私は走った。
 もつれそうになる足はもどかしく、のどはからからにはりついていたけど、
 心は喜びに震え上がっていた。
 あの人がそこに!
 やっと、会える!
 シンジ!シンジっ!
 ずっと探してたんだよ!
 きっと、シンジもこっちの世界に来ているって、私信じてた!
 あっ!
 あの扉よ!
 私は片手では滑りそうになるから、両手でしっかりノブを回した。

「シンジ!」

 愛するシンジはそこにいた。

 で、でも…。
 そこに立っていたのは、どう見ても40歳以上のおじさん。
 くたびれたスーツを着て、卑屈げに笑いかけている。
 ただ、その顔は確かにシンジだった。

「あ、アスカ…や、やっと来てくれたんだね」

「じ、じゃ、アンタ、ま、まさか、本当のシンジ?」

「そうだよ。アスカがどこにもいないから、僕、ずっと待ち続けて…」

「で?」

「で、って何?」

「アンタ、いくつ?」

「あ、ああ、45才になったんだよ」

「よ…45ぉっ!」

 私はめまいがした。
 やっと探し当てたシンジが中年のおっさん!
 しかも、思い切りくたびれてる。

「ぼ、僕、アスカだけを待っていたから、誰も好きにならなかったよ。
 ずっと、待ってたんだ。僕…」

 私はキレた。

「ぼ、僕、僕、って言うな!
 45なんでしょ!もっとしっかりしてよ!アンタなんてシンジじゃないわ!」

「そ、そんな…。僕、シンジだよ。酷いよ。どうしてそんなこと言うんだよ」

 中年シンジは私の方に近づいてきた。

「く、来るなっ!」

「アスカの馬鹿。ずっと待っていたのに…」

「来るな、来るな、来るなぁっ!いやぁぁっ!」

 

 

 

40000HIT記念SS

 

あっかちゃん

 

ジュン   2003.07.20

 

 

 

 

 




 目が覚めた。

 いつもの天井。
 寝なれたベッド。

 夢…。
 
「悪夢だ…」

 私はぼそりと呟くと、掛け布団を勢いよくはねのけた。
 そして、急いで制服に着替えると、部屋から飛び出した。

 私の部屋から38秒。
 シンジの部屋までの所要時間。
 シンジの家の合鍵はいつもポケットに入っているから、碇家には私はフリーパスなの。

 目標物は布団をかぶって眠っていた。
 思い切り引っ剥がしてやろうかとも思ったんだけど、もし中年だったら…なんて考えちゃって恐る恐る掛け布団をめくっていったの。
 ふぅ…。おっさんじゃない。
 いつもの可愛い寝顔。
 安心した途端に、何だか無性に腹が立ってきたので、ほっぺを叩いてやろうかと身構えた瞬間。
 シンジが寝言をこぼした。

「アスカ…」

 わっ!私の名前…。
 私の夢見てくれてるんだ。
 そういえば、いい笑顔を浮かべながら眠ってる。
 う、嬉しいっ…。

「アスカ、ダメだよ。危ないよ、こっちにおいでよ」

 うんうん、行く、行くわよ!

「さ、抱っこしてあげるからね」

 やったぁっ!
 抱っこ、抱っこっ!
 ん…?
 抱っこぉ?
 抱っこだってぇっ!

 ぼふっ!

 な、な、な、何言ってるのよ、この馬鹿シンジは!
 ど、ど、ど、どんな夢見てるのよ、いったい!
 ああっ!恥ずかしいけど、私もその夢見た〜いっ!

「いい子だねぇ、アスカは」

 わあっ!気になる!
 気になるよぉ!
 ホントにどんな夢なの?
 叩き起こして聞いてみたいけど、起こしちゃったら続きが聞けないわよね。
 うぅ〜…、ここは我慢するきゃっないわね。
 ほら、この先どうなるのよ!
 私はベッド横の床に座り込んで、ベッドサイドに頬杖をついたわ。
 持久戦の体勢よ!
 さあ、どうぞ!

「アスカったら、どうしてこんなに可愛いのかなぁ…」

 ぼふっ!ぼふっ!

