タヌキ

　ＥＵによる碇シンジ誘拐事件は、新生ネルフ保安部により解決された。
　保安部の全勢力を駆使した作戦は、シンジだけでなく、彼を釣る餌となったフランソワーズ・立花・ウオルターをも無傷で確保した。
ネルフＥＵの策謀を証明する生き証人を手に入れたことは、大きい。
　その代わり、葛城ミサトによって、アスカが拉致されてしまった。

「なんで、ミサトさんが……」

　シンジが呆然とつぶやく。

「ちっ、まだ通信回線はジャミングされたままか」

　碇シンジ奪還作戦を実質的に指揮した瀬戸三尉が、無線機から口を離す。

「水城、碇二尉を頼む。おれは、ネルフ司令部へ直接連絡をいれる」

「わかったわ。こっちは何とかするから。惣流三佐をお願い」

　諜報部別班班長水城一尉が、了承する。

「任せろ」

　瀬戸三尉が階段を駆け下りていった。

「……アスカ……」

　シンジは未だにショックからたちなおれないでいた。

　葛城ミサトが、護衛を無力化した後、惣流・アスカ・ラングレーをさらって姿を消したとの報は、１５分ほどのタイムロスでネルフに届いた。

「馬鹿な……」

　冬月コウゾウネルフ総司令が、絶句した。

「なにがあったというの？　」

　赤木リツコは、親友の行動に唖然とする。

「マヤ、MAGIで葛城二佐の現在地を確認して」

　リツコの命令に、あっけにとられていた伊吹マヤが我に返る。

「５秒ください……だめです。現在地確認できません」

　マヤが首を振る。ネルフの幹部には位置情報を発信する機能が付いた携帯電話が供与されている。それの反応が確認できなかった。

「アスカの所在は？　」

「……駄目です。やはり位置情報発信システムが作動してません」

　マヤが泣きそうな声をあげる。

「さすがにこのあたりは抜け目ないわね」

　リツコが、じっと眉間を押さえる。

「瀬戸三尉」

　リツコが報告をあげてきた瀬戸三尉に、問いかける。

「なんです？　」

「ミサトの足取りは取れてる？　」

「それが……派手などんぱちで人手が足りませんでしたので、誰も見てないんです」

　リツコの問いに情けなさそうに瀬戸三尉が応える。

「そう。わかったわ。マヤ、第三新東京市の監視カメラすべてにアクセスして。コンビニの防犯カメラから、警察のNシステムまで」

「はい」

　リツコのオーダーにマヤが応えた。

「赤木くん。葛城くんの行動は、反乱かね？　」

　冬月が問う。

「いえ。たぶん時限爆弾でしょう。ミサトは、本部に赴任する前、ネルフドイツに居ましたから、そのときに仕組まれたのではないかと」

　リツコが推論を述べる。

「本部のチェックをかいくぐるほどの技術が、ドイツ支部にあるというのかね」

　テロを警戒して、本部勤務の人間には、洗脳に対する心理検査が義務づけられている。月に一度のペースで行われるが、今まで
ミサトがひっかかったことはなかった。

「心理操作にかけては、ドイツがもっとも進んでいましたから」

　リツコが首を振る。

「そうか。しかし、妙なタイミングだな。シンジくんをもう少しで手に入れられるというときに、二方面作戦をおこなうなど。一つ間違えれ
ば、切り札を無駄遣いすることになりかねないぞ」

　冬月が首をかしげた。

「シンジ君だけではなく、アスカも必要になったのでしょうか」

「惣流くんはもともとドイツ支部の所属だからな。面子もあるのだろうが。弐号機のない今、犯罪行為をなしてまで彼女を取り戻す意義があるのか？　」

「そのあたりはわかりかねます」

　冬月の疑問にリツコは、応えられなかった。

「とにかく、惣流くんの救出に全力をつくしたまえ」

「わかっていますわ。シンジ君を敵に回すわけにはいきません」

　リツコもMAGIのコンソールにとりついた。

「先輩、見つけました」

　マヤが叫ぶ。

「どこ？　」

「新中央通りの西１７番交差点のカメラが、葛城さんの車をとらえてます。進行方向は北」

「すぐに１７番街の北側の交差点を確認して……」

　リツコのリクエストに、マヤが口ごもる。

「それが、１７番街から北の監視カメラすべてが、作動不良を起こしています。映像確認できません」

「そんな馬鹿な。第三新東京市の監視カメラはすべてＭＡＧＩがコントロールしているのよ。機器不良が同時に起こるはずはない。
まさかクラッキング……マヤ、ＭＡＧＩのログを洗い出して」

「はい」

　技術部はＭＡＧＩへの対応に追われることになった。

「日向君」

　冬月が、声をかける。

「手の空いている連中を引き連れて、ヘリで捜索をしてくれ。１７番街を中心に全方位だ」

「了解しました」

　日向が飛び出していった。が、すでに貴重な２０分が失われていた。

　救出されたシンジは、作戦本部へ行きたがったが、ネルフＥＵの使った催眠ガスの後遺症を懸念して病院へ収容された。

「動脈血を採取して、ガスクロにかけるわ」

　リツコの命令に看護師が、注射器を手にして近づく。
　シンジの腕に垂直に針が入れられた。皮下にあり、視認できる静脈と違い、動脈は筋肉の下に保護されている。そこに
針を届かせるのだ、かなり痛む。

