アスカ様ご生誕記念

プレゼント

 

 

2004.12.5         ジュン









「もうすぐ、ここともお別れかぁ」

「ま、仕方ないじゃない。新婚さんと同居なんて絶対にヤよ」

「はは、そうだね、残されたペンペンはかわいそうだと思うけど」

「あら、リツコが結婚相手を探すって言ってたわよ、ペンペンの」

「へぇ、そうなんだ。お似合いの相手が見つかればいいね」

 私の目の前で馬鹿シンジはへらへら笑っている。
 まったく、馬鹿につける薬はないってホントね。
 ペンペンの話題で私たちの関係に話を振ろうとしていたのに。
 くそっ、ここはもう一押し。

「そうよ。でもって、相手が見つかったら別居して同棲するんだって」

「へ?ペンペンが言ったの?」

 ああっ、ど〜してこの馬鹿は観点がずれてるんだろ。
 ここは新居の話に入るのが順当でしょうが。
 まったくもう、ミサトも素早かったわよねぇ。
 加持さんも生きてることがわかった途端に「言えなかったことを言え!」って脅迫したんだもん。
 私のために加持さんは何とか逃げようとしたみたいだけど、
 とうとう捕まっちゃって、結婚することになっちゃった。
 ま、表面上は私は加持さんLOVEってことにしてるから、
 この馬鹿を筆頭にみんなで慰めてくれたけどね。
 もうあんなおっさん目じゃないのよ。
 もともと加持さんはティーンエージャーには全然興味ないみたいだしね。
 最初は私も夢中だったけど、ミサトとのことがはっきりわかった段階でもういいかって感じ。
 でもって、私の心にずかずかと土足で入ってきて、ぐちゃぐちゃに踏みつけて、
 この私を再起不能寸前まで追い込んでくれて、おまけに赤い海の畔で首まで絞めちゃってくれて…。
 そんな大馬鹿者に惚れちゃうなんて、私も馬鹿。
 ま、いっか。
 恋愛感情なんて本人ですらよくわかんないんだもん。
 他人が釣りあう釣りあわないなんてどんなに思おうが知ったこっちゃないわ。
 もともと世界最高の天才美少女と情けない馬鹿とがスペックで釣りあうわけないもん。
 そんなの私の勝手よ。
 それに私がこの馬鹿を見下しているんだったら、簡単にことが進むはずなのよ。
 言葉や態度はともかく、この馬鹿のことを……なもんだから……。
 ああっ、ど〜してはっきり言えないんだろっ!
 自問自答してても言えないのに、相手に向って言えるわけないじゃないっ!
 馬鹿シンジのことが好きだなんてっ!
 ぼふっ!

「あれ?どうしたの、アスカ。顔真っ赤だよ」

「し、し、し、知らないわよっ!き、き、きっと、空調が悪いのよ。
 あったかすぎんのよ。暖かい空気は上の方に昇るから顔がのぼせるのよ」

 よし、見事に言い訳できたわ。
 
「ああ、そうだね。ずっと夏ばっかりだったから、身体も慣れてないのかもね」

 ああ、馬鹿。
 私はずっと極寒の常冬…って言葉あったっけ?まあいいわ。なければこれから常用語にすりゃいいんだから。
 とにかく私が毎日が寒いドイツにいたことを忘れてるわね。ホント、馬鹿シンジ。
 でもまぁ、このアスカ様がどうしてこんなのになっちゃうんだろ。
 この馬鹿のことを……って考えていたらすぐに“ぼふっ”って顔が赤くなっちゃうから、
 こいつの相手をするときは出来るだけ不自然にならないようにわざとツッケンドンにしてるんだけどなぁ。
 
「はんっ!アンタ馬鹿ぁ?それよりお腹空いた。焼き飯食べたい」

「えっ、焼き飯?えっと、入れるものあったっけ?」

 馬鹿シンジはそそくさとキッチンに向った。
 大丈夫。ちゃんと確認してからものを言ってるわよ。
 残り御飯も卵もネギもウィンナーソーセージも確認済み。
 
「アスカ、ソーセージの焼き飯でいい?」

 なんて質問はシナリオ通り。

「ふ〜ん、ま、いっか。仕方ないわよね」

 こっちの台詞はシナリオとは全然違う。
 ホントは「もちろんOK!シンジの焼き飯なら大好きっ!」って言いたいのに。
 どうしてこんな憎まれ口を叩いてしまうんだろう?
 頭をゴツゴツと叩く。
 素直になれっ、この馬鹿アスカ!
 時間はもう残り少ないのよっ!
 私たちに残された時間はあと1週間。
 冷酷非情なミサトにこのマンションから追い出されちゃうの。
 あの年甲斐もなくアツアツのバカップルは南半球へ新婚旅行の真っ最中。
 南極に眠るミサトのパパにも報告をって、やっぱ加持さんは優しいわよね。
 あんなミサトでも結婚したとなればちゃんと主人としての責任は果たすってことか。
 シンジはどうだろ?私と結婚したら…。
 ぼふっぼふっぼふっ!
 顔洗ってこよ。
 こいつは自然に覚ますのなんて無理。
 
