77777HITしていただいたぶーめらん様さまのリクエストです。

お題は…。

「学園系エヴァ」「7のつくもの(ちなんだもの)」「ゲンドウ+アスカv.s.シンジ+ユイ+アスカママ」というお題を頂きました。

ということで、77777HIT記念SSです。

 

 

 


 

 

 はん!

 楽勝よ、楽勝!

 最後の問題の答は…“示準化石”に決まってんじゃん!

 120%以上の確率で満点間違いなし!

 

 アスカはニンマリと笑うと、右斜め前方のシンジの背中を見た。

 そのシンジは解答を書いたり消したりと忙しい。

 あの様子では満点は出そうも無い。

 アスカは机に頬杖をついて、じっとシンジの背中を見つめていた。

 大好きな、大好きなシンジの背中を。

 その背中が動いた。

 そして、シンジが斜め後のアスカをちらりと覗き見る。

 待ってましたとばかりに、アスカは笑顔でVサインを送った。

 ごつん。

「痛っ!」

「テスト中に変な動きをしない」

「はぁ〜い」

 拳を落とした金髪黒眉毛の判定者である理科教師の後姿に、いぃ〜だっと舌を出すアスカである。

 その時、彼女のVサインを確認したシンジは机に沈没していた。

 負けちゃった…。

 

 一番勝負。

 知力の戦い。

 結果発表を待たずして、アスカの勝利が決まったようだ。

 

 

 

 

 

LAS七番勝負

 


ジュン   2003.10.15

 

 

 

 

「ふっ…、アスカ君がまず一勝だ」

「何よ、嬉しいのならちゃんと笑って見せなさいよ。ねぇ、キョウコ」

「そうそう。でもこの最初の勝負は最初からアスカが勝つとわかってたし」

「ああっ!うちのシンジが馬鹿って言いたいの?」

「いいえ、うちのアスカが天才なだけよ」

「ふふふ、仲間割れか」

「うるさいわね、貴方は黙ってなさい。大体アスカちゃんがそんなのだから…」

「待ってよ、ユイ。それより、明日の美術。シンジ君は大丈夫なの?」

「う、う〜ん、少し…」

「ふん、シンジの絵などどうにもならんわ」

「ええっ!じゃ、シンジ君は連敗?」

 

 七番勝負初日。アスカ1勝0敗。マジック3。

 

 


 

 

 判定者である、伊吹マヤは背後からシンジのスケッチブックをそっと覗いた。

 そして、そのつぶらな瞳を天井に向けた。

 ユイたちの指示により、ペアになってお互いの顔をスケッチするようにしたのだが…。

 もちろん、アスカとシンジがペアである。

 二人とも真剣に描いてはいるのだが、明らかにアスカの方が巧い。

 シンジはリアルに書こうとして、鼻や眼が大きくなったり、唇が剥き出しになったりで、消しゴムがどんどん消費されていく。

 書き直せば直すほど、酷くなっていくアスカの顔。

 マヤはこの絵をアスカに見せた時に、シンジの頬に鮮やかな紅葉が見られるということを予感した。

 

 15分後、紅葉は見頃となった。

 芸術勝負、アスカに軍配。

 

「わぁ…アスカちゃん、巧いわねぇ」

「ほらほら、この隅に可愛いシンジ君も描いてるでしょう」

「あらま!可愛い!」

「ふむ…確かにこれは…」

 自分のも描いてくれないかと、思ってしまうゲンドウであった。

「貴方、妙な事を考えてないでしょうね?」

 さすがに亭主のことには鋭いユイである。

 ゲンドウは慌てて話題を変えた。

「と、とにかく、これで連勝だ。かなり有利だな」

 満足したように頷くゲンドウをユイは睨みつけた。

「ふん。明日は体育で勝負よ。次はシンジが勝つわよ。だって競技は…」

 

 2日目。アスカ2勝0敗。マジック2。

 

 


 

 

 ほう…、これは予想外の展開だな。

 加持はマナの鉄腕に完全に抑えられている男子チームの姿に驚いていた。

 三番勝負は球技大会のソフトボールの模擬戦だった。

 同じクラス内で男子と女子に別れての7回勝負。

 女子の方の体育教師の加持はアンパイア。

 もう一人の体育教師である青葉は男子チームの監督だ。

 そして、授業のない美術教師のマヤが女子側の応援をしている。

 青葉は試合を追いながらも、ちらちらと1塁側で元気に黄色い声を上げているマヤを見ている。

 そんな青葉がマヤのことを好きだと言うことは、本人たち以外は見え見えの事実だった。

 さて、問題の試合である。

 個人としての身体能力はシンジを上回っているアスカだったが、今回は集団競技。

 はっきり言ってチームワークを無視しがちの個人主義者であるアスカだけに、この勝負はシンジ有利かと予想されていた。

 ところが、女子チームは目の色を変えて勝負しているのである。

 その細腕にもかかわらず鋼鉄のエースと呼ばれているマナは、男子のバットに快音を与えなかった。

 大体マナ自身がアスカのためにシンジへの片思いを粉砕されているのである。

 それなのに、アスカの側に立ってマウンド上でその雄姿を見せているのは…。

 可愛さ余って憎さが百倍。

 まずシンジの側に立ってわざと打たれるというのは、ソフトボール部のエースとしてのプライドが許さない。

 そして、恋敵のために全力を尽くしている自分の姿にマナは酔っていた。

 ああ…私って何て美しいんだろう…。

 そんな単純なマナの心理をアスカは巧妙に利用していた。

 試合前にマナにただ告げただけなのだ。

「はん!アンタに期待なんかしてないから!どうせ、シンジを勝たせようと手を抜くんでしょ。

 まあいいわ。そんな陰湿な女なんか一生ヒロインになれっこないんだし」

 そして、少し考え込んだマナに聞こえるように、アスカはあるアニメ番組の主題歌を鼻歌で歌っていた。

 マナはその憧れのアニメ番組のヒロインに自分を投影してしまった。

 

 私は、ヒロインになるの!

 甲子園の優勝投手になってアイドルになってやるんだわ!

