徒然
2006.07.01 土曜日
「やあ、久しぶり」
その人は屈託無く言った。
「あなたはどこに行ったの?」
笑った。
「いつだってどこにだって」
ここはどこだろう?
……。
「そこではない」
八月さんの声が聞こえた。
2015.08.12 土曜日
鋭い夏だった。
ワタシは一人で歩道を歩いている。二車線の車道に、車は無い。
坂を、木陰を渡りながら昇る。停滞した熱に、風は無い。
「暑いな」と八月さんが言った。
「はい」とワタシが答える。
すべてが狂っている。狂う夏の蝉が聞こえる。セミの鳴き声が。せみ。
聞こえる。熱。
火が燃える。
何かがハイになる。
2006.08.09 水曜日
浅い眠りが続く。
「眠れないのか」と八月さんが言う。
「はい」とワタシが答える。
深い沈黙が続く。
2006.08.08 火曜日
「何をやっているんですか?」とワタシが聞いた。
「調整をしている」と八月さんが答えた。
調整? とワタシは思考した。何の調整だろう、と続けて考えたが、何も思い浮かばなかった。
「何の調整ですか?」とワタシは尋ねた。
「……」八月さんは口を閉ざしたまま、じっと私の顔を見た。
ワタシは見つめられたので、笑顔になって見返した。
「あまりにも時間は限られすぎている」
しばらくして、八月さんがそれだけを呟いた。
外は暗く、軒先に吊るした風鈴の音だけが、夜の方向から小さく聞こえていた。
2006.08.06 土曜日
夕方。八月さんと一緒に、ワタシは花火を見に行った。
列車に乗る。往復切符というものを、初めて買う。八月さんはいろんなことを知っている。あるいは、ワタシが物を知らない。
浴衣を着た女の子が沢山居た。それらのほとんどが、恋人と手を繋いでいるように見えた。
「浴衣」と八月さんが言った。列車の中は混んでいて、八月さんの体がすぐ近くにあった。
「着たいんですか?」とワタシが言った。
「まさか」と八月さんが言った。「どういう着心地なのだろう、と思っただけだ」
「どうなんでしょう?」とワタシが言った。「着た事が無いのでわかりません」
「そうか」
「そうです」
ワタシはそう言って、少しだけ笑って見せた。
八月さんはワタシの顔をじっと見た。
列車が音を立てて駅に止まった。慣性の力が働いて、八月さんとワタシの体が引っ付いた。
「すまん」と八月さんが言った。
「えへへ」とワタシは笑った。
八月さんとワタシはドアを抜けて、人ごみの中に進んでいった。
2006.08.04 金曜日
夜の八月さんは、優しい。涼しげな声で歌う。
昼の八月さんは、少し怖い。近寄ると溶けてしまいそう。
2006.08.03 木曜日
「ごめんなさい、待ちました?」とワタシが言った。
「遅い」と八月さんが言った。
ワタシは笑ってごまかそうとした。八月さんはワタシの顔をちょっと見て、そしてさっさと歩き出した。
急がずに、追いかけた。追いかけて、隣に並んだ。