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 タヌキ
 

 

LASから始まる
 
新たな戦い
 
19

 


 

タヌキ        2005.12.31

 

 











 

 パードレ・立花・ウオルターは、外交郵便で届けられたネルフEU司令、クリュグ・ロ
ーデスの命令に頭を抱えていた。

「惣流・アスカ・ラングレーを生きたまま捕獲しろだと」

 サードインパクトの中心人物であったアスカは、現在リハビリテーションのためにネル
フ医療センターの特別病棟に入院している。
 考えられる限りの対策を施された施設は難攻不落である。
 ペンタゴンの地下シェルターに籠もったアメリカ合衆国大統領を誘拐する方が、まだ現
実的であった。

「我らが仕事は、碇シンジを誘拐するか、その精子を採取するかではなかったのか」

 パードレ・立花・ウオルターは、誰もいない部屋で愚痴をこぼした。
 アスカとそっくりな容貌を持つフランソワーズ・立花・ウオルターの製作から、パード
レ・立花・ウオルターは、関わっていた。
 ゼーレにもっとも忠実であったネルフドイツは、サードインパクトの後、世間の非難を
浴びて解体され、ネルフEUに吸収された。
 エヴァンゲリオン弐号機を開発し、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーを
擁し、本部に次ぐ権力を持っていたネルフドイツは、かつてヨーロッパの覇者であった。
 本来なら、格上であるはずの、ネルフEUは、ネルフドイツの支配下におかれ、ネルフ
EUの司令は、ネルフドイツからの出向者が占めるという逆転現象に、不満を抱いていた
職員は多かった。その代表が、ネルフEU副司令、現ネルフEU総司令のクリュグ・ロー
デスである。
 虐げられた記憶は、クリュグ・ローデスをさらなる権力へと走らせた。世界のパワーバ
ランスの支配者になろうとしたのだ。
 クリュグ・ローデスは、現存する唯一のエヴァンゲリオン、初号機を欲した。

「エヴァンゲリオン初号機を動かせるのが、碇シンジという子供だけならば、それを手中
にすればいい」

 そう考えたクリュグ・ローデスにとって有利だったのは、ネルフドイツが保有していた
チルドレンたちの記録であった。

「そうか、碇シンジは、惣流・アスカ・ラングレーを好むようにし向けられていたのか」

 ネルフドイツの資料は、子供たちの精神をいかに操り、思うように破壊していったのか、
詳細に記されている。
 それだけではない。なによりの資料は、惣流・アスカ・ラングレーのすべてが残されて
いたことだった。

「本物の惣流・アスカ・ラングレーは、大けがをして、消せない傷を負ったという。14
歳の子供に、それが影響を及ぼさないはずはない。完璧な惣流・アスカ・ラングレーを用
意すれば、碇シンジなど思うがままだ」

 クリュグ・ローデスの命令は、一人の少女をこの世から消し去り、フランソワーズ・立
花・ウオルターが生まれた。
 ただ、いくつかの違いが、わざとつけられた。
 まず、その性格である。ネルフドイツによって攻撃的な性格に育て上げられた惣流・ア
スカ・ラングレーと全く逆のおとなしい性格。さらに、アスカのトレードマークであるス
カイブルーの瞳と紅茶色の髪、その両方と微妙に違う形態。

「全く同じにした方がよいのではございませんか? 碇シンジは、惣流・アスカ・ラング
レーに好意を抱いているのでしょう? 」

 フランソワーズの容姿製作に関わり、その父親役に任じられた整形外科医パードレ・立
花・ウオルターが訊いた。

「ふふふふ、考えが浅いな。これが後で生きてくるのだ」

 クリュグ・ローデスの笑いに送られて日本に来たパードレ・立花・ウオルターは、アメ
リカ、中国、ロシアも同じことを考えていることを知り、いきなり行動することを避けて、
様子を見ることにした。
 それは現在のところ、功を奏している。
 焦った中国は、ネルフとの交戦で工作員のほとんどを失い、刺客だった呂貞春はネルフ
に寝返った。
 続いたロシアも、戦略自衛隊の怨嗟組とネルフの不満分子を抱き込んで作戦を展開した
が、自衛隊がネルフについたことで、敗退した。
 最大の戦力をもつアメリカは、日本政府のバックアップまで得たが、自衛隊とネルフの
合同作戦の前に壊滅的な打撃を受けて、日本から撤退せざるをえなくなった。
 実質的に資本支配している日東重工業を隠れ蓑に、用意周到な作戦を練ったパードレ・
立花・ウオルターが、いよいよ動き出そうと言うときに、根底から下準備を覆すような指
令がやってきたのだった。

「司令は、なにを考えておられるのだ」

 パードレ・立花・ウオルターは、ぼやいた。
 シンジを手中にし、フランソワーズ・立花・ウオルターと交合させ、その精子を受精さ
せて、脱出する。
 このことに主眼をおいた作戦は、障害となる可能性の高い惣流・アスカ・ラングレーの
殺害さえも計画に入っていた。

「命令とあれば仕方ないが……まあ、今までの準備は無駄にしないようにすればいい」

 パードレ・立花・ウオルターは、隣室で待機しているフランソワーズ・立花・ウオルタ
ーに計画の変更を伝えに立った。



 ロシア側との調節に時間がかかり、シンジのロシア行きは、四日後となった。レイの存
在をしったロシアが、ネルフに条件を出したのだ。
 シンジ、アスカ、レイの三人のチルドレンの一人のネルフロシア支部所属である。