 結局、日曜日はずっと部屋でシンジと過ごしていたにもかかわらず、
 何の進展もなし。
 ミサトたちが帰ってくるのは12月6日。
 その次の日に婚姻届を出すそうだ。
 それならばミサトはまだ29歳ということになる。
 20代のうちに結婚するのだとミサトは息巻いていたわ。
 ばっかみたい。
 はぁ…、20代でも30代でもいいじゃない。
 好きな人と結婚できるんなら。
 私なんてさ…。






「アスカ!どう?碇君とうまくいった?」

「ば、ば、ば、馬鹿なこと言わないでよ!最近は手も握ったことも…」

 勘違いに気付いた時にはもう遅かった。
 ヒカリはニタァと笑って、私の顔を覗き込んだわ。
 当然私の顔は真っ赤になっている。

「アスカ、可愛い」

 ぐふぅ…。
 ヒカリは通学鞄を両手で持って、微笑を私の背中の方に向けた。
 私もその視線を追って、振り返って見る。
 10mほど後にいるアイツ。
 相田と馬鹿話をしてるんだろう。
 屈託のない笑顔でぶらぶらと歩いている。

「まったく、いい笑顔よね。その顔を碇君に見せてあげたいわ」

 自覚症状あり。
 鏡の前で自分でも確認してる。
 シンジのことを考えてると、自然に顔が綻んでいる。
 でも、実際にアイツの前に立つとこんな表情は出来ない。
 その理由はわかってる。
 まだ二人の心が通じていないから。
 もし、万が一、アイツに拒否されたらなんて思うとシンジの前で笑顔になんてなれるわけない。
 ヒカリは絶対に大丈夫だって言ってくれるけど、私には自信がない。
 だって、出逢ってからシンジに対してさんざん……。
 あんなことやこんなことを言って、
 あんなことやこんなことをして、
 あんなことやこんなことを…。
 いや、したのは不完全なキスだけ。
 アイツの方はどうやら病床の美少女に対して不届きな真似を……。
 ダメダメ、そいつは忘れることにしたんだから。
 とりあえず、シンジと彼氏彼女になるまでは。
 まあ、抜き差しならない状況にまでなったらあの時の復讐はさせてもらうことにするわ。
 えっと、その方法は……って、まだそんな段階じゃないっ!

「お〜い、アスカぁ」

「ん?」

 ヒカリが笑ってる。
 ふと前を見ると後にいたはずのシンジがはるか前を歩いている。
 あらら、またやっちゃったか。

「また、碇君のこと考えてたんでしょう?」

 私はこくんと頷いた。
 ヒカリにだけはすべてを打ち明けているから何でも喋れる。

「そうなっちゃたらアスカは固まっちゃうものね。特にここ最近は酷いわよ」

「だってぇ〜」

「その甘えた声を碇君に聞かせてあげたいわ」

「ぐふぅ…。私だって聞かせたいわよ。加持さんにはすっと出てたのにどうしてシンジの前だとダメなんだろ」

 首を捻る私にヒカリはほっと溜息をついた。

「まったくアスカにも困ったものね。もう時間がないんでしょう?早く何とかしないと」

「うん…」

 平和になった今、ネルフの宿舎はジオフロントの中にはないわ。
 少し離れたところに、ご丁寧に女子寮と男子寮を建物を分けて建造してくれてるのよ。
 ミサトのところを追い出された日には、私は女子寮、当然シンジは男子寮に放り込まれてしまう。
 あの場所で宿舎を作り直すのは何より職員の抵抗が強かったの。
 だって、大虐殺の現場だもんね。
 いくら生き返ったからといってあの記憶は消せるものではないもん。
 ただし、私は戦自にしたことは何故かみんなの記憶から抹消されていたわ。
 レイの仕業……かな?
 アイツも帰って来れば良かったのに。
 そしたら、ヒカリみたいに友達になれたかもしれないのになぁ。
 物凄く残念。ホントにそう思ってる。
 

 
 お昼休みはヒカリと屋上でお弁当。
 そこで私は衝撃的な告白を受けた。
 なんと、こんな潔癖そうな言動をしているこのヒカリが、あのジャージマンと何度もキスをしているそうだ。
 しかも、大人のキスまでっ!
 私なんかちょこっと触れただけだっていうのに!
 おかげで忘れてしまいたいことを思い出してしまった。

