まずいわね…。

 ホント、これはまずいわ…。

 違うわよ。

 ミサトのカレーの話じゃないの。

 ミサトは松代に長期出張。日曜日の朝まで帰らないわ。

 このまずさの次元は、あのカレーよりもっと遥かに高いのよ。

 惣流・アスカ・ラングレー、最大の危機だわ。

 だって…。

 顔がにやけるのが止まらないのよ。

 こんな顔じゃ、学校に行けないじゃない。

 そうなのよ!

 私、嬉しくて、嬉しくて!

 デートに誘われたのっ!

 加持さんに。

 愛しの加持さんに!

 待ち合わせは、日曜日の10時。

 

 

 

 

6000HIT記念SS 

憧れは時の流れに…


ジュン

 

 

 

 

水曜日 夜10時  待ち合わせまであと84時間

 

 あれ?何だろ、この感じ。

 馬鹿シンジに真っ先に教えてやりたくて、

 加持さんからの電話を切った後、喜び勇んで言ってやったのよ。

「今度の日曜日。加持さんとデートなのっ!もう、最高!」

 そしたらアイツ、まるで吐き捨てるように言ったの。

「どうして、そんなこと僕に言うのさ」

 そして、プイッとそっぽを向いたのよ。

 私、完全に頭に来て、シンジの横っ面を引っ叩いてやったの。

 すると、アイツは生意気にも私の顔を睨みつけて…それから自分の部屋に閉じこもっちゃった。

 私の横を通り過ぎたときにちらりと見えた、哀しげな眼差しは…女の子に叩かれた所為?

 それとも別の何か?

 その目を見たとき、私は凄く後悔したの。

 ううん、叩いたことじゃなくて、シンジに自慢したことを。

 自分でもどうして後悔しているのか、全然わかんないんだけど…。


木曜日 朝8時15分  待ち合わせまであと73時間45分

 

「どうして、起こしてくれないのよ!」

 間違いなく、遅刻。

 慌てて部屋から飛び出してきたときには、シンジの姿は影も形もなかったわ。

 そして、テーブルにぽつんと置かれたお弁当箱。

「何よ!嫌味のつもり!」

 ぐわしゃっ!

 私は頭に来て、そのお弁当箱を床に投げつけた。

 ナプキンが破れて、中身が床にぶち撒かれる。

 お箸がまだ苦手な私が食べやすいようにしたおにぎりや唐揚げが…。

 ふん!

 馬鹿シンジが悪いのよ!私は悪くないわ!

 私は床の惨状をそのままにして、ベッドに戻った。

 本日は自主休校。

 はん!文句があるなら、何でも言ってきなさいよ!

 知らないっ!


木曜日 午後1時  待ち合わせまであと69時間

 

 唐揚げ。美味しいわね。ちょっとくらい埃がついてても死にはしないわよ。

 大半がナプキンの上でよかった。

 違うわよ。

 シンジのために食べてるんじゃない。

 アイツが悲しもうが、私には関係ない。

 私はお腹がすいただけ。

 そして、作るのが面倒なだけ。

 食べに行くのが面倒なだけ。

 ただそれだけ。

 あとで床もきちんと拭いとかなきゃ。

 ナプキンも洗っておこう…。破れたところは…裁縫はできないから、そのままね。


木曜日 午後3時45分  待ち合わせまであと66時間15分

 

「ただいま…」

 馬鹿シンジが帰ってきた。

 相変わらず視線を逸らしている。

 でも、逃げられない。

 逃げられるもんですか。

 私は玄関の前に椅子を引っ張り出してきて、そこにずっと座っていたの。

 足を組んで、腕も組んで、すっと扉を睨んでいたの。

 そして、獲物が帰ってきた。

 ホント、獲物そのものって感じ。

 キツネやタヌキ、クマの類じゃないわね。シカ、かな?

 さあ、どうするの?

 猟師の目の前に立ち竦んでる獲物さん。

 鞄も置かずに、扉を開けて逃げ出す?

 逃げ出したら、もっと酷い目にあわせてやる。

「どいてよ…」

 何、こいつ。私に立ち向かってくるっていうの?

 馬鹿じゃない?

