「ねえ、ねえ、シンジ。あのさ、暇つぶししよっか」

「えっ!」

「何よ、その思いっ切りオーバーなリアクションは?」

「え、え、えっと…」

「あああああっ!」

「うわっ!何だよ、いきなり大声で」

「アンタ、暇つぶしって、アレだと思ったんでしょ!」

「あ、アレって」

「しらばっくれるんじゃないわよっ!あの時のアレのことよ!」

「わ、わかんないよ…」

「うそ、でしょ!」

「うそ…です…」

「はん!そんなことだろうと思ったわよ。このスケベシンジっ!」

「じ、じゃ…ち、違うんだね」

「あったり前でしょうがっ!変な期待なんかして!何よ!」

「ご、ごめん…」

「はんっ!」

「で…、暇つぶしって、何?」

「何よ!誰が暇つぶしなんかするって言ったのよ!」

「アスカが」

「私が?」

「そ、そうだよ。アスカが言い出したんだよ」

「そうだっけ?」

「そうだよ。アスカが暇つぶししようって」

「何よ、私がアンタとキスしたいって言ったって言うのっ?!」

「い、いや、それと7は違うけど…」

「そうでしょ!そうに決まってんでしょっ!」

「はぁ…」

「誰がアンタとキスするって…」

「いや…だから…」

 

 

8000HIT記念SS

リ ク エ ス ト


2003.03.10  ジュン

 

 

 

 話は平行線をたどったまま、2時間が経過したわ。

 大体、馬鹿シンジが悪いのよ。私にわかるようにはっきり説明しないからよ。

 もう2年も一緒にいるんだから、私がこうなっちゃうのくらいわかるでしょうに。

 ホント、要領の悪いヤツ。

 私がしたかった暇つぶしを説明したら、マヌケな顔でシンジは聞いていたわ。

「3つの願い?」

「そう、3つの願い。

 今度の土曜日にアンタの3つの願いを聞きとどけてあげるわ」

「それが暇つぶしなわけ?」

「そうよ。アンタの馬鹿らしい願いを聞いてあげようっていう、暇つぶし」

「あ、そういうことなんだ。で、でも、どんな願いでも聞いてくれるの?」

「それは常識の範疇ね。

 1億円よこせなんてのはもちろんなしだし、駅前で1曲歌えなんてのもダメよ」

「でも、どうして僕の願いを聞いてくれるの?」

 シンジが惚けた顔で質問してきたわ。

 あれ?何だったっけ?暇つぶしは口実だったわよね。えっと…。

 あ、そうそう。

 ホワイトデーのお返しだったわ。

「ええっ!どうしてお返しがあるの?ホワイトデー自体がバレンタインのお返しじゃないか」

「ああ、そう言えばそうだったわね。じゃ、シンジはお返しいらないの?」

 私は思い切り睨みつけてやったわ。

 私の好意を無にするっての?

 シンジったら相変わらず私に睨まれると、うろたえちゃうのよね。

「あ、ご、ごめん。そ、そんなことないよ」

「じゃ、嬉しい?」

「う、嬉しいよっ!本当に嬉しいよ!」

 う〜ん、何だか怖がってるような…、少し不満よね。

「あ、そう。じゃ、そういうことで」

「あ、うん。いただきます」

「いただきますぅ?何よそれ?」

「あ、え、いや、別に…」

「はっは〜ん」

「な、何だよ。その言い方」

「シンジ、アンタ、エッチな願い事しようと思ってたんでしょ」

「え、あ、そ、そんな…」

「エッチな願い事はいっさいダメよ」

「そ、そんなの、願うわけないじゃないか」

「どうだか?さっきのキスの例もあるからね」

「さ、さっきのは…」

 ふん!私は大仰に頬を膨らましてやったわ。

 シンジは思い切り狼狽しているわ。

 さてはその手のことを考えていたのね。

 ホント、これだから男って動物は…。

 でも…。

 でも、ホントにシンジがキスしたいって願ったら…。

 私は…私は…。

 間違いなく、喜んで応じるわね。

 うん、それは間違いないわ!

 だって、私はシンジのことが好きだもん!

 好きで好きでたまらないの!

 はぁ…、自分相手には素直に認められるのに…シンジ本人には何も言えない。

 今の私にできるのは、シンジのそばを離れないこと。

 そして変な虫がつかないように、しっかり監視すること。

 それで手一杯、かな…?

