99999HITしていただいたWhoops!さまのリクエストです。

お題は…。

「シンジ一人称」「恋愛以外の少年特有の悩み」「ハッピーだけどほろ苦いラスト」というお題を頂きました。

ということで、天邪鬼の権化・ジュンが贈ります、99999HIT記念SSは…。とりあえず、前編です。

 

 

 


 

 

 

 転校生が来た。

 名前は惣流さんって言うんだけど、外国の人にしか見えない。

 金髪で青い目、身長も165cmくらいあってスタイルも抜群。

 母国のドイツ語はもちろん、英語もペラペラ。

 日本語だって流暢に話す上に、成績は超優秀。

 運動神経だって見事としか言いようのないほどなんだ。

 テレビや雑誌のアイドルなんか吹き飛んでしまうくらいの、容姿と能力を持っている。

 当然、彼女は男子たちの人気を集めてしまった。

 かく言う僕もその一人。

 ただし、どう考えても才色兼備の惣流さんと僕が釣り合いが取れるわけがない。

 大好きだけど、みんなみたいに告白したりラブレターを出す勇気はない。

 どうせ、一瞬でふられるのに決まってるからね。

 

 

 

あんばらんす

〜 前編 〜


99999HITリクSS

2003.11.14         ジュン

 

 

 

 

 

 