「どいてって…」

 はん!誰が通してやるもんですか!

「どけよ!」

 え…。

 私は耳を疑ったわ。

 シカが狼に変身した。

「どかないなら、椅子ごと倒すぞ!」

「や…やれるものな、ら…」

 何?私、びびってるの?シンジ如きに?この私が?

 シンジは靴を脱ぎ捨てると、持っていた鞄を私の足元に投げつけた。

「ひっ!」

「どけって!」

 私は瞬間的に立ち上がってしまった。

 違う。違う。

 こいつは、私の知ってる馬鹿シンジじゃない。

 シンジは私の横をすり抜けて、自分の部屋に入った。

 玄関に取り残された、シンジの鞄と、椅子と、私。


木曜日 午後6時  待ち合わせまであと64時間

 

 シンジの精神構造ってどうなってるんだろう?

 帰ってきたときの乱暴さを全身に残したまま、せっせと夕食の準備をしている。

 あんなに怒ってるんなら、どうして晩御飯の準備なんかしてるのよ?


木曜日 午後7時15分  待ち合わせまであと62時間45分

 

 わかんない。

 全然わかんないわ。

 ちゃんとした食事じゃない。

 煮込みハンバーグがメインで、ミニグラタンにカニサラダ。

 その上、この上なく美味しい。

 この美味しい料理を作った張本人は、私の前に座って仏頂面をしてそっぽを向いている。

 私は食事をしている間、その雰囲気がいやで仕方がなかった。

 だって、いつもは愛想笑いを浮かべているアイツが変な顔してるんだもの。

 はっきり言って、気分悪い。

 大体、似合ってないのよ!

 アンタはねえ、笑ってる方がいい顔してんのよ。

 ……。

 なんか、私、凄く変…。

 さっさと食べちゃお。

 残さずにね。


木曜日 午後10時25分  待ち合わせまであと59時間35分

 

 お風呂…。

 私が一番に入るはずだった。

 でも、私は着替えを抱きしめたまま、洗面所の前で立ち尽くしているの。

 だって、信じられないことに私より先に入ってるヤツがいるんだもの。

 碇シンジ。

 一緒に暮らし始めてから、こんなことをされたの初めて。

 ……。

 今の発言カットして。

 凄く誤解を生みそうな内容だから。……事実だけど。

 まあ、とにかく馬鹿シンジが私の前にお風呂に入ってるの。

 許されない現実よ、これは。

 この私がアイツの使ったお湯に浸かるのよ。恥ずかしいじゃないの。

 ……。

 何か、私、違うこと考えてるわね。

 とにかく、今日の馬鹿シンジはいったい何なのよ。

 まるで、ほら、何だっけ、日本で有名な……そうそう、亭主関白よ。

 あれみたい。

 じゃ、何?私がアイツのお嫁さんってわけ?

 ……。

 ……。

 ……。

 ははは、どうして、この私が。

 馬鹿みたい。

 とにかく、こんな横暴なシンジは大嫌い。


 金曜日 午前2時45分  待ち合わせまであと55時間15分

 

 眠れない。

 全然眠れない。

 どうしてかわからないけど、全然眠らない。


 金曜日 午前9時30分  待ち合わせまであと48時間30分

 

 今日も自主休校。

 シンジはまた起こしてくれなかった。

 さっき目覚めたときには、昨日と同じでテーブルにお弁当が載っているだけ。

 でも、今日はお弁当を叩きつけたりしない。

 おかずは何かな?


 金曜日 午後12時  待ち合わせまであと46時間

 

 ミニハンバーグに、エビフライ。

 昨日の晩御飯のときに、お弁当の分も下ごしらえしていたんだ。

 相変わらずマメな男。

 アイツだったら結婚しても、家事を手伝ってくれるかな?

 でも昨日の夜みたいにあんな感じで亭主関白になるのかも。

 あ、おにぎりの中はおこぶね。


 金曜日 午後1時55分  待ち合わせまであと44時間5分

 

 私はソファーに寝転がっている。

 することないのよね。

 だから、中学校みたいな低級なところでも行こうかなって思っちゃうのよ。

 意外と面白いし。

 馬鹿シンジをからかっていたら、飽きないもんね。

 全部終わったら…このまま日本にいてもいいかな…。


 金曜日 午後2時38分  待ち合わせまであと43時間22分

 

 昨日と同じで、私は玄関の前に椅子を引っ張り出した。

 はん!昨日と同じようには行かないわよ!

