この作品は100001HIT記念リクエストSSの『The Longest Day』の後日譚となります。

できれば、そちらを先に読んでいただいた方がよりお楽しみいただけるかと思います。

上編はこちら。あ、途中でMIDIの再生ボタンがあります。お聞きになりたい方は再生ボタンをお押しください。

再生環境のない方はごめんなさい、としか申せません。

 


 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 綾波は少し明るくなったような気がする。

 毎日、うちで晩御飯を作って、食べて、後片付けして。

 それでゲームとかいろいろしてると、すぐに遅い時間になっちゃって。

 結局、うちにお泊り。

 毎晩、アスカと並んでリビングで眠っている。

 僕がアスカと添い寝ができたのはあの一晩だけだった。

 それが僕にとって幸福なのか不幸なのか。

 非常に難しい問題だと思う。

 アスカの柔らかくていい匂いのする身体にくっついて寝るという喜びと、

 その状態でいながらキス以上のことをしてはいけないという地獄の責め苦。

 それから開放されたってわけだ。

 ……。

 だけど、正直なことを言おう。

 僕は綾波に嫉妬している。

 僕だってアスカと添い寝したいんだっ!

 毎晩毎晩アスカを独り占めにして…。

 

 ああ…、こんな具合になるなんて想像もしなかったよ。

 まさか綾波に嫉妬するようになるなんて…。

 これってアスカの役どころじゃなかったっけ?

 どうして僕なんだ?

 アスカぁ…、僕のことを見てよ。

 ……。

 って、よく考えたら夜だけだっけ?

 朝起きて、アスカと腕を組みながら登校して…綾波は僕たちの後ろを飄々と歩いてる。

 お昼休みは机をくっつけてお弁当を一緒に食べて…綾波は自分の机で僕の作ったお弁当を黙々と食べている。

 放課後はやっぱり腕を組みながら公園とかに寄り道して…綾波は着替えをしに早々と帰宅する。

 その後綾波と合流して晩御飯の買出し。

 まるで若夫婦のように寄り添って籠に食材を集める僕とアスカ。

 綾波はといえば、試食に挑戦して青い顔になったり、お菓子のコーナーで食玩の中身を推理したりと結構忙しそうだ。

 因みに綾波はシークレット当ての名人だ。

 超能力でもあるのだろうか?って、そんなことはどうでもいいんだ。

 僕が問題にしてるのは、アスカの添い寝を独占してるってことだっ。

 ああ…僕ってダメダメだ。

 綾波に嫉妬している最大の原因が添い寝だなんて。僕はスケベですと宣言しているってことじゃないか。

 とほほ…。

 その上、今日。

 花の日曜日。

 僕に掃除洗濯を押し付けて、二人で買い物に行ってるんだ。

 くそぉっ!こんなに晴れて!絶好の洗濯日和じゃないか!

 

 あ、アスカのパンティー。

 白だ。

 


 

 

 

 

 

−The Longest Day−

史上最大の作戦

〜 下 〜


ジュン   2003.12.31

 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 最近、碇君が怖い。

 私を怖い目で見る。

 何故?

 あなたの好きな人とこんなに仲良くなったのに。

 わからない。

 だけど、アスカが…ぽっ…まだ名前で呼ぶと少し恥ずかしい…アスカがこんなに私のことに気を使ってくれるなんて。

 嬉しい。

 今日も私の服をいろいろ選んでくれている。

 私服なんて持ってなかったから。

 私はカードを使ったこともなかったから、これが最初のお買い物になるのね。

 でも、アスカは…一つだけは自分のカードを使ったの。

 ピンクのリボンのついた麦藁帽子。

 似合うのかどうかは私にはよくわからない。

 だけど、嬉しい。

 初めて貰ったプレゼント。

 私は少し変わってきたのかもしれない。

 ショーウィンドゥに自分の姿を映してみる。

 白いブラウスにチェックのスカート。

 箱入りお嬢様風にまとめてみたんですって。

 それに頭の上に麦藁帽子を乗せてみる。

 よくわからないけど…。

 その場でくるっと回ってみたくなったわ。

 ウィンドウの中の私も回転する。

 スカートの裾が揺らめく。

 何か…よくわからないけど、何かが私の心で騒いでいる。

 不安とか悲しみとかそういうものではない。

 そう…、例えるならにんにくラーメンを食べるときのような…。

 これは楽しいってこと?