 し、シンジったら、本心ではそう思っててくれたのねぇっ!
 私のことなんかいつもタダの幼馴染って感じでしか扱ってくれてないのに…。
 そうだったのね!
 う、嬉しいっ!
 私は、自分の片思いじゃないかって最近思い始めていたから、
 この寝言には感謝したわ!
 まさか、夢の中で嘘はつかないでしょう。
 他の女の子を力ずくで押さえつけてた甲斐があったってモノよ。
 中でも、あの霧島マナ。
 ホントにしつこかったんだから!
 最後には婚約してるって嘘までついて、あきらめさせたんだから…。
 まあ、ユイおばさまとは話は通じてるから大丈夫なんだけどさ…。
 シンジ本人には一言も言ってないけど…。
 それに、だいたい婚約も嘘じゃないし…。

 でも、でも、これでもう大丈夫よねっ!
 シンジが私のこと可愛いって言ってくれたんだもん!

 ここまでは、人生最高の時間だった。

「大きくなったら、どうしてあんなのになっちゃうんだろ…?」

 へ?
 今の何?
 私は呆気にとられて、シンジを見つめた。
 つるんとしたその顔は微笑んだままだ。

「小さいままのアスカが大好きだよ…」

 わっ!大好きって言ったっ!
 あれ?
 ちょっと待ってよ。
 今、何て言った?
 小さいままのアスカ…。
 小さいままぁっ?
 小さいままって、小さいってことよね。
 てことは、私が小さいってことだから…。
 私が小さい?
 あ〜ん、わからない!

「まだ小さいから、あっかちゃんなんだよねぇ…」

 あ、あっかちゃん!
 それって…それって、あっかちゃんじゃない!
 
 私は幼稚園の時、自分のことを“あっかちゃん”と呼んでいた…。

 シンジは小さい時の私の夢を見ているのだ。
 でも、さっきシンジは言った。
 『大きくなったら、どうしてあんなのになっちゃうんだろ…?』
 『小さいままのアスカが大好きだよ…』
 今の私のことは…嫌いってこと…?
 嘘……。

 自信があったのに…。
 シンジが私のことを好きだって自信があったのに…。
 その自信は大きな音を立てて崩れてしまった。

 私はどうやって自分の部屋に戻ったのか覚えていない。
 ただ、シンジを起こさないようにしたのは確か。
 最後に見たシンジの寝顔は、とても幸せそうだった。


 この日、惣流・アスカ・ラングレー、学校欠席。
 生理痛が酷いと大嘘をついた。
 3日前に終わったばかりだったのに。

 来なくていいのに、学校が終わってからシンジはお見舞いに来てくれた。
 でも、もちろん面会謝絶。
 顔を合わせられるわけないじゃない。
 ママに頼んで、シンジには帰ってもらったわ。
 だけど、その時点で私の生まれて初めての仮病は露見してしまったの。
 ママはおっかない顔で私を睨みつけたわ。
 
「あなたがそんな子だとは思わなかったわ。
 仮病だなんて情けない。どうせシンジ君のことなんでしょ。
 明日はちゃんと学校に行きなさいよ!
 もしさぼったりなんかしたら…」

 ママはにたりと笑った。
 ぞぞぞぉ〜っ!
 ダメ!
 あの笑顔が出たら絶対に逆らえないわ。
 下手に逆らったりしたら、日本から放り出されてしまうかもしれない。
 あの人は有言実行じゃなくて、無言実行なの!
 仕方ない。
 明日は学校に行かなきゃ…。
 でも、シンジに会いたくないな…。


 

「アスカ、碇君と喧嘩でもしたの?」

「な、な、な、何よいきなり。そ、そんなことしてないわよ」

「相変わらずわかりやすいわね」

「な、何がよ!」

「その態度。何かあったって大声で言ってるようなもんじゃない」

「ねぇねぇ、喧嘩したんならさあ、私にもチャンス到来ってことじゃないの?」

「マナ!アンタ、あきらめたんじゃないの?!」

「うん、あきらめたよ。でも、喧嘩別れしたんなら、碇君はフリーってことになるじゃない?
 だったら、私がいただいても…」

「ああぁっ!勝手に取るな!」

「ふ〜ん、これはかなり深刻みたいね」

「し、深刻なことないわよ。いつもと同じじゃない」

 私は精一杯の強がりを言った。

「そう?」
 
「そんな疑わしそうな目で見ないでよ、ヒカリぃ」

「だって、変だもの。今日、1回も馬鹿シンジが出てきてないから」

「あ!本当。そう言えば一度も聞いてない!」

 な、何よ、こいつら。
 滅茶苦茶鋭いじゃないの!
 だって、シンジと自然に接することなんかできるわけないじゃない。
 視線だって避けちゃうし、嫌われてるかもしれないのに、馬鹿シンジなんて言えるわけない!

