第3東京私立第壱中学校3年B組…

 私がいるわ…15歳の私が。

 赤毛猿と違ってつつましく、そして儚げに微笑んでる。

 洞木さん…鈴原くん…相田くん…。

 でもここにはいないわ。

 みんな楽しげに笑って写っているのに、

 あの二人だけがこの写真の中にはいない…。

 可哀相な二人。

 そう…この写真を撮る直前に、あの二人は緊急出動して…。

 そのまま…。

 本当に可哀相…。

 

 

 

7000HIT記念SS

卒 業 写 真


2003.3.3

ジュン

 

 

 

 

 

 あの日、卒業写真を撮るからって、みんな精一杯おめかししていたわ。

 アスカも念を入れてブラッシングしたり、私の碇君にチラチラ視線を送っていた。

 私も…実は少しスカートの丈を短くしていたの。

 撮影は2時間目の予定だった。

 その直前に、ネルフから呼び出しがあったの。

 東南アジアで大規模な軍事クーデターが発生したからとかで、碇くんとアスカが現地に向かうことになったの。

 私のエヴァはもう動かなかったから。

 アスカは膨れていたわ。

 一生ものなのに!って。

 碇くんったら必死になだめて…ほうって置けばいいのに。

 あれは碇くんにかまってほしいから、わざとやってるのに気付かないのかしら。

 恋は盲目。

 あんな野蛮な女のどこがいいのかしら?

 私なら、碇君を暖かく包んであげられるわ。

 どうして、私を選んでくれなかったのかしら?

 きっとアスカのことだから、碇くんが逃げられない状況に追い込んだのね。

 ふっ…、仕方がないわ。

 そうやってあきらめているような顔をしながら、私は密かにチャンスを窺い続けていたの。

 なかなかチャンスは巡ってこなかったけど…。

 そう、あの日のことだったわね。

 出動していった二人とエヴァを載せた専用機が南の方角へ向かっていくのを私は教室の窓から眺めていたわ。

 碇くん、無事に帰ってきてね。

 アスカは消息不明になってもいいわ。

 ううん、それは駄目ね。

 優しい碇くんのことだから、アスカがそんなことになったら絶対に忘れはしない。

 そうね、やっぱりアスカにはこの世からいなくなってもらわないと…。

 私がそんな事を思ったから…。

 そんな邪なことを考えたのがいけなかったのかもしれない。

 1ヵ月後の卒業式に、二人の姿はなかった。

 私が愛した優しげな微笑みと、私が憎んだ不敵な微笑みは、そこには…。

 慶びの旅立ちの式は悲しみに包まれて…。

  

 

 バシィッ!

 

 

