関西学院大学出版会パンフレット『理』(2026, 77号: 8-9頁)
関西学院同窓会『母校通信』(2025秋, 156号: 49頁)
関西学院大学・経済学部チャペル講話(2024.10.29)
関西学院大学・経済学部『エコノフォーラム』(2023年, No.29, 69頁)上ヶ原の防災士になる:27年来の宿題
私は21年秋から約半年間、「ひょうご防災リーダー講座」(詳しくはネットで検索を。以下「リーダー講座」と略す)を受講し、22年春、防災士の資格を取得し、県防災士会の会員になった。試験自体は楽勝だったが、受験するには所定の研修(講義と実習)が必要で、それが大変であり、また楽しくもあった。
リーダー講座は全12回のコース。毎回、土曜に三木市の県広域防災センターで朝から夕方までやる。家から通う移動も含めると、丸一日つぶれるわけだ。オートバイ・登山・狩猟など多趣味な私が貴重な週末の休みを12回も費やすのだから、その熱意のほどは察して頂けよう。リーダー講座の最終日に防災士の資格試験を受けると同時に、修了者は地域の防災リーダーとして自治体(私は西宮市)に登録され、非常時には自治体から出動を求められる仕組みになっている。特に避難所の設置・運営は重要。このようにリーダー講座は、地域を支える人材を養成する制度なので、受講料・テキスト代、交通費・受験料など、すべて実質無料だ。
非常時には防災リーダーたちが即座に力を合わる必要があるため、研修段階から居住エリアごとに班分けされ、顔見知りの関係を築くように求められる。おかげで市内に、学校教員や町会役員などの知人が増えた。防災士飲み会を通じて、こうした地元ネットワークを今も維持している(笑)。有事には平時の人間関係がモノを言うのだ。
なぜ防災に関心をもったのか? 原点は阪神淡路大震災だ。私が関学経済学部4年生のとき、卒業間近の95年1月17日5時46分。私は大阪に住んでいたが、居ても立ってもいられず、4日後の21日、西宮北口駅から瓦礫の間を歩いて大学に来た。特に目的があって来たわけではなかった。たまたま吉岡記念館前でボランティア募集の看板を見て、衝動的にその建物に入った。写真はこの「関西学院救援ボランティア」結成初日の21日のもの。真ん中が私だ(神戸新聞01年2月8日夕刊)。避難所の小学校へ行ってガラスの破片を掃除したり、支援物資を届けたりした。大学に泊まり込む夜もあったが、さすがに厳冬期は辛く、風邪で一週間近く寝込みもした。 
そんなこんなで一ヵ月もすると、登録ボランティアは二千人を越え、いわゆる「ボランティア元年」の代表事例の1つとしてメディアから注目されるようになる。フラットな組織がピラミッド型組織になるにつれ、私の考えすぎかもしれないが、内部で権力闘争のようなものも生じた。しかし今思えば、当時の私のような素人の学生にできるボランティアはたかが知れていた。未熟だった。反省点ばかりだ。あれから四半世紀以上が経ち、私は上ヶ原に住む関学教員の役割とは何だろうかと自問するなかで、防災をあらためて学ぼうと思った。
地震、津波、土砂災害、水害、それから戦争のような人災。皆さんは、そのときどう行動しますか? 愛する人々を守れますか? 電気・ガス・水道が少し止まるだけでも、私たちの暮らしは案外もろいのです。自分の弱さを自覚することが、防災の最初の一歩です。
(関西学院大学・教授 本郷亮)
関西学院大学・経済学部『エコノフォーラム』(2021年, No.27, 71頁)動物の命の重み: 狩猟者の立場から
私はハンターだ。冬の猟期にはカモ撃ちなどの私的な「趣味」としての猟もやるが、春〜秋は、環境省・認定鳥獣捕獲等事業の従事者として三田市の「農政」に協力している。地域の農業を応援したいからだ。狩猟を始めた理由は3つある。
第1は地の利。私は青森に8年間住んでいた。青森・秋田はかつてのマタギの本拠地。マタギとは、今では消滅したが、独自の文化・習俗をもった戦前の東北の鉄砲猟師のことで、ハンターの中のハンターと言ってよい。冒険的でカッコイイので小説等の題材にもよくなり、2004年の直木賞作品、熊谷達也『邂逅(かいこう)の森』は傑作だ。自然と共に生きる彼らのことを知りたければ、甲斐崎圭『第14世マタギ:松橋時幸一代記』(ヤマケイ文庫 2014)もお薦めだ。