「あ!」

 男性の叫び声。

 ショーウィンドゥの私越しに彼が立っていた。

 相田ケンスケ。碇君の友人。以上。

 私を見て驚いている。何故?

 私は振り返った。

「す、すまん。変な声出して」

「別に。かまわないわ」

 今日もカメラを首からぶら下げている。 

 好きなのね。カメラが。

「綾波の私服を見たの初めてだったから」

「そう。私も初めて」

「嘘だろ?小学校のときは制服じゃないじゃないか」

 小学校…行ってない。

 その時はジオフロントの中で与えられた服を着ていただけ。制服みたいなもの。

「あのさ、撮らせてくれないか?」

「私を?売るの?」

 アスカがそう言っていた。相田君はアスカと私の写真を売っているって。

「えっ…」

「かまわないわ。好きにすれば」

「いや…売ることは考えてなかったよ。多分売らないと思う」

「そう。どうでもいいわ」

「ありがとう」

 相田君はシャッターを何度も押した。真っ赤な顔をして。暑いの?

 アスカが戻ってくるまで、彼はフィルムを何度も換えて撮影していた。

 CDショップの袋を抱きしめて帰ってきたアスカは、相田君を一喝して追い払ったわ。

「もうあの2バカは!」

「3バカ…じゃないの?」

「ふふふ、シンジはもうバカじゃないもん。私のシンジなんだから」

「そう。よかったわね」

 バカじゃなくなったのね、碇君は。

「さ、帰るわよ。今日はハンバーグに挑戦!」

「えっ、肉は嫌い」

「ダメ。急にとは言わないけど、好き嫌いは少しずつ直すのよ」

「アスカのいじわる」

 そう私が言ったとき、アスカの表情が変わった。

 一瞬ぽかんと口を開けて、それから何度も軽く頷いたの。

「アンタ…可愛いわね、その顔」

 ???????

 ショーウィンドゥを見てみる。

 私の顔。

 少し膨れた顔。

 これが可愛いの?

 了解。会得する。

 

 


 

 

「わぁ!可愛いっ!」

 本当に信じられなかった。

 これが綾波さん?

 いつもプラグスーツか中学校の制服しか見たことなかったけど、私服姿が凄く可愛い。

 でも、どうしておうちの中で麦藁帽子を被ってるのかな?

 葛城三佐が帰れないからって、管理人を引き受けちゃったんだけど、こんな雰囲気ってたまにはいいわね。

 何だか私も中学生のときに戻っちゃうみたい。

 一緒になってハンバーグを作って、わいわい食べて、ゲームしたり。

 あっという間に深夜になったわ。

 そこでシンジ君が私に質問したの。

「あの…マヤさん、どこで寝ます?まさか、あそこで…」

 彼の視線の先は葛城三佐の部屋。

 どんな場所かちらりと襖を開けて見せてもらったけど…ダメ。絶対にダメ。

 あの人があんなところで寝起きしているなんて…絶対に葛城三佐は結婚できない。そう確信したわ。

 それに比べて先輩は綺麗好きだから…。

 結局、私は女性3人でリビングに寝ることにした。綾波さんを真ん中にして。

 夜中。

 衝撃に目を開けると、綾波さんが私に抱きついていた。すやすやと寝息をたてて。

「マヤ。我慢してね」

 アスカちゃんが起きていた。

「レイって寝相悪いのよ。いつも夜中に私抱き枕にされてんの。今日はそっちに転がっていったのね」

「あ、そうなの。うん、私はかまわないけど」

「じゃ、お願いね。私はシンジに添い寝してこよっかな…」

「ダメよ!許しません」

「ふっふっふぅ、レイが一度抱きついたら朝まで離れないわよぉ…」

「えっ!」

 確かに動けない。

「じゃ、行ってきまぁす」

 アスカが起き上がって、すたすたと碇君の部屋に歩いていく。

「ダ、ダメ!やめなさい、アスカ!」

 私は青ざめた。これでは管理人の立場が…。

 アスカは私の悲痛な叫びに耳も貸さず、一直線に……向かった先はトイレだった。

 からかわれた…。見事に。

 ため息をついて視線を綾波さんに移す。

 あんなに大声を出したのに、まったく目を覚ましていない。

 可愛い…。毎日来てあげようかしら…。

 あ、ごめんなさい、先輩。

 