「痛いわ。何をするの?」

「何よ、それ?まるで私とシンジが死んだみたいに」

「そんなこと、一言も言ってないわ」

「言ってるようなものじゃない!」

「そうかしら?」

「そうよ!私たちは卒業式の翌日に帰国したじゃない!」

「そうよ。でも、卒業式のときには日本にいなかったわ」

「だから、誤解を生むようなこと言わないの!」

「よかったぁ!ママとパパ、死んでなかったんだ」

「ほら、アンタが変な話するから。

 シンイチ、こんなおばさんの言うこと信じたら駄目よ」

「おばさん…同い年の癖に」

「こら、レイ。その手どかせなさいよ。ほら、私たちの写真を隠すんじゃないの」

 アスカは私の手から卒業アルバムをもぎ取ったわ。

 本当に野蛮な女。

 そして、可愛いシンちゃんにアルバムを開いて見せている。

「ほらね、パパとママはみんなとは一緒に写ってないけど、こっちに二人の写真があるでしょ」

「死んだ生徒みたいね」

「馬鹿レイ!ぼそっと言うな。ね、二人とも、いい顔して写ってるでしょ!」

「うん、ママすごくかわいいよっ!」

「か、可愛いって…。子供って正直ね。オヤツは特製プリンよ」

「わ!ありがと、ママ!」

「でも、パパの方は顔が引き攣っているでしょ。迷惑だったのね、こんなポーズが」

「どこが迷惑よ!凄く喜んでるじゃない。

 世界一の美少女と腕組んでるんだから、嬉しくないわけないでしょうが!」

「自分で言う?碇君はいやがって…」

「ちがうよ。パパ、こんな顔のときは、ホントはよろこんでるんだよ。ぼく、しってるもん」

「あら、そうなの?」

「うん、わざとこまった顔してるんだよ。はずかしいから」

 さすがは碇くんの息子ね。人の気持ちがよくわかってるわ。

 とてもアスカのお腹から産まれたとは思えない。

「へっへ〜ん、ね!シンイチはよくわかってんのよ」

「でも、この写真は迷惑だったでしょ」

 私は団体写真と二人の写真を見比べた。

 団体写真は見開きの2ページにはなっているけど、私の顔は直径1cmにもならないほど小さい。

 それにひきかえ、二人の写真は…。

 写真自体は縦10cmくらいの大きさだけど、二人の顔は3cmくらい。

 その上、碇くんの腕に甘えてすがり付いてVサインをしているアスカ。

 私にはとても真似ができない。

「そうかな?みんな喜んでいたじゃない」

「でも、先生のパソコンのキーボードを壊したわ」

「あれは…なかなかあの写真を使ってくれないから少し抗議した時に、たまたまじゃない」

「職員室で大声張り上げたくせに」

「さ、さあ…。覚えてないわ」

「私ははっきり覚えているわ。

 もうやめようよってアスカの腕を引っ張る碇くんを振りほどいて…、アスカは言った。

 世界の平和を守ったのは私たちよ!これくらいの我儘くらい許しなさいよ!

 ……てね」

「そ、そうだったかしら…?そんなこと言ったかな…?」

「しらばっくれて…。それからキーボードを叩き壊したのよね」

「ち、違うわよ。机を叩いたら、たまたまそこにキーボードが…」

 私は冷たい視線をアスカに向けたわ。

 本当に野蛮なんだから…。

 こんな女のどこがいいんだろう?

 息子の前で旧悪を露見されてあたふたしている。

 惨めなものね。

 でも…羨ましい。

 本当に羨ましい。

 碇くんといつも一緒にいられるなんて…。

 

「ねえ、シンちゃん。お姉さんと結婚しましょうか?」

 ブッ!

 アスカが紅茶を吹き出した。

「汚いわね、アスカは」

「な、何言い出すのよ」

 慌てふためきながらも、すかさず布巾でテーブルを拭いているところはさすがに主婦なのかもしれない。

 私は何となくそう思った。

「あ、アンタとシンイチの年がいくつ離れているかわかってんの?!」

「20才」

「簡単に言ってのけたわね。シンイチが25歳になったときには、アンタは45歳よ。45歳」

「あら、コールドスリープがいよいよ実験段階に入ったの知らないの?

 赤木博士が実験体を探していたわ。

 シンちゃんが婚約してくれるなら、私が応募してもいいわ」

「あ、あ、アンタ、本気?」

「どうかしら?シンちゃん、お姉さんと結婚する?」

 私は膝の上に座っている、碇くんそっくりな瞳のシンちゃんに微笑みかけた。

「ダメだよ。ぼくはママと結婚するんだもん」

「は、ははは!ほら、ごらんなさいよ、レイ!アンタなんか眼中にないって。ねえ、シンイチ」

「あら、シンちゃんがママと結婚するなら、パパが浮いてしまうわね。

 じゃ、碇くんは私がいただこうかしら?」

「な、な、何を言うのよっ!」

「アスカは贅沢ね。私の欲しいものを全部独り占めにしちゃうんだから」

「……」

「あら、怒った?」

「怒ってない。悪いと思ってる。

 でも、絶対に私は誰にも渡さない。シンジは私のもの。

 ごめんね…レイ」

「今日は素直ね。じゃ、あきらめてあげる」

 その時、シンちゃんが私の膝からぴょこんと床に飛び降りた。

「あ、パパだ!」

「ホント、帰ってきたわね」

 え…?わからない。どうしてわかるの?

 私の前から親子の姿は消えたわ。

 先を争うように二人は玄関に走っていってしまった。

 これが…家族…?

 ほんの小さな物音でわかるのかしら…?

