前の三作の設定を引きずっております。まず、そちらをお読みいただければ幸いです。
 タヌキ
 

 

LASから始まる
 
新たな戦い
 

 


 

タヌキ        2004.07.17

 

 










 モニターに映るシンジの姿を見て、アスカは不機嫌になっていた。周囲の音がうるさす
ぎて声は聞こえないが、シンジの様子を見ればシンジが授業についていけなくなっている
のは一目瞭然である。


「はあ、いくらアタシのためとはいえ、勉強しなさすぎたようね。これはちょっと気合い
入れないと高校受験とんでもないことになりそうだわ」


 アスカは盛大にため息をつく。


「アタシがドイツの最高峰、ベルリン中央大学出身なんだから、シンジにも見合う学歴を
もってもらわないと、釣り合わないだとか、ふさわしくないだとか言いだす奴が出るわ。
ちょっと強くなったシンジだけど、そうなったら、またうじうじしてしまうに違いない。
そう言われないためにもせめて第三東京大学ぐらいは出てもらわないと……帰ってきたら
特訓ね」


 日本の最高学府をせめてと言うところにアスカの性格が出ている。シンジと恋仲になっ
て少し柔らかくなったように見えたが、どうやら、それはシンジの前だけのようだ。

 休憩時間になった。ノートパソコンを閉じて、シンジが机に突っ伏す。さすがに、堪えたのだろう。


「げっ、またきやがったな、牛乳女」


 アスカの目つきが凶悪に染まる。休み時間になるたびにシンジの元へ転校生が集まって
くる。それがそろいもそろって美少女なのだ。


「シンジ、誘惑されちゃだめよ。ロシア女は若いときは細い体に豊満な胸とスタイル抜群
だけど、四十歳こえたら、バストウエストヒップが同サイズになるんだからね」


 モニターの大半を占めるシンジの顔に不必要なほど近づくブラウスの膨らみに呪いの視
線を向ける。かつてはアスカも同年代とは一線を画していたが、数ヶ月に及ぶ闘病生活は
アスカの自慢のプロポーションを奪っている。


「なに上目使いしてんのよ、中国娘。いいこと、シンジ。そんな甘えたな目線をする女は
結婚しても何もできないで、家事なんか全部シンジがすることになるんだからね」


 アスカがモニターを指さしてわめく。


「ああ、あのヤンキー、またアタシのまねしてシンジの前に仁王立ちして。シンジ、血迷
うんじゃないわよ。あんな高飛車な女とステディな関係になったら、一生苦労するんだか
らね」


 人間というのは自分を客観的に見ることのできないものなのだろう。サードインパクト
は結局人を進化させることは無かったという証明がここにある。


「でたな、偽物」


 アスカの声が一段と低くなる。フランソワーズがシンジに声をかけたのだ。


「偽物なら偽物らしく、体の線を二重にするとか、目が吊り上がっているとか、靴の先が
尖っているとかしなさいよ。なにアタシにそっくりな格好してのよ。その姿でシンジに迫
ったら顔の皮はがしてから殺してやる」


 アスカの声に狂気がこもっていく。昼の光が溢れているはずの病室に闇が姿を現す。


「シンジ、だまされちゃ駄目よ。そいつはアタシの姿をしているけどアタシじゃない。
情けないシンジ、一緒に戦ったシンジ、溶岩の海でアタシを助けてくれたシンジ、
アタシを壊したシンジ、アタシを見捨てたシンジ、アタシを必要としてくれたシンジ、
全部を知っているアタシじゃない。シンジの全てをわかった上で一生を共にしようと
アンタを許したのは、アタシ。惣流・アスカ・ラングレーなんだからね。ちょっとでも
その女に気を移したら許さない。アンタの全部がアタシのものにならないなら、全て要ら
ない」


 アスカの顔に暗いものが浮かぶ。

 病室でアスカが呪詛の言葉を吐いている頃、シンジは中学校の教室で困り果てていた。
今朝転校してきたばかりの4人が、何かとシンジに絡んでくるのだ。休み時間は言うに及
ばず、授業中でも教科書が無いだとか、筆記用具を忘れただとか、なにかと理由をつけて
は机をくっつけようとする。

 一度人類を紅い海に漬け込み、根性たたき直してから引きあげた創造主とはいえ、
自分は補完さえされてない鈍感神である。


「いきなり外国の学校に編入じゃ、大変だろうなあ」


 色仕掛けと言うことにまったく気がついていない。アスカとレイが苦労したのも当然。


 さらにシンジの同級生たちが、はらわたが煮えくりかえる思いをしていることにも気づ
かない。


「碇は、外人に好かれるタイプなのか」
「惣流も転校して来るなり、碇にべったりだったよなあ」
「4人のうち1人は仕方ないにせよ、残りはこっちにまわせよな」
「いやいや、碇は惣流とつきあっているはずだ、だったら、全部渡すべきだ」


