彼女の名前は霧島マナ。

 松代市の第二中学ではトップクラスの美少女として有名だった。

 ショートカットの元気印がトレードマーク。活発で積極的な上に、特定の彼氏を作ったことがないことも人気の要因だった。

 その彼女が、父親の転勤で第三新東京市に引っ越すことになった。

 公立の第一高校に入学することとなり、今日がその入学式。

 そして、その式場でマナは待望のマイダーリンを発見したのである。

 彼の名前は碇シンジという。

 

 

 

9000HIT記念SS

霧島マナの華麗な挑戦


 

 

 

 

 

 マナは第三新東京市に移るにあたり、ある誓いをたてていた。

 最高の彼氏を見つけること!

 実はマナの好みは、カッコいいイケメン系よりも母性本能をくすぐるタイプ系だった。

 そして…そのタイプの象徴とも言えるような少年がマナと同じクラスにいたのだ。

 少しやせ気味でおとなしそうな感じだが、笑顔がいい。

 マナが身震いして、鮫肌が立つくらいの快感を与えてくれる笑顔だ。

 ずっとこの第三新東京市に住んでいるらしい。

 自己紹介で彼はそう言った。

 趣味はチェロを弾くことで、家は病院を経営している一人っ子だそうだ。

 中学からの友人にひやかされて言った、もう一つの趣味はお弁当づくり。

 マナは将来シンジの愛妻…愛夫弁当を食べる自分の姿を想像してニンマリと笑み崩れるのだった。

 彼女は家事が苦手であった。

 もちろん食べる方は得意である。

 ばっちり!これ以上望むべくもない相手だ。

 そして、最大の関門についても、この自己紹介のときに判明した。

「う〜ん、じゃシンジくんには彼女はいないのかなぁ〜」

 少し軽めの雰囲気の担任教師・葛城ミサトがからかうように言った。

「え、えっと…今は、いません」

「せやな、センセは寂しい中学生活をおくってきたもんなぁ」

 シンジの友人の一人である、鈴原トウジの絶妙のツッコミに教室内は笑いに包まれた。

 頭を掻いて照れているシンジ。

 か、可愛い…。

 マナは改めて、シンジの魅力にクラクラきたのである。

 シンジくん、もう少し待ってね。最高の彼女がアナタにできるんだから!

 妄想にふけりニヤニヤ笑っているマナは、はっきり言って無気味な雰囲気に包まれていた。

 

 まず、彼の近くの席をゲットしなくちゃ。

 マナの最大目標は決まっていた。

 彼の隣の席を奪取するために、マナは現在両サイドに座っている人間を吟味した。

 右側…廊下側はシンジの友人のメガネ。

 マナにとっては、オタクっぽい男は好みじゃない。

 逆サイドの窓側はこのクラスの委員長である洞木ヒカリが座っている。

 マナは彼女に対して、疑問を抱えていた。

 まずシンジの隣の席を確保したこと自体に彼女の職権を乱用した臭いがプンプン漂っていた。

 委員長として席替のときにこっそりと細工をしたようだ。

 他のものは騙せても、シンジLOVEのマナの目は誤魔化されなかった。

 しかし、マナの疑問というのはこのことではない。

 ヒカリは鈴原と交際しているみたいなのだ。

 昨日も一緒に下校していたし、休み時間に二人で喋っていたりしている。

 あの雰囲気は間違いなく付き合っている二人のそれであった。

 で、その鈴原の隣の席は空席なのである。

 どうして付き合っている彼氏の隣じゃなく、シンジの隣にわざわざ座る必要があるのか?

 もしかして、シンジ君にも二股?