 あの時は不意をつかれただけ。

 ちゃんと心の準備をしてさえいれば、あんな冴えないヤツ。

 でも…アイツが帰ってくるのって、4時前よね。

 どうしてこんなに早く待ち構えてるんだろ。私は…。


 金曜日 午後4時23分  待ち合わせまであと41時間37分

 

 あ、廊下に足音。

 馬鹿シンジよ。間違いないわ。

 遅いじゃない。待ちくたびれたわ。

 さあ、どうしてあげようかしら。やっぱり、ここは頭ごなしに怒鳴りつけるのがいいわよね!

 わくわくしてくるわ。

 ガチャッ。

 鍵を開けて…ノブが回る。 

 そして、馬鹿シンジが入ってくる。

 今日は負けないわよ!

 あれ?何、その顔?

「あ、アスカ。ただいま!」

 これでもかっていうくらい綺麗な笑顔で、シンジが私に軽やかに言った。

「あ、あ、あ、お、おかえり」

「うん!」

 な、何なのよ!昨日と違うじゃないよ!

 予定通りにしてくれないと、対応に困るじゃない!

「あ、これ」

 シンジは持っていた白い箱を私の前に差し出した。

 そのまま素直に受け取ってしまう私。

「何?これ。ケーキ?」

 明らかに、駅前のケーキ屋さんの箱。

 私のお気に入りのケーキ屋さんだ。

「うん。それ買いに行ってたから、少し遅くなったんだ。ごめんね」

 そして、にこりと微笑むシンジ。

「ど、どうして、アンタが謝るのよ」

「いや、待っていてくれていたみたいだから」

「あ、あ、あ、あ、こ、こ、これ?ち、ちょっと、脅かしてやろうと…」

 ええ〜いっ!何うろたえてるのよ、私は。

 シンジったら、平然と靴を脱いで、鞄を手に自分の部屋に向かっていった。

 私はケーキの箱を膝の上に大切に抱えながら、アイツの後姿を振り返ったの。

 どうして、私の計算どおりに動いてくれないのよ、あの馬鹿!


 金曜日 午後4時42分  待ち合わせまであと41時間18分

 

 目の前に置かれている、ケーキと紅茶。

 いい香り。

「あれ?どうしたの?食べないの、アスカ」

「た、食べるわよ」

 私はフォークを手にした。

 気になる。気になるわ。

 テーブルの向こう側で頬杖をついて微笑んでるアイツが。

「アンタは食べないの?そんなに見られてたら、食べにくいんだけど」

「あ、ごめんね。今日あまり持っていなかったから、アスカの分しか買えなかったんだ。だから僕は紅茶だけ」

「何よ、それ」

「え?」

「気に入らないわね。自分が食べないなんて、そんな自己犠牲的な考え方。ほら」

 私は紅茶の受け皿に、ケーキの1/3をフォークで切って載せた。

 そして、シンジの方へお皿を滑らせる。

「食べなさいよ。アンタが食べないと食べにくいから」

「え、そんな、悪いよ」

「うっさいわね。私の言うことを聞け。

 ちゃんとアンタの気持ちを尊重して、私は大きい方とイチゴも戴くから、アンタは端の方だけ」

「あ、うん。じゃ…」

 フォークを取りに行くシンジ。

「はん!それっぽっち、手で食べればいいのに。お上品なヤツ」

 悪態をつきながら、私はフォークでケーキを少しだけ切り取った。

 ゆっくり食べたいな。少しづつ…。


 金曜日 午後6時27分  待ち合わせまであと39時間33分

 