 


 

 

「これね。アスカからの預かり物は」

「はい。詳細は同封した手紙に書いているそうです」

 私はマヤから袋を受け取り、中身を見た。

 あらかじめアスカから聞いていた物とむき出しの便箋。

 便箋を取り出し内容をざっと読んで、思わず吹き出してしまった。

 もう…あの子ったら、戦いは遊びじゃないのよ。

 命がけだっていうのに、とんでもないことを考えるわね。

 まあ、いいわ。協力してあげましょ、レイの件でのお礼もあるし。

 あんなに変わるとは思わなかった。

 いや、違うわね。そうなるのが怖くて、あの人はレイに冷たくしていた。

 ユイさんのような感情を持たれるのが怖くて。あの、臆病者…。

「あの…先輩?」

「あら、ごめんなさい」

「では、失礼します」

「あ、ちょっと待って。マヤ、あなた同居しない?」

「先輩とですかっ?」

 はぁ…この子も少し問題があるわね。でも、他に適当な人材がいないから仕方ないか。

「違うわ。レイとよ」

「えっ!」

 瞬時に赤くなる頬。

 まあ、そういうこと?

「葛城三佐の隣の部屋にレイと住んで欲しいの。ダメかしら?」

「あ、あの…いつからでしょうか?」

「いつでもいいけど?」

「じゃ、今度の休みにっ」

「あらそう。話が早いわね。じゃ、任せたから」

「はい!がんばります!」

 デスクに向かった私を残して、マヤが部屋を出た。

 レイに変な趣味植えつけるんじゃないわよ、マヤ。

 私はアスカからの言付かり物を袋から取り出す。

 DISC3のTRACK2と3の連続再生…?

 ふふふ、そういうことね。

 これはしっかり協力させてもらいましょうか。

 巧くいくといいわね、アスカ。

 でもシンジ君、ちゃんと動いてくれるかしら?

 

 


 

 

「エヴァ3機出動準備できました!」

「うむ、では零号機をまず…」

 スペアがいると思ってこの髭司令はっ!

「反対です。まず、相手の出方を窺います」

「ふん、わかっておる。そのために零号機を」

「前回の使徒のことを考えると、今回はうかつに出て行けないと思います」

「私も同意見です。前は心に触れてきました。今回は、肉体そのものにも、ということが考えられます」

「ですので、地下のアレを使います」

「アレ?アレとは何だ」

「エヴァの出来損ないです。司令」

 すっと顔色が変わった。

 ぐふふふ、こっちはもういろいろと手を打ってるんだから。

 あの子たちを簡単に危険な目には合わさせられないわ。

「しかし、アレは動けんではないか」

「副司令。遠隔操作で簡単な動きをできるようにしています」

 背中に骨を仕込んで、立って腕を動かす程度だけどね。

「出方を窺うには充分だと思いますが」

 髭司令は黙り込んでしまったわ。

 仕方無しに副司令が決断する。

「スケアクロウ初号機発進!」

「かかし、か。ふん…」

 射出された出来損ないは何とか地上で立つ事ができた。

 すると、戦場だというのにそのあたりの森に隠れていたカラスが数羽出来損ないの身体にとまった。

 ちょっと、そいつはゴミはゴミだけど、腐肉じゃないわよ。

 その前方に浮かんでいる、螺旋系の物体。

 どうみても使徒だけど、コアがない。

 その瞬間、物体は姿を変えて、触手状となって、出来損ないめがけて物凄いスピードで向かってきた。

 カラスが逃げ遅れたほどの早さだ。

 そして、出来損ないはその触手に完全に取り込まれてしまった。

 ふわぁ、零号機出さなくて良かったぁ。

 

 


 

 