「早くしてください」

　シンジは、まったく痛みなど感じていないかのように、看護師をせかせる。

「碇二尉、動かないでください。危ないですから」

　諜報部長惣流・アスカ・ラングレー三佐の副官も務める水城一尉が、シンジを叱る。水城一尉は、アスカの部屋のある病
棟に、表向き看護師として詰めていた。

「すいません。でも……」

「わかってます。碇二尉が焦る気持ちは。でも、あなたが焦っても状況はかわりません。いえ、場合によっては悪くなるんです。
あなたが暴走して、惣流三佐を探しに出たりしたら、あなたの警護に人手を割かなければならなくなります。その分、捜索にま
わせる人員が少なくなる」

　水城一尉が諭した。

「僕は捜索に加われないんですか？　」

　シンジが食い下がる。

「当たり前です。先ほどの大規模奪還作戦は何のためにあったんです？　碇二尉、あなたが敵の手に落ちたのは、これで何度
目になるかおわかりですか？　そのたびに惣流三佐がどれだけやきもきされたか。瀬戸三尉たちが、命の危機にさらされたの
は何のためです？　あなたはもう少しご自分の立場というのを考えてくださらないと」

　水城は、階級も年齢も下の少年にていねいな口調で告げた。

「すいません」

　シンジは頭を下げるしかない。

「碇二尉は、帰ってきた惣流三佐をだまって抱きしめてあげればいいんです。それが、あなたの任務なんです」

「任務ですか」

「ええ。義務とも言います。そして、あなたにだけ許された権利でもあるんですよ」

　水城一尉が、やさしく微笑む。

「権利なんですね」

　シンジも笑った。

「だったら使わなくちゃ」

「ええ。だから、一番最初に会えるように、ここで待っていてあげて」

「ここでは待ちません」

　シンジが首を振る。

「アスカの部屋に帰りますよ。お腹すかして帰るでしょうから、アスカの好物を作っておきます」

「そうね。お腹をすかせた惣流三佐は、凶暴になるから。おいしいものをたくさん用意しておかないとね」

　水城一尉が、シンジの肩を軽く叩いた。

　惣流・アスカ・ラングレーは、助手席に座りながら、ミサトの運転を見ていた。かつてほどではないが、制限速度をかな
りオーバーしたスピードである。
　アスカが、助手席のドアを開けて逃げださないのは、ロックがかけられているだけではない。高速で移動する車両から
飛び降りるだけの体力がなかったからだ。
　何とか外出許可は出たが、サードインパクトの爪痕は、アスカの身体に大きな傷を残している。かつてなら難なくやれ
たことも、命がけになる。
　アスカは、拉致されてからずっと無言で、ミサトの顔を見続けていた。
　ミサトはアスカに目を向けることもなく、無感情な目でずっと車を操っている。

「はああ」

　アスカが大きなため息をついた。

「寝るわ。着いたら起こして」

　アスカはそうつぶやくと、目を閉じて助手席に身体を預けた。

　ミサトの運転する車が、第三新東京市の外れにある廃ビルに入った。
　使徒戦役の戦場となった第三新東京市には、このような人が住むことにない、いや近づくことさえない建物が数多くある。
いずれは復興計画に組みこまれ、賑やかな歓声がこだまする住宅街になっていくのだろうが、今は幽霊ビルでしかない。
　その一つにミサトは、アスカを連れこんだ。
　ミサトは無表情なままで、アスカを車から出し、手を引っ張るようにしてビルのなかへと入っていく。

「崩れ落ちないでしょうねえ」

　返事がないのを承知で、アスカがぼやく。
　二人は階段を降りて地下へと向かった。

　重い音をたてて、地下室の扉が開かれる。もとはボイラー室かなにかだったのだろう、なかには部屋の半分を占めるほど
大きな器具が据え付けられていた。
　ミサトがアスカの背中を押した。アスカは、たたらを踏むように中に入る。

