4月の半ば。
高校に入学して、新しい環境にも少し慣れたころのことだった。
僕はお気に入りの場所で昼寝を楽しんでいた。
そこは高校と彼の家の結ぶラインから少しだけ外れたところにある河川敷だったんだ。
大きな川ではないけど、桜並木が美しいため訪れる人が多い場所だ。
ずっと綺麗な場所だと思っていたんだけど、何しろ花見客で混雑していたので近づくに近づけなかった。
僕は人見知りする方だったからね。
ただ、桜の盛りも過ぎるとここを訪れる者もめっきり減り、僕は心ゆくまで桜を楽しむことができるようになった。
ここでの昼寝ほど、贅沢な楽しみはない。
あの時の僕はそう思っていた。
起きたときに桜の花びらが身体中にくっついてるのも風情があるもんだ。
時々、鼻先に毛虫がぶら下がってることもあったけどね。

その日は、マシスンの『ある日どこかで』をその場所で読んでいた。
映画を見て感動したので小説を買ったんだけど、今までのところは映画の方が僕は好きだな。
そう思いながら読んでいると、読むスピードがどんどん鈍化してきている。
そんなものかもしれない。
デヴローの『時のかなたの恋人』を読んだときには、徹夜して読了してしまったからね。
そういえば、タイムトラベルって同じ場所に移動しちゃうんだよね。
誰か確かめたのかな?
別にどこにタイムトラベルしてもいいんじゃないかな?
SFって法則ってのに縛られてるからあんまりのめり込めないんだよ。
僕はファンタジーやミステリーの方が好きだな…。
あ、カーの作品にタイムトラベルと恋愛と組み合わさった歴史ミステリーがあるんだっけ…。
えっと…題名は…なんだっけ…『ビロードの悪魔』…そうそう…そうだった…。
ダメだ…。もう、読めない…よ。

 

 

11111HIT記念SS

 

時の流れの彼方に

− 出逢いの章 −

ジュン

 

 

 

次に僕が目を覚ましたとき、目の前にあるはずの桜の枝の桃色はなかった。
もちろん、毛虫の姿もなく…。
ぼやっとした視界の中にあったのは、先が尖った銀色の…きらきら光ってる…剣?
僕の頭は急速に回転を始めた。
ど、どうして僕の鼻先に剣が?
その切っ先に目が寄りそうになったけど、何とか剣以外のものを見るように集中した。
すると、剣を突きつけているのは鎧をつけた少年…僕と同じくらいの白人…だった。
鎧といっても日本の鎧じゃない、西洋のものだ。
動き良さそうな簡単なものだけど…、って冷静に見ている場合じゃないんじゃないのか?
あ、でもこれって夢じゃないのかな?
はは、そうだね、そうに決まってるよ。
どうしてこんな格好した人間が川っぺりに…、ってここはあの場所じゃないじゃないか!
僕は慌てて周囲を見渡した。
全然違う。僕が昼寝をしていた場所じゃない。
周囲は木立が建ち並び、僕が横になっていたのは短い草が生えている平地だ。
ブヒヒッィン!
突然、いななきが聞こえて、そっちを見ると鞍をつけた馬が所在なげにこっちを見ている。
う、馬?
僕は上体を起こして、ずるずると後ずさった。
我ながらみっともない格好だと思うけど、この状況では仕方がないよね。
そして、無言で剣を突きつけていた少年は、口を開いた。

「×××××××××!」

まったくわからない。
英語?いや、違うように感じる。
まあ地球の言葉であることだけは、なんとなくわかるよ。
はは…って、ここはどこなんだよ!
僕の住んでいた日本じゃないの?
夢だよ、夢。そうだよ、夢に決まってるよ。

「×××××××××!」

あ、少年が怒ってるよ。
僕が返事をしないものだから…。
でも、返事のしようがないじゃないか。
何言ってるのかわからないし、そんな聴いたこともない言葉喋れないよ。
こ、こういうときは…そうだ、スマイル。スマイルだ!
笑顔は国境を越えて…。

「×××!」

わわわっ!
怒ってるよ!
物凄く怒ってる。
剣を構え直して、少年は僕に向き直った。

「×××××××××!」

おいおい、あの剣に切られたら、目が覚めるのかな?
それとも、死んでしまうんだろうか?
あんなのに切られたら、痛いんだろうな。血だって物凄く出るんだろうな。
さすがにのんびりしているといわれている僕も、この状況ではパニックに襲われた。
あわわわわっ!

