ジオフロント内、ゼーレとの死闘の名残がまだ少し残っている。
壁面等は塗りなおしてはいるのだが、それが微妙に浮いているのだ。
それにゼーレの残党が逃れた北極圏で引き起こされたサードインパクトによる衝撃も大きい。
何しろ地軸がさらに歪んだのだから。
そして、日本に四季が戻った。
それはよかったのだが…。
お年玉
2004.1.1 ジュン |
「やっぱ、閏半年って変よ。ど〜してそんなことにこだわるのかなぁ」
「しゃあないやないか。わしらにはようわからんけど、昔を知っとるもんにはこだわりがあるんとちゃうか」
「うん、トウジの言うとおりだと思うよ」
「碇君に賛成」
「はいはい、みなさんとっても仲がよろしいこって、よござんしたね。はん!」
アスカは膨れて通路をずんずん一人で進む。
他のチルドレン3人は顔を見合わせて、いっせいに肩をすくめた。
あれから一年。
但し暦の上では、一年半。
何故かというと、地軸が戻り、季節が帰ってきたのはよいがその時期が悪かったのだ。
日本は6月に雪が降った。そして、オーストラリアの人は猛暑に苦しんだ。
このままでは大変なことになる。
各国首脳は顔を合わせ、実にあっさりとこんな重要な取り決めを可決した。
暦を半年進ませて、現在の6月20日を12月20日にすることになったのだ。
こうすることで、雪の降るクリスマスを…オーストラリアの住民には懐かしいサマークリスマスを楽しむことができる。
キリスト教圏ではない国でもその提案は大歓迎だった。
新年を祝う風習の強いアジアの国々でもそうだった。
正月は冬でなくては。
つまり、ほとんどの人々が大歓迎で閏半年を受け入れたのだ。
シンジの周りでもそうだった。
ただ一人、アスカを除いては。
その不満の原因は誕生日のお祝いをしてもらえなかったことにあると、シンジは考えていた。
12月4日が飛ばされてしまったのだから。
シンジはちゃんとプレゼントをあげようとしたのだが、拗ねてしまったアスカが受け取らなかったのだ。
本当に単純なんだから、アスカは…。
そうシンジは思い、すたすた歩くアスカの背中を追いかけた。
但し、すたすた歩いているように見えてアスカのスピードはさほどでもない。
義足のトウジに気を使っているからだ。
事実はシンジが考えていたこととは違っていた。
アスカが不機嫌なのは日本への滞在期間が半年縮まった所為なのだ。
すべてが終わったあと、ドイツから帰還命令が出ていた。
2017年4月1日にドイツへ戻るべし。
アスカはそのことをシンジたちには秘密にしていた。
別れが切なくなるから。
ある日突然姿を消してしまおうと考えていたのだ。
そのある日が、理不尽にもいきなり半年短縮された。
日付が是正されてから不機嫌がずっと続くアスカだった。
そして、今日1月1日。
2017年に暦が変わったこの日も、やはりアスカの不機嫌は変わらなかった。
それを誕生日のことだと勘違いしているシンジも間が抜けている。
17年ぶりの冬のお正月。
4人のチルドレンはネルフ本部に呼び出されていた。
戦いが終わっても事後処理はまだまだ続く。
正月返上で主だった職員は本部に出ている。
まず、司令室に向かった4人だが、そこにはいつものオペーレーター3人組の顔。
顔はそのままなのだが、あでやかさが違う。
マヤが晴れ着を着ているのだ。
無機質で殺風景な司令室に何とも違和感が凄い。
副司令が古来日本では仕事始めには晴れ着を着てくるものだと、マヤに命令したのだとか。
それだけ平和になったということかもしれない。
マヤの隣でさりげなく紋付袴の日向が袂からポチ袋を取り出す。
そして、目の前にいたアスカに差し出した。
「はい、おめでとう」
「へ?」
突き出されたものを受け取ったもののそれが何かまったくわからないアスカ。
「何これ。年賀状ってのが入ってんの?」
「アスカはバカ」
「くわぁっ、レイっ!何よ、アンタはこれ知ってんの?」
「これはお年玉。新年のお祝いの贈り物。主に子供に対してお金をあげることが多い」
「へぇ…そうなんだ」
いきなりポチ袋を開けようとするアスカ。
「ダメだよ、アスカ開けちゃ」
慌てたシンジに制止される。
「どうして?くれたんでしょ、私に」
「それはそうだけど、貰った人の前で中を確かめちゃダメなんだよ」
「せや。そんなことしたら、めっちゃくちゃ失礼やねんど。あ、こりゃホンマにすんません。おおきに、ありがとさんです」
日向から受け取りながら、アスカに突っ込むトウジ。
「変なの。普通プレゼントの中を確認してから、お礼を言うもんじゃないの?」
