雷鳴轟く、信州の湖畔に立つ豪奢な西洋屋敷。

 土地のものは陰では“化け物屋敷”と呼んでいる。

 ただし、この屋敷が地元に落としている、少なくはないお金のことを考えるとそう陰口は叩けないのだ。

 何故、“化け物屋敷”と呼ばれるかというと、

 まず数十年前に殺人事件がおきたこと。

 しかも連続殺人事件だった。

 相続争いが原因だったのだが、歴史は巡るという。

 この3月に、この屋敷の当主だった男が死んだのである。

 その死因は普通の心臓発作で他殺の疑いはなかった。

 そして、5月。四十九日の法要後に、相続関係の発表が執行されるのだ。

 事件の匂いを嗅ぎ取った弁護士は、名探偵を密かに呼んだ。

 彼の名は…。

 

「僕を呼んだかい?僕の名は、渚カヲル。日本一の高校生名探偵さ」

 

20000HIT記念SS

名探偵登場

 

ジュン   2003.05.12

 

 

「カヲル君。凄いお屋敷だね」

「おやおや、シンジ君はこれくらいの屋敷に驚いているのかい?

 そんなことじゃ、先が思いやられるねぇ」

 屋敷の廊下を歩く二人。

 名探偵のカヲルと、助手で頼りない碇シンジだ。

 どうしてこんなに頼りない助手を使っているかというと…、

「好きだからさ」

 ということらしい。

 シンジは渡された屋敷内の地図を片手にキョロキョロ周りを見渡しながら歩いている。

 カヲルは口笛を吹きながら、その前を悠然と歩く。

「カヲル君、口笛はやめた方が…」

「どうしてだい?いい曲じゃないか。ベートーベンはいいねぇ」

「いや、曲はいいんだけど、ここよく響くから」

 その時、前方の扉が派手に開いた。

「誰?!うっるさいわね!季節外れの第九なんてやめなさいよっ!」

 二人の前に仁王立ちしているのは、金髪碧眼の美少女だった。

「えっと、君は?」

「あ、惣流・アスカ・ラングレーさんだよ。相続者の一人の」

「何で、アンタが私のこと知ってんのよ!」

 金髪美少女…アスカは、自分の顔と名前を知っていた少年を睨みつけた。

 少しやせ気味で頼りなさそうだが、屈託のない笑顔をしている。

「あ、ごめん。資料見ていたから…」

「資料?で、アンタたち、何者?」

「あ、ごめん。僕は…」

「有名な高校生名探偵、渚カヲルさ。そんなに乱暴な態度をしていると、せっかくの美貌が台無しだよ」

「渚?知らないわ。有名じゃないんじゃない?で、その自称名探偵さんは、何でここを口笛吹きながら散歩してるのよ」

「いい夜だからねえ。外には雷が鳴り響いているしね」

 アスカはカヲルの言葉を思い切り受け流した。

「ふ〜ん、で、そっちは?」

「あ、僕は…」

「助手のシンジ君だよ。いささか頼りないんだけどね。まあ、僕の引き立て役、かな?」

「あ、そう。じゃ、その頼りないの借りるわよ」

 アスカはいきなり、シンジの腕を掴んで自室に引きずっていく。

 そして、カヲルの目前でその扉はバタンと音をたてて閉まった。

「おやおや、あの年でもう男を引っ張り込むのかい?」

 そう言うと、カヲルは首を左右に振って、また口笛を吹きながら歩き出した。

 