「口でいいなさいよ。こっちはまだ半病人みたいなものなんだから、乱暴にしないで欲しいわね」

　アスカが憎まれ口を叩く。

「…………」

　アスカと目線をあわすことさえせず、ミサトが地下室に足を踏みいれ、後ろ手に扉を閉めた。とたんに、地下室が暗黒に
閉じられる。

「はあ、みょうな演出は止めたら、子供騙しにもならないわよ」

　アスカが、おびえることなく告げた。

「レディを招待したんだから、顔ぐらい見せなさい。それともふためと見られないようなご面相なのかしら」

　アスカが挑発する。
　５分ほど地下室は沈黙に閉ざされた。

「いい加減にしなさいよ。いくら気が長いアタシでも怒るわよ」

　アスカの声に応えたのは、地下室の蛍光灯だった。
　落ちていた電灯が一斉にまたたいた。地下室には多すぎる光量がアスカの目を灼く。

「資源の無駄遣い」

　アスカは目を細めながらあきれた。

「演出効果と呼んで欲しいんだがな」

　地下室の中央に残された機器の影から、苦笑いが聞こえた。
　声の主が顔を出す前に、アスカは少し右に動いた。出てくる男とミサトの間をふさぐように場所を変える。

「よう、元気そうだな、アスカ」

　軽く右手を挙げて現れたのは、加持リョウジであった。

「お久しぶり、加持さん」

　アスカも手を小さく挙げた。

「驚かないんだな」

　加持が、意外そうに言った。

「まあね。サードインパクトを越えたら、なにがあっても当然だと思えるようになったわ。なんせ、アタシも一度死んだはず
なのに、生き返ったんだから」

　アスカが小さく笑う。

「そうか。アスカもかい」

　加持が、全身を光の中に現した。

「で、何の用なの？　」

　アスカが、いきなり用件を訊いた。

「おいおい、ずいぶんじゃないか。ひさしぶりの再会だろ？　近況を報せあうとか、お互いの無事を喜びあうとか、話すこと
はいくらでもあるはずだぜ」

　加持がオーバーな動きで、嘆く。

「今度時間をちゃんと取るから。今日のところは、生きていたことの確認だけでいいでしょう。アタシ暇がないのよ」

「そんなに急ぐなんて、誰かとデートの約束でもあるのかい？　」

　アスカの言葉に加持がからかいを返す。

「デートに誘うぐらいの甲斐性があってくればいいんだけどね。なんせシンジだから……」

　アスカが、やさしいほほえみを浮かべる。

「ほう、シンジ君とうまくいっているんだ」

　加持が、口を開けて驚いて見せた。

「知っているでしょうに。わざとらしい反応は興ざめ」

　アスカが、厳しく断じた。加持が生きていて、敵になっているなら、自分のことをふくめネルフのことは全部知られている
とアスカは理解している。

「なるほどね。加持さんなら、監視カメラをどうこうすることなど簡単にやってのけれる」

　かつてジオフロントを我が物顔に動きまわったスパイの実力を、アスカは見損なっていない。

「で、あのときはネルフ、日本内務省、ゼーレと三つの首輪をしていた加持さん、今回はどこの首輪をいくつしているの？　」

「さすがは、ネルフ諜報部長、惣流三佐だな」

　アスカの問いかけに、加持の顔が引き締まった。

「大先輩に褒められるのはうれしいわね。じゃ、ついでにもう一つ」

　アスカが、いったん言葉を切った。

「ネルフＥＵは、新しいゼーレを生み出すつもり？　」

「そこまで読んでいたか」

　加持の瞳が鋭く光る。

「サードインパクと以降の世界には、共通の秩序がない。そう思わないか、アスカ」

「思わないわ。サードインパクト前にもなかったじゃない」

　アスカが、あっさりと切って捨てた。

「宗教、主義、人種、貧富、どれだけのものが世界を分断していたか、説明する必要もないでしょう？　」

　アスカが、事実を投げかける。

「それらで世界が崩壊するのを、抑えていたのがゼーレだよ。ゼーレが裏から世界を監視していなければ、人類はセカンド
インパクトを乗りこえられなかった。強大な闇の力というのは、悪意ととらえられがちだが、実際は大いなる善なんだよ。この
あたりのことは、大人にならないとわからないかもしれないがね」

　加持が、子供に諭すように言う。

「大いなる善……加持さん、本気でそれ口にしてる？　」

「ああ」

　アスカの質問に加持が首肯する。
　じっとアスカは加持の目を見つめた。加持も瞬きを止めて、アスカを見返す。

「その割には、あちこちで紛争があったようだけど？　」

「あれはガス抜きだよ。それとゼーレに逆らう者たちを狩りだすための措置さ」

「兵器産業をうるおわせるためでもあるんでしょう。ゼーレ幹部の多くが死の商人だったということは、子供でも知っているわ」

　アスカが皮肉を口にする。

「争いは人類の進化に欠かせないからな。人は道具を使うことで文明を築きあげた。アスカもわかっているだろう。それに人
が最初に使った道具が獲物を倒すための武器だったことも」

　加持が教えるように語る。

「なるほど。究極の進化は自滅。だから、サードインパクトを起こしたのね。人がいるから善とか悪の基準が生まれる。大いな
る善とか言いながら、人類を滅ぼしたんじゃねえ。ただの馬鹿だったわけか」

　アスカが納得した。

「天才といっても、子供だな。秩序の真の姿を理解できないのか」

　加持が、嘆息する。

「その新しい秩序さんとやらは、アタシにどのような用があるのかしら？　」

　そんな加持を無視して、アスカが強引な招待の理由を問うた。

「いまさらエヴァンゲリオンのパイロットと言うことはないでしょう。エヴァを作るには、莫大な金と時間、そして、パイロットの近親
者を喰わせたコアが必要。今のアタシとＡ−１０神経を通じてシンクロできるのは、シンジだけ」

