33333HITしていただいたhammerさまのリクエストです。

お題は…。

「アスカとシンジが初対面」「コミック版第4巻がベース」「シンジが来日してくる」というお題を頂きました。

ということで、天邪鬼の権化・ジュンが贈ります。33333HIT記念SSは…。とりあえず、前編です。

 

 

 


 

 

 

 アスカはヒカリと昼下がりのショッピングを楽しんでいた。
 日本に来て、もう半年。
 14歳の誕生日もつい最近に迎えたばかりだ。
 使徒も3体倒した。
 自信がみなぎるその笑顔は眩しいばかり。
 最初は人形みたいだと対応に困っていた、ファーストチルドレン・綾波レイにも普通に喋りかけている。
 返ってくるのはぽつりぽつりとした言葉ではあるが。
 ただ、今アスカは気にかけていることがある。
 もちろん表面には出していないが、内心では気になって仕方がない。
 それはサードチルドレンの存在だ。
 碇シンジ。あの碇ゲンドウ司令の一人息子である。
 4体目の使徒は彼が倒したという。
 その映像は極秘だということでアスカは見ることができなかったのだが、
 アメリカから輸送中の初号機を第六使徒が襲撃したのだ。
 それを輸送船団に乗船中の彼が倒した。
 いきおいアスカの連勝記録は途絶えてしまったわけだ。
 
 まあ、さ、連勝記録はどうでもいいんだけど…。
 これからやってくる使徒のことを考えたら、私並とはいかないまでもそれなりの実力を持っていてくれたら助かるんだけどね。
 でも、どんなヤツだろ…?
 エースパイロットの私としては気になるわよね、やっぱり。
 でも…カッコいいかな?
 そりゃあ、男子なんだから、変なヤツより、少しはカッコいい方がいいわよね。

 やっぱり14歳の少女である。
 その心は複雑であった。
 エヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジ。
 まだ、アスカとは遭遇していない。

 

 


33333HIT記念リクエストSS

 

シンジ、来日!

前編

 

ジュン

 

 


「ねえ、アスカ。ちゃんと最後にはスーパーに寄ってよ」 
 
「大丈夫だって。そんなに、私って信用ない?」

「だって、この前も…」

「あの時は、気に入ったのがなかったからじゃない。今日は大丈夫よ。昨日見かけた黄色のワンピで決定済みだから」

「だったらいいんだけど」

「大丈夫、大丈夫。それよりさ、ゲーセンでも寄ってく?」

「ほら、また。それが遅くなる原因じゃない。まず、そのワンピースを買いに行きましょうよ」

「はいはい。じゃ、行きますか」

 洞木家の主婦であるヒカリにとっては、晩御飯の準備というものは何よりも優先するのだ。
 それにひきかえ、ホテル住まいのアスカは気ままなものである。
 そんなアスカに振り回されても、それほど不愉快ではない。
 ヒカリにとってはアスカは手のかかる妹のようなものなのかもしれない。
 
「アスカ。晩御飯、たべていく?」

「う〜ん、今日はやめとく。ヒカリの料理を食べられないのは残念だけどね。いつ、召集があるかわかんないから」

「この前言ってた、アメリカ帰りの男の子?」

「そうそう、そろそろお披露目がありそうだと思うのよ」

「はは〜ん、そういうことか」

「何よ、それ」

 含み笑いをしながら横目で見ているヒカリに、アスカはそっぽを向いた。

 ばれてる…。
 もし、カッコいい男の子だったら、やっぱり第一印象が肝心だもんね。
 ま、私に敵う女の子なんていないし。
 でも、レイの方が好みって場合もあるわよね。
 おしとやか、か…。いや、レイの場合はそうじゃなくて、物静か、よね。
 司令の息子でしょ。毛並みはいいわけよね。
 ただ、あの司令がそのまま若くなったんだったら、私パス。
 加持さんみたいな感じだったらいいのにな。

 憧れの加持のような男の子であればいいのにとアスカは思っていた。
 そうすれば、絶対にいいパートナーになって、使徒に対して連戦連勝。
 そして……。
 そんな先まで夢想しているアスカだった。

