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 タヌキ
 

 

LASから始まる
 
新たな戦い
 
20

 


 

タヌキ        2006.03.12

 

 











 

「シンジ……キスしよっか」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが、アスカと同じ声、同じ仕草でシンジを誘惑する。

「えっ、なに? 」

 シンジは、聞き間違いかと耳を疑った。

「キスよ、キス。アンタしたことないでしょ」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが小馬鹿にする。

「な、ないけど……」

 シンジが、語尾を濁す。

「女の子とキスするの怖い? 」

 フランソワーズ・立花・ウオルターがからかう。

「そ、そんなことないよ」

 シンジがいきがって否定する。
 サードインパクトを越えて和解したシンジとアスカは、毎日それこそ二桁を超える数だ
け、唇を合わせている。今更キスぐらいで照れることなどないのだが、思考力を奪うガス
の影響で、シンジの記憶はかつての苦いファーストトキスの思い出まで遡っていた。
 そう、アスカとシンジが決定的に破綻した、シンジの母ユイの命日のときまで戻ってい
る。

「天国のママが見ているのが気になる? 」

「か、関係ないよ」

 シンジが必死で否定する。

「じゃ、できるわよね」

 フランソワーズ・立花・ウオルターの言葉にシンジは、がくがくとうなずいた。

「歯、磨いてる? 」

「うん」

「くすぐったいから息しないで」

 フランソワーズ・立花・ウオルターがシンジの鼻を摘んだ。
 シンジとフランソワーズ・立花・ウオルターの顔が近づいていった。

「目を閉じなさいよ」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが命じる。

「うん」

 あと1センチメートルまで来たとき、シンジが、ぐっとフランソワーズ・立花・ウオル
ターを抱きしめた。
 二人の唇は触れあわなかった。

「えっ、なによ。キスしないの」

 フランソワーズ・立花・ウオルターがアスカの口調で戸惑う。

「無理しないで」

 シンジがそっとささやく。

「えっ」

 抱きしめられたフランソワーズ・立花・ウオルターが驚きの声をあげる。

「僕といるときぐらい、背伸びしないで」

 シンジはそっとフランソワーズ・立花・ウオルターの背中を撫でた。

「君は、まだ少女歳なんだ。無理に大人になる必要はないよ。焦らなくても時が来れば、
絶対にいい女になる。僕の保証じゃ頼りないだろうけど……」

「シンジ……」

「君の成長に手を貸したいと思う。でも、そんな哀しい目で、泣きそうな顔で大人への階
段を一気に駆け上ろうとするのの後押しはしたくないんだ。僕たちはもっといろいろ楽し
んで大人になろうよ。エヴァに載ることも大切だけど、24時間載っているわけじゃない
だろ。行けなかった修学旅行もやり直したいし、文化祭も体育祭も参加したい。全部アス
カと一緒に。使徒との戦いが終わったら、アスカはドイツに帰ってしまうかもしれない。
だからこそ、思い出をたくさん作っておきたいんだ」

 シンジは、やさしい声で言った。

「アタシとのキスは思い出にならないの? 」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが小さな声で問うた。

「なるよ。もちろん。たぶん、僕が今まで生きてきた中で一番の思い出に」

「なら、キスしよう」

 フランソワーズ・立花・ウオルターがもう一度誘った。

「それが、アスカの本心なら、喜んで。でも違うだろ。アスカは加持さんをミサトさんに
取られた原因が、自分がまだ子供だから相手にされなかったと思っている。だから、一気
に大人になろうとして、僕とキスをし、さらにその先もしようと考えた。違うかい? 」

 シンジは、あきらかにアスカに説教をしていた。

「キスすることが、その先を経験することが、大人になると言うこととは違うはずだよ。
大人になるためには、自分で自分の責任をとれるようにならないと駄目じゃないかな。も
し、僕とアスカがそう言う仲になって子供ができちゃったら、アスカは責任とれる? 」

 シンジが尋ねた。

「こ、子供ぐらい産んでやるわ」

 フランソワーズ・立花・ウオルターがアスカのように断言する。

「産むだけじゃ駄目なんだ。ちゃんと育てなきゃ」

「アンタに言われたくないわ」

「だろうね」

 シンジが苦笑した。

「僕は、まちがいなく責任とれないもの。もし、アスカから赤ちゃんができたって知らさ
れたら……逃げだすよ」

「逃げだす? アンタそれでも男? 」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが怒った。

「男じゃないよ。僕はまだ男の子だ。そして、アスカは女じゃない。女の子なんだ。エヴ
ァなんてものに載って、人類の存亡をかけた戦いにかりだされているけど、僕たちは大人
に護られるべき子供なんだよ」