 そうマナはかんぐったが、そんな感じでもない。

 鈴原が焼きもちの欠片も見せないからだ。

 マナは洞察力に特別秀でているわけではない。

 従ってこの件に関してはしばらく考えただけで追求することを止めた。

 そんな事を考えるよりも、もう片側に座る男、相田ケンスケを篭絡する方が先決だからだ。

 マナにとっては、あんなもてそうもない男など手玉にできる自信は大有りだった。

 休み時間にマナは廊下でケンスケを捕まえた。

「ねえ、席替わってよ」

「どうしてだ?」

「いいじゃない。替わってよ」

「やだね。どうせ、お前シンジのこと狙ってるんだろう?」

 図星である。

 ただし、こんなシチュエーションで気付かない方がおかしい。

「違うわよ」

「そうかな」

 そう言って、ケンスケはメガネをかけ直した。

 うぇっ、気障。似合わないってば、あんたには。そう、マナは思った。

「違うって言ってるでしょ」

「じゃ何のためだよ。答えてみろよ」

「……」

 直球勝負が得意なマナはそんな答を用意していなかった。

「ほら、答えられないじゃないか」

「と、とにかくそんな理由じゃないことは確かよ」

「へえ…じゃ、証拠を見せろよ」

「証拠?」

「そうだな、シンジに興味がないなら、俺とデートしろよ」

「げっ!」

 マナは考えた。

 これは大事の前の小事である。

 たった1回のデートが何であろう。

 だいたいが発展家だったマナはさんざんデートはこなしてきている。

 特定の彼氏を作らず、デート程度までの付き合いに押えてきていただけなのだ。

 もてない男を利用するのは別に珍しいことではなかった。

 ということで、マナはケンスケの提案に乗ることに決めた。

 それでシンジの隣の席がゲットできるのである。

 その代償として、この男にはデートのときに散々貢いでもらおう。

 そう彼女は決意した。

「いいわ。デートしてあげる」

「え!本当か!」

「そうよ。何?アナタが言い出したのよ。誘ったのはアナタなんだからね」

「お、おう。ほ、本当にいいんだな」

 ケンスケの声は思い切り上ずっている。

 ふ〜ん、これはこれで面白そうね。どうやら、このメガネ君にとって初デートみたいね。

 これは豪遊できそう。何、買ってもらおうかな…?

 とんでもないことを考えているマナであった。

「ええ、いいわよ。で、いつ?次の休み?」

 嫌なことは少しでも早く終わらせたかった。

「あ、えっと、悪い。今週末はサバイバルがあるから、来週でいいかな?」

「サバイバル?」

「ああ、山の中を…」

「あ、もういいわ。何となくわかるから」

 アナタのもてない原因がね。マナは心の中で大きく頷いた。

 

 こうして、霧島マナは念願のシンジの隣の席をゲットしたのである。

 

 彼女の次なる野望は、シンジとの会話である。

 まずは、友達にならなきゃ!

 そう方針を決めたマナは、会話のきっかけを模索するのであった。

 模索といっても、マナのことである。

 結局はいつもの直球勝負になってしまうのだが。

 

「ねえ、碇くん」

「え、あ、えっと、誰だっけ?」

「私、霧島マナ。よろしくね」

「あ、霧島さんっていうんだ。こちらこそよろしく」

 微笑の陰で、マナは滝のような涙を流していた。

 私の名前、知らなかったんだ。屈辱…。

 ところが、挨拶を返すシンジの微笑を見て、簡単にマナの機嫌は直った。

 なんて透き通るような…綺麗な微笑なの。

 ますます、シンジが欲しくなるマナであった。

「あの、碇くん。名前で呼んでいい?」

「え、いや、それは困るよ」

「どうして?どうして困るの?」

「いや、それは、あの…はは、困ったな…」

 困ったシンジの顔も素敵。

 そう思うと、もっと困らせてみたくなった、いけないマナである。

「どうして?ねえ、どうして?いいじゃない。ねえ」

「あ…えっと…」

 そこにシンジの助け舟が現れた。

 マナにしてみれば、お邪魔虫以外の何者でもなかったが。

「霧島さんだったわよね」

「うん、私、霧島マナ!」

 シンジの友人であるからには、変な顔はしたくてもできない。

 マナはヒカリに爽やかな微笑を返した。

「碇くん、困ってるじゃない」

 当たり前じゃない。困ってる顔が見たいんだもん。そう思いながらも、微笑みは絶やしていない。

「私も碇くんとは小学校から同じだけど、上の名前で読んでるのよ。

 碇くんが困るから、止めた方がいいと思うわ」

 この娘は!と頭に来かけたマナだったが、シンジに嫌われてはいけないと我慢した。

「うん、わかった。いずれ、名前で呼び合うくらい仲良くなりましょうね」

「それは無理だと思うけど…」

 むかっ!さすがに少し不快感を顔に出してしまった。

 まるでシンジの保護者のようなヒカリをマナは障害物と認識した。

 

