三番目の三度目のサド

 

 二度あることは三度ある。では三度あったなら、四度目もあるのだろうね。きっと。

 少し意地悪な気分。

 

 いつも囁いている。耳元で。

 君はやめてとお願いするけれど、本当は嫌ではなさそうに見える。

 意地悪されたい気分です。

 

 耳元で、いつも囁いている。

 照れる姿を見たいから、耳元で囁きます。

 愛の言葉で心を打ち抜くことができるなら。

 いつも風穴が欲しい。いっそ風穴が欲しいのです。

 苛めて欲しいのでしょうね、お互いに。

 

 否定したって知りません。人の心は分かりません。

 出来ることは囁くことだけ。背中に張り付いて、低い声で、耳元で。

 未来のことが分からないように、誰かのことも分かりません。

 分かっているのは呼吸だけ。深呼吸が必要だということだけ。

 


  マジカル・クッキング

 

 視線を交わして言葉を交わす。

 そこに浮かぶ言葉の意味は。

 たとえば君は彼女の瞳を綺麗と呼んで、たとえば彼女は君の唇を美味しそうな形と呼ぶ。

 囁く場所は、ここはいったいどこだろう。

 たとえばそこは月の裏で、たとえばそこは空の底。

 交わす視線。交わる言葉。

 まるでそれはまじないのような数珠繋ぎ。

 嬉しいことだけ数珠繋ぎ。楽しいことだけ数珠繋ぎ?

 瓶の底に残った胡椒。海の上に漂う塩。根拠としての情報ソース。どうゆうこと?

 そういうこと!

 


  勇気の鈴がリンリンリン。不思議な冒険ルンルンルン。

 

 月が沈み、陽が落ちる。東の空に黄昏が昇った。

 原っぱを歩く人影がいる。黒くて短い髪の男の子と、青くて短い髪の女の子だった。

 男の子は大きな楽器ケースを背負っている。チェロだ。

 女の子は何も持っていないので、おそらく歌を歌うのだと思う。歌姫だ。

 二人はしばらく歩いて、大きな木の根元にたどり着く。広い原っぱに、一本だけぽつりと生える大きな木だった。

 女の子はポケットからソファを、男の子はシャツの襟から譜面台を取り出した。

 男の子は調弦を手早く済ませる。女の子はソファに座り、男の子からの合図を待つ。

 準備万端整ったので、男の子が前奏を弾き始め、女の子が息を吸う。

 歌が始まる。知らない言語で歌われるので歌詞は分からない。でも意味はだいたい分かった。こんな意味だ。

 

 今まで秘密にしていたつもり

 隠し通せていたと思っていました

 けれどもきっと、見透かされていたのではないのかな

 誰にも言わずに隠していた、私の気持ち

 

 今までどうもありがとう

 頑なな想いは通せんぼ

 消そうと思った日もあったかもしれないけれど、無理だったの

 誰にも教えなかった、私の心

 

 今始めて言葉にしてみましょう

 きっと照れてしまうから

 今まで言わずにいたけれど

 私は幸せを願うから

 

 男の子が後奏を弾いていると、大きな木の上から、赤くて長い髪の女の子が降ってきた。

 真赤で凶悪な形をした電気ギターを持っている。

 ちょっと人には言えないところからバッテリーとアンプを取り出して、赤い髪の女の子がソロを横取りした。

 超絶。高速。超高度。超光速。ギターは人の可能性を天元突破して鳴り響いた。

 

 フレディ・マーキュリーが万雷の拍手を送り、ジョン・レノンがラブ・ランドピース。

 マイケル・ジャクソンが月の上を歩き、忌野清志郎が愛し合ってるかいと叫んでいた。

 


  月を見上げる

 

 コオロギが鳴いている。りりり、りりりと、鳴いている。

 月の光が射している。さやさや、さらさら、射している。

 こんばんは、と僕が言う。月の綺麗な夜だ、と僕が言う。

 そう、そうね。君はそう言った。月を見ている。僕と君が。

 

 風が静かに吹き抜ける。草を揺らして夜を抜ける。月の光を掻い潜り、君の髪でふわりと舞う。

 月がゆるゆる微笑を浮かべ、星がちかちか羽ばたき飛び交う。

 光の河の向こうには、忘れた昔がコトコト生まれる。

 僕が伴奏を弾いて、君が歌った。水晶のように凛として、素敵な歌と君と夜。

 