 お弁当を食べ終わった後の、屋上。
 私とヒカリ、そして恋敵のはずなのに何故か仲のいいマナの3人は、手すりに寄りかかって話してたの。
 ところが、話題は胡散臭い私の態度に集中してしまった。
 もちろん、私は黙秘権を行使したわ。
 ゴリ押ししか出来ないマナ刑事なんて全然大丈夫。しらを切りとおすことなんて簡単よ!
 でも、人情派のヒカリ刑事の涙無しでは聞けないような心のこもった話を聞いてしまうと…。
 つい、ぽろっと話してしまったの…。
 
「あ、あっかちゃんっ?」

 二人は見事なハーモニーを聞かせてくれたわ。
 私はこくんと頷いた。
 恋敵が小さい時の私だなんて、恥ずかしいったらありゃしないわ。
 でも、二人は顔を見合わせて笑い始めたの。

「な、何がおかしいのよ!」

「だって、相手が夢の中で、しかも自分じゃないの」

「アスカって変!自分に嫉妬してる。あはは」

 大口開けて笑うんじゃないわよ、この馬鹿マナ!

「でも…あっかちゃんって凄く可愛いのよ!」

 私が力んで言うと、笑い声はさらに大きくなった。
 頭に来た私は放課後に我が家へこの無礼者たちを招集することにしたの。

 放課後までの間、私はやっぱりシンジを見ることが出来なかった。
 


 
 私の部屋でマナは大きな顔で紅茶を啜っていた。
 ママにはマナの分は安物のティーバックでいいって言っといたんだけど、頭を小突かれちゃった。
 だって、マナに紅茶の良し悪しなんてわかりっこないもん。
 主婦のヒカリとは根本的に違うのよ。

「いつ来てもいいわねぇ、アスカの部屋」

「そう?センスがいいから…」

「碇君の部屋のすぐそばで」

 くっ!それなの?
 ホントにこのマナってヤツだけは。

「ね、アスカ。早く見せてよ。あなたの幼稚園の時の写真」

「あ、そうよね。ちょっと待って」

 私は人に見せてもいい方のアルバムを出した。
 門外不出の方は、一人で楽しむ時にしか見ないの。
 だって、私とシンジが一緒に写ってる写真ばっかりなんだもん。
 ヒカリとマナは顔を突き合わせて、アルバムを覗き込んだ。

「うわっ!可愛い!」

「でしょ!あっかちゃんって可愛いでしょ」

「いや、碇君が」

 マナ…アンタねぇ。

「でも、よく見ればアスカも可愛いわねぇ」

「よく見なくても可愛いわよ。モデルの子供みたい」

 は、はは…。さすがにそんなに褒められたら照れるじゃない。

「それに比べて、今のアスカと来たら…」

 くわっ!マナは!

「言っておきますけどね、あっかちゃんの方が今よりずっとワルだったんだからね」

「へぇ、今よりってことは、アスカってワルの自覚あるんだ。
 てっきり、自分がすべて正しいんだと思ってるんだと誤解してたわ。アスカ、ごめん」

 ああ言えばこう言う!
 どうして、こんなマナを友達にしてるのだろ、私って。

「で、どんなワルだったの?」

「そうねぇ…、いつもシンジを引っ張りまわして…」

「それ、今も一緒」

「うっさいわね。えっと、いろんな悪戯したわよね。
 園長先生の部屋の机にシンジの描いた絵を接着剤で貼り付けたり」

「ええっ!」

 だって、シンジが上手に描けたから園長先生に絶対に見てほしかったんだもん。
 でも、シンジが怒られちゃったけど。
 シンジったら私をかばって自分のしたことにして、怒られてくれたの。
 あの時から、ずっとシンジは優しいのよ。

「それから、シンジの書いた絵日記をマイクで放送したこともあったわよねぇ」

「放送って、アスカよくできたわよね、幼稚園児の癖に」

「はん!私は天才だから、そんなの簡単簡単」

 私は計画してたのよ。
 計画実行のために、どうやって放送するのかずっと調べてたんだから。

「簡単って…。どんなの読んだの?」

「もっちろん、私と海に行った時に、将来結婚しようって誓い合ったことじゃない!」

 ヒカリとマナは口を半開きにして私を見つめてる。
 私、何か変なこと言った?
 二人とも反応がないから、私はあの時の幸せな時間を思い出していたわ。

 