第2に、20世紀後半の動物保護の結果、獣が増えすぎたこと。例えば、高槻成紀『シカ問題を考える:バランスを崩した自然の行方』(ヤマケイ新書 2015)、田口洋美『クマ問題を考える:野生動物生息域拡大期のリテラシー』(ヤマケイ新書 2017)。2014年には従来の鳥獣保護法が改正され、鳥獣保護管理法に変わり、(頭数)管理が重視されるようになった。三田市では今季、シカを1頭駆除すれば7千円の補助金が出る(額は年度や自治体により異なる)。また兵庫県では2016年、クマ猟も解禁された。 第3に、県内のハンターがこの30年間でほぼ半減し、高齢化も著しいこと。猟圧が弱まれば、獣は人里に出てくる。県はいわゆる「狩猟マイスター・スクール」(2年間コース)を無料実施するなどハンター養成に努めており、実は私はその第4期生として一通りの訓練を受けた。
さて、猟の方法だが、グループによる銃猟(山を囲むので「巻き狩り」という)に話を絞るならば、まず山の周りの主な獣道(けものみち)を見つけ出し、それらに射手(「待ち」という)を配置する。そのうえで、犬を連れた「勢子(せこ)」が山に登って獣を追い立てる。そして獣道を駆け下りてきた獣を「待ち」が仕止める、という流れだ。その後もけっこう大変だ。大人の男の体重ほどもある獲物にロープをかけて山から引きずり出さねばならない。そして最後はナイフによる解体作業と肉等の分配。
ハンターはよく「残酷だ」と批判されるが、私は弁明したい。肉食者が「動物を殺すな」などと言うのは偽善だ。その人は確かに動物を殺さず、それゆえ自分自身の手を汚していないかもしれないが、その口は血まみれだ。ティラノサウルスが「動物を殺すな」と言うようなものだ。例えば、どれも日経新聞の記事だが、「64万羽の殺処分完了、岡山県、鳥インフル対応」(2020/12/16)、「千葉で鳥インフル確認、東日本で初、116万羽処分開始」(12/24)、「千葉で鳥インフル2例目、114万羽殺処分へ」(2021/1/12)、「富山の養鶏場で鳥インフル、14万1千羽の殺処分」(1/24)。経済動物の命は「命」と思われていないのではあるまいか?「生きる」ことは、結局、他の生き物の命を奪うことだ。私はそれを自覚し、その命を可能な限り有効利用したい、それが人間の責任だ、と考える。「自分」が奪う1つ1つの命を無下にしないようにあらためて自戒したい。消費者としての皆さんはどう考える?
(関西学院大学・教授 本郷亮)
関西学院大学・経済学部『エコノフォーラム 21』(2019年号, 35頁)直木賞作品のススメ
どちらも1935年に始まった「芥川賞」と「直木賞」は、日本の代表的な文学賞として広く知られており、前者は芸術重視の短編の純文学を、後者は娯楽重視の中・長編の大衆文学を、それぞれ対象としている。かつて私のゼミでは「芥川賞作品に表れた政治・経済・社会思想1935〜2000」という壮大なテーマを掲げ、ゼミ生全員で当該期間の全作品を手分けして読み、(経済学部や社会学部など)社会科学系の学生の興味を惹きそうな作品を洗い出したことがある。
とりわけ歴史的アプローチの研究では、そのテーマに関わる古典的「小説」を読めば、教科書や専門論文等では得られないその時代状況のいきいきしたイメージを、感性を通じて得ることができる。例えば英国19世紀の救貧法行政を学ぶさいは、救貧院に収容された孤児の生涯を描く、文豪ディケインズの『オリヴァー・トゥイスト』(1838年)を一読することは有益だ、と考える研究者も多いだろう。
さて話を戻すと、芥川賞作品は「純文学」なので、直木賞に比べると、経済などの思想や世相を反映しにくいのだが、それは百も承知の上で、私のゼミでは芥川賞作品を研究対象に選んだのである。なぜなら芥川賞作品はどれも「短編」なので、数時間で読破可能だが、直木賞作品は文庫本にして300〜400ページのサイズが普通なので、読むのに数日かかる。つまり、前述のような問題意識の場合、研究対象としては直木賞作品の方が適しているのは一見して明らかなのだが、それでは読書量が膨大になってしまうため、やむなく芥川賞作品を対象としたわけである。