 どこか女子高が優秀な人材を集めないかなぁ…?

 真っ赤に燃えているマナの背中をショートから見つめながら、アスカはニンマリと笑っていた。

 

 0対0で迎えた7回の裏。

 最終回である。

 2アウトだが一塁二塁。

 バッターはマナ。

 マウンドには5回からトウジがリリーフに立っていた。

「打たさへんでぇっ!」

「こいっ!」

 1−2からの4球目。

 少し球威の落ちたストレートがインコースに甘く入る。

「もらったっ!」

 マナは強振した。

 バットの芯で捉えた打球は綺麗に三遊間を破る。

 あまりに打球が強すぎて、セカンドランナーは本塁を突くことができない。

 1塁ベース上で、マナが砂を蹴り上げて悔しがる。

 片やトウジは肩で息をしていた。

 まずいな…、もう限界のようだ。

 男子チームの青葉監督は覚悟を決めた。

 女子の次のバッターはアスカ。

 マナほどではないが、打者としてはかなりのものだ。

 今日も2本ヒットを打っている。

 後続の打者がヒカリだけに勝負はしたくないのだが、満塁のため勝負せざるを得ない。

 アスカはバッターボックスの脇でぶるんぶるんと素振りを繰り返す。

 それを見て、トウジは青葉の方を情けなさそうな顔で眺めた。

 青葉は立ち上がった。

「ピッチャー交代。……俺が投げる」

 女子チームから一斉に非難の声が上がった。

 男子チームはマウンドに集まって、世間話をしている。

 そして、ライトの守備位置のシンジは胸を撫で下ろしていた。

 よかった…これで負けはなさそうだ。

 この勝負は引き分けだね、アスカ。

 アンパイア兼判定者の加持はこれはどうしたものかと悩んでしまった。

「困ったなぁ。アイツ、この勝負のこと知らないから、すっかり熱くなってるぜ」

「いいわよ、加持さん」

 加持の言葉を受けて、アスカは健気にもそう言い切った。

「私はこの勝負には負けらんないのよ!絶対に打つっ!」

「いいのかい?アスカ」

「ノープロブレム!大丈夫っ!」

 大きく頷くアスカを加持は頼もしいと思った。

 まさしく愛するものへの想いで大きなエナジーが身体に満ち溢れている。

 これはもしかすると…。

 加持はライトでぼけっと立っているシンジを羨ましげに見つめた。

 こんな素晴らしい娘に惚れられているなんて、君は世界一の果報者だぜ。

 

 アスカのエナジーは急速に低下していった。

 は、早い…!

 マナの倍以上はあるようなスピードでボールはキャッチャーミットに吸い込まれる。

 どすんっ!

 マナのような乾いた音ではない。

 地響きのような音をミットが立てている。

 青葉の投球練習を見て、アスカは青ざめた。

 こんなの打てるわけない…!

 崖っぷちに追い詰められたアスカは、その時天の声を聞いた。

「アスカちゃ〜ん、がんばってぇっ!」

 !!!!!

 アスカはニンマリと笑った。

 そして、加持に声をかけた。

「タイム。ピンチヒッターよ!」

「なんだってぇ?」

 加持は耳を疑った。

 女子チームにアスカ以上のバッターがいるわけない。

 アスカは勝負を捨てたのか?

 

 投球練習を終えた青葉は、アスカの代わりにバッターボックスに立った人間を見て呆然とした。

 ど、どうして、マヤちゃんがっ!

 バッターボックスの隅っこでマヤは足を震わせながら立っている。

 バットの握りも反対だ。

 打てるわけがない。

 青葉は大きく息を吸い、心を落ち着かせた。

 アスカ用の超剛速球は封印。

 マヤちゃんをびっくりさせないように外角低めにストレートだ。

 第1球。

 ばしぃんっ!

 それでもかなりの速球がキッチャーミットに炸裂した。

「きゃっ!」

 バットを放り投げて、マヤがその場にへたり込んだ。

 か、可愛い…。

 そして、尻餅をついたまま、彼女はじっと青葉の方を見つめている。

 涙目になっているようである。

 ま、まずいな、マヤちゃんに嫌われるわけにはいかないぞ。

 マウンドの青葉は誰の目にも動揺しているのが明らかだった。

 ベンチ…があるわけがないので、皆が屯している最前列にアスカはいた。

 足を踏ん張って、腕組みをし、どこから持ち出したのか野球帽をあみだに被っている。

 ガムを噛んでいないのが惜しいくらいの伊達姿だ。

 いける!

 いけるわ!

 作戦がばっちりよっ!

 加持に促されて、マヤが恐々バッターボックスに入る。

 最後部の一番端。

 つまり青葉から一番遠い場所だ。

 第2球。

 小学生にでも打てるくらいのスピードで、しかも外角に大きく外れた。

 ニヤリ。

 アスカはほくそ笑んだ。

 もう、ダメね。

 ところが、その時、アスカの計画を打ち破る一声がファーストから飛んだ。

 ピッチャーからファーストに移動していたトウジの一言である。

「あかんなぁ、センセ。そんなん男らしないでっせ。そりゃマヤセンセに嫌われるわ」

 その野次は青葉の闘志に火をつけた。

 マヤに嫌われるだと?

 俺は…、俺はマヤを愛しているんだ。

 ぐるんぐるんとシコースキー(ロッテ)並に腕を回すと、青葉は全身の力を込めてど真ん中に剛速球を投げ込んだ。

 どすんっ!

 ぺたんっ。

 前者はもちろんミットの音。

 後者はマヤの尻餅の音だ。

 アスカは蒼白になった。

 計算が狂った。

 青葉が燃えている。

 カウントは2ストライク1ボール。

 ぎくしゃくとした動きでボックスに入ったマヤの足は、ライトのシンジからも確認できるほど震えている。

 そんなマヤの姿に、ついに青葉は逆上した。

 愛するものの怯える姿に野獣の本能が甦ったのだ。

「すまない!マヤちゃんっ!

 しかし、俺は負けるわけにはいかないんだっ!

