某所で特撮話をしていただいている三只様に捧ぐ 2005.5.20 ジュン
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私の名前は綾波レイ。
ただしこの名前は仮の名前。
本当の名前は味も素っ気もないから教えない。
太陽系第三惑星人の個体を示す名称のつけ方はなんとなく気に入っていたりする。
因みに何代か前の前任者は地球防衛軍に入ったりして、本来の姿を晒して
他の天体からこの第三惑星を狙う者と戦っていた。
私?
幸か不幸か本来の姿に戻ったことはない。
そう、平和なの。
つまり、前任者達の成果ってこと。
力による侵略を何度も阻止してきたからこの星をあきらめる傾向が全宇宙に漂っているわけ。
だから私もこの星での生活を満喫しているの。
前任者や上司からここ数年侵略行為は皆無だと聞き、
防衛軍に入ることより市井の学生に成りすます方がいいと考えた。
あ、前任者は趣味が悪いことに男のクセに髪を伸ばしミュージシャンとやらに身をやつしていたみたい。
そして、任期が終わり自分の星に戻らないといけなくなったとき、よせばいいのに好意を持っていた女性に身分を打ち明けたの。
「西の空に明けの明星が輝く頃、ひとつのヒカリが空へ消えて行く。それが俺なんだよ。さようなら、マヤちゃんっ」
そして、その女性は叫んだ。
「待って、シゲルっ。行かないで!」
前任者は即答したらしい。
「わかった。じゃ、行かない」
前任者は辞表を出しこの星で永住することになった。
もちろん、こういう場合肉体改造により能力は失われることになるのに。
寿命だって何万分の一になってしまうというのに、本当に馬鹿だわ。
私の任期ももうすぐ終わり。
次はどこの星かしら。
最後の任務が来た。
上司が夢枕…じゃない、ホログラム通信で連絡してきたの。
どうやら最初の担当者…彼はただの恒点観測員だった。
行きがかり上というかこの星が気に入って居座ってしまったようだけど、
その彼に警告を与えたときのシチュエーションがツボにはまった様で未だに同じ方法をとっている。
年寄りは保守的。
それはどうでもいい。
問題は連絡の内容。
大変。
この星に危機が迫っている。
あの邪悪なラングレー星人が太陽系第三惑星を狙っているらしい。
ラングレー星人といえば逆銀河系にある星だけど別に寿命が一年に迫っているわけではなく、
やたらに侵略行為を繰り返し殖民星を増やしているのは単にそういう性格の民族みたい。
何かを制圧したいという欲求に苛まれているわけ。
ただラングレー星人がやっかいなのは所謂怪獣系の宇宙人じゃないこと。
肉体的組織も能力もこの太陽系第三惑星人とまったく変わらない。
星の歴史と大きさが違ったので、
第三惑星人より何千年も先に宇宙に乗り出したから、侵略者の側に立っているともいえるの。
だけど、直接自分達の力で星を制圧することができないヒューマノイドタイプだから、
狙った星が侵略可能かどうか丹念に調査する抜け目なさは当然持っている。
私達の情報網は彼らのエージェントが地球に潜入することを察知した。
おそらく宇宙の情報屋と交わりの深い…言葉以上の意味はない、はず…、
太陽系方面作戦部長からの情報だろう。
あの情報屋なら信憑性は高い。
私はその内容を吟味した。
幸運にもそのエージェントが潜入しようとしているのはこの日本。
第3新東京市だとのことだ。
ラングレー星人のエージェントはエリート中のエリートで
自分ひとりで第三惑星くらい征服してみせると豪語するほどの相手らしい。
しかもこんな重要な任務をかなりの若さで任されているのだから、
その能力の高さは甘く見られないはず。
私の本当の年齢についてはノーコメント。
ラングレー星人や第三惑星人の数万倍の寿命を持っているのだ。
我らの種族は。
さて、データは揃った。
私もそのエージェントが潜入している第壱中学とやらに転校することにしよう。
エージェントは第三惑星での名前を惣流・アスカ・ラングレーと称したようだ。
侵略者として名高い“ラングレー”をあからさまに名乗るとは大胆不敵なヤツ。
燃えてきたわ。
私も馬鹿ではない。
高い能力を持ったエージェントに正面から戦いを挑むなんてことはしない。
まずは情報収集が肝心。
ヤツはコンフォート17とやらいうマンションに住まったようだ。
私はその隣室が空室なのに目をつけた。
掌には3つのカプセル。
どの子を使おうか。
因みに私はモンスタータイプのカプセルは持ってきていない。
そんな必要はないとのことだったから。
確かにこの3年で現れたのはこのラングレー星人だけだからその選択には問題はなかったといえる。
さて、鈴原君は戦闘能力は高いがヤツとすぐに戦闘に入ってしまうだろう。情報収集には不向きだ。
相田君は情報収集能力は高いがそれに没頭してしまう。この星で言うストーカーみたいになり正体をばらしてしまうかもしれない。
やはりここはこの子を使うしかないか。
私の一番のお気に入り。
家事の能力が極めて高いし、芸術的能力もある。
相手の油断を誘うには適任だろう。
怪我とかしちゃダメよ。
「碇君、行けっ」
「あ、あの…こんにちは」
碇君は少しおどおどと、でも微笑みながら相手に挨拶した。
いいわ。その調子。
彼の服につけた超高感度マイクロカメラは碇君の視点に連動する能力をもっている。
相手の顔をちらちらとしか見られないのは彼の奥ゆかしいところ。
しかし、ヤツはいかにも高慢な表情をしていた。
なるほどこれがラングレー星人というヤツか。
好きにはなれないタイプだ。
そうそうに殲滅するか追放したいものだ。
「はぁ?アンタ誰よ」
「えっと、僕は、あの…隣に引っ越してきました」
「あ、そう。じゃあね」
「あっ、こ、これっ!」
いきなり扉を閉めようとしたヤツに碇君は慌てた。
私の指令がヤツにあれを渡せってことだったから。
「何、これ?」
「あの、つまり、引越しの挨拶っていうか」
「ん?」
妙な表情をしながらも碇君が差し出す包みに手が伸びる。
ああ、なんていやしいヤツなの?