「ごみんね、アスカ。私さぁ、実は死ぬと思ってたからシンちゃんと大人のキスしちゃったのぉ」

 へらへらと笑うミサトを私はこてんぱんにのしてやろうと思ったんだけど、
 間違いなくミサトの方が腕は上。
 しかもここで怒り狂ったら私の秘めた想いをみんなに晒してしまうことになってしまう。
 大人である私は「へぇ、じゃその先も教えてあげたらぁ?」などと心にもないことを言って誤魔化すことに成功した。
 多分。
 もちろん、その事実は消しようがないから、病院でのナニも含めて閻魔帳に書いてやったわ。
 いつか必ず埋め合わせをさせてやるんだから。
 そのためには、まず恋人同士にならないといけないのよね。
 ああ、どうしてもそこに行っちゃう。
 ヒカリはシンジは絶対に断らないって言ってくれるけど、そんなの私には信じらんない。
 だって、シンジが私のことをす、す、好きなら、離れ離れになることをあんなに簡単に了承するわけないから。
 私はまだ荷造りできていないのに、アイツったらさっさと片付けてしまってるんだもん。
 まあもともと少ない荷物なんだけどね。
 ああっ、どうしよう。
 むしゃくしゃするから、ここはヒカリをからかってやることに決めた。
 ま、ラブラブなんだからからかわれても恥ずかしいだけで、結局嬉しいんでしょうけど。
 さんざんからかってやってると、予鈴が鳴った。
 階段を降りているときに、ヒカリがとんでもないことを言い出した。

「そうそう、碇君は男子寮で大丈夫かしら?」

「は?ど〜いう意味よ」

 はん!もう昔のダメダメシンジじゃないのよ。
 そりゃあ滅茶苦茶社交的ってわけにはいかないけど、正直言って私よりも全体への適応力は高いわ。
 そんなことを胸を張って言ったやったら、ヒカリは首を振って溜息をついた。

「違う違う、もっと大変なことを心配してるのよ」

「大変なことって何っ?まさかシンジの命を狙って何者かが男子寮に潜入してっ!」

「ないない。すっかり平和になったんでしょ?それともまた何か始まるの?」

 私は首を振った。
 はっきり言って地球は平和この上ない。
 でもヒカリの心配は私にとってもっと切実な問題だったわ。
 
「ど、ど、ど、同性愛っ!」

 今の叫び声は1階まで聞えたと思う。
 3階の廊下から何人か出てきて、踊り場にいる私たちを見上げたくらいだもん。
 ふん!その他大勢には何の関係も無いわ。
 ヒカリは真っ赤になって「なんでもないわ」って否定しまくってたけどね。
 私はヒカリの胸倉をつかんで…ってわけにはいかないから、彼女を真っ向から指差した。

「ちょっとそれってどういうことっ!私のシンジがゲイだって言うのっ!」

 もうダメ。
 一度熱くなったハートは簡単におさまりはしないわよ。
 なんたって、シンジのことなんだから。
 
「ち、違うってば。ほら、アスカが入院していた時に…」

 ヒカリがそこまで言いかけたとき、本鈴が鳴った。

「きゃっ!大変!」

 真面目なヒカリは文字通り飛び上がって、階段を駆け下りたわ。
 きちんと私の手首を引っつかんでいったのは、さすがに親友よね。
 そうじゃなかったら、ずっと踊り場で考え込んでるところよ。

 場所が変わっただけで、私は沈思黙考中。
 視線の先は愛するシンジ。
 ヒカリの言ったことを私はよく考えてみた。
 って、答えは出てるんだけどね。
 私の入院中に出てくる登場人物といえば、ナルシスホモ。
 本名というか人間の名前なんか忘れたわ。
 けっ、何とか忘れないと。
 シンジにもしっかり言い聞かせてるもんね。
 「そいつの名前を一言でも言ったらアンタをぶっ殺して私も死ぬわよ!」ってね。
 あの馬鹿ったら「どうしてアスカが死ぬんだよ」なぁんてぶつくさ言うもんだから、
 ベランダに走って手すりに片足をかけてやったわ。
 そしたらアイツったら真っ青になって「言わないから。絶対に言わない」って叫んだの。
 あの時の快感は生まれて初めて。
 思わず背中がぞくぞくぅって。
 ついでに私のことを好きだなんて叫んでくれたら言うことなかったのにな。
 もっともそんなこと言われたらバランス崩して地面にまっ逆さまになってたのは間違いないわ。
 えっと、何の話だっけ?
 そうそう、禁断のナルシスホモの話。
 私がかっとなったのは、お風呂の中で手を握られたってことをシンジが言った時。
 あんなに頭に来たのは私の歴史の中でかつてなかったほどだわ。
 胃はずしんと重たくなるし、身体中の血が冷えてしまったみたいになって。
 そんなにお風呂で手を握られるのが嬉しいんなら、今すぐ握ってあげんじゃないよ!
 ほら、脱ぎなさいよ。一緒にお風呂入るわよ!なぁんて、叫んでしまいそうになったわ。
 ………。
 ぐっと言葉は飲み込んだんだけどさ。
 あ、手の方は止められなかったわ。
 往復ビンタ3往復。
 もちろん、手加減はしてるわよ。3往復目にはね。
 えっと、何だっけ。
 そうそうナルシスホモが…。
 あ、そっか。そういうことか。
 アリガト、ヒカリ。やっぱ親友よね。
 シンジに迫ってくるのがナルシスホモ一人…じゃない、単体とは限んないのよ。
 だって、シンジって男の中じゃ結構可愛い方じゃないの。
 ごついホモ野郎が好みそうなタイプじゃないの?
 そういや鈴原なんかも…。
 やめとこ。変なこと考えて、女同士の美しい友情を壊してしまうところだったわ。
 今の妄想はパス。
 ネルフにもいろいろいるもんね。
 肉体派とか知性派とか。
 実際シンジの馬鹿がその変態ナルシスホモ野郎にくらっと一度はなりそうだったんだもん。
 ほんの少しはその気があるってことよね。
 まずいっ、まずいわよ、こいつはっ。
 私っていう立派な監督がいたからこそ、シンジを狙う連中の毒牙から守れてたんじゃない。
 さすが私も相手が男子寮じゃどうにもなんないわよ。
 私なんかが出入りしたらシンジの貞操どころか私の方が危ないじゃない。
 うわぁ〜ん、なんだか大ピンチ!
 目の前の別れて住まないといけないってことにばっかり頭がいってて肝心の事に気付いてなかったわ。
 アリガト、ヒカリ。やっぱ親友よね。
 ああ、そういや馬鹿シンジも随分と先のことを言ってたっけ。
 高校生の間は寮にいて、大学に進む時には寮を出てどうだのこうだの。
 はっきり言わないから意味不明よ。
 こっちはそんな先の話が問題じゃないのよ。
 その寮で別れ別れっていうことが問題なのに。