 君を…君を愛しているからだっ!」

 校庭が揺れた。

 男女関係なしで青葉の叫びに生徒たちは大歓声を上げた。

 声を出さなかったのは、アスカとマヤだけだった。

 アスカは唇を噛みしめ、マヤはぼけっと青葉を見つめている。

「行くぞっ!」

 再び、青葉はグルグルと右腕を回転させ、

 ありったけの愛を込めて超剛速球をミットに叩き込もうとした。

 その瞬間である。

 マヤが叫んだ。

「私も貴方が好きっ!」

「ふぇっ!」

 

 ぐわぁしゃぁ〜んっ!

 

 アスカは勝った。

 サヨナラ暴投である。

 ソフトボールはバックネットの上部に突き刺さった。

 三塁からレイがするするっとホームを踏む。

 1対0。女子チームの勝利だ。

 そして胴上げが始まった。

 もちろん、男子は青葉。女子はマヤを胴上げしている。

 アスカも女子の中心でマヤの背中を空へと突き上げている。

 全然計算どおりに行かなかったけど、最高の幕切れ。

 やっぱり野球って筋書きのないドラマよねっ!

 

 ただ一人、シンジだけがグラウンドに膝をついていた。

 

 

「ふっふっふ、どうだ。三連勝だぞ」

 勝ち誇ったゲンドウが精一杯の笑い声を上げた。

「ど、どうしよ、キョウコ」

「慌てないでユイ。明日は大丈夫よ」

「だって…」

「明日の勝負は、家庭科。料理よ。

 母親の私が太鼓判を押すわ。アスカよりシンジ君の方が絶対に巧い」

「あ…」

 ユイが手をぽんと叩く。

「ふん。こっちは3勝してるのだ。一つ位負けてもかまわん」

「はは、流れは変わる物だって知らないのかしら、誰かさんは」

「そうね、アスカはお調子者だから一度つまずくとそのまま狂いっぱなしってこともあるわよ」

 

 ともあれ、運動勝負は終わった。

 3日目。アスカ3勝0敗。マジック1。

 


 

 

「な、何これ?」

「カレー」

「お団子になってるよ。どうしてこんなに…」

「アスカ、指し水せずに強火で煮たんだろ。

 ルーも放り込んだだけで、溶かしもしないで」

「くわっ!どうして見ていた風に断言できるのよ!」

「だって、いつものことだし」

「馬鹿シンジの癖に生意気よっ!

 はん!アンタにも一つ位取得がなくっちゃねっ!」

「でも、アスカだってちゃんと料理を覚えてもらわないと…」

「ど、どうしてよ」

「だって子供の教育上よくないんじゃないかな?

 僕が作るより、ママのアスカが作る方がいいと思うよ」

 シンジの一言に、家庭科実習室は水を打ったかのように静かになった。

 ま、ママのアスカ…。

 この二人はこの年ですでに将来の生活設計をしている。

 毎度のことなのだが、そこは多感な中学2年生。

 二人が爆弾発言をするたびに、集団化石化状態になってしまう。

 聞こえてくるのは、味見と称してシンジのカレーをお玉で掬って味わっているレイが立てている音だけだった。

 ずずずずぅ…。

 辛いわ。でも、美味しい。

 

 判定者のヒカリもシンジの発言に呆然としたが、そこはアスカの親友。

 いち早く復旧して、料理勝負を判定した。

 勝者はもちろん…。

 

「ごめんね、アスカ」

「仕方がないわよ。さすがに料理勝負で私が勝つなんて八百長以外には有り得ないもん」

「ふ〜ん、負けず嫌いのアスカにしては珍しいわね」

「そっかな?」

「そうよ」

「きっと、シンジが得意な分野だからじゃないの?そんな勝負で勝ちたくないもん」

「あれ?それって、真剣に作ればもっと巧いっていう意味に聞こえるわよ」

「ああ!酷〜いっ!親友の癖にそんなこと言う?」

「ごめん。でも、いいなぁ…」

「何が?」

「碇君とラブラブだってことが、よ」

「それじゃあ、ヒカリも告白しなさいよ。ジャージ男だったら絶対に即効でOKするから!」

「だ、だってぇ…」

 トウジに愛妻弁当を毎日作ってくることを夢見る親友の姿に、

 愛夫弁当を毎日賞味しているアスカは何とかしてあげないといけないなと思うのだった。

 

「勝った、勝った!」

「ふん!たかが1勝にとち狂いおって」

「この1勝は大きいわよ。シンジ君の固さも取れるし、アスカが不安になるから」

「明日は音楽勝負よね。シンジ、がんばってよ!」

「さ、ユイ。お昼にしましょ」

「そうね、あ、この間北海道物産展で買った毛蟹ラーメンがあるの。それ食べよっか」

「わっ!それ、凄そう」

「うむ、私も賛成だ」

 そのゲンドウの前にぼんと置かれたカップラーメン。

「これは…?」

「貴方はこれ。今は敵なんですから」

「いや、昨日は作ってくれたではないか」

「残念、2食分しかないの。貴方はそれ食べてね」

「ごめんなさいね、ゲンドウさん」

「わぁっ!このスープ凄いわ」

 ゲンドウはキッチンへと娘のようにはしゃぎながら向かう母親二人の背中を憮然として見送った。

 そして、カップラーメンを手に取った。

「ユイ…」

「何?」

「賞味期限が過ぎてるぞ」

「どれだけ?」

「1ヶ月」

「大丈夫、大丈夫。それくらいで貴方は死なないから」

 ゲンドウはむっくりと立ち上がった。

 そして、鋭い視線を冷たい妻の背中に向けて、ゆっくりと歩き出した。

 ポットに向かって。

 

 4日目。アスカ3勝1敗。マジック1変わらず。

 


 

 