 あちこちでシンジを闇討ちする計画が提案されている。


「なによ、あの4人、碇くんにべったりしちゃって。惣流さんもそうだったけど、どうし
て、こう外人って慎みってものがないのかしら」


 アスカが傍にいないことでシンジに攻勢をかけようとした女生徒の一部も厳しい視線を
4人に向けているが、相手にさえされていない。


「入院している惣流にこのことを密告してやれば、碇は無事ではすむまい。惣流の嫉妬深
いのは異常だからな」


 同級生たちはアスカがシンジに早くから好意を抱いていることを見抜いていた。という
より、その事実に目をつぶっていたのが、当のアスカだけであり、まったく気づいていな
かったのがシンジだけだったのだが。


「とりあえず、アタックあるのみ」


 何人もが、4人に交際の申し込みや、学校の案内を申し出たが、


「どいてくださる、私、碇さんに用がございますの」
「邪魔よ、あんたたちとアタシじゃ釣り合うわけ無いじゃない」
「す、すいません、わたし、そういうの駄目なんです」
「お心はうれしいのですが、ワタシには、決めた方が……」


 4人4様に断られてしまう。
 
 同級生たちの熱意も、放課後にはあきらめに変わっていた。
 授業が終わるなり、4人がシンジを取り囲む。誰もその壁に入りこめない。三々五々帰
っていく級友、その中でケンスケだけが少し離れてシンジを待っていた。


「碇さん、わたくしにこの町をあんないしてくださいませんか」


 シンジの机に両手をついて少し前屈みになるイリーナの、ブラウスのボタンが二つ空い
ている。アスカに刷込みをされているとはいえ、そこは思春期の男子、見てはいけないと
自制するも目は自然とせめぎ合う二つの白い丘がつくりだす千尋の谷間を捕らえ、離れよ
うとはしない。

 当然イリーナはシンジの視線に気づいている。よりいっそう身体をかがめて強烈なアピ
ールに出る。最後の一押しとばかりにイリーナが甘いささやきを投げた。


「よろしいでしょう」


 魔に魅せられたように動けないシンジを救ったのは、鋭角にとがった背後からの声だ。


「身体で迫るんじゃないわよ、ホルスタイン女。コイツはアタシを家までエスコートする
んだからね、放課後牛飼いなんてやる暇ないのよ」


 マリアがシンジの襟をぐっと後ろから引っ張った。一番上のボタンまで締めるまじめな
シンジにとって、それは絞め技をかけられたに等しい。


「く、苦しい。は、離して」


 色白なシンジの顔が青白く変わっていくが、真後ろにいるマリアにはそれが見えていな
い。


「マ、マリアさん、碇くんを殺すつもりですか」


 呂貞春が、右からマリアの腕にぶら下がるようにして引き剥がし、やっとシンジの喉に
新鮮な空気が通じる。


「はあっ、はあっ、紅い海が見えたよ。死ぬかと思った」


 シンジが大きく息継ぎをした。


「こ、こんな程度で死にかけるとは、根性のないやつ」


 ちょっと焦ったような感じではあったが、マリアは謝るでもなく、シンジに冷たい言葉を投げかける。


「首が絞まれば、誰でも死にかけます」


 呂貞春が、シンジをかばうように自分の胸へと引き寄せ、マリアを咎めるような目で見た。


「大丈夫ですか? 碇さん」

「ありがとう、助かったよ。でも、できれば離れてほしいな、あの、その胸が……」


 呂貞春の心配にシンジは真っ赤になって応えた。


「ご、ごめんなさい」


 素早く手を離す呂貞春にシンジは照れながらもほほえむ。そのシンジの左にいた、
フランソワーズが悲しそうな顔をした。


「どうしたの? ウオルターさん」


 アスカそっくりな顔に寂しさを貼り付けたフランソワーズに、シンジがつい気をつかう。


「ご、ごめんなさい、なんでも無いんです。ワタシ帰ります」


 くるりと背中を向けて教室を出て行くフランソワーズにシンジが、手を伸そうとたちあ
がり、真正面にあったイリーナという弾力のある壁に顔をぶつける。


「あん」


 悩ましげに身体をくねらせ、シンジの頭を捕らえようとイリーナの両手が、閉じられるより早く、
マリアが再びシンジの襟を引っ張った。イリーナの両手はむなしく自らの豊丘を抱きしめた。