「ごめんなさい!ごめんなさいっ!」

僕が連呼した平謝りのみっともない言葉に少年が変な顔をした。
あ、そうか。日本語が通じないんだ。
えっと、あああ、どうしたらいいんだろ。

「×××××××××?」

今度は何か聞いてるよ。
質問しているのはわかるけど、何言ってるのかわからない。
せっかくおとなしくなってくれたんだから、今のうちに何とかしないと…。
って、逃げたら切られそうだし…。
どうしよう、どうしようっ!
スマイルは通用しないし…、
英語で“I'm sorry!”って言ったら…、どうだろうか?
何かそれも通じないような気がするな…。
ああ、どうしよう?

そんな時、少年が怪訝な表情をしながら近寄ってきた。
右手にはしっかり大きな剣を持ったままだから安心は出来ない。
あ、この少年、けっこう美少年なんだ。
少し首を傾げながら、僕の胸元をしげしげと見ている。
な、何なんだ。いったい。
僕も自分の胸元を見た。
少年の左手がゆっくりと伸びてくる。
そして、その白く細めの指先が何かを摘み上げた。
それは…、桜の花びら?
少年が僕に静かに問い掛けた。

「×××××?」

掌に置いた花びらを不思議そうに見ていた少年は、僕の顔をジロジロと見つめた。
桜…を知らないの?
僕は通じないことを承知で、日本語で答えてしまった。

「桜、だよ」

「?」

「サクラ」

「スァキュラ?」

「サ・ク・ラ」

「サクラ?」

僕は大きく頷いた。
少年はもう一度、「サクラ」と呟いて、掌の花びらを見つめた。

「×××サクラ×××××?」

えっと、多分どこに咲いているのかって聞いてるんだよね。
何となくわかったよ。
でも、答えようがないよ。ここが何処かもわからないんだから。
僕はなるべく刺激を与えないように、静かに首を横に振った。

「オゥ…」

少年は肩をすくめた。

「サクラ×××××」

残念だと言っているみたいだ。
何だか言葉の意味はわからないけど、内容はどことなくわかる。

「えっと…ごめんよ」

何言ってるんだよ、僕は。
自分で自分の馬鹿さ加減に頭を掻いてしまった。
大体、ここは何処でどうして僕はここにいるんだ?
僕の疑問に答えてくれるものはいるんだろうか?
この少年は?多分ダメだろうね。桜の花びら一枚であんなに喜んでいるんだから。
どうなっちゃうんだよ、僕。

「×××!」

明るく笑って少年は僕に話しかけた。
可愛い…って、相手は男じゃないか!
僕は一瞬目を奪われてしまった、少年の笑顔に向かって溜息を吐いてしまった。
その僕の行為に対して、少年はきょとんとしている。
そして、まだ右手に持っていた長剣を鞘に収めると、ひらりと馬にまたがった。
全身黒毛の馬だ。
馬上の少年は僕に、ついて来いと手招きする。
行かなきゃ仕方ないんだろうな。
こんな何処かわからないところに一人で残るのも怖いし。
この少年にはそれほど怖さは感じないから…。
剣は怖いけどね。
僕は足元に転がっている鞄を持ち上げて、首にかけた。
あ、「ある日どこかで」も落ちてる。
ページが開いたまま、地面に落ちていた文庫本を学生服のポケットに入れようとした。
その時、ズボンにも桜の花びらが3枚くっついていたので、何の気なしに本に挟んで、それからポケットに入れたんだ。
そんなあたふたした僕の様子を少年は面白そうに馬上から眺めている。
そして、準備が整ったのを確かめると、馬の首をめぐらせた。
馬のお尻を追いかけて茂みを抜けると、深い森の中だった。
あの場所だけがぽっかりと平地になっていたんだ。
昼でも暗い森を僕は必死に走って馬を追いかけた。
冗談じゃない。こんなところで置き去りにされたら、それこそ死んでしまうよ。
僕は体育の時間でもここまで全力疾走した覚えはない。
それでも、ひよわな高校生だ。すぐに息が切れてしまった。
脚がもつれて膝が地面に落ちてしまい、両手をついて遠ざかっていく馬の足音を聞くしかない。
もうダメだ。
父さんと母さんに別れの挨拶をしようと思っていたとき、こちらに向かってくる馬の足音がした。
引き返して来てくれたの?
僕の目の前に馬の脚がドンと立った。
でも、驚く気力もない。
そんな僕の首根っこを掴んだのは、あの少年の手だった。