 

 目的のワンピースを購入し、スーパーに向かう途中、案の定アスカが脱線した。
 ゲーセンのUFOキャッチャーが目に入ったのだ。

「仕方ないわね。少しだけよ」

 時計を気にしながら、ヒカリが言った。
 本当にアスカは子供なんだから。
 さっきのワンピースだって、着て帰るって言い出すし。
 制服が押し込まれた紙袋を横に置いて、アスカは獲物を追う狩人のような眼差しをガラスケースに向けている。
 いい彼氏でもできたら、少しは変わるかな?
 そう感じながらも、学校の下足箱のラブレターの山を踏みつけて火あぶりにしている親友の姿を思い出して頭を振った。
 アスカって、こんなにもてるのに、どうして誰とも付き合わないんだろうか?
 運命の人と出会うを待ってるの?
 夢中になってレバーを操作しているアスカの後姿を見ながら、ヒカリは思う。
 もしアスカに恋人ができるなら、包容力のある人じゃないとダメよね。
 アスカって糸の切れた凧だから…。

「ああっ!また、落ちたっ!」

「もう、やめなさいよ。お金の無駄よ」

「だってぇ!」

「アスカ、本当にこれ欲しいの?」

 ヒカリはガラスケースの中に散らばっている、わけのわからないぬいぐるみを目顔で示した。
 
「欲しくないわよ!」

 そう叫びながら、ガラスケースを睨みつつボタンを押すアスカ。

「じゃあ、どうしてするの?」

「取れそうだったんだもん!」

「だったら、取れなかったんだから、もうやめなさいよ」

「取れないのって、口惜しいじゃない!あ、あああっ!くそっ!もう1回!」

「もう、やめておきなさいって!」

「ああ〜んっ!また、落ちた!」

 ヒカリはため息をついた。
 これが、アスカの欠点。
 熱くなる。くだらないことでも、熱中してしまう。
 目的を定めたら、どこまでもそれを達成するまで努力を惜しまない。
 目的がもっと高尚なことならいいんだけど。
 そうは思いながらも、
 ある時は世界の平和のために命をかけて戦っている親友の横顔につい微笑んでしまうのであった。

「もう1回、行っくわよぉっ!」

 優しく首を振ったヒカリはふと店の中を見た。
 派手な音楽が鳴っている場所に人が集まってる。
 ああ、ダンス何とかってアレね。
 よっぽど凄い人が踊ってるのかな…。
 人の間から見える姿は、同世代の少年に見える。
 次々と100円玉を投下するアスカを見捨てて、ヒカリは人だかりの方に歩み寄った。
 やっぱり中学生みたいに見える。
 少年はアップテンポの音楽にのって、華麗に踊っている。
 すこしやせぎみだが、踊りながらも微笑を絶やさない。
 まわりのギャラリーはほとんどが女の子で、うっとりした顔つきでその動きを見つめている。
 自分がその一人だということに気付いて、ヒカリは慌ててその場を離れた。
 まあカッコいいとは思うけど、私にはあの人の方が…。
 アスカにからかわれている元となっている少年のことを思い浮かべて、ヒカリは頬が熱くなるのを覚えていた。
 いつかは告白しなきゃと思いながら。
 

 アスカは口をへの字に結びながら、ガラスケースを睨んでいた。
 
「アスカ、終わった?」

「終わってない…!」

「取れなかったの?じゃ、行こ」

「いやだ」

「でも、もうお金ないんでしょ」

 未だに欲しくもないぬいぐるみを睨みつけている親友にあきれながらも、ヒカリは決定的なことを言ったつもりだった。
 しかし、諦めの悪いアスカにはそれは問題ではなかった。