「エッチ、変態、痴漢、なにやってるのよ」


 マリアにそう言われてシンジが、固まった。そう、この単語にトラウマができていたの
だ。


「アスカ、ゴメン」


 思わずアスカの名前を出して謝るシンジに、マリアが呆然とする。その隙をケンスケが
ついた。


「シンジ、病院へ帰らなきゃいけないだろ、行こうぜ。じゃ、みんな明日な」


 ケンスケが、シンジの手をつかんで歩きだす。


「ゴ、ゴメン。今日は帰らなきゃいけないから、じゃ、明日」


 シンジは、誰ともになく頭を下げてケンスケの後に続いた。

 追いかけようとした少女たちはお互いを牽制しあって一歩遅れた。


「まあ、よろしいですわ、明日がありますもの」


 イリーナが最初に三すくみから身を引いた。鞄を手に教室を出て行く。


「帰ってお店の手伝いをしなければ……」


 呂貞春も鞄を手に去っていく。


「ちっ、仕方ないわね。今日のところは帰るとするか。サードは、やはりアスカに精神的
に支配されているようだと言うのがわかっただけでも収穫」


 マリアが最後に教室を出ようとした。そこへ、男子生徒が近づいてきた。


「転校生だよね。よかったら第三東京市を案内しようか。おいしいクレープの店も知って
いるし、お近づきの印に奢るよ」

「ふん、アタシと釣り合うとでも思っているの。冗談じゃないわ。邪魔よ」


 鞄の角を腹にたたき込んで障害を排除し、マリアは足音も高く階段を下りていった。



 シンジとケンスケは校門を出たところでミサトに捕まっていた。


「これは葛城三佐、お久しぶりです」


 ケンスケが背筋を伸ばして挨拶するのに、ミサトが柔らかい笑みを浮かべる。


「元気そうね、相田くん。シンちゃんが、また世話になるわね」

「いえいえ、友達ですから」


 謙遜するケンスケをミサトが抱きしめた。ぐっと胸に顔を押しつけられてケンスケが
真っ赤になる。


「ありがとうね。シンちゃんを救ってあげてね」


 ミサトの言葉に含まれる熱いものを感じてシンジも目が潤みかける。ミサトやリツコ
への恨みが消えたわけではないだろうが、アスカが元気になったことでシンジも前ほどの
隔意を見せなくなっている。


「くっ、くふっ、くえ」


 ケンスケが妙な声をあげる。シンジは経験からそれがどういう意味かわかった。大きい
上に柔らかく弾力のあるミサトの胸は、押しつけた顔に合わせて変形し、隙間を限りなく
ゼロにする。
 そう、抱えこまれた男は、息ができないのだ。


