僕は悪魔の子なんだ。
 この前、母さんがこっそりと教えてくれた。
 もう11歳になるんだから、知っておいた方がいいって。 
 何てことだよ。
 そんなの、不意打ちだ。
 その上、お隣のアスカは天使の末裔で生涯の仇敵になるんだって。
 最低だ…。







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2004.6.6         ジュン









 母さんは冗談をよく言う。
 だから、今度のも冗談だと思い込んでいた。
 6月6日の午前6時に産まれた子供は悪魔の子供だって。
 あまりにも馬鹿げてる。
 そんなの世界中に何百人もいるはずだ。
 僕はそう言って笑ってやった。
 今回のはちょっと子供騙し過ぎると。
 でも…僕の言葉を聞くと、母さんの表情が変わった。

「シンジ、あなたはね大魔王の子供なのよ。だから、あなたは元から魔族なのよ」

 そして、にやっと笑った。
 思わずぞっとするような笑顔で。

「は、はは、そんな。父さんが大魔王?へ、変だよ」

 そうは言いながらも、僕は奇妙な感覚に囚われている。
 うちの父さんは元々変だ。
 人間離れしてるのは確かだし。
 背が思い切り高くて、笑わないし、無口だし。
 あ、まさかあの毛むくじゃらの胸毛が悪魔の証?
 それじゃ、僕にもあんな気持ちの悪い胸毛が生えてくるんだろうか?
 そのことを母さんに言うと、それはもう不気味にニヤリと笑うんだ。

「そう、それも悪魔の証。あなたにも後数年でその証が現れるのよ」

「ええっ!あんなのが!」

 僕は自分の胸元を見つめた。
 あんなのが生えてきたら、アスカは何と言うだろうか?
 気持ち悪いっ!ってぶたれるのかも。
 いや、絶対にぶたれる。
 アスカは気持ちの悪いものが大嫌いだもんね。
 どうして母さんはあんなのが気持ち悪くないんだろうか?

「それもこれも、明日の午前6時に決まるのよ。あなたが11歳になったその時に。
 その瞬間、あなたに魔族たるべき証が現れ、そして私たちの仲間入りするの」

「あ、証!」

「そう、勝手に唇が動いて、サタンへの忠誠を誓うのよ」

 な、何てことだ。
 その後、母さんは魔族について語り続けた。
 もっとも、僕はほとんど聞いていない。
 そりゃそうだろう。
 自分が魔族だったなんて。
 父さんが大魔王で、母さんがその妻っていうのはよくわかる。
 いや、それでこれまでの謎が解けた。
 深夜に父さんがどこの言葉ともつかないような声で変な抑揚をつけて喋っているのを聞いたこともある。
 あまりの恐ろしさに、行きたいトイレを我慢してお漏らしを…1年生の時だよ!
 母さんだって時々わけのわからない食べ物を父さんにだけ食べさせている時がある。
 あれって何の肉なんだろう?
 僕もああなってしまうんだろうか。
 いやだいやだ、絶対いやだ。

 そうだ、アスカなら!

 僕は尚も喋り続ける母さんを放っておいて、部屋を飛び出した。
 隣の家まで徒歩15歩。
 時に6月5日午後8時。

「こんばんは!」

 一声叫ぶと、答えも聞かずに靴を脱ぎばたばたと2階に駆け上がる。
 もっとも、これは毎度のことなので別に今回が特別なわけではない。
 アスカとは毎日のように遊んでいるからね。

「アスカっ!」

「きゃっ」

 胸毛の件を持ち出すまでなく、僕はアスカに叩かれた。
 左右の頬に一発ずつ平手を貰った。
 何、ただタイミングよく風呂上りのアスカがもう一度汗を拭おうと、
 上半身が裸でバスタオルを使っていただけのことで。
 びっくりした。
 いや、叩かれたことじゃなくて、アスカの胸が少し膨らんでいたことに。
 そういえば、今年から一緒にお風呂に入らなくなったんだけど…。
 そういうことだったんだ。納得。
 ………。
 って、それに得心するんじゃなくてっ!
 僕は怒り狂うアスカに何とか事情を説明した。
 ところがアスカは全然理解してくれない。

「アンタ、ユイさんに騙されてんのよ、いつものように」

「そ、そうかなぁ」

「あったり前じゃない!こんなに弱っちい魔族がいるわけないでしょ」

 アスカは僕のおでこをぱちんと叩く。

「痛っ!」

「あはは、じゃ私は何?アンタが魔族なんだったら、このアスカ様は何だっていうわけぇ?」

「アスカは天使なの」

 扉のところにキョウコさんが立っていた。
 お盆にメロンのお皿を二つ載せて。

「て、天使?」

「アスカが?」

 キョウコさんは観念したかのように目を瞑った。
 そして、呆気に取られた僕たちに話してくれたんだ。

 惣流家は天使の一族で、人間界に降臨している魔族…うちのことだ…を監視するために遣わされたそうだ。
 で、大魔王の息子である僕が覚醒しないようにしていたのだと。
 アスカは僕を油断させるために、人間との姿でいさせたんだそうだ。

