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 タヌキ
 

 

LASから始まる
 
新たな戦い
 
18

 


 

タヌキ        2005.10.01

 

 











 

 新ネルフ本部発令所は、驚愕に包まれていた。

「レイ……」

「なぜ」

 ネルフ作戦本部部長兼副司令葛城ミサトが呆然と名前を口にし、技術本部長兼副司令赤
木リツコが愕然とする。

「マヤ、データーを保存。リンクを切って」

「は、はい」

 リツコに命じられた技術部部長補佐伊吹マヤが、あわててキーボードに指を走らせた。

「まずいわね。ロシアに知られたわ」

 リツコが爪を噛む。
 サードインパクトを乗り越えたが、特務権限のほとんどを失ったネルフに使用できる人
工衛星は無い。
 宇宙空間に漂うエヴァンゲリオン初号機の確保を巡って世界有力国が争うなか、初号機
専属パイロット争奪戦で敗れたロシアは、ネルフに接近。その所有する人工衛星を使って
の探査をネルフに申し出た。その結果、初号機のエントリープラグから、レイのパーソナ
ルパターンが検出された。

「なにがまずいの? ロシアとは手を結んだじゃない」

 ミサトが、リツコに問う。
 ロシアとネルフは、互いの利害を勘案して、協力関係を構築したばかりである。ミサト
はそれを口にした。

「シンジ君でなくても、初号機を動かせるパイロットが居ることがわかったのよ」

 リツコがいらだちを隠さない。

「えっ、だってレイは零号機専属でしょ? 」

 ミサトが怪訝な顔をする。
 現存するエヴァは初号機のみ。零号機のないレイは、元パイロットでしかないとミサト
は認識していた。

「サードインパクトの報告書、読んでないでしょ」

 リツコの目が、細くなる。

「あんな電話帳よりも分厚い物、読むわけ無いでしょうが」

 ミサトが堂々と言う。
 報告書は、ネルフが誕生からサードインパクト終了後の後始末までを赤木リツコが中心
となって詳細にまとめたもので、これのお陰でネルフが生き残ったと言っても過言ではな
いものだ。すべての情報をあかし、責任をゼーレに押しつけた名文である。

「お願いだから、書類は読んで。あなたはもう特務権限を使えるネルフ作戦部長さまでは
ないのよ。しがない国際公務員なんだから。あなたのミスがネルフの首を締める、いえ、
命取りになりかねないの」

 リツコが哀願する。

「わかったから、今回だけ教えて」

 ミサトが顔の前で両手を合わせる。

「はあ」

 リツコがわざとらしいため息をつく。

「後でちゃんと読んでよ」

「わかったって」

 軽く応じるミサトを疑問の眼差しで見つめながら、リツコが口を開いた。

「エヴァが使徒のコピーだとは知っているわね。人と使徒は互いに相容れないもの。普通
の人間はエヴァとシンクロすることができない。だから、碇ユイ博士、惣流・キョウコ・
ツエッペリン博士は、エヴァと子供たちの仲介役となるべく自分の魂を取りこませた。そ
のおかげでエヴァは動かせるようになったけど、専属パイロット制になった。でも一人だ
け、正確には二人だけど直接エヴァとシンクロできるチルドレンがいる」

「使徒の遺伝子を保つ綾波レイとフィフスチルドレン渚カヲル……」

 リツコの言葉をミサトが引き取る。

「そう」

「でもそれっておかしくない? 第三使徒サキエル戦でレイが初号機に乗ったけど、あま
りうまく扱えなかったじゃない」

 ミサトが疑問を呈した。

「拒否されたからよ。初号機のコアに眠っているユイさんに。子供が母親に縋る感情がレ
イには理解できていなかった。レイは無だった。だから、ユイさんに受け入れられなかっ
た」