「な、何か用なの?」

「用があるから、引っ張ってきたんでしょうが。ほら、そこ座んなさいよ!」

 シンジはアスカが指差したソファーに腰掛ける。

 そして、部屋の内部を見ると、意外に簡素なインテリアだったので少し驚いていた。

 惣流・アスカ・ラングレーといえば、死んだ当主の姪で両親を早く亡くした為に、8年前からこの屋敷で暮らしていたのだ。

 子供がいない当主に可愛がられていたため、もっとお金持ちのお嬢様っぽい部屋をイメージしていたシンジである。

「紅茶でいいわよね」

「あ、ごめん」

 乱暴な口調とは裏腹に、しとやかな手つきで紅茶を淹れているアスカ。

「砂糖は?ミルク入れる?」

「あ、ストレートで」

「ふ〜ん、私と一緒なんだ。はい」

 手渡されたカップに口をつけて、シンジは歓声を上げた。

「うわ!これ、ゴールデンチップだよね」

「へえ、よく知ってるわね。へっぽこ助手の癖に」

「あ、うん。凄いな、美味しいや」

 嬉しそうに紅茶を楽しんでいるシンジを満足げにアスカは見ていた。

「アンタたちを呼んだのって、リツコ?」

「え?未亡人の?違うよ。弁護士さんだよ」

「ふ〜ん、まあ、どうでもいけどね、そんなの」

「そんなのって、君にも関係あるんだろ?」

「いいわよ、相続なんて。私、生前贈与で結構貰ってるから。何十億もいらないわ」

 アスカはそう言うと、シンジの顔を覗き込んだ。

「信じる?」

「うん、信じるよ」

「へぇ…やっぱりへっぽこなんだ。どうしてすぐ信じるのよ?」

「えっと、君は嘘言わない性格みたいだし…」

「あ、そう。まあ、それは当たってるわね。どう、もう1杯飲む?」

 結構、嬉しそうな表情でアスカは空になったカップに手を伸ばそうとした。

 その瞬間、特大の雷鳴が響いた。

 不安定になった照明が、数秒間消えた。

 そして、再び部屋に灯りが戻ったとき、シンジの首にはアスカが縋り付いていた。

「ど、どうしたの?雷が怖いの」

「こここ、怖くなんかないわ!び、び、びっくりしただけよっ!」

 ピカ!ドスン!

「きゃっ!」

「大丈夫?」

「だ、だ、だ、大丈夫に決まってんじゃな…」

 ピカピカッ!ドドゥ〜ン!

「いやっ!」

 超至近距離の美少女に、シンジはなけなしの自制心を必死に保っていた。

 その努力も知らずに、アスカはさらに身体を密着させる。

 ふくよかな胸がシンジの腕に押し付けられて…。

 雷、もっと暴れてくれないかなぁ…?

 碇シンジ。17歳。当然の願いであった。

 


 

 

 翌朝、アスカお嬢様を起こしにきたメイドのマヤが見たのは、シンジの膝で眠るアスカの姿だった。

 その時、シンジも熟睡していたのだが。

 マヤはこの事実をどうしたものか考えたのだが、二人ともあまりに純朴な寝顔だったので黙っておく事に決めた。

 アスカびいきの執事・冬月にこのことを知られでもしたら、このあどけない顔の坊や殺されちゃうものね。

 一方、カヲルは3階の廊下で壁に寄りかかって眠っているところをその冬月に発見されていた。

 彼は極度の方向音痴だったのである。助手が必要なのは当然の話だった。

 

 さて、カヲルのお披露目は遺言書の発表の席での予定であった。

 大きな応接室に関係者が勢ぞろいしている。

 まずは当主の未亡人・リツコ。

 まだ、30歳にもなっていない若さのもちろん後妻である。

 金髪に染めたショートカットの、少し冷酷そうに見える女性だ。

 その隣に座っている、20代の青年が二人。

 メガネに短髪の真面目そうな方が、日向マコト。

 ロン毛のニヤニヤ笑っているのは、青葉シゲル。

 二人とも、当主の甥である。

 そして、反対側に澄ました顔で座っているのはアスカである。

 何故かその隣にはシンジが座っている。

 カヲルに睨まれて、頭を掻いているが、表情はいつも通りのほほんとしている。

 依頼主である弁護士の後に控えているが、カヲルは少し立腹しているようだ。

 その原因が未だに自分を紹介をしてもらっていないためなのか、

 シンジがアスカと仲良くやっているためなのかは判然としないのだが。

 やがて、発表された遺言書は簡単なものだった。

『配分はすべてアスカに任せる』

 内容が発表されたとき、澄まし顔のアスカに憎しみのこもった眼差しが集中した。

 当然だろう。

 50億を越えるといわれる財産が、この小娘の気持ち一つで動かされるのだから。

 おそらく3人とも、これからどうアスカを扱うかを算段しているのだろう。

 沈黙が部屋を包んでいた。

 そして、咳払いと共に弁護士が細かい説明を始める。

 もし決定前にアスカが死去した場合は、法律に基づいた分配がされるとのことだ。

 それを聞いたときの、部屋に満ちた異様な空気は言葉にしがたいものがあった。

 ただ、隣にいたシンジだけが澄まし顔のアスカの指先に力がこもっていたことに気付いていたのだ。

 

