2015年。

セカンドインパクトから15年の歳月が流れた。

但し、この世界にはエヴァンゲリオンも存在しなければ、人類補完計画も使徒の襲来もない。

すべては南極に落下した少し大きな隕石の所為。

その天災により引き起こされた飢餓や貧困が少し収まりだした頃の話だ。

 

 

誕生パーティー

 

〜 下 〜


 

2003.12.04         ジュン

 

 

 アスカがこの部屋に来て2週間になっていた。

 第3新東京市の郊外にある12階建てのマンション、コンフォート17。

 彼女の保護者である葛城ミサトの部屋がその11階にある。

 そして、今日。12月4日。

 この部屋で誕生パーティーが開かれていた。

 それは丁度その日が14歳の誕生日に当たる、惣流・アスカ・ラングレーのために開かれていたのではなかった。

 

 

 午後11時を過ぎた。

 12月4日が終わるまで、あと一時間弱。

 何人かの客が帰ったが、まだまだ場は賑わっている。

 ところが、主役のミサトの様子が少しおかしい。

 時計を見てはブツブツ口の中で文句を言っているのだ。

 お酒のピッチも上がっている。

「あの馬鹿野郎は。ちゃんと約束したのにぃ」

「どうしたの?ミサト」

「アスカぁ、ごめんねぇ〜」

 突然アスカの首筋にすがりつくミサト。

 アルコールがかなり入っているから身体の抑制がきいてなくて、アスカはその体重を支えるので必死だ。

「本当にごめん!あんな男を信じた私が馬鹿だったのよぉ〜」

 ぼろぼろ泣くミサトだが、アスカは見当がまったくつかない。

 困り果てて離れた場所で醒めた顔をして見ていたリツコに目顔で問いかけるが、彼女は肩をすくめるだけ。

 ピンポ〜ン。

「ミ、ミサト?誰か来たみたいよ。離してくれないと私出れない」

「な、何よぉ、私の懺悔聞いてくれないのぉ?」

「だ、だから、誰か来たんだってば?」

「来た?誰が?」

「わかんないわよ、行ってみないと」

 その瞬間、ミサトが完全復活した。

「あの馬鹿っ!」

 さっきまでの泥酔振りが嘘のように玄関に走っていく。

 そして扉が開いた音と同時に、男の叫び声。

「やめろ!葛城っ!」

「うるさい!この人でなし!約束を守れないような男は最低よ!」

「待てよ。ちゃんと4日のうちに着いたじゃないか」

「あと何分残ってるのよ!」

「ま、まだ20分はあるぜ。こら!蹴るな!」

 アスカは慌てて玄関に向かった。

 ミサトは格闘技マニアだ。

 酔って暴れては相手が男の人でも危ない。

 それにマンションの廊下で、深夜に暴れては周りに迷惑だ。

 

 扉から顔を突き出したアスカは、廊下で無言で戦う二人をあっけにとられて見つめた。

 驚いたことに、ミサトの攻撃はすべてかわされている。

「凄い…。カッコいい」

「はは、本当に凄いね。あの女の人も」

 突然の声に、アスカはびっくりして首を横に向けた。

 そこには、大きな楽器の黒いケース。

 もちろんケースが喋るわけがない。その向こう側に同じくらいの年恰好の少年が立っていた。

「あ、こ、こんばんは…」

 初対面である。

「あ、ご、ごめん。こちらこそ、こんばんは」

 彼ははにかんでいた。

 気楽に声をかけた少女が、予想以上に可愛かったためだ。

 アスカも何故か気さくに声をかけられなかった。

「そ、それ、何?」

「あ、こ、これ、チェロ」

「あ、そ、そうなんだ。へぇ、チェロなんだ」

「う、うん…」

「あんたたち、何初々しい会話してんのかなぁ?」

「うわっ!」

 文字通り、アスカは飛び上がった。

 いつの間にか戦いは終わっていて、ミサトが世にも面白そうな表情でアスカの肩から顔を覗かせていたのだ。

「み、ミサト!」

「ほら、自己紹介しないと。初めて会ったんでしょ」

「あ、そ、そうね。私、惣流・アスカ・ラングレー。中学2年生よ」

「ぼ、僕も中学2年だよ。名前は、碇シンジっていうんだ」

「ほら、シンジ君、こんなところに突っ立ってないで中に入ろうぜ。いいだろ、葛城」

「仕方がないわね。わっ!もうあと10分しかないじゃない!」

「お前が戦いを挑んでくるからじゃないか」

「もう!蒸し返すんじゃないの。さっさと入りなさいよ、加持」

 加持と呼ばれた男性は肩をすくめた。

「そういうことだ。シンジ君、入ろう」

「はい、加持さん」

 シンジは楽器ケースを抱えてよたよたと扉に向かった。

 アスカが楽器ケースの反対側を持って助ける。

 にっこりと微笑み返すシンジ。

 その笑顔に少しときめきを覚えてしまったアスカは苦笑した。

 ばっかみたい。一目ぼれなんてあれは小説とか映画だけのことよ。

 