 その翌日から、お弁当が始まった。

 マナはお母さんのつくった弁当だが、シンジは自己紹介の申告どおりお手製弁当である。

 その中身を横目で見ながら、マナは妄想にふけっていた。

 いつの日か、このお弁当を食べる自分の姿を。

 お昼休みが終わると。部活動のオリエンテーションの時間だった。

 この高校では必ず何らかの部活動に所属しないとならない。

 マナは中学時代に所属していた、陸上部にしようかと考えたが…。

 やっぱり、シンジの入る部にしようと決めた。

「ねえ、碇くんは、どこの部にするの?」

「あ、まだなんだ。来週には絶対に決まるけどね」

「ふ〜ん、そうなの」

 因みに、メガネ男は当然のように写真部。

 委員長はバスケット部。但し、男子部のマネージャーを希望している。

 もちろん、あの鈴原がバスケット部に入部するからだ。

 正直言って羨ましい。

 マナは部活動のことで談笑する、ヒカリと鈴原を妬ましげに眺めていた。

 まあいいわ。来週に決めるって言ったんだから、私もシンジ君の入る部に入部しよっと。

 マナはそう決断した。

 

 放課後。

 鈴原たちと別れて、一人帰宅するシンジ。

 その背後に尾行する女が一人。

 もちろん、マナである。

 今度の計画は、シンジの環境調査である。

 シンジの家がかなり大きな病院を経営していることは事前に調べている。

 物凄いお坊ちゃんであることは、マナの闘志をさらに燃え上がらせていた。

 玉の輿をこの年で狙えるとはと、己の運命の良さに陶然とするマナである。

 失敗することを全く考えていないのは、マナのマナたる所以であろう。

 お金持ちの生活を夢見ながら、シンジの後をつけたマナは、シンジの帰りついた先を見て呆然とした。

 2DKが関の山の小さなマンション。

 家賃は月5万以下程度と読めた。

 どうして病院を経営している家庭が、こんな安マンションで生活しているの?

 どう考えてもマンションなら億ションでしょうが!

 私の家のマンションの方が豪華に見えるじゃない!

 シンジの消えたマンションの入口を見つめながら、あまりの理不尽さにマナは立ち尽くしていた。

 10分もそうしていただろうか。

 着替えたシンジが出てきたのを見て、マナは慌てて物陰に隠れる。

 幸い気付かれなかったようで、再びマナはシンジの尾行を続けた。

 シンジは商店街にあるケーキ屋さんに入っていった。

 あら、洒落たケーキ屋さん。やっぱりさすがにお坊ちゃんね。

 そう考えていたのも束の間、シンジがカウンターの中で働き出すのを見て、マナは首をかしげた。

 そして、マナは結論を出した。

 実際には最初に思いついたことに決め付けたといった方が正しかったのだが。

 シンジの家の経営する病院は火の車なのだ。

 だからあんなマンションに暮らして、シンジもアルバイトをしているのだ。

 マナは健気なシンジのことを思い、電柱の陰で涙に暮れるのだった。

 わかったわ、シンジくん。アナタの一人くらい、この霧島マナが食べさせてあげるから。

 だから安心して、私の彼氏になるのよ。いい?シンジくん!