 リツコが応える。

「じゃ、コアに誰も入っていなければ、レイはどのエヴァでも扱えるの? 」

「そうよ。もし宇宙空間に漂うエヴァンゲリオン初号機のコアからユイさんの魂が消えて
いたら……」

「レイでも動かせる」

 ミサトが顔色を変えた。
 それは、今までの戦いをまったく無意味なものにする出来事であった。



 いつものようにシンジを学校に送り出した惣流・アスカ・ラングレーの元に赤木リツコ
がやってきた。

「珍しいわね。ここ最近、姿を見せなかったじゃない。もうアタシのことなんか忘れたか
と思ったわ」

 アスカが、リツコに厳しい言葉をかける。

「悪いわね。ちょっと忙しくて」

 アスカの皮肉にリツコが力なくわびる。

「どうしたのよ? 元気が無いどころか、生気が感じられないけど? 」

 アスカが、リツコを気遣う。

「……ええ。たしかに疲れているわ。まったくどうして、私はサードインパクトで死んで
しまわなかったのかしら。あのときLCLの海から復活しなければ、こんな苦労をするこ
ともなかった」

 リツコがうつろな笑いを浮かべる。

「なにがあったの? リツコにしては珍しいじゃない。そこまで弱気になるなんて」

 アスカが、リツコを見つめる。

「…………」

 リツコはしばらく沈黙した。

「レイが……ファーストチルドレン、綾波レイが見つかったわ」

「なんですって」

 アスカが驚愕した。

「冗談じゃなさそうね」

「ええ。夢だったらと、何度思ったかわからないけど、現実よ」

 リツコがしみじみと言う。

「何処にいたの? 生きているの? 元気なの? 」

 アスカが矢継ぎ早に訊く。

「初号機のエントリープラグの中よ。生きてはいるわ。五体満足かどうかはわからない」

「どういうこと? 」

 アスカの声が低くなった。

「なぜ、レイが初号機のエントリープラグの中にいるのかをふくめて、なにがどうしてこ
うなったのか、まったくわからないのよ」

 リツコが肩を落とす。

「どうやってファーストはいままで生きてきたのよ? サードインパクトからかなり時間
が経つわよ。LCLに有る程度の栄養補給機能があるとはいえ、そんなに保つわけ無い」

「シンジ君から聞いていない? レイのこと」

 アスカの詰問に答える変わりにリツコが問い返す。

「聞いたわ」

 アスカは目をそらした。

「レイは、シンジ君のおかあさん、碇ユイ博士のサルベージの結果産み出されたクローン。
人として足りない部分を使徒で補った存在。人であり、使徒である。そして、レイの予備
はLCLの中で生きていた」

「…………」

 アスカは黙っている。

「レイの使徒の因子が、コアに直接コネクトできれば、初号機は稼動するわ」

「シンジが不要になるというわけか」

 アスカが口を開いた。

「本当にわかっている? 」

 リツコが念を押す。

「わかっているわ。シンジが居なくても初号機は動く。となれば、シンジの争奪戦の様相
は大きく変わる。初号機とレイを手に入れた国にとって、シンジは不要どころか、邪魔な
存在でしかない。より一層シンジの命が狙われることになるのね」

「ええ」

 リツコが首肯する。

「いままでよりも初号機への対応が、急がれるわ。私たちが初号機を手にできれば、シン
ジ君の命の問題はかなり軽減できる。初号機を奪えなかった国が、そのパイロットの命を
狙ってくる可能性も減らせる。たった一人のパイロットなら、それを殺せばエヴァはただ
の置物に成り下がる。だけどそのパイロットが二人となると話は変わるわ。どちらか一方
を襲った段階で残り一人がエヴァにエントリーし、その国への報復行動に出る。エヴァの
まえにすべての武器は意味が無く、ATフィールドの浸食に耐えられるシェルターはない
わ」

「シンジのためにも初号機は絶対にネルフでおさえなければならない……か」

 アスカが、つぶやく。

「シンジ君にはレイのこと伝える? 」

 リツコが問うた。

「そうねえ」

 アスカは考えこむ。シンジのことだレイが初号機の中で生きているとなると、必死にな
って助けようとするに違いない。

「惣流三佐としてなら黙っておくべきね。知ったシンジ君に派手に動かれては、警護も難
しいし、情報統制などできなくなるわ」

 リツコがアスカの顔を伺う。

「わかっているわ。でもね、アタシはシンジに隠しごとはしないことにしているの。もう
二度とあんな想いをしたくはないから」

 アスカが表情を引き締めた。

「鈴原君のことね」

 リツコが、言った。
 かつて使徒戦役の最中、アスカはエヴァンゲリオン参号機のパイロットが碇シンジの親
友鈴原トウジと知りながら、それを告げることができず、二人の間に大きな亀裂を産むこ
とになった。