 それが、ある日の放課後のことだったんだ。

 教室の掃除が終わって、僕はごみを焼却炉に持っていく役を買って出た。

 部活動も委員でもないから、それくらいのことはしてもいいと思ったからなんだ。

 うちの学校の焼却炉は、体育館の裏手にある。

 体育館が2階で、1階に職員室や保健室があるから、職員室の窓を開けるとすぐ横に見える。

 火事とか色々なことがあるから、目の届きやすいところにあるんだってさ。

 この季節になると、5時前でもうかなり薄暗くなっている。

 でも今日は眩しいくらいの夕焼けだった。

 体育館の裏手はオレンジ色の光に包まれていた。

 そこにゴミ箱を抱えて歩いていくと、焼却炉のところに立っている人影が見えた。

 夕日にきらきら金色の髪の毛が光って見える。

 あんな髪の毛をしているのは、惣流さんしかいない。

 僕は困ってしまった。

 焼却炉には行かないといけないけど、憧れの惣流さんのいるところにちょっと行きにくいよ。

 恥ずかしいと言うか、同じクラスなのに相手にされるわけないのが情けないから…。

 挨拶くらいしてくれたら、いいんだけど。

 何しろ僕の身長は158cm。

 勉強やスポーツが人よりできるわけでもない。

 そんな僕のことなんか、名前すらきっと覚えてないと思う。

 いや、ひょっとしたら顔すら知らないかも。

 まあ、僕なんてそんなもんだ。

 自己完結した僕は苦笑しながら焼却炉に向かった。

 惣流さんは隣に歩いてきた僕のことを見向きもしない。

 ほらね…。

 僕は少しばかりの悲しみとあきらめに似た気持ちで、焼却炉の蓋を開けた。

 炎がちらちらと見える。

 そして、持ってきたごみを中にぶちまける。

 すぐに紙くずに燃え移り、火が広がった。

「サンキュー。火が小さいから困ってたの」

 予想外の声がすぐ傍からして、僕は驚いた。

 惣流さんが隣に立って焼却炉の中を覗き込んでいたんだ。

「ちょっとどいて」

「う、うん…」

 惣流さんは地面から紙袋を持ち上げた。

「よいしょっと…」

「えっ!」

 ちらりと見えた紙袋の中身に僕は驚いてしまった。

 数え切れないほどの封筒。

 ラブレターだ。

「そ、それを燃やすの?」

「何、文句あんの?」

 初めて見る、至近距離の惣流さんの顔。

 身長差があるから少し見上げないといけないけど、本当に綺麗だ。

 でも、その青い瞳は怒ってる。

「ラブレターなんでしょ、燃やしたりしない方が…」

「うっさいわね。口出ししないでよ」

 わっ、惣流さんって口が悪いんだ。

 僕はその時、彼女の普段の声を初めて聞いたことに気づいた。

 授業で教科書を読んだりするのはよく聞いているけど…。

 そういえば、休み時間や昼休みって一人で本を読んでいたっけ。

「何よ。変な顔して」

「ご、ごめん。イメージが」

「はん!」

 惣流さんは整った顎を上げた。

「勝手にイメージ作るなっていうのっ!」

「じゃ…どうして…?」

 僕は思わず、疑問を声に出してしまった。

「何が、どうしてなのよ」

「あ、あの…」

「はっきり言いなさいよ」

 惣流さんが詰め寄ってくる。

 逃げたいけど、後は焼却炉。

 火傷はしたくない。僕は決意した。

 ああ、これで惣流さんと二度と話は出来ないだろう。いや、もう二度と僕の顔なんか見ないと思う。

「こ、これが地なんでしょ。どうして、猫被ってるの?」

 惣流さんの眉がぴくりと上がった。

 わっ!怒鳴られそう…!

「猫ぉ?私は別に猫なんか被ってないわ!」

「で、でも…」

 その時、一瞬青い瞳が揺らいだ。

「誰か相手がいたら、普通に…今みたいに喋ってるわよ」

 僕ははっとした。

 惣流さんはいつも一人だった。

 友達がいないんだ。

 そうだったんだ…。

 だからといって、ここで僕がって立候補できるような度胸や自信の欠片もない。

 僕が出来るのは、ただ惣流さんの次の言葉を待っていることだけ。

 ああ、なんて情けない男なんだ。

「で…」

 惣流さんの瞳はもういつものようにはっきりしていた。

「そこまで言ってんのに、何も言ってくれないの?」

「ご、ごめん、僕の言葉なんかたいした事ないし…」

「ふん、えらく正直なのね。ま、歯の浮くような台詞なんて願い下げだけどね」

 惣流さんはからりと笑った。

「あ〜あ、どうしてアンタみたいに冴えないヤツに弱み見せちゃったんだろ」

 冴えない…よな、僕なんて。

 その通りだ。

 こんなところで惣流さんと僕が二人でいても、誰も変な方向には考えないだろうなぁ。

「さてと、じゃ火あぶりの続き、と…」

 惣流さんは袋をまた持ち上げた。

「だ、ダメだよ。やっぱり燃やしたりしたら」

 ああ、また言っちゃった。

 惣流さんは手を止めて、かなり大きな音で溜息を吐いた。

「そんなに必死なとこみたら、アンタのも混じってんの?」

 紙袋の中の数え切れないほどの封筒を覗き込む惣流さん。

「ないよ」

 さすがに僕は顔を背けて言う。

 それは、恥ずかしさというよりも、ラブレターも書けない自分が情けなかったからだ。

「なぁんだ、違うのか。てっきりそうだと思ったわ。じゃ、彼女持ちか」

「と、とんでもない。そんなのいないよ」

「それじゃ、彼氏持ち?」

 いたずらっぽい目で彼女は僕の顔を覗き込んだ。

「か、彼氏ぃ?そ、そんな趣味ないよ!」

 僕は慌てた。

 そんな変態に思われたくない。とくに惣流さんには。

「ぷっ!変な顔!」

 からかわれている…。

 それでも嬉しいって思ってしまう僕って…。これってマゾってやつ?