 日付の変わるぎりぎりにパーティーに参加した二人だったが、あいにく食べ物はほとんど残っていなかった。

「あんたが悪いのよ加持。いくら仕事でも、さっさと飛ばしてきなさいよ」

「ああすまん。俺はこれだけでいいとして…シンジ君が可哀相だな」

 グラスを片手に加持が苦笑いをした。

「そうよぉ、せっかくチェロもって来てくれたのにこんな時間じゃ弾いてもらえないでしょ。あんたの所為よ」

「はいはい、その代わり……」

 ミサトの耳元に口を寄せる加持。

 その囁きに顔を真っ赤にするミサトだった。

 そんな二人とは対照的に、中々話が進まない14歳の二人だった。

 それというのも、食べられそうなものをかき集めるのにアスカが必死だったからだ。

 だが、残飯整理をリツコがあまりにきっちりしていたために、お皿に少しばかりのお菓子くらいしかなかった。

「ごめん、これくらいしかなかった」

「うん、ありがとう。大丈夫だよ、僕」

 しかし、身体は正直だ。

 シンジのお腹がキュウと鳴く。

「ぷっ!あ、ごめん。笑っちゃって。どこから来たの?」

「長野」

「えっ!そんな遠くから?じゃ、本当にお腹すいてるんじゃない?」

「うん…本当はね」

 恥ずかしそうにシンジが笑った。

 その時、アスカは思い出した。

「あっ!」

「え?ど、どうしたの?」

「あ、あのさ、わ、私が作ったのでよければ…さ、さ、サンドイッチがあるんだけど」

「わっ!嬉しいな。手作りなんだろ、食べさせてよ。お願い」

 おどけて手を合わせるシンジ。

 アスカは顔を真っ赤にしてシンジを自分の部屋に案内した。

 

「ここで、食べてくれる?みんなに見られたら恥ずかしいから」

「どうして?こんなにおいしそうなのに」

「だって、アンタは見てないでしょ。どんなに豪華な料理が並んでたか。そんなのと比べられたくないもん」

「ふ〜ん」

 サンドイッチを口に運ぶシンジ。

 その様子をアスカは正視できなかった。

 何故だか胸がどきどきする。

 そう、日本に来て初めて自分で作った料理を祖母に食べてもらった時とは少し違う。

 あの時は返ってくる言葉が待ち遠しかった。

 でも、今は違う。

 おいしいと言ってくれるだろうか?いや、口に合うだろうか?いや、まずいとは言わないよね。

 そんなアスカの気持ちとは関係なしに、シンジは次々にサンドイッチを食べた。

 そして、最後の一切れを手にしたとき、世にも情けない顔になった。

「ど、ど、どうしたの?まずかった?気分悪くなった?」

「え?いや…あの…一人で全部食べちゃいけなかったんじゃ…」

「はい?」

「いや、あまりおいしかったから、ついパクパクと…食べちゃって。あれ?どうしたの?」

 シンジがびっくりしたのは仕方がない。

 アスカが床でのた打ち回って笑い出したからだ。

「ごめんっ!で、でも、おかしくてっ。ぜ、全部、食べていいからっ!はは、ひひひ。もうだめっ!」

 悪い予想が外れた上に、シンジの顔や行動がアスカの笑いのツボにはまってしまった。

 最後の一切れをほおばりながら、ぼんやりとアスカの狂態を見下ろしていたシンジだったが、

 ある瞬間から目を逸らしてしまった。

 アスカの黄色いワンピースから、健康的な太ももと、そして…。

 白。

 一瞬見えただけだったが、シンジのような少年には刺激的過ぎた。

 ごちそうさま。

 シンジが心で手を合わせたのは、サンドイッチの方かそれとも…?