「でも、アスカももうそろそろ天使の姿に戻りそうなの。
 背中が変じゃない?あちこちの骨が痛くない?」

「骨は痛いけど。でも!背中って、まさか羽でも生えてくるとか!」

 キョウコさんは荘厳な面持ちでうなずく。

「嘘、嘘っ!」

 アスカはいきなり脱いだ。

「シンジ、見てっ!何か生えてる?」

 胸だけはしっかりパジャマで隠してるけど、僕の目の前に白い背中。
 う〜ん、どこにも羽なんか見えないけど…。

「シンジ君、肩の下あたりを触ってみて」

 キョウコさんの言葉に導かれるように、僕は言われた場所に触れた。
 アスカの背中がびくんと震える。

「どう?アスカ、そこが熱くない?」

「あ、熱いっ!シンジの触ってるところが凄く熱いわ!」

「それが証拠よ。さ、背中をしまいなさい」

 アスカは火照った顔で身づくろいをした。
 そ、それじゃ、僕とアスカは敵同士!
 顔を見合わせた二人は顔を歪めた。
 そして、抱き合って泣き出しちゃったんだ。

「ヤだ、ヤだよぉ。シンジと敵だなんて絶対にヤっ!」

「僕だってイヤだよ。アスカと戦うなんてイヤだっ!」

「何とかなるかもしれないわよ」

 ひとしきり泣き疲れたとき、キョウコさんがぼそりと言った。

「えっ!」

「本当ですか!」

「その代わり、この術を施せば二人とも完全に人間になってしまうの。
 それでもいい?普通の人間ってことは、何の力も持つことができないのよ。
 本当にそれでいいの?」

「いい、いいっ!それでいい!」

「僕も!普通の人間になればアスカと結婚できるんですよね!」

「シンジ!」

「そうよ。でもね、アスカ以外の人間と結婚したら、ううん浮気をしてもいけないのよ。
 そんなことをすれば、たちまちあなたたちの身体は消滅してしまうの。
 アスカの方も同様よ。シンジ君以外の男性に心を奪われれば同じ結果になるの。二人とも大丈夫?」

「ずえぇったいにっ、大丈夫っ!」

「僕だって!」

「私、シンジ以外の男なんて好きになんかならないもん!」

 キョウコさんはにっこりと微笑んだ。
 ああ、天使の微笑ってきっとこんなのなんだな。

 

 

 その後、キョウコさんは一晩かけて術を施してくれた。
 僕たちは変な薬を飲まされて、眠ってしまったから何があったのかよくわからない。
 ただ、目を開けた時、僕たちは真っ赤になってしまった。
 アスカのベッドに二人とも裸にされて横たわっていたから。
 顔を背けて「ごめん!」って言ったんだけど、繋いでいる手はとても気持ちよかった。

「これで、僕たち人間になれたんだね」

「やったねっ!でも今日から私たちは夫婦なのよ」

「夫婦!まだ大人になってないよ」

「はん!浮気禁止ってことは夫婦ってことなのよっ!」

「そうなの?」

「そうなのよ!さ、じゃ、新婚旅行行こうよ。せっかくの日曜日なんだしさ」

「新婚旅行?どこに?」

「駅前のショッピングセンター!お昼も一緒に食べよ!」

「うん!お小遣い全部持っていくよ」

「と〜ぜんっ!そのあと、ボーリングにも行くわよ!」

「わかったっ!じゃ、用意をしてくる!」

 ベッドから飛び出した僕は素っ裸だということに気付き、
 真っ赤になって傍においてあった服を慌てて着た。
 そんな僕をアスカはシーツを首の辺りまで引っ張って笑って見ていた。

 ああ、人間になったんだ、僕は。
 なんてすがすがしい朝だろう。
 雨はしとしと降ってるけど。
 僕の心は日本晴れだ。
 今日、僕は11歳になった。
 早く大人になってアスカと結婚したいなぁ。

















二人を玄関で見送ったキョウコの微笑がやがて唇を歪めたものに変わる。
邪悪な笑みにもかかわらず、その表情は満足げだった。
覚醒の儀式はつつがなく終わったのだ。
己の娘を贄にして。

(ダークエンドバージョン)

これじゃちょっとなんなので、下記のノーマルバージョンでどうぞ












 

 