 ああ…キスか…。

 結局シンジとは一度しかしていないもんね。

 そう、あの暇つぶしの、鼻つまんで、うがいしたっていうとんでもない、ファーストキス。

 あ、もちろん、シンジ以外の人間とキスしたことないから、そこんとこ誤解しないようにね。

 キス…したいなぁ…。

「あ、あのさ…」

 何よ、うっさいわね。

 今考え中なの。

 あのキスだって、恋人同士のキスじゃないし…。

 大体、未だに私たちって恋人同士じゃないんだし…。

 告白もしてないし、付き合っているわけでもないし…。

 単なる同居人。

 この年頃の男女が同じ家で暮らしているんだから…もう2年も。

「あ、アスカ?」

 怖いのは、アレよね。

 ほら、危機状況下で知り合った恋人同士っていうのは別れやすいっていうアレよ。

 そんなの絶対にイヤ!

 でも…それが怖いから、私は何も言い出せないのかしら?

 いや、多分これも言い訳よね。

 勇気がないからに決まってるわ。

 告白は男からって決め付けてるのも、勇気が欠けているの。

「お〜い、アスカさ〜ん」

 うっさいって言ってるでしょ。

 う〜ん、でもここらでちゃんとしとかないと、まずいわよね。

 私とシンジが恋人同士になる…。

 はぁ…想像しただけで、こんなに幸せになれるんだもん。

 ホントに恋人になれたら、どんなに幸せだろう…。

「ねえ、返事してよ。アスカぁ」

 そうよね…。

 いつかははっきりしないと、いけないんだもん。

 いつか…。

 いつか、か…。

「もう、またどっかにいっちゃってるよ。僕、御飯の準備するからね」

 ああっ!もう、うっさいわね!

 あ、そうだ。

 へっへっへ。いいこと思いついちゃった。

 シンジにお願いさせたらいいのよ。

 今回の3つのお願いの一つに、

 『僕と付き合ってください!』って言わせたらいいんじゃない。

 よし!方針決定!

 ただの暇つぶしをこんな素晴らしい計画に結び付けられるなんて、

 さっすが、天才美少女にして、元エヴァのエースパイロットね。

 あ、でも…、シンジのことだから気付かないかも。

 ありえるわね、うん、充分ありえるわ。

 う〜ん、だったら3つなんて言わずに30でも300でもよかったわ。

 くっ!失敗したわね。

 それにシンジって時々変だから、お願いも突拍子もないこと考えそうだわ。

 肩叩けとか、お風呂に一番に入らせろとか、

 コンビニにプリン買いにいけとか、チェロ聴かせろとか…。

 ……。

 これって、私がよく言ってることじゃない…。

 ……。

 こうなったら、シンジに告白させるために…じゃなかった、

 私に彼女になってくださいってお願いをさせるために、いろいろ考えないと!

 ここまで考えたとき、私はようやく目の前にシンジがいないことに気がついたの。

 キッチンの方からいい匂いが漂ってきてる。

 あ、ビーフシチューかな…この匂いは。

 美味しそう。御飯が待ち遠しいわ。

 そう、がんばるのよ、アスカ!

 

 敵はなかなかこっちの思い通りに動いてくれなかったわ。

 

 まず願い事を増やそうと考えたの。

 ほら、よくある方法よ。

「ねえ、シンジ。こんなの知ってる?」

「え、何?」

「魔術師にさ願い事を4つかなえてあげるって言われた人がさ…最後の願いを…」

「あ、知ってるよ、それ」

 なんだ、知ってたんだ。じゃ、やってくれるかな。

「大丈夫だよ。そんなことはしないから」

「えっ!し、しないって?」

「そうだよ。そんなの卑怯じゃないか。願い事を続けさせ続ける願い事なんて、駄目だよ」

「あ、そ、そうよね」

「僕はそんなことしないから、安心してよね、アスカ」

「あ、アンタにしたらいい心がけじゃない。は、はは、ははは…」

 シンジは真面目だったわね。

 しかも頭にクソがつくほど。

 

 てことは願い事は3つに限られるってことになるわ。

 次は少なくとも馬鹿な願いをさせないことよ。

「シンジ、アンタ変な願い事なんかしないでしょうね!」

「え、ど、どうしてさ」

 あ、怪しい。

 凄く変なリアクションよ。

「ほら、一番風呂に入らせろとか…」

「へ?」

「晩御飯を作れとか、ミサトカレーを食べろとか」

「はい?」

「そんな馬鹿げた願いをするんじゃないでしょうね」

「あ、そうなんだ。そんなのも有りなんだ」

 しきりに頷いているシンジ。

 え、じゃこれって薮蛇?