「日本では違うのよ。何を貰ったかじゃなくて、貰ったことに対してお礼を言うものなの」
「ふぅ〜ん、そうなんだ。じゃ、アリガト」
マヤの教えに、素直に日向へ礼を言うアスカ。
その姿を見て、アスカも丸くなったなぁと思うシンジだった。
マヤからもお年玉を貰っている間に、普段のユニフォーム姿だった青葉はいつの間にか姿を消していた。
司令室を出た4人はいっせいに中身を確かめた。
日向が5千円。マヤが3千円だった。もちろん4人に金額の差別はない。
しきりにほうほうと頷くアスカ。
「これって、申告しないといけないの?」
「いいんじゃないのかなぁ。お小遣いみたいなもんだし」
中学生ではあるがネルフから給料を貰っている彼らは、税金のことも考えないといけないのだ。
「ってことは所得税も引かれないってわけね」
「アホか、お年玉にそんなもんかかるかいな」
「そいつはおいしいわよねぇ。よし!こうなったら色々まわっちゃおうか」
帰国のことも忘れてアスカが上機嫌で提案する。
残りの3人に異議はない。
そんなことは迷惑だなどと考えはしない。
いつの時代でも、子供はお年玉には目の色を変えるものである。
この時より、チルドレンのネルフローラー作戦が開始されたのだ。
あのレイまでがにっこりと笑いながら、手当たり次第に愛想を振りまく。
「おめでとうございま〜す」
用意していた者。まったく用意していなかった者。
後者に当たる青葉も食堂で彼らの捜査網に引っかかった。
「こ、これ、むき出しだけど、わ、悪いね」
一枚の1万円札を受け取るアスカ。
「4人でわけてもらえるかな。用意してたんだけど、ポチ袋を家に忘れちゃってね」
もちろん、こういう場合は野暮な突っ込みはご法度だ。
ひたすら笑顔でお礼を言う。
狩人たちは通路で1万円札を両替し配分する。
そして、さらに獲物を追う。
「あら、おめでとう」
しかし、ここに難物がいた。
シンジとレイの義母となったリツコである。
あっさりと返事を返し、さっさとパソコンのモニターに向き直る。
お年玉をくれとは真っ向から言えない所が苦しい。
そこのところの呼吸はアスカもすでに会得していた。
しかも、ゲンドウリツコ夫婦と同居しているだけにレイの笑顔も通用しない。
言葉もなく突っ立っているしかない。
察してくれよとばかりに。
「ああ、そうそう…」
「なんでっか!」
沈黙を破ったリツコにすぐさま食いついたトウジだったが、すぐに意気消沈してしまった。
「ミサトにこれ渡しといてくれる。私、忙しいから」
ポチ袋ならぬ、A4の書類袋。
再びモニターに向かったリツコの背中は難攻不落の氷壁を連想させた。
チルドレン完敗である。
その不満のはけ口は次の訪問先で炸裂した。
間の悪いことに、加持がミサトの執務室にいたのだ。
「おめでとうございま〜す。お二人さん」
「あ、ああ、おめでとう」
「は、はは、おっめでと〜」
このうろたえ方は何かある。
狩人の嗅覚は鋭いのだ。
冷静なレイがさっと近づき、すっと加持の唇をティッシュで拭った。
逃げる間もなくそれに付いたのは、真っ赤のルージュのあと。
すかさず、アスカが強烈なスマッシュを打つ。
「もう!結婚前だからって正月からアツアツよねぇ。
でもこんなとこでそんなことしてていいのかなぁ〜。
みんな私たちにお年玉をくれるときには、一生懸命仕事してたわよ」
嘘も方便。
お年玉獲得はすべてに優先する。
年始のネルフはのほほんとしていて、実際に仕事をしていたのはリツコくらいだった。
「せや、お年玉を渡すときだけ、仕事の手を止めとったんやで」
口が巧くない残りの二人はひたすら真面目な顔つきでうんうんと頷く。
ミサトも加持もセカンドインパクトまでは普通の子供だった。
4人の目的が何かということは“お年玉”という言葉を連呼されなくても承知している。
「ち、ちょっち待ってねぇ」
4人に背を向けて作戦会議。
殊勝にもポチ袋を用意していたミサトのお年玉を二人からということにすると即効で決断した。
結婚前だからお金が必要なのだ。
しかし、狩人たちは貪欲だった。
「おおきに、葛城ミサトはん!」
「ミサトさん、ありがとうございます!」
「ミサト!アリガトねっ!」
「嬉しい。葛城三佐からのお年玉」
加持はまったく無視された。
見事なチルドレンのチームワークだ。
今日の仕事帰りに行くはずだったホテルのディナーが街角のラーメン屋に化けてしまうことを観念し、加持はその財布を取り出した。
しかし、現実はもっと悲惨である。
ラーメン屋が正月三ケ日は店を閉めていたのだ。
二人がルノーの車内でコンビニ弁当を食べる羽目になるのはこの8時間後だった。