「ミサトさん、ケンスケが死んでしまいます」

「ああっ、ゴミン、ゴミン」


 シンジに言われてミサトがケンスケを離す。ケンスケが笛のような音をたてて息を吸う。


「に、虹が見えた……スイートデスって、実感したよ」


 赤黒くなった顔色を元に戻しながらケンスケが語った。


「あらん、スイートデスっていうのはね、そうじゃなくてね。男と女が……」


 楽しそうな笑いを貼りつけてミサトが説明しだすのをシンジが止める。


「ミサトさん、なにか用があるんじゃないですか? 」

「あははは。忘れるとこだった。シンちゃん、ちょっとネルフまで来て欲しいのよ」


 ミサトが軽い口調でシンジに言う。


「えっ、駄目ですよ。アスカに寄り道するなって言われてますから。5分遅れたら、命の
保証が……」


 シンジがあわてて拒否した。アスカは言ったことは必ず実行するということを身にしみ
て知っているからだ。


「大丈夫よん。アスカの許可は取ったから。それにアスカに関係のあることだしね」


 アスカに関わることと言えばシンジが拒否するわけもない。


「わかりました。じゃ、さっさと行きましょう」


 シンジがミサトの手を引くのを、かるくいなして、ミサトは手を振った。


「残念だけど、あたしはちょっち別の用があるのよねえ。あそこにいる黒服のお兄さんに
連れていってもらってねん。心配しないで、痛くしないから」


 からかうような口調で、ミサトはシンジの背中を押し、門前に待っている黒塗りのセダンを
ミサトが指さす。

 首をかしげながらも諜報部の車に乗るシンジを見送ってケンスケがミサトに別れを告げ
た。


「お会いできてうれしかったです、葛城三佐」

「待って、相田くん」


 ミサトがケンスケの肩を掴んで引き止めた。ケンスケが怪訝な顔をする。


「一緒について来てくれない。アスカが呼んでいるの」


 いままでのおちゃらけた表情を真顔に変えたミサトに、ケンスケはただ頷くだけであった。



 ネルフ医療施設中央病棟303号室に3人の男と2人の女の姿があった。女の1人は言
うまでもなく、惣流・アスカ・ラングレーである。


「諜報部第一班、矢村一尉」


 アスカから見て左端にたつやせ形で背の高い男が口を開く。


「同第二班、六木一尉」


 左から二人目は、中肉中背、全くと言っていいほど特徴のない顔をしている。会ってか
ら5分もすれば忘れてしまいそうである。


「同第三班、飯田一尉」


 三人目は筋肉のしなやかさを感じさせる若い男。その体型から軍隊の経験があることが
伺えた。


「同別班、水城一尉」


 最後に残ったのは、妙齢の女性である。肩を超す程度に切りそろえられた髪のせいか、
その顔立ちのゆえか、実年齢よりも若く見える。さすがにセーラー服は無理でも、女子大
生あたりなら十分通用する。


「惣流・アスカ・ラングレーよ。聞いていると思うけど、今日からあなた達の上官となる
わ」

「承知しております。惣流三佐どの」


 一番年嵩らしい矢村一尉が気をつけの体勢で応えた。


「そう、しゃちほこばらないで良いわ。諜報部なんて組織の中でもはぐれものの集まりみ
たいなものだし」


 アスカが椅子に座りなさいと4人にうながした。病室の壁に立てかけられていたパイプ
椅子をそれぞれで開く。


「どう見てもあなた達の方が年上だけど、一応上官だからね、呼び捨てにさせてもらうわ」


 アスカがまず宣言した。


「飯田、あんた戦自出身? 」

「はい。惣流三佐」

「アタシのこと恨んでる? 」

「恨んで無いとはもうしません。士官学校の友人が戦車隊に多くおりました」


 飯田一尉が、感情のこもってない声で返答する。
 ネルフへの戦自侵攻の中核となった戦車師団は、アスカの弐号機によって壊滅させられ
た。


「そう、で、整理はついているの? 」

「そのつもりであります。一つお訊きしてよろしいですか? 」

「大丈夫、アタシにとってネルフも戦自も憎悪の対象でしかないから。戦自だけに復讐す
る気など無いわ。やるなら両方潰すから」


 アスカは飯田の訊きたいことを察し、本音で答えた。


「失礼しました」


 飯田が背筋を伸ばした30度の礼をする。


「水城一尉、あなたの別班は女性だけで構成されているの? 」


 アスカの目は紅一点の水城一尉に向いた。


「はい。最年少が18歳、最年長が45歳の女性ばかりです。戦自からの隊員は4名」


 水城がはきはきとした声で答える。
 諜報部は4人の班長の下に16人ずつの実働部隊と、本部付きの情報分析官8人から
なっている。


「わかったわ。六木一尉、あなたの班は今まで通り葛城三佐の指揮下に入って。水城一尉、
あなたの班から2名回してあげて。あと分析官も3名使って良いわ」


 作戦部に諜報担当が居ないのは、砲弾のない戦車と同じである。アスカは、一斑を作戦
部へと割いた。


「承知しました。では、わたくしはこれで」


 六木一尉が椅子を片づけて去っていく。必要ないことは知ろうとしない。情報に関わるも
のの心得である。
 六木一尉の姿が消えたのをまって、アスカが口を開いた。


「水城一尉、あなたは、私の直轄になってもらうわ」

「はい」


 水城一尉がアスカに敬礼を返した。


「さて、あなた達も知っていると思うけど、サードチルドレンこと碇シンジを狙う勢力が、
この第三東京市に入りこんできているわ。宇宙にある初号機と唯一シンクロできる彼を奪
われたらネルフどころか、この国が消える事になりかねない」


 アスカの言葉に三人は黙って頷く。ネルフにいたものはもちろん、戦自にいたものもエヴ
ァの恐ろしさを身にしみて知っている。一発で湖を作り出すほどの破壊力を持つN2
爆弾でさえ、かすり傷さえつけられないのだ。軍事大国が束になっても勝負にならない。


「色仕掛け要員が彼の傍に送りこまれたのは、聞いているわね。でもそれはたいしたこと
ではないわ。彼の女はアタシだけだから。男の奪い合いにネルフの諜報部を使うほど、ア
タシは落ちぶれてはいないつもり。問題は、あの女どもは陽動作戦で、真の作戦が裏にあ
るということ。サードチルドレンの強引な拉致、もしくは、他国に奪われるよりましと考
えた暗殺」