「そっか、相手がいないのか。それなのに、私にはラブレターくれないんだ」

「えっ!」

「私なんか好みじゃないと。そういうことか」

 惣流さんはうんうんと首を振っている。

 ここで、僕はいつもの自分と違う反応をしてしまった。

 いつもなら首をうなだれて何も言わないでいるところなんだけど、何故かこのときは思わず言葉を発していたんだ。

「違うよ。僕だって書きたい…けど」

「けど、何よ」

 言ってしまったら、もう仕方がない。

「書いても無駄だし…」

「は?」

「僕なんか…カッコよくないし、頭も普通だし、背だって低いし…」

「へぇ、読んでもらう前にあきらめるくらいの気持ちしかないんだ」

「だ、だって、そうじゃないか。どう考えたって、僕とそ、惣流さんは釣り合いが…」

「はい?釣り合い?」

「う、うん」

 僕は惣流さんを見上げた。

 距離が近いから、7〜8cmくらいの身長差でも少し首を傾けないといけない。

 その惣流さんはきょとんとした顔をしている。

「釣り合いって、何の?」

「いろいろ…というか、全部かな?」

 惣流さんは吹き出した。

「はははっ!おかしい!」

「そうだろ。やっぱりおかしいよ…」

 僕はうなだれた。何も笑うことはないだろ…。

「アンタ馬鹿ぁ?」

 実に明るい口調で彼女は僕に言った。

「馬鹿だよ、僕なんて」

「釣り合いなんて誰が決めんのよ。おっかしいっ!じゃあ何?私が恋人作るなら、周りのみんなに選んでもらわないといけないわけぇ?」

「で、でも…」

「そんなの変よ!」

 惣流さんは腰に手をやって、自信たっぷりに言う。

「私の恋人は私が選ぶわ。それがどんな相手だって誰にも文句は言わさないわ」

 僕は圧倒されていた。

「凄いんだなぁ、惣流さんは」

「はん!当たり前じゃない。どうして自分の好きな人を他人に選んでもらわないといけないのよ」

「そ、そうだね」

「アンタだって、誰かを好きになれって言われて、はいそうですかってその人を好きになる?ならないでしょ」

 うんうん。僕は大きく頷いた。

 多分このときだと思う。

 ただ憧れて好きになっていた惣流さんのことを真剣に好きになったのは。

「何よ、その顔」

「え…」

「惚れ直したって感じよ」

「げっ!」

 僕は慌てて顔を擦った。

 惣流さんはそんな僕を見て、面白そうに笑った。

「ふ〜ん、そうなんだ。で、アンタ、私のこと好きなの?」

 ここまできたら否定なんかできない。

 僕は頷いた。

 惣流さんは僕の返事を聞いて、ほんの少しだけ考え込んだ。

 そして、とんでもないことを言い出したんだ。

「じゃ、明日ラブレター書いてきなさいよ」

「えっ!」

「書いてこなかったら二度と口きいてあげないわよ」

 惣流さんは上からじっと僕を見下ろしている。

「あの…書いてきても、火あぶりにされるんだろ」

「へ?」

 惣流さんは僕の視線を追った。

 そこにはラブレターで一杯の紙袋。

「ははは!忘れてた」

 そう言った途端に彼女は紙袋を逆さに持ち、中の封筒をざらざらっと焼却炉の中に流し込んだ。

 今度は止める暇もなかった。

 惣流さんは紙袋をたたむとバックの中に押し込み、そして手をぽんぽんと叩いた。

「はい、おしまい。どうせ燃やされるんだから、書かない?」

「うっ…」

 彼女は試すように僕を見ている。

 読んでくれても、読まずに燃やされても結果は同じ。

 だから書かないのか、だから書くのか。

 でもこのときの僕は何故か無性に書きたかった。

 何を書いたらいいのか全然見当もつかなかったけど。

「書くよ。書いてくる」

「読まないよ、多分ね」

「うん」

「みんなのと一緒に燃やしちゃうよ」

「うん」

「それでも書いてくる?」

 僕はしっかり頷いた。

「そっか。じゃ、楽しみにしてるわね。バイバイっ!」

 惣流さんは僕の挨拶も待たずに、バックを手に走っていった。

 かなり濃くなった夕日に金色の髪が眩しい。

 僕はもう一度頷いた。

 書こう。ラブレターを。

 ゴミ箱を抱えて教室に戻る僕の足はやたらに軽く、階段も1段飛ばしで駆け上がっていった。

 明け方まで文面に苦労するとは、その時は予想もしていなかったけどね。

 

 

