徒然

過去ログ

 2005.08.31 水曜日

「それではさようなら」と八月が言った。「唐突とは言うまいね」

「最初から知っていることであった」と私が言った。

「おー、もー帰んのかー?」とアカネが言った。

「茜さん、明日から九月ですよ」とタカシ君が言った。

「じゃー、アタシ達も帰るわー」と言ってアカネはさっさと帰っていった。タカシ君を持って帰った。

 太陽がさよならを言い、遠くの海へと音を立てて潜る。そして夜がドアをノックして訪れる。やあ、お久しぶり。夜になったよ。

 私は電灯のスイッチを入れる。タカシ君が作った夕食を食べ、アカネが置いていったタバコに火をつける。

「さらば八月」と私が言った。

「さらば私」と八月が言った。

 タバコの煙は換気扇に吸い込まれて消えていった。

 

 2005.08.30 火曜日

 八月はパタパタとキィボードを叩いている。

 タカシ君は夕食の準備をしている。

 アカネは本を読んでいる。

 私は呆とそれらの人物達を見ている。

 窓の外には夜があり、雨が降っている。風はほとんど無く、空気は冷やされている。

「〆切に間に合わん!」と八月が叫ぶ。

「茜さーん! お皿出してー!」とタカシ君が叫ぶ。

「わかったー!」とアカネが叫ぶが、立ち上がる様子は無い。

 私はどっこらしょ、と立ち上がり……。

 どっこらしょ?

 考えてみれば、奇妙な言葉だな。と思考が始まる。

 意味が分からないよな。どっこらしょ、て。

「燃えろ俺の魂! 肉体!!」と八月が叫ぶ。

「茜さーん! お皿出してー!!」とタカシ君が叫び。

「わかったー! アカネさんに任せろ!!」とアカネが叫ぶが微動だにしない。

 うるさいなと思いながら、少しずつ泥のような眠りに沈み込んでいく私の思考と、浮かび上がる夢の続きだった。

 

 2005.08.29 月曜日

 朝起きて、コーヒーを作り、食パンを焼いて朝食にした。

 タカシ君はリビングの机で勉強をしていた。

「夏休みの宿題かね?」と私はタカシ君に聞いた。

「いえ、新学期の準備です」手を止めてタカシ君がこちらを見る。「すぐにテストがありますから」

「君は真面目なのだね」と私は感心して言った。

「えー? 夏休みの宿題終わったの?」とアカネが言った。髪の毛はボサボサで、まだ上手く目が開いていない。

「とっくに終わっています。さっさと顔を洗ってきてください」とタカシ君は言った。「どうして早く寝ないんですか」

「タカちゃんが寝かせてくれなかったから」

 アカネは言いながら洗面所に向った。

 タカシ君は何も聞かなかったように手元のノートに顔を戻した。

 何か言うべきなのだろうか、と私は思った。

「アカネさんの冗談です」とタカシ君が手を動かしながら言った。「僕を困らせたいだけです」

「え、あ、ああ。そうだよな」と私は慌てて言った。

「タカちゃーん、着替え持ってきてー。お風呂入ろーぜー」

 タカシ君は黙ったまま立ち上がり、アカネの荷物から着替えと思しき物を取り出して洗面所に行き、すぐに戻ってきた。

「僕を困らせたいだけなんです」とタカシ君は言った。

「うん。おもしろいよ」と私は正直に言った。

 

 2005.08.28 日曜日

 アカネさんは家庭教師だった。

「教科は何を?」と八月。

「特に設定はされてないけど、多分社会じゃないかな」とアカネさん。

 設定? と私は思った。

「何も考えるな」と八月は言った。「ただの設定だ」

「でもさ、社会の家庭教師って何を教えるんだろね」とアカネさん。「覚えるだけじゃんね」

「じゃあ、違う教科にしよう」と八月。

「あ、それ駄目」アカネさん。「他の教科分かんないから」

 

 2005.08.27 土曜日

 タカシ君は家事が堪能だった。

 朝早くに起き、顔を洗い、家中の窓を開けて換気を済ませると、冷蔵庫に残っていた食材でまっとうな朝食を作り、我々を叩き起こし、胃に食料を詰め込ませ、部屋の掃除をやりながら洗濯機を回し、なおかつ綺麗な声で鼻歌を歌った。