 いずれにしても対象がアスカであることには間違いなかった。

 

 落ち着いたアスカとシンジはパーティー会場に戻ろうという意識がなかった。

 連続性のない会話。

 話題が途切れた瞬間に別れなければならないような気持ちになっていた。

 だから、取り留めのない会話を続けている。

 学校のこと、ミサトのこと、加持のこと。

 そんな時、ミサトが顔を覗かせた。

「ごめんねぇ、もうみんな帰っちゃったわよ」

「あ、ごめん、ミサト!挨拶もしないで」

「いいのいいの。それよりさぁ、私たち今からお出かけするから、あとよろしくねン」

「へ?」

「何よ、その顔。誕生日なんだから、お出かけしてもいいでしょ〜」

「あ、あの、まさか私たちって…」

 シンジが横から口を挟む。

「ああ、俺だ」

 ミサトの横から加持が顔を突き出してきた。

「こいつとは久しぶりだからなぁ。まさかここでは…痛いっ!」

「あはははは!ま、そ〜ゆ〜ことだから、あとよろしくねっ!」

「ちょっと、ミサト待ってよ!まずいじゃない。夜中に保護者なしで孤児が一人でいたら法律違反で!」

 アスカが早口で叫ぶが、ミサトは加持と腕を組んで玄関へ向かう。

「私、施設送りになっちゃうじゃない!」

「シンちゃんがいるでしょ」

「未成年者じゃダメだってば」

「お〜い、シンジ君。ナニはまだ早いぞ。自重しろよ」

「加持さん!」

「じゃあねぇ」

 がちゃん。

 扉が閉まった。

「行っちゃった」

「うん」

「私、施設送りになっちゃう」

 アスカの目に涙が溢れてきた。

 天国から地獄にまっさかさまだ。

 そして、真横にいたシンジの胸にすがりついた。

 シンジは優しくその背中を抱いてあげる。

 その腕が温かい。

 アスカは涙に濡れた目でシンジを見上げた。

 二人の目が合う。

 アスカの唇がシンジを呼んでいる。

 ……。

 

「私がいるんだけど」

 

 冷静な声。

 リビングの暗がりからリツコの声がした。

 すっかり緊張が途切れて、二人して暗がりを見透かす。

 リビングのソファーに見える金髪。

 それに、その膝を枕にしてすやすやと眠る子猫ちゃん。

「安心しなさい。役所には私が代理って提出済みよ」

「な、なんだ…」

 へなへなとアスカの膝が崩れる。

「あ、大丈夫?」

「うん。気が抜けちゃったぁ」

「立てる?」

「うん、大丈夫」

「そこ、静かにしてくれる?いい子はお休みの時間よ。ねぇ…」

 最後の「ねぇ」はどうやら、膝上の眠れる子猫に向けられたようだった。

「は〜い。おやすみなさい」

 小声で言うアスカにリツコが付け加えた。

「朝食お願いね。ミサトとの約束だから。朝食つきのアルバイト」

「わかりました」

 後ずさるように、部屋に戻る二人。

「ねえ、朝食なら僕が作ろうか?」

「あら、アンタできんの?」

「加持さんとこでは僕が家事を担当してるんだよ」

「今の、しゃれ?」

「はい?あ、ち、違うよ。本当に僕が家事担当なの」

「じゃ、アンタも孤児?」

「ごめん、違うんだ。父さんが海外に長期出張だからそれで加持さんに預かってもらってるんだ」

「あ、そうなんだ」

 それならアスカのような不安は感じなくてもよい。

 不公平なようだが、肉親がいる子供の場合は、保護者が夜間不在でも罰則がない。

 だから、その規則に慄いたアスカの姿に自分が後ろめたく感じたシンジだった。

 それから、二人はお互いの家庭環境や生い立ちのことを話し合った。

 シンジは心底からアスカの境遇に同情しているようだった。

 しかし、アスカは違った。

 そういう過去を背負ったからこそ、今この少年とめぐりあうことが出来た。

 