 放課後の掃除。
 ヒカリが笑って言う。
 私が一生懸命に掃除をする姿は似合わないらしい。
 どうして私はそんな風に見られるんだろう?
 ほんとに不思議だわ。
 私はドイツ人…違う、元ドイツ人らしく整理整頓好きなのよ。
 ああ、じゃどうしてマンションじゃだらしないのかって?
 あれはシンジに構って欲しいからに決まってんじゃない。
 ミサトみたいな腐海の主と一緒にしないでくれる?
 掃除も終わりに近づいた頃、ヒカリが楽しそうな顔で聞いてきた。

「ねぇ、アスカ。鈴原の誕生日が今月なのよ。何がいいかなぁ、プレゼント…」

「ふん、アイツならブランドもののジャージでいいんじゃないの?」

 馬鹿にして言ったつもりだったのに、ヒカリったら「それもいいわね」なんて。
 勘弁してよ、もう。
 でも、ヒカリはポロリといいことを言ってくれた。

「アスカの誕生日にもちゃんと準備してるから。楽しみにしててね」

「へ?私の?」

 私は足を止めた。
 あらま、そういやもうすぐ私の誕生日。
 すっかり忘れてた。
 今日は12月2日だから、もう明後日じゃない。
 シンジは知ってるかな?
 ………。
 あ、思いついた。








「ええっ!嘘だろ、女子寮に入らないなんてっ」

 へぇ、シンジったら血相変えてる。
 何となく嬉しいかも。
 って、ダメダメ。シナリオ通りに進めないと!

「うん、リツコに頼んだらすぐに見つけてくれたわ。2DKで新築なのよ」

「新築って、一人で住むの?」

「リツコもマヤもイヤだってさ」

 そんなの頼んでもいないわよ。嘘、嘘、大嘘。

「そ、そうなんだ」
 
「心配?」

 不覚にも少し声が震えてしまった。
 ここは「はん!アンタ私のことが心配なのぉ?」って強気に出るつもりだったのに。
 
「そ、そ、それはちょっとくらいは」
 
 むかっ。
 ちょっとくらいですって?
 私のことはそれくらいにしか思ってないんだ。
 くそっ、作戦続行。
 うぅん、もっと味付けしてやる。

「そっか、そっか、私が一人で暮らせるかどうか心配なんだ。
 じゃどっかでいい男でも見つけてさ……」

 ばたん。
 シンジの姿が私の目の前から消えた。
 うかつにも大仰な身振りで喋っていた私はアイツがどんな表情をしていたのか見逃してしまっていた。
 しまった。
 も、も、もしかして、シンジが私のことを好きだったら…。
 今のはちょっと言いすぎよね。
 どうしよ!
 作戦、早くも大ピンチ!
 頭を抱えた私の耳にシンジの明るい声が聞こえてきた。

「ほら、これ持っていきなよ。僕目覚まし時計使わないから」

 脱力感と怒りが手を取り合ってやってきた。
 こういうヤツなのよ、碇シンジって馬鹿は。
 でもって、そんな馬鹿に惚れちゃってる私はもっと大馬鹿。
 ぽんと手渡された可愛げもない目覚まし時計をどっかに投げつけてやろうかとも思ったけど、
 そこは考え直したわ。
 よく考えたらシンジから貰ったもんだもんね。
 大事にしなきゃ……って、これは誕生日プレゼントにはなんないわよねっ。
 まあ、シンジは「いい男を見つけて…」なんていう浅はかな言葉は聞き逃してくれたみたいだから結果オーライとするか。
 問題はそれよりも私が別のところに引っ越すって聞いても平然としてるあの態度よ。
 やっぱり私のことなんとも思ってないの?
 屈辱というより哀しいよ。ぐすん。