「あわわっ、い、痛いよ…!」

僕の上げた日本語の悲鳴に、少年は軽やかに笑った。
ボーイソプラノって言うんだろう。高い声で彼は笑った。

「×××!」


馬に乗れって言ってるみたいだけど、こんなの乗れるわけないじゃないか。
メリーゴーランドの馬でさえよじ登っていたくらいなのに。
僕が戸惑っていたら、少年が鐙に脚を掛けろと指差した。
わけがわからないまま、足を伸ばして鐙につま先を入れた途端、ふわっと身体が浮いた。
情けない悲鳴をあげた次の瞬間には、僕は少年の後ろに座っていた。
どうやって引っ張り上げたのか全然わからなかったけど…。
僕がその時思ったのは…、臭いってことだった。
お風呂に入っていないんだろうか?
僕はできるだけ身体を離そうとしていたんだけど、馬が走り始めるとそんなことはできない。
逆に彼の腰にしがみついてしまった。

「××××××!」

その一瞬、少年の身体が硬直したように感じたけど、すぐに彼はまた高い声で朗らかに笑った。
そして、さらに馬のスピードを速めた。
結果的に僕はさらにしがみつく事になる。
落ちたらただじゃすまないもんね。
鎧に冑の美少年は何が楽しいのか、ずっと笑いつづけていた。
僕は必死に彼の腰にすがりつく。
森の中を走り抜けていく黒い馬。
その馬上の武装した美少年と学生服の僕。
ここが何処なのかわからないけど、日本じゃないよね。
多分そうだよ。で、日本じゃなければどこ?

馬は森を抜けて、街並みへ。
って、あれは…。
どこかで見たような景色…。
えっと、どこだっけ。
そうだ、ケンスケの部屋で…、え?どうして、ケンスケの部屋なんだ?
あああああっ!思い出した!
ロールプレイングゲームの風景にそっくりじゃないか、この景色。この街並みは。
どうして?いや、それより、じゃゲームの世界に…。
馬鹿だな、そんなわけないじゃないか。
大体、それなら言葉が通じるはずじゃないか。
ああっ!何馬鹿なこと考えてるんだろ、僕は。
ゲームの世界に入ってしまうわけないじゃないか。
でも…でも…、僕が寝ていたのは日本のありふれた堤防だよ。
だから…どうして……わわっ!外人さんばっかり。
僕たちの方をうやうやしく…って、僕じゃなくてこの美少年なんだよね。
ということはかなりの身分の方ってこと?
僕、後ろにしがみついていていいんだろうか?
手を離した途端に落馬するのは間違いないけど。

少年は馬をお城の中に進ませたんだ。
お城っていっても、ゲームや「リボンの騎士」なんかに出てくるような大きなお城じゃない。
日本でいえば、姫路城や大阪城じゃなくて、2層の砦に近いようなお城の感じ。
でも、お城はお城だ。
城門があって、本城の間に高い石垣が何層もある。
彼は無言で馬を裏手の方に進ませた。
人気がない場所に来ると、馬が足を止めた。
降りろってことかな?
僕は勝手にそう判断して…落馬した。
映画みたいに降りようとしたけど、あっさりと転がり落ちたんだ。