「言わなくてもわかっていると思うけど、アタシはネルフ、いや世界よりもシンジを優先
するわ。シンジも同じ」

 アスカの目に力が入る。

「わかっている。心配しなくてもいいわ。いまのネルフは、アスカとシンジ君のためにあ
るようなもの。日本政府を敵に回してもあなたたちを護る」

 リツコがきっぱりと告げる。

「さて、そろそろお暇するわね。リハビリの時間でしょ」

 リツコが椅子から立ちあがった。

「教えてくれてアリガト」

「ふふふ、あのアスカが素直に礼を言うなんて……これだけでサードインパクトの価値は
あったわね」

 リツコが笑いながら病室を出て行った。



 アスカのリハビリはほとんど最終段階に入っている。
 神殺しの槍によってつけられた傷は、癒えることはないが、心を壊したことによる心身
の衰弱はほとんどその影を消している。

「気をつけて、まっすぐ歩こうと意識しないでいいですから。左目の視力がほとんどない
から距離感がつかみにくいだけです。少し頭を左右に振って右目で目標地点を見てくださ
い。そう。わかりましたでしょう」

 機能訓練士の声に合わせるようにアスカは、努力を続ける。

「はい。一度ここで休憩を取りましょう」

 機能訓練士が、休みを提案した。

「まだできるわ」

 アスカは納得していない。

「やりすぎは筋肉の疲労を強くするだけで、効果的ではありませんよ」

 機能訓練士が笑ってアスカをたしなめる。

「そうですよ、三佐」

 付き添いとしてきているネルフ諜報部別班班長水城一尉が、手にしていたタオルを差し
だす。

「わかったわよ」

 アスカは怒ったように水城一尉の手からタオルを取って汗を拭く。
 異性の目、いや、アスカのためだけに用意されたリハビリルームに人目はない。アスカ
は思い切りよく上半身裸になった。
 14歳。思春期まっただ中、女の子から少女への変遷期。大人と子供の同居する時。ア
スカの肢体は、確実に女への階段を上がりつつある。 

「はあ」

 機能訓練士と水城一尉が、合わせたかのようにため息を漏らす。

「どうしたの? 」

 アスカが尋ねた。

「神は不公平ですね」

「はあ、14歳であれでしょ。20歳を越えたらどうなるんでしょうね」

 きょとんとしたアスカをよそに二人の適齢期の女性達が顔を見あわせる。

「お互い、彼氏を近づけないようにしなきゃ」

 二人の女性が手を握りあった。



 いつものようにシンジが、学校からアスカの病室へ戻ってきた。
 アスカの性格と偽の記憶を植え付けられたマリア・マクリアータをマンションの部屋ま
で送って、入院しているイリーナ・ガルバチョフを見舞っての帰室である。時間はすでに
夕刻の6時をまわっている。

「遅い。アタシにダイエットさせるつもり? 」

 アスカの機嫌は悪い。
 シンジのやっていることが、優しさの表れであり、そんなところがアスカの気に入って
いるところだとわかっていても、他の女にかまけることは許されないのだ。

「ごめん。すぐに晩ご飯にするよ」

 シンジはさげていたスーパーのビニール袋を台所に置くと、学生服の上から紫色のエプ
ロンを着けた。
 アスカのわがままでこの病室には、一応の調理ができるだけの設備が整えられている。
さすがに酸素吸入器などのある病室にガスコンロはおけないので、電磁調理器であるが、
最高性能のそれは強いパワーで中華料理でも揚げ物でもなんでもござれであった。

「今日の晩ご飯は、久しぶりに天ぷらだよ」

 シンジはアスカの好物をあげた。

「うん」

 アスカもうれしそうにうなずく。



 夕食はベッドから起きられるようになったアスカを迎えて、テーブルで饗される。二人
きりにはちょっと多いかなと思われる量の天ぷらを大皿に盛りあげる。つけるものは、塩、
抹茶塩、天つゆとソースが用意されていた。
 日本に来てから一年以上になるアスカであるが、やはり味覚形成期の欧米生活が尾を引
いている。アスカは比較的濃い味付けを好む。

