アスカは少し慌てながら、食べ終わった。

今日はシンジが起こしにこなかったのだ。

いつ来るか、来たらどうやっていびってやろうか、

そんなことを考えながら布団に潜り込んでいるうちに、どんどん時間が過ぎていったわけだ。

で、そのシンジとはいうと…。

「ええっ!風邪でお休みぃっ?それじゃ、私の鞄は誰が持つのよ!」

「貴女が自分で持てばいいでしょ。はい、お弁当。急がないと遅刻よ」

「きゃっ」

アスカはお弁当の包みを鞄に詰め込むと、廊下に飛び出していった。

そして、玄関で屈みこんで靴紐を結んでいると、アスカの耳にキョウコの声が飛び込んできた。

『アスカ、最近どんどん綺麗になってきたわね。心配だわ』

な、何言い出すのよ、ママ。

紐を結びながら、アスカは突然の母親の誉め言葉に驚いていた。

これまでアスカの容姿について、こんなことを言った事がなかったからだ。

『変な男に引っかからないかしら。シンちゃんが早く彼氏になってくれたらいいのにね』

あ、あ、あ!

ママ、何てこと言い出すの!

「あのね!」

動揺しながらも紐を結び終わったアスカは、振り返ってキョウコを指差した。

「こら、人を指差したりしたらダメよ」

「うっさいわね。シンジはね、幼馴染。た、だ、の、オ、サ、ナ、ナ、ジ、ミ、ッ!

一言ごとに手を振り回すという激しいボディランゲージでアスカは力説すると、踵を返して玄関の扉を思い切り開けた。

「いってきま〜す!」

走り去っていく娘の背中をキョウコは怪訝な顔で見送った。

いきなり何を叫ぶのかしら?

そういう年頃なのかな…?

キョウコは何も口にしていなかったのだ。ただぼんやりと考えていただけ。

背中を向けていたアスカはそのことに気付いてなかった。

この日の朝、アスカは突然、人の心を読む能力を身に付けたのだ。

 

 

 

 

 

その日の朝、突然に

 


ジュン

 

 

 

 

 

アスカは早歩きで登校していた。

いつもは鞄を持たせたシンジを後に従えて、悠然と歩いているのに。

今日はこのペースで歩いても、5分前到着だ。

まったく馬鹿シンジの癖に、病欠なんて許さないわよ。

帰ったら文句たらたら言ってやる!

そんなアスカの耳に言葉が飛び込んできた。

『あ、惣流が一人だ』

はん!私だって一人で登校するときだってあんのよ。

『ああ…やっぱ、いい女だな』『今日は金魚の糞いないんだ』『金髪いいよなぁ』『俺と付き合ってなんかくれないんだろうな』

な、何?こいつら、恥ずかしくないの?よくもまあ人前でそんなこと口にするわね。

それに、シンジのことを金魚の糞って、誰よ!

アスカは周囲を見渡したが、周りを歩いていた男どもはアスカの視線にきょとんとしている。

睨みつけたアスカの方も、拍子抜けしてしまった。

今日は止め男のシンジがいないから、とことんやってやろうと思っていたのだが。

いくら壱中随一の美少女であっても、こういう時のアスカに触れてはいけないことはみんな知っている。

『せっかくのかわいい顔もあれじゃあ』『俺じゃ無理だな』

アスカは立ち止まってしまった。

今の…。誰も喋ってなかった…。

アスカの心に初めて違和感が生じた。

何か変だ。

 

アスカは頭がおかしくなりそうだった。

周りにいる者の考えていることがわかる。

直接頭の中に飛び込んでくるような感じなのだ。

ようやく昇降口までたどり着くと、ヒカリの姿が見えた。

あ、ヒカリ!助けて!