 

 

 ゆらゆら、ゆらゆら、月が泣く。静かに深く、君が泣く。

 言葉は小さく、聞き取れない。いつまで経っても泣き止まない。

 オロオロ、オロオロ、途方に暮れる。僕は困って途方に暮れる。

 月を見上げて、途方に暮れる。月はあまりに、遠すぎる。

 

 助けて、助けて、僕が泣く。君と月を想って泣く。

 知らない、知らない、月が泣く。わからない、わからない、君が泣く。

 僕と君は泣いている。二人で一緒に泣いている。

 月の光を浴びながら、僕と君はいつしか眠る。月が見ている。僕と君を。

 

 


  青へ飛ぶ

 

 フラフラと歩いている。特に何を考えるとも無く、機械的に足を動かしている。気付いたときには階段を上りきっている。

 歩道橋。下の道路には沢山の車が高速で走っている。下なんて見てちゃいけないよな。空を見る。

 淡いブルーが見えた。綺麗な色だと思った。でも、何かが足りない。いや、それは何かなんて曖昧なものじゃない。足りないのは、真っ直ぐにこちらを見る紅い視線だ。

 どうして紅が無いのだろう? どうして綾波は目を瞑っているのだろう。青いだけじゃしっくりとこない。そこには紅い色が無くちゃいけない。

 今すぐそっちへ行くから、そしたら目を開けて、僕を見てくれ。

 手すりが邪魔だよな。ここを乗り越えて、君の青い髪へと飛び込む。うまくいかなかったらきっと僕はぺしゃんこに潰れちゃうかもしれない。僕の血が、君の紅になれるかも。

 手すりの上に立って、両手を広げる。下なんて見てちゃいけない。君の髪だけを見て、そして飛んでしまわなければ。

 

 

 爪先が手すりを離れた。

 

 

 

 こちら側に着地した。きちんと揃えられた靴を履き直して、そして買い物袋を持ち上げた。今日はハンバーグにするって言っちゃったから、きっとアスカは楽しみにしてる。まさかミサトさんに作らせるわけにはいかないものな。

 それに、飛び込むのなら本物のほうが断然いい。明日は肉を使わないものにしよう。そして綾波も呼んでみよう。来てくれるかどうかは微妙だけれど……。

 黒服に謝って、歩道橋の階段を下りた。家へ向かって歩きだした。

 

 


  フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン

 

 私を月まで連れて行って、と彼女が言った。

 分かった、と僕は言った。

 手を繋いで、夜空を見上げた。見上げた月は、あまりに遠すぎた。

「ねえ、月はあまりにも遠すぎる位置にあるよ」と僕は言った。

「……いいえ。あまりにも近くにありすぎて、気付けずにいるだけよ」と彼女が言った。

 指を絡め合って、夜空を見上げた。大きな青い星が見えた。

「ほらね」と彼女が言った。

「そうだね」と僕は言った。

 繋いだ手が暖かかった。僕は彼女の手を強く握り直して、彼女も僕の手を強く握り返した。

 

 


  福音

 

 カラァン……、コロォン……。

 

 大きな柔らかい音。鐘の音。青空に満ちていく。

 思う。あの音はどこまで届くのだろう。確かめる術は無い。空に向けていた視線を戻す。

 誰かの結婚式。小さな教会から出てくる新郎と新婦。白いタキシード、ドレス。笑顔の二人。知らない人達。

「教会の鐘ってさ」と碇君が言う。「ちゃんと二人を祝福しているように聞こえるね」

 碇君は微笑んでいる。碇君も、あの知らない二人を祝福しているように見える。

 私は何と答えたら良いのか分からなかったので、結局黙ったまま何も答えなかった。

「行こうか」新しい夫婦が車に乗ってどこかへ走り去ったあと、碇君がそう言った。

「……ええ」と私は返事をした。

 また一つ、優しく鐘が鳴った。

 

 カラァン……、コロォン……。

 

 


  チェロ

 