「あ、僕ちょっとケンスケに電話してくるから」

「はん!わざわざ私に断ることないでしょ。ばっかじゃない?」

 何とかして欲しい。この口の悪さは。
 携帯電話を持って自分の部屋に消えたシンジの背中を見送って、私は腕組みをした。
 今後の作戦に修正は必要ないか…。
 ……。
 そんなのわかんないわよ、はっきり言って。
 だって、シンジの気持ちがわかんないんだもん。
 ええ〜いっ、何かあったら出たとこ勝負よ。それっきゃないわ。



 お昼ごはん。
 いつもと違う。
 私は目の前に並べられたご馳走を前に唖然としていた。
 いつもなら焼き飯とか麺類とか簡単なものなのに、
 まるで晩御飯みたいに唐揚げとかトンカツとかがいっぱい。
 まあ、シンジがずっと台所にこもってて、美味しそうな匂いが大挙してリビングに押し寄せていたから、
 いろいろとつくってたのは予想できてたけど……。
 まさか、最後の晩餐っ!
 私が別のところに引っ越すって言ったからかも。
 ええ〜っ、そんなのヤよ。
 私は胸をどきどきさせながらシンジを盗み見たわ。

「さあ、食べてよ。腕によりをかけたんだから」

「う、うん…」

 躊躇いがちにお箸を伸ばす。
 私ってけだものなのかしら?
 迷っていたのはその時だけで、一口食べた瞬間からもう私はシンジの手料理の虜。
 私に出来る最大限の賛辞をシンジに贈ってあげたわ。

「まあまあじゃないの。不味くはなかったわよ」

 ど〜してこう素直に話せないんだろうっ。
 涙が出るくらい美味しかったのにぃっ。

「あ、そうなんだ。ありがとう」

 すっかり平らげてしまった私は…体型大丈夫だろうか…、
 このご馳走の意味を問いただすことにしたわ。
 だって、気になって気になって仕方がないもん。
 
「あ、あ、あ、あのさ、これって…も、もしかして、餞別?」

「へ?餞別って、アスカが引っ越すからってこと?あははははっ」

 シンジにしては珍しく高笑い。
 少し…いや、かなりむっと来た。

「馬鹿だなぁ、アスカは。引っ越すことを聞いたのはさっきじゃないか。
 それから買い物に行ってないんだから、こんな料理の準備ができるわけないだろ」

 あ、そっか。
 むっ、馬鹿って言ったな。
 馬鹿って言うもんが馬鹿なのよっ!この馬鹿シンジっ!
 自分のことは棚に置いておき、私はシンジの暴言を閻魔帳に書きとめるように記憶したわ。

「じゃ、なんでこんなご馳走なのよ」

 シンジはにっこり笑った。
 わぁっ、吸い込まれそう…。
 ラッキーっ!こんな笑顔を目の前で見られるなんて。

「アスカ、誕生日おめでとうっ!」

 げげっ!
 ど〜して知ってんのよ、ヒカリには口止めしといたのにっ。
 誕生日プレゼントを口実に、「アンタの家財道具一式全部いただくわよ」大作戦だったのに。
 
「夜にはみんな来るから、先にアスカにだけ食べて欲しいなってね。ははは…」

 真っ赤に染まった、柔らかそうなほっぺをポリポリかきながらシンジが言う。
 あ、そう、そうなんだ。
 みんな来るんだ。
 私の大作戦は……?



 作戦どころじゃなかった。
 さすがのシンジもパーティーの料理を一人で準備するのは無理だからって、応援要請がされていたみたい。
 2時ごろにはヒカリがやってきたの。
 その頃には私も放心状態から復帰できていたんだけど、
 やっとっこっそり私の部屋に連れ込んで、ヒカリに事情を説明できた時にはもう遅かったわ。
 ヒカリにだけは言っておいたらよかったって思ってももう後の祭り。
 シンジは料理に大忙しで私はぽつんとソファーで置いてけぼり。
 シンジと一緒になって料理をしているヒカリを見ていたらちょっとジェラシー。
 ま、ジャージマンとラブラブのヒカリだから彼女にはジェラシーはないんだけど…。
 もしも、シンジと…恋人になれたら一緒にお料理つくってみようかな…。

 私って案外人望があったのね。
 リツコたちやクラスメートたちがぽろぽろと登場。
 シンジに作戦を執行できるような環境はどこにもなかった。
 肩を落とす私にヒカリは慰めを一言。

「できるだけ早めにみんなを帰すから。
 12時までにがんばればいいんじゃないの。ほら、葛城さんはまだいないんだし、ねっ」

 私は内心泣きべそをかきながらただ頷くしかなかったわ。
 かと言って、私が落ち込んだ表情をみんなに見せるわけがない。
 何たって私の誕生日を祝ってくれてるんだから。
 しかもその段取りをしたのがシンジなんだから、ムッとした顔でいちゃいけないもん。
 最初は演技だったけど、やっぱりみんなの心が嬉しかった。
 それぞれ私の喜びそうなプレゼントを選んでくれていて、ホントに嬉しかった。
 ただし、シンジだけは何もくれない。
 みんなが帰ってから?
 それとも、私なんかどうでもいいってこと?
 違うよね。そうだったら、こんな立派なパーティーしてくんないもん。
 でもでも、これが餞別ってことだったら?
 鬱陶しい私とおさらばできる嬉しさでがんばってるのだったら?
 ああ、ダメダメ。
 窓の外が暗くなるにしたがって、私の心にも闇が侵入してきたみたい。
 6時前に始まったパーティーは8時にはお開き。
 約束通りヒカリがうまく取り計らってくれたみたい。
 後片付けも終わって、ヒカリは「がんばってね」と肩を叩いて帰っていった。
 鈴原と肩を並べて。
 いいなぁ、ピッタリ横に並んで。
 きっと、外に出たら手も繋ぐんでしょうね。
 私もシンジとあんな風になりたいよぉ。