 一瞬、会話が途切れたとき、シンジがすまなさそうな顔をした。

「ごめんね、もっと早く来れたら、アスカの好きな曲をプレゼントすることが出来たのに」

「ちょっと待って。それどういうこと?」

「あ、ごめん。な、名前で呼んじゃって。しかも呼び捨てで」

「そんなのどうでもいいわよ。私もアンタに名前で呼ばれたいしさ。そうじゃなくて、プレゼントって?」

「だって、今日…じゃないや、昨日のパーティーって君の誕生パーティーなんでしょ」

「へ?」

「僕はそう聞いてたんだけど。アスカ…に好きな曲を聴いてそれを演奏してやって欲しいって、加持さんに頼まれたんだ」

「そ、そうだったの?」

「うん、加持さんはあのミサトさんに頼まれたんだって」

 アスカは驚いた。

 ミサトは自分の誕生日のことを知っていたんだ…。

 それならそうと言ってくれれば…と思ったが、すぐに苦笑した。

 私じゃあそんなパーティーしなくていいって言っちゃうのは間違いないもんね。

 それで、か…。

 ……。

「それならそれで、どうして私をパーティーの中心に引きずり込まないのよっ!」

「わっ!びっくりした。どうしたの?」

 アスカは説明した。

 すると、シンジは「ああ、予定が狂ったみたいだね」と申し訳なさそうに言った。

 予定では午後8時に到着して、若い二人を引き合わせ、シンジの演奏を今日誕生日を迎えるアスカに捧げるというミサトの宣言をするはずだった。

 それが加持の仕事が長引いたために、計画が破綻した。

 ミサトは計画を補正することも出来なかった。何しろ、この計画を知っていた参加者はリツコだけだったのだから。

「ああ、それで、私にご馳走を押し付けに来たのか。何度も」

 あのリツコの行動にやっと納得ができた。お祝いをしているつもりだったのだ。

 不器用なんだ、あの人。

 なんとなく微笑ましくなったアスカだ。

「それで放置されたってわけか。まったく応用がきかないんだから、ミサトは」

 あれで営業のTOPなんだから…。

「で、アンタは明日の予定あんの?」

「えっと、とくにないけど…。というか、加持さんにいつ帰るかとか全然聞いてないんだ」

「へぇ…」

 アスカは心の中で「ちゃぁ〜んす」と呟いた。

「じゃあさ、アンタの演奏、明日聴かせてよ。あ、もう今日だ」

「うん、それでよければ」 

「私は全然OK!」

「じゃ、どんな曲がいい?」

「へぇ、リクエストを要求するってことは、大抵の曲なら弾けるってことよね。すっご〜い!」

「うっ…、その顔、わざと言ってるだろ」

「ええぇっ!まだ1時間しか経ってないのに、どうして私のことを知ってるのよ!」

「違うの?」

「わざとだよ。決まってんじゃん。曲はアンタの得意なのでいいからさ。そのかわり、私をうっとりさせてくれる?」

「できるかなぁ?」

「アンタならできるわよ。私が保証するわ」

「まだ会ってから1時間しか経ってないのに?」

「ぷっ!私の台詞盗ったぁっ!」

「ははは…」

 楽しかった。

 祖母と暮らしていたアスカには、同世代の友人が…いや友人と呼べる人間が皆無だった。

 その白人にしか見えない容姿と、孤児だということが周りからと自分からの両方より疎外感を生んでいたのだ。

 それがこの会ったばかりの少年とこんなに楽しく会話している。

 アスカは嬉しくてたまらなかった。

 だが、心の隅では彼が去った後の空虚さをそれとはなしに感じていたのだ。

 もちろん、そんなことはシンジには絶対に気取られないようにしようと心に誓っていた。

 

 結局、二人が眠ったのは明け方だった。

 ベッドサイドに背中をつけて、肩を寄せ合って二人は眠っていた。

 まるで、天使のように…。

 

 

 

 

 

 

 その天使たちは、1時間もまどろまないうちに叩き起こされた。

「ちょっと、朝食はまだかしら?」

「先輩、私が作りますから。寝かせといてあげましょうよ」

「ダメよ。それじゃ契約違反だわ」

「もう、先輩ったら厳しすぎます」

「いいの、これで。朝はちゃんと起きるものよ」

「お、起きるってば。ちょっと待って」

 アスカは目をぱちくりしながら立ち上がろうとした。

 と…。

 左手がぐっと引っ張られた。

 いや、実際には引っ張られたのではなく、手を固く握り合っていたためだった。

「あ、おはよう…」

「ごめん、起こしちゃったわね」

「いいよ。あ、食事の準備?」

「うん。手伝って…くれるよね」

「約束しただろ。手伝うって」

 ……。

「朝からいちゃいちゃするんじゃないの。さっさと動く」

「はいはい」

「はいは1回」

「は〜い」

「本当にこの子ったら、同居人にそっくりだわ」

 その言葉を背に受けて、アスカはやばいと思った。

 ミサトはいいヤツだけど、女性としては似るのはまずい。

 よし、目指せ良妻賢母!大和撫子が目標よ!