「天ぷらにソースなんて……邪道だよ」

 当初抵抗したシンジだったが、

「食べ物ぐらい、好きにさせて」

 とアスカに押し切られて、ソースを常備するようになった。
 もっともその時に「食べ物だけじゃなくて、全て好き放題じゃないか」と思ったシンジ
だが、サードインパクトを越えて経験を積んだおかげで口に出さずに済み、無事に生きて
いる。
 それぞれにネルフ諜報部長国連軍三佐待遇、ネルフ作戦本部初号機専属パイロット国連
軍二尉待遇を受けているだけに生活費は潤沢である。かつてのように葛城ミサト三佐の監
督下に置かれることもなく、得た収入は自由に使える。二人の食事はかなり贅沢であった。

「ごちそうさま」

 体力の回復を意図しているのか、それとも単に食欲が有るだけなのか、アスカの食事量
はシンジよりも多い。
 アスカは、海老を8尾、烏賊を5切、サツマイモを4枚、レンコンを4枚、タマネギを
5切、アスパラを3本とご飯を3杯食べてようやく満足した。

「お粗末さま」

 シンジは、すぐにアスカに紅茶を用意する。食事中はほうじ茶などの日本茶を好むアス
カだが、食後は紅茶、それも葉から淹れたものを欲しがる。

「アリガト」

 アスカは一口紅茶を飲んでほっと息をつく。

「ねえ、シンジ」

 アスカは、洗い物をしているシンジの背中に声をかける。

「なに、アスカ? 」

 いつものことだ。アスカはシンジにかまって欲しくて話しかけているだけで、些事なこ
とが多い。シンジは洗い物の手を休めることなく、背中でアスカの声を聞く。シンジはさ
っさと用事を済ませてアスカと一緒にテレビを見るのが楽しみなのだ。

 だが、今夜は違った。

「ファーストが見つかったわ」

 アスカの一言にシンジの手から皿が落ちた。大きな音をたてて割れる。

「……ほんとうに? 」

 シンジが振り向く。

「ええ。今日、リツコが来て教えてくれたわ」

「どこに……」

 シンジが短く問う。

「初号機のエントリープラグの中だって」

 答えるアスカの顔は感情を浮かべていない。

「なぜ? 」

「わからないわ。サードインパクトの真実を知っているのは、シンジ、アンタだけなのよ」

 初号機が量産機に囲まれて空中にはりつけられたとき、すでにアスカの意識は死んでい
た。

「…………」

 シンジが、目を閉じて必死に回想を始める。
 アスカは、そんなシンジを黙って見続けた。

「綾波が、初号機のエントリープラグに入ったはずはない……」

 シンジが、小さくつぶやく。

「だって、綾波は大きくなっていたんだから……」

「ねえ、シンジ。アタシは意識を殺されていたからわからなかったけど、ファーストはリ
リスと合体して、みんなのATフィールドを反転させたのよね」

「うん」

 シンジの顔がゆがむ。

「そして、シンジの願いを聞いて世界を再構築し、ファーストは塩の像になった」

「ううっ……」

 シンジが嗚咽を漏らす。

「ファーストって完全な使徒だったの? 」

「違う、綾波は、ヒトだった。ほんの少し欠けたところが有っただけの」

 アスカの問いにシンジが必死で首を振る。

「なら、塩の像になったのが使徒であったファーストだったとしたら? ヒトとしての魂
はどこに行ったのかしら? シンジの側に居たなら、初号機のコアに取りこまれてもおか
しくないわ」

 アスカはシンジを諭すように言う。

「でも、リリスと合体した綾波の身体は、塩の像に……」

 シンジが、首を振る。

「はあ……」

 アスカはため息をつく。

「あのね、シンジ。嫌なことを思い出させて悪いけど、エヴァンゲリオン参号機との戦い
を忘れたって言うの? 」 

「うっ」

 シンジの顔色が一段と暗くなる。

「あの時初号機とシンクロしていたのは、ファーストのパターンを使ったダミーシステム
だった。つまり、初号機のエントリープラグにはファーストのパーソナルパターンがメモ
リーされていた」