「ヒカリ!」

大声で叫んだアスカに、ヒカリが振り返った。

その時、ヒカリはアスカにとって絶望的なことを考えてしまったのだった。

いかに人柄が良くとも、彼女も14歳。

時にはこういうことを考える時だってある。

何しろ、昨日の夜は鈴原のことを想い過ぎて寝不足だったのだ。

『あ〜あ、また自慢かしら?ラブレターの数かな?それとも登校中に告白?もう、聞いてられないわね』

アスカはそのヒカリの本音を聞いてしまって、立ち竦んでしまった。

親友だと思っていたのに…。

突然の出来事に気が動転してしまっていたアスカには、

ヒカリがたまたまそんなことを考えていんだということに思いをめぐらすことは不可能だった。

「どうしたの?アスカ」

「ヒ、ヒカリ…」

「どうしたのよ?そんな顔して。ほら、急がないと予鈴鳴っちゃうわよ」

さらにヒカリの心に浮かんだ思いが、追い詰められていたアスカに追い討ちをかけたのだ。

『早くしてよ。アスカと並んでいたら、比べられて堪らないんだから』

「そ、そんな…」

「アスカ?」

「イヤ…、イヤッ!」

絶叫したアスカは、踵を返して昇降口から逃げ出した。

両の耳を押さえながら。

それでも、言葉の洪水は抑えられない。

校門。そして道の途中でも、容赦なく言葉はアスカに襲い掛かってくる。

『何やってんだ、惣流のヤツ』『ふん!馬鹿みたい』『あ、泣いてる。いい気味』『どないしたんや、アイツ?』『モテるからって鼻にかけちゃって…』

イヤッ!イヤァッ!

 

みんな、私のことあんな風に思っていたんだ。

アスカはベッドサイドに背中を預けて蹲っていた。

キョウコはどこに行ったのか、留守だった。

震える手つきで鍵を開け、二階の自室へやっとの思いでたどり着いたのだ。

そりゃあ、嫌っている子もいるとは思っていたけど…。

ヒカリまで…。親友だと思っていたのに…。

酷い。酷いよ…。

こんなに泣いたのは久しぶりだった。

幼稚園のときに、今よりもっと赤かった髪の毛の色と青い瞳が原因で苛められたとき以来だ。

 

あの時…、パパとママにどんなに力づけられても…幼稚園が怖かった。

でも、そんな時に…アイツが引っ越してきたんだよね。お隣に。

私を庇ってアイツが苛められて…、それで私がキレちゃって…。

幼稚園は大騒動。

その日からよね。私が強気になったのは。

アイツがあまりに頼りないから…。

 

アスカはフラフラと立ち上がった。

シンジ…。お休みしてるんだよね。

あの馬鹿、布団蹴飛ばして寝てたんでしょうね。明け方はまだ少し冷えるのに…。

ホントに馬鹿…。

窓越しに眺めると、シンジの部屋のレースのカーテンが風に動いていた。

アイツは…私のことをどう思ってるんだろうか?

いつも私の勝手でアイツを振り回している。

買い物のつきあい。

映画のつきあい。

登校も、下校も、放課後の宿題も。

そういえば、私っていつもアイツと一緒にいるわよね。

シンジも、本当は私のこと嫌ってるんだろうか?

いやいや私に付き合ってるんだろうか?

私がこんな身体になってしまって、化け物って思うんだろうか?

アスカは隣の家の窓をぼんやりと眺めた。

知りたい…。でも、知るのが怖い。

アスカは躊躇った。

躊躇ったのだが、もうアスカの希望はシンジしかいなかった。

結局、アスカは彷徨うような足取りで階段を降りていった。

シンジに会いたい…。

 

碇家の扉は閉まっていた。

でも、アスカは裏手に回り勝手口から家に入った。

無意識に秘密の隠し場所から、勝手口の鍵を取り出したのだ。

そして、階段を登る。

毎日のように登っている階段。

自分の家と同じように、目を瞑っていても動けるシンジの家。

だが、シンジの部屋の前でアスカは立ち止まってしまった。

やっぱり怖い。

シンジにまで嫌われたら…私…。

その時、シンジの声がした。

「アスカだろ。あれ?違ったかな」

シンジ!

アスカはドアを開けた。

 

「あ、やっぱりアスカだったんだ」

「どうしてわかったの?」

「え、あ、足音…かな?いつものバタバタした音じゃないけど、わかるんだ」

「そう…なの?」

「あれ?元気ないね…どうしたの?」

シンジはベッドから上体を起こした。

「え?ううん、別に…」

「でも…今、2時間目くらいだろ?学校休んだの?」

「あ、うん、ちょっとね」

アスカは本当のことが言えなかった。

やはりシンジの本音を聞きたくないから、何も言えずにドアのところで俯いている。

「アスカ座りなよ。ほら」

「うん…」

アスカはのろのろと、いつもの定位置であるシンジの勉強机の椅子に座った。

「アスカも体調がよくないの?早引けしたとか…」

「うん…」

シンジの顔を見られない。

アスカは不安に押しつぶされそうだった。

ちょうどその時だ。

シンジの声が聞こえてきたのは…。

『どうしたんだろ、アスカは。おかしいな』

ああ…、イヤ。聞こえてきちゃった。

シンジ、お願い…。お願いよ…。

『おみまい…じゃないよね。アスカが僕のこと、心配なんてするわけないから』

ああ、もうダメ。私、消えてしまいたい。

シンジだって、私のことそんな風に思ってたんだ。

『でも、嬉しいな。アスカが来てくれて』

え…?