しかし、直木賞作品で同様の調査をやりたいという思いを、私は今も失っていない。だからそれらをコツコツ読み進めている。お薦めのものを幾つか挙げれば、前述のような問題意識からは、@ちょっと古いが、城山三郎『総会屋錦城』(1958年下半期受賞)。 A同じ会社に勤める5人の女性のそれぞれ異なる生き方を描く、篠田節子『女たちのジハード』(1997年上半期)。Bある在日朝鮮人の少年の生活・心理を描く、金城一紀『GO』(2000年上半期)。C中小企業の意地を描く、池井戸潤『下町ロケット』(2011年上半期)。D就活生たちの心理を描く、朝井リョウ『何者』(2012年下半期)。
また、純粋に娯楽的・個人的観点から面白かったのは、E戦国時代の瀬戸内海の村上水軍を描く、白石一郎『海狼伝』(1987年上半期)、F江戸の遊郭・吉原のガイドブック、松井今朝子『吉原手引草』(2007年上半期)。G千利休の茶の美意識を探る、山本兼一『利休にたずねよ』(2008年下半期)。H大正〜昭和初期の秋田のマタギ(鉄砲猟師)の半生を描く、熊谷達也『邂逅の森』(2004年上半期)。とりわけHは抜群にカッコよく、私が狩猟(むろん各種免許等が必要)を始めるきっかけになった。
直木賞作品は基本的にどれもベストセラーなので、面白くて当たり前。映画化されていることも多いので、映画を見るというおまけの楽しみもある。私は小説を読みながら、電子辞書やグーグル・マップで気になった事柄を調べたりするのが、とても好きだ。直木賞作品に限った話ではないが、私のこれまでの人生で、文学から得たものはずいぶんと多い。
(関西学院大学・教授 本郷亮)
関西学院大学・経済学部『エコノフォーラム 21』(2017年号, 42頁)
関西学院大学・経済学部『エコノフォーラム 21』(2016年号, 31頁)競争の倫理
競争とは、文字通り「競い争う」こと。受験・就職・出世・政治・経済、どれもこれも競争、それが厳しい現実である。さて、動物界の競争と人間界の競争との違いは何か? 最大の違いの一つは道徳の有無である。ケモノの争いは弱肉強食の生存競争であり、守るべきルールはなく、生きるためなら何をしてもよい。他方、人間の競争には諸々の道徳や法がある。ただしそれらが不完全であるほどに、あるいはそれらの可能性を諦めるほどに、人々の競争はケモノの争いに接近してゆく。
私たちは皆、壮大な「人生ゲーム」のプレイヤーである。まず競争の倫理的最低条件とも言える「公平性」(fairness, すなわち機会均等)について考えよう。ハーバード大学の政治哲学者ジョン・ロールズは、主著『正義論』(A Theory of Justice, 1971)で次のような有名な議論を展開した。すべてのプレイヤー(男と女、健常者と障害者、豊かな親の子と貧しい親の子、途上国の人々と先進国の人々、等々)にとって公平な制度(ルール)とは、どんなものか? 皆で話し合ってそのような制度を作ることにしよう。ところが、皆それぞれ自分に都合のよいルールを提案するので、意見はまとまらない。結局、実際の多くの場面でそうなるように、多数決という強制力によって多数派(例えば健常者)が少数派(例えば障害者)を抑え込むだろう。ゆえにフェアーな競争は無理である。しかしあくまでも想像上の話だが、もしその会議に集う人々が、まだ生まれる前のいわば精神のみ(肉体なし)の人々であり、自分の性別、先天的障害、親の財産、生まれる国・地域などについて「あらかじめ知ることができない」とすれば(これを「無知のヴェール」と呼ぶ)、自分がどんな条件下に生まれても不利にならぬように、できるだけフェアーな社会制度を作っておこうと思うのではないか? ロールズによれば、こうした「無知のヴェール」のもとで皆の合意によって形成されるルールこそ、フェアーな競争をもたらす社会制度である。ロールズの議論は、実現不可能な空想論であるとはいえ、万人に公平な社会を考えるさいの一つの評価基準を提供してくれる。