「アタシは子供じゃない」

「子供だよ。後先考えずに、キスしようなんて言い出すアスカは子供だ」

 シンジは断言した。

「キスのどこが子供なのよ」

「アスカ、僕のこと好き? 」

 シンジが不意に問うた。

「ふん。アタシがシンジを好きなわけないでしょうが」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが強く言う。

「アスカのキスって、そんなに安っぽいの? 」

 シンジが、アスカの背中から手を髪へと異動させ、ゆっくりと梳いた。

「好きでもない異性とほいほいできるほど、アスカの唇は軽いの? 」

「キスぐらい、あいさつよ」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが強がる。

「なら、なぜ最初に会ったときにしなかったのさ? 最初でなくても同居し始めたときで
もしてくれれば、挨拶だと言えたよ。でも、挨拶の時期はもう過ぎてる」

「…………」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが沈黙した。
 シンジも無言で待った。やさしくゆっくりフランソワーズ・立花・ウオルターの髪を梳
きながら、目を閉じていた。

「アタシとキスするのがそんなに嫌? 」

 フランソワーズ・立花・ウオルターの声は震えている。

「今のアスカはね。でも、間違いなく、1年先には、僕の方からキスしてくださいってお
願いしていると思うよ。こんな可愛い女の子はいないもの」

「アタシが可愛い? 」

「うん。何事にも一生懸命で、明るくて、元気で、輝いていて、だから……」

 シンジが、そっと耳元でささやいた。

「好きだよ、アスカ」


 
 シンジとフランソワーズ・立花・ウオルターのいる隣の部屋を監視していた、ネルフE
U科学部主任パードレ・立花・ウオルターがののしりの声をあげた。

「なにをやっている。会話などせずに、さっさと摂取してしまわぬか。碇シンジなど思春
期の男に過ぎぬ。おまえが誘えば、見境もなく襲いかかってくれるものを」

 怒るパードレ・立花・ウオルターにさらに悪い情報がもたらされた。

「ネルフ保安部が動き出したようです」

 報せたのは、ネルフEUの隠れ蓑、日東工業の社員である。

「思ったより早いな」

「戦自を取り込みましたからね」

 社員が応える。

「時間稼ぎをしろ」

「わかってますが、そうは無理です。稼げて1時間」

「それだけ有れば、5回はできよう」

 パードレ・立花・ウオルターが、再び二人の部屋を映したモニターに目を向けた。
 モニターの脇についているマイクに向かって、パードレ・立花・ウオルターが、声を出
す。

「脱げ、そして、シンジの手におまえを触れさせろ」

 甘やかな男女の交歓にふさわしくない冷徹な声で命じた。



 第三次碇シンジ奪還作戦と名づけられた状況が開始された。空挺隊員を乗せた静音ヘリ
が校庭を飛びたった。

「出発するぞ」

 瀬戸三尉が地上班に出発を命じる。
 レンジャー隊員の後に、水城一尉に支えられるようにした惣流・アスカ・ラングレー三
佐が続いた。

「水城、離すんじゃねえぞ」

 瀬戸三尉が、きびしい声で言った。

「わかっているわ。この手は絶対緩めないから」

 水城一尉も首肯する。

「惣流三佐は、碇二尉のこととなると周りが見えなくなるからな」

「ええ。紅い布を目の前にした牛よりたちが悪いわ」

 瀬戸三尉と水城一尉が、前後で会話するのを、はさまれながら聞いていたアスカが切れ
た。

「言いたい放題ね。あとで覚えて起きなさいよ。水城一尉、松代に出向したい? 」

 二人の直属の上司にあたるアスカには、人事権がある。

「横暴です。三佐」

「職権乱用です」

 口をそろえて二人が抗議した。

「そんなことなさったら、碇二尉に女の子紹介しますよ」

「合コンに誘いますよ」

 二人も負けていない。

「心理攻撃……アラエルとおなじことをする気ね。そう、あなたたち、パターンブルーだ
ったわけね」

 アスカの声がぐっと低くなる。

「とんでもない」

 二人が、唱和した。

「アリガト」

 アスカが、小さく礼を言った。二人の会話が、アスカの緊張をほぐすためだと気づいて
いた。エヴァを使っての実戦は経験していても、生身での戦いは初めてなのだ。
 硝煙の香り、血のにおい、断末魔のうめきは、少女にはきびしすぎる。水城一尉、瀬戸
三尉の気遣いをアスカは、すなおに受けた。