「パターン青です!」

「えっ、反応出たの」

「はい、微弱ですが。あ、消えました」

「見間違いではないのか」

「いいえ、司令。おそらくあの使徒は取り込んだものをコアにするのでしょう」

 私は思い切り意味ありげに司令に話しかけた。

 エヴァと同様に…とまでは言えなかったけど。

 まあ、言外の意味は簡単にわかったと見えて、私を殺しかねないような目付きで見下ろしてきたわ。

 どうやらもうお仕舞いみたいね。

 あんな人でも愛してたのに…。

 いずれにしても、ユイさんを復活させたら、私なんか捨てられるか下手したら殺されるわね。

 それをわかってて協力してたけど、もう馬鹿馬鹿しくなってきたわ。

 どうせ捨てられるならって不倫相手の家に乗り込んでってドラマなんか馬鹿らしいと思っていたけど。

 今はその気持ちが良くわかる。

「スケアクロウ初号機、使徒から吐き出されました」

 文字通りゴミのように放り出された出来損ない。

 その姿に自分が投影される。

 所詮不要なものはゴミでしかない。

 では、ゴミ扱いされないところへ向かうしかない。

「リツコぉ、どうやって倒す?」

「それを考えるのは作戦部長であるあなたの仕事でしょ」

 とはいえ、やっかいね、コアがないのだから。

 

 


 

 

「まるでウナギみたいですね」

 俺の隣でそんな感想をもらすマヤちゃん。

 18禁モノを連想していた俺はその落差に少しショックだった。

「ウナギかぁ…、あっ!それっていけるかも!」

 またまた葛城三佐が突拍子もないことを思いついたようだ。

 触手の先を釘で止めて、縦に裂く…?

 まあ、それそのものだが、そんなので片付けられるのか?

「そうね、輪切りだと増殖したときに厄介だから。縦裂きのほうがましね」

「ましって何よ、ましって!」

「コアがないんだから、裂いたその瞬間に起爆するような仕掛けをしないと」

「じゃ、分担を決めて…」

「ダメよ、ミサト。一機の方がいいわ。あんなにスピードがあるんだから、三機固まると危険度が高くなる」

 おいおい、そんなにややこしい動きをエヴァ一体でできるのか?

 その時、当然といえば当然のパイロットが名乗りを上げてきた。

「はん!私に決まりね。あとの二人にそんな動きが出来ると思う?」

「ダメだよ、アスカ。危険だよ」

「アンタの方がよっぽど危ないわよ。あ、レイも黙ってなさいよ。アンタより私の方が動きがいいんだから」

「了解。リーダーには逆らわないわ。でも、気をつけて…」

「OK!」

 今の…、何だか変じゃないか?

 リーダーとか気をつけてとか。

 いつもの連中の会話とは違うぞ。

「わかったわ、アスカ!準備するから待ってね」

「任せなさいって!あ、リツコ?」

「わかってるわ。そっちの方も準備しておく」

「よろしく!3分3秒で片をつけるからね!」

 何のことだ?

 首を捻る俺の頭越しに、赤木博士がマヤちゃんに目配せをした。

 マヤちゃんはにっこり笑って、キーを操作する。

 何だ何だ。

 ん?

 外部スピーカー連動?

 って、今ROMに挿入したのって、音楽用のCDじゃないのか?

 BGM流して戦闘しようというのか?

 ここの女性たちは何を考えてるのか、まったくわからない。

 まあ、勝てば言うことはないが。

 

 


 

 