「君は良いお嫁さんになる」と私は言った。手にはタカシ君が淹れてくれたコーヒーを持っている。

「そうですか」とタカシ君はそっけなく答えた。「僕、男ですけど」

「男でも良いだろう」と八月。「この世にあるのは男と女ではなく、攻めか受けかだけだ」

「そうですか」とタカシ君はそっけなく答えた。「僕はどっちですか?」

「受けだろうな」と私。

「受けに決まってるだろ」と八月。

「どうして」とタカシ君。

「どうしても」とアカネさん。「じゃないとアタシが楽しくない」

「また一つ世界が圧縮された」

 八月が言った。

 

 2005.08.26 金曜日

「君が会いたがっていたタカコ君だ」

「タカシです」

 八月が背の低い女の子を連れてきた。

 ショートカットの黒髪。男物の白い半袖シャツに、濃い青色のジーンズ。白を基調にしたデザインのスニーカ。

「育ちの良い男の子みたいな格好だな」と私は感想を述べた。

「男ですから」とタカコ。

「ふむ」と私。

「しばらくの間、この子を預かることになっている」八月。

「そう」と私。

「そんなこと聞いてません」タカコ。

「しょうがないんだ。世界が重なり合って、所々に重複箇所が出てきている。いくつもの並行世界を一つにまとめて、強固な力で固定しなければ崩壊してしまう」

「難しい言葉を知っているな」私。

「私にも意味は判らない」八月。

「家に帰りたいです」タカコ。

 

 2005.08.25 木曜日

「もう、世界の形をとどめることが難しくなってきている」と八月。

 八月の手には透明な板。やや黒ずんで汚れている。

「あと、どれくらい持ちそうか?」私。

「五日前後」八月がキッパリと言い切る。

「そうか」と私。「仕方ないな」

「ああ、仕方ない。仕方ないことだ」

 板を直しながら、八月は言った。

 かろうじて景色が像を結び、色が薄く浮かび上がった。

 

 2005.08.24 水曜日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2005.08.23 火曜日

「見ろよ見ろよ見てみろよ」と八月が言った。

「なんだよ」と言ってそちらを見た。

 喫茶店の窓から見える町だった。夏の日差しに焼かれて白く反射している。

「町が溶けてるぜ溶けてるぜ」

 どろどろとコンクリートが溶けていく。溶けて流れていって、最後には何も無くなる。全て空になる。

「溶けてるねぇ」と言って、アイスコーヒーを啜った。

 

 2005.08.22 月曜日

「世界の形を保てなくなっている」と八月は言った。

 空間から取り出した透明の板を撫で、裏返して蛍光灯の光に透かして何かを確認している。しばらく触った後で何も無い場所へはめて直した。

「これからこの世界と物語は混乱して混線していくだろう。それは止めることができないだろう」八月は二枚目の板を取り出す。「でもね、それは仕方の無いことなんだ、タカコちゃん」

「誰なのかな、そのタカコちゃんって」私は聞いた。

「可愛い中学生の女の子だよ」八月は答える。

「ふぅん」私は答えた。

「今度会わせてやろう」八月。

「別に良いよ。興味が無い」私。

「好むと好まざるとに関わらず、君は彼女と会うことになる」

 予言を残して、八月は透明の板を空間に戻した。コーヒーを作り、一人だけで飲み始めた。

 