「今日の晩御飯、何?」

「えっと、ビーフシチューだけど。いや?」

「別に…」

 わかってるわよ。

 リビングにもデミグラスソースのいい匂いがしてるもん。

 私は行儀悪く、ソファーに横になって天井を見つめている。

 この天井も見慣れてきたわね。

 このソファーに横になるのって…横になってシンジをからかうのって、面白いから。

「で、まだ?」

「あ、ごめん。もう少し煮込んだ方が美味しいと思うんだ。それともお腹すいた?待てない?」

「別に…。待ってる」

 胃袋の方はアンタに任せてるんだから、好きなようにしなさいよ。

 私は美味しいものが食べられたらそれでいいんだから。

 あ、でもこんな結婚生活してたら、太っちゃうわね…。

 ……。

 何考えてるのよ、私は。


 金曜日 午後7時16分  待ち合わせまであと38時間44分

 

「いただきます!」

 食べさせてもらうんだから、礼儀くらいはきちんとしないとね。

 あ、美味しい。

 ママが作ってくれたシチューって、どんな味だったっけ?

 もう、忘れてしまってるわ。

 こうしてシンジの味に慣らされていくのかな…?

 ……。

 ははは、食い物で飼いならされたら、お仕舞いよね。

「どう?」

「まだまだね。もっと修行したら?」

 私は嘘をついた。

「うん。がんばるよ」

 シンジはにこやかに頷いた。

 ちょっと、アンタ。素直に受け取るんじゃないわよ。

「アンタ馬鹿ぁ。料理の練習する前に使徒を倒すことが先でしょうが。

 将来の設計はそれからよ、それから」

「あ、そうだね。ごめん」

 あぁ…美味しい。

 私はあっという間にお皿を綺麗にしてしまったわ。

「お代わりする?アスカ」

「アンタ、私を太らせようっていうの?」

「アスカは全然太ってないよ。うん、そ、その………綺麗だと思う」

 ふへ?聞こえたわよ。最後のぼそっと言った言葉。

 綺麗…だって?

 まあ、私は確かに美少女だけど、シンジの口からそう言われると新鮮で気持ちいいわね。

「はん!じゃ、貰おうかしら。お代わり!」

 私はシンジの目の前に空のお皿を突き出した。


 金曜日 午後8時57分  待ち合わせまであと37時間3分

 

「アイスクリーム食べたい」

「え?あったかな…」

 私が呟いた言葉に即座に反応するシンジ。

 冷蔵庫へ向かうその後姿を私はぼけっと眺めていた。

 昨日みたいなのは絶対にイヤだけど、こんなに何でも言うことを聞くのも面白くないわね。

 シンジを奴隷にしても仕方がないもん。

 奴隷なんてイヤ。

 アイツとは、もっと、こう…わかんないけど、普通でいたい。

「ごめん。なかったよ。これからコンビニに行ってくるね」

「いいわよ、そこまでしなくていい」

「だって、食べたいんだろ?買ってくるよ」

「うっさい。何でも言うことを聞くな!」

 私はぷいっとそっぽを向いて、立ち上がった。

 そして、自分の部屋に向かう。

 背中が痛い。

 きっと、シンジのことだから呆気にとられて私の背中を見つめているわ。

 こんなシンジも嫌い。


 金曜日 午後10時32分  待ち合わせまであと35時間28分

 

「アスカ、お風呂入りなよ。ちゃんと温度設定できてるから」

「アンタが先に入れば?」

 私は天井を見つめて、そう言った。

「昨日はごめん。だから、先に入ってよ」

 もう…わけわからないわ。何よ、こいつは。

「ほら、早く…。明後日はデートなんだろ…?」

 デート?誰が?私が?シンジと…?

 ……。

「ああああっ!」

「ど、どうしたの?アスカ!」

 忘れてた。

 加持さんとデートだった。

 なんて大切なことを忘れてたんだろ!

 バシィッ!

 私は扉を思い切り開いた。

 目の前にいる、心配げな表情のシンジ。

「どきなさいよ!お風呂入るんだから」

「あ、ごめん」

 慌てて身体を退けるシンジの横を私はふんぞり返って進んだ。

「覗いたら殺すわよ!」

 そう言い残して。


 金曜日 午後11時41分  待ち合わせまであと34時間19分

 

 玉のお肌に磨きをかけて、私は万全のボディーチェックをしたわ。

 ホント、加持さんとのデートを忘れてるなんて、私って馬鹿ね。

 きっと、シンジが変だから、そのペースに巻き込まれちゃったのよ。

 そ〜だ、明日はデート用の服でも買いに行こうかな?