現実の社会では、各人の誕生時に与えられる競争能力の初期条件(これはもっぱら運で決まる)にかなり大きな差があるので、たとえ人生ゲームに勝ったとしても、それは必ずしも自分の能力や努力の証明にはならない。
最後に、人間の競争のもう一つの重要側面を見るために、「スポーツ精神」に注目したい。すなわちそこには、フェア・プレイ(公平)の要素に加えて、「友愛」(friendship)という独自の要素が存在する。理想的なスポーツ精神のもとでは、選手は互いに敬い合いながら、しかも互いに全力で争うのである。
自由競争の思想は、「勝てば官軍」式のケモノ的ダーウィニズムではない。人間的競争には、「公平」(機会均等)と「友愛」(勝者が敗者を自発的に思いやること)が不可欠ではなかろうか? 私は、その両者を併せもつスポーツ精神のうちに、最も美しい競争社会の萌芽を、未来のためのヒントを、見出す。
(関西学院大学・教授 本郷亮)
2014/11/27 神戸新聞 朝刊
関西学院大学・経済学部『エコノフォーラム 21』(2013年号, 44頁)星の王子さま
サン=テグジュペリの『星の王子さま』(Le Petit Prince, 1943)という物語に、星が輝いているのは各人が自分の星を見つけるためだ、という言葉がある。しかし残念ながら、この種の目的論的説明は、現代科学では誤りとされる。科学とは実に恐ろしいものであり、例えばその教科書によれば、宇宙はビッグバンという偶然によって生じ、地球や太陽の誕生も偶然であり、何億年か先には太陽が膨らんで地球を飲み込むらしいのだが、これもまた偶然である。偶然だから、何の意味もない(=ナン-センス)。私はこの世界観を科学的には認めざるをえないが、その一貫した無意味さをとても不気味に感じる。ふるさとも性別も結婚も、障害も病気も事故も、地震も津波も、なにもかも偶然である。私たちは偶然に弄ばれる存在でしかない!
「人間はね、急行列車で走り回っているけれど、何を探しているか自分でもわかっていない。ただ忙しそうにぐるぐる回るばかりなのさ…」。生物の本にはDNAのことは載っているが、生きる意味は載っていない。生きることや死ぬことの意味はどこに見出されるのか?想像力(心の目で見る力)を失わなければ、ここにも、そこにも、すぐ見出せるはずである。それは一種のおとぎ話を創作する力、自由に意味を創り出す力であり、知識のない子どもの方が、かえってこの力に長けている。意味を見つけるのが上手な人は、不幸にも意味を見つけるかもしれない。そういう人はたとえ不幸でも、心にいつも慰めがあるだろう。この世界に意味を与えるものは何か?それは皆さん一人一人の能動的精神のほかにはない。
人生の意味とは、要するに「人生の目的」のことである。目的のない人生とは、喩えて言えば、的を定めずに矢を射る、あるいはゴールを定めずに走るようなものである。その場合、どこに向けて射ようが、どこに向かって走ろうが、ある意味では常に正しい。なぜなら、「正しい/誤り」(right/wrong)という概念は、目的に照らさなければ判断不可能だからである。例えば「正しい道」とは、目的地に通じる道のことであり、「誤った道」とは、目的地に到達できない道のことである。これをより一般化して言えば、ある行為(そして行為の集まりが人生)が正しいか否かは、何らかの目的に照らさなければ判断不可能である。
科学知識は、どれほど発展しても人生の「目的」の代わりにはなりえず、むしろその「手段」にすぎないだろう。もし人生の「目的」を与えてくれるものを広く「宗教」と呼ぶならば、人生には、科学と「宗教」の両方が必要になるだろう。それぞれの領分があり、どちらか一方だけで済むような問題ではないだろう。
さて、王子は自分の星を飛び出した後に、色々な星の住人の「宗教」を見て回った。@権力志向の王様、A人から賞賛されたくてたまらない「うぬぼれ屋」、Bペシミストの酔っぱらい、C底なしの所有欲をもつ資本家、D律儀な労働者、E知識を追求する学者。そして王子はついに地球にやって来て、そこで自分自身の「宗教」を見出した。いや、決断したと言うべきだろう。本物の「宗教」とは、常にそのような人生の決断を伴うものである。
