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 タヌキ
 

 

LASから始まる
 
新たな戦い
 
16

 


 

タヌキ        2005.06.26

 

 











 ハワイ島にある天体観測所から、世界を震撼させるニュースが発信された。
 地球衛星軌道を周回しているエヴァンゲリオン初号機が、少しずつ地球から離れだした
と発表したのだ。

「計算によると、残り486時間で地球の影響圏から離脱、太陽に向かって加速。人類の
手の届かないところに進むだろう」

 情報を得たネルフでは、現存しているスペースシャトル、あるいは有人ロケットの速度、
準備期間、航続距離を計算、エヴァ初号機を地球に降ろすためには、最大で26日間の猶
予しかないことを確認した。



「いいの? 」

 惣流・アスカ・ラングレーが、ベッドの隣で添い寝している碇シンジに訊いた。

「うん。母さんとの別れは、4歳のときに済んでいるからね」

 シンジが小さな声で言った。
 エヴァンゲリオン初号機のコアには、シンジの母碇ユイが取り込まれている。アスカは、
そのことを気にしたのである。

「僕の母であることより、人の生きてきた証を残すことを選んだんだ、かあさんは。サー
ドインパクトのときに、還ってこようと思えば、還ってこれたにもかかわらず」

 シンジの声は、重い哀しみに彩られている。

「馬鹿……」

 アスカは、シンジを抱き寄せると、その胸に頭を抱きかかえ、優しく髪を梳きはじめた。

「泣いて良いのよ」

 アスカの勧めにもシンジは、首を横に振った。

「僕には、アスカがいるから。となりにアスカがいてくれる限り、僕は泣く必要はないよ」

「無理しちゃって」

 アスカは、患者衣の紐をほどいて、幼さの残る膨らみに直接シンジの顔を押しつけた。

「アタシは、シンジのお母さんにはなれない。なるつもりもないわ。でもね、今だけ、マ
マのおっぱいになってあげるから、……ね」

 アスカが、優しい声でささやく。
 シンジは、応えることなく、アスカの胸に顔を強く押し当てる。震えるような嗚咽が、
アスカの乳房を揺らす。
 乳房が濡れるのを感じて、アスカも涙を流した。



「ということは、あと26日の間、シンジ君を護りきれば、私たちの勝ちね」

 ネルフ本部で葛城ミサトがほっとした顔をした。

「シンジ君争奪に関してはね。でもね、エヴァ初号機を失うことでもあるのよ。すべての
物理的攻撃を無にし、S2機関の作動で無限の行動時間と完璧な修復をおこなえる自立兵
器、世界最強の切り札を無くせば、東洋の小国に過ぎない日本は、国際舞台で発言力を失
うことになるわ」

 赤木リツコがミサトをたしなめる。

「でも、こっちには、MAGIがあるじゃない。世界一のコンピューターが」

 ミサトが、大丈夫だといわんばかりに言った。

「コンピュータなんて、完成した途端に旧式になっていくのよ。MAGIが、いつまで優
位であるかなんて保証の限りではないわよ。MAGI制作の手順は、すべてゼーレに渡っ
ているわ。ゼーレ無き今、そのデーターはネルフEUにあるでしょうね」

「まさか、ネルフEUが、MAGI以上のコンピューターを持っているというの? 」

 ミサトの顔色が変わる。

「今は大丈夫だと思うわ。ドイツにあったMAGIクローンは、クラッシュさせたから。
MAGIのクラッシュは、普通のコンピューターのハードディスクを破壊するのと違って、
有機ユニットの腐敗だから、回復は不可能にちかい」