「ふざけるんじゃないわよ」

 条件を出してきたロシアネルフにミサトが憤った。

「本部に向かってエヴァ量産機を送り込んで、アスカの命を奪おうとしたくせに、いまさ
らチルドレンを配置しろですって。その口に45口径をつっこまれないとわからないよう
ね」

 映像通信のネルフロシア司令にミサトは銃口を向けた。

「過去の話をしているのではない。我々が見るべきは未来ではないのか。サードインパク
地で疲弊した地上世界を立て直すのが、ネルフの任務だと私は考えている。そのためには、
エヴァンゲリオンの技術は必要であるし、本部だけが独占するのは、パワーバランスの上
からも好ましくない。エヴァンゲリオン初号機のスペースサルベージ作戦は、新しい世界
をリードしていく我がロシアと、ネルフ日本が手を結ぶ象徴的なものだ。世界中に両国の
蜜月を示すために、人的交流が必要なことは、論を待たない。それがチルドレンとなれば、
私たちの関係が強固であることをなによりも表すではないか」

 ネルフロシア司令が、論陣を張った。

「おっしゃりたいことは、それだけかしら」

 激して言い返そうとしたミサトを制して、リツコが、前に出る。

「チルドレンだけを欲しがってどうされるおつもりかしら? 」

 リツコが、さりげなく訊いた。

「気づかないとでも思われたのなら、私たちもずいぶん舐められたものですわ」

「なにをおっしゃりたいのか、わからぬが」

 ロシアネルフ司令が、とぼける。

「欲しいチルドレンは、綾波レイですわね」

 リツコの言葉にロシア司令は黙った。

「貴国は20世紀から、洗脳やロボトミー手術がお得意でしたわね。ロシアに配属された
チルドレンをそうすることは簡単」

 リツコが、淡々と言う。

「本当はシンジ君が欲しいのでしょうが、さすがにそれは本部が許可しないから、妥協し
たふりをして、レイをロシアに連れ込み、洗脳して、研修とかシンクロ実験とかの名目で
レイを本部に出向させ、タイミングを見て、初号機を乗っ取らせる。そんなところかしら」

 リツコが、冷たい笑いを浮かべた。
 ロシア司令の顔が引きつる。

「そちらがそのつもりなら、こちらにも考えがあります」

「なにかね」

 ロシア司令が、尊大な態度で問うた。欧米人は、どうしても日本人を格下に見る癖がつ
いている。

「国力的に劣ったロシアよりも中国と手を結ぶ、あるいは、EUでも、アメリカでも、い
え、ロケット技術さえ持っていれば、インドでも私どもはかまいません」

「そちらの司令が、先だって我が国としか手を結ばないと言ったはずだが、約束を違える
つもりかね」

 ロシア司令が、上から物を言う。

「背後にナイフが見えている約束を守る必要があるとは思えませんわ。なにより、条件を
最初に変えられたのは、そちらですし」

 リツコが背後の冬月に目をやった。冬月が首肯する。

「インドのロケットは、稼働状態にない。アメリカはNASAのコンピューターがまだ復
帰していない。EUのクリューグ・ローデスは、野心家だ。中国は、内戦が拡大状態に陥
って、ネルフどころではなかろう」

 ロシア司令は、強気だった。

「NASAのコンピューターの代わりぐらい、MAGIには簡単なことですわよ。それに
中国も内乱鎮圧にエヴァを貸すといえば、こちらの話を聞く気にはなるでしょう」

 リツコは、あっさりとロシアの虚勢を粉砕した。

「…………」

 映像の向こうでロシアネルフ司令が、唇を噛む。

「では、ごきげんよう」

 リツコは、あっさりと通信を切った。

「いいの? 」

 ミサトが、心配する。

「心配しないでいいわ。たぶん、明日向こうから折れてくるから。もっとも折れてこなけ
れば、本当にアメリカに話を持ちかけるだけだけどね」

 リツコは冷静に笑った。
 そして、リツコの予想通り、翌日、時差を勘案すると朝を待っていたかのように連絡が
あった。

「多少は、こっちも折れてやらんとな」

 冬月の一言で、ネルフロシアにMAGIのダウンスペック版を供与することが決定され、
ネルフロシアは、チルドレンの派遣を撤回した。



 シンジの留年は決定した。そして、それは、一日で第壱中学校にひろまった。
 護衛としてシンジとともにロシアに行くことになった呂貞春としばらく離れなければな
らなくなったケンスケが、思わず学校でぼやいたために漏れたのだ。
 それはフランソワーズ・立花・ウオルターの耳にも届いた。
 目立たないようにトイレに向かったフランソワーズは、携帯電話を取り出して、個室で
父パードレ・立花・ウオルターに連絡する。

「そうか、碇シンジが、いなくなるのか。その期間は惣流・アスカ・ラングレーは病室に
ひとりきりになるわけか」

 パードレ・立花・ウオルターが、確認した。

「チャンスだな。おもしろい。碇シンジが日本を発つのは三日後か。ふむ。それまでは学
校に出てくるか。よし、碇シンジの精子を奪う作戦を、明日発動する。準備の連絡をスタ
ッフにしなければならぬな。おまえも身体の準備に入れ」

「はい」

 フランスワーズ・立花・ウオルターは首肯して電話を切る。腰に付けたポーチから小さ
な注射器を取り出すと、人目につきにくい太股に突き刺す。注射器の中の液体が、フラン
ソワーズ・立花・ウオルターの身体へ入っていく。排卵誘発剤である。
 じっと白い太股を見つめる顔は、まるで感情というものを切り落としたかのように無表
情であった。