もらえるものには興味があるのね。
これだから侵略者って輩は。
「命令を遂行してきました」
「ご苦労様。休んでいいわ」
「ありがとうございます」
任務を遂行した碇君が向うのはカプセルの中ではない。
彼にはこれから重大な任務がいっぱいあるのだから。
いちいちカプセルには入ってはいられない。
碇君は少し頬を赤くして息を弾ませ、自分の部屋に姿を消した。
さすがに凶悪なラングレー星人を相手にしたのだから仕方がないわ。
ゆっくりおやすみなさい。
私には私の仕事がある。
透視能力。
私は壁を睨みつけた。
………。
しまった、方向が逆だった。
反対側の部屋で猫と戯れている金髪で黒眉毛の白衣を羽織った女が見えた。
よく趣味がわからない。
第三惑星人はロジックじゃないのね。
私は180度身体を入れ替えた。
再度神経を集中する。
私は目を疑った。
何?
ヤツは私の透視を察知しているのだろうか。
私の方を熱い目で見ている。
頬を赤くし、胸にあの包みを抱いて。
その表情にさしもの私も半歩ほどあとずさる。
わからない。
透視の力だけでは相手の考えていることが読めはしないから。
ラングレー星人に透視とかの超能力はないはず。
それとも、この敵は特別な能力を持っているの?
あなどれない。
その後ヤツは包みを開き中のお弁当を食べる。
その表情からヤツの心理を窺うのは難しい。
あれが百面相とでも言うのだろうか。
盗聴能力もあればよかった。
あんなに表情が変わられると判断不能。
次はどうしよう。
ラングレー星人への攻撃はできない。
何故なら星間戦争は私達の望むことではないから。
最終目的は彼らに第三惑星への侵略をあきらめさせること。
そのためにはどういう作戦が必要だろうか?
私は考えた。
そこで思いついたのは私の前任者たちのこと。
彼らはすべて第3惑星人との恋愛沙汰をおこしている。
直前の前任者のようにこの星に帰化した者もいる。
侵略者側でもそういう例があると聞く。
これだ。
ラングレー星人に恋をさせる。
でも相手は誰がいいんだろう。
彼らは唯我独尊で高慢でどうしようもない星人らしいが唯一評価されるのは恋愛感情に特別なものがあるらしい。
何しろラングレー星には離婚という意味の言葉が存在しないという情報がある。
要は一度思い込んだらどこまでも突き進むということだろう。
だからこそ怖い。
巧妙に立ち回ってこの星への侵略を諦めさせないといけないのだから。
となれば、この星に来ているエージェントを利用するのが近道。
彼女に恋をさせて第三惑星侵略計画を彼女自身の手で放棄させるように仕向ける。
うむ、いい作戦。
さて、問題はさっきもいったようにその恋の相手だ。
あんなヤツが好きになるような男などいるのだろうか?