 リツコが説明した。

「でも、有機ユニットを培養すれば、MAGIは復活する」

「有機ユニットの培養って簡単なの? 」

「できないことじゃないわ。問題は、MAGIとの相性とか、有機ユニットに経験を積ま
せることとかが難しいのよ」

「心配性ねえ、リツコは」

 ミサトがあきれる。

「楽天家の科学者って、悲観主義の司令官と一緒で、役に立たないわよ」

 リツコが、笑った。

「とにかく、私たちは、できることをやるだけ。いい加減、子供たちに頼るのをやめにし
なくては」

 リツコは、ミサトから目を離して、モニターに没頭し始める。

「なんとかなりそう? 」

 ミサトが問う。

「マヤが、アメリカの国防総省のメインコンピューターをハッキングしているわ。そこに
本物のマリアの記憶が有れば……」

「マリアは、元通りになるのね」

 ミサトがリツコの科白を引き継いだ。
 アメリカからシンジを陥落させるための刺客として派遣された、マリア・マクリアータ
は、記憶操作を受けていた。
 最初は、アスカと同じような言動を取るようにと、性格に影響を与える幼少時の記憶を
いじくっただけであったが、シンジの子種を強制的に奪うためにと、先だって、マリアに
は、シンジと幼なじみでずっと好意を持っているという、生まれたときから現在までの偽
の記憶が上書きされていた。

「そう簡単じゃないけど、元の記憶と今の記憶の差から空白の記憶を探すの。そこに記憶
の上書きを解く手がかりがあるはず」

 リツコは、モニターの中に浮かんでいる、マヤのハッキング情報に目を走らせる。

「先輩」

 マヤが振り向く。

「できたの? 」

「はい」

 マヤが満足そうに微笑む。

「探して、人の記憶となると、相当な容量を喰っているはずよ」

 リツコが、命じた。
 人間の記憶はすさまじい。
 本人が思い出せる随意の引き出しに入っている分だけでも膨大な量になり、さらにその
人間の形成に関わった思い出せない記憶に至ると天文学的な容量となる。
 ロケットの発射や、大気圏再突入など、いくら複雑な衛星軌道計算を必要とするソフト
でも、人間に記憶に比べれば、薄紙に等しい。
 間違いなくコンピューターのメモリーバンクの中で一番の大きなスペースを取っている
のが、記憶であった。

「有りました、フォルダ名『maria』……えっ、中が空……リツコ先輩、フォルダの中が、
デリートされています」

「なんですって」

 ミサトがリツコを押しのけてマヤのモニターを覗きこむ。

「履歴を……」

「はい」

 リツコの命を受けてマヤがキーボードを操作する。

「ありました。最終更新日は、熱海で決戦があった翌日の、午前9時です」

「アメリカめ」

 ミサトの口から、呪詛が漏れた。

「やってくれたわね。証拠隠滅か、いえ、私たちへの嫌がらせか……」

 リツコもため息をついた。

「仕方ないわ、いまさら嘆いてもね。その暇があったら、他の手段を考えなきゃ」

 リツコが、前向きな発言をした。

「悔しくないの? リツコ」

 ミサトが、目をつり上げている。

「誰が、このままで済ますと言ったかしら? マヤ、お徳用セットを差し上げて頂戴」

「了解です」

 マヤが、マウスを操作し、最後にエンターキーを押した。

「回線切断します」

 モニターが暗転し、普段の画面に戻る。

「なにをしたの? 」

 ミサトが問う。

「プレゼントよ。私とマヤが考案したコンピューターウイルスを何種かと、クラッシュプ
ログラムをいくつかね」

 リツコは、すでに興味を無くしたように自分の席に戻ると、作業に復した。

「どうなるのよ、もうちょっと説明してよ」

 ミサトが食い下がった。

「ウイルスでまず国防総省のコンピューターとつながっているすべてのコンピューターを
汚染、そのあとハッキングによってコンピューターを乗っ取り、すべてのデーターをイニ
シャライズするの。もちろんバックアップファイルもね」