 ネルフ総合医療センターで、ロシアの刺客だったイリーナ・ガルバチョフの最終検査が
行われていた。

「つらそうね」

 リツコが言った。

「はい」

 イリーナ・ガルバチョフが、素直に言った。

「内臓的には問題ないレベルにまで復帰したとはいえ、呼吸筋を含めたリハビリが、まっ
たく行われてないものね」

 リツコは、手元のモニターでイリーナ・ガルバチョフの状態を確認した。

「悪いと思うけど、こっちも余裕がないの」

「いえ、我が君のお役に立てるなら。あのお方に救って頂いた命ですから」

 イリーナ・ガルバチョフが、微笑んだ。 

「シンジ君は、あなたの命を救ったなどとは思ってないわよ」

 リツコが、告げる。

わかってますわ。我が君の奥ゆかしさは、十分存じております。ですから、これは、わ
たくしが想っていれば良いだけのこと」

 イリーナ・ガルバチョフが、うっとりとした顔をした。

「その我が君っていうの、止めた方が良いわよ。アスカの耳に聞こえたら、確実にシンジ
君の寿命を削るから」

 リツコがあきれる。

「大丈夫ですわ。毎日神経をすり減らして戦い続けておられる我が君を癒すことのできる
のは、このわたくししかおりませぬ。必ずや、シンジさまは、我が君となられます」

 イリーナ・ガルバチョフは、ミサトを凌駕する膨らみを愛しそうに両腕で抱きしめた。

「はあ。この娘も人の話を聞かないわねえ。シンジ君の廻りにいる女って、ミサトやアス
カを始めとして、どうしてこう、唯我独尊なのかしら」

 リツコが、ため息をつく。

「まあ、最終的に人生のパートナーを選ぶのはシンジ君だから、私は止めないけど。アス
カに勝つのは至難の業よ」

「わかってますわ。あの二人の間には、余人の踏み入ることのできないスペースがありま
す。それは非常に強い絆ですが、まだ完全につながったわけではありません。男と女は、
身体を重ねることで初めて完璧な関係をなすことができるのです。わたくしは、この度の
チャンスを決して逃しません」

 イリーナ・ガルバチョフが、宣言する。

「人選間違えたかしら……」

 リツコは、頭を抱えた。

「いまさら変えるわけにもいかないし。とりあえずレイを連れて帰るまで大人しくしてい
て欲しいわね」

 リツコは、イリーナ・ガルバチョフに求める。

「ネルフ技術本部長閣下とも思えないお言葉ですわ。レイさまのご帰還を待っていては、
強力なライバルを一人招き入れてしまうことになります」

 イリーナ・ガルバチョフが、首を振る。

「大丈夫よ。シンジ君とレイは血縁関係みたいなものだから」

 リツコが、安心しろと言った。

「血縁関係だけで、男のために死ねるものではございませんわ。女が命をかけて護るのは、
我が子とそして愛しい人だけ」

 イリーナ・ガルバチョフが、艶のこもった笑みを浮かべる。すでに肉体だけでなく、精
神も女であることを見せつけた。

「はあ、アスカといい、マリアといい、あなたといい。最近の女の子は、ませ過ぎよ。私
があなたぐらいの歳だったときは、男のことなんか頭の隅にも無かった」

 リツコがため息をつく。

「だから、赤木博士は30歳を超えても独身なんですわ。わたくし、20歳までに結婚し、
30歳では三人ぐらい子供を産んでいたいと思っておりますの」

 イリーナ・ガルバチョフのせりふにリツコが切れた。

「好きで独身やっているわけじゃないわ。そう。そんなことを言う訳ね。わかった。結婚
してやろうじゃないの。シンジ君とね」

「博士、ご冗談を……」

 イリーナ・ガルバチョフの顔が引きつる。

「シンジ君に幻影を見せ続ければいいだけよね。私のことをアスカと誤認するようにし向
ければいい。なら視神経と聴覚、嗅覚を惑わせなきゃならない。いえ、味覚もね。あの二
人しょっちゅうキスしているから。となれば、五感のほとんどをごまかすことになる。な
ら、脳を支配してしまうのが簡単ね」

 リツコが、にやりと笑う。

「わ、わかりましたから。綾波レイさんが地球に帰ってこられるまで、積極的な行動は慎
みます」

 イリーナ・ガルバチョフが、あわてて言った。

「そう。良い娘ね」

 リツコが、微笑む。

「じゃ、車いすの使い方をレクチャーするわ」

 リツコはネルフ特製の車いすの説明に入った。



 シンジの身辺は、元陸上自衛隊特殊部隊出身者によって警護されている。中には友人を
ネルフ戦で失った者もいたが、シンジやアスカと会うことでわだかまりや恨みは消えた。

「こんな子供を……俺たちは命令とはいえ殺そうとしたのか……」

 病床で微笑むアスカと、その隣に立って気弱そうに頭を下げているシンジ。どうみても
世界を滅ぼそうとする悪魔には見えない。
 踊らされていた。
 少年少女を含め、自分たちも一部の狂信者の手のひらでもてあそばれただけ。自衛隊員
たちは、真実を自分の目で確認した。

「なにがあっても、子供たちを護る。それが大人の役割だ」

 新たに保安部に配属された自衛隊の特殊部隊員は、決意も新たにシンジとアスカの警備
にあたっている。
 本来なら保安部に所属する黒服が行うことであったが、保安部長をはじめとしてそのほ
とんどが参加したネルフ本部への反乱によって、旧保安部は解体された。
 残った部員ならびに設備は作戦部に吸収され、代わりにアスカに忠誠を誓った陸上自衛
隊第一空挺団から引き抜いた精鋭がその任についている。