 班長三人の顔に緊張が浮かぶ。


「ジオフロントを破壊されぼろぼろになったネルフ、ゼーレに踊らされてアタシの弐号機
によって戦力の多くを失った戦略自衛隊。国の守りと言うべき兵力が無くなったに等しい
日本が、他国の侵略を受けずに済んでいるのはなぜだかわかる? 」  


 アスカは矢村一尉にむかって問いかけた。


「サードチルドレンの存在ですね」

「そう」


 矢村一尉の答えに満足そうにアスカは首肯した。


「シンジ、サードチルドレンは初号機を動かせる。彼を怒らせることがどういう事かわか
っているのよ。でもそれは、自国に彼の怒りが向かない場合だけ」

「脅威となるようなら排除してしまえということですか」


 飯田一尉が口を挟む。


「その通りよ。そしてシンジを失った瞬間、日本は滅びるわ」


 アスカが、その意味を全員が完全に理解するまで間をおいた。


「じゃ、命令を下すわ。第一班は、シンジの通学路周辺と学校周囲を探って。狙撃できそ
うなビルや建物、迫撃砲などの仕掛けられそうな空き地などの確認、封鎖。MAGIの使用
許可は赤木技術部長に申請しておくから、センサーを設置して監視して。いい、撃たせた
ら負けなのよ」

「承知しております」


 矢村一尉が敬礼する。


「飯田一尉、あなたの班は、第三東京市にここ最近流入してきた不審人物の割り出しと、
行動の監視。人数は戦自から必要なだけ引き抜いて良いわ」

「了解」


 飯田一尉が椅子から立ちあがり、背筋を伸ばしたきれいな敬礼を見せる。


「直ちにとりかかって」


 矢村、飯田の二人が病室から消えた。


「三佐、わたしはなにを? 」


 残った水城一尉がアスカに尋ねた。


「あなたは、ここに居てくれる? といってもこの病室じゃないわよ。ここは、アタシと
シンジの愛の巣だからね、邪魔者は入れたくないの。で、ナースセンターに看護師の格好
で詰めていて欲しいの。なんせ、ここは病室でしょ、携帯電話が使えない。シンジの声を
聞きたくても聞けないのよ」


 アスカが笑った。つられて水城も微笑む。


「承知しました。連絡係になればいいのですね」

「ええ。それとアタシの相談役もね。諜報の経験ゼロだから。あと、あなたの部下たちは、
二人一組にしてあの女どもの校外での行動を監視をして。女でないと入れないところがあ
るからね」


 女子更衣室や女子トイレ、男が絶対に足を踏みいれられないところで監視の目がとぎれ
ることは避けなければならない。スパイをやったことのないアスカであったが、穴を見落
とすことはない。


「わかりました。残った4人は交代要員と言うことで良いですか? 」

「ええ。じゃ、悪いけど始めてくれる」

「はい、部長」


 水城一尉が出ていくのを待って、アスカはベッドに背中をつけた。大きく息をつく。
シンジ以外の人間とふれあうのは久しぶりであり、基本的に他人を受け入れないアスカで
ある。疲れ果てたのだ。


「シンジと一緒に学校へ通えるのは、相当先になりそうね」


 アスカの小さなため息は、誰も聞くものもなく病室に溶けていった。



「アスカ、入るわよ」


 うつらうつらしていたアスカは、ミサトのその声で目を覚ます。低血圧気味のアスカであ
る、目覚めは決して良い方ではない。


「……………」


 アスカは応答を返さない。ミサトが勝手に入ってくることを知っているからだ。


「相田くんを連れてきたわ」


 女の子の病室である。男を入れるには了解が居る。ミサトは1人で入ってきた。


「アリガト。入ってもらって」


 許可をうけて入ってきたケンスケが、ベッドに横たわっているアスカを見て顔をゆがめる。


「そ、惣流、だよな」


 ケンスケがこわごわアスカに近づく。


「驚いた。これが今のアタシ」


 アスカはあらためて自分がどれだけ酷い状態なのかを知らされる。


「シンジから入院しているとは聞いたけど、ここまでとは思わなかった」

「馬鹿シンジのことだから、よけいな心配をかけたくないと考えたんでしょ」


 アスカはシンジの心遣いをうれしく感じ、口調も明るくなる。


「だ、大丈夫なのか? 」


 ケンスケがアスカを上から下まで見てから訊いた。


「左目は駄目みたいね。いかに再生医療が進んだとはいえ、膨大な情報を取り扱う視神経
までは作り出せないらしいわ。体に残った傷は、体力さえ回復すれば形成手術で跡形もな
く消せるから、あんまり気にしてないけど」