 アスカが、ゆっくりと語る。

「シンジ、LCLがなにでできているかは知っているわよね」

「うん」

 シンジがうなずく。

「LCLには、人を構成するのに必須な物質が含まれている。極端な話、魂と身体を構成
するパターンさえあれば、エントリープラグの中でヒトを作りあげることは可能なの」

「それって……」

「そうよ。エントリープラグは、母親の子宮と同じ」

 アスカが、そっと自分のお腹を撫でる。

「まさか、母さん……」

 シンジが顔をあげた。

「アタシは会ったこと無いけど、シンジのお母さんって、そういうヒトでしょ」

「僕もよくは知らないけど。母さんならやりそうだ」

 シンジは、サードインパクトの時にあった碇ユイを思い出す。
『ヒトの生きた証を残したい』
 そう言ってエヴァから還ることを拒んだユイ。死海文書を解読して、サードインパクト
を予告。それを防ぐためにエヴァを作りその中の取りこまれた。
『子供達に明るい未来を……』
 そう言いながらもシンジやアスカが見たのは、心を壊すほどの地獄。

「子供なんて要らないって、ついこの間まで思っていたアタシが言えることじゃないかも
知れないけど。女の生きた証って、自分の子供を産むことじゃない? 」

 アスカが、まじめな顔で言う。

「母さんには僕という子供が居るけど? 」

 シンジが突き放すように口にする。

「女の子も欲しかったんじゃないの? 」

「そんな……」

 シンジが、呆けたように口を開ける。

「冗談よ」

 アスカは、笑った。

「シンジのお母さんがなにを考えたのかはわからないけど……ファーストは、シンジのお
母さんのクローンなんでしょう? 」

「正確には違うらしいんだけど。よくわからないんだ。エヴァに飲みこまれた母さんのサ
ルベージで産まれたらしい。でも母さんの遺伝子の一部が欠けているとかで、そこにリリ
スの遺伝子を配したんだって」

 シンジはサードインパクト直前に、ジオフロント地下深く、LCLプールの前でリツコ
から教えられたことを話した。

「そう。ファーストはそうやって作られたんだ」

「作られたって……」

 アスカの言いように、シンジが哀しそうな顔をする。

「はあ、相変わらず鈍いわね」

 そんなシンジにアスカがあきれる。

「どうしてさ? 」

 シンジが膨れた。

「作られた存在を変えるために、シンジのお母さんはファーストを産んだのよ」

 アスカが、両手を腰当てて言った。

「えっ? 」

「はあ。アタシの話聞いてなかったの? エヴァのエントリープラグを子宮と考えてと言
ったでしょうが。じゃ、その中にいるのは? 」

「えっと……赤ちゃん? 」

 シンジがおずおずと答える。

「正解」

「綾波は……普通の人として生まれ変わるの? 」

「ファーストの検査結果が出てないから、言い切れないけど。たぶんね」

「よかった」

 シンジが、心底うれしそうな顔をする。

「むっ」

 アスカは、その喜びの表現にちょっとむかついた。

「で、どうするのかな? 無敵のシンジさまは。ファーストをおむかえに行ってあげるの
かしら? 」

 アスカの口調が嫌みになる。

「行かないよ」

 シンジが即答した。洗い物を中断してシンジがテーブルに腰を下ろす。

「へっ? 」

 返答の疾さにアスカは驚愕する。

「なんで?……シンジにとってファーストは特別じゃないの? 」

 アスカは、弱い声音で尋ねる。

「僕は、綾波を選ばなかったから……」

 シンジの声が再び暗くなる。

「……シンジ……」

 アスカも声を詰まらせる。
 サードインパクトでシンジが選んだのはアスカだった。それは、赤い浜辺で首を絞めら
れたときにアスカも気づいている。

「あの時、父さんの想いを捨てて僕の元へ来てくれた綾波を、僕は拒絶してしまった。巨
大化した綾波を見て僕の心は壊れ、サードインパクトが起こった。なのに、綾波は僕を見
捨てることなく、僕に選ばせてくれた。綾波と共に神となって滅びた地球を一から作り直
していくか、今までと同じ世界へと戻って他人の恐怖と戦いながら生きながらえていくか
って」

