灰色の空。瓦礫の山。そして、赤い海。

 包帯されているので、左眼が見えない。

 仰向けになったままで、身体のあちこちが痛くて、動けない。

 それに変な服。真っ赤な、身体にぴったりくっついた…まるでSF映画みたいな奇妙な服を私は着ている。

 その私の横に、並んで仰向けになっている白い服の少年。

 やがてその少年は起き上がり私の上に馬乗りになった。

 そして、泣きながら私の首を締めるのだ。

 そこにあるのは怒りとか憎しみではなく、哀しみだけが少年の心を支配している。

 そして、私の心も哀しみでいっぱいだった。

 気が遠くなりながらも、私は動く方の手で黒い瞳の少年の頬を撫でた。

 すると、少年は首を締めていた力を緩めて…そしてまた私の隣に横たわって力なく泣き始めるのだった。

 別に良かったのに…。あなたに殺されるのなら…私は構わない。

 そう思いながらも…喉には少年の指の感触が強く残って、吐き気がした。

 

 

 

 

 

 3000HIT記念SS

THE MAN OF MY DREAMS


ジュン      2003.01.17

 

 

 

 

 

 

 

 

「キモチワルイ…」

 

 

 

 また、あの夢だ。

 目を覚ました私は首筋をさすった。

 まだ感触が残っているような気がする。

 

 私は惣流・アスカ・ラングレー。

 ドイツのフランクフルトに住んでいる中学生。

 惣流という姓でわかるように、日本人の血が混じっているの。

 ママの実家が日本で、私も日本語の読み書きが出来る。

 あ、念のために言っておくけど、日本語だけじゃなくて英語とフランス語も大丈夫よ。

 成績は優秀だから、飛び級をうけないかともいわれているの。

 まあ、容姿も自分で言うのもなんだけど、悪い方じゃない。

 いいと言いきれないのは、

 やっぱり日本人の血なのか、周りのクラスメートに比べると少し発育不良に見えちゃうのよね。

 顔の作りもこじんまりとしてるし、胸だって…。

 でも、日本に行けば充分ナイスバディの美少女で通るのは知ってるんだ。

 あ〜あ、日本に留学でもしてみようかな…。

 

 そういえば…。

 夢の中の男の子…。

 瞳が黒くて…日本人…みたいな感じだったような…。

 私は一生懸命男の子の顔を思い出そうとした。

 でも、はっきりしない。毎晩のように見ているのに、輪郭がぼやけてしまって…。

 ただ、哀しそうな黒い瞳だけが、私の脳裏に刻まれている。

 

 

 私がこの夢を見るようになったのは、13歳の夏から。

 最初は悪夢だと思った。

 そりゃそうよね、わけのわかんない場所で見ず知らずの男の子に首締められるんだから。

 その夢を毎晩見るようになって、カウンセラーに相談しようかとも思った。

 でも、そのうちに悪夢と思えなくなってきたの。

 自分でも不思議に思ったわ。こんな夢が悪夢じゃないように思うなんて。

 それどころか、あの男の子をもっと知りたい。触れたい。そう思うようになっちゃったの。

 だから、夢の中で私は精一杯男の子の頬に手を伸ばすんだけど、

 思うように腕が動かなくて、軽く撫でるのが精一杯。

 彼の頬をもっと撫でたい。優しく、暖かく、包むように。

 あの哀しい瞳が安らぐように、撫でてあげたい。

 これって、夢の中の男の子に恋をしてるってことなのかな。

 ママに話してみたけど、思春期の女の子はね…なんて笑うだけだし。

 パパなんて、フロイトがどうのこうのって難しい話をまくし立てた挙句、そんな男は許せん!なんて怒鳴るのよ。

 どうなんだろ、自分でもよくわからないわ。

 ただ、あの夢を見なかった朝の方が目覚めが悪くなったのだけは事実。

 私の首を締める、乱暴な…そして、哀しい黒い瞳のあなた。

 あなたは一体どこの誰なの?