 ギンゴンガンゴン!
 (思い切りチャイムを叩いたからこんな音になったの)
 いまからシンジのえにっきをよみます。
『きょうはあっかちゃんとうみにいきました』
 あっかちゃんって、わたしのことよ。えっへん!
『およいだり、おしろをつくったりしてあそびました。
 すごくたのしかったです』
 へっへっへ、このあとはちゃんときくのよ!
 もう!うっさいわね。かぎかけたからはいれませんよ〜だ!
 えっと、どこまでだっけ。
 そうそう、だいじなおはなしのことだわ。
 いい?みみのあな、がぼがぼしてきくのよ。(かっぽじってって言えなかったのよ!)
『それから、ぼくはあっかちゃんとけっこんすることにしました』
 ぐふふふ。
 もう1かい、よむわよ。
『ぼくはあっかちゃんとけっこんすることにしました』
 きゃぁっ!なんかいよんでも、うれしいよぉ!
 もう1かいよんじゃおっと。
『ぼくはあっかちゃんとけっこんすることにしました』
 けっこん!けっこん!ランランラ〜ン!
 い〜い、シンジはわたしとけっこんするんだからね。
 ギンゴンガンゴンゴンギンガン!(私はチャイムを思い切り連打したの)
 あ〜ん、はずかしいよぉ!
 ゴンギンガンゴンギンガンゴン!
 ああ〜ん、はいってこないでよぉ!
 たすけてぇ、シンジぃ!
 せんせいがわたしをいじめるよぉ!
 ガンゴンガンガン!

「ちょっと、アスカ?どこに行ってるの?」

「どうせ、そのあっかちゃんの思い出に浸ってるのよ。もう、幸せそうな顔しちゃって」

「わぁ、聞きたいなぁ。どんなこと喋ったんだろ」

 その後、私は興味津々の二人に現実世界に引き戻されて、放送内容について話したの。
 もちろん、二人はアスカらしいわと呆れてた。

 その他にもあっかちゃんの武勇伝をいろいろ披露したわ。

「まあ、この可愛らしい顔でそんなことしたんじゃ周りも大変だったでしょうね」

「小悪魔、小悪魔」

「うっさいわね!」

「そうか、碇君はそんな時分からアスカに引きずりまわされてたんだ」

「でも…変じゃない?」

「何が?マナ」

「だって、聞いてたら今とそんなに変わってないじゃない。アスカって」

「だから、何よ!」

 私はあっかちゃんのころのような大胆なことはしてない…つもりなので、少し膨れた。

「黙って聞きなさいよ。そのころのアスカが好きなら、今のアスカのことを嫌いになるわけないんじゃないの?」

「あ、そうか」

「マナ、アンタどうしたのよ。いつものアンタの割には頭冴えてるじゃない」

「へっへっへ」

「ということは…」

「何よ、ヒカリ。気持ち悪そうな顔して」

「もしかしたら、碇君、小さい女の子に…」

「げげっ!嘘っ!」

「何何?何のこと?」

 ニブチンのマナが真剣な顔で聞いてくる。
 シンジのことだから、興味があるのよ、きっと。
 でも、そんな…。

「ね、ヒカリ。どういうことなの?」

「ほら、よくいるじゃない。大人の女に興味がなくて、少女がいいっていうの…」

「ああ、わかった!ロリコンね!」

 マナが手を叩いて、大きな声で叫んだ。

 バシッ!

 半ば条件反射で、私はマナの後頭部を引っ叩いた。

「いった〜い!何するのよ」

「私のシンジをロリコンにするな!」

「言ったのはヒカリじゃない!私じゃないよ」

 ぎろっとヒカリを睨みつけると、敵はすでに座布団を頭の上にかぶせて防戦の用意はできていたわ。

「でも、それしか考えられないんじゃないの…?」

 恐る恐るヒカリが言った。
 う〜ん、あのシンジが少女愛玩主義者?
 そんなの私には全然考えられないわ。

「あ、でもさ、アスカの暴力に耐えかねて…」

 私はすかさず攻撃に出たけど、今回は防御した上で発言してたわ、マナのヤツ。
 私の鉄拳は座布団でぼわんという音をさせただけ。
 マナは舌をぺろりと出して、へへへと笑ってるの。
 あったま来るわっ!もう!
 