　アスカが加持をにらみつける。

「シンジ君をコアにするぐらいなら、最初からフランソワーズ・立花・ウオルターを作り出す必要はないな」

　加持がアスカの意見を認めた。

「１３歳で大学を出たアタシの頭脳を欲しているとも思えない。そのくらいなら、ＥＵに腐るほどいるもの」

「ちょっと意味合いは違うんだけどね、アスカの頭脳を欲しがっているのは確かさ」

　加持が応える。

「アタシの頭脳？　わざわざミサトという切り札のスリーピングビューティを使ってまで手に入れるほどのものじゃないと思うけど？　」

　アスカが首をかしげる。
　ミサトの現状をアスカはしっかりと見抜いている。ミサトにはネルフドイツ出向時代に、強力な催眠暗示がしこまれていた。ネル
フドイツのデータを引き継いだネルフＥＵが、それを作動させたのだと言うことは、無表情なミサトが、水城一尉と保安部の元戦自
隊員を排除したときに、アスカは気づいていた。

「さすがは、アスカだ」

　加持が褒めた。

「本来は、今回のフランソワーズ・立花・ウオルターが起こした作戦が失敗したときに、葛城を発動させるはずだったんだが、ちょっと
事情が変わってね。エヴァンゲリオン初号機を手に入れれば何よりだが、駄目なときは自前で建造しなきゃならないだろ。そのため
にはＭＡＧＩが必要だ。だが、ネルフドイツ、ネルフフランス、ネルフイギリスにあったＭＡＧＩクローンは、サードインパクトの影響で生体
脳を失った。再生には本部のオリジナルＭＡＧＩの生体脳細胞を培養する必要があるが、本部はＭＡＧＩの独占を狙って、細胞を譲っ
てくれない」

「そりゃあ、そうよ。ＭＡＧＩも製造されて結構な年数が経つとはいえ、世界最高の座は堅持し続けている。戦略的な意義から考えても、
他国にその技術を渡すことはないわ」

　アスカが、ネルフ本部の対応を評価する。

「でも、それじゃあ、困るんだよ。そこで、ネルフＥＵは考えたんだ」

「アタシの身柄と引き替えに細胞を要求する？　」

　アスカが尋ねた。

「冗談。そんなことができるわけないだろう。身代金誘拐は引き合わない犯罪の最たるものだぜ」

　加持が笑う。
　誘拐の難しさは、人質を解放した後にある。解放された人質は犯人の特徴を微に入り細に入り報告し、逮捕を願う。
　もし、今回のことが、ネルフＥＵがＭＡＧＩの細胞欲しさに起こした誘拐だったとしたら、人道的見地からネルフＥＵの立場は極端に悪く
なり、ひいては存在さえも危うくする。

「交換誘拐じゃないのに、アタシの頭脳が必要？　まさか……」

　アスカが目を見張った。

「頭脳じゃなく、脳髄が欲しいのさ」

　加持が告げた。

「アタシを生体ユニット代わりに使う。そのことに加持さんは手を貸したのね」

　アスカの顔色が変わる。

「すまないと思うが、これも宮仕えのつらさ。命令には逆らえないんだよ」

　加持が肩をすくめた。

「あの頃も、筋の通っていない人だとは思っていたけど、ここまで酷いとは思わなかったわ」

　アスカが、冷たい目で加持を見た。

「おいおい、アスカは俺に惚れていたんじゃなかったのかい？　加持さんならいつでもＯＫの三連呼だって、空母の上で言っていただろ。
身も心も捧げてくれるんじゃないのか？　」

「世間知らずのあこがれよ。あれは」

　アスカが、あっさりと加持の思い出話を否定した。

「女の勘をなめないで。ミサトと二人きりで停電のとき、エレベーターに閉じこめられたでしょう。あのときから、加持さんの本性には気づ
いていたわ」

　アスカが口の端をゆがめる。

「なるほど。だから、シンジ君とキスしたわけか」

　加持が納得する。

「シンジ君は、俺へのあこがれの代償だったと」

「止めたほうがいいわよ。かえって自分を惨めにするだけだから」

　アスカは加持の嫌がらせを一蹴した。

「で、妹分を売って、加持さんが手にするものはなに？　」

　アスカが肝腎なことを問うた。

「真実さ」

　加持が、静かに告げた。

「真実？　なんの？　」

「サードインパクトのさ」

　加持がジャケットのポケットから煙草を取り出す。

「死んだはずなんだよ。俺は。確かに撃たれてね」

「アタシも死んだわよ。エヴァ量産機に喰い殺されて」

　アスカが加持の感慨を横から蹴った。

「知っているよ。りっちゃんも葛城も死んだ。いや、世界中の人類が一度死んでいる。だが、多くの人が甦った。それがサードインパクトだ」

「わかっているじゃないの」

　アスカの口調が変わっていく。

「俺は違うんだよ」

　加持が煙草に火をつけた。

「サードインパクトの随分前なんだ。俺が死んだのは。調べてみたら、サードインパクトより一日以上前にに死亡した人間で、甦った者はい
ない。なのに、俺だけが生き返った。まるで神の子の奇跡だぜ」