 翌朝、僕は7時30分に登校した。

 ラブレターを惣流さんの靴箱に入れるところを誰かに見られたくなかったから。

 でも、僕の封筒を入れようとしたら、先着のラブレターがもう何通も入っていた。

 凄いや…。

 これは読まれるどころか、みんな仲良く火あぶりだなぁ。

 そんなことを思いながらも、僕は変な達成感みたいなものを感じていた。

 初めて書いたラブレター。

 読まれもせずに燃やされてしまうラブレター。

 でも、あの惣流さんに書いたってことだけで、僕は満足だった。

 そして、誰もいない教室に入り、そのまま自分の席で眠ってしまった。

 ケンスケのヤツに背中を叩かれて起こされるまで、熟睡していた。

「あ、おはよう…」

「おいおい、1時間目も始まってないのにもう居眠りか?それより大ニュースだぜ」

「え?何の」

「そんな呆けた顔が一瞬で目が覚めるぜ。あのな、あの惣流がついにラブレターを読んだんだ」

「えっ!」

 目が覚めた。

 僕のじゃないと思いながらも、昨日の惣流さんとの会話が僕に仄かな期待感を与えた。

「どうだ。目が覚めただろ。しかもだぞ、手にしたのは1通だけだ。他のはいつものように紙袋にどさどさ!」

 1通…!

「アイツはその1通を大事そうに胸ポケットに入れると、トイレに入った」

「トイレ?」

「ああ、読むために決まってるだろ」

「ケンスケはついていったの?」

「まさか!女子トイレだぞ。停学にはなりたくないからな。クラスの女子がさ、やっぱり気になるからって後追っかけたんだよ」

 僕の…僕のだったら…!

「そうしたらさ、アイツが入った個室から笑い声が聞こえてきたんだ。しかも、きゃはは!っていう笑い声が」

 ケンスケは本当に不思議そうな顔をしてそう言った。

「これまで誰もアイツの笑い声を聞いたことがないんだぜ。しかもイメージと全然違う声だったらしい」

 僕が知ってる惣流さんならそんな声で笑っても可笑しくない。

 少しばかりの優越感。

 でもそんなことより、そのたった1通のラブレターのおかげで僕の胸はどきどきがとまらない。

 予鈴が鳴ってても惣流さんは教室に入ってこない。

 みんなは惣流さんの噂で持ちきりだ。

 初めて受け取ったラブレターに、初めて聞いたその笑い声。

 誰からのラブレターなのか。

 噂されるのはサッカー部の誰それとか、生徒会長だとか、学校でも有名な人間ばかり。

 僕は…昨日の今日だから、僕からのラブレターじゃないのかと…どうしても期待してしまう。

 そして本鈴が鳴った瞬間に、惣流さんは後の扉から教室に入ってきた。

 クラスの全員が、もちろん僕もだけど、彼女の動きを目で追う。

 その中を惣流さんは悠然と自分の席に向かう。

 まっすぐに前を見て、いつものように毅然とした態度で。

 みんなはそんな彼女と、噂のトイレの笑い声とのギャップに頭を悩ませているようだ。

 ただ…、惣流さんは僕の方をちらりとも見てはくれなかった。

 僕はがっくりきてしまった。

 やっぱりからかわれただけなんだ。

 その日は授業を受けるのも、休み時間にケンスケたちと話すのもどこか虚ろだった。

 結局、惣流さんと僕は一度も視線を交わすことがなかった。

 惣流さんは一番後ろの窓際の席。

 僕はその隣の列の前から3番目。

 授業中に後を向くのは凄く難しいんだけど、何とか格好をつけて惣流さんを見ると、彼女はいつも窓の外を見ていた。

 はぁ…。授業とかもつまらないのかなぁ。それとも視界に僕が見えるから前を見たくないとか…。

 どっちにしても、僕なんかお呼びじゃないってことか。

 そう決め付けてしまうと、僕は机に突っ伏してしまった。

 その日、放課後になるまで僕は計12回、先生に寝るなと叱られた。

 

 

 放課後。

 僕はあの焼却炉の近くにいた。

 僕のラブレターが火あぶりになるところを見たかったのか?

 それとも、惣流さんに声をかけてもらえるかもしれないと期待していたからだろうか?