 リツコが、淡々と言う。

「それに、バックアップデーターを別の所に保存していても、駄目なんですよ」

 マヤもマシンに向かいながらしゃべる。

「あのプログラムは、すべてのサーバーも汚染するんです。だから、ネットにつないだ瞬
間、そのマシンは同じ目に遭うんです」

「ようするにネットごと汚染したわけ? 」

「そうなるわね」

 リツコは、同時に複数のウインドウを展開している。

「こっちに影響はないの? 」

「MAGIの影響下にあるマシンはね。MAGI関連には攻撃しないようになっているから」

「はあ、つくづく、リツコが味方でよかったと思うわ」

 ミサトが、ほっと顔をゆるめる。

「味方だったら、私の邪魔してないで、仕事したら? 」

「はいはい、行ってきます」

 リツコに追い出されてミサトは、自分の仕事に出向いた。



 いよいよ、マリアが退院する。
 もともと記憶の上書きによる混乱を抑えるための措置入院なのだ、いまのところ手の出
しようがないとわかれば、アスカの入院しているネルフ医療施設に長っ尻させておくこと
はできなかった。

「マリアさん、どうする? 今までの家に帰る? それとも……」

 ミサトが訊いた。マリアにミサトは、相続問題を担当している弁護士と言ってあった。
 マリアがシンジを見た。マリアの希望でシンジはミサトとの話し合いに立ち会っている。

「好きにすればいいよ」

 シンジとしては、当たり障りのないコメントしか出せない。

「…………」

 マリアが恨めしそうな目でシンジを見る。

「僕の家においでって言ってくれないの? 」

 マリアが寂しそうに呟く。

「それは、世間が許さないわ」

 ミサトがマリアを止めた。

「年頃の男女を二人きりで一つ屋根の下で生活させる訳にはいかないでしょ。なにか間違
いがあったら、困るでしょ」

「アタシは、シンジだったら良い……」

 マリアが頬を染める。

「うっ……」

 シンジが一瞬ぐらついた。



「殺すわよ、シンジ」

 その様子をモニターしていたアスカが、ケルベロスの吐息のような声で言った。

「アンタは、アタシを選んだんでしょうが。それにもうクーリングオフ期間は、過ぎたの
よ。もう、返品も交換もきかないんだから」

 アスカの憤りは終わらない。

「案外、浮気者なのかも知れないわね。シンジのやつ。使徒戦役のころだって、ファース
トに戦自のスパイ女にと、手出しまくりだった。ちっ、男の選択まちがえたか。今からで
も間に合うから、新しい男探そう。戦自の空挺部隊は、活きの良いのがそろっていたわね」

 アスカが爪を噛みながら宣した。
 アメリカに囚われたシンジの奪還作戦が成功をおさめたお礼として、アスカは空挺隊員
全員の頬にキスをしていた。
 紅い稲妻の祝福を受けた空挺隊員全員は、ネルフへ転籍し、壊滅した保安部と作戦部の
実働部隊に編成された。
 裏切りで空席となった保安部長は、暫定的に葛城ミサトが兼任していたが、どの空挺隊
員もミサトの指揮下にありながらもその命令を聞かず、アスカの私兵状態となっている。