「アスカ、気をつけてね」

「もっちろんよ。この戦いにはねぇ、私は絶対に勝たなくちゃいけないの」

「す、凄く気合入ってるね」

「うんっ!私の将来がかかってるんだから!」

 モニターに映るアスカの顔は美しかった。

 マヤさんが隣に越してきて、綾波がそこに住むことになったのは3日前。

 一週間ぶりに僕はアスカに添い寝ができた。

 キスもしないでただ寄り添って眠る。

 そりゃあ、健康な男子としてはとんでもない精神力を必要とされる修練の場だよ。

 どれだけ狼に変身したかったことか。

 でも、我慢。それしかない。

 使徒に勝って、すべての邪悪な計画をつぶして…、大人になったらアスカとあんなことやこんな……。

 ああ、ダメだ。そんな先まで想像したら…プラグスーツは身体に密着してるんだからまずいよ。

「シンジ?」

「は、はい!」

「何その返事?慌てちゃって」

 平常心、平常心。

「な、何でもないよ。うん」

「シンジ、私のこと好き?」

「あ、あ、アスカ、これみんなに聞かれてるよ」

「聞かれてたら返事できないの?」

 あ!ダメだ、ちゃんとしないと。アスカは僕を信頼してくれてるんだ。

 だいたい、アスカのことを大好きなのは事実なんだから。

 腹に力を入れて…。

「うん、僕はアスカのことが大好きだよ」

「アリガト、シンジ。私も好きよ、アンタが」

「ど、どうも…」

 ああ、なんて情けない受け答えなんだ。

「じゃ、戦いが終わったら結婚してくれる?」

 うわぁっ!いきなり?まあ、そりゃあ、戦いが終わって、いつかはそうなったらって思うけど。

 いいや、婚約ってことだよね。それでアスカの戦意に役立てるんなら。

 僕はあっさりと承諾した。

「わかった。僕だってアスカとけ、け、結婚したいから」

「くふふふ…アリガト!じゃシンジ、楽しみにしておいてねっ!」

 通信は切れた。

 あの笑いが何か引っかかるんだけど…。

 何だか初めて会ったときの『ちゃぁ〜んす』を思い出しちゃった。

 

 


 

 

 よし!準備は万全だわ。

 リツコたちも私の筋書きどおりに動いてくれるし。

 あとは、あの変な使徒を殲滅すれば完璧よ!

 この作戦に失敗は許されないのよ!

 私にとっての、史上最大の作戦なんだから!

 さあ、いくわよ!

 

 地表に射出される弐号機。

「さあママ。お願いね。私に力を貸して。娘の未来がかかってんだから…。

 シンジってとってもいいヤツなんだからね。よろしくっ!」

 返事の言葉はない。

 でも、ママが了解してくれたことは、L.C.L.の揺らぎを通して私の心に直接返ってきた。

 もうすぐ、地表!

「リツコ、お願い!」

 着地した途端に、地上のスピーカーから音楽が流れ出た。

 ワーグナーの歌劇。

 『ローエングリン』第三幕への前奏曲。

 さすがリツコ。タイミングばっちり。

<こんな曲です。お知りになりたい方は再生ボタンをどうぞ。製作はぴっころ様です。快く二次使用を許可していただきました。ありがとうございます>

 

 


 

 

「ほほう、ワーグナーだな」

「ふん、戦いは遊びではない」

「まあいいじゃないか。どうやら君の息子は彼女と将来を誓い合ったようだな」

「ふん、勝手なことを」

「ああ、そうか…」

「何だ?」

「いや、君はこの曲のことは知らんのかね?」

「メロディーは知ってるが、何だ」

「ふふふ、まあ楽しみにしておきたまえ。惣流君もなかなか策士だな」

 碇がこの歌劇のことを知らんとはな。

 これは面白い。

 ただな、惣流君。

 君の思い通りにするためには、まずその使徒に勝たねばならないのだよ。

 がんばることだ。

 君の…君たちの将来のためにな。

 ……。

 どうやら碇の計画通りにはことは進みそうもないな。この分では。

 それはそれでいい。

 お前には悪いが。

 

 


 

 

 凄い!

 凄い動きだ。

 エヴァにあんな動きができるなんて、まさに驚きだ。

 発案者の葛城さんまでがびっくりしている。

 弐号機は大小二本のソードで使徒に立ち向かった。

 まるで宮本武蔵じゃないか。

 素早い動きで使徒の攻撃をかわしながら、刃の部分を切れなくしているソードで使徒を叩く。

 しかし、この選曲はぴったりだな。

 まるで映画を見ているような錯覚まで覚える。

 そして、隙を見てその先端を地表に小型ソードで突き刺した。

「そこよぉ!切り裂けぇっ、アスカ!」

 葛城さんの表情を見たいが、今はモニターから目が離せない。

 小型ソードは突き刺した瞬間から10秒で爆発する。

 弐号機はプラグナイフを取り出し、触手の先から暴れまわるその身体を押さえつけながら縦に切り裂く。

「爆発5秒前!」

 思わずカウントダウンしてしまった。

 早く逃げるんだ。爆発に巻き込まれるぞ。

「3,2,1」

 二号機がジャンプした。

「0!」

 

 


 

 

「使徒は爆発により殲滅」

「弐号機は?」

「健在です」

 一瞬の間をおいて、司令室は歓声に包まれたわ。

 よかった。

 また、ミサトのお馬鹿な作戦が当たったようね。

 おっと、のんびりしてはいられない。

「ミサト、あと30秒よ」

「おっと!初号機射出!」

『えっ!何ですか、わっ!』

 シンジ君の叫びを残して初号機は地表へ。

 さあ、あとは巧くやりなさいよ。アスカ。

 

 


 

 

 な、な、何なんだ。

 どうして戦いが終わったのに、僕が!