「よかったじゃない。奇跡は、起こしてこそ値打ちがあるのよ」

　アスカが小さく笑う。

「気持ち悪くないか？　俺は誰かの意志で、終わった命を続けている。神以外にそんなことをされたら、たまらない」

　一口も吸わないで、煙草を加持が投げ捨てる。

「それを知るためには、サードインパクトの記録を見るしかない。ためにはすべての記録を握っているＭＡＧＩが必要だ」

「だったらネルフ本部に復帰すればよかったんじゃない？　」

「第三新東京にいけば、葛城に会わないわけにはいかないだろ。つぎに会ったときには、８年前、いやもう９年前か、に言えなかったことを
言うと約束したが、真実を掴むまでそんな余裕はないからな」

　加持が、ニヒルに口の端をつり上げる。

「そんな一円にもならない男のプライドのために、アタシの命を奪おうっていうの？　」

　アスカの瞳に熱が籠もる。

「死ぬわけじゃない。アスカの脳は、ＭＡＧＩクローンの生体ユニットとして細胞が寿命を迎えるまで生き続ける」

「それを生きているって、本気で思ってるの？　」

　アスカが怒った。

「真実のためには、犠牲も厭いはしない」

　加持が、真顔で語る。

「そうね。アンタはそういう人間だったわよね。使徒が来るかも知れないのに、ネルフの電源を落としてみたり、戦略自衛隊の侵攻を助ける
ためにネルフの構造図を流したり」

「俺がやらなくても、誰かがやったさ」

「たぶんね。でも、その言葉は免罪にならないわよ」

　アスカは、加持の逃げを許さない。

「真実を知らないで、踊らされるのは我慢できない。誰かわからないやつの手で甦るなんて耐えられない。すべてを知らないで、アスカは平
気なのか？　」

　加持が、ぐっと拳に力を入れる。

「いいことじゃない。悩むことなく第二の人生を送れば？　世の中には知らなくていいこともあるわ。見ぬこと潔というじゃないの」

　アスカが嘲笑する。

「知っているのかい、アスカは」

　加持の顔色が変わる。

「ええ。目の前で見てたもの」

「教えてくれないか」

　加持が迫る。

「嫌よ、面倒くさい」

　アスカがそっぽを向いた。

「教えてくれれば、逃がしてもいいぜ」

「馬鹿言わないで。地下室の外に人がいることぐらい気がつかないと思っているの？　加持さんも信用されてないわねえ。無理無いけどさ」

　アスカが鼻で笑う。

「仕方ない。ＭＡＧＩの生体脳となった後に情報を引き出すとするさ」

　加持が、冷たい顔で出入り口に声をかけた。

「おい」

　加持の声に合わせるように二人の黒服が姿を見せた。アスカの両腕をそれぞれが抑える。アスカは抵抗しない。

「ミサトはどうするの？　」

　アスカは、二人の黒服に目もやらずに、加持に問うた。

「スリーピングビューティは、夢から覚めればただの人。いやただの人よりたちが悪いかな。なんせ、こっちの悪事の証拠だからな」

　加持が話す。ミサトは地下室に入ってきたときのまま、無表情に立っている。

「証拠は消すに限る？　」

　アスカが質問した。

「ああ」

　加持がうなずく。

「そう」

　アスカの声が低くなる。

「誤解するなよ。俺は葛城を殺す気はない。ただ、連れて行くわけにもいかない。葛城はあまりに顔を知られすぎている」

「じゃあ、どうするのかしら？　」

「俺たちが安全なところに逃げるまで、おとりになってもらうのさ。いまごろネルフは血眼になって葛城を捜しているだろうからな。
葛城には、ＭＡＧＩの目をごまかす道具になって貰う。俺たちが、アスカを連れてここをでたら、葛城は自由さ」