「なに言ってるんですか。そんな気、毛頭無いくせに」

 アスカのベッド脇の椅子に座っていた中国娘、呂貞春が笑う。

「そんなことない。アタシ、今後の何十年という人生でパートナーの浮気を心配しながら
過ごすなんてごめんよ」

 アスカが大声で否定する。

「碇さんが、浮気なんかするはず無いでしょう」

「信じられない」

 アスカはかたくなに言い張る。

「惣流さん、わたしは、女としてどうですか? 」

 呂貞春が、話を変えた。

「えっ、まあ、好みはあるだろうけど、魅力的よ」

 アスカは応えた。
 小柄で胸もさほど大きいというわけではないが、色白で大きな目をした呂貞春は、標準
を上回る美少女なのだ。

「碇さんは、全裸の私のを抱きながら、舐めてさえくれませんでした」

 呂貞春が、ちょっとがっくりした風で言う。

「な、舐めるって……ア、アタシだって舐めて貰ってないわよ」

 アスカが焦る。

「でしょ。浮気者だったら、私やアスカさんの裸を見てなにもしないとは考えられません
よ。少なくとも相田さんなら、私はあの場で花散る目に遭っていたはずです」

 呂貞春は、相田ケンスケを引き合いに出す。

「相田の馬鹿は、変態だから、比べる基準にならないわよ」

 アスカが笑う。

「他人の彼氏を悪く言わないでくださいね」

 呂貞春が、爆弾を投下した。

「へっ? 」

 さすがのアスカも理解不能の言語にきょとんとなる。

「まさか……そんな。相田に彼女ができるなんて……エヴァが合体するより難しいことな
のに……」

 アスカが訳のわからないことを口走る。

「いやよ、もう。お願い、アタシのこころを壊さないで。いやあああああああ」

 アスカが悲鳴をあげた。

「惣流さん、無礼って言葉知ってます? 」

 呂貞春の眉がひくついた。

「だって、びっくりしたんだから。で、いつから? 」

 アスカは問うた。

「碇さんが拉致されたとき、アスカさんに叱られたじゃないですか」

「あのときは、ゴメン」

 アスカが素直に謝る。
 呂貞春はネルフから、相田ケンスケはアスカから、学校でのシンジの護衛を頼まれてい
た。だが、シンジは、アメリカの罠にはまった。アスカは、半狂乱になって二人を咎めた
のだ。

「気にしないでください。恋人が奪われたとなったら、私だって、同じことを言いますか
ら」

 呂貞春が、首を振った。

「話を続けて」

 アスカは、呂貞春をうながす。

「あのあと、自分を責めた私に相田さんが、言ってくれたんです。シンジの命を救ったこ
とを誇りに思えって。ロシアの特殊部隊に襲われたときに、呂がいなかったら、シンジは
あのときに殺されていたか、拉致されていたんだろ。それを防いだだけでも凄いことなん
だ。その呂なら、必ずシンジを取り返すことができるはずだ。さあ、一緒に奪還作戦を考
えようぜって」

 呂貞春が、もじもじしながら言った。

「ふうん」

 アスカの目がきらりと光る。

「そのとき、相田さんが……ケンスケが、碇を無事に助け出したら、つきあってくれない
かって言ってくれたんです」

 呂貞春の顔が真っ赤に染まった。

「じゃ、まだできたてのほやほやカップルなんだ」

 アスカの目が好奇心で大きくなる。

「はい」

「で、どこまで進んだのかなあ? 」

 アスカが訊いた。
 このときのアスカの顔をシンジが見たら、間違いなくこう言っただろう。

「アスカ、最近ミサトさんに似てきたね」

 と。
 少女たちの内緒話は、面会時間終了まで盛りあがった。



 結局ミサトの発案で、マリアは、ネルフ医療機関近くにできたばかりのマンションに住
むことになった。もちろん、マンションの住人は全員ネルフ関係であった。
 移籍してきた戦略自衛隊の隊員の多くが、入居しただけにセキュリティは万全である。

 シンジは、マリアの引っ越しを手伝っていた。

「この引き出しは……うわっっ」

 何気なく開けたタンスの引き出しは、マリアの下着がぎっしり詰まっていた。

「シンジのエッチ」

 マリアが真っ赤に染まる。

「包装紙じゃなくて、中身に興味持って欲しい……」

 訴えかけるようなマリアの瞳にシンジが、たじろぐ。

「はいはい、そういうことは、お姉さんの居ないときにやってね」

 ミサトが、二人の間に割って入った。手にしっかりえびちゅを持っている。足下に数本
空き缶が転がっているのを見ると、ずっと飲んでいたのだろう。

「お姉さん? 邪魔なおばさんの間違いでしょ」

 アスカの性格を上書きされているマリアである。シンジ以外には厳しい。遠慮無く肺腑
を抉る言葉を吐く。

「だぁああれが、おばさんだって? あたしはまだ30歳になったばかりよ。花の独身貴
族さまなのよ」

 ミサトの声が低くなる。

「ふん、女なんて、下腹に肉が付いたらおばさんなのよ」

 マリアがとどめを刺した。

「ふん、あんたみたいなね、白人はね、若いときは良いのよ。中年になってご覧なさい、
肌は汚くなるわ、胸は垂れるわ、腹は出てくるわ、足は太くなるわ、あっというまに体型
崩れるんだからね」