 そう、一日中彼女に無視されていただけに、逆に僕の彼女への想いはつのっている。

 もし昨日惣流さんと話をしていなかったら、徹夜でラブレターなんか書いてなかったら、

 こんなにも惣流さんのことを好きになっていなかったと思う。

 ただの憧れだけで彼女を遠くから見ているだけで充分だったのに…。

 今は違う。

 彼女のそばにいたい。話したい。

 彼女に好きになってもらいたい…。

 まあ、最後のは絶対に無理だけどね。

 道化師のような存在でもいい。

 彼女に相手にしてもらいたい。

 まったくもって情けないよね。自分でもイヤになってしまう。

 でも、惣流さんと僕とだったらそんな関係の方が釣り合いが…。

 …って、そんなことを言ったら昨日みたいに怒るかな?

 そうだったらどんなにいいか…。

 ゴミを捨てにくる生徒は何人か来たけど、惣流さんの姿は見えない。

 僕はだんだん不安になってきた。

 もう二度とここにはこないんじゃないかって。

「何してんのよ」

「わっ!」

 耳元で惣流さんの声がした。

 僕は握り締めていた鞄を地面に落としてしまった。

「ラッキー!アンタいいところにいたわね。手伝いなさいよ」

 振り返ると、惣流さんは両手で段ボール箱を抱えていた。

「はい」

 そう言って、彼女は僕にその段ボール箱を押し付けてきた。

「な、何これ?」

「これアンタの所為なんだからね。アンタが責任持って処理してくんなきゃ」

「はい?」

 受け取った段ボール箱はずしりと重い。

 一旦地面に置いて中身を見ると、箱の中は封筒で一杯だった。

「これは!」

「私もびっくりしたわよ。靴箱の中は封筒で一杯で、床に置いてある箱にも入ってたんだから」

「凄いや。凄い人気だね」

「違うわよ、アンタの所為よ」

「へ?僕の?」

「そうよ、アンタの所為。アンタの書いたラブレターの所為に決まってるわ」

「どうして?」

 本当にわからない。

 どうして僕が惣流さんにラブレターを書いたら、こんなにラブレターが殺到するんだろ?

「アンタ馬鹿ぁ?人間ってのはね、少しでも希望が出てくると、一生懸命になんのよ」

 うんうん、それはわかる。

 僕だってその一筋の希望のためにラブレターを書いたんだから。

「もう!その顔は全然わかってないわね。ホントにニブチンなんだから」

 仕方がない。

 その通りだ。

 惣流さんは溜息を吐いた。

「つまり、私が1通でもラブレターを読んだってことがわかったからなのよ!だから、みんな希望を持ったわけよ。ホントに馬鹿みたい!」

 僕の心臓はバクバクいい始めた。

 ということは…、ということは!

「あ〜あ、あんなことしなきゃよかった」

 惣流さんが肩をすくめた。

「あんなことって?」

「アンタのラブレターをあの中からすぐに抜いちゃったことよ」

 あっさりと、本当にあっさりと、惣流さんは言い放った。

 僕は息をするのも忘れて、惣流さんの口元を見つめていた。

 本当にこの口からさっきの言葉が出たのだろうか?

 もしかしたら、僕の願望が言いもしないことを言ったように感じさせたんじゃないだろうか?

「何ぼけっとした顔で見てんのよ。ほら、さっさと手伝いなさいってば。この量じゃ私一人では無理よ」

 惣流さんは段ボール箱を蹴飛ばした。

 ばこんと音はするけど、その重みで箱は少しも動かない。

 これだけのラブレターを処分して、祟りはないんだろうか?