 2005.08.21 日曜日

「いいかい? この世界にはどうしようもない屑野郎だって、ちゃんと存在しているんだ」

 カチャカチャとティーカップを鳴らしながらキミカさんは言った。

「容赦の無い暴力、理不尽な災厄、冷徹な運命。そういうモノと向き合って生きていかなくちゃいけない」

「はぁ」と僕は返事をした。

「ム、分かっているのか、タカコちゃん?」

「タカシです」と僕は言った。「わざと間違えるのはやめてください」

「まあいいだろう、タカシくん」キミカさんはコーヒーを飲み干し、タバコに火をつける。「納得はできんがね」

 僕はタバコの煙に少し顔をしかめる。

「君も吸うかな?」とキミカさんは言う。

「後で頂きます」と僕は礼儀正しく断わる。

「この場合の屑野郎、あるいは暴力、災厄、運命、どれだって良い。この場合、それはアイツの事を指す」

 キミカさんの視線は、隣の部屋へと続く襖を透視して、畳の上で豪快に寝ている『酔っ払った茜さん』へと注がれた。

「ハッキリ言って、俺は酔っ払ったアイツの世話だけは二度と御免だ。だから君がガンバレ」

「わかりました」と僕は簡潔に答えた。

「物分りが良くてよろしい。物分りの良い君は好きだ」とキミカさんは言った。「キスしてやろうか?」

「結構です」と言って断わった。

 タバコを吸い終わると、キミカさんはさっさと帰ってしまった。僕は簡単に部屋を整えて、茜さんが起きるのを待った。

 もう日が暮れて、夜がそこまでやってきていた。

 

 2005.08.20 土曜日

 テレビの画面には、ニューヨークのメトロポリタン美術館が映っている。

 フェルメールの「水差しを持つ女」がクローズアップされ、その絵にまつわるいくつかのエピソードが語られた。

 映像は度々過去と現在を往復し、美術館の歴史を浮き彫りにしていく。

 時代は1800年代後半。アメリカ大陸を横断する鉄道が次々と開通していく。古い映像で汽車が見える。

 いた。汽車の客席に八月の姿を認める。窓際だ。八月は髪を短く刈り、厳しい表情で汽車が進む先を睨んでいる。

「おい、なんでそんなところにいるんだ」と私は言った。

 八月は何も言わず、汽車に乗って大陸を渡っていった。

 

 2005.08.19 金曜日

 八月がアニメを見ている。

「何を見ている」私。

「エヴァンゲリオン」八月。

「また、古いモノを見ているな」私。

「いいだろう、好きなんだから」八月。

 画面の中では初号機が使徒を食べ始めていた。

 

 2005.08.18 木曜日

 洗った皿を、乾いた布で拭いていく。

 棚の中に積み重ねて収納する。

 地震だ。

 洗って積み重ねたばかりの皿が宙を舞う。

 私はそれを指に挟んで、全て受け止める。

「よく取ったな」八月が言った。両手で食器棚を押さえている。押さえている?

「なんで揺らした」と私が言った。「もう少しで皿が割れるところだ」

「ただの罪の無い冗談だよ」と八月。

「てめぇこのやろう」と私は乱暴に言った。「リボルブしちまうぞ」

「そのセリフ、すごくクールだ」と八月は言った。

 

 2005.08.17 水曜日

「キメゼリフを作ろうかと思う」八月。

「言ってみなさい」私。

「たとえば」八月。「リボルブしてやるぜ」

「ダッサ」私。

「こう、敵と相対して、おもむろに言うわけだ。『てめぇこのやろう、リボルブしてやるぜ』って」八月。

「ダッサ」私。

 

 2005.08.16 火曜日

「なあ、おい。何か持ってないか」と八月が聞いた。

 私はポケットの中から『え』を二つと、虎の子の『そ』を一つ取り出した。

「その『え』を一つくれ」と八月が言った。

「ただで?」と私は言った。

「『ぞ』をやろうじゃないか」と八月は言った。

「『ぞ』を!?」私は驚いて生まれて初めて大声を出した。

「悪い話ではあるまい」八月。

「悪い話ではない」私。

 悪い話ではないだろう。

 

 2005.08.15 月曜日

 誰かが泣いていた。

 その誰かはうずくまって泣いている。

 何がそんなに悲しいのだろう、と思い、そして、泣くのは悲しいときだけじゃないことを思い出す。

 では、その誰かは嬉しいのだろうか、と考えた。

 嬉しくて泣いているのなら、それなら、良い。

 悲しくて泣いているのなら、それは、悪いことだろうか。

 悲しいときに泣いて、嬉しいときにも泣いて、怒りに感情を揺さぶられて泣いて。

 泣いてばかりだ。

 なぜ泣くのか。

「ただただ眠い。心落ちるほど眠たい。私がいなくなるほど眠りたい」

 仮に八月と呼ぶ。八月はそう言って涙を拭った。

 私は何も言わない。

 