「急に静かになったね」

 どきゅんっ。
 リビングに戻ってきた途端に、シンジの先制攻撃。

「そ、そ、そ、そうね。ぺ、ペンペンまでいなくなったもんね」

 そう。ペンペンはリツコが連れて行った。
 ヒカリにお願いされたみたい。
 にっこり微笑んで「邪魔者は私が処理しておくわ」って。
 心なしかペンペンの表情に危機感が見えていたみたいだけど、私の気のせいかしら?
 猫ってペンギンを食べないわよね。きっと、たぶん。
 
「でも、アスカとだったら大丈夫かな?」

 またシンジが頬をかきながら笑う。
 それって、私が煩いってこと?
 そんなことを言われたら落ち込んじゃうよ…。

「私、お風呂入ってくる」

「あ、用意してるよ。ちゃんと」

「アリガト」

 自分でも意外なほど素直に言葉が出た。
 きっと言い返す気力もなくなってきたってことよね。

 たぷんっ。じゃぁあ〜。
 頭まで湯船に潜らせると、余ったお湯が溢れ出る。
 息が苦しくなるまでそのまま。
 のぼせちゃ何にもならないから早々に上がって身を清める。
 こうなったら、神様でも仏様でも何でもお願いしちゃう。
 身体も髪も綺麗に洗って、お風呂場にひざまずく。
 手をしっかりと合わせて、目を閉じる。

「お願いします。全世界の、ううん全宇宙の神様……」

 そこで私は言葉に詰まった。
 よく考えたら、そんなの毎日してること。
 ここは私の一生がかかってるんだもん。
 いつもの神様じゃ役不足よ。
 やっぱりここはあの人たちに。

「ママ。それにシンジのママ。……それから、レイ。
 お願い。私の作戦を成功させて。シンジとこれからの人生を送りたいの」

 聞き届けてくれたかな?
 よし、神頼みはおしまい。
 あとは自分でがんばるしかない。
 いくわよっ!アスカっ。



 お風呂を出て、洗面所で髪を乾かす。
 いくら気が急いていても身なりはきちんとしないとね。
 私はミサトみたいながさつな女じゃないんだから…。ホントはね。
 よしっ、完璧っ!
 あ、ついでに歯も磨いちゃおっと。
 寝る前にもう一度磨いたらいいんだから。
 洗面台の鏡の自分を見つめる。
 すこし表情が硬い。
 ぱしんっ。
 頬を両手で叩く。
 自分に頷いて、鏡の自分に背を向けてサヨナラを言ったわ。
 もう二度とアンタの顔は見ないわよ。
 シンジと心が繋がっていない、アンタの顔はね。

 リビングに出ると、シンジはいなかった。
 カーテンが軽くはためいているから、ベランダにいるのかな?
 うわっ、寒っ。

「くっしゅん」

 アスカらしくないくしゃみだって前にシンジに言われた。
 何なのよ、それって。
 「へっくしょいっ!」とでもやればお気に召すわけ?
 私の可愛いくしゃみを聞きつけて、シンジがベランダから戻ってきたわ。
 
「ごめん、窓閉めといたらよかったね」

 しっかりと窓を閉めて、それからカーテンも閉める。
 何だかその毎日見ている仕草がどきどきする。
 ずっと二人で寝起きしている家なのに、それが強調されたような気がして。
 自意識過剰かな?

「くっしゅん」

 くしゃみの馬鹿。
 今は出るタイミングじゃないってば。

「湯冷めしちゃった?本当にごめん」

「しつこいわよ、何度も謝るなっているもいつも言ってんでしょ」

「ごめん」

「この馬鹿」

 ああ、どうしてこんなこと言っちゃうんだろ。
 あれ?でも、シンジったら笑ってる。
 自嘲した笑いじゃなくて、何だか嬉しそうに。
 
「何、笑ってんのよ」

「ごめん、何だか嬉しくて。アスカとこうしてるのが」

「ふん」

 ふん、じゃないでしょ、馬鹿アスカ。
 雰囲気を作らなきゃいけないのに。
 私は唇を噛み締めて、ソファーに座った。
 壁の時計はもう10時。
 シンジはまだ同じ場所に突っ立ったまま、ほっぺをぽりぽり。
 何だか今日はそんな格好をよく見るような気がするわね。
 顔はそっぽを向いたまま、目だけはシンジを追っかける。
 教室だったら後ろの席だから好きなだけ鑑賞できるんだけどな。
 二人っきりだから視線を感づかれるのはまずいもんね。
  