 土曜日 午前3時34分  待ち合わせまであと30時間26分

 

 2時前に目を覚ましてしまってから、眠れない。

 きっとデートが間近に迫って興奮してるのね。

 ま、相手が加持さんだから、仕方がないわ。

 明日のお買い物はどこに行こうかな?

 もちろん、シンジが荷物持ちをするのよ。

 お昼は何食べようかな?

 おやつはアイスクリームね。決定。

 あ、でも、おぜんざいっていうのもいいかも。

 シンジに決めさせようかな?

 アイツは何を選ぶんだろ。楽しみだな…。

 そうだ、服もアイツに決めさせようっと。

 わくわくするわ…。


 土曜日 午前9時45分  待ち合わせまであと24時間15分

 

「そんなの、行かないよ!アスカが一人で行けばいいじゃないか!」

「何よ、アンタ。せっかくこの私が誘ってやってるのに、その言い方は!許さないわ!」

「ふん!加持さんとのデートだろ。僕に関係ないじゃないか!」

 シンジは真っ赤な顔をして怒った。

 そして、自分の部屋に入ってしまった。

 残されたのは、お出かけ用にドレスアップした私。

 何よ…。せっかく誘ってやったのに。

 気に食わないわね。

 私はポーチをシンジの部屋の扉に投げつけた。

 ぼすんっ!

 情けない音を立てて、ポーチが床に落ちる。

 私は…、そのまま部屋に入った。

 一番のお気に入りのワンピースがしわになるのも構わずに、ベッドにうつ伏せになる。

 はん!馬鹿シンジの癖に!

 この私を泣かせるなんて!

 私は確かに泣いていた。


 土曜日 午前11時8分  待ち合わせまであと22時間52分

 

「ごめん。僕が悪かったよ」

 扉の向こうからシンジの声がする。

「だから…、ちゃんと荷物持ちするから、買い物行きなよ。明日用に買うものあるんだろ…」

 私はあれからうつ伏せになったまま。

 いつの間にか涙は乾いたみたい。

 でも、きっと酷い顔。こんな顔、シンジに見られたくない。

 でも、せっかくああ言ってくれてるんだから。

 でも、どうしたらいいんだろ。

「1時に駅前」

 私は突然思いついて、扉に向かって言った。

「へ?」

 向こう側から惚けた声。

「待ち合わせの時間と場所じゃない。アンタ、そこで待ってなさいよ。ちゃんと行ってあげるから」

「え?一緒に行ったらいいじゃないか」

「うっさい!いいから行け!」

 準備しないといけないの!

 顔も酷いし、髪もボサボサになっちゃった。服もしわだらけよ。

 ちゃんとしないと。女の子は準備に時間がかかるの。

「あ、それに、アンタ、あの平常心だけはやめてよね。恥ずかしいから」

「え、駄目?」

「絶対に駄目」

「わかったよ。着替えていくよ」

 危なかった。あんなTシャツのヤツと並んで歩けますかって。


 土曜日 午後0時28分  待ち合わせまであと21時間32分

 

 急いで準備したから、かなり早く着いちゃった。

 あ、でも、馬鹿シンジったらもう待ってるよ。

 律儀なヤツね。嬉しいわ。


 土曜日 午後0時46分  待ち合わせまであと21時間14分

 

 まずはお昼よね。やっぱり。

 シンジが選んだのは、小さなお好み焼き屋さん。

 これ食べるのは初めて。確か関西地方の名物よね。

 へぇ…自分で作るのか…面白そうね。


 土曜日 午後1時19分  待ち合わせまであと20時間41分

 

 ふぅ…お腹一杯。

 ちょっと食べ過ぎたかな。

 でも、これいいわね。

 今度、家でもしてみようかな?