 

 そして…、3日が過ぎた。

 週明けの月曜日。

 マナにとって悪夢のような月曜日がやってきた。

 

 

 

 その日は風が強かった。

 

 

 

 2時間目が終わっての10分休み。

 マナは今日もじっくりとシンジを見つめていた。

 普通の男ならその視線に気付きそうなものだが、碇シンジはまったく気付いていない。

 その太平楽なところもマナが気に入っているところなのだ。

 だが、今日は違った。

 朝から妙にそわそわしている。

 時計を何度も見てはため息をついたり、思い出し笑いなどをしている。

 どうしたんだろう、シンジくんは。

 恋する乙女はシンジの一挙一動が気になるのだ。

 

 その時、窓から外を眺めていたケンスケが大声を上げた。

出たっ!

「どないしたんや、そんな馬鹿声…。うわっ!出よったっ!

 鈴原の声に素早く反応したシンジが、窓に飛びつく。

 3人の視線の先には…。

 校庭のど真ん中に一人の少女が仁王立ちしている。

 あまりに場違いな黄色いワンピースの裾が風に舞っていた。

 少女の傍らには大きなトランクが置かれ、両手を腰にやって校舎を睨んでいるようだ。

 マナも他の生徒たちと一緒になって、窓からその少女を眺めた。

 その風に靡く亜麻色の髪に、間違いなく外国人だとマナは思った。

 でも…どうしてあんなことろに立って…。

 そんなマナの思考は突然のシンジの叫びに消し飛んだのだ。

アスカっ!!!

 マナは信じられないものを見るように、シンジの横顔を見た。

 あんなにおとなしいシンジ君がこんな大声を!

 で、アスカってあの娘…で、シンジ君の知り合いなの?

 亜麻色の髪の娘はシンジの叫びに即応した。

 叫び声の元を素早く突き止めると、シンジに向かって両手を差し伸べた。

シンジっ!帰ってきたわっ!

今行くよ!

 そして、シンジはあろうことか窓から飛び降りようとした。

 慌てて抱きとめる鈴原とケンスケ。

「あ、あほ!3階やぞ、ここは!」

あ、アスカ、待ってて!

 そう少女に叫ぶと、シンジは脱兎の如く教室から飛び出していった。

 後に残った二人は顔を見合わせてにやりと笑った。

「こりゃ、見ものやな」

「ああ、シャッターチャンスだぜ。今日はこれに合わせて最高の一眼レフデジカメを持ってきたんだ」

 マナは事態の急速な展開についていけなかった。

 どうやらこの状況が発生することを彼らは知っていたようだ。

 ケンスケは巨大な望遠レンズを装着したデジカメを構える。

「センセ、絶対に靴替えずに走っていきよるで」

 鈴原の予言どおりに、上靴のままシンジが昇降口から飛び出してきた。

 そして、全力疾走で校庭の少女の元へ走る。

 マナはパニック状態だった。

 もう何がなんやら…。

 ただ最悪の事態がすぐそこまでやってきていることだけは、その本能が教えていた。

 ダメ!シンジくん、ダメよ!

 そんなマナの心の叫びは、シンジにとっては本当に余計なお世話というものだ。

 転びそうになりながら、シンジは突っ走る。

 その先に立つ少女は、シンジに向かって大きく手を広げて、嬉しそうに笑った。

 げっ!まさか!

 マナの脳裏に外国映画のラブシーンが浮かんだ。

 ここは日本よ。そんなことしちゃダメぇっ!

 悲痛な叫びを吹き飛ばすように、シンジは少女の広げる手の中に。

 そして…。

 ぶちゅっ!

 その模様を観戦していた数百人の学生たちは、確かにその音を聞いたと証言している。

「やりよったな…」

「ああ、ばっちり撮ったぜ」

 校庭のまん真中、黒い学生服の少年と黄色いワンピースの少女が固く抱き合ってキスをしている。

 いつまでも、いつまでも。

 まるで時の流れが止まったかのように、2人のキスは続いた。

「おい、いつまでしよんのや、あいつら」

「シンジもやるもんだ」

「ありゃ、舌入れてるわね。高校生の分際で!」

「わ!ミサト先生!」

 いつの間にか、ミサト先生が観戦者の中に…というよりも、その中で一番熱心なギャラリーだった。

「くそぅっ!うっらやましいわね!」

 マナは隣で騒ぐミサトの袖を引っ張った。

「せ、先生。止めなくていいんですか。が、学校ですよ、ここ」

 必死で縋りつくように訴えるマナの言葉をミサトは完全に無視していた。

「ええ〜い!やれっ!もっとやれ!くそっ!ああ〜ん、私もあんな強烈なのしたいよぉ!」

 マナの神経はもはやズタボロになっていた。

 ただ茫然といつまでも続く二人のキスを眺めるだけだった。

 