私は悩んだ挙句、手近にいるものに相談した。
そう、碇君に。
ただ相談というよりも私としては答えを求めているのではなく、
会話をしているうちに打開策を見つけられるのではないかと思っただけだった。
ところが、碇君が意外なことを言い出した。
「僕が…がんばって、やります」
私は息を呑んだ。
碇君にそういうことを望んでヤツに接触させたわけではない。
あくまで情報収集が目的。
碇君は少し頬を赤くさせ唇を噛みしめ私を真っ直ぐに見ている。
……。
そう、わかった。
私の役に立ちたいという意志の表れ。
ああ、私は素晴らしいカプセルヒューマノイドに恵まれた。
私が頷くと碇君はほっとしたように微笑む。
「でも、いい?無茶はしてはいけない。ヤツは侵略者」
碇君は頷いた。
そしてぼそぼそと呟く。
侵略者だというのは身をもってわかったとか何とか。
よく聞き取れなかったけど。
ともかく私は碇君をヤツが通う中学に編入させることにした。
そして一週間が経過した。
碇君は健闘している。
ここまで私のためにがんばってくれるとは思ってもいなかった。
ヤツとの接触頻度はかなり上がっている。
これは私にとっては凄く助かることだ。
私の透視能力はエネルギーを著しく消耗する。
第三惑星時間にして一日に3分ほどが限界。
それでは監視にならない。
そこで碇君に期待したの。
碇君は期待に応えてくれている。
私の予想に反して。
だって碇君はいつも控えめで戦闘訓練も嫌いな方だったから。
こんなに一生懸命に侵略者への戦いをしている姿は私の心を動かすほどだ。
だから私は碇君の助けになればと他のカプセルも開けた。
鈴原君と相田君も二人と同じクラスになれるように工作。
この二人には碇君のフォローをきちんとするように厳命した。
私も…そのうち監視役に出馬しないといけないかもしれない。
話が前後した。
私は碇君の負担を減らす意味も含めてヤツの部屋に監視カメラを設置することを計画した。
おそらくはヤツの挙動を間近で見ているからだろう、碇君は私の提案に乗り気ではなかった。
なるほどその意見もわかる。
碇君の服に取り付けている彼の視線に連動しているカメラはいつもヤツの顔や身体を追っている。
つまりそれほどヤツに注意していないといけないということ。
それにヤツの視線も危ない。
チラチラと碇君の方を窺っているような感じがする。
碇君が私の送ったスパイだと察知したのだろうか?
でも危なそうなら接触するのを控えるようにと助言すると、碇君は顔を真っ赤にして首を振る。
絶対に大丈夫だからこの任務を続けさせて欲しいと。
最近はヤツの食事の面倒まで見はじめた。
これも碇君の提案。
なるほど食事を提供することで懐柔しようというわけだ。
さらに接触時間も増える。
一石二鳥ね。
ヤツはあんなに美味しい碇君の食事を膨れっ面をしながら食べている。
理解不能。
ここで透視している私が涎を口に溜めながら見ているというのに。
でも碇君に無理は言えない。
あんなに必死になって侵略者と戦っているのに、私の分まで作れなどとは。
カップラーメンで我慢。
ああ、だけど食べたい。碇君の。
鈴原君と相田君はここでは接触できない。
ヤツにその現場を見られれば警戒されるから。
いきおい外で情報を受けないといけない。
ただし、都合がいいのはヤツが出歩かないということ。
これで侵略の事前準備ができるの?
それとももう準備は終わったということ?
調査は完了しているということかもと、いささか気になる。
何しろヤツの一日の行動はパターン化している。
朝。
碇君が7時前にヤツの住居に向う。
起きるのが面倒だという理由で碇君に合鍵を渡すというエージェントとしては信じられないような行為を見せている。
ただしこれは高等戦術の可能性が高い。
何故ならヤツは本当は起きているから。
透視によるとヤツは6時前に起床。
シャワーを浴び丹念に歯を磨き髪の毛を乾かす。
その上でもう一度ベッドに入るの。
狸寝入りをするために。
これはもし何か発生した時にすぐに行動に移るようにできるため。
碇君がボロを出すのを待っているのかもしれない。
そこで私は碇君に命令した。
ヤツが寝ていてもそれは狸寝入りで事前にこういう攻撃準備をしているのだから気をつけなさいと。
碇君は凄く喜んでくれた。
私の気遣いに感謝しているのだろう。
彼は頬を染めてしきりに頷きながらヤツの部屋に向った。
そして、ヤツの部屋に入るとまず扉越しに朝の挨拶。
礼儀正しいのは碇君の美点。
それから鼻歌交じりに朝食とお弁当の準備に取り掛かる。
碇君にしては上出来の偽装工作だと思う。
鼻歌をすることにより自分の位置をヤツに知らしめているからだ。
自分がヤツの部屋で調査などをしていないことを暗に示しているというわけ。
それが巧くいっていることはヤツの動きでわかる。
何故ならヤツは扉を少し開けてチラチラと碇君の背中を窺っているから。
ああ、侵略者というものはこんなに醜い行為をするものなのか。
覗き見という意味ではヤツはその常習犯。
私のカプセルヒューマノイドにどれだけその胡乱な視線を送っているか。
碇君は気丈にもそんな状況でも笑顔を絶やさず、ヤツに語りかけたりしている。
その内容まではマイクがないのでわからない。
隠しマイクは危険だと碇君が進言したので私がそれを了承したの。
碇君を危険な目には合わさられない。
カプセルエージェントは私の言わば可愛い子供たちだから。
やがてヤツはまた歯を磨き風呂に入りもう一度髪を乾かす。
いくら偽装のためとはいえその心理は理解不能。
そして、二人で登校。
高慢にも碇君を従えて歩く。
これがラングレー星人。
しかもそれでいながらチラチラと背後の碇君に視線を送りチェックも絶やさない。
なるほどさすがに凄腕のエージェントだ。
さて、彼らが学校に行っている間にヤツの部屋を調査しようとしたが、
これも碇君の進言で計画は実行に移されないことになった。
見慣れない計器等があるので迂闊に部屋に入るとすべてが台無しになるかもしれないからと。
すべてがという言葉に力を込める碇君の真剣な表情に私は納得した。