 

 そして、私が碇家を去ったのはそれから2時間後。

 もう10時になろうとしている。

 碇くんもアスカも車で送っていくってきかなかったけど、私はあくまで断った。

 ゆっくり歩いて帰りたい気分だったから。

 私は振り返って、周りと同じようなごく普通の家の前に立つ3人を見たわ。

 私に向かって手を振る親子。

 シンちゃんは碇くんに肩車してもらってる。

 私も大きく手を振り返した。

 こんな風に手を振るのは初めて。

 だから、少し向こうの動きが止まったみたい。

 でも、それからさっきよりも大きく手を振り出した。

 私は薄く笑うと、もう一度大きく手を振って、暖かな家庭に背を向けた。

 私の手にはA4サイズにプリントされた写真がある。

 つい1時間ほど前に撮影したデジカメの写真。

 無理を言ってすぐにプリントしてもらった。

 私は街灯の下で、その写真をしげしげと眺めたわ。

 私とアスカを左右に、そしてシンちゃんを膝に置いた碇くん。

 大きなソファーに私たち4人がいる。

 幸せそうな碇家の3人。

 私は…?

 私も微笑んでいる。

 アスカにからかわれたほど、いい笑顔で。

 自分でもいい笑顔だと思う。

 そう。この写真には最上の笑顔で写りたかったから。

 だって、この写真は卒業写真だから…。

 私は、そっと写真の碇くんにくちづけた。

 プリントした紙特有の匂い。

 キスの匂いはこの匂いしか私は知らない。

 本当のキスってどんな匂いがするのだろうか?

 私はそれを知ってもいいと思った。

 明日のデートでは許してあげてもいい…。

 そう思っている。

 駅前の喫茶店で10時に待ち合わせ。

 そこで必ず私より先に来ているあの人。

 もちろん、あの人は碇くんではない。

 それは当たり前のこと。

 当たり前の。

 人は一人一人違う。

 私も…私は多分四番目の私。

 記憶は前の綾波レイの記憶をそのまま受け継いでいる。

 でも、私は私。

 私は綾波レイ。

 この世界に、綾波レイはたった一人しかいない。

 他の綾波レイはもうどこにも存在していない。

 それは当然のことなのだけど…。

 私はそんなことを考えながら少し歩いて、町並みが遠くまで見える場所に立ち止まった。

 ガードレールの20mほど下に公園の林が広がっている。

 そして、その林の向こうに家の灯りが見える。

 その灯りはずっと…ずっと遠くまで続いているみたい。

 その一つ一つの灯りに幸福な家族の生活が営まれているのだろう。

 私もそんな灯りを手に入れてもいいの?

 この写真の家族のように幸福になれるかな?

 私は写真をもう一度じっくりと眺めると、写真を真中で二つに折った。

 そして、ゆっくりと折り目をつけていく。

 できあがっていく、紙飛行機。

 できるだけ遠くに飛んでいって欲しい。

 私の思いがその折り目に込められていった。

 やがてシンプルな形の紙飛行機が完成した。

 よく見ると、私の顔が折り目で曲がって泣いているように見える。

 あんなにいい笑顔だったのにね。

 私は大きく息を吸うと、紙飛行機を頭上に構えた。

 星空に突き出すように、右手を高く、高く掲げて。

 そして…。

 紙飛行機は公園の林の方へ飛んでいく。

 しばらくはその白い機体が見えていたけど、直に見失ってしまった。

 私の卒業写真は、卒業アルバムに貼られることはない。

 

「さよなら、碇くん…。さよなら、私の……」

 

 これが、私の一人だけの卒業式だった。

 

 

 

 

− Fin −

 


<あとがき>

 お読みいただきありがとうございます。

 LASの成就の陰で泣く女、レイを主役に書いてみました。レイの視点で描いたLASです。

 ジュンの書くレイは、最後には身を引かざるを得ない宿命を背負っています。

 だって、レイを幸せにしたら、アスカが不幸になってしまうもの。

 さて、今回のお話。明日、レイとデートをする男性はいったい誰なんでしょう?わざと明記していません。ケンスケ?カヲル?それとも、未知の誰かさん?ただ一つだけ言えることは、“幸せになってね、レイちゃん!”…ですね。

 “卒業写真”ですが、もちろんユーミンのあの曲です。で、歌っているのは…この作品のイメージでは、岩崎宏美なのです。ユーミンでもハイファイセットでもありません。カヴァーアルバムで歌っていたのですが、私にとっての“卒業写真”は彼女の歌唱なんです。ほとんどの人は聴いたことがないと思いますが…。

 

2003.03.04  ジュン

 

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