(関西学院大学・准教授 本郷亮)
2012/10/8 関西学院宗教センター 「チャペル週報」青森生活8年: 私の知らなかった日本
都会から出たことのない人間が地方で8年も暮らせば、考え方に多少の迷いが生じるのも当然である。大阪人である私は、32才で弘前学院大学(青森県)に赴任するまで、大阪という色眼鏡で日本を見ていた。色々な面でそうだった。例えば日本の社会経済を語るとき、私の言う「日本」とは「拡大された大阪」のようなものに過ぎなかったし、日本文化を語るときもそうだった。都会のスタンダードをなんとなく全国共通の規範と見なし、それを真に疑うことはなかった。むろん各地の多様性は、「書物」で知っていたが、それは腹の底からの実感を伴うものではなかった。
戦後最長の好景気(「いざなぎ越え」)をもたらし、都会で圧倒的人気を誇った小泉純一郎首相も、青森県にとっては戦後最悪の首相だろう。青森人が小泉改革を褒めるのを、私は聞いたことがないし、青森のメディアが彼を好意的に論評することなど、ちょっと考えにくい。TPPについても、とても賛成論を唱えられるような雰囲気ではない。
青森には陸海空の三軍の基地が揃っており、私の子どもの通っていた幼稚園の向かいにも弘前駐屯地(陸自)があった。朝にはラッパが鳴り響く。そこでは毎年、実戦さながらの公開演習(実弾は使わない)を間近で見物できる。ヘリが飛んできたかと思えば、ロープを伝って迷彩服の隊員たちが空から次々と降りてくる。原っぱに伏せた隊員たちによる機関銃の掃射音。それから戦車砲の轟音。子どもたちは大喜びだ!演習後には、戦車の上に登って記念撮影。また市の大通りでは毎年、軍事パレードがおこなわれる。
弘前では自衛隊はかなり人気の就職先である。私は市内の酒場に行くときは、いつも店の主人に「最近どんな客が多いですか」と尋ねるようにしていたが、答えはきまって教員・公務員・軍人だ。これは一体何を意味するのか。
最後に次のことを強調しておきたい。私は青森人を批判しているのではない。むしろ迷っている。青森人から見れば、私の考えこそが「異質」だろう。津軽三味線や畑仕事など、学んだことも多い。今年、8年ぶりに母校関西学院大学に帰ってきたが、青森で暮らして、社会科学の研究者として一皮むけたことは、間違いない。
(関西学院大学・准教授 本郷亮)
2012/3/4 陸奥新報 朝刊大学研究室の未来像: 知的創造のための空間とは?
4月から母校の大学に帰ることになり、その準備に忙しい。弘前で暮らした8年間で最も心に残るのは、近所の人々の親切さである。特にOさん御夫婦には、一生頭が上がらぬほど、色々とお世話になった。家族を代表して、心から皆様にお礼を申し上げたい。
さて、引っ越しを機会に、私の大学研究室(個室)を一新する予定だ。研究・教育の場としての研究室は新しい観念(アイデア)を産出する工房(アトリエ)だから、地上で最も創造的・刺激的な空間でなければならない。この目的に適う前衛的・次世代的な研究室のあり方とは、どんなものだろうか。
昔の文系の研究室の典型的イメージは、私の研究室もそうだったが、本をずらりと並べた、紙の匂いのする部屋だろう。しかしこのイメージは今後急速に廃(すた)れてゆくはずだ。なぜなら今では電子書籍(私はエレキ本と呼ぶ)という文明の利器が現れ、それ1台で千冊近くの本のデータを収められるからである。エレキ本とは、喩えて言えば本のサイズの薄型テレビみたいなものであり、小さなものは葉書ほどのサイズからある。試しに某日本メーカーの葉書サイズのエレキ本で、岩波文庫の『三国志』を久々に読んでみたが、あまりに快適なので全8冊を完読してしまった。
「確かに便利だ」というわけで、さっそく研究室の本全体の8割に当たる約千五百冊を電子化し、元の紙の本は処分した。電子化しなかった残りの2割は、紙の本のままの方が便利なもの(教科書など)である。ハムレット風に言えば、紙のまま残すべきか、エレキにすべきか、それが問題だ。用途に応じて紙とエレキを使い分けるのが最も合理的だから、「紙派」と「エレキ派」の対立は不毛だろう。