 渚カヲルは苛立ちと不快感に満ち溢れている。

 結局、あの席でも紹介はされず、平謝りの弁護士に晩餐のときに必ずと約束されたためだ。

 それに週刊誌やワイドショーで高校生名探偵として有名なはずなのに、この屋敷の人間は誰も知らない。

 いささかショックであった。

 その上、あの頼りない助手のシンジはずっと令嬢アスカに掴まったままなのだ。

 気持ちを発散する対象もいないまま、

 彼は書斎で読めもしないラテン語の書物をそれらしく読んでいるふりをしていた。

 

「ねえ、何かあったらアンタが守ってくれるんでしょ」

「え?僕、格闘とか得意じゃないよ」

「ええっ!頼りないヤツ。じゃ、私が守ってあげるわ。私これでも空手得意なの」

「へぇ、お嬢様なのに、そんなのできるんだ」

「お嬢様なのは、この8年くらいなの。それまでは、両親と三人で普通の団地で暮らしてたわ。

 で、近くの空手道場に通ってたの。へへ、実はこの間昇段試験に通ったから3段なのよ。

 あ、パパとママが事故で死んで、ここで暮らすようになったけどね。

 育ちが普通だから、肩こっちゃうのよね、ここの暮らしは。み〜んな気取ってるしさ」

 アスカは饒舌だった。

 自分でも信じられなかった。

 誰にも話したことのない自分の生い立ちをシンジには何でも話してしまう。

 しかも楽しそうに、嬉しそうに、笑顔で話すのだ。

 小学校のときはガキ大将をしていたことや、

 週に一度の買い物と嘘を言って、未だに道場に通っていることも。

 男の子と付き合ったこともないし、初恋だってまだだということなどは力説する始末だ。

 

「アンタみたいに普通の男の子って、私にとって希少価値なのよ」 

「えっと、気取らなくて済むから?」

「その通り!さすがは探偵の助手ね。じゃさ、アンタは私が守ってあげるから、私のそばを離れちゃダメよ」

 滅茶苦茶な論理である。

 シンジは首をかしげながらも、こんな美少女のそばにいられるならとあっさりと同意した。

 

「えっと、アスカちゃんはいつ発表するのかな?」

 我慢ができなかったのか、晩餐の席上青葉がアスカに質問した。

 アスカはシンジにだけ聞こえるような声で悪態をついた。

「ちゃんだってさ。これまで、名前も言わずに君としか言わなかったくせに。馬鹿みたい」

 そのことに関心大のリツコと日向も、無関心を装いながら耳を傾けている。

「あ、それなら明日、発表します」

「いいのかね、そんなに早くで」

 弁護士が慌てて確認する。

 アスカはニッコリ笑って答えた。

「ええ、もう決めていますから」

 アスカが返事をしたとき、部屋の空気が一瞬で凍りついた。

 あののんびりしたシンジでさえ、どきりとしたくらいなのだ。

 さて、その後、ようやくカヲルのことが紹介されたのだが、アスカの発言で心がいっぱいの人たちには記憶されていなかったのは無理もない。

 ここまで無視されたのは、カヲルの華やかな探偵生活の中で初めてのことである。

 彼はその原因にすぐ思い当たった。

 アスカである。

 彼女がシンジを独占しているから、いつもの調子が出ないのだ。

 アスカからシンジを引き離さねば…。

 事件を防ぐ気のないカヲルは、まずはシンジ奪回に精魂を傾けることに決めた。

「名探偵というのは、事件を防ぐんじゃないんだ。事件を解決するものなのさ」

 廊下に立っている、西洋甲冑にそう話し掛けて、彼はアスカの部屋を目指した。

 目的地にたどり着ける自信はなかったのだが。

 