 留年が決まったシンジは、今日が最後の登校となる。ロシア行きまではあと二日有るが、
その準備と、しばらくシンジと離れることになるアスカの相手に忙殺されることになるか
らだった。
 自衛隊出身の保安部員たちは、かつてのネルフ保安部のようなブラックスーツにサング
ラスといった不審な格好をしていない。
 ブラックの戦闘服にアーマーベスト、マシンピストルに拳銃、ナイフと、都市制圧作戦
の標準装備そのままの姿で通学路を警戒する。
 わざと警備を見せつけることで、この戦力以下でのテロを抑えこんだのだ。
 シンジも自分が標的にされていることを十分に知った今、大げさに見える警備を気にす
ることはない。

「おはよう」

 シンジが登校した。

「おはようございます」

 シンジの登校警備を保安部に任せるようになってから、呂貞春は早めに学校に着き、ト
ラップなどの探索をすることにしている。
 今日も異常は見られなかった。

「しばらくお別れですね」

 呂貞春が教室の中を見回す。呂貞春もシンジとともにロシアへ行く。シンジのガードと
して付き添うのだ。

「そうだね」 

 シンジも寂しそうに笑った。
 たった一言の手紙で呼び出され、そしてこの教室へ転入し、およそ一年、三年生へ進級
を目前にしながら、出席日数の不足はいかんともしがたく、シンジは、もう一度二年生を
やり直すことになる。
 今同じ教室で同級生として過ごした級友たちとは、二度と机を並べることはできないの
だ。
 今度会うときには先輩後輩である。大学を出た後ネルフへ就職することが決定している
ので、中学留年が悪影響を及ぼすことはないが、この学年で同窓会があっても、シンジや
アスカが呼ばれることはない。
 シンジとアスカがまだ仲良く同居していた頃、時間を共有した仲間たちとの決別は、す
きま風が吹くようであった。

「碇さん……」

「シンジ……」

 呂貞春とケンスケが、泣きそうな笑いを浮かべているシンジに声を掛ける。

「友情は変わりませんよ」

「俺たちは、死ぬまで親友だろ。一人三バカトリオから抜けようたって、そうはさせない
からな。それに、もう一度二年生をやるんだろ? だったら、惣流と二人、いけなかった
修学旅行にも参加できるじゃないか。運動会に、遠足に、クラブ活動に。今までできなか
った中学生を、惣流と一緒にできるんだぜ」

 ケンスケがシンジの背中をたたく。

「そうだね。僕とアスカは、いろいろ取り戻さなきゃいけないものが、あるんだ」

 シンジが頬をゆるめる。

「おはようございます」

 そこへフランソワーズ・立花・ウオルターが登校してきた。

「おはようございます」

「おはよう」

「おはよう、立花さん」

 三人も挨拶を返す。

「どうした、シンジ」

 いつもなら挨拶を交わして、すぐに目を離すシンジが、じっとフランソワーズ・立花・
ウオルターの姿を追っていることに、ケンスケが気づいた。

「う、うん。なんかちょっと気になってさ」

 シンジが口ごもる。

「しっかりしろよ。ロシアに行ってぼうっとしていたら、どんな目に遭わされるかわから
ないからな。ああ、俺もついて行きたいよ。イリューシンとか、スホーイとか、ミグとか、
東側の兵器をこの目で見たいよなあ。シンジ、写真撮ってきてくれよ」

 ケンスケが、頼み込む。

「撮れたら撮ってくるけど……たぶん、そんな余裕は無いと思うよ」

 シンジは、とりあえず受けた。

「あっ、先生が来た。席に着かなきゃね」

 こうしてシンジ最後の授業が始まった。



 シンジの警固を担当する保安部第一係は、自衛隊空挺師団の2個分隊、10名で構成さ
れる。戦場と同じく2名が通路を偵察に先行し、本隊が続いて、最後にまた2名が後衛を
勤める。
 ただし、学校敷地内への進入は特別な事情が無い限り行わない。これは、他の生徒たち
への威圧を考慮したシンジの願いを受けていた。
 シンジが登校中は、2個分隊10人を5班に分け、正門と裏門に1斑ずつ、2班を巡回
に、そして1斑司令部をかねる遊軍として警戒にあたっている。
 アメリカとの戦いで日本の軍隊は二つに割れた。アメリカに与する部隊とネルフに着い
た部隊である。
 明らかに反ネルフの旗を掲げたのは、ネルフ侵攻作戦に従事した戦略自衛隊の戦車師団
と普通科連隊、そして首都防衛航空団であった。
 一方、ネルフ側に付いたのは、陸上自衛隊第一空挺師団と航空自衛隊中部方面隊である。
 ともに精鋭中の精鋭同士だったが、私怨を表に出した戦略自衛隊が及ばなかった。
 子供を殺す。戦争中でもためらうようなことをしようとした部隊に、多くの関係者がそ
っぽを向いた。支援を失った兵は弱い。
 今や戦略自衛隊は解体され、隊員は古巣であった自衛隊へ吸収されたが、ネルフへの出
向は一人も認められなかった。 
 特殊部隊の兵士として優秀な彼らは、要人警護の経験が薄かった。制圧と保護、似てい
るようで違う任務は、目に見えない穴をもたらした。
 外からの脅威に備えて学外に待機している彼らは、学内に広がる白い霧に気づかなかっ
た。