「ただ、私思うんだけど」

 ヒカリがおずおずと切り出した。

「何?」

「結局、相手は自分なんでしょ?」

「あ、そうか」

「何よ二人とも納得しちゃって」

 二人は私を見てニッコリ笑ったわ。


 冷たい。
 友情って、言葉だけだったわ。
 マナはともかく、ヒカリまでが、笑って言うの。
 『そういうのを自縄自縛って言うのよ。
 それに、碇君がアスカ以外の女の子を好きになるわけないでしょ。
 いつも通りのアスカでいけばいいのよ』
 その上、マナなんて、的外れなこと言うのよ。
 『相変わらず人騒がせなんだから。
 結局は碇君がどれだけ自分のことを好きなのか惚気たかっただけじゃない』

 わかってないよ、二人とも…。

 でも…。

 『そんなに気になるんなら、直接聞けばいいじゃないの?』
 『そうそう、なんだったら私が聞いてこようか?』

 アリガトね、二人とも。
 行ってくるよ。
 シンジに聞いてみる。

 でも、やっぱり聞きにくいよね。
 アンタ、私よりあっかちゃんの方が好きなんでしょ!
 直接法で聞くべきか…?
 はたまた、間接法で…って、どんな間接法があるって言うのよ!

「で、何?アスカ」

 何も考えずに、シンジの部屋に押しかけてきてる私も馬鹿。

「あのさ…その…つまり…」

「変だよ、アスカ。ずっと僕のこと避けてるだろ」

「さ、避けてなんかいない」

「だって、僕の方見ようとしないし、昨日だって会ってくれなかったじゃないか」

「昨日は…!……ごめん……」

「今日も洞木さんと霧島さんが来てたんだろ?
 やっぱり女の子同士の方がいいんだ。僕と話しててもつまらないんだろ?」

「な、何よ、その言い方は!」

 そっぽを向いて吐き捨てるように話すシンジ。
 
「ヒカリたちと話してて何が悪いのよ!」

 こんな態度のシンジは嫌い。
 こいつったら、時々こんな感じになることがある。
 小学校の時は取っ組み合いの喧嘩をしかけて、私のペースに引き戻してたんだけど…。
 この年になってそんなことできっこない。
 その苛立ちも手伝って、完全に売り言葉に買い言葉状態…。

「どうせ僕のことなんかどうでもいいんだ。今のアスカには」

「何決め付けてんのよ、頭来るわね!」

「どうして僕のことだけ見てくれないんだよ!」

「は?何それ?じゃ、私はず〜とアンタのこと見てないとダメなの?
 他の男子なんか目もくれてないじゃない!
 友達と話しててもダメなわけ?何考えてんのよ、アンタは!」

「そうだよ!僕だけを見ててよ!
 昔のアスカはそうだったじゃないか!」

 あ……。

「小さい頃のアスカはいつも僕のそばにいてくれたじゃないか。
 大きくなったら、僕のことなんかどうでもよくなったんだ!」

 そ、それは…。
 確かにそうだ。
 小学校まではずっとシンジと一緒だった。
 中学校に入って、ヒカリたちと仲良くなって…。
 男と女の違いがはっきりしてきたら…、それまでのようにベッタリ一緒にはいられなくなった。
 きっと…安心していたからかもしれない。
 でも、シンジは寂しかったんだ。
 それがわかった時、私は何も言えなくなった。
 ホントは、『この馬鹿シンジ!何を女々しいこと言ってんのよ!』ってどやしつけなきゃいけないのに…。
 今日の私は何も言えなかった。

 ホントの私には、そんなところがある。
 核心を突かれたとき、過剰な反応をしてしまう。
 暴言を吐いたり、乱暴な行動をしたり……、
 その逆に極度に落ち込んだりしてしまう。
 シンジの前では落ち込まないように一生懸命頑張ってきたんだけど、
 今回は無理。
 私が悪かったんだ。
 だから、シンジが夢の中の小さい私に逃げてしまったんだ。
 私が…。

 顔を背けたままのシンジに一言だけ呟いて、私は自分の家に戻った。

「ごめんね…」




 

 涙も涸れてしまい、横隔膜はしゃくりあげ続けた所為か、ひくひくしていた。
 そんな状態で、ベッドでうつ伏せになっていたの。
 そして、いつ眠ってしまったのか、覚えてない。



 私はあっかちゃんを肩車しているシンジの前に立っていた。
 
 夢…。
 いや…。
 でも、その時、あっかちゃんが私に言ったの。

「こら、おばさんアスカ。わたしとシンジのゆめのせかいにはいってこないでよ!」

 お、おばさん…!
 まだ14歳の誕生日も来てないのに、おばさん!