「ハハハッ!」

快活に笑って、少年は軽やかに馬から下りた。
僕は座ったまま腰をさすっていたが、少年を見上げて硬直してしまった。

彼は、彼じゃなかったんだ。彼女だった。
冑をとったその下には金色の長い髪が流れていて、見たことがないほど綺麗な顔が僕を見下ろして笑っていたんだ。

 

これが、僕とアスカの出会いだった。

 

ここがどこなのか、どうして僕がここにいるのか?
まったくわけもわからないままに、僕は彼女に石造りの一室に閉じ込められてしまった。
あとでわかったことだが、これは閉じ込められたのではなく、匿われたという方が正しかったんだ。
でも、そのときの僕は暗い部屋に入れられて、不安この上ない状態だった。
ただ静かにしているようにという身振りをされうなずいたんだけど、彼女が出て行き閂が締まる音を聞いた途端に慌てふためいた。
だってこんな場所で…ひとりぼっちにされたんだよ。仕方がないじゃないか。
叫び声をあげようと口を開いたけど、結局止めた。
彼女の仕草を思い出したからだ。静かにしていろってことだよね。
だから、僕は騒ぐのはやめた。
彼女を信頼したかったから。
どうしてそう思うのか、自分でもわからなかったけど…。
あ、ひとつだけ、よくわかっていることがある。
それは、彼女がとても綺麗でカッコいいってことだ。
あんな女の子の言うことなら、信じてみたい。
ははは、見かけより結構頑固者の筈の僕がこんなに簡単に信じ込んでしまうなんて…。
まあ、いいや。
彼女を信用することに決めたんだから、静かにしておこう。
となれば、寝ようか。
ずっと座って考え込んでいても、何も解決しないもんね。
ということで、おやすみなさい。

ぐっすりと眠っていた僕は、明るい笑い声で目を覚ました。
目をしょぼしょぼさせて、その声の方を見上げると、彼女が立っていた。
鎧は脱いでいたけど、剣士っていうのかな、ともかく女の子の格好はしていない。
それでも魅力的だ。
彼女は片手に毛布を下げ、もう一方に袋を掴んでいる。
どうやら、僕が熟睡していたことが相当可笑しかったみたいだ。
普通、こういう時はその度胸に感嘆するところじゃないのかな?
それとも、呑気な僕の性格を見抜いて笑っているのかもしれないな。
多分そうだと思う。その方が僕は嬉しいしね。
さて、毛布を持っているということはここで寝泊りしろってことか。
僕は全面的に彼女を信用することに決めていた。
疑って騒いでも仕方がないし、何よりこんな素敵な女の子に嫌われたくない。
ずいぶんと不純な動機だけど、僕は腹を据えた。
笑いを抑えた彼女は袋からパンを出して僕に突き出した。
それを見た瞬間に空腹に気づいた僕は、そのパンにかじりつく。
少し硬かったけど文句は言わない。言葉が通じないんだしね。
そうやって食べている僕を彼女は微笑みながら見ていた。
彼女は僕を何だと思っているんだろうか?
自分の町の住人とは思ってないだろうし。
どうしてこんなに親切にしてくれるのかな?

食べ終わって、用意してくれていた水を飲み干した僕に彼女は通じない言葉で話しかけてきた。
もちろん、何が何だか理解できるわけがない。
答えられない僕に彼女は肩をすくめた。
そして、自分を指差してこう言ったんだ。

「×××××××」

多分、自分の名前だ。
でも全然聞き取れない。言葉の途中で“アスカ”って聞こえたような気がした。

「えっと…アスカ?」

彼女は怪訝な顔をして、そして吹き出した。

「×××××××」

もう一度、ゆっくりと言ってくれたんだけど、やっぱり“アスカ”ってとこしか聞き取れないんだ。
それと、最後が“グレー”ってとこかな。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。
せっかく名前を教えてくれているのに。
ほら、ちょっと怒ったみたいだ。大きな溜息を吐いて、僕を指差すんだもの。
あ、違うんだ。僕の名前を聞いてるんだ。
う〜ん、碇シンジって言っても、わからないだろうな。え〜い、名前だけでイイや。

「シンジ」

僕は自分の鼻先を指差して、もう一度ゆっくりと名前だけを言った。
彼女はかなり苦労しながら、「シンジ」と言ってくれた。
僕は大きく頷いた。
嬉しかったんだ。彼女の口から、自分の名前が零れてくるのが。
その僕の笑顔を見た所為か、彼女も明るく笑った。
そして、自分の胸を指差して、「アスカ」と言った。
正しい名前を教えるのを諦めたのかな?