確かにすべてが台無しになってはいけない。
学校での彼らの日常は鈴原君と相田君の報告によってもたらされている。
その報告によればヤツはずっと碇君の背中を凝視しているとのことだ。
それほど疑っているにもかかわらず、碇君に攻撃は仕掛けてこない。
直情的なラングレー星人にしては珍しい。
だからこそエージェントに選ばれているのかも。
因みにヤツの学校での評判はこうだ。
金髪の天才美少女。
しかもその呼称は己自身で要求したらしい。
信じられないほど高慢な星人だ。
確かにその容姿は学校では群を抜いて素晴らしいことは認める。
スタイルもお風呂を透視したのでその年頃の女性としては出る所は並み以上に出ている。
ここで賢明なる私は何故ヤツがこの日本を侵略準備のターゲットに選んだのか了解した。
ラングレー星人特有の虚栄心。
それに違いない。
その容姿に合わせて欧米の国に行けばヤツはチビ。
くくく。
いけない。どうかしたのだろうか。
ここは笑うべきところではない。
さすがの強敵の相手に少し神経が磨り減っているのだろう。
私がこんな調子なのに毎日ヤツと接している碇君はタフだと思う。
またヤツに変化も現れているらしい。
以前のヤツの動きを探るため鈴原君は情報収集を実施したようだ。
戦闘が得意な彼にしては珍しいと言わざるを得ない。
ヤツに一番親しい“委員長”という役職の女性に接触して、
いろいろと話を聞いたようだ。
しかもその信頼を得るためにヤツ以外の事も話題にしないといけなかったようだが。
その結果その女性からお弁当を作ってもらうようになったということだから、
以降は鈴原君の活動分担も考えてやらないといけないだろう。
案外、諜報活動にも適性があるのかもしれない。
また相田君の方はラングレー星人を…じゃなく惣流という名前の女生徒をライバル視している女性に接近している。
霧島マナという陸上部の生徒だとか。
彼女は体育の授業で100mの記録でラングレー星人に負けて以来彼女を敵視しているそうだ。
それに何と身の程知らずにも碇君に好意を持っている為、
任務遂行という大きな目的のために涙を呑んでヤツに接近していることを誤解しているらしい。
すなわち碇君とヤツが交際していると。
もしそうならばこっちもこんな苦労はしていない。
馬鹿にしている。
私は相田君に即刻その霧島とやらいう女生徒を排除するように厳命した。
もっとも排除と言っても実力行使は正義の味方である私たちにはできない。
相田君にそこのところを強調すると、彼はしっかりと頷いて自分に任せてくれと胸を張った。
彼らの情報によるとかなりの数の男子生徒がラングレー星人に心を奪われているらしい。
私のカプセルヒューマノイドたちにはその心配はないだろう。
碇君は職務に熱心なだけだし、他の二人も口をそろえてあんなヤツなんかちっともよくないと声高に言っている。
日頃の私の教育の賜物と嬉しくなる。
そのラングレー星人のモテ様なのだが気分が悪くなるくらいの程らしい。
毎日のように下足箱にラブレターがいっぱい入っているとか。
または交際を求める男子に呼び出されたり待ち伏せされることも多々あるということも聞いている。
それらに対するヤツの処置は峻烈この上ない。
ラブレターは即行でゴミ箱行き。
面と向った男子は徹底的に無視する。
それがヤツのパターンだったけど、最近は変化しているようだ。
ラブレターは袋に詰めて焼却炉で火葬。
しかもその作業をすべて碇君にさせている。
交際を求める男子がいると後ろにいる碇君にわざわざ確認するらしい。
どうしようかと。
当然任務に忠実な碇君はふて腐れるという演技をして見せるそうだ。
ああ、可哀相な碇君。
ラングレー星人というのは本当に加虐的な性格をしている。
宇宙のゴミ。
どうも私は体調が思わしくなくなってきた。
透視能力を使いすぎている所為かもしれない。
碇君のことが不安でつい様子を窺ってしまう。
ふぅ…。
少し風にあたってこよう。
ベランダに出る。
心地よい風が私を包む。
街のはずれから広がる緑の向こうに見える富士山。
ああ、綺麗。
こんな美しい星をラングレー星人の魔の手に侵されてなるものか。
私は決意を新たにした。
どこからか歌声が聞こえる。
年末によく聴く曲。
その歌声に私は身を委ねた。
そんな毎日が続いた。
ヤツと碇君の接触する時間は増え続けている。
よく考えると碇君が戻ってくるのは寝る時間だけ。
それ以外は常にヤツと行動を共にしている。
さすがにトイレとお風呂は別だけど。
それでも一度ヤツがお風呂に入った後に透視してみたらとんでもない場面を見る羽目になった。
風呂上りの裸体にバスタオルを巻きつけただけの格好で碇君の前に現れたの。
さては碇君を誘惑して情報を得ようと考えたのね。
唇なんか真っ赤に見える。
まるで肉食獣みたい。
碇君はすぐに目を逸らせて立ち上がったけど、どこかに顔をぶつけたみたいで鼻血を出した。
本当にヤツらは凶暴だ。
その後部屋に戻ってきた碇君を私は心配してしげしげと見た。
心配されるのが恥ずかしいのか碇君は鼻血を出した後の様子を見たのかと質問してきた。
そう、最近は服のカメラを外しているの。
どうやら疑われているみたいだからと碇君に言われて。
私は首を振った。
そこで力尽きたから。
碇君はほっと息を吐いた。
うん、心配されたことを感謝してるのね。
私はやさしく碇君の鼻の下をティッシュで拭いてあげた。
少し血で汚れていたもの。
あ、唇の辺りまで血がついていたのね。
ティッシュがほんのりと赤く染まった。
「可哀相に。気をつけてね、碇君」
「は、はいっ。こ、これは僕が捨てておきます」
私の言葉に照れたのだと思う。
ひったくるように私の手からティッシュを取って、そのまま足早に自分の部屋に姿を消す。
ああいう純なところが碇君のいいところ。
本当にあんな凶暴な侵略者の相手など可哀相でたまらない。
私は最後の力を振り絞ってヤツの部屋を透視した。
見えたのはほんの一瞬だけ。
ヤツがリビングの床に横になってごろごろ転がっている姿。
???????