「お金貸して」

「いやよ」

「貸してよ」

「欲しくないんでしょ、あのぬいぐるみ。だったら、そこまでしてすることないと思うわ」

「負けるのヤだ」

 もう、この娘ったら…。
 負けず嫌いにもほどがあるわ。
 こうなったら無理矢理引き摺っていくしかないと、ヒカリが決心を固めたその時だった。

「どうしたの?あ、これが欲しいの?」

 男の子の声がヒカリの背後からした。
 振り向くとさっきの少年である。
 にこやかに微笑みながら、ヒカリのすぐ後ろに立っている。
 アスカは振り返った。
 そして、訝しげに少年を見つめた。

「任せといて」

 そう爽やかに言うと、彼は100円玉を入れた。
 アスカが何か言おうとしたが、彼はそのままボタンを操作し、あっさりとぬいぐるみをゲットした。
 
「はい、どうぞ」

 アスカは彼から差し出されたぬいぐるみを両手で受け取った。
 そして、じっと少年の顔を見つめている。
 その少年の方は屈託のない笑顔のままだ。
 ヒカリはアスカの対応に驚いていた。
 礼も言わずに、男の子を見つめているなんて…。
 まさか、ひとめぼれ…?

「アンタ、馬鹿ァ?」

 アスカの低い声が響いた。

「はい?」

 予想外の返事に戸惑う少年の胸に、ぬいぐるみが叩きつけられた。
 
「げほっ!」

「私はこんなぬいぐるみが欲しくて、していたんじゃないわ!
 自分の手で取りたかったからよ!馬鹿にするんじゃないわよっ!」

 ああ…、やっぱりいつものアスカだ。
 ヒカリはため息をついた。

「わ、わかったよ。ごめんね。じゃ…」

「アンタ、100円出しなさいよ」

「アスカ!」

「取れそうなの、アンタが取ってしまったんだからね。責任取ってよね」

 また、始まった。
 ヒカリはアスカの腕を掴んだ。
 本心でお金をせびってるんじゃない。
 彼女の喧嘩のパターンなのだ。
 でも、こんな場所でこんなこと言ったら、恐喝にしか見えないじゃない。

「行くわよ、アスカ」

「うん」

 ね、あっさりと頷いたでしょ。
 本当に素直じゃないんだから。

「あ、いいよ。100円出すよ」

「えっ?」

 少年はポケットを探った。
 アスカの期待した方向に少年は進まなかった。

「あ、でもお金全部使っちゃったなぁ」

「じゃ、いいわよ」

「でも、いいもの持ってるから」

 少年はニッコリ笑って、ポケットからカードを出した。
 ネルフのIDカード。
 同じものを持っているアスカはそれを見逃さなかった。

「アンタ、それネルフの」

「あ、うん。そうだよ。これならどこでも使えるからね」

 カウンターの方に向かおうとするその背中に、アスカは問い掛けた。

「アンタ、名前は?」

「え、えっと……シンジ。シンジだよ」

「ふ〜ん、そうなんだ。私はアスカ。惣流・アスカ・ラングレーよ」

 腕組みをした姿勢で、アスカはさりげなく言った。

「へぇ、名前教えてくれるんだ。ありがとう」

 振り返って微笑みかけた少年の顔は、アスカの厳しい眼差しに少し引き攣った。

「あ、あの…」

「アンタ、こっちがフルネームで自己紹介してんだから、そっちも名乗りなさいよ」

「だ、だから、シンジ、だよ」

「何シンジなのよ?」

「あ、イカリって言うんだ…」

「そう?私、漢字よくしらないんだ。どんな字なの?教えなさいよ」

「え、えっと…」

「わかんないんでしょ。アンタ、そのカードどこで盗んだのよ」

「えっ!」

「アスカ、何言い出すのよ」

「あのね、こんなとこでカード使えるんなら、私がとっくの昔に使ってるわよ」

 ヒカリは納得した。
 その通りである。
 そんなことができるのなら、アスカだったらUFOキャッチャーをオールクリアーできるまでやりかねない。
 そして、ゲットしたぬいぐるみをその場に放置して、満足げに去っていくだろう。