それから、彼女は…アスカは、僕の鞄を指差した。
何が入っているのか興味があるらしい。
僕は笑って頷いた。
鞄の中身って言っても、教科書や学用品ばかりだから…。
何か彼女の喜ぶもの入れておいたら良かったよ。
今日の…って、今日といっていいのかわからないけど、授業は数学、科学、地理、英語、美術、世界史だった。
アスカはその教科書を珍しげに手にとって、ページをめくった。
数学と科学、地理の教科書はパラパラッとめくっただけで、その場に置いた。
英語の教科書は変な顔をして英文を眺めていたが、そのうちに首を振って別の本を取り上げた。
美術の教科書ではいくつかの西洋絵画に見入っていた。
最後に取り上げた世界史の教科書では、あるページの写真に釘付けになってしまった。
そして、僕に写真を指差して見せた。
それは中世ドイツの代表的なお城の写真だった。
似ているって言ってるのかな。大きさが全然違うよ。
アスカはもう一度写真を指差すと、その後壁の一方を指差したんだ。
写真と壁を何度も繰り返して指し示す。
壁…じゃなくて、その向こうを意味してるのかな。
えっと、このお城は…。
僕は地図帳を出して、ヨーロッパのページを探した。
中央ヨーロッパの一番大きな縮尺のページで、お城は見つかった。
さすがは教科書に載るほどの観光スポットだな。
僕は地図帳をアスカに見せた。
そのお城の場所を指で示す。
アスカは身を乗り出して、食い入るようにそのページを見ている。
そのうちに無言で立ち上がって、アスカは部屋から出て行った。
お〜い、閂忘れてるけど、いいの?

しばらくして、アスカが手に布のようなものを持って入ってきた。
そして、さっきの中央ヨーロッパのページの横にその布を広げた。
あ、これも地図なんだ。
昔風の大雑把な地図だけど…。
アスカがさっきのお城の場所を指差して、布の地図の方の大きな赤い点を示している。
え?ここがそうだってこと?
ちょっと待ってよ。ということはここは…。
僕は左右の地図を見比べて、別の場所を捜した。
多分、この場所も同じような感じだ。
そして、そこに書かれていた都市の名前を日本語読みした。

「ミュンヘン…」

僕のその言葉を聞いて、アスカがゆっくりとうなずいた。

「München…」

ここは、ドイツなんだ。でも、今のドイツにこんな場所があるなんて…。
まさか、タイムトラベル?
僕は学生服の中の文庫本がずっしりと重みを増したように感じた。
実際に、しかも自分の身の上にこんなことが起きるなんて…。
アスカは信じてくれるだろうか?
僕はこれからどうしようかと思う前に、アスカがどう思うかなんてことを考えてしまっていたんだ。
そのアスカは、動揺している僕には気づかずに、布の地図の赤い点を誇らしげに指し示した。

「×××」

あ、ここがこの場所だって言ってるんだ。
どうしよう。ここが21世紀まで残ってるんだろうか?
僕は不安感に包まれながら、地図帳でその場所を捜した。
あ、ここかも…。

「ゼーレ?」

アスカは大きく首を振った。
そして、赤い点の隣にある黒い×点を腹立たしげに指で突いた。
あ、違った。じゃ、その隣の…。

「ラングレー」

その言葉を聴いて、アスカははっとした。
そして、小さくその言葉を発音して、首を振った。

「ラングレー」

アスカはそう言って、自分を指差した。
ああ、そう言えば、アスカがあの僕が聞き取れない名前を言ったとき、最後に何とかグレーって言ってたよね。
あれって、ラングレーって言ってたんじゃないのかな?
ということは、アスカって地名になるほどの由緒のある家の人間なわけ?
ただ、今の地名は“ラングレー”じゃないみたいだな。