 白い霧は、機械室から発生していた。
 ほとんど色らしい色を持たない霧は、冷房のパイプを伝わって、各教室に浸透していく。
無味無臭のガスは、生徒たちの意識を侵略していった。
 一種の精神ガス、酩酊状態に人を陥らせ、思考能力を減衰させる。危機に対する反応を
低下させ、細かい洞察力を奪っていく。
 旧ソビエト連邦で開発されていたもので、要塞、空母などを一人で無力化できる。侵入
者を上官あるいは、同僚と思いこませることで、支配する。
 内部の人間を殺すわけではないので、奪取寸前まで本部との定期連絡などに支障を来す
こともなく、敵の拠点などを支配下における。手に入れられる情報も多く、その後の戦略
に大きな影響を及ぼせる。それこそ、友軍を敵と思わせることも可能なのだ。
 そこまで強力なものは、被験者の反応を鈍くし、現実的ではなかったが。
 ソ連邦崩壊のどさくさで、東ドイツにあった研究施設が接収され、その成果はゼーレの
ものとなり、サードインパクト後は、ネルフドイツからネルフEUへと移管されていた。



 腕時計を確認したフランソワーズ・立花・ウオルターは、ポーチから三つの道具を取り
出した。
 カプセルと櫛と呼ぶには少し太いヘアブラシ、そしてコンタクトレンズケース。
 フランソワーズ・立花・ウオルターは、まずカプセルを水なしで飲み込む。
 そのあとじっと腕時計をのぞき込む。ブルーの文字盤が、赤に染まった。必要な濃度に
ガスが達した証である。
 フランソワーズ・立花・ウオルターは、櫛で髪をときだす。一梳きのたびに、髪の毛の
色が、変わっていく。かつてアスカが中学校に通っていた頃の、赤みを帯びた金髪に変わ
っていく。完全に髪を変えたフランソワーズ・立花・ウオルターは、最後に両目からコン
タクトをはずした。
 やや明るいグレーブルーの瞳の下から現れたのは、南洋の海の蒼さであった。
 薄い靄のかかった教室では、初老の教師が淡々と黒板に文字を連ねている。
 教師も生徒も茫洋とした顔つきをしていた。
 それを見たフランソワーズ・立花・ウオルターが、にやりと笑う。いつもの気弱そうな
表情は消え、自信に満ちた顔が現れた。
 授業の終わりを報せるチャイムが、鳴る。
 教師が、チョークを止める。
 洞木ヒカリが、けだるい号令を掛けた。

「馬鹿シンジ、帰るわよ」

 碇シンジに近づいたフランソワーズ・立花・ウオルターが、両手を腰に当てて命じた。
その様子は、まさに使徒戦役中盤、シンジにシンクロ率を逆転される前のアスカそっくり
である。