「そうだよ、アスカ。僕は楽しいんだ。ここではあっかちゃんとずっと一緒だから」

「いっしょ、いっしょ!」

 あっかちゃんは、嬉しそうにシンジの頭をポコポコ叩いた。
 なのに、シンジは嬉しそうな顔をしている。
 私は思わず口を挟んでしまった。

「ちょっと、そんなに叩いちゃ…」

「あ、ごめん。いたかった?シンジ」

「ううん。痛くないよ」

「じゃ、あっかちゃんがおまじないしてあげる。
 いたいのいたいの、とんでけ〜!」

「ありがとう。これで大丈夫だよ」

 そんな二人のやり取りを目の前で見て、私は情けなくなった。
 二人がじゃない。
 自分のことが情けなかったの。
 そうだった。
 私はいつもあんな感じだった。
 シンジに夢中で、体当たりでシンジにぶつかっていた。

 早く、夢さめないかな…。

 
「ねえ、おばさん。どうしてそこにいるの?」

「はん…帰れるものなら、さっさと帰るわよ。どうやったら帰れるか教えてよ」

「かんたんよ。シンジ、このおばさんのくびをしめて」

「え…?いいの?そんなことして…」

「いいのいいの、ゆめなんだから」

 あっかちゃんはひょいとシンジの肩から飛び降りた。
 そして、私を見て、ニッコリ笑ったの。

「さあ、ころしちゃいなさいよ、シンジ」

「う、うん…」

 シンジがまるで催眠術にでも掛かってるような感じで、ふらふらと私に近づく。
 私は逃げられなかった。
 いや、逃げなかったのかもしれない。
 シンジに殺されるんだったら…。

 そして、私の細い首にシンジの両手が…。
 ああ、シンジ…。ごめんね…。
 私は無意識にシンジの頬に手を伸ばした。
 最後にもう一度だけ、シンジに触りたい…。
 うっ!く、苦しい…。
 私の手は、その時、シンジの頬に触れた。


 気持ち悪い……。

 

 気が付いたとき、私は地面に横たわっていた。
 そして、その前でシンジとあっかちゃんが向かい合っている。
 
「お前、誰だ!」

「ひどいひどい。シンジったら、あっかちゃんのこといじめるんだぁ。ぐすん…」

「嘘泣きするなよ!僕に変な暗示かけて、アスカを殺させようとしたじゃないか」

「そんなの、あっかちゃんしらないも〜ん」

「ぼ、僕のアスカは確かに乱暴だけど、そんなこと命令しない!
 もし…もし、あの時、アスカに頬を撫でられなかったら…僕は…僕は!」

「でもね、このおばさんはシンジのことだけみていてくれないよ。
 あっかちゃんなら、ずぅ〜とみていてあげるのに」

「し、仕方がないじゃないか。大人になっていったら、そうなっちゃうんだ」

「だったらぁ、おとなになんかなんなきゃいいじゃない。あっかちゃんとずぅ〜とここであそんでようよ」

 あっかちゃんはニッコリと微笑んだ。
 ダメ…シンジはこの微笑に勝てるわけない。
 これまでの歴史がそれを証明してる。
 あれ?
 でも、さっきのあっかちゃんが話したこと…何か変。
 どこがだろ…?
 私は少し考えた。
 そして、核心に思い当たった瞬間、私は飛び起きたわ!

「ちょっと待った!」

「あ、アスカ!」
 
 ほっとしたシンジの顔。
 ごめんね、シンジ。
 自分のことなのに、こんなに簡単なことに気付いてなかったわ!

「あ、おばさん」

「はん!おばさんでもいいわよ」

「あらら、あきらめてるんだ。おっかしい」

「はん!偽者の癖に何言ってるのよ!」

「あっかちゃん、にせものじゃないも〜ん」

 私は仁王立ちして、大見得を切ったわ。

「こら、あっかちゃん!
 じゃアンタの夢は何よ!言って御覧なさいよ」

 あっかちゃんはお澄まし顔で言った。

「そんなのかんたん。あっかちゃんのゆめはずぅ〜とシンジといっしょにいることだもんね。
 ねぇ、シンジぃ」

「それはどうだか。シンジ!」

「は、はい!」

 シンジは直立不動状態になった。

「それが正解?私の夢はそうだった?
 この世界中で私の夢を知ってるのは、アンタだけよ。答えて御覧なさいよ!」

「うん!アスカの夢は…ぼ、ぼ、ぼ、ぼ」

「こら!しっかりしろ!馬鹿シンジ!」

 シンジは何度も頷いた。
 顔は真っ赤になっている。
 ま、シンジにしたら、恥ずかしさ満開って感じよね。
 でも、ちゃんと言ってもらわないと!