「輪唱?」

「そう、静かな湖畔の森の影から…」

 判定者のレイは音楽勝負に奇妙な方法を選んだ。

 放課後の音楽室。

 レイが歌い出し。

 次がアスカ。

 そして、最後がシンジ。

「間違わなかったらどうするのよ」

「間違うまでするの」

「アンタが間違ったら?」

「くすくす、間違えたように歌えばいいの」

「げっ!そんなの真ん中が不利じゃない!」

「そうね。不利ね」

「はん!相変わらず、シンジお兄ちゃんには甘いわね」

「だって愛してるから」

「ち、ちょっと、綾波。それやめてよ」

「だって、愛してるもの」

「従兄妹としてだろ。あとでアスカに苛められるんだから、やめてくれよ」

「酷いわ。もう私を愛してはくれないのね。しくしく」

「嘘泣きは止めなさいよ。しくしくだなんて、棒読みも止めて」

「じゃ、スタート」

「いきなり!」

「わっ!」

♪静かな湖畔の森の影から♪

 アスカが続く。

♪もう起きちゃいかがと郭公が鳴く♪静かな湖畔の森の影から♪

 シンジが入る。

♪かこかこかこかこかこぉ♪もう起きちゃいかがと郭公が鳴く♪静かな湖畔の森の影から♪

 レイがすかさず最初に戻す。

♪静かな湖畔の森の影から♪かこかこかこかこかこぉ♪もう起きちゃいかがと郭公が鳴く♪

 アスカは少し慌てた。

 これって元に戻すのよね。

♪もう起きちゃいかがと郭公が鳴く♪静かな湖畔の森の影から♪かこかこかこかこかこぉ♪

 シンジは慎重である。

 レイの歌声は聞いていない。

 アスカの声だけを聞いているのだ。

 そのアスカは気が散っている。

 シンジの声も聞いているし、雑念も入っている。

 もう!レイはいいわよね。間違えてもいいんだから。

 もう何周回ったことだろうか?

 レイはわざと間違えだした。

♪静かな御飯の森の影から♪

♪もう食べちゃいかがと腹が鳴る♪

♪ぐうぐうぐうぐうぐうう♪

 アスカは必死だった。

 どんどん違う歌になっていく。

 平然として大嘘の歌を唄うレイにアスカは翻弄されていた。

 その時、レイが歌をやめた。

「な、何?休憩?」

 正直、へとへとだった。

 シンジは咳き込んでいる。

「アスカの負け」

「げっ!私間違えてないわよっ!」

「間違えた。みたらし団子をおかわりしてって唄ったのに、アスカは勝手に“おかわりをして”って“を”を増やした」

「そ、そんな!」

「文句ある?」

 文句はあったが、もういい。

 アスカはクレームをつける気力もやる気もうせていた。

「いいわよ、もう。私の負けでいい」

「じゃ、アスカの負け。敗者はみんなにお善哉を奢ること」

「な、何よ、それっ!いつ決まったのよ」

「今」

 レイは冷たい視線をアスカに送った。

「アンタ、もしかして私が勝ったら“勝者が驕り”って言うつもりじゃないの?」

 アスカが憤然として文句を言うと、レイはにこりと微笑んだ。

「正解…」

 アスカは頭を抱えた。

「いいわよ、もうっ!奢ってやるわよ!着いてきなさいよ!」

 なんだかんだと言っては愛し合う二人のために身を退いたレイに甘いアスカだった。

 

 

「やった!連勝連勝!」

 ハイタッチで喜ぶユイとキョウコにゲンドウは眉をひそめた。

「くだらん。まだアスカの方がリードしている」

「ふふん、そんなこと言って、余裕がなくなってきてるわよ、ア・ナ・タ」

 ゲンドウの頬をつんつんとつつくユイ。

 キョウコは瞑目した。

 人前だっていうのに、べたべたしないでくれる?

 付き合い長いんだから、あんな仏頂面していても内心大喜びしてるって事くらいわかるんだから。

 ああん、早く帰ってきてよ、ハインツ。

 私も貴方で遊びたいっ!

 アイスランドに単身赴任中のハズバンドに想いを馳せるキョウコだった。

 

 5日目。アスカ3勝2敗。マジック1変わらず。

 


 

 

「花札ぁ?」

「そうよ、私、そのために呼ばれたのよぉ!」

 葛城ミサトは女賭場師になりきっていた。

 碇家の客間。

 20畳はある大広間である。

 どうしてこんなに広い部屋が必要なのかは誰にもわからないのだが、宴会には重宝している。

 完全防音だから、深夜のカラオケやマージャンにも便利なのだ。

 ここだけの話だが、この部屋はゲンドウとユイが二人きりで肩を寄せ合って、

 100インチのスクリーンで映画を観る為に作られたのだ。

 そのことは息子のシンジでさえ知らない。

 恋愛映画を観てゲンドウがしくしくボロボロおいおいと泣く様を楽しむのは、全世界でユイだけの特権なのだ。

 さて、その大広間。

 真ん中に赤い毛氈が敷かれ、白い座布団が4つ。

 アスカとシンジ、そしてミサトの座る場所と、“場”である。

 さらに床の間の前にゲンドウ、ユイ、キョウコが並んで座っている。

 全員が和服に身を包んでいるのは、この家族たちでは当然だろう。

「いいわよねぇ、アスカちゃんの着物姿。このまま結婚式にしてもいいくらい」

「ふん。そのために勝負をしているのではないか」

「シンジ君も和服になったら意外としゃきっとしてるわね」

「あら、洋服ならだらけてると言いたいわけ?」

 さすがに母親だけに文句をつけるユイ…だったが、息子の横顔を見てキョウコに賛成してしまった。

「まあ、ぴしっとして見えるのは間違いないわね。やっぱり神前にしましょうよ、結婚式は」

「だめだ、教会でするのだ」

「両方でしたらいいでしょ。何なら、世界各地の風習と披露宴を網羅するってのはどう?」

 ゲンドウとユイはキョウコの提案に大きく頷いた。

 この3人ならやりかねない。

 現在欠席中のハインツも大賛成だろう。

 美しい娘の色々な結婚衣裳を楽しむことができるのだから。

 

 さて、当事者の二人はそんな呑気な会話どころではなかった。

 この“こいこい”の勝負はこれまでの勝負と違って、真剣勝負の匂いが濃厚に立ちこめていたのだ。

 まず戦いの場所の雰囲気である。

 いつもはみんなで馬鹿騒ぎをしているとは思えないほど、冷厳な雰囲気に包まれている。

 次に、勝負衣装とも言うべき和服を身に纏っていることである。

 普段はぽわ〜んとしているシンジが和服の所為で背筋までピシッとしているように見える。

 アスカは気を引き締めた。

 タイブレークに持ち込まれる前に決着をつける!