「あ、あの、そんな…」

「ほら御覧なさいよ!」

 アスカは自分のカードを突きつけた。

「私も同じの持ってんの!
 しかも、アンタ、私の名前を聞いても何の反応もしなかったじゃない」

 同じエヴァのパイロットで、アスカの名前を聞いて反応しないのは確かにおかしい。

「え、そ、それは初対面だし」

「問答無用!どこで盗んだのよ!」

 少年は逃げ出そうとした。
 それをアスカが見逃すわけがない。
 見事な足払いで、少年は床に転がった。
 その手から飛んだカードを拾い上げたアスカは、しげしげとカードの写真を眺めた。
 
「ちょっとは似てるけど、全然違うわね」

「そ、そんなに使ってないよ。見逃してよ。道路に落ちてたんだ」

「落ちてたら、警察に届けるのが普通じゃないの?それに見逃すかどうかは私が決めることじゃないわ」

「え…」

 少年はアスカの視線を追った。
 そこには黒い服を着た男が二人歩み寄ってきていた。
 はいつくばって逃げ出そうとした少年に、アスカは冷たく言い放つ。

「逃げない方がいいわよ。ヘタなことしたら、撃ち殺されるわね」

「ええっ!ぼ、僕…」

 腰が抜けてしまった少年の両脇を掴むと、黒服たちは無言で連れ去っていった。

「アスカ、あの子どうなるの?」

「え?説諭と弁償の上、学校と両親に連絡ってとこじゃないの?」

 ヒカリはホッとため息をついた。
 あの雰囲気じゃ、強制収容所(ってものがあるのか知らないが)送りにされるとしても可笑しくなかった。
 アスカは取り上げたカードを掌で遊ばせている。
 サードチルドレン・碇シンジ。
 意外とドジなヤツなのかもしれない。

「しっかし、こいつもドジね。町の中でID落とすなんて」

「どうするの?」

「ごめん。スーパーは一人で行ってくれる?これ本部に届けなきゃ」

「そうね。探しているかもしれないし。あ、先に電話しておいた方がいいんじゃない?」

「はん!今ごろ青くなって探し回ってるんじゃないの?」

 


 

 

 そのアスカの予想は当たっていた。
 碇シンジは、自分の歩いてきた道を這うようにしてカードを捜し求めていた。
 どこで落としたのか全く覚えていない。
 唯一の心当たりには真っ先に駆けつけたのだが、そこにはなかった。
 そこで、しらみつぶしに探すしかなくなってしまったのである。
 本来なら、葛城ミサトに連絡すべきところなのだが、シンジにはできなかった。
 ミサトから父親に報告されてしまったら…。
 その事を考えると、シンジは身震いをしてしまう。
 父さんに怒られる。
 きっと3時間以上、正座させられた上に無言で睨みつけられるんだ。
 それから素振りを何時間もさせられて、受身もさせられるんだ。
 そんなのイヤだ…。
 何とか、自力で探すしかない。
 悲壮な決意でシンジはカードを捜し求めた。

「アンタ、碇シンジでしょ?」

「へ?」

 顔を上げたシンジの目の前に、黄色いワンピースを着た紅茶色の髪の毛の少女が立っていた。

 後から考えると、この出逢い方というのは二人のその後の関係を暗示していたのかもしれない。
 
 歩道に這いつくばっているシンジ。
 その前で仁王立ちしているアスカ。

 まるで、女王様に傅く家臣そのものである。

 アスカは手元のカードと、足元でぽけっと口を開けている間抜け面を見比べた。
 間違いない。
 こいつがサードチルドレン、碇シンジだ。

「アンタ、何見てんのよ?」

「あ、あの…見えてます」

「はい?」

 アスカはシンジの視線を追った。
 着替えたばかりの黄色いワンピース。
 丈が短く、アスカの健康的な白い脚が映えている。
 そして、シンジの角度からは脚の奥の方まで…。
 そのことに気付いた瞬間、アスカの足は本能的に動いていた。
 踵落し。
 シンジは気を失う瞬間、チラチラとだけ見えていたアスカの白いパンティーをはっきり見た。
 それを最後に暗闇の世界に沈んでいったのである。