「ぼ、僕と結婚して、二人で可愛い子供を育てることなんだっ!」

 シンジは大声で叫んで、その後何度も深呼吸した。
 もう…そんなに絶叫しなくてもいいのに…。
 でも…、嬉しいよ。うん。凄く、嬉しい。

「そ、そんなぁ…」

「はい、ニセあっかちゃん。正体は何?」

 そうは言ったものの、可愛いあっかちゃんに凄むのって罪悪感つのるわよねぇ。
 あっかちゃんは下唇を尖らせて、私を睨みつけた。
 こ、怖い…。
 あの眼…子供の目じゃない。
 私は思わずあとずさってしまったわ。
 その私の背中を抱きとめてくれたのは、シンジだった。

「あ、アリガト、シンジ」

「う、うん。ごめんね、アスカ」

 その時、私はとんでもない質問をしてしまった。
 きっと、勢いってヤツだと思う。

「で、結婚してくれるんでしょうね!」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ…」

「はっきりしなさいよ、馬鹿シンジ」

「あ、当たり前じゃないか。約束しただろ、僕も」

「よし!再確認はOKっと」

 私は満足げに頷いたわ。
 ふぅ…よかった。

「もう…つまんないの…」

 その声に私はあっかちゃんを見た。
 あっかちゃんの目は…その瞳は血のように赤かった。
 
「今度の世界は巧くいくと思ったのに…残念だよ」

 その声は幼女の声ではなかった。
 はっとしたその瞬間、あっかちゃんの姿は消えた。

「し、シンジ…!」

 びっくりした私をシンジは優しく抱きしめて……。

 くれてなかった。
 

 
 私のベッド。
 もちろん、私は一人ぼっち。
 優しく抱きしめていてくれたはずのシンジはどこにもいなかった。
 私は……。
 腹立たしくて仕方がなかったわ!

 38秒の所要時間を10秒短縮して、私はシンジの部屋に飛び込んでいった。
 そして、シンジの寝顔を見つめた。

「アスカ…」

 寝言…。
 そうだ…。
 あれって私の夢よね。
 だったら…、何も変わってない…。

「アスカ、どこに行ったんだよ」

 で、でも…、アスカって言ってる。
 あっかちゃんじゃない!

 その時、シンジが微笑んだ。

「アスカの胸…柔らかかったなぁ」

 ぼふっ!

 そ、そう言えば、背中を抱きとめられた時、シンジの腕が私の胸の上を押さえてたような…。

「アスカ…好きだよぉ…」

 もう我慢の限界だった。
 私はシンジ目掛けてジャンプした。
 シンジが悲鳴をあげたみたいだけど、知ったことじゃないわ。
 ぎゅって抱きしめてあげる。

 もう、絶対に離してあげないっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



「はは…またダメか」

「いい加減、あきらめたら」

「いやだね。僕は決めたのさ。何処かの世界で絶対に二人の魂を手に入れるって」

「あの二人はダメ。運命の二人だから」

「だからこそじゃないか。そんな二人だから、魂が欲しいんだよ」

「しつこいのね、あなた」

「ふふふ。愛し合っているのに、引き裂かれた魂って美味だからね」

「それだけじゃないでしょ」

「そうさ、僕はあの少年の魂が欲しい」

「どうして?」

「好きだからに決まってるじゃないか。魂を手に入れて、僕の虜にしてあげるのさ」

「じゃ、女の子の魂は?」

「そんな彼の姿を見て苦しんでる魂を賞味するのさ」

「本当に悪趣味」

「ねぇ、君。今回は君の仕業なんだろ?」

「……」

「二人の夢を繋いだだろう。もう少しだったのに…そんなに僕の邪魔をしたいのかい?」

「……」

「いや、あの二人だから…か」

「そうかもしれない」

「じゃ、僕は行くよ」

「どこへ?」

「さあね。どこか別の世界。
 もしめぐり逢っていなければ、逢わせてから魂をもらう。
 もし結ばれていたなら、心をばらばらにしてからにする」

「私がさせない」

「へぇ、ずいぶんと肩入れするんだねぇ」

「そうね…」

「じゃ、追っかけてくるがいいさ。ふふ…」

 笑い声を残して少年は消えた。
 少年と同じ赤い瞳をした少女は、大騒ぎになっているシンジの部屋を見た。
 100m以上下方の部屋の中を少女は透視していた。
 突然布団の中にもぐりこんできたアスカに抱きしめられて真っ赤になっているシンジ。
 そのシンジに責任取りなさいよとだけ言い残して部屋を出て行く母親。
 少女はふっと寂しげに笑うと、姿を消した。
 別の世界に飛んだ少年を追いかけて。