 僕って男も自分勝手だとつくづく思う。

 昨日は燃やされるラブレターを見て可哀想だと本心で思ったのに、今は逆だ。

 こんなものはさっさと燃やしてしまいたいと思っている。

 身勝手な、くだらない男だ。

 そんな僕の戸惑っている理由を惣流さんが尋ねてきた。

 僕が正直に答えると、彼女は明るく笑った。

「馬鹿みたい!そんなの当然じゃん!アンタ、ほとんど寝てないんでしょ?授業中ずっと居眠りしてたもんね。

 それだけがんばって書いてくれたんだから、他の男のラブレターと一緒にして欲しくないんじゃない?」

「あ…」

 惣流さんの指摘にそうなんだと納得すると、彼女は楽しそうに笑った。

「アンタそんなに色々とくよくよ考えてんのに、結構自分のことがわかってないんだ」

「うん…そうみたい」

「アンタ、他の人間と自分を比べすぎよ」

 それは僕も自覚している。

 他の人より劣っている自分を卑下する。

 小さい頃はそんなことはなかったんだけどなぁ。

 結構明るくて元気だったんだけど、小学校3年生くらいから目立たない方のグループになっちゃった。

 喧嘩して負け始めたからかもしれない。

 体格や運動神経が他の男の子たちより悪いから、劣等感を持ってしまったのかも。

「ほら、アンタ自分で書いてたじゃない。チェロが弾けるって。

 そんなの普通の子じゃ弾けないでしょ。その点ではアンタは優れてるということよ」

「そんなの…。僕ぐらいの腕なんかたいしたことないよ」

「はん!そんなの聴いてみないとわかんないじゃない!」

 惣流さんはとても偉そうに断言した。

「決めたわっ!」

「え、何を?」

「今から、アンタの腕を試してあげんのよ。行くわよ!」

「行く…って、もしかして、僕の家?」

 恐る恐る言ってみた僕に、惣流さんは大きく頷いた。

「あったり前じゃん!さ、すぐ行くわよ!ほら、ぼけっとしてないの。さっさとコレ片付けるわよ!」

 惣流さんはまたもや段ボール箱を足蹴にした。

 ごめんね、みんな。

 僕は心の中で謝りながら、反面嬉々として段ボール箱の中身を灰にすべく焼却炉に投げ込んでいった。

 

 

 僕の住所を教えると、惣流さんは1時間くらい後に行くと約束してくれた。

 そして、僕は家まで突っ走った。

 別に見られて困るようなものは…、今はなかった。

 3日前にケンスケへ丁重に返却した後だったからだ。

 でも、やっぱり掃除しないと!

 母さんいるかな?

 おやつとか飲み物はあるだろうか?

 家の鍵は閉まっていた。

 母さんは留守。当然父さんは仕事中でいるわけがない。

 僕はドタバタと2階に上がって、自分の部屋の扉を開けた。

 床に散らばっている本やCD。

 僕は大きく息を吐くと、まず窓を大きく開けた。

 ひんやりとした秋の風がカーテンをはためかす。

 男の匂いってよくわかんないけど、やっぱり空気は入れ替えておいた方がいいよね。

 床のものや机の上を片付けて、掃除機を動かした。

 わっ!もう後10分しかないよ。

 慌てて、掃除機を1階に下ろして、冷蔵庫を確認しようとした時、インターホンが鳴った。

 まだ8分前なのに!

 僕はいきなり玄関に急いだ。

 覗き窓から見えるのは、それは綺麗な私服姿の惣流さん。

 扉を開けると、彼女はにっこり微笑んだ。

「お邪魔します」

 邪魔なんてとんでもない!

 僕は学校から帰ってきたまま脱ぎ散らかしていた自分の運動靴を慌ててそろえた。

 すると惣流さんはクスクス笑い出す。

 その視線をたどると、僕は靴下のまま玄関に立っていた。

「おっかしい!はい、これお土産ね」

 惣流さんは手にしていたケーキ屋さんの箱を僕に差し出した。

 小さな白い箱。

 僕は食べた後もこの箱を絶対に捨てないことを決めた。

 

 

 惣流さんは僕のチェロをすぐに聴きたいと言った。

 少しは練習しておきたかったのは本音だけど、今更仕方がない。

 僕はやる気満々だった。

 これまでで一番の演奏を披露するんだ!

 僕はバッハの無伴奏チェロ組曲を選んだ。

 惣流さんの表情を伺う余裕なんて少しもない。

 目を瞑って、一心にメロディーを奏でた。

 長い曲だったけど、間違えずに…いや、僕としては最高の演奏をすることができたと確信した。

 でも、目を開けるのがちょっと怖かった。

 声も拍手も、まったく聞こえてこなかったからだ。

 もしかして寝ちゃったのかな?