 アスカは必勝を誓って、真正面に端座しているシンジを見つめた。

「シンジ、愛してる。でも、この勝負は絶対に負けない…!覚悟しなさいよ」

 対するシンジも、言葉の意味をかみ締めるようにゆっくりと話した。

「僕だって、アスカのことが大好きだ。世界中の誰よりも君のことを愛してる。

 だけど、僕は逃げない。逃げちゃダメなんだ。この戦いにすべてを賭ける…!」

 親たちは子供たちのやりとりに袂で涙を拭っていた。

 ただ一人だけ場違いな嬌声を上げている者がいたのだが、これは仕方あるまい。

「くぅわぁぁっ!すっごいわねぇっ!お姉さん、感動っ!

 愛し合う者同士が宿命の戦いに挑むなんて、ロマンチックぅっ!先生、感激っ!」

 ゲンドウは咳払いをした。

 この女が担任だとは、日本の教育はどうなっているのか?

 せっかく場が盛り上がっているのだから、早々に始めてもらいたいものだ。

 ところが本人自体が盛り上がっているミサトは、咳払いが聞こえていない。

 おかげでユイとキョウコも咳払いをせざるを得なくなり、床の間の前は異様な空間と成り果てた。

 さすがにミサトは喋るのを止めたが、自分が原因だとは思いもつかないらしく、二人に向かって小声で問い掛けた。

「ねぇ、みんな風邪?」

 緊張は一気に解けた。

 そして、結局いつもの二人に戻ってしまい、勝負は荒れた。

 アスカは大きな手を狙い、シンジは堅実に上がる。

 アスカはそんなシンジに苛立ち、ますます大物を狙い始める。

 12月戦中の半ばまでの成績は、アスカ10文に対してシンジが13文。

 但しアスカが勝ったのはたった1回だけだ。

 シンジはカスやタンで堅実に勝ち、1回だけの花見で5文を稼いだのが大きかった。

 おかげでアスカはさらに我を失っていった。

 シンジは非情にもアスカの様子には目もくれずに軽い手で上がり続けた。

 ついに11月が終わった時、1度しか上がっていないアスカとシンジの得点差は19文にまで広がっていた。

 これがシンジならとっくにあきらめていただろう。

 しかしアスカはあきらめない。

 最後の勝負。

 大物を狙える手が来た。

 まず、菊に杯を青短冊で取り、山からのカス札で牡丹の青短冊をゲットした。

 シンジは藤のカス札を2枚だけ。

 アスカは目を光らせて、紅葉の青短冊で紅葉に鹿を取った上に、芒に雁を何と山からの芒に月で取ることができた。

 わずか2順目でアスカは青タンと月見酒を完成した。

 ふっ…これでもまだ11文しかないじゃない。

「はん!こいこいよっ!」

 シンジに勝つにはあと9文必要なのよ。あと、9文…。

「ああ、ダメだ…」

「よし!こいっ!」

 シンジは桜にタンとカス。それに柳に燕とカスという疎らにしか取ることができない。

 3順目にアスカは桜に幕を出しカスと合わせたが、山からの松に鶴は合う札が場になかった。

「ちっ!チャンスだったのに!当然、こいこいよっ!」

 花見酒が加わったがまだ16文。

 あと4文…ということは、5文の役がいるってわけね。

 三光か…松か桐が手に入れば…。

 アスカは場に置かれている20点札と、もう一枚の20点札があるはずの山を睨んだ。

 松に鶴は単体。桐に鳳凰の方は、カス3枚がくっついての3枚セットがまだ場に残っている。

「ああ、良かった。やっと高いのが取れるよ」

 シンジは松に鶴の札の上にカス札を置いた。

 ちぇっ!取られちゃった。でも、桐に全然手を出してないってことは問題の残った桐の鳳凰20点札1枚は山の中ね。

 アスカは唇を噛んだ。

 そんな不確定要素に頼ってはいけない。

 4順目にアスカは萩に猪でカス札を合わせた。

 これで猪鹿蝶も狙える。

 そして山から出た札はその牡丹に蝶だった。

 アスカの手札には牡丹のカス札が2枚。

 シンジが牡丹にタンさえ出さない限り、アスカの大逆転勝利だ。

 シンジが取っている札は疎らだから当分役を作るような心配はない。

 得意のカスだってまだ5枚も必要だ。

 アスカが固唾を飲んで見守る中、シンジはこんなのしかないやと情けなげに梅のカス札を出した。

 それで場のカス札を取って、山の札をめくった。

 ちらりと見えたのは、桐に鳳凰。

 やったっ!牡丹じゃない!

 アスカが手札の牡丹を場に叩きつけ勝利宣言しようとした瞬間。

「あ、あがりです…」

「へっ…」

 振りかぶった姿勢のままアスカは硬直した。

 桐のカス札3点セットを取ったシンジは、一気にカスを5枚取って役を完成させたのだ。

 だ、大逆転が…も、もう少しだったのに……。

 

 アスカはキレた。

 