 ミサトも負けていない。

「シンちゃん、騙されたら駄目よ。白人は老けるの早いわよ」

「うっさいわね」

 シンジは二人のやりとりを見ながら、涙を流していた。かつてコンフォート17で、ミ
サト、アスカ、シンジが過ごしていた、暖かい日々を思い起こしたのだ。

「シンちゃん……」

 ミサトがシンジの様子に気づいた。

「どうしたの、シンジ」

 マリアがミサトの視線を追って、驚いた。

「なんでもないよ」

「どこか痛いの? 」

 マリアが、シンジの身体をなで回す。

「うれしいのよね。シンちゃん」

 ミサトが、穏やかな顔をした。

「はい」

 力強くシンジが頷いた。

「ごめんね。なにもしてあげられなくて」

 ミサトがシンジをその胸に抱いた。
 使徒戦役が終わって背の伸びたシンジは、かつてのようにミサトの胸の谷間に顔をうず
めることはなくなったが、ちょうど鼻がミサトの首筋に当たるようになっていた。
 ミサトの髪から、ミサトの制服の隙間から立ち上ってくる女の匂いに包まれてシンジは、
真っ赤になった。

「続きしよっか」

 ミサトの甘い吐息がシンジを惑乱する。


「ちょ、ちょっとなにしてんのよ、アタシのシンジを離しなさい、この乳だけババァ」

 マリアが、怒り心頭という顔でシンジとミサトの間に割りこもうとした。

「うっさいわねえ。悔しかったら、ブラしないでも谷間ができるぐらいになってご覧なさ
いよ」

 ミサトが勝ち誇った顔で言う。
 マリアは呂貞春には、勝っているが、フランソワーズ・立花・ウオルターには、タッチ
の差で負け、イリーナには完敗状態なのだ。ミサトには逆立ちしても勝負にならない。

「ふん、アタシは今成長期なの。すでに老化現象しかないおばさんなんか、敵ではないわ」

「ろぉかぁげえんしぃよう……その言葉を吐くだけの覚悟はあるんでしょうねえ、ション
ベン臭いガキ」

 ミサトの顔色も変わった。

「だれが、ションベン臭いって? 」

 マリアが低い声を出す。

「ま、待ってよ、二人とも」

 シンジが慌ててミサトから離れて仲裁に入ったが、戦闘モードに入った二人には聞こえ
ない。

「シンジ、アタシがこの色ボケ女から、アンタを護ってみせる」

 マリアが腰を落とす。

「シンちゃん、ちょっち待っててねえ。すぐに小娘を排除するからねえ。そうしたら、今
日こそ続きをしましょうね。ちゃんと最後までお姉さんが教えてあげるから」

 ミサトの目が炯々と光る。

「えっ、あの……」

 戸惑っているシンジを軽々とミサトは片手でつかみあげて、部屋の隅にあったソファに
投げ出した。

「来なさい、ガキ」

 ミサトが右手の人差し指と中指を曲げて挑発する。

「後悔させてやるわ」

 マリアが、二歩ほど後ろにさがって間合いを開ける。

「ふっ」

 ミサトが軽く息を吐いて、間合いを詰め、右手を突きだす。マリアが首を傾けてこれを
かわし、逆に右足で蹴り上げた。
 ミサトが左手で蹴りを受け止め、そのまま左膝ではさむように蹴った。