 

 

 

 

 

 

 

 中学2年のサマーバカンス。

 私は日本のグランパに誘われて日本に行くことにした。

 キャンプの準備をしていたパパには悪かったけど、日本に行ってみたかったの。

 ママの方は久しぶりの新婚気分よ、って喜んでいたわ。

 あの夢を見始めて、もう1年。

 日本に行ってもどうにもならないでしょうけど、でも行かなきゃいけないって強迫観念が私を支配していたわ。

 箱根って場所で別荘を借りるんだって。

 地図で調べたら、富士山の近くで温泉で有名な場所みたい。

 ふふ、5年ぶりの日本。楽しみだわ。

 

 

 

 

 

 グランパはマウンテンバイクを買ってくれていた。

 遊び相手がいなくてアスカには悪かったかな、とグランパとグランマは申し訳なさそうにしてたけど、

 私はベタベタした付き合いって嫌いな方だから、別に一人でいることは気にならなかった。

 グランパと散歩したり、グランマと東京へ買い物に行ったり、一人でサイクリングを楽しんだり…。

 結構楽しい毎日だったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、この日がやってきた。

 夏の陽射しが少し柔らかに感じる、そんな8月の末。

 明日はいよいよ日本を離れるという、その日の朝。

 私はグランマに作ってもらったお弁当をデイバッグに入れて、マウンテンバイクで湖を目指したの。

 何処に行ってみようかなって、夕べ地図を見ていたんだけど、この湖の名前が目について離れなかったの。

 芦ノ湖。ここを一周してみたい。

 そうしなければならない。

 私はわけのわからない焦りを覚えていた。

 一周は大体20kmくらいね。

 遊覧船に乗ったり車でスカイラインを回ったことはあるけど、自転車で走るのは初めて。

 心配そうな二人に手を振って、私はペダルを漕ぎ出した。

 

 

 

 結局、日本に来ても何も起こらなかった。

 まあ、当り前でしょうね。

 やっぱり、夢は夢か。

 日本に来たからって、何がどうなるわけでもないわね。

 私は甘い期待をしていた自分を自嘲しながら、ペダルを一生懸命に漕いだ。

 自分でもこんなにむきになって漕がなくてもと思ってはいるんだけど、性分ってことよね。

 何でも全力で向かっていってしまうのよ。

 おかげでお昼を食べる予定の場所にかなり早く到着した。

 少しお弁当には早いから、私は湖畔に横たわった。

 

 

 仰向けになって入道雲が広がる空を見上げる。

 灰色の空じゃない。

 青い空だ。

 湖も澄んだ色をしている。

 赤くない。

 そうだ…どうしてあれが海だって思ったんだろう。

 湖だっておかしくはないじゃないの。

 そうよ…あれは湖だったのよ。

 場所も…ここなんだ。この場所が、あの夢の場所なんだ。

 何の証拠もなしに、私は実感した。

 そして、あの夢と同じように、私は動けなかった。

 あの夢はきっと予知夢だったのよ。

 仰向けになって青い空と流れる雲を見つめたまま、私は…彼を待った。

 来る。きっと、あの男の子が来る。

 私の首を締めに…?

 そうなのかもしれない。

 そういう星の下に生まれたのが私だった。

 そういうことなの?

 わからない。全然、わからない。

 これからどうなるのかまったくわからなかったけど、不思議と不安ではなかった。

 夢の通りに首を締められて…、私はこの異国の地で死ぬんだろうか…?

 いい。それでもいいから、早く彼に会いたい。

 お願い。神様、彼に会わせて下さい。

 

 

 

 湖を渡ってきた風が私の頬を撫でた。

 そして、何かが陽射しを遮ぎった。

 誰かが立っている。

 私からは逆光になっていて、影にしか見えない。

 ただ、その影は手を握ったり開いたりしている。 

 ああ…あの手だ。あの懐かしい手…。

 そうだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が灼熱の地獄へと沈んでいこうとした時に、私を助けてくれた、あの手だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何、今のは…。