「だ、だ、だ、ダメに決まってるじゃない!そんなの絶対にダメだからね!」

 危ない、危ない。

 全然気付いてなかったんだ。

 ま、真面目なシンジのいいところね。

 でも…気付いてしまったんだから、笑えないジョークってのをしでかす可能性が出てきたのかも…。

 馬鹿アスカ…。

 

 仕方がないわ。

 こうなったら雰囲気作りよ。

 私に告白…じゃない、つきあってっていうお願いをさせるように仕向けるのよ。

 魅力全開作戦よ。

「シンジ、聞いてよ。今日学校でさ、5人も交際申し込まれちゃった」

「あ、そうなの」

「はい?」

 な、何?この平然とした対応は!

 し、嫉妬してくれないの?

「な、中にね、凄くカッコいい人がいたのよっ!」

「へぇ…そうだったんだ」

「そ、その人と、つ、つ、付き合ってもいいかなぁなんてっ!」

 私は動転した心を落ち着かせることもできず、

 すっかり裏返ってしまったままでどんどん大きくなる声を止められなかったの。

「ほ、ほ、ホントに、そうなのよっ!う、嘘じゃないわっ!」

「嘘だろ」

「ふへ?」

「だってアスカ、今日はずっと僕と一緒だったじゃないか」

 あれ?そうだっけ。

 起床。朝御飯。登校。授業。休み時間。お弁当。お昼休み。授業。下校。晩御飯のお買い物。帰宅。晩御飯。紅茶タイム。

 あらら、ずっとシンジと一緒にいるじゃない。

 毎日こんなのだから意識してなかったわ。

 えっと…あ!そうだわ!

「あ、ほらほら、5時間目の後の休み時間に私トイレに行ったじゃない。その時によ」

「たった5分間に5人も?もうちょっと上手い嘘ついたら?

 本当に僕をからかうのが好きなんだから。

 それより、明日のお弁当のおかず、何がいい?」

「えっと、唐揚げっ!」

 食い気につられるなんて、私ってどんどんお馬鹿になっていくみたい。

 

 いろいろ試したけど、もうタイムリミット。

 明日はいよいよ3つのお願いの日。

 私はあきらめ……るわけないでしょ!

 さっきもそれとなく何のお願いをするのか白状させようとしたけど、シンジったら何も喋らないの。

 ただ、明日駅前の新しいショッピングモールに行きたいって。

「ねえ、これも1つ目になるのかな?」

「ならない!そんなのお願いにならないわよ!」

 あ、これいいかも。シンジの願いをそれは違うって言いつづけるの。

 はぁ…。なんか凄く見苦しいわね、それって。

 でも…これ…デートのお誘いなの?もしかして。

「せ、先週、私の買い物に付き合わせたじゃない。ま、また行くわけ?」

 あああ!ど〜して、私はこんなに減らず口。

 毎日だってOKなのにっ!

 それなのにシンジはニコニコ笑って、私をまるであやしてるみたい。

「あ、そうだっけ。ごめん、行きたいところがあるから。

 もしいやならこれを一つ目のお願いにしても…」

「いい、いい、そんなのいい!」

 私は音速で首を左右に振ったわ。

 目が回りそう…。

 

 翌日。

 シンジと私は初号機と弐号機で駅前に向かったわ。

 あ、もちろん今のはマウンテンバイクよ。

 私の弐号機は当然、真っ赤よ!

 シンジは黒がいいってほざく…いや、言ったんだけど、無理矢理紫に決めてやったわ。

 嫌な思い出も多いけど、エヴァに乗っていたからシンジに会えたんだもん。

 それでショッピングモールについた途端に、シンジが向かったのは…。

 生活雑貨の店。

 私は全身の力が抜けてしまったわ。

 見渡すばかり、台所用品や水回りの品物がずらりと並んでいる。

 ま、スーパーの雑貨と違ってお洒落なのが多いけど…。

 こんな店、入ったことなかったから、私はため息を吐いちゃった。

 つまんなさそ…。

「あれ?ごめん。アスカ、嫌だった?」

 あ、シンジが少し哀しそうな顔してる。

 私ったら、なんて酷いヤツなんだろ。

 まるで子供。

 母親の買い物に付き合うのが嫌で仏頂面をしてる子供。

 いつも信じはニコニコしながら、私の気ままな買い物に付き合ってくれているのに…!

 アスカ、大反省!