「ちっ」

 マリアが後ろに跳んで逃げる。

「甘い」

 ミサトが追う。
 そう広くない部屋である。すぐにマリアが壁際に追い詰められた。

「終わりね」

 ミサトがにやりと笑って止めの一撃をマリアの顔にたたき込んだ。

「あっ、えびちゅ」

 マリアが叫ぶ。

「えっ」

 ミサトの気が揺れた。マリアはその一瞬を逃さなかった。反撃する余裕はない。身体を
倒すようにしてかわす。
 目標を失ったミサトの右手は、壁を打ち抜いた。

「げっ……」

 転がるようにしてミサトの後ろに回ったマリアが、それを見て絶句した。

「こ、殺す気」

「あらん、この程度で死ぬようなタマじゃないでしょう」

 そう言いながら、ミサトが引き抜いた手を撫でる。

「そろそろ終わりにしてください。でないと、引っ越しできませんから」

「駄目よ、シンジ。蛇はね、頭をつぶすまでやらないと、あとあと祟るのよ」

「叩けるときに叩く。戦略の基本よ、シンちゃん」

 二人とも言うことを聞かない。

「そうですか。では、マリアさん、引っ越し自分でやってください。ミサトさん、リツコ
さんに言いつけてネルフの冷蔵庫からビール全部捨てて貰いますよ」

「それは、いやっ。ゴメン、シンジ」

「ビールは、命の水なのよ」

 二人が、あわてて退いた。

「じゃ、荷造り始めましょうね。マリアさん、下着は自分でやってください。ミサトさん
は、荷造りのできあがった段ボールを車に運んでください」

 シンジの命令で二人は渋々動き出した。



 マリアが新しく住むことになったマンションは、使徒戦役の終了を受けて本格的に復興
を始めた第三新東京市が、計画したものだ。
 コンフォートマンションをモデルとして、まったく同じ造りで11棟建築された。その
なかのコンフォート28が、マリアの新しい住居である。

「ここだね、702号室」

 シンジが、マリアをうながす。マリアがポシェットからカードキーを取り出し、スロッ
トに通した。圧搾空気の音がして扉がスライドする。

「ここなのね」

 マリアがおそるおそる中へ入っていく。
 かつてシンジとアスカとミサトが同居していたコンフォート17は、2LDKで納戸つ
きだったが、マリアの部屋は、1LDKの納戸つきである。

「家具は、有る程度こっちで用意したからね」

 ミサトが、最後に入ってくる。
 記憶操作でシンジの幼なじみ、恋人一歩手前とされたマリアであるが、そこにどのよう
な罠が仕掛けてあるかわからない。
 ネルフは、用意した家具だけでなく、部屋の中の至る所に盗聴器をしかけてあった。
 細かい片づけは、ちょっとずつすることにして、大きなものだけ済ませる。4時間ほど
で、なんとか形になった。