「どのくらいで退院できそうなんだ? 」

「リハビリがあるからね、家に帰れるのは半年先、学校に行けるとしたら高校からよ」


 アスカはさばさばとしている。自慢であった美貌に傷が付いたにもかかわらず穏やかな
表情をしているアスカがケンスケには不思議だったのだろう。無理もない、かつてのアス
カなら顔になにか当たっただけで大暴れしていたのだから。


「なあ、惣流、おまえ随分変わったな」


 ケンスケがおずおずと訊いた。


「まあね。虚勢をはってもしかたないって気づいたのよ。もちろん、シンジに教えてもらったか
らなんだけどね」


 アスカの顔が喜色に染まっていく。


「き、綺麗だ。いままでで一番綺麗だ」


 ケンスケが呟くのを耳にしてアスカが誇らしげに指を突きだした。


「あったりまえじゃない。なんたって、アタシは無敵の恋する乙女なんだから」

「やっぱり、おまえらつきあって居るんだよな」


 ケンスケが確認の問いを投げかけた。


「もちろん。アタシとシンジは一心同体、もう絶対に離れないし、離さないんだから」


 アスカが両手で熱くなった頬を押さえる。


「惚気るために俺を呼んだんじゃないんだろ」


 ケンスケがアスカの様子にあきれる。


「そうよ。あんたには働いてもらわなきゃね。いままでアタシの写真で儲けた分、きっち
り体で返してもらうわ」


 アスカがようやく乙女モードから戦闘モードへと復帰した。潤んでいた瞳は、獲物を狙
う虎のように光を放ち始める。


「借金取りか。まあいいや。で、俺は邪魔すれば良いんだな。あの転校生たちがシンジに
まとわりつくのを」

「わかってるじゃない」

「まあな、おまえたちとのつきあいも長いからな」


 ケンスケが苦笑いをする。


「で、相田の目から見て誰が一番危ないと思う? 」

「そうだな、一番積極的なマリア・マクリアータか、惣流にそっくりなフランソワーズ・立花の
どちらかだな。マクリアータの口調はまったくアスカと同じだからなあ。声もそっ
くりだし。あれで命令されたらシンジは逆らえないんじゃないか? 」

「ちっ、刷り込みがすぎたか」


 アスカが臍をかむ。シンジを下僕のように扱い続けた日々が悔やまれる。


「立花は、なんといっても惣流のかわいい版だからなあ。うるうるした目で上目づかいにお
願いされてみろ、シンジに拒否はできないぜ」

「美貌もすぎると罪という事ね」


 傷だらけになる前にシンジと恋仲になっておけば、いまさら偽物が出たところで、シン
ジは迷うことはなかったとアスカは再び過去の自分を恨む。


「お願い、相田」


 アスカが真剣に頼む。ケンスケも強く頷いた。


「任せろ。やっと素直になった二人だろ。俺たちはエヴァにのっているおまえたちになに
もしてやれなかったからな。でも、正味のところ、1人じゃ辛いぜ」

「来週にはヒカリが来てくれるわよ」

「やれやれ、それまで孤軍奮闘か」


 ケンスケが天を仰ぐ。


「じゃ、これをお願い。ネルフ特製の小型マイク。教室の様子はモニターできても、声が
聞こえにくいのよ。他の人のしゃべりがかぶるからね。これを相田持っててくれない?」


 アスカがシャープペンシルにしか見えないマイクをケンスケに手渡した。


「シンジに持たせたら良いじゃないか」


 ケンスケが不思議そうな顔をする。シンジのことを知りたいなら、シンジに持たすべき
だからだ。


「だめ。あの4人はシンジを狙う国家のスパイでもあるの。シンジの体につけたらすぐに
見破られるわ」

「なるほどな。妙な時期に復興途中の第三東京市へ留学とはおかしいと思ったんだ。了解、
指揮官殿の仰せに従いましょ」


 ケンスケがにやけながらアスカから離れる。病室の扉の前で一度立ち止まったケンスケ
がくるりとアスカに向き直る。


「まかせろ」


 背筋を伸ばし、型にはまった見事な敬礼をしてケンスケが帰っていった。





 ケンスケが去ってから1時間ほどしてシンジが帰ってきた。やっぱり走ってきたのだろ
う、荒い息をついている。


「た、ただいま」


 アスカのベッドまで駆けこんで、そのまま唇を重ねる。シンジの両手はアスカに重みを
かけないためにベッドにつかれ、アスカの左手がシンジの背中を離すまいと抱える。
 お帰りと言うまもなく口をふさがれたアスカは、しばらくシンジに応えていたが、シンジの
胸を力の入らない右手で押す。