 灼熱の地獄って、いったい…。

 一瞬、私の脳裏を走りぬけたイメージは…。

 まるでわからない。

 ただわかっていたのは、そこに立っているのは私が探していた人だということ。

 それだけだった。

 

 

「きみ…なんだね…?」

「あなた、なのね…?」

 

 

 ほとんど、同時に二人は言葉を発した。

 そして、お互いの返事を聞かずに、二人は了解した。

 

 

 仰向けに寝ている私の隣に彼が座る。

 二人とも無言だった。

 あの夢のように、ここには二人しかいない。

 ただ、彼の服は開襟シャツにジーパンで、あの奇妙な白い服じゃない。

 それに、空は青く、湖水は澄み、山は緑に溢れている。

 しばらくして、私は首を横に向けて、やっと彼の顔を見ることが出来た。

 夢の中みたいに身体が思うように動かなかったの。

 彼も私の方を見ていた。

 

 ああ、あの瞳だ。

 黒く澄んだ、哀しげな瞳。

 その瞳を見た途端、物凄い量のイメージが洪水のように押し寄せてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これって…何?いったい何なの…?

 私の意識下で爆発したイメージの奔流はとんでもない内容だった。

 時間にしてほんの2〜3秒だったけど、その短い時間に私は長い悲惨な物語を見させられた。

 唖然とした私の横で、黒い瞳の彼もびっくりしている。

 おそらく彼も同じものを見たのだろう。

 私は上体を起こして、彼を真っ直ぐ見た。

 夢でははっきりわからなかった、彼の顔。

 少し頼りなげだけど、優しそうで…。

 そう、この顔、この表情…。

 

 

「あなたが…シンジ」

「君はアスカ…」

 

 

 互いの名前を呼んで…、そして見つめあった。

 彼の唇が少し開いた。

 でも、言葉は出てこなかった。

 私も何か喋ろうとしたけど、言葉にはならなかった。きっと彼もそうだったんだろう。

 何を話しても、さっきのイメージの前ではかえって空々しく感じてしまう。

 あれは事実。

 私の住むこの世界の出来事ではないけれど。

 間違いなく、実際に起こったこと。

 私にそっくりなアスカと、彼にそっくりなシンジがそこに、その世界にいたんだ。

 そして、彼が最初に発した言葉はこの場の雰囲気とはかけ離れていたの。

 

「僕って、なんか凄く情けないヤツだったんだね。ごめんね、僕がしっかりしていれば良かったんだ」

 

 それが本当に情けなさそうな表情だったから、私は吹き出してしまった。

 

「ううん。私だって、あんなに乱暴で、口が悪くて、素直じゃなかった。私は…」

 

 私は自分の胸に手を置いて、

 

「この私はもっと素直よ」

「そうなんだ」

「そうよ。だって、今私が一番したいことわかる?」

「え?何だろ」

「貴方の頬を触らせて。お願い」

 

 彼は一瞬びっくりして、そして頬を赤らめて言った。

 

「うん、いいよ。僕も触って欲しい。夢の中の君の手の感触がいつまでも消えないんだ」

「私も…そうよ」

 

 私は傍らに座る彼の頬に手を伸ばした。

 まだ髭の予感もしないなめらかな頬。

 柔らかく、暖かく、何よりもこれは夢じゃない。

 どんなに時間がたっても、彼は消えない。

 そして彼の瞳が哀しみを宿さず、優しさと慈しみを見せているのが嬉しくてたまらなかったわ。

 

「この手。夢の中の彼女と一緒だ。僕はこの手にいつも感謝してたんだ」

「どうして?」

「夢の中で、もしこの手に頬を撫でられなかったら…、あのまま彼女の首を締め続けていたと思う。

 僕にとっては見ず知らずの女の子を毎日殺す寸前まで苦しめるんだから…」

 

 彼は私の手の甲に軽く手を添えて言葉を続けた。

 

「だから、僕はこの手に感謝した。

 ほんの短い時間だけど、この手に撫でてもらいたくて、だんだん夢が楽しみになってきたんだ

 僕って変だろ?」

 

 微笑む彼に私も微笑み返した。

 