「アンタの選んだ他人の恐怖の代表が、アタシってわけか」

 アスカは、大きく息を吐いた。

「ご、ごめん」

 シンジが謝る。

「だって、アスカしか思い浮かばなかったんだ。恐怖の対象……」

 証されたシンジがアスカを選んだ理由。

「ふううううううん。そうだったんだあ。アタシが恐怖の代名詞だったんだあ」

 アスカの地を這うような声が、病室を凍らせる。

「えっ、あ、違う。あの時は、そのアスカが好きだと気づいて無くて、でも、無意識にア
スカのことを想って……」

 シンジが焦る。

「言い訳は、それだけ? 」

 アスカは、テーブルを挟んで座っているシンジの顔に手を伸ばす。

「ひっ」

 シンジが腰を引く。

「失礼な反応ね。恋人の顔に触れようとしただけなのに」

 アスカの笑いが黒い。
 シンジが震えながら首を左右に振る。シンジの目はアスカの両手から離れない。

「あら、これ? 大丈夫よ。ちょっと紅い海のほとりでの再会を再現したかっただけ」

 アスカはかぎ爪のように曲げた指を蠢かす。

「やられたらやり返す。がアタシの信条だし」

 アスカはシンジの首に手を伸ばす。

「で、でも……アスカ、受けた屈辱は10倍にして返すんじゃ……」

 シンジがおびえる。

「そうねえ。アタシとシンジの仲だから……特別に3倍で我慢してあげるわ」

 アスカは薄く笑った。

「死ぬ、死んでしまう」

「許して欲しい? 」

 アスカは、表情を消して言う。

「うん。なんでもするから」

 シンジが哀願する。

「明日の晩ご飯をビーフシチューにしろというならするし、目でヴァイスブルストを噛め
と言うなら噛むよ」

 シンジは必死である。

「それも面白そうだけど……今度にするわ」

 アスカはにやりと口の端をゆがめる。

「シンジ」

 アスカは、表情を一転して引き締め、眼に力を入れてシンジを見つめた。

「ファーストをむかえに行きなさい」

「えっ? 」

 シンジが驚きで口を開ける。

「いえ、ファーストをむかえに行ってあげて」

 アスカは命令をお願いに変えた。

「どういうこと? 」

 シンジがわからないという顔で聞き返す。

「アスカは綾波のこと嫌っていたんじゃ? 」

「嫌いよ。今でもね。世の中の不幸は全部私がしょってますってな、訳知り顔のアイツは
ね」

 アスカは強い口調で話した。

「でも、このままで良いとは思わない。ファーストは死んだと思っていたから、我慢でき
たけど。生きているなら話は別よ」

 アスカは、シンジの顔を両手で挟み、眼を逸らさせないように固定する。

「ねえ。ファーストが、このまま宇宙空間に一人寂しく漂って死んでしまって良いの? 
アタシたちはいがみ合っていたとはいえ、この世の中に三人しかいないチルドレン。一緒
に戦い、命を預け合ったこともある。戦友、仲間、いえ、そんな言葉で表すことさえでき
ない絆があるんじゃないの? 」

 アスカはシンジの黒い瞳に映る自分に語りかける。

「アタシたちは、今幸せよね」

「うん。幸せだ」

 アスカの問いかけにシンジが応える。

「この幸せを手にするために、アタシたちはずっと辛い思いに耐えてきた。だから、この
幸せを享受することにためらいはないし、シンジとアタシの未来を邪魔するやつには容赦
しない」

「僕もアスカを狙うやつは許さない」

 シンジも強く宣する。

「ファーストだけ、仲間はずれはおかしいじゃない? アイツはシンジのこと好きだった
から気に入らないけど。でも、このままで良いはず無い」

 アスカは断言した。

「ファーストにだって幸せになる権利はある。いえ、義務があるの」

「…………」

「このまま見すごしたら、アタシたちの幸せにも陰が落ちるわ。きっとね。アンタの心に
後悔という名の棘が刺さるわ。そして、それを抜くことはアタシにだってできない」

 アスカの言葉を聞いてもシンジは返事をしない。

「僕には綾波を助けに行く資格がないから」

「アンタ馬鹿ぁ? 振った女が目の前で溺れているのをアンタは見すごすっていうの? 」

「…………」

「乗れるなら、アタシが行く。でも初号機にシンクロできるのは、アンタしかいないのよ。
シンジが行かなければ、ファーストは間違いなく死ぬ」

 アスカは現実を語る。

「それがわかっていて、シンジが行かないというなら、もうアタシはなにも言わない。で
もそのときは、将来にわたって一言でもファーストのことを口にすることは許さない。見
捨てるならきっぱりと見捨てなさい。二度と思い出さないこと」