いよいよ、獲物はあと2匹。
しかも大物だ。
司令と副司令である。
トウジは収穫を早々に済まして、早くヒカリの家に行きたかった。
ヒカリ特製のおせち料理が彼を待っている。
入院中に恋人同士となった二人なのだ。
今は二人の時間を大切にしたい。
片や、アスカとシンジには何も起こっていない。
いまだに友達以上恋人未満の同居人だ。
いや、アスカは自覚しているのだ。
だからこそ、黙ってドイツに帰ろうとしているのである。
今更恋人になってもすぐに別れが待っているのだから。
「ああ、みんなおめでとう。今日呼んだのは他でもない。お年玉だ」
紋付袴の冬月がにこやかに言う。
ここの呼吸はみんな心得ている。
まるで他の者からは何も貰っていないかのように、目を輝かせて大声でお礼を言う。
「ありがとうございます!」
ポチ袋のこの手ごたえ。
これは凄い。
大漁だ。
4人はその感触に破顔し、さらにお礼の言葉を重ねた。
そして、視線をゲンドウに移す。
いつもの場所にいつのもポーズ。
但し、今日はゲンドウまでが紋付袴だ。
彼はうむと頷いた。
袂から4枚のポチ袋を取り出し、机の上にさっと並べる。
ポチ袋には個性的な字でそれぞれの名前が筆書きされていた。
それぞれの袋を押し抱く子供たち。
が、袋の感触が違う。
紙幣ではなく、硬貨が一枚だけ入っているようだ。
ゲンドウがニヤリと笑う。
「今年は特別だからな。奮発しておいた」
まさかここで中を見るわけにもいかない。
少し重いポチ袋を手に、感謝の言葉を述べて退出しようとする。
とりあえず中身を確認しないと。
ゲンドウはふむと頷くと、退出するように命じた。
だが、アスカの背中に彼は声をかけた。
「これも持っていけ」
手渡されたのは、茶封筒。
アスカは察した。
帰国に関する書類だ。
何もこんなところで渡さなくても…。
暗い顔で一礼してアスカは3人のあとを追った。
「わぁっ!これ金貨やないか」
「10万円。凄いわ」
「これ新世紀の記念硬貨だよ。ほら2001年ってなってる」
「……」
「ど、どないしょ。こんなん使いにくいやんか」
「貯金。それしかないわ」
「アスカ?どうしたの」
3人から少し離れた場所に無言で立っているアスカの前にシンジが立った。
「う、うぅん。何でもない」
「だったらいいんだけど。あ、それには何が入ってるの?」
何も知らないでこの馬鹿…!
アスカは泣きたくなりながら、シンジに背を向けて封筒の中を検める。
しばらくして、その背中が震えだした。
「アスカ?」
「シンジぃ」
振り返ったアスカの目は涙で溢れている。
「ど、どうしたの。何か悪いことが」
「ち、違うの。凄いお年玉もらっちゃったのぉ!」
「お年玉?」
「シンジ、大好きよぉっ!」
いきなりアスカに飛びつかれたシンジは壁にしたたかに背中を打ちつけた。
だがその痛みよりも、アスカの告白の喜びの方が完全に勝っていた。
「ほなな。あんなん見とってもしゃあないし。いいんちょの家行くわ」
苦笑いして通路を去っていくトウジに手を振ったレイは、床から紙片を拾い上げる。
号泣しながらシンジに抱きついているアスカの手から落ちたものだ。
その紙に印刷されている無機質な文字を辿り、レイの顔に微笑が宿った。
そして、紙片をもう一度床に置くと、二人に背を向け歩き出した。
口の中で「おめでとう」と呟いて。
床の紙片にはこう読めた。
弐号機パイロット 惣流・アスカ・ラングレーにネルフ本部の非常勤勤務を命ず。 期間は2017年1月1日より、2020年12月31日。 この期間については本人の要望により無期限に延長されることとする。 尚日本国外への旅行また転出はその職務上一切認められない。 もし、この辞令に異義のある場合は即刻日本国内から退出すること。 以上 ネルフ本部司令 碇ゲンドウ
|
The End
<あとがき>
くわぁ、年の初めからこんなの書いちゃいました。
ゲンドウからお年玉を貰うって話を書いてみたくて。
きっと今頃ニヤリと笑っていることでしょう。彼のことですから。
あ、リツコは当然10万円金貨のことがわかっているから何もなかったわけです。夫婦になれば別々には渡しませんからね。
早く結婚しなきゃね、ミサトと加持は。
rego様の4時間SSに挑戦してみようと書いてみたのですが、やっぱり負けましたね。rego様には。
さて、初詣に行ってきましょうか。遅ればせながら。
てことで、2004年のお正月SSでした。
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