「駄目だよ、アスカ。右腕に負担かけちゃ」


 うっとりと目を閉じてキスの感触に酔っていたはずのシンジが、あわてて体を離す。ア
スカ第一主義になっているシンジに、アスカの無理は許されない。
 シンジがアスカの両手を布団の中へ入れる。冷やすことは筋肉を縮め、リハビリの遅れ
の元になる。


「お帰りぐらい言わせなさいよ、シンジ。もう、強引なんだからあ」


 最初の勢いはシンジの気遣いを受けて、途中で柔らかく溶けていってしまう。


「ゴ、ゴメン」


 アスカに甘く叱られたシンジがうれしそうに唇をゆるめる。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 二人は再び唇を合わせ、お互いの息づかいを間近で感じあった。


「で、久しぶりの学校はどうだった? 10時間と41分25秒もアタシに寂しい思いを
させたんだからね、全部教えてくれなきゃ駄目よ」


 モニターで見ていたことなど気取らせることなく、アスカがシンジに問いかけた。


「ああ、楽しかったよ。ケンスケに会えたしね……」


 笑顔で話し始めるシンジを見てアスカも微笑んでいる。だが、その手が、シーツの中で
握られていることにシンジは気づいていない。力の入らない右手はもちろんのこと、左手に
至っては指が白くなるほど強く握りしめられている。だけではない、アスカは背中にじっとり
と汗もかいている。
 アスカは転校生のことをシンジが正直に話してくれるかどうか不安なのだ。もし、隠す
ようなら二人の関係は上辺だけのものに落ちてしまう。にこにことシンジの話を聞いてい
ながらアスカの心臓の鼓動は早鐘のように鳴っていた。


「それとね、転校生が来たんだよ。それも4人も」

「へえ、転校生が、こんな時期に? 珍しいじゃない。あっ、まさかかわいい女の子で気
に入ったとか? もっとも、シンジは一目惚れなんかしないわね」


 アスカは、シンジが隠しごとをしなかったことへの喜びを抑えながら、いたずらをする
子供のような笑みを浮かべる。


「僕が一目惚れ? したよ」


 必死になって否定するはずのシンジの答えはアスカの予想とは違っていた。


「あ、あんた……」


 アスカの舌が強ばって、思い通りに言葉を紡げない。


「ど、どこで、誰に一目惚れしたのよ、さあ、白状しなさい。隠すと為にならないわよ。も
っとも正直に言っても只じゃ済まないけど」


 鬼のような形相になったアスカが左手でシンジの首を絞める。


「それじゃ、どっちに転んでも僕は無事ではないじゃないかあ」


 シンジが泣き声を上げる。


「いい、この優しいアスカ様が、おとなしい間にしゃべった方が身のため。さあ、きりき
り吐けい」


 病室ですることのないアスカのお気に入りは、時代劇である。水戸黄門第64シリーズ
は欠かさず見ている。その影響だろう。


「優しいに反対はしないけど、おとなしい女の子は、彼氏の首を絞めないと思うよ」


 シンジが苦しい息の下から言う。


「うっさいわね。題目たれてる暇があったらうたいなさいよ」


 ちなみにアスカは、極道の女シリーズも好きである。


「オーバーザレインボーという空母の上でレモンイエローのワンピースを着た女の子にだ
よ」


 シンジが首を絞められながらも笑った。


「えっ、それって、ア、アタシのこと」


 アスカの表情が一気にだらけ、ぽっと頬を紅くする。


「うん。もう、一撃轟沈だったよ。あの時、甲板ですっくと立った君の姿は忘れられない。
特に白いパンティーが印象的だった」


 シンジの致命的な欠陥に一言多いというのがある。


「アタシの第一印象はパンツだけかあ、このエロシンジ」


 恥じらいの紅が、怒りの赤に変わるのに時間は要らなかった。アスカの一撃はシンジの
頬を的確に捉える。


「忘れるまで脳に刺激を与えてやるぅ」


 アスカがシンジの頭を叩き続ける。


「酷いなあ、アスカ。僕の初恋の思い出なのに」


 涙目になりながらシンジが抗議する。初恋といわれてアスカの背中から気迫が消える。
アスカの手がそっとシンジの頬に触れ、照れくさそうにアスカは横を向いた。


「ふん、アタシが元気だったら、アンタは今頃星になってるわよ。で、転校生がどうした
の? 」


 アスカの質問が核心に近づいていった。


「全部外国の人なんだよ。それも美人ばかり」


 アスカの眉がくっと吊り上がったことにシンジは気づかない。


「アメリカ人と中国人とロシア人とフランス人なんだけどさ、アメリカから来たマリア・
マクリアータさんは、日本へ来たばかりのアスカみたいに元気で、中国から来た呂貞春さ
んは、妹みたいにかわいくて、ロシアのイリーナ・ガルバチョフさんは、ミサトさんより
迫力のある胸をしていているんだ」


