニターには、シンジに話しかけるマリアとイリーナが大写しになっている。


「ちっ、アタシがここから動けないのを良いことにして好き放題やってくれるじゃないの」


 アスカが不敵な笑みを浮かべる。


「でも、無駄。シンジはアタシにべた惚れだから。アタシ以外の女に見向きもしないわよ」

「どうかしら? 」


 勝ち誇っているアスカに向かって、リツコが無表情に言った。


「アスカ、あなた自分でも感じているはずよ。発達したA10神経の副作用、男とは根
本的に発生機序が違う女でさえ、抑えきれないほどの性欲を。それがやりたいさかりの思
春期の男子であるシンジくんならどれほどのものか、わかっているでしょ。アスカが自我
崩壊したとき、病院でシンジくんがやったことを覚えている? あの時、シンジくんが、
自慰だけでおさめたのは驚異的なことなのよ。あのままアスカを犯しても当然だった」

「あったりまえじゃない。あのシンジにそんな度胸なんてないわ」


 アスカの心理の根底に残るシンジへの感情が顔をだした。リツコの眉が少し上がるが、
興奮しているアスカは気づいていない。


「今でもそう言える? いえ、今でもあなたはシンジくんに異性として見てもらって
いる? 」


 そんなアスカにかまわずリツコは話を続けていく。


「ど、どういう意味よ? 」


 リツコの問いかけにアスカが戸惑いをみせる。


「あなた、動けないのを良いことにシンジくんに下の世話から身体の清拭までさせている
わね。そしてシンジくんが、この4ヶ月以内に自慰を行った形跡はない」

「どうしてそれを……」

「この部屋も24時間監視体制にあるのよ。いいこと。シンジくんぐらいの年齢の男の子
が病気療養中とはいえ、自分の好きな女の子の胸やあそこを見て興奮しないわけない。な
のになにもしないというのは、あなたを異性じゃなく家族として見ているからじゃないか
しら? 」 


 とんでもないことを言いつつもリツコの口調は科学者のままである。


「つ、妻だって家族じゃない」


 アスカが必死の抵抗を見せるが、リツコがそれを鼻先で笑う。


「世の男が浮気するのは、妊娠時に多いのよ。ようするに妻が性生活の相手はできないと
きということ。いまのアスカと同じね」

「アタシはいつでもOKなんだけど、シンジが求めてこないだけ」

「馬鹿いわないで。今のあなたが耐えれるわけないでしょう。下手すれば命に関わるわ」


 リツコが珍しく感情のこもった声をだす。


「じゃ、どうすれないいのよ? まさか、アタシにあんなことやこんなことを……」

「中学生のあなたが、どうしてそんなことまで知っているの? 」


 アスカが言い切れなかったことを察したリツコが目をむいた。


「シ、シンジの部屋で見つけたDVDに……」


 うつむいて顔を染めるアスカにリツコが盛大にため息をつく。


「マセガキ。まあいいわ。そんなことより、どうやってシンジくんを守りきるかよ」

「シンジの出国を認めなければいいだけじゃない」


 簡単な事じゃないとアスカが解答を述べた。それをリツコが粉砕する。


「それがだめなのよ。前にも言ったけど、今のネルフにそんな権限はないわ。それに
14歳の子供を戦わせていたことでネルフは国連人権委員会の監視下にあるのよ。
シンジくんがあの4人の誰かと婚約して国籍を変えたいと言いだしたら止めれないのよ」