「私だって、夢の中で貴方に会うのが楽しみだった。但し夢の中の貴方は瞳しかはっきりしなかったけどね」

「そうだったんだ」

 

 

 

 それから、二人は湖畔に並んで座り、夕方まで時間を過ごした。

 グランマのお弁当を二人で分けて、まるでずっと一緒にいた者のように語り合ったの。

 話すことはたくさんあった。

 何処に住んでいるか、家族は、学校は。そして、交際している相手は…もちろん二人ともいなかった。

 問題は、これからのこと。

 私は彼の通う中学校に編入する気でいる。

 東京の私立中学に通っているらしいから、グランパの所から通うことは可能ね。

 国籍の問題とか、あのパパをどう説得するかとか、いろいろ問題はあるけどね。

 私は彼と別れてドイツに戻る気はさらさらなかったの。

 だって、やっと会えたんだもの。

 彼はドイツに留学してもいいって言ったけど、ドイツ語が全く喋れないから論外よね。

 私の方なら日本語も英語も大丈夫だし、孫が可愛いグランパとグランマが何とかしてくれると思う。

 さて、明日が帰国予定だったんだから、今晩は忙しくなるわ。

 このまま彼を別荘に連れて行って紹介しなきゃね。

 いきなりフィアンセだなんて言わない方がいいかも。

 グランパの心臓が不安だから。

 それから、彼の別荘にお邪魔して、ご両親に挨拶するの。

 彼はお父さんの反応が楽しみだって、大笑いするのよ。

 そんなに変な人なのかしら?まあ、あのイメージの通りの人なら、そうかもね。

 

 しばらくして、これからの行動を決めて、私の別荘に向かおうとしたとき。

 湖の向うの山に沈んでいく真っ赤な夕日が、湖面を赤く染めているのに気付いたの。

 話に夢中になって、そして互いの顔から目を逸らしてなかったから、夕焼けに気をとめていなかった。

 私は立ち上がって、湖面を見つめた。

 あの世界の人たちが溶け込んだ赤い海。

 私たちの世界は違う。

 そして、私と彼は並んで湖に向かって立った。

 互いの手を握りしめながら。

 

「赤い海…」

「だね」

「私たち…あの世界の二人はどうなったんだろ?」

「わからないよ。ただね、ひとつだけわかってることがある」

「何?」

「あの世界の二人が、僕たちを会わせてくれた。そうだろ?」

「うん、きっとそうね」

 

 私はきらきらと水面を光らせている、赤い海を見つめた。

 

 

「ありがとう、アスカ。シンジに会わせてくれて」

 

 彼が私の手を強く握り直し、私の言葉に続いたわ。

 

「僕も同じだよ。ありがとう、シンジ。僕はきっと強くなって、アスカを幸せにするよ」

 

 私は彼の肩に頭を預けて、一筋の涙を流したの。

 あの世界の二人のために…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜から、二人ともあの夢を二度と見ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜これから出逢うはずの恋人たちに捧げる〜

 

− THE END −

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Special Thanks to “テツ様”


<あとがき>

 どうも、ジュンです。

 3000HIT、ありがとうございます!

 公約していた『惑星LAS建国記』がズルズル伸びています。

 不完全な作品をお目にかけるのは不本意ですので、バレンタインに併せてこの作品を書き下ろしました。

 まるで大林宣彦監督作品のような献辞を最後につけてしまいましたが、アスカとシンジ、他のキャラの皆さん、そしてお読みいただいている方々への私のささやかな祈りです。

 この作品のアスカとシンジは転生したのではないという解釈です。いわゆるデジャブ(既視感)みたいなものだと思ってください。この作品世界的には、まだ出逢っていない二人のために、EOEの二人の魂がこの世界に飛び込んできたという設定です。まあ、ずいぶんとお節介な話ですが、ここでは交わることがなさそうな二人ですから、思わず手を出してしまったんでしょうね。誰がって?そりゃあ、アスカが言い出したに決まってますよ。

2003.01.22    ジュン

2003.01.23  誤字脱字訂正 一部色文字化

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