 

 

 

 

 

 

 その日、学校に行って、驚いたわ。
 マナったら、幼稚園の写真を持ってきてシンジに見せようとするの。
 馬鹿ね。
 シンジをロリコンだって思い込んでるわ。
 ま、あんな男の子みたいなの、たとえロリコンでも相手にしないでしょうけど。

 シンジは自分でも不思議に思ってた。
 どうして、あんな夢に振り回されていたのかわかんないって。
 そんなシンジの頭は私はこつんと叩いた。

「痛てっ!どうして叩くのさ」

「はん!それは、あっかちゃんが可愛いからに決まってるでしょうが!」

「自分のことを可愛いって…」

「だって、可愛いじゃない。私、あっかちゃんを見たの初めてだったもん」

「そりゃあそうだろ。自分なんだから。あ、でもビデオとかでさ」

「あんなのとは違うわよ。会話したのよ。小さい時の自分と。それって凄いじゃない」

「でも、夢じゃないか」

「そう、夢。だけど、シンジと同じ夢だった」

「うん、不思議だね」

「あら、そっかな?」

「え?アスカ、わかってるの?」

 私は立ち止まった。
 梅雨明け間近の青い空を目指して、鳥が群れをなして飛んでいく。
 手を繋いで下校する私たちに、ヒカリとマナは呆れたような目を向けていた。
 当分、相手はしてくれないような気がするわ。
 ま、いいけどさ。
 しばらくはベタベタカップルになりそうな気がするし。
 
「あれはね…あっかちゃんが私たちを見かねて手伝ってくれたのよ」

「ええ?そうなの?」

「そうよ、決まってるわ!さっさと恋人になって…
 一日も早く、あっかちゃんみたいな可愛い子供を作りなさいってことよ」

「えっと、あの…」

 シンジは繋いでいた手をすっと離しそうになった。
 もう!こんなので照れるんじゃないっ!
 あ!それとも、馬鹿シンジはスケベだから、別のこと考えたのかも?
 
 こつん!

 はん!やっぱりそう。
 抵抗しないで、真っ赤な顔になって、そっぽを向いてる。
 ホントにわかりやすいヤツ。

 どうして、あの時、シンジの心がわからなかったんだろ?
 多分、わかろうとしなかったからかも。
 わからなければ、心の中を覗かせてもらえばいいのよ。
 それで関係が壊れるようなら、それだけの二人ってことよ。
 
 私はぎゅっと手を握った。
 シンジがこっちを見る。
 大好きな澄んだ黒い瞳の中に私が映ってる。

 まわりに下校中の学生が結構いるけど…。
 ま、いいわ。
 噂の二人になってあげる。
 私は首を伸ばした。

 ちゅっ!

 オフィシャルファーストキス。
 あっかちゃんのときに可愛らしいキスは散々してるけどね。
 ちゃんとした恋人としては、これが始めて。
 明日、マナがなんて言うか楽しみだわ!

 

 

 

 しばらくして、まともに喋れるように回復したシンジの言葉が最高だった。

「やっぱりアスカは、おっきなあっかちゃんだね。何しでかすか、わかんないや」

 その時、あっかちゃんの楽しげな笑い声が聴こえたような気がしたわ。

「アリガト、あっかちゃん」

 私は青空を見上げて、そう呟いた。
 
 

 

 

 

あっかちゃん  − おしまい −


<あとがき>

 40000HITありがとうございます!ちょっと遅れました。

 あの二人が帰ってきました。魔族の赤い瞳の二人組。そう、ゲンドウと冬月……じゃない!違うぞ!名前は出てないけど、あの二人じゃない。
 「その日の朝、突然に」に出てきたあの二人です。
 再登場のリクエストもあったので…。(何でも応えるんじゃない!だったら、リクエスト再多数の「LAS建国記」はど〜するんだ!)

 アスカは魔族のしたことだという事情を知りませんから、
 あっかちゃんのことを感謝しています。
 結果的にシンジとの距離をさらに縮めてくれたんですからね。

 幼女の描写は苦手でした。
 そっちの世界にはあまり縁がないもので…。
 過去の自分の記憶と、娘とその友達のことを…って言ってもそれも10年以上前か。
 もっと勉強しておくんだった(爆)。

2003.07.20  ジュン

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