「だってさ、ミサト。あんた便利な道具だそうよ」

　アスカが、振り向いた。

「ふざけんじゃないわよ」

「なにっ」

　不意に動いたミサトに、黒服二人は反応できなかった。あっさりとミサトの一撃を喰らい、床に崩れ落ちる。

「よくも触ってくれたわね。鳥肌が立ったじゃないの」

　意識を失った黒服に、アスカが蹴りを入れたのはおまけである。

「葛城……おまえ……」

　さすがの加持もあっけにとられている。

「加持。生きていたのはいいけど、あんた落ちるところまで落ちたわね」

　ミサトがにらみつける。

「暗示が解けたのか？　」

「ばぁか。最初から効いてないわよ」

　ミサトが両手を腰に当てて、胸を誇らしげに突きだす。

「ネルフドイツのテクニックにミスがあったというのか」

　あっけにとられる加持に、アスカが笑った。

「ドイツの技術は世界一よ。いえ、世界一だったわ。アタシの母国だもの」

「そうね」

　アスカの言葉にミサトがうなずく。

「ならなぜ、葛城の意識が……」

「一つだけ、ヒントをあげるわ」

　アスカが加持に声をかける。

「アタシには、サードインパクトの前にうけた傷跡がある。そして、ミサトには、セカンドインパクトの傷は残っていない」

「なんのことだ？　」

「あとは自分で考えなさい」

　アスカが、首を振った。

「それを知りたいが為に、俺はすべてを捨てたんだ」

　わめくように加持が告げる。

「加持さん、本当にサードインパクトのことがわかっていないようね」

「どういうことだ？　」

「訊いてどうするの？　真実を知ったからって、のこのこネルフ本部に帰還するつもり？　」

　アスカが冷笑した。

「第一、売られたアタシには、教えてあげるだけの義理はないわねえ」

「道具のあたしには、語る口もないしね」

　アスカとミサトが加持を嘲る。

「わたしのことはいいわ。加持、まだ子供たちに負担をかけるつもり？　」

　ミサトが怒りを抑えた声で言う。

「俺にとって、真実はなによりも重い」

　加持が、言葉を返した。

「サードインパクト前のことを糾弾するつもりはないわ。あたしも同じだったから。父親を殺した存在、使徒に復讐すること
しか考えてなかった。そのためには、なんでも使ったわ。シンジくんやアスカを道具にした。この子たちが一番欲しがる家
族という存在を利用もしたわ。最低だったことは、確か」

　ミサトが言葉を切って、大きく息を吸った。

「サードインパクトは、それをやり直すチャンスをくれたわ。わかっている？　加持。一度溶けた人類が復活した理由を？　
心と心の壁を取り去って、一つになった快楽の海から還ってきた人がいるのはなぜかを？　」

「それを俺は探しているんだ」

「あんたはやっぱり馬鹿よ」

　加持の応えにミサトがため息をつく。

「究極の進化ともいうべき使徒への変化を捨てて、人類が蘇ったのは、人としての未来をつむぎ続けるため。他人の手に
よって強制的に終わらされた歴史を続けるため。それぐらいはわかるわね、加持」

「ああ」

　加持がうなずく。

「人の未来は、どこにある？　子供たちの手の中でしょう。大人がそれを護らなくてどうするの？　一時的な満足のために、
あんたはアスカの将来を潰すつもり？　あたしは許さない。だから、洗脳にかかった振りをして、敵をおびき出そうと考えたの。
アスカを囮にしたことは申し訳ないと思ったけど、こうしないと黒幕は姿を見せなかったでしょう」

「確かにな。ミサトの行動はずっと偵察衛星で見張られていた。みょうな動きがあれば、俺はでてきなかったさ。さすがだな」

　加持が感心する。

「あんたはサードインパクトを越えても、成長してないわね。自分の欲望のためならなんでも犠牲にできる。サードインパクトは
無駄だったの？　数億の人間を失っても人は成長できなかった。あんたが、その証拠になるつもり？　」

　ミサトが、加持を断じた。

「ちっ」

　加持が懐に手を入れようとするが、ミサトがその前に銃を抜いていた。

「止めときなさい。あたしのほうが銃のあつかいは上だから」

　ミサトが、諭す。

「わかったよ」

　加持が両手を挙げる。

「ミサト。銃をおろして」

　アスカが、ミサトに頼む。

「見逃してくれるのか？　」

　加持が、目を大きくする。

「アタシがドイツにいたころ、ちゃんと相手してくれたのは、加持さんだけだったからね。あのときの恩返し。それと、ミサトにもとと
はいえ、恋人を殺させるわけにもいかないでしょ」

「いいの？　アスカ。やれるときにやっておかないと、こいつなにするかわからないわよ」

　アスカの温情にミサトが危惧を表した。

「ミサトにそんなことをさせてご覧なさい。アタシがシンジに嫌われるわよ。アイツはやさしすぎるから。なにより加持さんのことを
好きだからね、シンジは」

「そうね。でなきゃ、加持が蘇るわけないか」

　ミサトも大きくうなずいた。

「さあ、さっさと行きなさい。もっとも脱出の手助けまではしてあげないから。自力で何とかしなさいよ。うまくしないとたいへんだか
らね。ＭＡＧＩに細工されたリツコが、このまま黙っていると思わないことね」

　ミサトが、加持を追いはらうように手を振った。

「りっちゃんは、怖いな」

　加持が背中を向ける。

「ああ、シンジは助け出したからね。ネルフＥＵは、崩壊することになるわ。ネルフ中国、ネルフアメリカのようにね。ネルフロシア
のように膝を屈しても許さないから。アタシのシンジに手出ししたことを後悔させてやる」

　アスカが宣言した。

「やれやれ、また職探しか」

　肩をすくめて加持が去っていった。

「本当によかったの？　アスカ」

　加持の姿が見えなくなってから、ミサトがアスカに訊いた。

「ネルフＥＵだけじゃないでしょ、加持さんのことだから、おそらくもう一つぐらい首輪をつけているわ。まだ表に出てきていないそい
つらとの接点をここで断ちきるのは、得策じゃない」

