この作品は拙作の連作「あなたの傍に…」の続編外伝となります。
ターム様のサイト<The Epistles>にてご掲載いただいています「新薬」〜「夢のお店」、
そして当サイトにおける「勇気を出してシンちゃん」を先にお読みいただいた方がよりお楽しみいただけると思います。
それでは、世界中の子供たちに、そしてむかし子供だった人たちに。
メリークリスマス。
レイは何度目かの溜息を吐いて壁の時計を眺めた。
さっき見てからまだ3分も経っていないので、針はほとんど動いていない。
彼女には怠慢そうに見えるその針をじっと睨みつける。
かれこれ1時間ほどもそうしていただろうか。
「レイ?いくら時計と睨めっこしてもパパはまだ帰ってきませんよ」
店の方から母親の声がする。
今日は7時に店を閉めたのでいつもより片付けの時間が早い。
でもホームパーティーの準備があるので、母親は大忙しでレイを構っている暇はない。
普段なら2つ違いの兄が面倒を見ているところだが、
そのシンイチは可愛いガールフレンドと一緒に店の片付けに一生懸命だ。
と言ってもレイが手間をかける子というわけではない。
まだ4つだというのに店番ができるくらい利発な子だ。
まあ、料理ができるわけではないので、レジの前にべっちゃり座り込んでいるだけなのだが。
それでもお金の計算はできるので、勘定くらいなら大丈夫だ。
ただし、お愛想をしているのに本人の愛想がない。
それを見て、金髪碧眼の母親は肩をすくめる。
「やっぱり、名は人を表すってホントよねぇ。あの子にそっくり。きっと小さい時はあんな感じだったんでしょうね」
「でも、今はあんなに愛想いいんだから…。うちのレイもきっと変わるよ」
「そうねぇ。ま、私に育てられて陰気な子になるわけないもんねっ」
にっこり笑い店先だというのに夫の腕に縋りつく母親を見て、いつもレイはくすくすと口の中だけで笑った。
母親譲りの綺麗な金髪をおかっぱにして、やはり母親譲りの白い肌をしている。
名前の元になった綾波レイの肌の白さよりは健康的だし、その瞳は母親に似て青い。
つまりとても母親に似た容貌なのに、何故かレイはレイに似ている。
持って生まれた雰囲気というものだろう。
きっと内気な性格はシンジの方の遺伝なのだと、いつもアスカはその夫をからかっていた。
兄のシンイチの方は容姿がシンジそっくりなのに、どうやらアスカに似た性格を底に秘めているようだ。
この方が面白いんじゃないかと両親のみならず友人知人は口を揃えて言う。
まさにアスカとシンジがブレンドされて仕上がった子供たちという感じなのだ。
さて、そのレイである。
無口な方なので何を考えているのかわかりにくいところがある。
ただし、今日は違う。
何のために時計と睨めっこをしているのかは、みんな知っている。
シンイチのガールフレンドのキョウコでさえ。
「レイちゃん、おねえちゃんといっしょにおりょうりならべようか?」
店から顔を覗かせるキョウコに、レイは時計を睨んだままふるふると首を振る。
その様子を見てキョウコは優しげな微笑みを浮かべて、部屋の中に入った。
畳だからそれほど冷えてはいまいが、部屋の隅に重ねてある座布団を1枚両手で持つ。
そして、座り込んでいるレイの隣にすっと置いた。
すると、間髪をおかずレイの小さなお尻が座布団の上に移動した。
もちろん時計を見上げたままで。
やっぱり少し寒かったのだろう。
その動きを見てキョウコはくすくす笑った。
大好きなシンイチの妹というからではなく、この無愛想な少女のことが彼女は好きだった。
それはレイが時たまに浮かべる微笑みの所為だった。
滅多に見せない笑顔だけにその希少価値は高い。
それを見ることができるのは、家族と数人の選ばれた人だけだ。
その数少ない一人に自分が入っているからかもしれない。
わずかにえくぼをつくるその微笑みは、一人っ子のキョウコに妹が欲しい!と思わせた。
もっとも母親が死んでいるキョウコには妹が欲しくてもどうしようもない。
したがって、今やシンイチよりもレイを実の妹のように面倒を見ている向きがある。
赤みの強い長い金髪と青い瞳の彼女だから、見た目でもレイと本当の姉妹に見える。
そんな二人を見て遊びに来ていた綾波レイは、くすくす…ではなく、あははと笑った。
そして、小さなレイが羨ましいといった。
こんなに小さい時からアスカもどきと一緒にいられるんだからと。