 やっぱりクラシックなんか好みじゃなかったんだ。

 そう思っておっかなびっくりで薄目を開けると、僕は自分の目を疑った。

 だって、惣流さんが泣いていたんだから。

 両手で顔を覆って、声を殺して泣いていた。

「そ、惣流さん?」

 僕は慌てた。

 何かまずいことをしてしまったんだろうか?

 この曲にいやな思い出が…って、そんな有名な曲でもないし。

「ごめん、しばらく放っておいて…。ごめんね」

 惣流さんは涙声で僕に訴えた。

 そう言われれば、僕はもう何も言えない。

 クッションに座り顔を覆って俯いている惣流さんをずっと見ているのも、無礼なような気がした。

 僕は窓に向かい、外を眺めた。

 僕の部屋の窓からは児童公園がよく見える。

 今は日が暮れるのが早いから、遊んでいる子供は一人もいない。

 小さい頃はこうやって窓から公園を見て、友達が姿を見せるとすぐに部屋から飛び出していったっけ。

 そんな昔のことを僕はぼんやり考えていた。

 しばらくして、惣流さんの声がした。

「ごめん。顔洗ってきたいから。洗面所かしてね」

「うん、1階にあるから。タオルとかも好きに使ってよ」

「うん、アリガトね」

 そして、扉の音がして、人の気配が部屋から消えた。

 僕は一度も振り返らなかった。

 やっぱり泣き顔って見られたくないもんね。

 でも、どうして惣流さんは泣き出してしまったんだろう?

 人に感動を与えるほどの演奏じゃないことは、僕自身が良く知っている。

 わからない。全然、わからない。

 選曲がまずかったのか、それとも…?

 答を見つけることができなくて、僕はただぼんやりと公園を眺めるしかできなかった。

 そうしているうちに、躊躇いがちに扉が開く音がした。

「ごめんね、私感動しちゃった…」

 少し小声で惣流さんが話しかけてきた。

 僕はゆっくりと振り返った。

 彼女は少しはにかみながら扉のところに立っている。

「えっと…何て言ったらいいのか…」

 正直なところ、それしか僕には言えなかった。

「馬鹿ね。こういうときは、素直に感謝すればいいのよ」

 その優しげな口調に僕はくらくらしそうになった。

 また違う面の顔が見える。

 今の惣流さんは抱きしめたくなるほど儚げで、綺麗だった。

 もちろん、僕にそんなことはできないし、抱きしめると言うより、抱きつくといった方が正しいかもしれない。

 惣流さんの方が大きいからね。

 とにかく、彼女の言葉を信じるならば、僕の演奏に感動して泣いたということになる。

「あの…ありがとう」

「ううん。嬉しかった。とっても」

 彼女は微笑んだ。

「ちゃんと練習してたんだ」

「う、うん。チェロだけはずっと…」

 

 

 その時、階段を昇ってくる足音が聞こえた。

 母さんだ。

 わっ、何て言ったらいいんだろう。

「シンジ、誰?可愛らしい運動靴…あらっ!」

 惣流さんの後姿を見つけたんだろう。

 母さんがびっくりしている。

 そりゃあそうだろうね。

 僕の部屋に女の子がいて、しかも金髪なんだから。

 惣流さんはさっと振り返り、廊下の母さんにお辞儀をした。

 

 

「はじめまして!私、惣流キョウコといいます!」

 

 

 

 

 

あんばらんす 前編 おわり

 

2003.11.14

 

中編へ続く


<あとがき>

 Whoops!様よりいただいた、99999HIT記念リクエストSSの前編です。1作ではまとまりませんでした。

 リクエスト内容は、1.シンジ一人称 2.恋愛以外の少年特有の悩み 3.ハッピーエンドだがほろ苦いラスト。

 以上のお題でした。

 少年特有の悩みは、体格から来る劣等感ですね。

 ただし、これは運動神経や体格のいい方には絶対にわからない悩みでしょう。

 自分の好きな女の子が自分より大きいということは、中学生の男子には大きな悩みです。少なくとも私の若い時の中学生にはね。

 では、前編をお楽しみいただけた方は1〜2週間後の中篇をお楽しみに。

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