 全員が和服だけにミサトが叫ぶ「殿中でござるぅ!」という言葉がぴったりだった。

 暴れまわるアスカをユイとキョウコが押さえ込み、立ち竦んでいるシンジの頭をゲンドウが小突いた。

「この大馬鹿者。感動の大逆転を台無しにしおって…」

「ひ、酷いよ、父さん」

「うきぃっ!離してよ!この馬鹿シンジ!わざとやったでしょっ!この人でなし!悪魔!鬼ぃっ!」

「シンジ君にそんなことができるわけないでしょ」

「ああ〜ん、じゃママたちの仕業ね。おじ様!ママたちが仕組んだのよ、これは!」

「まあ、アスカちゃんったら人聞きの悪い。そんなことしませんよ」

「本当だろうな、ユイ」

「あら?私を疑うんですか?ゲンドウさん……」

 ゲンドウは口篭もった。

 証拠はない。

 ただ、有り得る。

 ふと部屋を見ると大騒ぎしていたミサトの姿が見えない。

 ゲンドウはメガネの位置を直した。

「そうか、証拠は隠滅したのか」

「何の話でしょうか?」

「まあいい。明日の最終決戦には手出しはさせんぞ」

「あなたもね」

 睨みあう二人。

 だったが、あっさりとゲンドウが視線を逸らせた。

 婿養子のゲンドウはユイに頭が上がらないのである。

 その上、ユイにベタボレだけに始末が悪い。

 まだまだ荒れ狂っているアスカを羽交い絞めにして、キョウコは自宅に戻った。

 急に静かになった部屋で、シンジは後片付けを始めた。

 結局いつも最後には僕が片付けないといけないんだから…などとブツブツ呟きながら。

 

 6日目。アスカ3勝3敗。マジック1は変わらないがシンジにもマジック1が点灯。

 明日の勝負の勝者がすなわち、この七番勝負の勝者となる。

 


 

 

「判定者が秘密ぅ?」

「そうよ、誰だかわからないの。面白いでしょう」

「そ、そんなの勝負になんないじゃない!誰に親切にしたらいいかわかんないじゃないっ!」

「あら?誰かに対してだけ親切にするんなら、それは親切とは言えないんじゃない?」

 キョウコのもっともな発言にアスカは口をつぐんだ。

 それじゃ、勝ち目がない。

 アスカは並んで立っているシンジを横目で見た。

 シンジはアスカの視線を感じたのか、頭を掻いてぽつりと言った。

「ごめんね」

 本来ならその一言に闘志を燃やすはずのアスカが、完全に意気消沈してしまった。

 元々、親切勝負という最終決戦にはアスカは希望を持っていなかった。

 だからこそ、花札勝負にすべてを賭けていたのだ。

 それに…。

 

 アスカはシンジの後を尾行る様に歩いていた。

 別に意味はなかった。

 ただ勝負中だから、今日は一緒に歩けない。

 いつもの日曜日なら、二人で仲良く手を繋ぎ…時には他愛もない喧嘩をしながら歩く街。

 並んでは歩けないけど、違う場所にはいたくない。

 だからアスカはぶらぶらとシンジの後ろを歩いていった。

 シンジの方も目標があるわけではない。

 どこの誰が判定者かわからないので、ただ闇雲に歩くしかないのだ。

 

 仕方がないわね。

 あ〜あ、負けちゃったか…。

 この大勝負は絶対に勝ちたかったんだけどなぁ。

 これで、私の全部がシンジのものかぁ…。

 シンジのすべてを私のものにしたかったのに…。

 この七番勝負の発端となった言い争いをアスカは思い出していた。

 いずれ結婚するということについて、シンジの部屋で楽しげに語り合っていたときのことだ。

 アスカが提案したことについて、シンジが珍しく大反対したのである。

 息子の部屋から怒鳴り声の応酬と物が壊れる音を聞きつけ、

 碇夫妻が戦場に突入し、連絡を受けたキョウコが加わり、ようやく取っ組み合っている二人を引き離すことができた。

「あなたたち、中学2年にもなって取っ組み合いのけんかをする人がいますか」

「そうよ、シンジ。アスカちゃんは女なのよ、一応」

「おば様!一応ってどういう意味ぃ?」

「アスカ、黙りなさい。ほら御覧なさい。アナタは無傷なのに、シンジ君ったら頬が真っ赤じゃないの」

「叩いてないわよ。殴ってもないし」

 ふんっとソッポを向く娘の頬をキョウコはつねり上げた。

「い、いたぁいっ!」

「こうしたんでしょ?本当に乱暴者なんだから、あなたは!」

「いはひっやめれよ!ひんひはすへれぇ!」

「おばさん、僕もう大丈夫ですから、アスカを許してあげてください」

「もう!シンジ君は本当にいい子ね。それにひきかえうちの娘と来たらっ!」

 キョウコはつねりあげていた指を瞬時に逆の頬へと移動させた。

「きゃうっ!いはいっ!」

 新たなる痛みに涙を浮かべるアスカ。

「お願いします。アスカを許してください」

「ああ、仕方がないわね。ホント、アスカにはもったいない彼氏だわ」

「ひろい!」

「そんなことないです。アスカの方が僕にはもったいない彼女なんです」

「ふぇふぇ〜ん」

 真っ赤に腫らせた頬で、アスカが胸を張った。

「こら、いばるな、馬鹿娘!」

 こつん!

 アスカの頭を小突いてから、キョウコはユイに訊ねた。

「で、この喧嘩の原因は何?」

「ああ、それはね……」

 