　アスカが、語った。

「ふうう」

　ミサトが、感心の吐息を漏らす。

「アスカって本当に凄いわね。とても１４歳とは思えないわ」

　ミサトが、アスカを絶賛する。

「褒めてもなにも出ないわよ」

　アスカが照れた。

「そういえば、加持出てきたとき、あたしが驚くのを見られないように立ち位置を変えてくれたでしょ。アスカ、加持が生きてるって
知ってたの？　」

　ミサトが最大の疑問を口にする。

「創世の神が、アイツだからね。加持さんのことを忘れるはずない。恋敵としては怖れていたんだろうけど、シンジにとって兄のよう
な存在だったから。ミサト、あなたが姉だったようにね」

「そうね」

　ミサトも首を縦に振る。

「あのサードインパクト前の留守番電話。あれは加持さんにとって本心だった。なのにミサトの胸に帰ってこない。蘇っているはずな
のに、まったく姿を見せない。ということは、出てこれない事情があるか、裏があるかのどちらかと考えるしかないでしょう。とくれば……」

　最後をアスカは濁した。

「ねえ」

　ミサトがアスカに声をかける。

「本当に見逃してよかったの？　あたしのことなら気にしなくてよかったのよ」

「……お返しなの」

「お返し？　」

「ええ。ミサト覚えてる？　フォースのこと」

「鈴原君でしょ。忘れるはずないわ」

　シンジの友人鈴原トウジを専属パイロットとして起動したエヴァンゲリオン参号機は、第１３使徒バルディエルに機体を乗っ取られ、ダミー
プラグの制御下で人為的な暴走状態となった初号機に殲滅された。そのときに鈴原トウジは、片足をうしなう大怪我をし、シンジの心に大き
な傷を残すことになった。

「あのころ、アタシはシンジにシンクロ率で抜かれて、いらだっていたわ。火山で命を助けられたことも、一緒に暮らして楽しかったことも心の
隅に追いやって、シンジを追い落とすことしか考えていなかった」

「ごめん」

　アスカの話にミサトが頭をさげた。

「いいのよ。済んだ話だもの。ようやく手にした居場所をアタシは自分の手で捨てようとしていた。いえ、正確にはこっちから切り捨てたと思い
こもうとしていた。でも、寂しさで潰れそうだったわ。けど、アタシのプライドがシンジに歩みよることをさせなかった。そんなアタシに加持さんが、
チャンスをくれた」

「それが鈴原君のこと？　」

「使徒戦の前、加持さんは、部屋の鍵をかけ忘れて、アタシにフォースチルドレン、鈴原選出の情報を見られた。まだチルドレンには報されて
いなかったことを。あの加持さんがそんなへまをするわけない。わざとと考えるしかない。鈴原のことなら、アタシがシンジに話しかけやすい。
アタシとシンジの仲を回復するきっかけにっていう加持さんの思いやりだったと思う。結局、アタシには、できなかったけどね」

　アスカが思いだしたのか、うつむく。

「だから、加持にも機会をくれたの？　」

「……アタシだって、加持さんには生きていて欲しいもの。アタシをママ以外で初めて惣流・アスカ・ラングレーとして見てくれた……」

　アスカが涙声になった。

「好きだったのね。本当に」

　ミサトが、その母性の固まりを象徴する胸に、アスカの頭を抱きかかえる。

「ありがとう。アスカ」

　ミサトはアスカの髪を指で梳きながら、少女が女に成長したことを感じていた。

　夜になって、無事に戻ってきたアスカを、シンジは言われたとおりに黙って抱きしめた。
　アスカもぐっとシンジを抱き返しながら、そっと耳元でささやく。

「しんじぃ。ガスのせいとはいえ、アタシとあの偽物を間違えたんだってねぇ」

　アスカの両腕に力がこもる。

「く、苦しいって。アスカ許してよ」

　シンジは、もがくが外れない。

「アンタはなにがあっても、アタシを見間違うことは許されないのよ。たとえ何回生まれ変わっても、どれだけ遠くに離れていても、何年会わずに
いてもね。アンタはアタシを数億の人間のなかから一発で見つけださないといけないの」

　アスカの力は、つい先日までベッドから起きられなかったとは思えないほど強い。

「わかってる」

　シンジが苦痛に耐えながら、応える。

「もう、間違わない？　」

「誓う、誓うから」

　シンジが白旗を大きく振った。

「なら許す。ねえ。シンジ、お腹空いた」

　アスカが、シンジの顔を覗きこんで微笑んだ。

「わかったよ。すぐに用意するから」

　キッチンへと向かうシンジの背中を見つめるアスカの瞳は、ミサトが失いかけているものを思って哀しげであった。

　そのころ、ネルフ本部では、ミサトとリツコが深刻な顔をしていた。

「そう、ＭＡＧＩの監視カメラを潰してくれたのは、加持君だったのね」

　リツコの声が小さく震えている。

「あのときもそうだったのね。たぶん、ゼーレからＭＡＧＩの穴を知らされているんでしょうが、いつまでもそうはいかないわ。つぎにちょっかいを
出してきたときが、加持君の終わりよ」