 トータルタイム、5分48秒。

 職員室から飛び出してきた教師の制止による水入りで、記録はここで止まっている。

 

 職員室での説教を終えて、シンジはアスカという名の少女を伴って教室へ戻ってきた。

 たちまち、歓声と冷やかしの言葉に二人は包まれた。

 ミサトも一緒になって騒いでいたのだから、今日室内で沈黙を守っていたのはマナ一人だったのだ。

 しかも教壇の前に立つ二人はしっかりと手を繋いでいる。

「はいはい、いつまでもくっついていたい気持ちはわかるけど、シンジ君は自分の席について」

「あ、はい」

 名残惜しそうに手を離す二人。

 その光景を見て、女子生徒から一斉にため息が漏れた。マナ一人を除いて。

「はいはい、騒がないでね。えっと、この人騒がせな子は、実はこのクラスの仲間なの」

 ええっ!と教室が奇声に包まれる。

「来日が少し遅れたので、入学式に間に合わなかったわけなの。名前は惣流・アスカ・ラングレーさん」

 ぺこりと頭を下げる少女…アスカ。

「じゃ、自己紹介してくれるかな?」

「はい。私は惣流・アスカ・ラングレーといいます。小学校3年までこちらにいました。

 それからドイツに両親と引っ越しましたので、今回は7年ぶりに帰ってきたことになります。

 こんな服でごめんなさい。着替える時間がもったいなかったから、空港から直接ここに来ました。

 一秒でも早くシンジに会いたかったからです。

 だって、帰ってきた理由は、ドイツにはシンジがいないのですから!」

 一瞬、教室は静寂に包まれた。

 そして、数秒後、大歓声が巻き起こった。

 マナがちらりと隣のシンジを覗き見ると、シンジは赤面して頭を掻いている。

 この脱力感はどうやって回復したらいいんだろうか?

 マナは机に突っ伏してしまいたかった。

 そんなマナとは関係無しに、亜麻色の髪の少女はシンジとの仲を公然のものにしていった。

「これからは二人はずっと一緒なんです。死ぬまで。ううん、死んでもお墓で一緒なんだから!」

「くううっ!大胆!先生は羨ましいわ!」

 ミサトは心底から羨ましいようだ。

 目にうっすらと涙まで浮かべている。

 涙といえば、流す涙さえ忘れてしまったマナは、茫然とアスカを眺めるしかできなかった。

 いつ、アスカの自己紹介が終わったのかも覚えていない。

 マナのシンジゲット作戦は始動したという意識もないまま、強制終了されてしまった。

 その上、失意のどん底のマナの上に次々と大きな岩が投げ込まれていくのだ。

「じゃ、惣流さん」

「アスカでいいです」

「うん、じゃアスカ、席についてくれるかな。あ、あれ?そっちじゃないわよ」

 アスカはつかつかとシンジの席に向かって歩いていく。

 すると、ヒカリがいつの間にか荷物をまとめていて、アスカとハイタッチをすると後ろの方へ歩いていく。

 生徒たちが口をあんぐりと開けていると、アスカはシンジの隣に、ヒカリは空席だった鈴原の隣に当然のように座った。

「はは〜ん。洞木さん、計画的ね。まあ、いいわ。

 但し、授業中のABCは厳禁よ。いい?」

「はい!」

 ヒカリはアスカのために席取りをしていたのだ。

 すべてはマナの知らない次元で仕組まれていた。

 マナは口惜しさを通りすぎて、ただ打ちひしがれるのみである。

 