 アスカがきびしくシンジを断じる。シンジの顔が苦渋にゆがんだ。

「いいこと。資格は無いかもしれない。でも、できるのはアンタだけなのよ」

 アスカは、押さえていたシンジの顔を離す。
 シンジは俯かなかった。じっとアスカの瞳を見続ける。

「行け、シンジ」

「うん」

 シンジが強く首肯した。

「ファーストを連れて帰ってきて。そして、アタシに言いたいことを言わせて。シンジは
アタシのモノだから渡さないって宣言させて」

 アスカは、シンジに頼む。

「わかった。僕にしかできないことなら、やるしかないんだ」

「がんばって」

 アスカは、身体を伸ばしてシンジの頭を胸に抱えこむ。

「……アスカ」

 うっとりとした声をシンジが出す。
 アスカは、シンジの頭をそっと撫でる。静かで暖かいときが過ぎた。

「ねえ、シンジ」

 アスカは甘くささやきかける。

「なに、アスカ」

 シンジの声は、溶けそうであった。

「初号機にエントリーすると言うことは、ファーストとタンデムということよねえ」

「そうなるかなあ」

 シンジの思考はアスカの柔らかい身体とかぐわしい匂いに占領されてまわっていない。

「ガキエル戦の時、アタシの腰や胸に触ったように、ファーストの膨らみや、あそこを見
たり、触ったり、舐めたりしたら……今度はアンタがお星さまになることになるわよ」

 アスカは、恐怖のオーラを発した。

「ひっ」

 シンジが本能で逃れようともがくが、がっちりと抱えこんだアスカは、それを許さない。

「どうも最近のシンジは、アタシ以外の女に甘すぎる」

 アスカのたまっていた不満は、一晩シンジを安らがせることなくぶつけられた。




「わかったわ。何とかしてみるから」

 翌日、シンジからレイの救出への志願を聞かされて、リツコが諾した。

「でもね、知ってのとおり日本には外宇宙へ人間を送りだす手段がないの。おそらくロシ
アの宇宙船を借りることになると思うわ。でもそうなるとシンジ君には宇宙飛行訓練を受
けて貰わなければならなくなるわ」

「やりますよ」

 リツコの話をシンジはすぐに応諾した。

「わかっている? 宇宙飛行訓練に必要な施設は日本にないわ。ロシアに行って貰うこと
になるの」

「ロシアですか? 何日ぐらいでしょうか? 」

 シンジが驚いて問う。

「最短で訓練して一週間はかかるわ。そしてそのまま宇宙へ出て貰うことになる。日本へ
一度帰ってくる時間は、たぶんとれないし、長距離の移動というリスクをおかしたくない
の」

 リツコの言い分は正しい。
 日本からロシアへは空路を取る。飛行機に乗っているときほど危ないのだ。時限爆弾、
対空ミサイル、戦闘機の襲撃、衛星からの攻撃とシンジを殺す手段は山のようにある。

「シンジ君を手に入れられないなら、どこにも渡さない。そう考えている国があるのは確
かよ」

 日本からロシアへ飛行機で行くとなると、どうしても中国の上を飛ばざるを得ない。中
国は真っ先に碇シンジ争奪戦から脱落している。それ以降動きを見せていないのが不気味
であった。

「かまいません。僕にしかできないことならやるしかないんです」

 シンジは決意を表す。

「男の顔になったわね。いいわ。関係各所との調整に入ります。シンジ君、でもそうなる
と中学校で留年と言うことになるわよ。出席日数たりないから」

「一年ぐらい、綾波の命に比べればたいした物じゃありませんから。じゃ、お願いします。
決まったら教えてください」

 シンジは、頭をさげるとネルフ本部を出た。



「いい顔になりましたね。シンジ君」

 マヤがリツコに話しかける。

「アスカがけしかけたのよ。男を思い通りに操る。まったく14歳とは思えないわね。そ
れより、忙しくなるわ。マヤ、ネルフ病院に入院中のイリーナ・ガルバチョフのカルテを
出して」