「全然!何買うの?」

 私は元気良く言ったの。

 するとシンジはホントに嬉しそうな顔をしてくれた。

「う、うん。いろいろ見たいんだ。

 で、アスカにも選ぶの手伝って欲しいから…。

 これが一つ目のお願い。いい?」

「いいわ!」

 ……。

 しまった。

 シンジを喜ばそうとして調子よく返事をしてしまったじゃない。

 とほほ…。

 こんなの選ぶ手伝いが、一つ目のお願いになっちゃった。

 

 でも、立ち直りの早いのが、私のいいところ!

 それに意外と面白いの。

 食器とかタオルとか、シンジったらいっぱい買うのよ。

 私も調子に乗って、全部ペアーにさせちゃった。

 へへへ。

 まるで新婚さんの買い物みたい。

 何年かしたら、シンジとそういう買い物がしたいな…。

 でも、シンジはどうしてこんな買い物するんだろ?

 

 買ったものは宅配便で送ってもらうことにして、私たちはお昼を食べに行ったの。

 だって、ダンボールに3つも買っちゃったんだもん。

 やっぱり変よ。絶対変。

 気になったら確かめずにはおられないのが私の性格。

 ラーメン屋さんで私はシンジに理由を問いただしたわ。

「あ、あれ?アスカ知らなかったの?」

「何を?」

「ミサトさん結婚するんだよ」

「へぇっ!」

 私は思わず大声をあげてしまった。

 うっ…。周囲の視線が痛いわ。

「びっくりしたなぁ。じゃ、知らなかったんだ」

「当たり前よ。初耳。そうなの?」

「うん。日向さんが傷心旅行に行く前に、涙ながらに教えてくれたんだ」

「まだ、ミサトのことあきらめてなかったの?しつこいというか、純情というか…」

「加持さんが今アメリカだから式は3ヵ月後らしいけど」

「ふ〜ん…そうだったんだ」

 私は少し不満だった。

 一緒に住んでるんだから、話してくれてもいいのに…。

 恥ずかしいのはわかるけど。

「あ、アスカ、ミサトさんのことわかってあげなよ」

「わかってるわよ。30過ぎたから恥ずかしいんでしょ」

「違う…いや、それもあるかもしれないけど、僕たちに言いにくいんだよ」

「何を?」

 私は胡椒の壜をもてあそびながら、そっぽを向きながら聞いたわ。

「だって、あそこで新婚生活を送るんだから、僕たちに出て行けって…」

 ばたん!

 ……。

「ハックション!はっくしょん!はっは、は、はくしょんっ!」

 私の盛大なくしゃみに、またまた視線が突き刺さるのを全身に感じちゃう。

「大丈夫。アスカ?」

「でゃ、でゃぁいぞうぶ…」

「はい」

 シンジはすっとティッシュを渡してくれた。

 気配り満点。

 シンジ、大好き。

 ぐっしゅん。

「あ、それで、あんな買い物したの?」

「う、うん…」

 え?じゃ、それって、それって…。

 今の買い物はシンジのものだけじゃないわよね。私の分も一緒に買ったもん。

 てことは、てことは…。

「シンジ!じゃ、じゃあ!」

「アスカ、声が…」

 もうこうなったら、周りの視線は気にならないわ。

 私は力を込めてシンジの顔を見つめたわ。

「アスカ、やめてよ。ほら、もうすぐラーメンくるし」

 はん!

 この状況で食い気につられるもんですか。

「頼むよ、アスカ。お願いだよ。食べ終わったあとで…ね?お願い」

 あああっ!はっきりさせたいけど、手を合わせて頼むシンジに強いことはいえないじゃない。

「し、仕方ないわ、ね。でも、食後に必ずよ」

「うん。じゃ、今のお願いが二つ目ってことで」

 が〜ん!

 なんと、これが二つ目。

 で、でも、こういう展開なら、残りの一つが…。

 すっごく期待できるじゃない。

 私は少しうきうきしながら、おじさんが苦笑しながら運んでくれたチャーシューメンを食べ始めたわ。

 チャーシュー…か。

 レイ。

 チャーシュー抜きのラーメンを頼んでた、綾波レイ。

 ただ独り帰ってこなかった、レイ。

 レイもシンジを好きだったはず。

 だから私はレイが嫌いだった。

 別の事を理由にして…、言い訳にして…、彼女を嫌った。

 同居していた私よりも、レイの心の方がシンジに近かったから。

 嫉妬。

 シンジを私だけのものにしたい。

 もしシンジが手に入らないなら…、シンジがレイを選ぶんだったら…、

 ミンナコロシテヤル。

 そう思った日もあった。

 私は努めてレイの話題は避けるようにしている。

 哀しいから。

 辛いから。

 彼女抜きで幸せを願う自分が嫌だったから。

 彼女がいないことに安心している自分が嫌だったから。

 私は大きなチャーシューにかぶりついた。

 その食べっぷりに、シンジがびっくりしている。

 いいでしょ。こんな供養だってあってもいいじゃない。

 

 そして、私たちはショッピングモールを後にした。

 シンジは黙り込んでずんずん歩いていく。

 緊張しているのがわかる。

 背中が張り詰めている。

 今にも破裂しそう。

 いや、破裂しそうなのは、私の胸。

 シンジの背中を見つめながら歩いている、私の胸はばっこんばっこん。

 今ここで何か言われたら、私どうにかなってしまいそう!