「あら、アスカ、もう帰るの? いつもの甘味処に寄らないの? 」

 ヒカリが、振り返る。

「今日はパス」

 フランソワーズ・立花・ウオルターがシンジの手を取る。

「さっさとしなさい。もう、ぐずなんだから」

 そんなフランソワーズ・立花・ウオルターにケンスケがカメラを向ける。

「惣流、あんまりシンジをいじめるなよ。でも、その女王様って言う目つきが良いんだよ
な」

「勘弁してよ」

 シンジが泣き声を出す。
 かつての楽しかった日々が戻ってきたようであった。

「行くわよ」

 フランソワーズ・立花・ウオルターに引っ張られるようにして、シンジが、教室から出
て行く。

「強く引っ張らないでよ。痛いってば、アスカ。じゃあ、また明日。洞木さん、ケンスケ、
トウジ」

 シンジが、手を振りながら消えた。

「もう、アスカったら。碇君の手を握っていること、わかってるのかしら? 」

 洞木ヒカリが、あきれたように肩をすくめる。

「やれやれ、相変わらず、惣流のやつ、素直じゃないな」

 ケンスケが苦笑した。

「なあ、そう思うだろ? 」

 ケンスケは、首だけで振り返って同意を求める。

「あれ? 誰もいない。おかしいな? 」

 ケンスケが、首をかしげる。

「どうかしたの? 」

 ヒカリが問うた。

「一人足りないような気がしたんだけど……」

 ケンスケが自信なさそうに告げる。

「誰か休んでたかしら? 出席取ったときには全員居たわよね」

 ヒカリも首をかしげる。
 ケンスケとヒカリが教室の中を見回す。

「ああ、貞春」

 ケンスケが、ぼうっと座っている呂貞春に声をかける。

「はい? 」

 呂貞春の口調も鈍い。

「誰か、忘れているような気がするんだが……」

「マリア・マクリアータさんじゃないですか? 今日はネルフで定期検診だとかで、午前
中で早退されましたし」

 呂貞春が、のんびりと応える。

「そういえば、マリアさん、見ませんね」

 ヒカリが、納得しかけた。

「おおい、サッカー部、グランドの整備に行かないと、顧問が怒ってるぞ」

 内容はせっぱ詰まっているが、のんびりした口調が、聞こえてきた。

「おおう。今いく」

 三人の男子生徒が手を挙げる。
 ジャージ姿の男子生徒が、ゆっくりと部屋を出ていく。

「……ト、トウジ」

「す、鈴原」

 ケンスケとヒカリが、ほとんど同時に一人の同級生を思い出した。

「トウジは、休みだったか? 」

「いえ、今朝の点呼では名前もなかった……」

 ヒカリが頭を押さえる。

「トウジは、トウジは、エヴァのパイロットになって……」

 ケンスケが思い出す。

「……碇君と戦って……足を……足を……足を……いやあああああ」

 ヒカリが悲鳴をあげた。

「くっ、相変わらず洞木の声はきくなあ。おかげで目が覚めた。貞春」

「はあ? 」

 感受性の問題か、まだ貞春は完調ではない。

「すまん」

 ケンスケは、貞春の頬をたたいた。

「なにをするんですか。中国では妻に暴力をふるう男のことを……」

 貞春が我に返る。

「……えっ……」

 周囲を見回した貞春が、銃を取り出して教室の窓ガラスをぶち抜いた。
 外気が入り込んでくる。

「ガス? 」

 ケンスケが頭を振る。

「やられましたね。碇さんのロシア行きに気を奪われすぎました」

「まったく、フランソワーズ・立花・ウオルターのことを忘れていた訳じゃないんだが…
…シンジを奪われるまで気づかないとは、話にならないな」

 ケンスケが、重いため息をついた。

「後悔は、いくらでもできます。今は、碇さんの居場所を探すことです」

「ああ」

 貞春の言葉に頷いて、ケンスケは携帯電話を取り出す。もちろん、掛ける先はアスカの
元であった。



 そのころ、シンジは、フランソワーズ・立花・ウオルターに手を引かれて学校の地下か
ら通じるシェルターに来ていた。
 使徒戦役が終了して、不要となったシェルターであったが、維持や撤去するには莫大な
費用がかかる。第三新東京市に残ったほとんどのシェルターは、封鎖されただけでそのま
ま放置されていた。
 第三新東京市立第壱中学校のシェルターも残っていた。
 有事の際に必要となる施設だけに、自己完結能力は備えている。太陽光線による自家発
電装置、環流浄水装置、閉鎖型空気循環清浄装置などだ。
 フランソワーズ・立花・ウオルターは、閉鎖されているはずのシェルターの扉をあっさ
りと開けた。

「こんなところに来てどうするの? 」

 シンジは、辺りを見回す。
 エヴァンゲリオンのパイロットほどシェルターに縁のない人間は居ない。シェルターが
使用される状態の時は、戦っているから当然なのだが、シンジは一度だけシェルターに入
ったことがある。
 第13使徒バルディエルに乗っ取られたエヴァンゲリオン参号機を攻撃したあとだ。間
を空けることなく襲来した第14使徒ゼルエル、そのときエヴァンゲリオンを降りていた
シンジは、非常事態宣言に従って、シェルターに避難していた。

「黙ってついてくる」

 アスカの口調で命じられれば、シンジはあらがえない。

「勝手に入って怒られないかな」

 気弱なシンジは、びくつきながら進んでいく。

「大丈夫よ。誰もいないから」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが言う。
 やがて二人は、かつてトウジとケンスケが抜け出した扉から外に出た。
 そこは、第壱中学校の敷地をかなり離れている。シンジ護衛の隊員たちの目も無かった。

「アスカ、ここは……」

 見覚えのある風景に気を奪われたシンジは、ガスの効果が切れる前に意識を失う。

「悪いわね」

 フランソワーズ・立花・ウオルターの手には、スタンガンが握られていた。



「シンジが誘拐された? フランス娘に……アンタたちなにやっていたのよ」

 アスカの怒声が電話機を揺るがせる。

「すまん……」

 ケンスケが事情を話した。

「ガスか、敵もなりふり構わなくなってきたわね」

 アスカは、唇を噛む。

「油断させるために、アタシと髪や瞳の色を変えていた訳ね。最初から一緒だと無意識下
に警戒を励起しかねないからね。わざと違ったところを見せつけることで、変化したとき
に、それが擬態であると見抜けないようにしたか。心理戦の初歩。これに気づかなかった
のは不覚だわ」

 アスカは、ケンスケを責めるだけではなく、自己のミスも認めている。

「ちっ、リハビリに出て、モニターを見ていなかったのが敗因ね」

 アスカは、悔やむ。リハビリも順調に進み、現在では部屋の中でできる簡単なメニュー
ではなく、リハビリルームでのハードなものになっている。回復が進んだことが、今回は
仇となった。

「学内の捜索をまかせるわ」

 ケンスケに頼むとすぐにアスカは、シンジの護衛に出た隊員に電話を掛けた。

「碇シンジ二尉の姿を確認したものはおりません。少なくとも学外に出た形跡はありませ
ん」

 隊員の声は必死である。
 手抜かりがあったとなれば、紅の破壊神の怒りを一身に受けることになる。

「探して」

「了解」

 そう命じてアスカは、電話を切る。続いてリツコから渡されたノートパソコンに第三新
東京のマップを表示させた。 

「相田の話じゃ、シンジとフランス女が教室を出て行って、気づくまでにおよそ10分ほ
どかかっている。ほとんど致命傷に近い時間だわ。救いはシンジの死体がまだ見つかって
いない事ね」

 アスカは、冷静に分析していく。

「殺すつもりなら、とっくにやっている。じゃないとなれば、狙いはシンジの精子ね」

 もともと4人の美少女たちは、シンジを籠絡して、適格者の遺伝子を手に入れることを
目的としていた。

「少しは猶予があるか」

 アスカとて女である。それも、命をかけた恋をしている最中なのだ。さらに独占欲の強
さでは比類無い。シンジが、どんな状態であろうが他の女とふれあうことに我慢ならない。
 だが、熱くなりすぎて、ヒステリーを起こしては、判断を誤る。

「アタシならどうする? 」

 相手の立場で考えるのが、戦術の基本である。
 アスカは、最後に残った敵、EUの狙いを思索した。
 エヴァンゲリオン初号機は、徐々に地球の周回軌道から、離れ始めている。今更シンジ
の子供を作ったところで間に合うわけはない。
 それでもシンジを確保したのは、今宇宙にある初号機を手に入れるためとしか、考えら
れない。