ラングレー星人にあんな風習があっただろうか。
わからない。
まったくわからない。
しばらくして部屋から出てきた碇君は真剣な顔で言った。
「ご、ごめんなさい、明日、ち、ちょっと新しい作戦が」
「作戦?」
おどおどと切り出した彼に私は先を促す。
どうやらデートを計画したようだ。
私は居住まいを正した。
なるほど碇君の見込みは正しかった。
ヤツは少しだけ楽しそうに見えた。
映画やショッピングに一緒に行くことでヤツの心をほぐす。
私は二人を尾行している。
碇君に危険が迫ると戦わねばならないから。
この星で本当の姿になった事は一度もない。
それが私の誇りだった。
でも誇りよりも任務。
もし碇君に何かをすれば許しはしない。
ラングレー星人、私がお前を倒す。
変身する機会はなかった。
ヤツは碇君に危害は与えはしていない。
それでも時間を追うにしたがってヤツの表情が引き締まってきた。
でもその割りには碇君には笑みを見せるようになってきている。
なるほど了解。
何かが迫っているから碇君を油断させようというのね。
これは気を引き締めないと。
夜の8時に二人はマンションに戻った。
もちろん同じエレベーターに乗ることはできない。
私はロビーで待つしかない。
まったく光の国から来た正義の味方だというのに。
それは変身すれば空も飛べるけどこの時間ではそんなことはできない。
仕方がない。
待つ。
3分ほど経ってから私はエレベーターを呼んだ。
部屋に戻ると碇君が食卓の椅子に座っていた。
私が入ってきたのにも気付かない。
「どうしたの?」
「あ…」
呆然として私に気付かなかったのを恥じたのだろう。
碇君は慌てて立ち上がった。
「ご、ごめんなさい」
「で、ヤツは?」
「あ、あの、自分のところに」
「異常は?」
「とくにありません。はいっ」
碇君が頬を染める。
「侵略計画の方は?」
「たぶん、大丈夫だと」
私は眉を顰めた。
「たぶんって何?」
少しいい加減ではないか。
しかし私の言い様が少しきつかったのかもしれない。
碇君が俯いた。
せっかくがんばったのにこれではいけない。
「どうしてそう思うの?」
優しく訊ねた。
ところが碇君は俯いたまま小さな声で言う。
「こうしているのが楽しいって、アスカが言うから…」
「アスカ?」
ヤツの名前。
碇君がヤツのことを名前で呼ぶなんて。
「あ、そ、その、ラングレー星人がそう言ったんです」
私は溜息を吐いた。
碇君は疲れている。
おそらくヤツがそう呼ぶことを強要したのだろう。
酷いヤツ。
絶対に許さない。
「わかった。アナタは休みなさい」
「は、はい」
うな垂れたまま碇君は自分の部屋に入った。
肩の落ちたその背中を見送って少し後悔。
この私としたことがどうしたことだろう。
史上最大の侵略への緊張感からかもしれない。
しかしまったくアスカだなんてどうかしてる。
碇君はその後お風呂に入って早めに寝室に消えた。
その言葉は少なかった。
やはり私に詰問されたことを気にしているのだろう。
明日の朝になれば優しい言葉をかけてあげることにする。
碇君には笑顔が似合うから。
しかし気になる。
正義の味方の勘というものね。
碇君と一緒にいたときの表情の変化。
あれは見逃せない。
ただ長時間の透視はできないから、フラッシュのように定期的にヤツを監視する。
ヤツは帰ってからずっと椅子に座ったまま。
テーブルに頬杖をついて、じっと何かを考え込んでいるみたい。
さては計画実行が近いのかも。
ああ、私たちの作戦は間に合わなかったのか。
こうなれば、実力を持って阻止せねば。
その時、時計の針が午前0時を指した。
突然、変な音が聴こえてきた。
私の聴力は人間の…まあそんなことはいい。
これは特殊な電波。
私は透視力を使った。
ヤツが部屋の隅においてあったぬいぐるみを手にして何か語りかけている。
まずいっ。
じゅわぁっ!