「はぁい、ユイ。終わったわよ」

「出て行った?」

「ええ、手をしっかりと繋いでね」

「それはカワユイことで」

「シンジ君、すっかり誤解してたわよ。いろいろ聞き出したけど。
 おたくの旦那が夜中に呪文を唱えてたんだって」

「は?」

「きっと、カラオケよ。外で歌えないものだから、ホームカラオケをこっそりしてたんでしょ。
 おたくの旦那は美声だからね」

「そうでしょ!」

「皮肉。わかんない?それにアンタ、アレ食べさせてるでしょ」

「アレ?」

「イモリとかスッポンとか」

「ああ、アレか。精つけてもらわないとね」

「お盛んなことで」

「ふふふ」

「この堕天使が」

「煩いわね、このデビルウーマンが」

「デビルマンレディーと言いなさいよ」

「どっちだっていいじゃない。魔族崩れには違いないでしょ」

「何よ、魔族に魅せられて羽を引っこ抜いたくせに」

「痛かったぁ、あれは。ま、ゲンドウさんによしよししてもらったからすぐに治まったけどね」

「ど〜してあんなのがいいんだろ?うちのハインツのほうがずぅっといいじゃない」

「私たちを追いかけてきた天使に一目惚れして、無理矢理下界に引き止めさせたのはどちらさんでしたっけ?」

「はいは〜い、私で〜す」

「アスカちゃんそっくり。娘の前じゃ猫被ってるんでしょうけど」

「アンタだって。ま、アンタがしっかり封印してくれてるから、シンジ君の覚醒の心配はないんですけどね」

「当然でしょ。大魔王と天使の混血児だなんてどんなのになるかわかったものじゃないわ」

「それはうちのアスカも同じ」

「で、キョウコ。何したの、あの二人に。黒魔術?」

「失礼ねっ!白も混ぜてるから灰色魔術よ」

「で、どんなの?」

「ん?二人の血を混ぜたの。これであの二人は絶対に引き離せないわ」

「おやおや、まだ子供なのに」

「仕方がないでしょ。魔族通信に載ってたもの。アイツが覚醒したって」

「あら、堕天使のことが、魔族通信に…って、あなた、まだアレ定期購読してるの?」

「はん!堕天使にメロメロになってすっかり魔族との関係を絶っちゃった大魔王とは違います。
 こちとら魔族の特攻隊長だったんですからね」

「で、あの堕天使のことが不安なの?アスカちゃんが誘惑されないかって」

「違うわ。心配なのはシンジ君の方よ。彼は男の子専門でしょ。あの赤い瞳で迫られたら、シンジ君ふらっとなっちゃいそうで」

「ああ、シンジならころっと誘惑されちゃいそう。まあ、これで大丈夫ね」

「そうそう。あの二人には変なこと考えずに、ゆっくりと今の生活を楽しんで欲しいの。それはユイも同じでしょ」

「ん?私は面白ければいいの。ただそれだけ。ねぇねぇ、それよりもさ、子宝授かる魔術はないの?
 もう一人欲しいのぉ。女の子が」

「じゃ、うちは男の子?」

「ええっ!授かる前からフィアンセにしちゃうの?」

「何を今更。アスカとシンジ君の時だってそうだったでしょ。でも、あの調子じゃあの二人って20歳前に結婚出産しそうよ」

「あらま、随分と若いおばあちゃんになっちゃいそうね、お互い」

「見た目はね。本当の年は…」

「しっ、それは言わぬが花よ、キョウコ」

「そうね、じゃ…。たまにはテレパシーじゃなく、顔を合わせましょ。カラオケでも、ね。あ、おたくの旦那抜きで」

「失敬ね。ゲンドウさんの歌声の素晴らしさがどうしてわからないのかしら。じゃあね」

 

 

< Fine >


 

<あとがき>

 えっと、ははは、ごめんなさい。電波ものですね。はい。一発ネタですから短い短い。
 まあ魔族の特攻隊長であるキョウコさんにかかっちゃ、まだまだお子様のアスカなんか簡単に誘導されてしまいます。
 そりゃあ裸の背中をシンジに触られちゃ、そこが熱くなってしまいますよね。骨が痛いのは成長期に決まってるでしょ。
 チャットでお話していましたら、シンジの誕生日ネタの話題になり…ふと思いつきました。
 あ、因みに「666」っていうのは『オーメン』のダミアンの誕生日です。『オーメン』っていうのは…自分で調べてください(爆)。
 まあ、悪魔の子って事です。
 チャットのお相手は…秘密です。ふふふ。ご本人の承諾がありませんから。言ってないし。
 某rego様以外の二人の名前は想像できないでしょうねぇ。
 てことで、2004年のシンジ生誕記念SSでした。

 

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