「ねえ、シンジ。アンタ、どうしてあんなのと一緒にいるわけ?」

 いつの間にかアスカはシンジと呼び捨てにしていた。

 そのことに嬉しさを隠せないシンジの様子に、アスカは満足げだ。

「あ、えっと、僕がいるとカヲル君は事件を解決しやすいんだ。だから」

「ええっ!何よそれ、じゃアンタはアイツに利用されてるんじゃない。そんなのでアンタはいいわけ?」

「う〜ん、それが色々と事情があって」

「事情って何よ。あ!借金のかたに働かされてるとか。いくら?100万?1000万?私、払ってあげる!」

 アスカの思い込みの激しさには物凄いものがある。

 シンジはたった1日の付き合いだが、このお嬢様に好感以上の気持ちを抱き始めていることを自覚していた。

「違うよ。借金なんかないよ」

「じゃ、どうしてよ。あ!まさか、アンタたち、そういう仲だとか!最近、多いらしいけど!どうなのよ!」

 アスカが噛み付きそうな勢いで迫ってくる。

「そういう仲って?どんなの?」

「あ、アレよ、アレ。男同士でベタベタしてるの。気持ち悪いヤツ。あの渚っての、そんな感じするし」

「え、そう?」

「そうよ!」

「そうなんだ」

「よし!決めた。私、アイツからアンタを守ってあげるわ!今は何もなくても、いずれアンタはヤツの毒牙にかかるに決まってるわ!」

 拳を突き上げて力説するアスカにシンジは苦笑した。

「ねえ、どうして僕のことをそんなに心配してくれるの?」

「へ?」

 アスカは首を傾げた。

「そう…よね。どうして、アンタのことをこんなに一生懸命になって考えてんだろ、私」

 腕を組んで考え込んでしまったアスカに、シンジは微笑みかけた。

「一晩一緒に過ごしたからだとか。ははは…」

 シンジの冗談に、アスカははたと手を打った。

「それよ!それ!もう私はお手付きになってしまったんだわ!」

「え?」

「えっと、碇シンジだったわよね。フルネームは」

「うん」

「アンタ、誓いなさいよ。アンタの一生を私に捧げなさい」

 真剣な顔でアスカが迫る。

「えっと、それは僕が君の下僕になるってこと?」

「はぁ?下僕って何よ。それに君ってやめてよね。アスカって言ってよ」

「え、じゃ、アスカさん」

「ダメ!私はアンタのことシンジって呼んでるんだから、アンタもアスカって呼び捨てにしなさいよ」

「え、でも、そんな」

「愚図愚図言わないの!言わなきゃ、アンタのこと嫌いになるわよ!」

「あ、はい。言うよ。言います。じゃ、アスカ」

「よし!で、誓いの方は?」

「えっと、下僕じゃなかったら何なの?」

「あああっ!ホントに察しが悪いわね。パートナーになりましょうって言ってるんじゃない!」

 アスカは真っ赤な顔で叫んだ。

 因みに赤くなったのは興奮しているわけではなさそうだ。

 視線を逸らしてモジモジしているのは、まさしく恥じらいの証。

 どうやらシンジにとっては、この数年間アスカが普通の男の子と接していなかったことが幸いしたようだ。

 いやそれだけじゃあるまい。

 もともとシンジみたいなタイプが好みだったようだ。

 昨晩の廊下で出会ったその瞬間に、この男の子と仲良くなりたい!という欲求が身体中に沸き起こったのだから。

 シンジの方はどうなのだろう。