「あ、あ、あのさ、アスカ」

「はい?」

 声が裏返ってしまった。
 シンジを盗み見していたことがばれたのかと思って。

「た、誕生日のプレゼントなんだけどさ、ぼ、ぼ、ぼ、僕の料理じゃだ、だ、ダメかなっ?」

 はい?
 そっか、用意してなかったのか。
 でもって、今日のご馳走で我慢しろと。
 はいはい、いいわよそれで。

「いいんじゃないの?美味しかったし」

 私はさらに顔を背けた。
 だって、涙が出てきそうだから。
 何だかぶつぶつと聞こえない声でシンジが呟いているけど、私の心は遠く北極点。
 冷たく凍りつかされてしまったようだわ。
 酷いよ、シンジ。
 こんな仕打ち。

「アスカ?」

「勝手にすればいいでしょっ。何よ、用意してなかったからって、いい加減なものを」

「い、い、いい加減!そんなっ」

「だって、そうじゃない。いくら美味しくても今日食べたら消えてしまう…」

 ちらりとシンジを見る。
 あれ?
 どうしてそんな顔を?
 泣き出しそうな顔…。

「シンジ?」

「だ、だから、言ってるじゃないかっ!
 明日も明後日もずっと美味しいものを作るからって…」

 ほへ?
 ちょっと、北極点の私の心、帰ってきなさいよ。
 何だか様子が違うわよ、これ?
 
「し、し、シンジ?ど、どういうこと?」

 真っ向からシンジを見る。
 私の心は希望と絶望との間を高速で行ったり来たりしていた。
 シンジは…きゃっ、まずいわ。
 ダークモードに入りかけてんじゃない。
 目が虚ろになって手はにぎにぎしてるし。
 やばいっ!
 あの頃のシンジに戻っちゃいそうっ!

「ちょっと、シンジったらっ!」

「酷いよ、アスカっ!
 ここで、断るんならどうしてずっと一緒に暮らしてきたんだよっ!
 アスカが僕のこと嫌いじゃないって思ってたから…。
 でも、僕には自信なんかないし。
 みんなが褒めてくれるのは料理くらいだし。
 アスカだって料理には何の文句も言わないから…。
 美味しい料理を食べてもらえるように一生懸命勉強してきたのにっ。
 はっきり言えない僕も悪いけど、
 最近は僕の言うこと聞いてくれないし。
 挙句の果てに、僕の誘いは断って自分だけ寮には行かないって言うし」

 ど、ど、ど、どういうこと?
 床に向って叫ぶように喋り続けるシンジの言葉を私は必死に解析する。
 僕の誘いって何よ。
 まさか、前に言ってた高校を卒業したら寮を出てってヤツぅ?
 あんなんじゃ誘いになってないじゃない。
 で、でも、これって、これって…!

「ちょっと待って、シンジ!」

「僕なんて、僕なんてっ。
 アスカにはいらないんだ。
 アスカは綺麗で頭がよくてスタイルもよくて、僕なんかには高嶺の花なんだけど…」

「待ってって言ってんじゃないっ!」

「僕にはアスカしかないんだっ!」

 うわっ!
 待ってくれなくてよかった。
 言ってくれたじゃない、馬鹿シンジ…。
 こうなりゃ、止める手段はただ一つ。

「好きなんだよっ、僕は…わっ!」

 どすんっ!
 私はシンジの足を引っ掛けて床に転がした。
 勢い良くしりもちをついたシンジはそのままバランスを崩して仰向けになる。

「な、何するんだよっ!」

 私は仁王立ちして、そして腕組みをした。
 ああ…演出効果に海の風が欲しい。
 衣装も黄色いワンピースといきたいところだけど、あいにく今日は私の誕生日。
 いくら暖かい部屋でも冬にワンピースはいただけないわ。
 
「何するんだですってぇ?」

 私はニヤリと笑ったわ。
 ふふふ、シンジもダークモードから帰ってきたみたい。
 目を丸くして私を見上げてる。
 さてと、仕上げと行きましょうか。
 もう、アンタは死ぬまで…ううん、死んでも私のものよ。

「いただきますっ!」

 かちん、ぶちゅうっ!
 いたたたたっ。
 勢い余って、歯を正面衝突させちゃったじゃない。
 口を開けていたシンジが悪い。
 あとでその件についてはじっくりと懲罰してやるとして、今はじっくりとシンジの唇を楽しんでやるわ。
 目を瞑っているからわかんないけど、きっとシンジも天国に向っているはず。
 私と一緒にね。