「じゃ、マリアさん、夕食は、冷蔵庫にカレーつくったやつを入れてあるからね。温めて
食べて」

 シンジは、帰り準備を始める。

「ねえ、シンジ。泊まっていかない? 昔よく、一緒のベッドで寝たじゃない」

 マリアが、寂しそうにシンジのシャツの裾をつかむ。

「だ、駄目だよ。だ、男女7歳にして同衾せずって言うし」

 シンジが、慌てる。

「明日の朝、学校へ行くのにむかえにくるからね。寂しかったら、隣には、呂貞春さんが、
いるから」

 シンジは、マリアをなだめる。

「そう言って、アスカさんの所へ行くんでしょう」

 女の勘は鋭い。

「ごめん」

 シンジは嘘がつけない。

「いいわ。でも、負けない。最後に勝てばいいだけ。バージンロードで腕を組むのは、ア
タシだから。アスカさんには、今だけ夢を見させてあげるわ」

 マリアに見送られて、シンジとミサトは、マンションを出た。


「たいへんね、シンジくん。美少女3人に思われるなんて」

 ミサトが、からかう。

「でも、僕にはアスカしかいませんから」

 シンジはきっぱりと述べる。

「ねえ、シンちゃん。レイが生きていたら、そう、言い切れる? 」

 ミサトが呟くような声で言う。

「…………ええ。それでも僕は、アスカを選んだと思います」

 一拍の間があったが、シンジは、きっぱりと告げた。



 マンションの前でシンジと別れたミサトは、ネルフ本部に戻った。

「引っ越し終わったわよ」

「ごくろうさま。盗聴器ちゃんと作動しているわ」

 リツコが、耳にしていたイヤホンをミサトに渡す。

「どう、マリアの様子? 」

 イヤホンを耳に入れながらミサトが訊いた。

「泣きながら、シンジ君のつくったカレーを食べているわよ」

 リツコが苦い表情を浮かべた。

「……大人の都合で子供をいつまで犠牲にすれば、良いのかしらね」

 ミサトがイヤホンを抜く。

「それこそ、人類が神にでもならない限り、無くならないかも」

 リツコが冷たい声で断じた。手にしたコーヒーカップが揺れる。

「どう、日向君、EUの手先の動きはない? 」

 ミサトが日向マコトに問う。

「フランソワーズの父、パードレ・立花・ウオルターに目立った動きはないのですが……」

 日向が、語尾を濁す。

「どうかした? 」

 ミサトが、訊いた。

「コンフォートマンション24なんですが、入居者が全部日東重工業の社員なのが気にな
るんですが」

「日東重工業といえば、ウオルターの勤務先よね」

 ミサトがリツコに確認する。

「そうよ。マヤ」

「はい」

 リツコの指示で、マヤがキーボードを操作して大型モニターに日東重工業の情報をだす。

「株式会社、日東重工業。資本金150億円。主にブルドーザーとかクレーンとかダンプ
カーなどの建築用車両を製造している。元は日本の小松原家創始になるが、第三新東京市
の建築特需で規模を増大しすぎ、2012年に経営が悪化、ドイツのカール自動車の傘下
に入った」

「カール自動車って……」

 ミサトが顔色を変えた。

「ゼーレの中核企業だったわ。サードインパクトの混乱で、フランスのフォスターグルー
プに吸収された」

 リツコが伝える。

「EUで指折りのフォスターグループは、ネルフEUに多大な影響力を持っているわ。ア
メリカの自動車産業が壊滅に近い痛手を負ったセカンドインパクト以降、一気に成長した
新興グループとは思えないほどね」