 2005.08.14 日曜日

 八月はカバンの中からせんべいを四枚、取り出した。

 それぞれ違う味が一枚ずつ。

「どれか一枚、キミにあげよう」と八月が言った。「よく考えて取るんだ」

 私はお湯を沸かし、熱いほうじ茶を用意した。

「その右のヤツをもらう」と私は言った。「それが一番上手そうだ」

 私がお茶を一口啜り、せんべいに手を伸ばしたときには、すでにそこには一枚もせんべいは残っていなかった。

「どこに行ったんだ」と私は言った。

「どこに行ったのだろう」と八月は言った。

 

 2005.08.13 土曜日

「時間が無いんだ」と八月は言った。「もうすぐ雨が降る」

「あるいはそうかもしれない」と私は言った。「もうすぐ雨が降る」

「世界にノイズが混じり始めている」八月は空を見ている。

「そのセリフ、上遠野浩平の小説みたいだぜ?」と私は空を見ている。

 ポツポツと雨が降り出した。

 

 2005.08.12 金曜日

「サッカーしよう」と茜さんが言った。

 僕はしばらくの間じっと口を閉じ、新調したばかりのスーツを着た茜さんを見た。

「サッカーしよう」と茜さんが言った。

「その格好で?」と僕は言った。

「なんなら脱ごうか?」と茜さんが言った。

「やめてください」と僕は言って、手元の本に視線を戻した。本の中では、ムルソーがアラブ人を撃ち殺していた。

 ほらほらー、アカネさんの白いおへそだぞー。見ないのかー。

 何故ムルソーはアラブ人を撃ち殺さなくてはいけなかったのだろう? と僕は考える。

 おぉぉ、これは悩殺! アカネさんのブラチラ(服の隙間などからブラジャーがチラっと見える状態)だぁ!

 それはきっと、手の中にピストルを持っていたからだ。と僕は答える。

 タカコちゃーん、相手してよー。

「タカシです」と僕は茜さんの間違いを指摘する。

 こっちむけー。なんだー、おっぱいみたいのかー?

 ピストルを持った人間は、人を殺さなければいけないのか? なぜ?

 んだよー、ケツか? ケツが見たいのかー?

 ……。

「女の子が『ケツ』なんて言うのはよしなさい」

 僕は根負けして茜さんの相手をすることにした。本を閉じて茜さんを見た。

 全日本代表のユニフォームをバッチリと着た茜さんが立っていた。右腕には、大会公式ボールが一つ抱えられていた。

「よし、サッカーしよう」と茜さんが言った。

 僕はテレビゲームのスイッチを入れ、コントローラを握った。

 対戦が始まった。

 

 2005.08.11 木曜日

「このように、『死神』のカードが正位置で出ています」

 八月はめくったばかりの札を指差して言った。

「不吉なカードではあるまいか?」と私は八月に尋ねた。

「まったくもってその通りです」と八月。「しかしながら、この占いは一枚のカードだけを見るのではなく、全てめくった後の全体を見る占いです」

「では次のカードをめくってみなければ、運命を知ることは叶わぬということか」

「いかにも」と八月は肯きながら言う。

 八月が次のカードをめくる。次のカードも『死神』カードが正位置で出た。

 

 2005.08.10 水曜日

 腕を振りかぶる。握りはストレート。足元からひねり出したエネルギィを、体の回転によって腕へ、そして指先へと伝える。

「燃えろ俺の魂!」

 ボールの回転は充分。打者の手元でグンと伸びるだろう。

 伸びきった球は、打者の幻影を空振りさせてコンクリートにめり込んだ。

「……完成だ」と八月は言った。「魔球がついに、仕上がった」

「魔球の名はなんとする?」電信柱の陰から見ていた私が八月に聞いた。

「名づけて、1500`ストレート!」

 イナヅマを背負って八月が宣言した。

「受けるキャッチャがいない」

 私は一言で切り捨てた。

 