「ええっ、そうだったの?
 はっきり言ってくんなきゃわかんないじゃない」

 ソファーに並んで座って、私はシンジの肩に頭をのっけてる。
 もちろん、手はしっかりと握り締めてね。

「それはアスカだってそうじゃないか。
 はっきりと言ってくれたら僕だって」

 シンジの声はもう柔らかい。
 もう二度とダークモードには突入させてやるもんか。

「ふふ、まあいいわ。もうどうでも」

「うん」

「ああ、人生最高の誕生日だわ」

 その言葉に嘘偽りは一欠けらもない。

「あ、じゃ誕生日プレゼントは受け取ってもらえるんだね」

「当たり前じゃない。これから毎日いただくわよ」

「はは。がんばるね」

「あ、でもでも、私も一緒にお料理したいな」

「えっ!アスカがっ!」

 むかっ。
 幸せだけど、腹は立つ。
 私はにっこり笑いながら、シンジの掌を抓ってやったわ。

「痛いっ!」

 反射的に手を引っ込めようとしたシンジだったけど、絶対に離してなんかやるもんか。

「私の腕前を知らないわね。こう見えても結構上手いんだから」

「へぇ、そうなんだ。じゃ、これまでは猫被ってたんだね」

 猫…。

「ごろにゃん」

 シンジの膝にごろんと転がる。
 ああ、嬉しいっ。
 こんなこともしてもいいんだ。
 ずっと妄想していたことが実際にできるとなると…。
 一気に実現させるのはもったいないわよねぇ。
 ぐふふ、毎日が楽しみっ。
 そうだっ!

「ねぇ、シンジ」

「な、な、何?」

「今のリアクションは何?」

 思い切り動揺しているシンジに私は低音で突っ込みをいれてやった。
 だって、私の問いかけにすっごくびっくりしてんだもん。

「だ、だって、アスカの声が変だったから…痛いっ!」

 ふふん、手の甲の歯形。
 当分消えはしないわよ。ふんっ!
 
「痛いなぁ…」

 手の甲にふぅ〜と息を吹きかけるシンジ。
 その手を私は強引に引き取って、優しくなでなでしてあげた。

「どう?もう痛くないでしょ」

「もう…アスカがしたんじゃないか。わわわっ」

 慌てて引っ込めようとする手を離したりなんかしない。
 まったくもう、面白いわね。
 噛んだ痕をぺろっと舐めたくらいで、過剰反応するんじゃないわよ。
 あ、そうだった。
 シンジに罰を与えるつもりだったのに。

「ねぇ、シンジぃ」

 さっきよりも甘さを150%増量してやったわ。
 
「な、何?」

 気に入らないわね。
 まだぎくしゃくしてるわ。
 もっと教育の必要があるわね。
 じっくりと毎日教育してやる。
 まずは今日はあの閻魔帳のひとつを解消してあげましょうか。

「あのね、私プレゼントがほしいなぁ」

「え?ぷ、プレゼント?」

「うん。誕生日プレゼント。してほしいものがあるの」

「し、し、してほしいって、えっと…」

 ソファーに私の頭で膝を押さえ込んでいるから逃げられやしない。
 逃げ腰なのは雰囲気でわかるわ。
 ふふん、逃がしやしないわよ。

「あのね、ミサトにしたのに私にしてないことをして欲しいなぁって」

 多分、、私の目はギロリと光っていたはず。
 
「え、えっ、そ、そんな。えっと、それって、いや、あの」

 この慌て方。
 身に覚えがたっぷりあるようね。
 
「私たち、もう恋人同士よね」

「う、うん」

「じゃ、してよ」

 私は唇を突き出した。

「や、やっぱりそれ?」

「と〜ぜんっ!大人のキス、ぷりぃ〜ず」

「あ、え、そ、それは、ほ、ほら、ま、まだ僕たちは子供だから」

「リニアは大人料金じゃない」

「で、でも」

「誕生日なんだからぁ、ねぇ〜早くぅ」

 後頭部で膝をぐりぐりする。

「あ、ごめん。ほら、アスカ、もう12時過ぎちゃってるよ。もう5日になっちゃった。残念だなぁ」

 ちっとも残念そうじゃない口調でシンジが言う。
 もう!ホントに切り替えの苦手なヤツね。
 恋人同士になったのにど〜して恥ずかしがるのよ。

「ダメ。12月5日はヴェルナー・ハイゼンベルクの誕生日だからプレゼントをよこしなさい」

「はぁ?」

 またもや目を丸くするシンジ。
 
「アンタ馬鹿ぁ?だからハイゼンベルクの誕生日プレゼントを私によこせって言ってんでしょうが」

「そ、そんな人、僕しらないよ」

「ホントにものを知らないわね。ハイゼンベルクはドイツの有名な理論物理学者よ。ノーベル物理学賞もとってんだから」

「えっと、そのはいぜんべるくって人ってアスカに関係あるの?」

「ないわっ!」

 私はきっぱりと言い切った。
 あるわけないじゃない。
 ま、関係あるっていえば、お互い天才ってことくらいかな?

「じゃ、どうして」

「うっさいわね。さっさとしないと離婚するわよ」
 
「わっ!」
 
 シンジの反応は素早かったわ。
 こ、これが大人のキス?
 す、凄い!凄すぎる!
 ………。
 12月6日って誰か有名人産まれてたっけ?
 



おわり


 

<あとがき>

 おちゃらけして申し訳ありません。文学性の欠片もござんせん。
 久しぶりにへっぽこアスカを書いてみたかったので。
 ともかくお誕生日おめでとうございました。
 一日遅れですみません。

 

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