 シンジは得々としてしゃべった。いつの間にかアスカが黙っていることに気が回ってい
ない。


「とくにさあ、フランスから来た立花さんというのがさ、アスカそっくりで綺麗なんだ」


 怒鳴りつけようとしていたアスカが、ぐっと止まった。自分に似て綺麗だと言っている
のを咎めることはできない。


「ふうううん、アタシそっくりなんだ。じゃ、気をつけないとシンジ恋しちゃうかもしれ
ないね」


 アスカの口調に不安が載った。


「それにシンジ、立花さんだけ、ミドルネームで呼んでいる。他の三人はフルネームなの
に。ねえ、立花さんは他の人と違うの? 」

「そうだっけ、立花さんのフルネーム言ってなかった? フランソワーズ・立花・ウオルター
って言うんだ。ううん、そう言われると立花さんよりもマリア・マクリアータさんの方が気にな
っているかなあ」


 シンジはアスカの不安を感じていないのか、話を続ける。


「どう気になるの? 」

「マリア・マクリアータさんは、壊れる前のアスカのような感じがするんだ」

「壊れる前のアタシ? 」

「うん、どこか無理をして本当の自分を抑え込んでいるみたいな……」


 うまく言えないのかシンジが語尾を濁す。


「あのころのアタシってシンジは怖がってたじゃない」


 アスカは思いだしたように言う。


「ずっと怖かったよ、アスカのことが。好きになったらきっと僕が傷つくと思っていたか
ら。今から思えば逃げていただけなんだけどね」


 シンジが苦そうな顔をした。


「じゃ、シンジはそのマリアとか言う女を好きになるかもしれないのね」


 アスカが真顔になる。アメリカの意図がわかっているだけに心配なのだ。


「ならないよ。だって、マリア・マクリアータさんはアスカじゃないもの」


 シンジがあっさりと応えた。


「じゃ、立花って言う女は全然気にならないの? アタシそっくりなんでしょ。こんな傷
だらけのアタシじゃない、綺麗なアスカなんでしょ」


 一番おそれていたことを訊いたアスカの声が細かく震える。


「うーん、違うよ。立花さんは放っておけない感じなんだ。アスカの場合は支えたい、
支えてもらいたいというのかな。それに外見がどう変わってもアスカはアスカだし、アス
カと立花さんじゃ、違うもの。目の色もアスカの方が深い碧だし、髪の毛の色もアスカの
方が明るいし、何より表情が違うから」


 シンジは相変わらずアスカの変化に気づいていない。


「どう違うの? 」


 アスカがぐっと身を乗り出す。


「なんていうかなあ、アスカの方が生き生きしてるんだ。立花さんがおとなしい感じなら、
アスカは活発、立花さんが、おしとやかとすれば、アスカはじゃじゃ馬」


 ここでもシンジは地雷を踏んだ。


「しいいんじい……」


 アスカの声が低くなる。さすがにその変化はわかったらしい。シンジの顔がしまったと
ゆがむ。


「あ、あの、僕、深い碧の瞳が好きで、明るい色の髪も大好きで、活発な性格がよくて、
じゃじゃ馬な女の子を愛して……って、駄目? 」


 シンジが必死に言い訳するが、アスカの体はわなわなと怒りにふるえている。


「LCLに溶けて修行しなおしてこい」


 アスカの怒鳴り声は、消灯を迎えるまでとぎれることはなかった。





「宿題できなかったじゃないかあ」


 電気が消えた部屋でシンジがぼやく。


「ごめん、明日の朝、ちゃんと見てあげるからね、シンジ」


 アスカは、シンジの勉強の遅れを思いだし、軽い自己嫌悪に陥った。






            続く
 

 


 

 

後書き
 ここまでお読みいただき感謝しております。
 やっと半分ぐらいまで来ました。行き当たりばったりの展開がつづきます。
 なんも考えてない作者です、今後もこんな調子で行きそうですが、見捨てない
でやってください。




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 タヌキ様の当サイトへの4作目。
 病室からでしかシンジを見守られないなんて、たまらないわよね。
 これでPCのモニタがなかったら気が狂ってしまいそうよ。
 でも諜報部を配下に置いたから何が何でもシンジを守り抜いて見せるわ。
 だけどさ、私どうしてニセウルト○マンのことをあんなに知ってんでしょうね?
 続きがすっごく楽しみっ!
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。

 

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