「…………」

 二人が顔を見あわせてため息をついた。

「10歳以上も年下の女の子にあっさり見抜かれるというのも、情けない話だな」

 瀬戸三尉が、がっくりと肩を落とす。

「惣流三佐ですから」

 水城一尉の一言がすべてをあらわしている。

「碇一尉もたいへんだな。浮気どころか、女の子とお茶飲みに行っただけでもばれそうだ
な」

 瀬戸三尉が、つぶやいた。

「当たり前よ。シンジの変化は一ミリだって見逃さないんだから」

 アスカが胸を張った。

「じゃ、ナイトを取り返しに行きましょうか、お姫様」

「うむ。頼むぞ。ボーン」

 アスカが尊大にうなずく。
 マンションの扉が、先遣隊によって吹き飛ばされた瞬間であった。



 近づくまでは、密やかにだか、始まれば豪放にが、ネルフ新保安部のモットーであった。
 厳重なマンションの扉を、人力でこじ開けるような無駄はしない。指向性爆薬をセット
して内側に吹き飛ばす。

「トラップに注意しろ」

 指揮官が叫ぶ。
 敵には十分罠を仕掛ける時間があった。

「エレベーター確保」

 最初から一階に止まっていたエレベーターに乗り込むような間抜けな隊員はいない。一
人の隊員が背負っていたナップザックを放り込み、棒で10階を押した。シンジたちのい
る11階の真下に敵が大量に待ちかまえているだろうと考えたのだ。

「噴出開始」

 ザックを持っていた隊員が、胸ポケットから小型のリモコンを散りだした。 ザックの
中には、揮発しやすく引火しやすいガスの入ったボンベが入っていた。その口が開き、音
もなくガスが拡がっていった。

「10階停止、ドアが開きます」

「点火」

 リモコンの赤いスイッチが押された。
 爆発は急激な燃焼である。半開きの状態のドアをへし曲げて炎が吹き出た。エレベータ
ー前に構築してあった陣地で獲物を待っていた数人の敵が、吹き飛んだ。

「管理人室は、無人のようです」

 オフィスのドアに手をかけた部下をアスカが止めた。

「駄目。なにがあるかわからないわ。爆破しなさい」

「えっ? 」

 ドアノブに手をかけた隊員が戸惑う。

「いいんですか? 管理人室には、マンション内の防犯カメラのモニターがあるはずです。
情報がとれます」

 瀬戸三尉が、アスカの顔を見る。

「どんな情報でも、アンタたちの命と怪我にはかえられない。もう、知っている顔を見れ
なくなるのは嫌なの」

「……つくづく指揮官に向かない上官だ」

 瀬戸三尉が、笑った。

「いいんですか? 」

「かまうものか、どうせ、敵の建物だ。崩れない程度に壊してしまえ」

 瀬戸三尉が、命じた。

「了解です。爆薬足りるかなあ」

 部下が、うれしそうにナップザックを点検した。

「階段室発見」

 部下が叫ぶ。

「よし、取っ手に触るなよ」

 瀬戸三尉が、駆けつけた。

「テスターもってこい」

 取っ手に電気が通っているかどうかをチェックする。通っていれば、爆発物が仕掛けら
れている可能性が高い。もっとも電流が検知されなくても、扉を開けることでひもが引っ
張られ、安全ピンが抜ける単純なトラップもあるので、絶対ではない。