「シンジを洗脳することはできない。シンジと初号機のコアにいる母、ユイさんは、脳神
経の一つ、A−10神経でつながる。ユイさんが、我が子の異常に気づかないはずはない
わ。ネルフドイツを吸収したネルフEUが、そのことに気づいていないはずはない」

 アスカは、爪を噛む。
 エヴァンゲリオン弐号機とアスカがシンクロできた真の理由、コアにアスカの母キョウ
コが閉じこめられていることをネルフドイツは知っている。いや、計画したのだ。それが
なにを意味するか、引き継いだネルフEUは十分に理解している。

「なら、シンジの意志でネルフEUに協力しなければならない。となると、やはりシンジ
の性格を利用してくると見るべきね。押しに弱いシンジだから、それがだまし討ちであれ、
催眠術であれ、身体を重ねた女の事を第一に考えるに違いない。ましてや、妊娠となった
ら、シンジはアタシを捨てるわ」

 アスカの顔がゆがむ。

「そんなことをさせるものか」

 アスカは、枕元のボタンを押して、部下の水城一尉を呼んだ。

「聞いた? 」

 説明に時間を割く余裕はない。

「はい」

 水城一尉が首肯する。

「どこか、連絡はあった? 」

 アスカの問いかけに水城が首を振った。

「まだ、なんの連絡もありません」

 アメリカによるシンジ誘拐を教訓として、アスカの支配する諜報課は、第三新東京市中
に情報網を張り巡らしている。
 市内を移動するすべての車両を完全に網羅する。警察の設置したNシステムの映像を、
あらゆる角度からMAGIに解析させることで、運転手の人相、搭乗者人数、車両の進行
方向、ルートなど一目でわかる。

「学校からの移動は、車しか考えられないわ」

 アスカが断言する。
 MAGIの支配下にある第三新東京市では、ヘリや小型飛行機などの飛行は、完全に把
握される。いかに低空を飛ぼうとも、レーダー、対空監視カメラ、監視衛星からの情報を
リンクするMAGIの目をごまかすことはできない。

「地下と言うことはありませんか? 」

 水城一尉が問う。
 第三新東京市はもともと使徒迎撃用都市として設計された関係から、電気水道下水など
の配管を全て地中に埋めてある。そのメンテナンス用のトンネルも縦横無尽に走っていた。

「そういうところほど、厳しく監視してあるわ」

 MAGIは、スーパーコンピューターを三台を繋げたようなものだ。かつてのようにエ
ヴァンゲリオンの維持や運用に使われることがないので、処理に十二分な余裕がある。

「ならば、一体どこへ? 」

「ウオルター一家の住む、クイーンズコートエスタに変化はない? 」

 アスカが問う。

「はい。クイーンズコートエスタに住む調達課員の婚約者というふれこみでいれた部員か
らの連絡はありません」

 水城一尉が、さっそくに答える。

「ちょっと待ってよ。そう言えば……」

 アスカが、頭に指を当てて考え始める。

「リツコからの連絡レポートに引っかかるものがあったんだけど……」

 アスカは、目を閉じて集中した。

「そうだ、コンフォート24」

「日東工業の社員寮となっているマンションですね」

 水城一尉がすぐに反応する。

「場所はどこ? 」

 アスカのノートパソコンを奪うようにして水城一尉が、操作する。

「ここです。第壱中学校の裏山の麓」

「そこよ。シンジはそこにいるわ」

 アスカが叫ぶ。

「ですが、碇二尉が学校の敷地を出た様子はありませんが……」

 水城一尉が、言う。

「見られずに移動する……地下、でも地下トンネルの監視網には引っかかっていない。な
にか忘れている。地下……シェルター」

 アスカが、水城一尉からパソコンを奪いかえす。第壱中学校の平面図に、シェルターを
重ねて表示させる。

「ちっ、これか」

 アスカは、第壱中学校にあるシェルターの存在を知ってはいたが、使ったことがない。
場所まではわからなかった。

「学校の地下と、裏山の神社の鳥居前に入り口がある」

「コンフォート24は、その神社の駐車場に建築されてます」

 水城一尉が、告げる。

「間違いないわ。保安部の一個小隊を向かわせて」

「了解しました」

 水城一尉が走っていく。

「アタシもいくわ。EUの手段はわかった。フランス女をアタシと誤認させて、シンジを
手に入れるなんて、許すものか。シンジは、アタシのもの。他の女に取られるぐらいなら、
殺す……」

 アスカが、ベッドから立ちあがった。



 ネルフ本部も大騒動になっていた。シンジの誘拐は二度目である。

「まずいわね。中国やロシア、アメリカに知れれば、あらたな障害が出てくるかも知れな
いわ」

 リツコが、苦い顔をする。

「いまさら、なにもできないわよ」

 ミサトが楽観的なことを言う。

「世界の覇者となるのよ。それこそ、ファンタジーの世界で言う、魔王の指輪、賢者の石
を手に入れられるチャンス、それも敗者復活戦ですもの。見逃してくれるわけ無いわ。ミ
サト、あなたは作戦部長なんだから、もうちょっと考えてよ」

 リツコが、ため息をつく。

「だって、アタシの仕事は使徒をかたづけるまでだからさ」

 ミサトは、そそくさとリツコの元を逃げだす。

「まったく、しょうがないわね」

 リツコが、ミサトを見送って、肩をすくめる。
 発令所をでたミサトの携帯電話が、鳴る。

「はい。葛城……」

 電話に出たミサトの表情が変わった。



 そのころ、気絶させられたシンジは、コンフォート24の最上階の部屋にいた。
 かつてミサトが住んでいた部屋と全く同じにしつらえられた部屋のリビングで、シンジ
はフランソワーズ・立花・ウオルターに膝枕されて寝ている。
 もちろん、この部屋にもあのガスは充満している。