 その瞬間、シンジがくるりと振り返ったの!

「アスカ!」

「ふへっ!」

「僕と結婚して欲しい!」

 そのとき、時間が止まったわ。

 私は息をすることも忘れてしまっていた。

 け、結婚ですって?

 そんなの予想もしてなかった。

 期待していたのは、せいぜい恋人。

 夫婦だなんて…。

 嬉しすぎて、反応できないよぉ!

「だ、ダメかい?僕のお願い、聞いてくれないの?」

 涙が溢れてきそうで、私は言葉が出てこなかった。

 はん!言葉が出ないんだったら…!

「わっ!」

 私は全力でシンジに抱きついていったの。

 背中に手を回して…、そして涙はもう止めることができなかったわ。

 わかるでしょ。

 もう、わかるでしょ。

 私の返事。

 

 しばらくして、私たちが固く抱き合っていた場所がどこなのか気がついたの。

 答はバス停。

 バスから降りてきたお婆さんが「やれやれ」と呟くのを聞いて、初めてわかったの。

 シンジももうちょっと周りを見てからお願いしてくれたらよかったのに。

 これって一生の思い出になるのに!

 恥ずかしさのあまり、二人は手を握って走り出したの。

 近くの公園に。

 そして、真中の噴水のあたりで、私たちは顔を見合わせて爆笑したわ。

 涙が出てくるまで、笑った。

 固く手を握ったまま。

 

 

 

 

 

「ね、どうしていきなり“結婚”だったの?」

「え、ああ…えっと…」

「覚えてないんだ」

「覚えてるよ。でも、ちょっと恥ずかしいから」

「恥ずかしいって、最近は人前でも平気でキスしてくる癖に」

「な、何だよ、喜んでるのアスカだろ」

「そうよ。凄く嬉しいわよ。シンジは嬉しくないんだ」

「ぼ、僕だって…」

「で、どうしてなのよ」

「あ、だって、こんなチャンスはないかもしれないから」

「はい?」

「だって、アスカが僕のお願い聞いてくれるなんて、夢見たいなお話だから」

「……」

「痛い!足踏まないでよ」

「はん!ハイヒールじゃなくて残念だわ。じゃ、最後のチャンスだと思ったわけ?」

「そうなんだ。たった一度のチャンスなら、一気にって思って…」

「暴走したわけね」

「はは、そうなっちゃうね。でも…」

「何よ」

「まだ、あのお願い聞いてくれてないんですけど」

「ああ、そうよね」

「もう25歳になるんだけど…来月で」

「ふ〜ん、そうなんだ。そろそろお肌の曲がり角ってことか」

「だ、だからさ、あの…そろそろ…」

「仕方ないわね…暇つぶしだったけど、約束しちゃったから、はぁ…」

「あの…?アスカ」

「よしよし、じゃシンジの願いを聞き届けてあげましょうか!」

「ほ、本当?!」

「約束だもん。お願いを聞いてあげるって」

 

 散々同棲生活を楽しんだ挙句、私とシンジは“同棲”という単語を“新婚”に切り替えることに決めたの。

 

「で、シンジにリクエストがあるんだ。私」

「何?何でもかなえてあげるよ!」

「女の子が欲しいの。それで、名前をレイって付けたいの」

 

 シンジに向かって“レイ”という名前を話したのは、あの日以来初めてだった。

 そのことにシンジは気付いたのだろうか?

 ただ、シンジは優しく私を抱きしめてくれただけ。

 

 きっと神様も私の願いを聞き届けてくれるでしょう。

 もし聞いてくれなかったら、男の子でも“レイ”って付けてやるから!

 

 

 

 〜 The End 〜

 


<あとがき>

 8000HIT記念SSでした。

 今回は危なかった。落とすかと思いました。

 最近少し明るく楽しく路線から微妙に外れ気味なので、ちょっと肩の力を抜いてしまいました。

 たまには肩のこらない作品を…。え?たまには肩のこるような作品を書けって?

 

2003.03.10  ジュン

 

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