「電流感知」

 隊員が叫ぶ。

「耐爆防盾」

 戦車の装甲を切り抜いた盾が、扉の前に設置された。

「三佐、耳ふさいで口開けておいてくださいよ」

 瀬戸三尉が、アスカに注意を与える。口を閉じたままだと爆圧の逃げ道がなく、鼓膜を
やられることがある。

「開け」

 瀬戸三尉の号令で、遠隔操作されたマニュピレーターが、取っ手をひねった。
 扉が膨らんだ。
 重い鉄製の扉が、廊下をはさんだ壁に張り付いた。

「前にいたらぺちゃんこだな」

 瀬戸三尉が、笑った。

「さて、階段を上がるとするか。おい、先行班カメラをだせ」

 デジタルカメラを先頭に突きだし、モニターで前方を確認しながら、地上班は階段を上
がった。



 下からの攻撃にあわせるようにヘリも屋上へと近づいた。

「レーダー警報です。対空ミサイルの可能性大」

「チャフ散布。このままつっこむぞ」

 この距離ではかわすことは難しいと判断したパイロットの機転でヘリは屋上へと降下し
た。
 ミサイルでも魚雷でも、あまりに近くで爆発されれば、撃った方も被害を受ける。ため
に安全距離というのが設定されていた。
 ヘリに命中した対空ミサイルは、爆発しなかった。かわりに後部ローターをへし曲げた。

「ちっ、しっぽを持っていかれたか」

 パイロットが、苦い顔をする。

「メインローター停止。落ちるぞ、歯を食いしばってなにかに掴まれ」

 ヘリは、屋上目がけて緩慢な墜落を始めた。



 十階の一室に本部を設けていた日東工業、特殊渉外部のメンバーがモニターを見ていた。

「エレベーター前の三人は、やられたな」

「ああ。いきなり爆破してくるとは思わなかったぜ」

「他人の建物だと思って派手に壊してくれる」

「百年使う訳じゃない」

「そりゃあ、そうだ。俺たちの仕事は、お嬢さんが、初めてをすませるまでだからな。こ
のマンションもそこまでもってくれればいい」

「そういうことだ。さて、そろそろお客さんが五階にかかられる頃合いだ。やられたお返
しはしないとな」

 メンバーが手元のスイッチに手を伸ばす。先行班の二人をわざと見逃す。本隊が来るの
を待って押した。

「命令には逆らえないサラリーマン稼業同士、恨み辛みはないけれど、俺たちのボーナス
のためだ、死んでくれ」

 5階から6階へ上がる踊り場が、爆散した。

「……くっ」

 瀬戸三尉が、アスカに覆い被さるようにしてかばった。

「大丈夫か、水城」

 もうもうとほこりが舞って視界が悪い。

「ええ。私はね」

 水城一尉も咳き込みながら、応える。

「おもいきったことをしてくれるわね」

 アスカが、瀬戸三尉の身体を押しのけながら、首を振った。

「被害は」

 アスカが訊いた。

「三人がふきとばされました」

 すぐに誰かが答える。

「生きてる? 」

「はい。二人が骨折、一人が打撲を負いましたが」

 アスカの問いに状況が報告された。

「痛いわね」

「はい。三人を後方に送るのに、四人割かなければなりません。七人の戦力ダウンです」

 陸上班は、十二名で編成されていた。

「残りは四人か。きびしいわね」

 アスカが親指の爪を噛んだ。
 引き算ができていないわけではなかった。アスカは、自分の面倒を見るために瀬戸三尉
が戦力から外れていることを認識していた。

「応援が来るまで待ちなさい」

 アスカが、瀬戸三尉に命じた。
 瀬戸三尉がアスカを見る。

「水城一尉」

 瀬戸三尉が、声をかけた。

「だめ、そんな時間はないわ。碇二尉がおちたら、三佐は死ぬわ」

 水城一尉が、小声ながらはっきりと告げた。

「了解。水城」

 瀬戸三尉が、上官を呼び捨てにした。

「なに? 」

 水城は咎めもせずに、応える。

「三佐を捕まえておけよ。絶対にこれ以上進ませるな」

「わかったわ」

「冗談じゃないわよ。ここで待っているぐらいなら、病院で寝ているのと一緒じゃない。
絶対について行くわ。シンジを偽物から取り返せるのは、アタシだけなんだから」

 アスカが必死になった。

「無理言わないでください。元気なときの三佐なら、止めませんよ。でも、はっきり言っ
て、今の三佐は足手まといなんです。心配しないでください。碇二尉は、殴ってでも正気
に戻してやりますから。ここへ無事に、ズボンにチャックさえ下りてない状態で連れ帰っ
てきます」