 2005.08.09 火曜日

 八月は、減量中でここ数日林檎しか食べていない、という嘘を言い出した。

 私はそのとき寝不足で、八月の冗談に付き合える状態ではなかった。

「いいから、さっさと注文しろよボケナス」と私は言った。

「やれやれ、まったく、怖いね」と八月は言った。「塩ラーメン下さい」

 私は何も注文しなかった。

 減量中だった。

 

 2005.08.08 月曜日

 朝から晴れ。昼過ぎにスコール。夕方から夜にかけて、ずうっと晴れ。

「まあ、こんなところではないのかな」八月が言った。

 掌に乗せた小さな機械を操作して、いろいろと試していたのだという。

「操作された『気まぐれな天気』だ」

 八月は窓を開け、外の、洗われたばかりの空気を少しだけ吸い込んだ。

「まあ、こんなところだ」

 

 2005.08.07 日曜日

 八月はマッチを擦って、口にくわえた『へ』に火をつけた。煙をごくごくと呑んでいた。

 喉を動かして、勢い良く盛大に呑んでいた。

 八月が呑むのをやめたとき、どこにも『へ』はなくなっていた。

 この世から『へ』が無くなってしまわないように、私は『へ』のつく単語を思い浮かべてみようとしたが、何故だかその行為はうまくいかなかった。

 この世から『へ』がなくなってしまったのだ、と私は思った。

「そんなわけはないだろう、キミ」と八月が言った。「馬鹿じゃないのか」

「うるさいだまれ」と私はわざと乱暴に言った。「前歯をへし折るぞ」

「ほら、あるじゃないか」と八月は『く』に火をつけながら言った。「へし折るぞの『へ』だ」

 

 2005.08.06 土曜日

「アレを見たまえよ、キミ」と八月が言った。

 八月が指差した先には、いくつかの『ひらがな』が落ちていた。

『え』と『ね』と『さ』が落ちていた。

 落ちているだけだった。

 

 2005.08.05 金曜日

「宇宙戦艦に乗りたいね」と八月が言った。

 突拍子も無いことを言い出したな、と私は思った。

「対空砲火! 弾幕張れ!」と八月は叫んだ。

 ダークマターが満ちている暗黒の空間に、音も無く発光する弾丸が飛び散っていった。

「主砲準備! エネルギー充填開始!」

 エンジンが唸りを上げ、力をひねり出し始める。

「てぇー!」

 いくつもの小隕石を弾けさせながら、遠い闇に光が伸びていった。

 私は目を閉じて、八月の妄想から抜け出した。

 セミの声が聞こえた。

 

 2005.08.04 木曜日

「見覚えの無い景色だね」と八月は言った。「そろそろ台風が来る」

 八月は空から落ちてきた。

「何処へ行っていたのだね」と私は尋ねた。

「空に決まっているさ。落ちてきたのだから」

「そうかね」と私は言った。「そういうものかね」

 八月は歌いながら、今度はコンクリートをくりぬき始めた。

 そのまま穴の底へと消えていった。地中から遠くメロディが聞こえた。

 

 2005.08.03 水曜日

 八月は、プラスチックの薄い板を手で弄びながら小さく鼻歌を歌っている。

 その板は、どこから拾ってきたものなのだろう。私はそう思った。

 その板は長方形で、長い辺が八センチ程、短い辺が三センチ、厚さは五ミリ程度に見える。色は薄いクリーム色だ。

 何かの蓋に使われていたものだろうか。

 私の見ている前で八月はつい、と手を上げて、そして何も無い場所にその板をはめた。板は見えなくなった。八月は小さく鼻歌を歌い終わった。

 

 2005.08.02 火曜日

「世界はループしている」と八月は言った。「青はとめどなく、景色は消える。冬は終わる」

「君はいつまでここに居るつもりだ」と私は八月の言葉を無視して聞いた。

「いつまでもいつまでも」と八月は答えた。「ループ&ループ」

 八月は沈黙したスピーカをしばらく眺め、そして手元のリモコンを操作した。今終わったばかりの曲が再生され始めた。

「いつまでもいつまでもループするループする」

 

 2005.08.01 月曜日

 私「待ち伏せていたわけではあるまいね?」

 八月「なに、ただの偶然さ」

 

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