 きっと楽しいわよね。

 シンジと色々なお好み焼き作って…。


 土曜日 午後1時46分  待ち合わせまであと20時間14分

 

「ちょっと、どうして僕の服なのさ」

「うっさいわね、今のアンタの服見てたら、我慢できなくなったのよ」

「でも…」

「Halt die Schnauze!黙って私について来い!」

 私はシンジを従えて、男性もののSHOPに突進したわ。

 見てなさい。

 私のセンスの良さを実証してあげるわ!


 土曜日 午後3時4分  待ち合わせまであと18時間56分

 

「さあ、おやつよ、おやつ!」

「あ、何食べる?」

「アンタが決めなさいよ」

「え?どうして、僕が?アスカの食べたいものでいいよ」

「うっさい。あのね、女の子の食べたいものくらい想像して、相手を喜ばすの。わかる?

 あ〜あ、どうして私がアンタにデートの指南役をしなくちゃいけないのよ。

 アンタも幸せ者よね。こんな面倒見のいいルームメイトがいて」

「う、うん。そう思うよ」

 ちょっと真剣な顔して、頷かないでよ。

 照れちゃうじゃない。

「で、何食べるの?」

「う〜ん、じゃ…」

 え…何。どうして私の顔をそんなに見つめるのよ。

「おぜんざいなんて、どうかな?」

「何よ。私の顔に、おぜんざいって書いてあったの?」

「駄目?」

「うっ…、ま、まあ、いいわ」

 食べたいかな…って思ってたのどうしてわかったんだろ。


 土曜日 午後3時46分  待ち合わせまであと18時間14分

 

 ふぅ…。

 どうしてこんなに並ばないといけないのよ。

 ま、シンジの様子を見ていたら飽きなかったけど。

 並んで待っていたのは、女の子ばかり。

 中に入っても、シンジは黒一点。

 すっかり小さくなってるの。

 ははは、おっかしい。


 土曜日 午後4時28分  待ち合わせまであと17時間32分

 

 食べた、食べた。

 でも3杯は食べ過ぎたかも。

 これはすぐ歩き回るのはしんどいわね。

「あのさ…ちょっと、あそこの噴水のところで座っていこうか?」

 へぇ…馬鹿シンジの癖に気が利くじゃない。

「ふ〜ん、そう?」

「うん、アスカ食べすぎじゃないかなって」

「減点!」

「へ?」

「座っていくのは良かったけどそれを言っちゃ駄目。気をつけなさいよ、馬鹿シンジ」

「えぇ〜、そうなの?」

「そうよ、女の子を傷つけるようなことを言っちゃ駄目。わかった?」

 何か、凄く楽しいわね…。こういうのって。


 土曜日 午後5時52分  待ち合わせまであと16時間8分

 

「ねえ、アスカ?」

「何よ」

「もう、帰るの?」

「どうして?まだどっか行きたい所あるの?」

「え…だって、今日はアスカの買い物しに来たんじゃないか。

 それなのに、アスカのもの、何も買ってないよ」

「あれ?そうだっけ」

 私は考えた。

 シンジの服。

 シンジの靴。

 シンジのCD。

 シンジの調理器具。

 シンジのパジャマ。

 ……。

 あ、ホントにその通り。

「なんだ。今日はアンタの買い物に付き合ってあげてるんだ。

 私って優しいわね。じゃ、来週にでも私の買い物に付き合ってよ」

「そ、それはいいけど。来週じゃ間に合わないと思うんだけど…」

「何に?」

「デート」

「誰の?」

「アスカの」

「誰と?」

「加持さん」

 ……。

 忘れてた。

 完全に忘れてた。

 そうよね、目的はそれだったっけ。

「もういいわ。今更って感じ。それより帰って晩御飯よ」

「いいの?」

「はん!別に飾らなくても、私はバッチリだもの」

「うん。それはそうだと思うけど。あ、アスカは…その…いつも、綺麗だから」

 へ、へぇ…、馬鹿シンジの癖にいいこと言うじゃない。

 嬉しいな。

 でも、甘い顔したらつけ上がるから顔を引き締めなきゃ。


 土曜日 午後7時9分  待ち合わせまであと14時間51分

 

 あれ?

 どうして、私まで一緒に作ってるんだろ?