紙の本は、黄ばんだり傷んだりするし、その所有者の死後には大量のゴミとなって、その家族を悩ませるかもしれない。だがエレキ本は、いつまでも美しいという意味では「永遠の命」をもち(ただしデータのバックアップは絶対必要)、場所も取らない。
エレキ本(パソコンでもよい)が複数台あれば、さらに便利だ。データをコピーし、自宅用や出張用のエレキ本にも入れておけば、研究室に居なくても、家でも野外でもそれらを読める。
私の、また若い学生たちの、知的創造を促す研究室のあるべき姿とはどんなものか。あれこれ考えるのが、とても楽しい。業務上の秘密なので詳しく述べられないが、日本の「茶室」は非常に参考になる(静けさ、明暗、飲物や菓子、そして平等!)。最新の要素と伝統の要素をうまく融合させたい。
大学の研究室とは、結局、人を精神世界の冒険に誘う場であり、そうした冒険者たちの憩いの場である。「象牙の塔」の魂は、研究室にあるのだ。
(弘前学院大学・講師 本郷亮)
2012/1/29 陸奥新報 朝刊日本初の国民投票: 21世紀の新憲法に向けて
国民投票とは「民意」に決断を委ねることであり、いわば民主政治の劇薬である。近視眼的で、気まぐれで、無責任な「民意」が、はたして国家百年の大計を適切に判断できるのか。私見では、間違いなく派手に転び、社会の土台さえも動かすだろう。それでもなお、私は国民投票を早急に行うべきであると主張したい。
私たちは国民投票をやったことがない。しかし他人(政治家)の失敗を百回観察するより、自分(国民投票)の一回の失敗から多くを学べるはずである。国民投票は、短期的には悲劇や喜劇をもたらすに違いないが、長期的には私たちの民主政治を一層成熟させるだろう。たとえ高い授業料を払おうとも、「国民投票」という必須の実習科目を修める必要があるように思う。
本来の民主主義は、絶えざる自己犠牲と反省によって勝ち取られるべきものである。油断していれば、政治は常に「愚衆」に乗っ取られてしまう。愚衆は社会に求めるばかりで与えず、人を批判するばかりで反省しない。余談になるが、もともと東北大学で医者をめざしていた魯(ろ)迅(じん)も、母国の愚衆を見て、体を治すより頭を治す方が先決であることに気づき、『阿(あ)Q(きゅう)正(せい)伝(でん)』を著した。阿Qは惨めである。
私たちの胸中に存在する愚衆的惰性と闘うこと、民主主義とはそうした克己の苦闘に基づく体制である。民主の二字は、一人一人の民が社会の主(あるじ)としての自覚と責任をもつという意味だ。単なる多数決主義は、少数派虐めの手続きにすぎず、それだけでは民主の名に値しない。
さて、初めての国民投票で、いきなり憲法改正を俎(そ)上(じょう)に載せるのは無謀である。なぜならそこには、第九条(戦争放棄など)のみならず、諸々の多くの難問も含まれており、焦点を絞りにくいからである。
焦点の明確な国民的関心事としては「原発」こそが、日本史上初の国民投票のテーマにうってつけであるように思う。もし原発の是非をめぐる投票を行えば、ほぼ確実に原発は廃止されるだろう。しかし廃止されて数年も経(た)てば、電力料金の上昇とそれに伴う経済の弱化によって、多くの国民は「参ったな」と思い始めるかもしれない。それで良かろう。こうした理想と現実のジレンマや右往左往は、民主主義の経常のコストである。
早急に経験を積んだうえで、新たな時代にふさわしい憲法を、国民投票によって勝ち取ろう。それは天皇から与えられるのでもなければ、異邦人から与えられるのでもない。国民による国民のための憲法だ。私は日本初のこうした憲法を、21世紀を生きる将来世代への贈り物にしたいと願う。国民投票という劇薬は、わが国の閉塞を打開するための数少ない手段の1つである。
(弘前学院大学・講師 本郷亮)
2011年以前のもの
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