 カヲルと一緒に事件に遭遇しているわけだから、この年齢の少年の割には色々な女性を見てきている。

 大人の美女に誘惑されたことも何度もある。

 そのたびに鈍感を装って逃げてきたのだが、今回は逃げようという気持ちが起きていない。

 ということは、この少しエキセントリックな気の強い金髪碧眼の女の子が好きだってことだ。

 しかし、シンジは慎重な性格をしている。

「パートナーか…。ねえ、アスカ、一つ聞きたいんだけど…」

「な、何よ!私は気が短いんだからね、早く返事してよ!」

「うん、そのために、聞いておきたいんだ。あのね…」

 シンジはアスカの耳元に口を寄せた。

 怪訝な顔のアスカは、だんだん口元がにたぁ〜と緩んできた。

 そして、大きく頷くと、突然目の前にあったシンジの唇にキスした。

 そして、しばらくその感触を楽しんでいたが、おもむろに離れると指で唇を撫でた。

「今の契約のハンコ代りだからね。もし、アンタが契約違反したら殺すわよ」

「はは、アスカが契約違反したら?」

「はん!私はそんなことしないの!アンタは自分の心配だけしてたらいいわっ!」

 自信に溢れた笑顔でアスカは胸を張った。

 その胸をつい見入ってしまうシンジであった。

 


 

 その深夜。

 アスカはベッドでお休み中である。

 2階にあるその部屋の窓のカーテンが風にそよいだ。

 そして、黒い手袋をはめた手がカーテンを掻き分けた。

「えっと、日向さんだと思うんですけど。蛇ですか?蜘蛛とか蠍はすぐに手に入らないでしょうからね。

 やめておいた方がいいですよ。今なら見逃してあげますけど、どうします?」

 手は引っ込んだ。

 登る時には音を立てなかったのに、慌てている所為かギシギシ梯子が音を立てている。

 おまけに最後で足を踏み外したようで、派手な音が地面でした。

 その音を聞いて、ベッドのアスカが見を瞑ったまま言った。

「アリガト、シンジ」

「うん。大丈夫だから、ゆっくりおやすみ」

「は〜い、ダーリン」

 部屋が真っ暗なおかげで、シンジの赤い顔は見ることができない。

 アスカって可愛いよな…。

 

 その2時間後。

 扉の鍵がゆっくりと動く。

 カチャリと小さな音がして、鍵が開いた。

 そして、次はノブがじわじわと回りだした。

「青葉さんですよね」

 シンジの声でノブが緊急停止した。

「メイドさんから鍵を手に入れたんでしょうが、寝込みを襲うなんて男として最低ですよ。

 それにいとこ同士なんですから、こんなことは良くないと思います。

 まあ、アスカが空手の有段者だっていうことをご存知じゃなかったんでしょうね。

 もし、そんなことをしていたら、二度と男性としての機能は果たせないようになってしまいますよ」

 その瞬間、ノブがずるっと滑った。

 そして、廊下を走り去る足音がする。

「誰だろ。あんなヤツの言いなりになるなんて」

「はは。詮索するの?」

「ううん、ほっとく。でも、身体を奪ってどうこうしようなんて、最低!

 あ、でもシンジだったら、いいよ。こっち来る?」

 シンジはしばらく悩んだ。

 あのベッドに向かって、ホップ・ステップ・ジャンプしたい!

 しかし、もう一人、お客が来るはずだから、そのお誘いは涙を呑んで断念したのだ。

 