「シンちゃん、表に出たらすぐにアスカのところに行くのよ!」

「えっ!アスカに何かあったんですか?」

 もしかして今の爆発で!

「エントリープラグを排出してるから、すぐに開けて中のアスカをお願い!」

「は、はいっ!」

 アスカっ!

 無事でいてくれ!

 僕は君がいないとダメなんだ!

 

 


 

 

 碇君は単純。

 葛城三佐の見え透いたお芝居に簡単に乗ってしまってる。

 もう、待機してなくていいわね。

 じゃ、私は司令室に行くわ。

 あなたたち二人を祝福したいから。

 みんなでおめでとうを言いたいから。

 

 


 

 

「ふん、ケレンが強すぎるな。勝つには勝ったが」

 くだらんことをする。

 モニターに背を向けようとした私の腕を冬月が掴む。

「何だ」

「まあもう少し待て。面白いものが見られる」

 何のことだ。

「いや、面白いという言葉は彼らに失礼だな」

「はっきり言え。何が起こる」

 何だというんだ。不愉快だ。

「その音楽を止めろ。もう終わった」

「いいえ、そうはいきません。作戦はまだ遂行中です」

 こちらを見上げる葛城三佐。

「何故だ。音楽と作戦に関係はない」

「少しは黙ってみていらっしゃいなさい。あなたの息子の晴れ舞台なのですから」

 くっ、リツコ。

 そのものの言い方は何だ。

 それに、シンジがどうしたというのだ。

 わけがわからん。

 

 


 

 

 エントリープラグの扉が開いた。

 外光が眩しい。

 それを背にしてシンジの姿が浮き立つけど、逆光で表情がわからない。

「アスカっ!大丈夫?!」

「大丈夫よ」

「よかったぁ…」

 よし!曲が変調する。

 今よ!

「シンジ、手を貸して」

「うん!」

 差し出されたシンジの手を取って、エントリープラグの外に出る私。

 外は瓦礫の山。

 ま、仕方がないか。こればっかりは。

「シンジ、抱っこ」

「へ?」

「だって、歩けないの」

「おんぶじゃダメ?」

「ダメ!絶対に抱っこ!」

 こらっ!早くしてよ。音楽始まっちゃうじゃない!

 仕方がないからわざとよろめいちゃった。

 慌てて私の身体を支えるシンジ。

 そのまま勢いで、お姫様抱っこの体勢になる。

 やったっ!

「じゃ、ゲートまでお願いね」

 私はシンジの胸に頬を寄せた。

 馬鹿シンジ。いつ気づくかな?

 

 


 

 

 抱っこって重いや。

 足元悪いし。

 よいしょっと。

 あ、そういえば、まだ音楽鳴ってるよ…。

 ん?

 んんん?

 これって…。

 げげげっ!

「気がついた?」

「アスカ!」

「シンジは、ローエングリン知らなかったんだもんね。

 第三幕は結婚式なの。で、さっきの前奏曲が終わったらすぐにこのメロディーに変わるのよね」

 僕の腕の中でアスカはにっこりと笑った。

 し、仕組んだな。

 大音量で流れているのは結婚式で有名なあのメロディー。

 そう、メンデルスゾーンの結婚行進曲と並んで有名なあのメロディーだ。

 そ、そうだったのか。この2曲ってつながってたんだ。

 やられた…。

「不満なの?」

「い、いや、驚いただけ。やられちゃったって」

「もっと驚くこと教えてあげようか。

 これってテレビの電波に乗ってるのよ」

 衝撃の事実をあっさりとアスカは言ってのけた。

 い、今、僕たちの姿がテレビに映ってるってこと?

 この結婚行進曲に乗って、アスカを抱っこして歩いている僕の姿が?