 気が付いたとき、シンジは公園のベンチに寝かされていた。
 何故、自分がそこに寝ていたのか、思い出すのに時間がかかった。
 そして別の場所で、頭に衝撃を受けて気を失ったことを思い出し、
 シンジは上体を起こした。

「いてっ…」

 ずきずきする頭を押さえると、湿った布切れがそこにあった。
 はてなと思い、その布切れを手に取ると、可愛らしいハンカチだった。
 水に濡れ、重みを増していたが、その無地の白いハンカチがあの娘のものだということしか、シンジにはわからなかった。
 まあ、パンティーを見ちゃったんだから仕方がないかと、シンジは目を瞑った。
 うん…覚えてる。ちゃんと目に焼きついている。
 黄色いワンピースが風に煽られて見えたチラリズム。
 大衝撃と共にインプットされた、モロ見えパンティー。
 痛いけど、いいものを見せてもらったと、シンジは思わず笑ってしまった。
 14歳の男の子としては当然な感情であろう。
 しばらく、その残像を楽しんでいたが…カードのことを思い出した。
 慌てて立ち上がろうとしたが、胸のポケットが少し重い。
 手を突っ込むと、失くした筈のカードと石ころが入っていた。
 シンジは狂喜した。
 あきらめかけていたカードである。
 これで父さんに叱られずに済む。
 さっきの女の子なんだろうな…きっと。
 カードの存在をわからせるために、入れた石ころなんだろう。
 シンジは少し暖かな気持ちになって、自分のカードを眺めた。

「あああっ!!!」

 夕方の公園で絶叫するシンジ。
 IDカードの写真に顎鬚がマジックで描かれていたのだ。
 そして、余白には…、
 『落とすんじゃないわよ!馬鹿シンジ!』
 そう殴り書きされていた。
 決して巧いとは言えない筆跡で。
 どうしよう?
 油性だから消せないし、アルコールとか使ったらカードがおかしくなるかもしれないし…。
 シンジは大きくため息をついた。
 できるだけ、人に見せないようにするしかない。
 シンジはもう一度、落書きされた自分の顔を見た。
 父さんと同じ顎鬚。
 あれ?どうして、父さんと同じ顎鬚なの?
 偶然…にしては…、それにあの暴力的で悪戯好きだけど、可愛い紅茶色の髪の……。
 シンジは思い当たった。
 アメリカ支部にいた時に、ビデオで見たことがある。
 無駄のない動きで使徒を殲滅する、赤いエヴァンゲリオン。
 その弐号機のパイロットが…。
 シンジにとっては、神様のような惣流・アスカ・ラングレーだったのである。
 踵落しされたことや、悪戯書きされたことは、そう思い当たった瞬間から良い記憶に摩り替わってしまった。
 惣流さんだ。
 生の惣流さんに会えたんだ。
 憧れのエースパイロットは、シンジにとってはアイドルそのものだった。

「やったぁっ!」

 シンジは空に向けて右腕を突き上げると、その手に握られていたハンカチを見やった。
 そして、そのハンカチを広げ、空を向けた顔に置いた。
 アスカの残り香を楽しむように。
 誰もいない公園だから、そんな大胆なことが引っ込み思案のシンジにできたのかもしれない。

 ただ、10mほど離れたクスノキの太い幹の陰で、顔を真っ赤にしている少女の存在にはシンジは気付かなかった。
 責任感の強いアスカが、気を失っているシンジを放ったらかしにして立ち去るわけがない。
 しかし、彼の目が覚めた時にバツが悪いから、隠れていたのだ。
 まあ、悪戯書きの結果を楽しもうと思っていたのも事実だが。
 その彼の反応を見て、笑いを押さえるのに必死になってしまった。
 ところが、その彼のハンカチを顔に広げた行為に、胸がドキドキし始めたのだ。
 その気持ちが何なのか説明がつかなかった。
 本部にカードを届ける道すがらに、明らかに落し物を探している少年。
 アスカの第六感は、その少年がサードチルドレンであると教えていたのだ。
 事実、期待とは裏腹の少し頼りなげな男の子だったが、
 さっきのゲーセンのニセシンジ(とアスカは命名していた)のような自信たっぷりなのよりはよっぽど好感が持てる。