 日本に来てから、一度もしたことなかったのに。

「アスカ、意外に上手なんだね。知らなかったよ」

「はん!キャベツのせん切りぐらいお茶の子さいさいよ」

「へえ、ドイツで暮らしていたわりに、日本の言葉詳しいんだ」

「あったり前じゃない。私は天才なの。て、ん、さ、い。わかる?」

「うん、凄いや」

 嘘よ。

 笑われたくないから、来日するまで日本のことを猛勉強したの。

 もちろん、誰も見ていないところでね。

 Over the Rainbow でもね。

 加持さん、鋭いから、見つからないように勉強するのは大変だったわ。

 あ、思い出した。

 明日、加持さんとデートだっけ…。

 痛いっ!

「あ、大丈夫?」

 シンジがバンソウコウをとりに走る。

 私は左手の薬指を押えて、少し血がついてしまったキャベツを哀しげに見たの。

 悔しいな…怪我なんかしなきゃ、シンジに女の子らしいって思わせることができたのに。

 ホントに残念。

 加持さんの事なんか思い出したからよ。

 あ〜あ、だんだん面倒になってきたな、明日のデート。

「ごめん、探すのに時間かかっちゃった。はい、どこ?」

「ここ」

 私は左手の薬指を差し出したの。

 シンジはその指に丁寧にバンソウコウを巻きつける。

「ねえ、シンジ。アンタ、まさか後は自分がするから…なんて言わないでしょうね」

「そんなこと言ったら、アスカ怒るだろ」

「よくわかってんじゃない」

「でも気をつけてよ」

「猿も木からすべるって諺知らないの?」


 土曜日 午後7時47分  待ち合わせまであと14時間13分

 

 今日は少し遅い晩御飯。

 コロッケにスパゲティー。

 そしてコロッケには私が丹精こめて切ったキャベツが添えてあるの。

「いただきまぁす!」「いただきます」

 私はコロッケに箸を伸ばした。

 その時、ふとシンジのお皿を見ると…。

 アイツったら、キャベツを一番最初に食べてるの。

 何故だかわかんないけど、その瞬間、私ぐっときちゃった。

 涙が出てきそうになったの。

 馬鹿ね、ドレッシングくらいかけなさいよ。


 土曜日 午後9時14分  待ち合わせまであと12時間46分

 

 私は湯船の中。

 そして、左手の薬指に巻かれたバンソウコウをじっと見つめていたの。

 まるで…。

 私は真剣な表情で私の指を触るシンジを思い出した。

 左手の薬指は、結婚指輪をはめる場所なの。

 シンジ、そんなこと知らないだろうな…。

 もしこれがバンソウコウじゃなくて、本物の指輪だったらな…。

 私はずっと指を見つめていたわ。


 土曜日 午後9時58分  待ち合わせまであと12時間2分

 

「馬鹿だなアスカは。30分もつかってたら、逆上せるに決まってるじゃないか」

「う、うっさいわね」

 気持ち悪い…。くらくらするわ。

 私はパジャマのままソファーに横になった。

 ま、あの状態でパジャマだけは着ることができたのは日頃の訓練の賜物ね。

 シンジが団扇で扇いでくれる。

 気持ち悪いけど、気持ちいいわ。

 私はそのシンジの眼前に左手を出した。

「え?何?」

「指輪…」

 じゃない。馬鹿ね。違うでしょうが。

「バンソウコウ…貼って」

「あ、取れちゃったんだ。でも、くっついてるみたいだよ。貼らない方が…」

「貼って」

「そ、そう。じゃ、ちょっと待ってね」

 ふん…。

 もっと剥がれにくいものをこの指には…。


 土曜日 午後11時3分  待ち合わせまであと10時間57分

 

 あ、眠ってしまってたんだ。

 ソファーで横になったまま、私は眠っていた。

 その顔に微かに当たる風。

 目を開けると、シンジが団扇を仰いでくれていた。

「あ、どう?まだ気持ち悪い?」

「大丈夫。アンタ、ずっと?」

「え?あ、ああ、うん」

「ふ〜ん。ありがと」

「え、あ、どうも」

 リアクションが気に入らないわね。

 そんなに私から感謝の言葉が出てくると変なの?