「はい。出ます」

 モニターにイリーナ・ガルバチョフの現状が映る。

「傷口はほとんどふさがっているわね。循環器系の問題は無し。肺機能が通常時の70%
か。過激な運動は駄目でも日常生活はどうにかなるか」

 リツコが一人ごちる。

「はい。でも、どうするんですか? 」

「彼女を使うわ。通訳ぐらいできるし、怪我を利用して車いすを持ちこむことができる」

「車いすに仕掛けをするんですね」

「そうよ。あと、マリア・マクリアータの精神精査をもう一度やり直して。呂貞春も」

 リツコが次々と指示を出す。

「あの二人も行かせるつもりですか? 」

 マヤが驚く。

「二人にはシンジ君と一緒に訓練を受けて貰う。訓練所でシンジ君を一人きりにするわけ
にはいかない。洗脳、催眠を防ぐために。そして、彼女たちにはシンジ君と一緒に宇宙に
出て貰う」

「えっ」

 マヤが、大声を出す。

「ロシアのシャトルは8名載りよ。正副のパイロットとシンジ君を初号機に誘導する船外
作業員2名、合計4名はロシアが出してきた人間を使うしかない。となるとシンジ君を除
いて残りは3名。護衛係が必要になる」

「それだったら、戦自の猛者を……」

「もちろん参加させるわ。でも、彼らは囮。必ずロシアは除外してくる。最後の最後で手
札が切れましたでは、私たちの負けになる。彼女たちはシンジの緊張を緩和するための同
行者として振る舞ってもらうことで、ロシアの狙いから外す切り札」

「残り1人はどうするんでしょうか? 」

 マヤが問う。少女達二人を入れても、定員には達しない。

「空けておくわ。ひょっとするとそこにレイを載せて帰ってくることになるかも知れない
から」

 リツコが静かに言う。

「それは……」

 マヤがリツコを見あげる。

「初号機が地上に降ろせるとは限らないわ。衛星探査だけでは気づかない傷が有るかもし
れない。もしかすると、ユイさんがシンジ君を拒絶するかも知れない」

「まさか……」

「ユイさんが、どう考えているかなんて誰にもわからないわ。サキエル戦の時とは違うわ。
サードインパクトでユイさんの自我は完全に目覚たと思われる。息子を再び争いの道具に
するエヴァンゲリオンを地上に降ろすことに賛成してくれるかしら? 」

 リツコは危惧していた。

「シンジ君から聞いた話では、ユイさんは人類の歴史の証人となって生き続けることを選
んで、宇宙空間へ出ていったというけど、母親がそのようなことで息子を捨てられるとは
思えないのよ。私は、ユイさんが息子を二度と戦わせないために地上から消えたと考えて
いるの」

 リツコは、衛星軌道にあるエヴァンゲリオン初号機を見あげるかのように天をあおいだ。

「人の争いは絶えることなく続くわ。私たちは、神の審判を受けて絶滅するまで、互いを
分かり合うことなんてないのかもしれない」

 リツコのつぶやきに、マヤが震えあがった。




                              続く

 


後書き

 
お読みいただき感謝しております。遅くなりましたことをお詫びします。

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 タヌキ様の当サイトへの23作目。
 さあ、シンジが決意したわよ。
 ああやって立派に決意したのはみ〜んなアタシの…。
 ううん、アタシがしたことじゃないわ。
 アタシの存在。アタシへの愛ってことよ。
 へっへっへ、自分で言っても照れるわね、ちょっと。
 さてさて、シンジもちゃぁんと言ってくれるわよね。
 留年しても構わないって。
 その最大の理由はアタシだもんね。
 このアタシも大々的に出席日数が足りないから留年は決定済みなのよ。
 ということでアタシと一緒の学年にいたいと。そういうこと。
 ま、その最大の理由をリツコにきっぱりと言えないところがシンジよねぇ。
 ん?そんなことは全然考えてないみたいだって?
 アンタ、行間が読めないの?ふんっ!
   
って、ホントにそうよね、シンジ?ちょっと心配じゃないの。
 
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。

 

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