「ふぅ…」

 アスカは溜息をついた。

 遊歩道にはそろそろ枯葉が目立ち始めている。

 スニーカーで枯葉を踏むと、乾いた音があたりに響いた。

 かさっ、かさっ。

「ホント、秋って落ち込むにはいい季節よね…」

 30mほど前を歩くシンジの背中は丸い。

 アスカは暖かい眼差しをその背中に注いでいる割には、暴言を呟いた。

「しゃきっとして歩きなさいよ、馬鹿」

 その馬鹿のところによく知っている少年が歩み寄っていった。

 あ、ジャージ男。

 その風体で遠目でもよくわかる。親友ヒカリの想い人でもある、鈴原トウジだった。

 ホントに仲がいいわよね、あの3バカは…って、メガネがいないか。

 あ、もしかして判定者ってメガネかも。

 どこかから望遠レンズで…。

 と、アスカは周囲を見渡した。

 誰もいるような気配はない。

 しばらくして、アスカは肩を竦める。

 もうどうでもいいわ。シンジの勝ちでいい。

 帰ろう…。

 もと来た方向に歩き出したその時である。

「どないしたんや、不景気な面してからに」

「ずいぶんなご挨拶よね」

「ありゃ、こらほんまに元気あらへんな。どないしたんや。元気出しや」

「はん!」

 いつもは威勢が良いアスカ独特の声も、今日は寂しげである。

「惣流は元気だけがとりえやねんから、しゃきっとせいや。

 お前が元気がなかったら、センセにも元気がなくなるさかいな」

「そう…なの?」

「せや。今かって寂しそうな顔しとったで。ま、いつもがラブラブやからのぅ。ほんま、羨ましいわ」

「じゃ、アンタもラブラブになったらいいじゃない」

 アスカは気がなさそうに言った。

「ははは!相手がおらんわい」

「ヒカリがいるじゃない」

 アスカは何となく言ってしまった。

 彼が判定者であることを知らずに。

「い、いいんちょか?わ、わしみたいなの、あかんわい」

 トウジが赤面するのは珍しい。

 大声で好きだと叫んでいるのと同じである。

「ヒカリは好きだって言ってるわよ、アンタのこと」

「な、何?か、か、からかっとんやな、わしのことを」

「信用しなさいよ。ヒカリったら、アンタのためにお弁当を作ってきてあげたいんだってさ」

「ほ、ほ、ほ、ほんまか?!」

「今日は嘘つく気分じゃないの。アンタから告白しなさいよ、男でしょ」

「せ、せやかて…」

「どっちかが飛び越えないと距離は縮まらないのよ。経験者が言うんだから間違いないわ。

 ヒカリに飛び越えさせるつもり?」

 鈴原は真っ赤な顔で頷いた。

「そう、ま、がんばんなさいよ。じゃあね」

 アスカは薄く微笑むと、ひらひらと手を振った。

「惣流」

「何よ。つきそいなんて…」

「お前、意外に親切やねんな」

 親切…。

 そっか。鈴原が判定者だったら、結構ポイント稼げたかも…。

 ま、いいわ、もう。

「アリガトね。でも、親切って言葉はシンジのためにあるから…」

「せやな、センセはほんまに親切やからなぁ」

「そうよ、シンジは優しいんだから」

 アスカはそう言って寂しく微笑むと、トウジに背を向けた。

 なんや、あいつ。

 今の顔、ごっついきれいやったなぁ……、おっと、わしにはいいんちょがおるんやっ!

 そ、それよりどないしょ。

 こんな勝負、シンジの判定勝やと決めとったけど、さっきの惣流の話を聞くと…。

 黒ジャージの少年は枯葉を数枚頭や肩に乗せて、遊歩道の真中で考え込んでいた。

 せやっ!これでええっ!

 

「ええっ?今何て言ったの?」

「せやから、この勝負は惣流の勝ちですわ。はい、間違いおません。わしがしっかり判定しました」

「う、嘘…」

 ユイの手から受話器が滑り落ちた。

 

「ああっ!終わった終わった」

「ご苦労様」

「い、いや、わしはそんな大層なことはしてへんで」

「でも、偉いと思う。親友に贔屓をしないで平等に考えるなんて」

 ヒカリは熱のこもった眼でトウジを見つめた。

「そ、そんなん、わしだけとちゃうやろ。いいんちょかってそうやないか」

「委員長なんていや。名前で呼んで」

「あ、せ、せやな、悪い。ほ、ほな、洞木はん…」

「名前で…お願い」

「わ、わ、わかった。ひ、ひ、ヒカリはん…」

「呼び捨てでいい」

「ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ヒカリ!」

 真っ赤になって俯くヒカリをトウジはぎゅっと抱きしめたかったが、今は我慢した。

 こんなに可愛い人がわしの彼女なんや。

 おおきに、惣流。ほんまに、おおきに!

 自分の告白をヒカリが受けてくれれば、アスカの勝利。

 トウジが考えた、最良の解決方法だった。

 

「私の…勝ち?」

「ああ、そうだ。おめでとう、アスカ」

「ちょっとアスカ、あなた鈴原君に何かしたんじゃない?」

「へ?鈴原…って、あいつが判定者だったの?!」

 本日、ただ一人だけアスカが親切にした人間。その彼が判定者だった。

 アスカはそんな偶然の産物を快く思わなかった。

 そのことでシンジがどんなに傷つくか、それを考えると…。

 

「やったぁっ!勝った勝った勝ったぁっ!

 はん!見て御覧なさいよ!

 私の勝ちよっ!やっぱり日頃の行いがものを言うのよねぇ。

 何よ、馬鹿シンジ。恨めしそうな顔しちゃってさ。

 私が勝ちを譲るとでも思ったわけぇ?

 はんっ!誰がそんなことするもんですか!

 正義は勝つって言葉は正しかったのよ!」

 

 碇家のリビングで仁王立ちするアスカ。

 シンジはその足元に膝をついてしまっている。

 もし、このアスカの姿を見ていたら…間違いなくトウジはシンジを選んでいただろう。

 ただし、もう後の祭り。

 ゲンドウはしきりに頷き、ユイとキョウコは顔を見合わせている。

「さあ、立ちなさい。シンジっ!