 瀬戸三尉が、はっきりと宣言した。
 アスカもきついまなざしで瀬戸三尉を睨む。

「わかったわ。任せる」

 アスカが、視線を瀬戸三尉から外さずに言った。

「その代わり条件があるわ」

「なんでしょう? 」

 瀬戸三尉が質問する。

「必ず、全員無事で、アタシのもとに帰ってきなさい」

「わかりました。おい、岡曹長」

 瀬戸三尉が部下の一人を呼んだ。

「おまえは、ここに残れ。三佐の面倒を見させてやる。いいか、毛ほどの傷でも付けたら、
三佐のファンから殺されると思え」

 瀬戸三尉が、きつく命じた。

「了解です。わたくしも三佐のファンですからね」

 岡曹長が、強くうなずいた。

「よし、ロープ銃」

 ロープをつけた特殊な銛が、すぐに用意される。

「発射」

 銛は六階の手すりにからみついた。



 日本に来てから埋め込まれた骨伝導方スピーカーからの指令を受け取ったフランソワー
ズ・立花・ウオルターの身体が震えた。
 シンジに抱きしめられ、耳元で告白されたばかりのフランソワーズ・立花・ウオルター
には、衝撃だった。ネルフEUはやりすぎたのだった。シンジにアスカと誤認させるため
に、心理操作まで行った。それが、裏目に出た。
 今のフランソワーズ・立花・ウオルターは、100%ではなかったが、アスカだった。

「どうかした? 」

 シンジが、気づいた。

「なんでもないわ」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが首を振る。

「ねっ、離して」

 フランソワーズ・立花・ウオルターがそっとシンジの身体を押した。

「あ、ごめん。僕に抱きしめられて嫌だったよね」

 シンジが慌てて両手を緩める。

「嫌じゃないわ。でも、動けないから」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが、うつむく。

「ねえ。アタシって魅力ない? 」

「そんなことないよ」

 シンジが慌てて首を振る。

「だったら、アタシを見て、そして受け止めて」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが顔をあげ、しっかりとシンジを見つめた。
 シンジもフランソワーズ・立花・ウオルターの瞳をのぞきこんだ。

「アタシのすべてを見せてあげる」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが、第壱中学校の制服を脱ぎ始めた。

「駄目だよ」

 シンジが、急いでフランソワーズ・立花・ウオルターの両手を掴んだ。

「やっぱり、アタシの裸なんか見たくないんだ」

「違う、違うったら」

 シンジが首を振って否定する。両手はしっかり握ったまま離さない。

「僕を獣にさせるつもり? そうして一生涯後悔し続けろっていうのかい? 」

「えっ」

 シンジの言い分にフランソワーズ・立花・ウオルターが、驚いた顔を見せた。

「後悔ってどういうことよ? アタシが後悔するならわかるけど、なんでシンジが……」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが、訊いた。

「嫌がっている女の子に無理矢理酷いことをすることになるんだよ。今は感情に流されて
良いかも知れないけど、5年、10年と経って、君が少しでも悔やんだとしたら……僕は、
死ぬまで自分を許せない」