私の掌の向こうが大きく開いた。
そう、これも私の力。
掌から数千度の…これも今説明している場合じゃない。
ヤツがこっちを振り返った。
先手必勝。
「待ってっ」
背中から聞き慣れた声。
振り返るまでもなくあの声は碇君。
「はぁ、短気ねぇ。もう少しおとなしく待ってなさいよ」
ヤツが私に向って話しかけた。
これにはかなりムッとなった。
よく考えればこれがヤツと交わした最初の会話。
知的な宇宙人同士の会話はもっと紳士的な、いや淑女的なものだと信じていたから。
それがこのフレンドリーな、そして揶揄するような口調。
しかし、待てない。
即時殲滅。
「シンジ、この馬鹿が何かしたら遠慮なく撃っちゃって」
私の肩越しに微笑みかけるラングレー星人。
「う、うん。わかった、アスカ」
私は言葉を失った。
こ、この展開は…!
そう、寝返り。
まさか碇君に裏切られるとは。
ああ、もう終わりだ。
「碇君、あなた…」
「え、えっと、ごめんなさい」
あきれた。
謝れば済む問題ではない。
表情は窺うことはできないが、その声に悲痛な感じはまるでない。
「お願いだから馬鹿なことしないでよ。アタシ、アンタに感謝してるんだから」
アンタ……!
この私のことをアンタ!
数千年にわたって様々な星の平和を守り抜いてきた、この私のことをアンタ!
気が遠くなってきた。
「すぐ済むんだからさ。ね」
ウィンクされてしまった。
侵略者に、この私が。
何たる侮辱。
「あ。出た。静かにしててよね、二人とも」
『こちら銀河の狼。どうぞ』
咄嗟に体が反応したけど、その時腰に何か固いものが押し付けられる。
「お願いします。黙ってアスカのすることを見守っていてください」
小声で囁かれる。
これは脅迫。
言葉は丁寧だけど、私が動いたら容赦なく引き金をひくと直感した。
この私を簡単に殺せるはずはないとは思うけど、ラングレー星人が何か秘密兵器を渡しているのかもしれない。
「ぐわあああっ!」
…………!
ヤツがぬいぐるみに向って絶叫した。
どういうこと?
『どうしたっ?何かあったのか、EVA02!答えろ!』
「だ、だめ!か、からだがと、溶けるぅ…」
顔を歪めてぬいぐるみに向って悲鳴を上げるラングレー星人。
きっと私は狐につままれた様な顔をしていたと思う。
私は呆然と目の前の一人芝居を見つめていた。
「こ、この星は危険っ!われわれの肉体はこの星のウィルスには耐えられない」
『EVA02!サンプルを!そのウィルスのサンプルを送れ!』
「そ、それはできない!そんなことをすればラングレー星人が全滅する!わ、私ひとりが犠牲になればいいこと!ぐわあああっ!」
『EVA02っ!』
「我が祖国に…栄光あれっ!ああああああっ!」
ヤツはぽとりとぬいぐるみを落とすと、思い切り踵で踏み潰した。
可哀相なお猿さん。
『EVぇ…』
通信は途絶えた。
「はい、おしまい。もういいわよ、シンジ。こっちにいらっしゃい」
「うんっ」
私は瞑目した。
何だかわからないがすべては解決したようだ。
私の横を碇君が軽い足取りで通り過ぎていく。
そして目を開けたとき、その眼前でおこなわれている行為を目にし、私はもう一度目を閉じた。
勘弁して欲しい。
私はまだ1万8千4百と14歳の乙女なのだ。
キスなど大人のすること。
私は彼らに背を向けると、溶けた壁に向った。
その途中で床に転がっていたテレビのリモコンを拾い上げる。
なるほど、これがさっきの秘密兵器。
私はクスリと笑うと、壁の向こう側に身体を移した。
しばらくして私はベランダに出た。
先ほど変身せずに急に能力を使ったので体が火照っている。
制御が困難だ。
仕方がない。
元の身体に戻ってしばらく空でも飛んでこよう。
飛んでいるうちに火照りも治まってきた。
ついでに頭もすっきりした感じ。
あれがどういうことだったのか、何となくわかったような気がする。
あの二人はいつの間にか恋人同士になっていたのだ。
そして、ヤツは祖国を裏切った。
他人の星で碇君と生きていくことを選んだということか。
私は意味もなく笑ってしまった。
自分の馬鹿さ加減に。
恋愛経験がないというのが問題なのだろうか、と。
そういうことを考えながら飛んでいたのが悪かったのだろう。
真夜中をかなり過ぎていたことも油断だった。
マンションのバルコニーにいきなり飛び込むなんてできるわけがない。
角度が合わない上に着地のスペースがないから。
そこで一旦電柱の一番上の部分に鳥のように舞い降りた。
そこからバルコニーまでジャンプするつもりだった。
これくらいのエネルギーならどこも壊さないで済む。
そしてジャンプした瞬間、2階下のバルコニーで私を見ている少年の存在に気づいた。
一瞬だったから色白で碇君と同じくらいの年恰好だということくらいしかわからなかった。
まあ、いい。
どうせ私の任期も切れる。