「ま、初めての戦闘で使徒を倒したんだから、実力はあるってことよね」

 小声でつぶやいたアスカはシンジに見つからないように、公園から姿を消した。

 


 

 

 だが、シンジには実力もなかった。
 それが証明されたのは、シンジが正式にチルドレンとして紹介された後だった。

 翌日のことである。
 アスカの予想通り召集がかかり、それでもしっかり黄色のワンピースで出かけていった。
 それはそのために買った服だからという、いかにもアスカらしい理由だったのだが。
 ともあれ、アスカとレイの前にシンジはおずおずと立っていた。

「あ、あの…碇シンジです。よろしくお願いします」

「私、惣流・アスカ・ラングレー。よろしく」

「綾波…レイ…」

「ど、どうも…」

「ダメよ、レイ。ちゃんと挨拶するの。礼儀なんだから」

「礼儀…。わかった。よろしく」

 レイはアスカの真似をして言葉を付け加え、そしてぺこりと頭を下げた。
 その姿を見て、ゲンドウたちは声には出さなかったが、アスカの力の凄さを思い知った。
 人形のように無口で感情を示さなかったレイが、アスカと知り合ってから変わった。
 ドイツから強引にアスカを引き抜いて正解だった。
 ゲンドウは心の底からその事を喜んだ。
 この分なら、あの馬鹿息子も何とかしてくれるかもしれない…と。
 
 その後、アスカはシンジの対戦をビデオで見た。
 そして、開いた口がふさがらなくなった。
 逃げ回るエヴァンゲリオン。追いかける使徒。
 義経の八艘飛びの如く、艦船から艦船へと飛び逃げる初号機。
 その度に、太平洋艦隊自慢の艦船が大破していく。
 最後の一隻に追い詰められた後、初号機は突然使徒に向かっていき、そして勝利した。

「何、これ…。まるでジキルとハイド。アンタ、どうして最初からちゃんと戦わないのよ!」

「は、はは…、ごめん…」

「それは無理ね。使徒と組み合ったあたりから、シンジ君は意識不明になっているわ」

「意識…って、気絶してたってこと?」

「そういうことね」

「じゃ、じゃあ、あれは誰が…」

「エヴァが自分で戦ったってことになるかしら。つまり、暴走ね」
 
「暴走…」

 アスカは隠そうともせずに大きなため息を吐いた。
 それを聞いて、愛想笑いをしていたシンジの顔が一気に暗くなった。
 憧れのエースパイロットに侮蔑されたからだ。
 アスカはそのシンジの顔つきを見て思った。
 こいつって、本当に根っから情けないヤツなの?
 でもエヴァのパイロットはコネでなれるものじゃない。
 足手まといは困る。
 命懸けの仕事なんだから。
 となれば…。

 アスカは決意した。

 


 
 このダメパイロットを育ててやる。

 

 

シンジ来日!前編 おわり

 

2003.07.12

 

中編へ続く


<あとがき>

 hammer様よりいただいた、33333HIT記念リクエストSSの前編です。1作ではまとまりませんでした。

 リクエスト内容は、1.アスカとシンジは初対面 2.出逢い方は私に任せる 

 3.本編系でコミック版第4巻の状況がベースだが、シンジが来日することにする。

 以上のお題でした。

 ただし、シンジが来日するということはアスカがすでに日本にいるということ。ということはすでに本編でのゲンドウの思惑とは違う形で話が進んでいるということです。

 ということで、本編パラレルとなります。

 すでにアスカが使徒を3体殲滅している世界。そこにダメパイロットシンジが帰国してくる。

 自信の塊になっているアスカは余裕でシンジを育成しようと考えたわけです。本編のようなシンクロ率でシンジヘイトに走るようなアスカではないということです。

 では、前編をお楽しみいただけた方は二〜三週間後の後編をお楽しみに。

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