「アイスクリーム」

 こんなときは我儘に限るわ。

「あ、わかった。待ってね」

 シンジは素早く冷蔵庫に向かった。

 帰りにスーパーで買ってたの知ってるよ。

 だから言ってあげたんじゃない。感謝しなさいよ、馬鹿シンジ。


 日曜日 午前0時15分  待ち合わせまであと9時間45分

 

「アスカ、もう寝ないと」

「うっさい。もう1ゲーム」

「明日…じゃないや、もう今日だよ。アスカが楽しみにしていたデート」

「はん!大丈夫。さ、もう1ゲーム行くわよ!」


 日曜日 午前2時20分  待ち合わせまであと7時間40分

 

 私はベッドに潜り込んだ。

 いい一日だったわ。

 早く使徒なんかいなくなって、毎日がこんなに楽しければいいのに。

 寝る前に神様に私は祈ったわ。

 そんな日が一日でも早く来ますように…。

 今日はぐっすり眠れそう。

 

 

 

 

 


 日曜日 午前9時5分  待ち合わせまであと55分

 

「起きなよ、アスカ!もう9時過ぎてるよ!」

 私は重い瞼を何とか開いた。

 目の前にシンジの顔。

「あ、おはよ…」

「おはようじゃなくて、早くしないと。ほら、お風呂の準備もできてるし」

「ありがと…でも、もうちょっと眠らせて…」

「何言ってんだよ。加持さんとデートだろ」

「え?あ、そうだっけ…?」

「そうだっけじゃないよ。急がないと…」

「シンジは私に行って欲しいの?」

「え…?」

「私に加持さんとデートして欲しい?」

「そ、それは…」

「どうなの?答えて」

いやだ…」

「小さくて聞こえない。はっきり言いなさいよ。男でしょ」

「……」

「さあ」

「いやだ。行って欲しくない…!」

「ふ〜ん。じゃ、行かない」

「え…」

「お昼御飯まで眠らせて」

「あ、で、でも…」

「そうだ。携帯取って」

「あ、そうだね。加持さんに連絡したほうが…」

 携帯電話を手渡すシンジに私は欠伸まじりに言ったの。

「馬鹿ね。別のところ」

 短縮番号を押す私。

「あ、私。アスカよ。あのね…」


 日曜日 午前10時25分  待ち合わせから25分超過

 

「遅いなぁ、アスカちゃん」

 ちょっとした遊び心でアスカを誘った加持の耳に、その時不吉な音が飛び込んできた。

 時速80キロで交差点を曲がる、ルノーのタイヤが軋む音が。


 日曜日 午後0時43分  待ち合わせから2時間43分超過

 

「何、これ?お昼ご飯がどうしてこんなに豪勢なの?!」

「あ、うん。ちょっと嬉しいことがあったから」

「ふ〜ん、そうなの。まあいいわ。アンタのそのお祝いに付き合ってあげるわ。嬉しく思いなさいよ」

「うん!ありがと、アスカ」

 いい笑顔よ、シンジ。

 他の女にそんな笑顔見せたら、ただじゃすまさないから。

 いいこと?アンタの笑顔は…ううん、アンタのすべては私のもの。

 昨日、そう決めたんだからね。覚悟しなさいよ。

 

 

憧れは時の流れに…  − おわり −

 

2003.02.23  ジュン


<あとがき>

 6000HITありがとうございます!
 そして名乗り出てくれなかった、5555HITの方にも感謝の言葉を!
 だって、こんなにカウンターの回りが加速化するなんて、予想していなかったから。正直リクエストSSが無くて助かりました。
 ホント、ターム様とこめどころ様のサイトパワーは凄いや。この両所で広告した途端にこれだから。
 このスピードが鈍化しないようにがんばって書かなきゃ。

 てことで、6000HIT記念SSでしたが、お楽しみいただけましたでしょうか?
 浮気…じゃないな、ちょっとした加持の遊び心がアニメ本編をLAS方向へ捻じ曲げてしまいました。
 これで人類補完計画はおじゃん間違いなし。偉いぞ、加持!褒美はミサト一生分のご奉仕。あ、奉仕するのは加持さん、あなただよ。