 さらにお昼休み。

 学生服の中にいる黄色いワンピースは目立つ。

 そして、そこから発せられる甘い甘いオーラに生徒たちは自主的に避難をはじめていた。

「美味しい!さすがにシンジ。6年間の修行の賜物ね」

「当たり前だろ。アスカに美味しいって言われたかったからね」

「うん!美味しいよ!凄く美味しい!」

「ありがとう、アスカ」

「ううん、こっちこそ…」

 以下略。

 この二人の一番近い場所にいるのは、強引に席を替わってもらったマナである。

 その精神的苦痛はいかばかりなものであろうか?

 そこに現れたミサト先生。

「あらら、お食事中ごめんねぇ」

「はい、なんですか?」

「あのね、アスカ。住所なんだけど、これってシンジ君と同じ場所なんだけど…間違えた?」

「いいえ、私たち一緒に住みますから」

 その瞬間、誰しもが息をすることを忘れた。

 2人と親しい、ヒカリたちですらそうだったのだから、他の者のショックは計り知れなかった。

「ど、同棲……?」

 恐る恐る問い返したミサトに、シンジはにこやかに笑って答えた。

「はい」

「二人きりで……?」

 今度はアスカがにっこりと笑った。

「はい!」

「あ、あ、あの…」

「大丈夫です。寝室は別ですから。

 僕の両親が二人と一緒に住みたくないからって、別のマンションで勝手に住めって追い出されちゃったんです」

「酷い話でしょ。私たち、別にベタベタしていないのに」

 今のはベタベタじゃないのか!

 マナの胸は怒りに燃えさかっていた。

「いずれ高校を卒業したら、すぐ結婚しますから」

「そ、そうなの…。よし!わかったわ!この葛城ミサトが応援してあげましょう!

 どうせ職員会議とかで問題になるでしょうから。

 がんばんなさいよっ!」

「はいっ!」

 声を揃えて返事をする二人をミサトは眩しそうに見た。

 そういや、あいつ今どこでどうしてるんだろ…。

 今度、探してみようかな…?

 

 マナは何とかお弁当を食べ終わり、廊下へと脱出に成功した。

 これから毎日あんなのを見せ付けられるの?

 地獄だ…。

 結果的には自分で地獄に飛び込んでいってしまったのだが。

「おい、霧島」

 マナの神経を逆なでするような口調で、ケンスケが話しかけてきた。

「何よ」

「残念だったな。でも、デートの約束は守れよな」

 バシッ!

 無神経な一言にマナの怒りが爆発した。

「いいわよ!デートでも何でもするわよ!」

 すべての恨みつらみがケンスケの頬に炸裂したのだ。

 こうなったら、こいつに貢がせてやる。

 

 やっといつもの霧島に戻ったな。

 わざとマナを怒らせたケンスケは、真っ赤に腫れた頬をさすりながら思った。

 じゃ、デートのときはいろいろサービスしてやるか。

 

 このときの二人には、その関係がその後数十年、ケンスケが先に死ぬまで続くことなど予想もできなかった。

 

 さて、ここまで来るとこの話はほとんど語ることがなくなってきた。

 シンジとアスカの甘い生活を逐一報告していけば、いつまでたっても終わることができないからである。

 最後に、8年後のマナとケンスケの結婚式に出席した二人の間には、

 可愛い女の子が一人挟まっていた事だけを付け加えておこう。 

 

 

霧島マナの華麗な挑戦 − おしまい −

 

 


<あとがき>

 9000HITまでやってきました。こんなに早く…。実質3ヵ月半です。

 本当にありがとうございます。

 で、マナとケンスケのハッピーエンド。う〜ん、当初予定とは大きく違った結末になってしまった。

 まあ、全国481人のケンスケファンにこのSSを捧げましょう。美味しいところをもっていってますから。

 

2003.03.17  ジュン

2003.10.12 誤字脱字訂正

 

SSメニューへ

感想などいただければ、感激の至りです。作者=ジュンへのメールはこちら

掲示板も設置しました。掲示板はこちら