幽霊か妖怪か何かと認識してくれるだろう。
何しろ平和なおかげで私の本来の姿は第三惑星の人間にまったく知られていないから。
真っ白な光の巨人…じゃなかった、この時は人間の大きさだった。
やっぱり幽霊ね。
時間も時間だし。
ただ、第三惑星人の姿に戻った私は顔を赤らめた。
あの少年は私が裸だったように見えたのではないだろうか。
変身する事がほとんどなかった私は常に衣服を纏っていたから。
あの姿が恥ずかしいとは思ったこともなかったのに、急に恥ずかしくなってしまった。
なるほど前任者たちがボディペインティングをした気持ちがわかった。
私たちの世界ではこの肌と強化スーツを一体化した姿が普通で、
そこからさらに服を纏うなんて考えもしなかったけど。
やっぱり真っ白じゃまずかったかしら。
他の星に行った時は私もボディペインティングしよう。
何色にしようか。
「そう、残るのね」
「あったり前じゃないっ!馬鹿シンジを連れて行くならこの星を侵略するわよ」
「アナタになんか訊いてないわ」
「うっさいわねぇ、アタシの意志がすべてに優先するのっ。馬鹿シンジは髪の毛一本までアタシのもんなんだから!」
まったくこのラングレー星人は頭に来る。
私は碇君に質問しているのにすぐにしゃしゃり出てくるのだから。
その上、碇君までそういう扱いをされているのに、にこにこして頷いているの。
腹立たしいったらありゃしない。
「いいのね、碇君」
私は念を押した。
「しっつこいわねぇ、アンタ馬鹿ぁ?」
「私には報告義務があるの。カプセルヒューマノイドだって登録制なのだから」
「ふ〜ん、あ、そう。じゃ、さっさと報告しなさいよ。碇シンジは髪の毛一本までこのアタシの所有物になるって」
「碇君はものではないわ。所有なんて…」
「ああっ、あ〜言えばこ〜言う。アンタ、かなり捻くれてるんじゃない?物事はすぱっと単純明快にするのが一番なのよっ」
腰に手をやって偉そうにヤツが叫ぶ。
確かにヤツの民族は単純明快この上ないだろう。
欲しければ征服するのだから。
どうやら恋愛感情の強さを表現するのがどこまで所有するかってことになるらしい。
それが度を過ぎると足跡とか吐いた息とか…やめておこう、スカトロとかいう分野になるから。
そして、このラングレー星人はその度が極端にまで行ってしまったわけ。
碇君が今存在しているこの第三惑星にまで征服欲が出たということ。
でもラングレー星がこの星を侵略してしまうと彼女一人のものではなくなる。
そこで彼女は侵略をあきらめさせて自分ひとりのものにしたってこと。
そんなご高説を享け賜った後に私はからかってみたくなった。
じゃ貴女一人でこの星を征服するわけか、そんなことは不可能ではないか、と。
すると、彼女は高笑いするのだ。
「何馬鹿なこと言ってんのよ。アタシがこの星を救ったのよ。
てことはアタシがこの星の生殺与奪権を握っていたってことじゃない。
そしてこのアタシが寛大にもこの星の馬鹿どもにそのまま平和に暮らしていけるようにしてあげたんじゃない。
ということで、アタシがこの星の唯一無二の征服者。
でもって、統治するのが面倒だからこれまで通りに馬鹿どもに政治を任せてあげたのよ」
詭弁だ。
しかもやっかいなことにヤツ自身がこの詭弁に酔っている。
でも害はないと判断。
放置することに決定。
何故ならその後に実に馬鹿らしい動きをしてくれたから。
「アスカ、僕のことは馬鹿でいいけど、他の人のことを馬鹿って言っちゃダメだよ」
碇君が自虐的だけどもっともなことを言う。
そのあとのヤツの描写は差し控えさせていただく。
私は当然ヤツは言い返すものだと思っていたのだ。
ああ、あのしまりのない笑顔といったら…。
一言だけ言わせて。
ラングレー星人は馬鹿。
でもあそこまで惚れられれば碇君も嬉しいだろう。
これじゃどっちが征服者かわかったもんじゃない。
碇君が傍にいる限り、彼女にはまったく害はないだろう。
私みたいに変身できる訳じゃないし、巨大化もできない。
いまさら宇宙艦隊を呼ぶこともできないだろうし、遊星爆弾を誘導することだって不可能だろう。
祖国を裏切ったわけだし。
今さらラングレー星に連絡をしても相手にされないどころか下手をすれば抹殺されるくらいなことは承知しているはず。
まあ生意気な女の子が第三惑星の人口に一人増えたってだけ。
あ、それから碇君も。
と、思っていたら、なんと私はひとりぼっちの宇宙人。
鈴原君と相田君まで退職したいと言い出したのだ。
つまり、第三惑星に残りたいと。
私は呆気に取られた。
飼い犬に手を咬まれる、なんてことは思わない。
ただびっくりしただけ。
そして、少し寂しいだけ。
鈴原君はあのヤツの親友という“委員長”という名の娘と交際をはじめたそうだ。
そして相田君はヤツをライバル視していた霧島という名の娘にふられた…?