もちろんその言葉で喜んではいたのだが、もどきという単語にカチンと来るのを忘れるようなアスカではない。
それから碇家恒例の口げんかが始まったわけだ。
来年は兄と入れ替わりに幼稚園に入るレイだった。
両親があのエヴァのパイロットだったということは、あの事件で周囲に知られてしまった。
もちろん興味本位でやってくるお客もいるが、そのようなものはごく少数だ。
ほとんどのお客は本場仕込みの紅茶や料理を楽しみにしてこのお店を訪れる。
ただし本場仕込みと言っても料理はあくまで家庭料理に近い。
しかもヨーロッパの国のいろいろな料理が渾然としている。
イギリス、フランス、イタリア…、そしてもちろんドイツも。
スコーンもあれば、スパゲティやジャガイモとフランクフルトの料理まで。
ヨーロッパ的無国籍料理という感じだ。
但し準備する食材の関係もあるので、ネタがなくなった段階で入り口にあるメニューボードからメニューが消されていく。
それをまた楽しみにしてくる人も多いのだが。
さて、レイである。
アスカが時にやきもちを妬くほど、父親のシンジにべったりである。
その上、本家本元元祖レイがそれをたきつける。
「だって、私、お兄ちゃんに充分甘えられなかったから…」、その代わりにレイに思う存分甘えさせてるのだ。
当然、その結果として生じるアスカのやきもちに因る大騒動を期待しているのは間違いない。
お出かけする時はシンジの服の裾をいつも握り締めているので、その部分がすっかり伸びてしまっている。
こんな調子で幼稚園は大丈夫だろうかとアスカは最近心配でならない。
「キョウコちゃんみたいだったら安心なんだけどね」と年齢以上にしっかりしているキョウコにこぼす。
そのアスカに対して、キョウコは太鼓判を叩いていた。
「レイちゃんはだいじょうぶ。やさしいこだもん。ママ」
6つにして自分の将来を決めてしまった少女をアスカは羨ましくて仕方ない。
思えばその時分から血のにじむような努力をして天才という名を勝ち取り、エヴァのパイロットとして活躍してきた。
楽しかった子供時代の思い出などひとつもない。
だからこそ、この子たちにはそんな思いはさせたくない。
こんな家族たちを放ったらかしにして、碇シンジはどこにいるのだろう?
彼は近所の孤児院にいた。
サードインパクトこそ起こらなかったが、使徒との戦い、そしてゼーレとの戦いで、たくさんの人が死んだ。
もしかしたら自分たちが直接一般の人を殺してしまったかもしれない。
市街戦で亡くなった人の数にチルドレンたちはうちのめされていた。
ミサトたちがいくら慰めても、アスカたちの心は晴れなかった。
そして、十数年が経ち、自分たちの家庭を持ち余裕ができてきたとき、
お店の常連さんからその孤児院のことを聞いたのだ。
もともとはあの戦闘で親を亡くした子供たちのために作られた孤児院だと。
しかもよく調べてみると、理事の中にミサトの名前もあった。
今はその子供たちは社会に出ているが、やはり何らかの理由で親を亡くした子供は後を絶たない。
そこで二人はボランティアを始めた。
今日はシンジがサンタクロースに扮している。
アスカがつくった大きなケーキとネルフからのプレゼントを持って行った。
その帰りをレイはひたすら待っているのだ。
もちろん、シンジサンタは簡単には帰宅できっこない。
宅配便じゃあるまいし、荷物を渡してはいサヨナラというわけにはいかないからだ。
本物のサンタでなくシンジおじさんであることはみんな知っている。
だからやってきたシンジサンタを歓迎して小さなパーティーを催してくれているのだ。
それなのに、家で子供が待っているから…などとは口が裂けても言えはしない。
先生たちが気にはしてくれてはいるが、シンジが目顔で大丈夫ですと子供たちの輪から出ようとしない。
そのことはアスカお姉さんもよく理解している。
シンジがおじさんでアスカがお姉さんなのは、誰の要望かは誰でもわかるだろう。
去年は夫婦で出かけて帰宅できたのが10時前だった。
帰りをずっと待っていたシンイチとレイは肩を寄せ合って、こたつで眠っていた。
その二人の寝顔に涙の跡を見つけたとき、孤児院の子供たちには悪いが来年はシンジだけで行こうということに決めたのだ。
シンイチとレイを連れて行くなどというデリカシーのないことはできるわけがないからだ。