 私が勝ったからにはあの取り決めは守ってもらいますからねっ!」

「そうだぞ、シンジ。男なら諦めが肝心だ」

 シンジは顔を覆ってしまった。

「アスカ、いい加減にしなさい。また、調子に乗って!」

「もうシンジったら、情けない。負けたんだから仕方がないでしょ。また来年があるわよ」

「おば様。来年の勝負なんてありません」

 アスカはきっぱりと言い放った。

「勝負はこの1回きりです」

 そして、アスカは普通の声で後を続けた。

「私だって、さっきまであきらめてたのよ。

 ああ、これで私は碇アスカになっちゃうんだって…」

 シンジが優しげな声に顔を上げた。

 さすがに涙は流していなかったが、落胆がありありと顔に出ている。

「さあ…シンジ」

 アスカの微笑みに釣られるように、シンジが身体を起こし立ち上がろうとした。

 その瞬間、アスカはすかさず胸倉を掴んでシンジを引き寄せる。

「うわっ!」

「もう逃がさないわよ。今日からアンタは……惣流シンジになるのよっ!」

 うむと頷くゲンドウ。

 男の幸せは婿養子に限る。

 自分の経験から彼はそう信じ込んでいた。

 逆に女の子の幸せはお嫁入りだと決めていた元家付き娘の母親二人は、肩を落としていた。

 自分たちができなかったお嫁入りというシチュエーションをアスカにして欲しかったのだ。

「き、今日から?そんなの無理だよ」

「うっさいわね。姓が変わるくらい、何よ。

 私なんて明日から碇アスカになるって決めていたもん。

 朝礼の時に黒板のところで、私のことをこれから碇アスカって呼んでくださいって言うつもりだったの」

 嘘だ。

 シンジは直感した。

 絶対に、勝ってから思いついてるんだ。

「当然、アンタがそれを明日するのよねぇ。僕は惣流シンジになりましたってね」

「あのね、アスカちゃん。14歳で結婚はできないんだから、何も今すぐでなくても」

「いいえっ!シンジが私のものだと世間に認めさせる必要があるんです!

 そうだ、ホームページ作ろう」

 また、思いついた。

「いいソフトがあるぞ、アスカ」

「アリガト、おじ様」

 アスカはニッコリとゲンドウに微笑みかけた。

 万感の想いで頷くゲンドウ。

「そうと決まれば、行くわよシンジ!」

「い、行くって、どこに」

「惣流シンジのお披露目パーティーをするのよ!買出し、買出し!」

「お、お披露目って…か、勘弁してよ」

「往生際が悪いわよ、シンジ」

「えっ!」

 アスカに胸倉を掴まれたまま、シンジは後ろを振り返った。

 ユイとキョウコがにっこりと微笑んでいる。

「そうね、負けてしまったんだからあきらめないと。

 まあ、惣流家としてはいい跡取ができたわけだから、万万歳かもしれないわね」

「あ〜あ、碇家は潰れるのね。ま、負けたんだから仕方がないわね」

「そ、そんな、母さん!簡単に諦めちゃダメだっ!」

「キョウコ、買出しの方頼める?二人を車でショッピングセンターまで運んでよ」

「OK!じゃ、飾りつけとお客の招待は頼むわね」

 ああ…もうおしまいだ…。

 イベントモードに突入した母親二人は、もうシンジの味方ではない。

 この地球上でシンジの味方はもう一人もいなかった。

「何よ、この世の終わりって顔しちゃって」

「だ、だって、もう誰も僕のこと…」

 アスカはぐいっとシンジを引き寄せた。

「馬鹿シンジ!

 世界中の人間がアンタの敵に回ったとしても、あんたには私がいるのよ!」

「えっ…」

「苗字が変わるのよ。まさにすべてを捧げるって感じだわ。

 私はアンタのすべてを手に入れたんだもん。全力でアンタを守るわ」

「アスカ、僕は…」

 アスカはまだ何か言おうとしていたシンジの口をふさいだ。

 自分の唇で。

 親たちの前だと大慌てになったシンジだが、

 3人ともキスなどくだらないという感じでパーティーの準備に取り掛かってしまった。

「ほら、アスカ。行くわよ」

「うん!行くわよ、シンジ」

「う、うん…」

 3人がそれぞれの表情でリビングから出て行った後、碇夫妻はしみじみと語り合った。

「幸せ?ゲンドウさん」

「もちろんだ」

「だから息子を婿養子に出すの?自分のようになれると」

「ああ、ハインツも婿養子だからな。俺もあいつも幸せだ」

「まあ、あのふたりなら、碇でも惣流でも変わらないと思うけど…」

「そうだ。ユイ、いいことを思いついた」

 ゲンドウがにやりと笑った。

「来年の七番勝負のネタはだな……」

 

 

 

 

 10年後、惣流夫妻は1ヶ月のハネムーンから戻った。

 次は第2回七番勝負で決まった長男を産まねばならないのだ。

 

「そんな、無理だよ。赤ちゃんの性別を決めてしまうなんて」

「うっさいわね。アンタが頑張んなきゃどうするのよ。もし女の子ができたらアンタの責任よ」

「ど、どうしてだよ、これは夫婦の問題じゃないか」

「私は女の子の方で戦ったの。男の子側で勝ったのはシンジじゃない。勝者の責任でしょうが」

「無茶苦茶だよ、アスカ。勝者の責任だなんて…」

「あいかわらず往生際が悪いわね。私なんか、勝者の責任を全うしてるのに…」

「え…」

「シンジのすべてを愛してるわ」

 そいつは楽でいい。

 シンジは思った。

 同じ勝者の責任でも物凄い違いがある。

 嗚呼神様、私に男の子の赤ちゃんの造り方を教えてください。

 お願いいたします。

 女の子に“シンイチ”という名前は可哀相です。

 あ、ついでに2番目は女の子に決まっていて名前が……。

 

 

 

 

LAS七番勝負

〜おわり〜

 

2003.10.15

 


<あとがき>

 

 ぶーめらん様よりいただいた、77777HIT記念リクエストSSです。

 ああ、久しぶりにオチャラケLASを書いてしまいました。

 シリアスを期待していた方、ごめんなさい。

 最近重めになってきたので、少し肩の力を抜かせていただきました。え?抜きすぎだって?

 えっと、少しだけ解説をしておきます。

 ソフトボールの勝負の時、アスカが歌った鼻歌はもちろん「プリンセスナイン」です(私このアニメ大好きです)。

 だって青葉とマヤの声で「好きだ!ガンモちゃん」「ガンモちゃんって言うなっ!」でしたからね。

 花札については「セカンド花札インパクト」を元にさせていただきました。

 あのソフトのシンちゃんは本当に軽い手で上がり続けるんですよ。で、時々運だけで花見酒とかつくったりして…。

 私は執筆の息抜きでアスシンで花札を勝負することにしています。凄く微笑ましいんですよ、それは。

 是非一度遊んでみてくださいね。

 

SSメニューへ

感想などいただければ、感激の至りです。作者=ジュンへのメールはこちら

掲示板も設置しました。掲示板はこちら