彼は非常に諦めが悪いらしい。
その娘の彼氏になるまでは第三惑星人でいたいそうだ。
私は呆れた。
彼氏になればそのまま帰化するに決まってるじゃないの。
まあいい。
もうどうでもいい。
任期はもう終るのだから。
私は3人の退職手続きをさっさと済ませた。
これをしておかないと彼らは新天地であっさり路頭に迷ってしまう。
退職金がないと生活することもできないから。
ただし碇君だけは大丈夫みたい。
どうやらラングレー星人が活動資金をごっそり持っていたみたいで。
大人になるまで充分生活できるみたい。
でもヒモになっちゃダメよ、碇君。
さて、私の方は既に引継ぎも終っている。
なんとまあ、あのお隣さんが後任者だったとは。
彼女は超ミニサイズのウルトラコンピュータを設計して、
あの部屋から第三惑星の平和を管理するらしい。
どんな事件が起きてもすべてあそこで対処できると豪語している。
私は天井を仰いだ。
引きこもりの正義の味方なんか聞いたことがない。
送別パーティーなんて面白くもないから拒否した。
どうせあの二人は私の前でベタベタするんだろうし、
そりゃあ碇君の料理を食べ収めしたかったけど…。
二人で勝手にやってればいい。
来る気になったら来てよねって、碇君。
優しいわね、あなた。
まるで、悪夢のような結末。
別に第三惑星人に別れを惜しんでもらおうだなんて思ってもいないけど。
だって、一度もおおっぴらに活躍したことがないんだし。
正義の味方の存在すら知らないに決まってる。
それでもたった一人で星の世界に帰るなんて。
ふふ、愚痴を零しても仕方がない。
帰るとしましょうか。
私はマンションの最上階に上がった。
このあたりで一番背の高い建物。
いかにもヤツが選びそうな建物だわ。
あら、屋上への扉の鍵が開いている。
誰かいるの?
あ、鼻歌。
この前聴いたあの歌。
そっと外に出てみると、強めの風が吹く中で天体望遠鏡がまず見えた。
そしてその前で望遠鏡にしがみつくような格好で少年が鼻歌を歌っていた。
私は誘われたように彼の横に立った。
その気配に彼が顔を上げる。
「星が、好きなの?」
どうしてこんな言葉が出てきたのかわからない。
そのとき、私は微笑んでいたような気がする。
そして、彼は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐにぴゅ〜と口笛を鳴らした。
「君は、宇宙人かい?」
ここはBGMが欲しかった。
正義の味方が正体を見破られた時はクラシック音楽が流れるものと相場が決まっている。
と、作戦部長に聞いたから。
私はすぐに彼が何者かわかった。
「あら、あの時のひと?バルコニーの」
「ああ、そうさ。びっくりしたよ、いきなり真っ白で美しいものが目の前を飛んでいったんだからねぇ」
虚栄心というものは私にもあるらしい。
ラングレー星人の事は笑えない。
美しいといわれて心が騒いだ。
「で、宇宙人なの、君は?」
私は頷いた。
別れの時にこういうのって劇的じゃない。
いい思い出になるわ。
「そうか、いいねぇ。僕は本物の宇宙人に会ったのは生まれて初めてだよ」
全人口のほとんどがそうではないかと思ったけど、そういうツッコミをするのは野暮というもの。
鈴原君じゃあるまいし。
彼は饒舌だった。
私は元々無口な方だから聞き役。
星のことをいろいろ話してくれた。
もちろんそんな本当の星々が神話の世界でないことは重々知っている。
私はそこからやってきたのだから。
でも見えない場所のことを夢見るのは楽しいものだ。
彼が口を閉ざし、二人で星空を見上げている時、不意に言葉が出た。
「飛びたい?空」
生身の人間が大丈夫な高さと速度を私は計算した。
彼は歓んでくれた。
私も嬉しかった。
私は変身した。
真っ白な光に包まれた私を見て、彼はまるで女神様のようだと言ってくれた。
巨大化して掌に乗せて飛んでもよかったけど、
私はなんとなく彼を抱き寄せてそのままの姿勢で星空へ飛んだ。
歓声を上げる彼。
これはいい思い出になる。
第三惑星の悪夢から解放されるのだと私は嬉しくてたまらなかった。
そして、私は誰にも別れを告げず、この星を旅立った。
目指すは光の国。
故郷は私の傷ついた心を癒してくれるに違いない。
さらば、第三惑星。
幸せに暮らしなさい、私の可愛い子供達よ。
白く光る球体は星空の向こうに消えた。
空想非科学シリーズ
ウルトラエンジェル
最終回
「さらば、ウルトラエンジェル」
改め
「第三惑星の悪夢」
− 完 −
のはずだったが