「嫌がってなんかいない。アタシは良いって言っているのよ」

「強がらなくていいよ。だって震えてるじゃないか。」

 シンジが、そっと首を振る。

「もう誰も傷つけないって誓ったんだ」

 シンジが力強く宣言した。



「ガキのくせになに格好をつけてやがる。さっさとやっちまえよ」

 モニターを覗いていた日東工業のメンバーが吐き捨てた。

「おい、もう9階まで来てるぜ」

 別のメンバーが、告げた。

「時間を稼げ」

 パードレ・立花・ウオルターが、命じた。

「了解」

 10階の階段口を主戦場とすべく、メンバーたちがかけていった。



 屋上へ墜落同然に落ちたヘリだったが、高度が低かったことが幸いして、乗員たちは二
人が骨折しただけで、残り8名はかすり傷で済んだ。

「二人残れ」

 骨折した二人の警護のために要員を残そうとした分隊長に、けが人は首を振った。

「子供を助けるのが先でしょう。折れたのは足と肋骨。銃ぐらい撃てます。自分の身は自
分で護ります」

 肋骨が折れているために、呼吸が満足にできていない。その苦しい息の下から、はっき
りと隊員が断った。

「わかった、おい、一人階段のドアに残れ、あとは、俺についてこい。向こうが遠慮しな
かったんだ。こっちもきついゲンコツを喰らわしてやれ」

 屋上のドアを爆破して、7人が階段を降りていった。



「上からも来たぞ」

 両面から挟まれることになったネルフEU側に緊張が走った。

「結局、減らせたのは、10名ほどか」

 黙ってフランソワーズ・立花・ウオルターを見ていたパードレ・立花・ウオルターが、口にした。

「十分とは言えませんが、まあ、悪い結果じゃないでしょう。こっちは、12名いますか
らね。数なら負けてませんよ」

 日東工業のメンバーが自信ありげに言った。

「どうかな。あっちは、現役の軍人だ。それも実戦経験豊富な。それに比して、こっちは
ガードマンレベルだろう」

「大丈夫です。こっちはEUの傭兵学校の卒業者ばかりですよ。正規軍なんかに負けやし
ません」

 メンバーが胸を張った。

「期待してるよ。そろそろ行った方が良いんじゃないか。ここは、私一人でかまわないの
だから」

 パードレ・立花・ウオルターが、せかした。

「じゃ、ちょっと行ってきます。大船に乗った気でいてください」

 メンバーが次々と出撃していった。

「タイタニックは世界最大の客船だったのだよ、沈むまでは」

 パードレ・立花・ウオルターは、そうつぶやきながら、脱出経路の準備に入った。



 前哨戦は、先ほどと同じくトラップの発動によるものだった。
 重い響きと共に10階階段室の天井が落ちてきた。

「ふん、おなじ手に何度も引っかかると思うなよ」

 瀬戸三尉たちは、一度踏み込んだ踊り場から下がっていたおかげで、被害を受けなかっ
たが、建材によって侵攻路がふさがれてしまった。

「かまわないから、爆破してしまえ」

 瀬戸三尉が、部下に命じた。

「了解」

 部下が背負っていた歩兵携帯型ミサイルを担いだ。

「いきますよ」

 電磁スイッチが音もなく押され、キャニスターから一発の地対地ミサイルが発射される。
戦車の複合装甲さえ、貫くミサイルは、あっさりとがれきの山を通過し、10階階段室の
扉を破ったところで爆発した。
 爆圧は抵抗のない方向に拡散する。爆風は、廊下をものすごい疾さで駆け抜けた。

「ぐへっ」

 蛙が潰されるような声をあげて、二人のメンバーが壁に押しつけられて気を失い、一人
は首の骨がみょうな方向に曲がり、二度と起きあがることはなかった。

「無茶しやがる。こんなちゃちな建物の中でミサイルを使うなんて。ネルフはなにを考え
てやがるんだ」

 自分のやったことを棚に上げて、メンバーがののしる。

「そっちがその気なら、こっちもやってやるさ」

 メンバーが重機関銃のハンドルを握った。
 命を刈る低音が、マンションに響く。たちまち階段室の壁が穴だらけになっていく。

「無茶なことを」

 おなじせりふを瀬戸三尉がつぶやいた。

「どうします。ミサイルは、あの一発だけですよ」

 ヘルメットを抑え、首をすくめながら部下が言う。

「手榴弾をよこせ」

 瀬戸三尉が手を出す。

「無理ですよ、ここからじゃ、壁がじゃまして、届きません」

 部下が、手榴弾をわたしながら、告げる。

「壁を爆破すればいい。銃器で穴だらけなんだ、手榴弾でもぶち破れるさ。頭を低くして
いろ。いくぞ」

 瀬戸三尉が、三つ数えて手榴弾を投げた。

「無茶ですよ」

 部下が、おなじせりふの悲鳴をあげる。
 手榴弾は、狭いところで破片をまき散らすことが目的の武器である。壁面などの破壊を
考えて作られてはいなかったが、穴だらけの壁には効果があった。
 床に近い壁に直系50センチほどの穴が開いた。
 そこ目がけて瀬戸三尉が、もう一つ手榴弾を投げた。

「ナイスストライク」

 ヘルメットを抑えながら上目遣いに見ていた部下が感嘆の声をあげた。
 手榴弾は、吸い込まれるように穴をくぐり、中で爆発した。
 幅1.8メートルの廊下は、手榴弾のために有るようなものだった。まき散らされた破
片によって、日東工業のメンバーたちの多くが傷ついた。
 重機を持っている者も、死んだ。
 命令さえ有れば、子供を殺すことさえ躊躇しない軍人の行動は、ためらいがなかった。
銃弾にも遠慮はなかった。
 実戦経験を持たないアマチュアは、レベルアップするまもなく、退場することになった。