 新たな決意を胸にアスカは台所に向かった。

 しっかりとシンジと手を繋ぎながら。

 

 結局、ミサトと加持が帰ってきたのは、翌日の夜遅くだった。

 つまり、日曜日の午後11時。

 その間アスカとシンジはずっと一緒だった。

 もっとも葛城家のリビングにはリツコが契約だからとずっと陣取っていたのだが。

 シンジのチェロを聴いたり、一緒に料理を作ったり、その買出しに仲良くショッピングに出かけたりと…。

 まるでずっとシンジと一緒にいたかのような錯覚を覚えるほどだった。

 だけど、別れの時は必ずやって来る。

 加持が帰ってきて早々に、長野へ戻ることになった。

 何しろ翌日は月曜日。学校があるのだ。

 シンジは約束した。

 必ず、遊びに来ると。

 その約束をアスカは信じた。

 しかし、その約束が果たされることは永久になかったのだ。

 シンジは二度と遊びには来なかった。

 

 

 

 

 

 

 シンジは住みに来たのである。

 

 あれからたった3週間後のクリスマスの夕方。

 チェロのケースを抱えたシンジが葛城家の玄関に申し訳なさそうな顔をして佇んだ。

 加持がシンジの父親に呼ばれて海外に向かうことになったのだ。

 親が健在のシンジは保護者の資格のある者と同居さえしていれば問題ない。

 というわけで、加持はシンジをミサトに押し付けていった。

 いや、押し付けたというのは間違いだ。

 これも二人の計画通りであった。

「あの…、これからよろしくお願いします」

 頭を下げるシンジを見つめるアスカは胸が一杯だった。

 その肩をミサトがぽんっと叩く。

「ごめんねぇ。誕生日プレゼント遅れちゃった。こんなのでいい?」

「……」

「アスカ?」

「えへへ…。最高っ!」

 シンジに抱きつくのは少し恥ずかしかったので、隣のミサトをぎゅっと抱きしめた。

「こ、こら、苦しいっ!やめなさいって!」

「でも、嬉しいんだもんっ!」

 玄関先で抱き合う二人を前に途方にくれるシンジ。

 しかし、自分が同居することをこんなに喜んでくれたアスカが愛しくて仕方がない。

 彼の頭の中は料理や買い物を一緒にするという夢で一杯だった。

 未来は明るい。

 が、こうなると当然ミサトは意地悪をしたくなる。

「あ、そうそう。アイツが帰ってきたら私たち結婚するからね」

「えっ!そうなの?」

「あ、おめでとうございます」

「でも、そうなると、アンタたちには出て行ってもらわないとねぇ…」

 意地悪く笑うミサト。

 祝福の表情のまま凍りついてしまう二人。

「い、いつ……?」

 やっとのことでアスカは声を出せた。

「ん?4年後。だって」

「ええっ!それじゃ、私まだ未成年じゃない!どうしたらいいのよ!」

「さあね、どうしたらいいのかしらねぇ?」

 悲壮な表情のアスカの手をシンジは固く握り締めた。

 そして、不安気にシンジを見るアスカにしっかりと頷いた。

 まだわからないけど、僕が何とかする。

 その瞳は雄弁に宣言していた。

「あ、一つだけ方法があるの。知ってる?」

「ほ、ホント?どんな方法?」

「自分で探しなさいよ。書棚に法律辞典があるでしょ」

 そう言い捨てて、ミサトは欠伸をしながら魔窟に向かった。

 顔を見合わせた二人は、慌ててリビングへ。

 青少年育成法。

 馬鹿らしいネーミングの法律を調べる。

 小さな本に二人が頬をくっつけるようにして、文面を読む。

 そして……。

 二人はお互いの顔を見ることが出来なくなった。

 ソファーの端と端に分かれて、背中を向けて座るアスカとシンジ。

 二人とも顔は真っ赤で、手を伸ばせば触れることが出来る距離の相手を思い切り意識している。

 そんな様子を魔窟から窺って、ニヤニヤ笑っているミサトだった。

 

 その問題の文面にはこう書かれていたのだ。

 『但し、特例として、満十八歳を超えたる孤児が婚姻せし場合は、当法律の該当者とは認めない。

  その場合、婚姻せし者同士が同一家屋に同居せしことを各自治体にて確認……』

 

 そうそう、結婚してしまえばいいんだってぇ。

 仲人はお姉さんたちがしてあげるからさぁ。

 可愛いでしょうねぇ。アスカのウエディングドレスって。なんたって、18歳だもんね。

 

 第三新東京市。

 郊外に建つマンション、コンフォート17。

 その11階の一室。

 とんでもない誕生日のプレゼントをもらったアスカは、死ぬまでそのプレゼントを離そうとはしなかった。

 それはずぅ〜と、ずぅ〜っと先の話なのだが。

 ともあれ、今日の段階では恥ずかしくて、そのプレゼントに声もかけられないアスカだった。

 

 

 

 

 

おしまい

 

 

 


<あとがき>

 ああ、やっと間に合いました。

 くぅぅ…。ふじさん様に甘さで負けちゃった。

 来年はちゃんと計画を立てて、書かないと!

 とりあえず、アスカ様におめでとう。

 

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