とりあえず、場所はわかった。
それに僕が聞き取れないのは、きっとドイツ語だ。
アスカはドイツの人なんだ。
次は今が何年かだよね。
きっと現代じゃない。
それどころか、もっともっと前だ。
どのくらい前なんだろう。
世界史ってそんなに得意じゃないから、推理できないよ。
何かそれがわかるような手立ては…。
西暦って使っているはずだけど、『今、何年?』なんてドイツ語使えるわけないし。
困ったな…。
僕は何気なしに腕時計を見た。
高校の入学祝に父さんが買ってくれた、自動巻きの銀色の時計だ。
時間は一緒だよね。うん。きっと…。多分…。
時間の話から始めようとしたのは甘かったらしい。
時計を見ても銀に光る部分しか興味を示さなかった。
う〜ん、男の子みたいにしていても、やっぱり女の子なんだな。
光り物には気が惹かれるみたいだ。
あの〜、気にして欲しいのは、文字盤と針なんですけど…。

結局、腕時計はアスカに献上することになった。
だって、あんなに嬉しそうな顔して見ているのを取り上げることなんか出来ないじゃないか。
時計を腕にはめるのを手伝ったんだけど、その時凄く胸がドキドキしたんだ。
だって、女の子の手を触るなんて、運動会のフォークダンスくらいなんだから。
あんな感じだったから、もっと生傷だらけの手かと思ったけど、意外にツルリとしている。
それに柔らかい。
こんな腕なのに、僕よりたくましいんだ。
アスカは嬉しそうに、“腕輪”を眺めている。
そうだよな。ここでは大まかな時間の流れで充分なんだろうな。
1分1秒で動いてる時代じゃないんだ。
えっと…他にアスカが喜びそうなものは…。

時代がいつなのかを突き止めようという気持ちはどこかへ飛んでいってしまっていた。
そのときの僕は、ただアスカを喜ばせたかっただけだ。
ははは、恋する男の子ってこんなんだろうな…。
……。
一目惚れ?
そりゃあ、アスカって物凄く、綺麗で、可愛くて、カッコイイけど…。
生きている時代が違うだけで…。
今、実際僕はここにいるんだし…。
ああっ!
僕はアスカを好きになってもいいんだ。
すっかり自己完結した僕は、新たな眼でアスカを見つめた。
彼女を恋する男の目で。
うん、アスカは素晴らしいや。
そう言えば、アスカと出会っていたから、家に帰りたいって思ってなかったんだ。
今もそうだけどね。
アスカと一緒にいたい。
僕の願いは只それだけだった。
この僕の大胆な願いなんて、アスカはちっとも叶える気持ちなんてないんだろうな。
僕をこの部屋にいさせてくれるのは、ただの好奇心に決まってるよ。
でも…、ダメだダメだ。
変な期待を抱いたらダメだ。
それより、言葉を覚えなきゃ。
アスカと話したい。
よし!まずドイツ語を覚えよう!
だから、教えてくれないかな?
君と話すためには、君だけが頼りなんだよ、アスカ。

< 続く >


<あとがき>

 おいおい、続いてしまったぞ。仕方がないよ。こんなお題頂いちゃったら、話は大きくなっちゃうもん。中世ヨーロッパを舞台にした軽いラブコメなんて書ける筈ないじゃないか!変化球で中世ヨーロッパみたいな空間を舞台に…ってお願いは、却下されちゃったから。そっちのネタは別の機会に書きましょう。

 このオハナシについては少し長い目で見てください。資料を集めないといい加減な話になってしまいますので。また、実はこういう話がジュンは苦手だということがよくわかりましたので、スキルアップのためにも着実に書いていきたいと思います。面白くないと思われると思いますが、お許しあれ。

 3回くらいで完結させようとは思います。で、いつも延びちゃうんだけどね。

 イメージ的にはウテナアスカなんだけど、あのコスチュームはフランスって感じだよね。私に絵心があればなぁ。

 

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