 パードレ・立花・ウオルターは、碇シンジとフランソワーズ・立花・ウオルターを連れ
て脱出すべく、二人のいる部屋へと駆けこんだ。

「ようやく、お出ましですか」

 パードレ・立花・ウオルターを迎えたのは、碇シンジの冷静な一言だった。

「なにっ」

 パードレ・立花・ウオルターが、驚きの声をあげた。

「気づいていたのか」

「途中からでしたけど」

 シンジが頭を掻いた。

「なぜ、わかった。ガスがなくても、フランソワーズは、完璧だったはずだ」

 パードレ・立花・ウオルターが、訊いた。

「アスカのデーターが数ヶ月古かったんです。サードインパクトで、アスカの左目は、つ
ぶれたんです。でも、彼女の目は湖のように澄んでいる」

 シンジが、語る。

「馬鹿な、その程度の違いなら、ガスの影響下なら気づかないはずだ」

 パードレ・立花・ウオルターが、首を振った。

「僕とアスカの間には、思考力を低下させるガス程度じゃ、ごまかしきれないショッキン
グなことがあったから」

 シンジの顔が曇る。

「14歳のガキに、人生を悟りきったようなことを言われてたまるものか。さあ、付いて
くるんだ、さもないと痛い思いをしてもらうことになる」

 パードレ・立花・ウオルターが、拳銃を見せつけた。

「槍で胸を突かれたことはありますか? 」

 シンジが問うた。

「なんだ? 」

 訳がわからないとパードレ・立花・ウオルターが、首をかしげる。

「腕を逆さにねじり上げられて、へし折られたことは? 頭を杭で打ち抜かれたことは?
 腹を貫かれたことは? 」

「な、なにを言っている? 」

 パードレ・立花・ウオルターが、焦る。

「燃えたぎるマグマの中に飛びこんだ経験は? 」

 シンジは、淡々と続ける。

「やめろ」

 パードレ・立花・ウオルターが、シンジの頬を銃把で殴った。
 シンジは、倒れたがすぐに起きあがる。

「こいつ……」

 パードレ・立花・ウオルターが、顔を引きつらせた。

「30億の人類を滅ぼしたことはあります? 好きな女の子に恐怖を感じて殺そうとした
ことは? 」

 シンジが、一歩近づいた。

「やめろと言っているだろうが……」

 叫んだパードレ・立花・ウオルターが、銃の引き金に力を入れようとしたとき、後ろか
ら手が伸びた。

「スリーアウト、攻守交代だぜ」

 瀬戸三尉が、自動小銃の銃口をパードレ・立花・ウオルターの後頭部につきつけた。

「くそっ、こいつの思い切りが悪かったばっかりに」

 パードレ・立花・ウオルターが、フランソワーズ・立花・ウオルターを睨みつける。

「他人のせいにするんじゃねえ。おまえたちが甘すぎたんだよ。二人の間に割りこむこと
のできるやつなんていやしねえことに気づかなかった。敵情視察ができてなかったってこ
とだ。おい、連れて行け」