 明け方。

 扉がノックされた。

 襲撃に備えていたシンジは、予想外の行動に驚いた。

 しかし、アスカの方は予期していたかのようにつかつかと扉に向かった。

「危ないよ、アスカ」

「大丈夫よ、シンジ」

 アスカはニッコリ微笑むと、閉まったままの扉の方を向いた。

「安心して。7割は貴女とお腹の子供のところに行くようにするつもり。

 あと1割づつを私とあのロクデナシ2人でもらうから。

 それでいいでしょ。ホントは私は貰う気がなかったんだけど、結婚祝の前渡してもらうの。

 あ、それから、私、明日この屋敷出て行くからね」

「アスカさん…」

「いいの、いいの。貴女が妊娠していることくらいわかってたわよ。

 父親を疑われると思って、変に隠すからややこしくなるの。じゃあね、私もう少し寝るわ」

「ありがとう」

 アスカはわざとらしく欠伸をして、シンジに向かって首を傾げて見せた。

 静かな足音が遠ざかるのを待って、シンジはアスカに拍手した。

「凄いや、アスカ。僕、全然わかんなかったよ」

「仕方ないわ。シンジは来たばかりだし、女性のことは詳しくないでしょ。

 リツコがつわりで苦しんでることくらい、一緒に住んでいればわかるわよ。

 それにあれで結構いい人なのよ。誰か唆されて私をどうこうしようって性格じゃないわ」

 アスカは腰に手をやり、仁王立ちした。

「誰かに…か。オリジナリティがないなぁ、彼も。

 襲い方はこれまで解決した事件そのままだし」

「シンジも顔を合わさなきゃ、結構カッコいい台詞が言えるんだね」

「うん。でもみんなの前で推理なんか喋れないんだ。ぼそぼそ話しても、誰も信用してくれないからね」

「ふ〜ん。まあ、いいわ。だから、アンタには私が必要ってことなのよ!」

「そうだね。やっぱり僕たちいいパートナーになれそうだ」

「あったり前でしょ!」

 アスカとシンジは顔を見合わせて、楽しそうに笑った。

 

 朝食の後、アスカは全員を集めた。

 そして、財産の配分を発表した。

 リツコはともかく、残りの二人も前夜のことがあるから納得するしかなかった。

 1割でも大層な額なのであるから。

 

「今回は手柄を上げられなかったね、シンジ君」

 玄関ホールで、カヲルが嬉しそうに笑っている。

 これであの女ともおさらばだ。僕とシンジ君の間には誰も入ってはこれないのさ。

「まあ、こういう時もあるさ。ねえ。さあ、帰ろうか」

「う〜ん、それはどうかな?」

「あれ?どうしたんだい、そんな怖い顔で僕を見つめて」

「カヲル君、あの二人を唆しただろう?」

「ははは、そんなことするわけないだろ」

「語るに落ちたね。二人が何をしたのか、どうして君が知ってるのさ」

「……」

「まあいいよ。とにかく今日で僕たちの契約は解消だからね」

「えっ!」

 カヲルの色白の顔がさらに白くなった。

「そ、それは…」

「カヲル君はこれまで僕の役に立ってくれたけど、ちょっと癖が強すぎるからね。

 最近少し喋りすぎて失敗することが多かっただろ。僕の推理だけ話せばいいのに。

 だから、僕は別のパートナーと契約することにしたんだ」

「ま、まさか…それは…」

「じゃっじゃぁ〜ん!」

 ホールの正面の階段で仁王立ちしているのはアスカである。

 お気に入りの黄色いワンピースに、大きな麦藁帽子を被っている。

 その横には大きなスーツケースがでんと置かれている。

「私に決まってるでしょ!しかも、私は終身契約よ。わかる?シ・ュ・ウ・シ・ン、よ!