「ううっ……」

 シンジが、覚醒し始める。
 電撃を喰らった後遺症か、かなり苦しそうに顔をゆがめる。

「シンジ……」

 アスカと同じ声でその名前を呼びながらも、フランソワーズ・立花・ウオルターの表情
は暗い。

「ア、アスカ」

 シンジが目を覚ました。

「ご、ごめん、僕どうしたんだっけ? 」

 膝枕されていることに気づいたシンジが、慌てて起きあがろうとするのを、フランソワ
ーズ・立花・ウオルターが、抑える。

「馬鹿ね、アンタ、帰って来るなり倒れたんでしょうが」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが、嘘をつく。

「そうなんだ。ありがとう、アスカ」

 シンジが、見あげて礼を言う。

「な、なにを言っているのよ。同居人として、当然のことをしただけよ。なにより、アン
タが倒れたら、アタシのご飯は誰が作るのよ……」

 フランソワーズ・立花・ウオルターは、アスカと同じ反応をする。

「もう、そんな時間? 急がないとミサトさんが帰ってくるね。じゃ、ご飯の用意をしな
きゃ」

 シンジが再び起きようとするのを、フランソワーズ・立花・ウオルターは許さなかった。

「ミサトなら電話があったわよ。加持さんと食事して帰るから、晩ご飯要らないって」

「加持さんと……なら、今日は遅いな」

 シンジは、苦笑する。

「加持さんも、なんであんな飲んだくれが良いのかしら? まあ、加持さんぐらい心の広
い人じゃなきゃ、ミサトの相手なんかできないわね」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが、寂しそうに笑う。

「いいの? アスカ」

 シンジが、気づかう。
 フランソワーズ・立花・ウオルターが、シンジを抑えていた手を離す。
 シンジは、ゆっくりと起きあがって、座った。

「ねえ、シンジ……」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが、か細い声を出す。

「なに? 」

「キスしよっか」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが、真っ赤になった。



 保安部の一個小隊は、二手に分かれて突入の準備を整えている。

「碇二尉の居場所は確定できないのか? 」

 小隊を率いる瀬戸三尉が、部下に問う。

「無理です。強力な防諜がなされてます」

 部下が首を振る。

「ヘリはまだか」

 作戦開始は、同時に行わなければならない。下からと上からの二方向から侵入し、可及
的速やかに目標を確保する。

「来ました」

 解体された戦略自衛隊の所有していた他用途ヘリが、第壱中学校の校庭に着陸する。

「第二分隊、ヘリに乗機……って、なにやってんですか、三佐」

 瀬戸三尉が、目を見張った。
 ヘリから水城一尉に支えられながら、アスカが降りてきたのだ。

「アタシも行くわ」

 アスカが、告げる。

「冗談は勘弁してください。戦場にまともに歩けもしない三佐を連れて行けるわけ無いで
しょうが」

 瀬戸三尉が、拒否する。

「命令よ」

 アスカが意見を押しつける。

「聞こえませんよ。水城、おまえがついていながら、なにやってんだ」

 瀬戸三尉が、アスカから水城一尉に相手を変える。

「無理言わないでよ。碇二尉が絡んだことで、三佐を止められるなら、素手で使徒を殺し
てみせるわ」

 水城一尉が言い返す。

「うっ。確かに」

 瀬戸三尉が、口ごもる。

「アンタたち、気に入らないわねえ」

 アスカが睨む。

「わかりました。でも三佐は、ヘリじゃありませんよ。その身体じゃ、リペリング、ロー
プ降下できないでしょう。部員も三佐の面倒を見る余裕はないですからね。下から組です。
それも、私の後です」

 瀬戸三尉が、あきらめて妥協する。

「ありがとう」

「いいですよ。その代わり、碇二尉を取りもどしたら、またキスしてくださいよ。今度は
こっちに」

 瀬戸三尉が、左の頬を指さす。

「アタシは良いけど……」

 アスカが、水城一尉を目で示す。

「瀬戸三尉、作戦中です。それに上官へのセクハラは懲罰対象です」

 水城一尉の顔は、氷のように冷たい。

「了解。一尉どの」

 瀬戸三尉が、敬礼して、急いで振り向く。

「地上班の編制を変えるぞ。俺はお姫様の護衛にさがる。飯塚准尉、おまえが先頭だ。い
いか、抵抗は無条件で排除だ。一刻を争うからな。ただし、無抵抗あるいは、降伏の意思
を示したものへの攻撃は、軍法会議だ。よし、いけ」

 瀬戸三尉の合図で、ヘリが舞いあがり、地上班が、マンション一階のドアを爆破した。

「待ってなさい、シンジ。アタシとフランス女を間違えるほど、浅い絆じゃないはずよ」

 アスカは、震える足をゆっくりと踏みだした。




                              続く

 


後書き

 またもや、遅くなりましたことをお詫びします。
 バックアップの大切さをしりました。HDDって新しくても壊れるんですね。

 作者のタヌキ様に感想メールをどうぞ  メールはこちら

 

 タヌキ様の当サイトへの24作目。
 ついにEUが動き出したわ。
 しかも何てこと、これまで猫かぶってたのね。
 あのフランス女はぁっ!
 しかも何この作戦は。
 は、排卵誘発…!
 コロス、ミンナコロシテヤル。
 シンジが無事に救出されなかったら!
 待ってて、シンジ。
 アタシが行くからねっ!
 
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。



 HDDは壊れる物だって管理人が言ってたわよ。
 読んでる皆さんもバックアップは必ずするのよ!

 

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