 瀬戸三尉の言葉を受けて、二人の部下がパードレ・立花・ウオルターを拘束した。階段
とエレベーターが使えないので、屋上で迎えのヘリを待つことになる。

「ありがとうございます」

 シンジが、頭を下げた。

「いえ、仕事ですから」

 年齢は倍ほど違うが、階級はシンジの方が上である。瀬戸三尉の言葉遣いはていねいで
あった。

「ほう。確かにそっくりですね。私には区別が付きませんよ」

 瀬戸三尉が感心する。

「そうですか。まあ、最初は僕もわからなかったので、偉そうなことは言えません。ああ、
このことはアスカには内緒にしておいてくださいね。怒られますから」

 シンジが、頼んだ。

「それは良いですが……」

 瀬戸三尉が、シンジとフランソワーズ・立花・ウオルターを見比べた。ジャンパースカ
ートを脱ぎ、ブラウスのボタンの半分を外した少女は、奇妙な色気を醸し出している。

「格好だけを見ていると、二尉が少女を襲ったようにしか見えませんな」

 瀬戸三尉が、にやりと笑った。

「下で待っている惣流三佐が、これをご覧になればどうなるでしょうなあ」

「勘弁してください」

 シンジが、慌てた。

「殺されますよ」

「あははははは。でも、頬に一発ぐらいは覚悟しておくんですね。三佐は本当に心配され
てましたから」

「一発で済めばいいんですけど……」

 シンジが不安そうな顔をする。

「二発にならない前に、行きましょう。君は、衣服を整えて」

 瀬戸三尉がフランソワーズ・立花・ウオルターに告げた。

「彼女を本部まで連行しろ。丁重にな」

 残っていた部下にそう命じて、瀬戸三尉がシンジをうながした。

「待ってください」

 歩きだしたシンジにフランソワーズ・立花・ウオルターが声をかける。

「なに? 」

 シンジが振り向いた。

「どうして、そこまでアスカさんのことがわかっているんですか? 」

「わかってなんかいないよ」

 シンジはまじめな顔をした。

「たた、僕は自分よりもアスカを信じている。それだけなんだ」

「無限の信頼ですか」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが皮肉げな口調で言った。

「すべてが死に絶えた世界、たった二人きりの世界で、首を絞めて殺そうとした相手から
許しの手を伸ばされてごらん。なにがあっても彼女だけは、信じられると思えるから」

 シンジが微笑んだ。

「勝てるはず無いですね」

 フランソワーズ・立花・ウオルターがため息をついた。

「知ってました? わたし、少しでも碇さんを魅了できるようにって、惣流・アスカ・ラ
ングレーさんの遺伝子が、理想的な成長をもたらした場合に調整されていたことを」

「うううん」

 シンジが首を振る。

「身長で3センチ、バストで4センチ、ウエストでマイナス2センチ、股下2センチ、ア
スカさんよりも優っていたんですよ」

 フランソワーズ・立花・ウオルターが、寂しそうな笑いを見せた。

「そう。でも、本来の君はもっと素敵だったんだろうね」

 シンジは、そう言うとアスカの元へと踏みだした。



「末恐ろしいですな、二尉」

 階段を下りながら瀬戸三尉が、言う。

「なにがです? 」

 シンジは怪訝な顔をした。

「いや、おわかりになっておられないなら、結構ですが……」

 瀬戸三尉が、6階の手すりにくくられているロープをシンジの腰に巻きつけた。

「リペリングの経験は? 」

「有りません」

 シンジは首を振った。

「わかりました。じゃ、隣を一緒に降りますから。三佐は、この二つ下4階におられます」

「お世話になります」

 瀬戸三尉に支えられながらロープを伝って、5階へおり、階段を駆け下りたシンジは呆
然とした。

「えっ、アスカ……」

「水城……」

 後を追ってきた瀬戸三尉も絶句する。
 アスカが待っているはずの踊り場には、気を失っている保安部員と、両手をしばられ、
ハンカチで猿ぐつわをされた水城一尉が転がっていた。

「なにがあった? 」

 急いで瀬戸三尉は水城一尉を抱き起こした。

「三佐が、惣流三佐が……」

 猿ぐつわを外された水城一尉が、声を詰まらせた。

「アスカがどうなったんです? 」

 シンジが、必死な顔をする。

「さらわれました。すいません」

 水城一尉が、首を垂れた。

「馬鹿な、残党はいなかったはずだ」

 瀬戸三尉が、首を振る。

「違うの」

 水城一尉が小さな声でつぶやく。

「はっきろしろ」

 瀬戸三尉が、怒鳴った。

「誰が、アスカを連れて行ったんですか? 」

 シンジの問いに水城一尉が、つらそうな顔で告げた。

「葛城作戦本部長です。葛城一佐が、一人でやってきて、油断していた岡曹長を殴って失
神させ、惣流三佐に拳銃を突きつけて無理矢理……」

「ミサトさん、なぜ……」

「馬鹿な……」

 シンジと瀬戸三尉が言葉を失った。 

     

 





                              続く

 


後書き

 
次回でEU編終了予定です。すいません、無駄に長くなってしまって。

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 タヌキ様の当サイトへの25作目。
 なにっ、この超展開っ!
 ミサトのヤツがまさか!
 もしかして、買収…じゃない、酒収されたんじゃないでしょうねっ。
 となると、その相手はドイツビールのEUとは限らないわね。
 ウォッカかもしれないし、茅台酒?それともカリフォルニアワイン?
 まさか、全部ひっくるめて総取り?
 ミサトならやりかねないところが怖いわよね。
 さっ、このあとどうなるんだろ…って、アタシが誘拐されてるんじゃないのっ!
 
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。

 

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