ということで、レイが睨んでいる時計は今9時41分。
10時には帰るよってパパは言っていたが、レイにとっては長い長い時間だ。
去年のこともあるので、今日はキョウコも含めて3人でお昼寝をしている。眠気対策は万全だ。
それに夕方にホットドックを食べたから、空腹対策もできている。
だから、レイにできることはパパを連れてきてくれるという、10のところに短い針が来るのを監視することだけ。
もし目を逸らしたら、針が後戻りをするかもしれないから。
そんなことないわよと、アスカに言われても強情なレイは監視をやめない。
その気持ちがよくわかるアスカは娘の気の済むようにしている。
その時、アスカの携帯にメールが入った。
シンジからのカエルメールだ。
すかさず返信。
「10時きっかりに帰ってきなさいよ。遅刻したり、早すぎたら、カウントダウンしている娘が可哀相よ。マイダーリン」
すぐに答えが帰ってくる。
「了解。やっぱりこの格好で帰るの?」
サンタの格好で車の運転をすることに躊躇する弱気な亭主に、長文の叱咤激励を送ろうとしたアスカだったが、
にやりと笑って指をちゃちゃちゃと動かすと、ぱちんと携帯を閉じた。
その文面を見て、シンジはすっかりあきらめ真っ赤な衣装で運転席についた。
液晶にはただ一言。
「バカ」
「キョウコちゃん、とまっていけばいいのに」
「だめよ。うちにもサンタさんがくるんだから。ちゃんとじぶんのおふとんにはいってないといけないの」
「あ、そうか。いなかったらサンタさんがかなしくなるもんね」
「そうよ。うちのサンタさんはすっごくやさしいんだから」
「うちのサンタさんだってやさしいよ」
「あ、シンイチのところのサンタさんみたいにりょうりはうまくないけどね」
「へへぇん」
単純なのは父譲りかそれとも母譲りなのか。
お店のテーブルを挟んで、仲良くおしゃべりをしている可愛いカップルにアスカは目を細めた。
シンジ…。
私、幸せだよ。
とぉってもっ!
「ママっ!も〜すぐ、じゅうになるよっ!」
レイが数時間ぶりに声を上げた。
3人が部屋を覗く。
座布団の上に仁王立ちして時計を見上げているレイ。
秒針に合わせて首が上下している。
「あと1ぷんだっ!」
「50びょうっ」
「45っ」
「40!」
シンイチとキョウコが声高にカウントダウンする。
レイはというと、秒針を追っかけるのに一生懸命だ。
6の下を通り過ぎるときなどは、針が止まってしまわないようにと口をへの字にして気張っている。
「10!9!8!…」
声を合わせて秒針を読むシンイチとキョウコ。
針が頂点を目指すにつれて、レイの顔が綻んでいく。
子供たちを見守るアスカもどきどきしてきた。
10時になったら、愛する人が帰ってくる。世界で一番大切な人が。
「3!2!1っ!」
「ゼロっ!」
最後はアスカも声を合わせた。
レイの背筋がぴんと張る。
そして、顔を店の方へ向ける。
「ただいまぁ〜!」
ダッシュするレイ。
もちろん、その邪魔をするほどシンイチたちも子供じゃない。
どちらかというとレイのすぐ後を小走りに駆けるアスカの方が子供のようだ。
店への通用口を抜けたレイが立ち止まる。
その視線の先には真っ赤なサンタが白ひげを付け忘れて立っている。
「おかえり!パパ」
「ごめんね、遅くなって」
謝るシンジにレイは最高の笑顔を向けた。
見つめあう親子から背後に目を向けたアスカは軽く首を振る。
手を繋いで笑い会っている息子たちを見たからだ。
そして、小さな声で呟く。
メリー・クリスマス……。
ある一家の聖夜 ジュン 2003.12.24
<おしまい> |
<あとがき>
お〜い、落ちがないぞぉ!って、言われそうですねぇ。
たまにはこんな生活の一ページを切り取ってみたくなりました。
やっぱりあの連作の設定って気に入ってるんですよ。ゲンドウ死んじゃってるけど。
あ、本家本元元祖レイはリツコとクリスマスを過ごしているわけで。といっても、リツコと2人だけってことじゃないようで…。クリスマスは本来家族と過ごすものですから。
私は書きながらセリフを声優さんの声で想像しているのですが、キョウコちゃんは川村さんじゃちょっときついかも…。万梨阿さん大好きなんですけどね。
てことで、2003年のクリスマスSSでした。
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