 調弦が済んだ。椅子に座りなおして弓を構える。一度深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

 バッハ。無伴奏チェロ組曲第一番。

 目を瞑って、弦を振るわせる。チェロ弾きなら一度は弾く曲。

 プレリュード。

 調子を確かめるように弓を動かす。大丈夫だ、ちゃんと指が覚えてくれている。

 アルマンドへと移る。軽やかな旋律。

 クーラント、快活なテンポ。

 サラバンド、低く、幾つもの音が重なり合う。

 メヌエット、光と影のように、対称的ともいえる二つのメロディーがそこにある。

 ゆっくりとジーグを弾き終わった頃には、外はもう夕闇。夕食の準備をしなくちゃ。

 チェロをしまった。

 

 


  銀の手錠

 

 碇シンジの寝室に忍び込む人影が一つ。小柄な体躯。紅い瞳だけが夜闇の中にキラリと光る。音を立てずに移動し碇シンジのベッドに近づく。碇シンジはスヤスヤと寝息を立て愛らしく熟睡している。

 カチャリ、カチャリと金属のこすれあう音。カサリ、カサリと布のこすれあう音。作業を終え、綾波レイは碇シンジの寝床に入る。明日の朝を楽しみにして。

 

 碇シンジは銀の手錠によって後ろ手に拘束され、下半身の下着をつけただけの姿でベッドに横たわっていた。その目には涙が浮かんでいる。弱弱しく碇シンジが哀願する。

「やめてよ綾波。見ないでよ」

 ベッドの横に椅子を持ってきて座る綾波レイ。その顔は恍惚の表情を浮かべただただ碇シンジの痴態を眺めるばかり。碇シンジの哀願を聞いた途端口の端からよだれが落ちそうになる。

「……碇君、……素敵」

 今日は日曜日。太陽が爽やかに輝いた。

 

 


  ジ・エンド・オブ・エヴァンゲリオン S・A・L

 

 私の屍は腐ることなくただただそこに在り続けるが、傍に居る少年が私の屍をべたべたと無遠慮に触りまくるのには我慢がいかぬ。この少年、私が生きている時分何かと縁があり結局最後まで一緒だった。だが私が彼に好意を持つ事無く、また彼が私に好意を持つ事無くただただ一緒に居ただけ。

 さてこの少年、何をやりだすかと思えば私の屍から衣服を剥ぎ取りどうやら死姦をしようとしている様子。ひどく興奮し息を荒げてよだれをたらしておる。

 やいこの馬鹿やめろと言うが、なにせ私は魂のみの存在に成り下がり、彼に触れることもかなわぬ。少年の手が私の屍の乳房にかかりゆっくりとうごめく。ぎこちなく動きそして速度を増していく。

 私は呆れ諦め彼を冷ややかに見下ろすことしかできぬ。そして少年は絶頂に達す。

 

 少年は何も食わず飲まず百年を生き、そしてどこかへと消え去っていった。彼が魂のみの存在になるそのときに血祭りに挙げようとしていた私の思惑は外れ、ただただ呆然と立ち尽くす。私は諦め精液だらけの私の屍を一瞥、紅い海へ還る。嗚呼、虚し。

 

 


  首輪奴隷

 

 綾波レイは、葛城ミサト邸のリビングにペタリと座り込んでテレビを見ていた。そこに碇シンジが通りかかり、綾波レイの珍しい姿に心奪われふと声をかけてみた。

「あ。綾波、何見てるの?」

「……これ」

 綾波レイが指差した先を見て碇シンジは思わずあうと声を出す。テレビには、蝶をかたどったマスクをつけ赤いスーツを着込んだ女性と、首輪につながれ上等のタキシードを着た気弱そうな少年が写っていた。

「な、なにこれ?」

 碇シンジはギチギチとこわばった動きで隣に座る綾波レイを窺う。綾波レイはじっと画面を注視している。心なしか頬が赤く上気していると見えるのは気のせいか。

「……首輪」

 妖しく呟き綾波レイは碇シンジをチラリと見やる。

 碇シンジは大急ぎで立ち上がり慌てて立ち去ろうとするもその手は綾波レイに囚われ、そして碇シンジに綾波レイを振りほどくことはできずそのまま硬直。綾波レイは碇シンジを見上げて妖艶に囁く。

「……付けてみて」

 碇シンジは涙を流すも全てはさだめ、さだめは死。次の日の夜、碇シンジは首輪をはめられそれを見た綾波レイは狂喜し、はしゃいだ。

 

 


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