　リツコが、断言する。

「それにしても、ミサト」

　リツコが怖い顔をする。

「敵を騙すには味方からって言うのはわかるけど、わたしにだけでも教えておいて欲しかったわね。おかげで無駄なログあさりで肩が凝ったわ」

　リツコが、両肩をすくめてみせる。

「ごめん、ごめん」

　ミサトが詫びた。

「まあいいわ。みんな無事だったから」

　リツコが、肩の力を抜く。

「ねえ、リツコ」

　ミサトが声をかける。

「なに？　」

　リツコがミサトの顔を見る。

「ゼーレが復活を狙っているなんて本当かしら？　」

「すでにトップは全滅しているわ。騒いでいるのは残滓でしょう。そんなに怖れる必要はない。ＭＡＧＩがないんじゃ、エヴァの開発はもちろん、
チルドレンの選定や、コアの作成さえも無理。情報戦じゃ相手にもならないわ」

　リツコが、一蹴する。

「アスカの脳を狙ってきたわよ」

「馬鹿ね。いくらアスカの脳が一般人よりも優れていてもＭＡＧＩの生体脳にそのまま使えるわけないのに。生体脳の培養手順は、オリジナル
ＭＡＧＩだけに残された極秘データ。わたし以外の誰も触れられない最深部に保管されている」

　リツコが自慢げに言う。

「でも、そんなことを知らないから、こんな無茶を仕掛けてきたんでしょう。今後ともアスカの身辺はきな臭くなるわ」

　ミサトが、不安を口にする。

「それは確かね。特にシンジ君をロシアに送りだしてからが問題ね。こちらの注意はどうしても手元から離れたシンジ君に向く。アスカへの
注意が薄くなる」

　リツコも同意する。

「加持のことだから、逃げたような顔をして潜伏、もう一度チャンスを狙っているわよ」

「でしょうねえ。それぐらいでなきゃ、ゼーレ直属のスパイになれない」

　ミサトの言葉にリツコが首肯する。

「ねえ。アスカが言ってたんだけどさ。加持はゼーレだけじゃなく、もう一つ別の組織にかかわっているんじゃないかって」

　ミサトが地下室での会話を語る。

「さすがはアスカ。おそらくそうだと思うわよ。でなければ、加持君がいままで姿を見せなかった理由がなくなるもの。ゼーレの残党となら、
以前のつながりもあるでしょうから、日時をかけることなく関係を修復できる。そのあと、サードインパクトの混乱がおさまる前に、何食わ
ぬ顔でミサトのもとに現れれば、本部復帰は容易。そのほうが、アスカを手に入れやすいし、情報も取りやすい。でも、加持君は蘇って
ない振りをし、隠れて動くほうを選んだ。」

　リツコが顎に手を当てて思案する。

「……おそらくだけど。加持は、ゼーレに物足りなかったのよ」

　ミサトが口を開いた。

「物足りない？　」

「ええ。加持は長くゼーレに属していながら、真実に近づけなかった。エヴァの秘密程度には触れられたのに。その不満が、加持をして
ゼーレのスパイでありながら、ゼーレの内情を調べるようなまねをさせ、命を奪われることになった。たぶん、あのときの加持は死ぬこ
とに納得していたのよ。踏みいれちゃ行けないところにまで入れたという自負があった。だけど、サードインパクトで蘇ってしまった。人の
生き死には神の領域。世界を動かしていると豪語していたゼーレにさえできなかったことが自分の身の上に起こった。ゼーレ以上の力
が働いたと直感したのよ」

　ミサトが、息を継ぐ。

「なるほど。だから加持君はゼーレ以上の存在を求めたと。いままで死んだふりを続けていたのは、そのための時間稼ぎだったわけね」

　リツコが、ミサトの意見にうなずく。

「あると思う？　そんな存在」

　ミサトが訊く。

「わからないわ。でも、加持君が姿を見せた。これが答えじゃないかしら」

　リツコが、苦い口調で応えた。

「そんな得体の知れない組織に入るより、シンちゃんに会うだけで、すべてがわかるのにさ」

「１４歳の男の子が、好きな女の子のために世界を復活させました。これが真実よって言ったところで、加持君が信じるとは思えないけど？　」

「そうね。あいつ、ただの馬鹿だものね。真実っていいながら、結局は自分の納得する物語を探している。男ってどうしてこう現実から眼を
逸らそうとするのかしら？　」

　ミサトが、大きく息を吐いた。

「いいの？　ミサト」

　リツコが表情を引き締めて訊く。

「ええ。アスカの思いやりに気づかないようだったら……容赦しないわ」

　ミサトの目は、強い口調とはうらはらに、寂しそうであった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　続く

後書き

　随分遅くなりました。申しわけありません。