「これでもう絶対に浮気はできないわねぇ、私のシンジ」

 は、はは…。まいりました。

 こうなってしまうと、もう逃げられるわけがない。

 僕は観念して、ゲートに向かって歩を進めたんだ。

 

 


 

 

「はい、どうぞ」

「何これ?」

「歌詞カードですよ、今流れてる曲の」

「ドイツ語だろ、これ」

「そうですよ。でも先輩がちゃんとルビ振ってくれてますから」

「俺たちも歌うのか?」

「当たり前でしょ。二人を祝福しなきゃ」

「マヤ、上には?」

「はい、絶対に逃げられない使者を送りました、先輩」

「そう。じゃ、バージンロードを準備しましょうか」

 


 

 

 

「これは何だ。レイ」

「歌詞カード」

「私にどうしろというのだ」

「歌うの。みんなで」

「ほほう、私にも一枚」

「どうぞ、副司令」

「ありがとう。では下へいこうか、碇」

「私は行かん」

「強情を張るな。私は降りるぞ。祝福せねばな」

「司令が降りないのなら、私も…」

「レイ…」

「おい、碇。綾波君は本当は降りたいのだぞ。目を見てみろ」

「うっ…」

「これは…涙…。私、泣いているのね」

「な、涙…!」

「感情を持たさないように苦心していたようだがな、それもここまでだ」

「……」

「さあ、降りろ、碇。綾波君と一緒にな」

「司令。祝福を。碇君も喜ぶから」

「……」

「ユイ君のことは何とかなるだろう。みんなで力を合わせればな。そうは思わんか?」

「行きましょう、司令」

「…あの、馬鹿息子が…面倒を掛けおって」

 


 

 

 

「シンジ…、みんな祝福してくれるかな」

「大丈夫だよ」

「髭司令…ごめん、お父さんも?」

「うん。綾波がいるから」

「そっか。そうよね」

「アスカと本当の結婚式ができるようにがんばらないと」

「そうね…使徒もまだ来るだろうし。他のこともあるもんね」

「がんばるよ、僕」

「あ、でも大丈夫?」

「何が?」

「これ以上の結婚式ってなかなかできないわよ。でも、そうしてくれるって言うんだから楽しみにしてるわ」

「うっ…何とかがんばります」

「あっ!着くわよ。下ろして」

「このまま歩くんじゃないの?」

「馬鹿ね、腕組んで歩くに決まってんでしょ。ほら」

「わかった」

「わっ!開くわよ」

 

 

 

 

 Treulich geführt ziehet dahin,
 wo euch der Segen der Liebe bewahr'!
 Siegreicher Mut, Minnegewinn
 eint euch in Treue zum seligsten Paar.
 Streiter der Tugend, schreite voran!
 Zierde der Jugend, schreite voran!
 Rauschen des Festes seid nun entronnen,
 Wonne des Herzens sei euch gewonnen!
 
 Duftender Raum, zur Liebe geschmückt,
 nehm' euch nun auf, dem Glanze entrückt.
 Treulich geführt ziehet nun ein,
 wo euch der Segen der Liebe bewahr'!
 Siegreicher Mut, Minne so rein
 eint euch in Treue zum seligsten Paar.

ワーグナー ローエングリン第三幕・婚礼の合唱より

 

 

 

 

〜 Das Ende 〜

 

 

 


<あとがき>

 最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。これにて「The Longest Day」は完結いたします。

 甘いですよねぇ。こんなに巧くいくわけない。でもまぁ、これが私のスタンスですので。

 今回はご協力いただきましてMIDIを仕掛けてます。ローエングリンの前奏曲といってもわかる人がどれだけいるのかわかりませんでしたので。

 いいMIDIを作られていらっしゃる方はいないかなぁと散々ネットの世界を彷徨った末、このような素晴らしい作品にめぐり合うことができました。

 作者のぴっころ様にお願いいたしますと、快く使用を許可してくださいましたので、ここに収録できたというわけです。

 ぴっころ様のサイトはこちらです。

  机の上の交響楽 http://homepage1.nifty.com/PICCOLO/index.htm

 この他にも素晴らしいMIDI作品が一杯ございますので、興味のある方はぜひ一度ご訪問下さい。

 また、婚礼の合唱については声付きの方がいいと思いますのでMIDIの収録は見送りました。

 この曲についてはまず知らない方はいらっしゃらないと思います。

 メンデルスゾーンの結婚行進曲に比べて派手さはありませんが、愛らしい曲ですね。

 これがあの前奏曲と連続しているということが何より不思議です。

 それと念のために、ローエングリンは悲恋に終わるお話です。アスカとシンジはこうはならないように祈るばかりです。

2003.12.31 ジュン

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