 アンタは用済みなの。さっさと消えてしまいなさいよ」

「よ、用済み。僕が…」

「うん、ごめんね、カヲル君。僕、アスカが好きだし、アスカならちゃんと名探偵役をこなしてくれるよ。

 君のルックスと饒舌に期待していたから、僕が道化役になって推理だけを担当しようとしたんだ。

 でも、あんなに事件を解決してもちっとも有名にならないところを見ると、僕が人選を誤ったってことになるね」

「ぼ、僕はこれから…」

「はん!退職金はちゃんと出してあげるから、安心なさい。

 あ、それからさっさと引退しないとドジふんで死んじゃうかもよ」

「あ、そうだね。カヲル君は格闘ダメだもんね」

「あ、ああ…」

「逆恨みっていうこともあるわよね」

「し、シンジ君、お願いだよ。運転手でも何でも…」

「自転車の?僕たち高校生だよ」

「あ、で、でも、じゃ…」

「見苦しいわね。私が邪魔だからってあいつ等に狙わせたくせに」

「そうだよ。見損なったよ、カヲル君。それに僕、男よりも女の方が好きだし」

「はん!もうアンタの出る幕はないわよ。表にタクシー呼んでるからそれに乗ってさっさと帰りなさい」

「も、もうダメなんだね…」

「うん。ダメだね」

 がっくりと肩を落としたカヲルが出て行く。

 一夜にして名探偵という虚像から転落させられたカヲルは、果たして普通の高校生に戻ることができるのだろうか。

 その後姿を眺めていたシンジに、アスカが声をかけた。

「同情してんの?」

「うん、ちょっとだけね」

「アンタ、優しいわね」

 タクシーが発車する音が聞こえてきた。

「あのタクシーが何処に向かってるか、どの辺で気付くかしらね」

「え?アスカ、何かしたの」

「別に。運転手さんに100万円渡して、北海道でも鹿児島でも好きなところに走って頂戴って頼んだだけよ」

「多分、カヲル君気付かないよ。とんでもない方向音痴だから」

「じゃ、その間に私たちは新しい門出ね」

「うん、お嬢様探偵、惣流・アスカ・ラングレーの誕生だね」

「へえ、じゃシンジは養子に来てくれるんだ」

「へ?」

「だって今、惣流って言ったじゃない。結婚しても碇になんなくていいんだ」

「あ…、う〜ん、まだ先の話しだし…、まあ、僕はどっちでもいいけど」

「じゃ、惣流に決定!惣流探偵事務所のほうがカッコイイし」

「ああ、そう言えば、そうだね。うん、いいよ。どうせ僕が推理して、アスカが表舞台に立つんだから」

「OK!ああっ!楽しみ!早く事件にぶつかりたいわ」

「そうだね。僕も楽しみだ」

「私の初仕事!初手柄よ。どこかで連続密室殺人事件でも起きないかな?」

「物騒なことを。仕事がないときは、高校に通うんだよ」

「ふふ、それも楽しみなの。高校に行ったことないから、私。二人はいつでもどこでも一緒なのよ。

 きっと、世間でおしどり探偵って有名になるわよ!」

「はは、そうかな」

「決まってんじゃない!ねえ、最後の決め台詞は何にする?」

「はは、任せるよ」

「ダメ。二人で考えるの。アニメとかで絶対に言うでしょ。カッコいいの、考えましょ」

 

 アスカはスーツケース一つだけを手にシンジと旅立った。

 

 数年後、北海道の場末のホストクラブで働いている色白の青年が、

 昔あの探偵事務所で働いていたと吹聴できるくらい、二人が有名になったことは紛れもない事実である。

 

名探偵登場 −おしまい−

 


 

<LAS愛好家のための後書き>

 

★その後の惣流探偵事務所のこと

 アスカの資金提供でスパイ映画もどきの仕掛けたっぷりの事務所を建設。それだけで、マスコミの話題を得る。

 さらに、浮気等のくだらない調査は一切行わず、刑事事件専門の探偵としても有名になる。

 また、高校生カップルが探偵をしていることに一部団体から強硬なクレームが巻き起こったが、誘拐事件を独自に調査して解決したことでステータスを獲得する。

 さらにリツコのバックアップで警視庁とのパイプもでき、ますますシンジの推理とアスカの行動力は冴え渡ることになる。

 22歳で(正式に)結婚した二人は、28歳までおしどり探偵として活躍。その4年後に探偵一家として復活する。

 シンジとアスカが結婚20周年を迎えたときには、双子姉妹マナ・レイが中学生美人探偵として初手柄。

 暴走行動型マナと冷静推理型レイのコンビは、両親とは別行動をとり事件に当たっている。

 一緒にいるとベタベタしてて気持ちが悪いそうだ。もちろん両親のことなのだが。

 美人中学生では危ないのではと危惧する者もいたが、警視庁内に秘密親衛隊が設立され常に安全は保障されているとか。

 

<あとがき>

 20000HITありがとうございます!

 で、その記念SSがこんなにおちゃらけしていいんだろうか?まあ、たまにはこういうのも書きたくなるんですよ。

 全国のカヲル&シゲル&マコトファンの皆さんごめんなさい。カヲルはともかく、オペレーターズには悪い役を振ってしまいました。

 本当は人も死んでアリバイ崩しもして…と考えていたのですが、明るく楽しくいくことにしました。

 初心忘るるべからず。明るく楽しいLASSSが、私の基本ですので。

 

2003.05.13  ジュン

 

SSメニューへ

感想などいただければ、感激の至りです。作者=ジュンへのメールはこちら

掲示板も設置しました。掲示板はこちら