 リツコがコーヒーを口に運ぶ。

「臭いわね」

「ええ」

「コンフォート24の場所は、アスカの入院している病院と近いの? 」

「いえ、どちらかといえば、第壱中学校に近いですね」

 ミサトの質問に日向が、答えた。

「ウオルター一家はどこに住んでいるのかしら? 」

「はい。彼らは、クイーンズコートエスタ922号室です。クイーンズコートエスタは、
第一中学校を中心にコンフォート24とは正反対の位置にあります」

 マヤが、すぐに応じる。

「誰か、ネルフの人間でクイーンズコートエスタの住人はいない? 」

「ちょっと待ってください……1人います。調達部の人間です」

「調達部か……」

 ミサトが爪を噛む。
 ネルフに納入される物品を扱う調達部の人間は、軍事訓練も受けていないし、人事部、
総務部と並んで階級制を取っていない、全くの民間である。

「独り者? 」

「はい。28歳の男性です」

「諜報部か作戦部の女性部員を送り込めないかしら? 」

 リツコがミサトを見た。

「諜報部は、アスカの管轄だからね。作戦部には、今ちょうど良い女性はいないわよ」

 ミサトの作戦部は、ロシアとの戦いで損害を受け、戦自転向組で補充したとはいえ、女
性隊員は、ミサトだけになっていた。

「あたしが、いこうか? 」

「ミサトを同居させるのは、業務命令とはいえ、可哀想だわ」

 リツコが、ため息をつく。

「どういう意味よ」

「聞きたいの? 」

「いいわ」

 リツコの氷の視線が勝った。

「アスカに頼むしかないわね」

「そうね」

 ネルフを支える二人の女性が、顔を見合わせて首肯した。



 そのころ、アスカは、遅く帰ってきたシンジにご機嫌斜めであった。

「予定より1時間半も遅かったじゃない。微妙な時間よねえ、90分って」

 アスカの目がじとっとシンジを睨む。

「なんにもしてないよ。荷物を整理して梱包して運んで開封して片づけただけだって」

 シンジは、一つ間違えば命に関わるだけに必死である。

「ベッドはあった? 」

「そりゃあ、有ったけどさ」

「ふううううん、ベッドは有ったんだ。寝心地はよかった? 」

「知らないよ。触りもしなかったんだから」

「ソファという手もあるものねえ。いや、床に直接でも……」

「だから、そんなことしてないって」

「そんなことって、アタシなにも言ってないわよ」

 アスカの口の端がちょっとつり上がる。

「だから、なにもしてないよ。第一ミサトさんが一緒なんだよ」

 シンジは、ミサトのことを思い出したように口にした。

「ふん、戦場のどさくさにシンジの唇を奪うような女、信用できないわよ」

 アスカは、まだ根に持っている。

「どうしたら、信用してくれるの? 」

 シンジは泣きそうになっている。

「キスしてくれたら許す」

 アスカが真っ赤になる。毎日何度と無くキスをしているくせに、その先に進めないから
か、いつまで経っても慣れないのだ。

「アスカ……」

「シンジ……」

 二人の唇が触れ合う。

「ちょっと、待って」

 すぐにアスカがシンジの両肩をついて引き離す。

「どうしたの、アスカ? 」

 いつもなら唇を舐めたり、吸ったり、ついばんだり、舌を入れたり、入れられたり、歯
茎を舐めたり舐められたりと、20分はくっついているのに、数秒で離れたことが、シン
ジには驚きであった。

「こっちに顔を出しなさい」

 アスカがシンジの襟首をつかんで引っ張る。

「この匂い……ラベンダーの香水……ミサトとくっついたわねえ」

 アスカの声が限界深度を超えた。

「えっ、これは、その、あの」

 シンジは、パニックに陥る。

「まさか、大人のキスの先を教えて貰ったんじゃないでしょうねえ」

「ち、違う、絶対、違う」

「そう、なら、半殺しで許してあげる」

 アスカの両手が、シンジの襟を交差してつかむ。

「く、苦しい……」

 柔道の絞め技でシンジを落とすと、アスカは、そのまま抱きしめた。

「信じているけど、不安なのよ。綺麗だったアタシをシンジにあげれないから」

 アスカが、そっとシンジの髪を撫でた。




                                続く


後書き
 お読み頂き感謝しております。そろそろEUが動き出します。

タヌキ 拝

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 タヌキ様の当サイトへの21作目。
 もうっ!マリアのヤツ、このまま幼馴染アスカの記憶でい続けるわけぇ?
 そんなの許せないわよっ!
 そうだ、誰かの記憶を乗っければいいんじゃない。
 ミサト…やリツコはまずいわよねぇ。
 あいつらもシンジを狙ってるしさ。
 ヒカリ…なんかにしたらヒカリ本人に殺されちゃうわ。
 鈴原をめぐって三角関係になっちゃうもんね。
 あ、そうだ。日向さんあたりでどう?
 ミサトにLOVEでいいんじゃない?
 冗談よ。一人になったらめそめそ泣いてるよ〜なヤツにいぢわるしても仕方ないでしょ。
 問題は最後の強敵EUよね。
 どんな手で来るのか、とにかくがんばるっきゃないもんね!
 
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。

 

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