「ネルフも根性なしになったわね」


 嫌な表情を貼りつけて、アスカが吐き捨てる。


「大人の事情と言って欲しいわね。それにね、シンジくんが出国できなくても、彼女たち
がシンジくんの子供を妊娠しても終わりなの」


 リツコがさらなる爆弾を投下した。


「どうしてよ? 」


 アスカの疑問にリツコがさらりと応えた。


「シンジくんの子供と言うことはユイさんの孫よね。孫は子供よりかわいいと言うわ」

「げっ、じゃ、その子供なら初号機とシンクロできるの? 」

「おそらくね。もっともシンジくんとそういう仲になった女子を国外にださせはしない
けどね」


 リツコの冷たい視線の意図を悟ったアスカの顔色が変わる。


「まさか、あんたたち、状況次第ではシンジも殺す気じゃないでしょうね」

「…………」


 アスカの咎めに、リツコは沈黙したまま、応えようとしない。


「そう、やっぱりね。非情なところは変わってないか。わかったわ」


 アスカが低い声で言った。


「加持は居ないんでしょ。そのあとの諜報部はどうなってるの? 」


 あんなに憧れていた加持さえ呼び捨てにする。アスカの中で大人たちはすべて敵なの
かもしれない。


「戦自の一部を取りこんで再編成したわ。諜報部長はミサトの兼任」


 リツコの答えは簡潔かつ十分であった。


「私に諜報部を頂戴。シンジを守りきってみせるわ」


 アスカが自分のことをアタシから私と言い換えた。これはアスカが本気になったことを
示している。


「諜報部に子供は居ないわ、教室には入れないわよ」


 リツコがアスカの提案に首をかしげる。


「学校の中のことは別口で何とかするわ。でもね、4大国家が色仕掛けといういつまでか
かるか、成功するかもわからない不確定な手段だけで来るわけないわ。おそらく、あの女
どもは、陽動、いえ、捨て駒よ。うまくいったら儲けものという程度だと思うわ」

「……さすがね。一応、冬月司令代行の許可を取らないといけないけど、アスカの諜報
部長就任に問題はないわ」


 リツコがアスカの明晰さに感嘆の声をあげた。


「じゃ、明日、シンジが病院へ行っている間に諜報部の班長をよこして。それまでに作戦
を立てておくから」

「了解、手配しておくわ」


 リツコが椅子から立ちあがった。手を振って病室を出て行く。


「ああ、リツコ、今日の放課後理由をつけてシンジをネルフで2時間ほど預かって」


 リツコの背中にアスカが頼み事を投げた。


「かまわないけど、少しでも早く会いたいんじゃないの? 」

「もちろん。一時間、いえ、一分でも会えないのは辛いわよ。でも、明日からのシンジ防
衛作戦の会議をしなきゃいけないでしょ。あと、相田にここまでのパスを与えてやって」

「相田くん、ああ、総務部長の息子さんね。わかったわ、相田くんを放課後ここへ呼べば
いいのね」


 リツコがアスカの求め全てを引き受けた。


「頼んだわよ」


 アスカに見送られて病室を出たリツコが、誰もいない廊下で独り言を呟く。


「やっぱり、アスカの中にはシンジくんへの憎しみが残っているわ。おそらく、シンジく
んの中にもアスカへの贖罪がある。気づいていないようだけど、共にそれを昇華できなけ
れば、いずれ二人は不幸になるしかないわ。でも、これだけは、誰も手伝ってあげること
はできない。今度のことが吉とでるか凶と出るか。場合によっては……」


 リツコがつらそうに顔をゆがめた。




            続く
 

 


 

 

後書き
ここまでお読みいただきありがとうございます。
すいません、やたら話が大きくなってしまい終始がついてません。
JUNさま、R指定だいじょうぶでしょうか? 今後はこれ以上の表現はでてこない
はずです。
さて、いよいよシンジへのアタックが開始されます。動けないアスカの防衛戦は?




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 タヌキ様の当サイトへの3作目。
 ついに4人娘がシンジを狙って転校してきたわ!
 私の定位置は、相田がまもってくれたけどね。
 これからは相田が頼りってことか。
 早くヒカリも帰ってこないかなぁ。
 さあ、これから天才美少女の私の本領が発揮されるわよっ!
 続きがすっごく楽しみっ!
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。

 

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