今、何て言ったの?

シンジ、もう一度言って。考えて!

アスカは顔を上げた。

視線がシンジのそれとぶつかる。

『あ、笑った。良かったぁ。アスカが暗かったらヤだもんな』

「どうして?」

アスカはついに聞いてしまった。

シンジの気持ちを確かめずに入られなかったのだ。

「な、何が?」

「シンジが今考えたこと。どうして私が暗いとイヤなの?」

「えっ!どうして、知ってるのさ?!」

シンジは熱があることも忘れて、布団から出てベッドサイドに腰掛けた。

「わかるの。どうしてかわかんないんだけど、みんなの考えてることが私わかっちゃうの」

アスカは信じてもらえないことを承知で、本当のことを告白した。

「今朝初めてよ。それまで、何もわかんなかったもん。今朝突然…こんなのになっちゃったの…」

そこまで言うと、アスカの目から大粒の涙が溢れてきた。

「み、みんな、わ、私のことなんか、キライ、な、のよ。グスッ。私、み、みたいな、女…」

『僕は好きだよ』

「えっ!」

アスカは涙顔で、シンジを見た。

「ほ、ホント?」

「あ、本当にわかるんだ。じゃ…」

シンジは笑顔のまま、アスカを見つめた。

『アスカは僕のこと、キライ?』

「え…」

アスカは返答に困った。

「キライじゃないよ」

アスカは俯いてしまった。

『じゃ…好き?』

「わかんない…」

「ふ〜ん、そうなんだ」

「今のテスト?」

「え、あ、えっと」

『違うよ。僕は真剣にアスカのことが好きなんだ』

アスカはシンジの心の声に再び顔を上げた。

「じゃ、本心なの?」

「あ、あ、あの…」

『当たり前じゃないか』

「でも、本当は私みたいにガサツで高飛車な女じゃ嫌いなんでしょ?」

「あの、その…」

『それでもアスカが好きなんだ。そりゃあ、もっと優しくしてくれた方が…』

「あ、そうなんだ。シンジは私に優しくして欲しいんだ」

アスカは急に元気が沸いてきたような気がしてきた。

「面白〜い。シンジ、もっと色々考えなさいよ」

「や、やめてよ、アスカ」

「じゃ、私と結婚したい?」

「そ、そんな、結婚なんてまだ早いよ」

『したい!僕はアスカと絶対に結婚するんだ!』

「へえ、そうなんだ。じゃ…じゃあね、もし私が別の男の子を好きになったら?」

「あの、えっと…それは」

『殺す!アスカを殺して、僕も死ぬ!』

「えええっ!それ、本当?」

シンジは慌てた。

確かにそう思っているのは事実なのだが、のほほんとしていることがトレードマークなのにこれではイメージダウンである。

特に大好きなアスカに嫌われたくないのだ。

熱で青白い顔が、さらに蒼白になっていく。

「あわわわ!」

『当然だ。アスカは僕のものなんだ』

「あ、アンタも、け、結構、だ、大胆なこと考えてるわね…」

アスカはシンジの意外に大胆で熱情的な本心を知ってうろたえてしまった。

でも…嬉しい。

シンジにそう思われていることが嬉しい。

「あ、アスカ、あのさ、僕…」

『好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ!』

「わぁっ!わぁっ!考えるのやめろ!やめろ!」

狼狽したシンジが自分の頭をポコポコと叩きだした。

驚いたのはアスカである。

「ちょっと!やめなさいよ。アンタ、病人でしょうが!」

慌てて、シンジの両手を掴んだ。

いきおい、二人の顔の距離は近づいた。

『アスカ、綺麗だ』

「あ、アンタ、何を」

「ご、ごめん。これは本心だけど、あの、その、つまり、あああ!ダメだ、それ以上考えるなっ!」

『アスカの唇。キスしたいな』

「!」

「ち、違うよ。僕は、あの、だから、わっ!」

シンジの言い訳は、アスカの唇で中断されてしまった。

まるで時間が止まってしまったように、二人とも感じていた。

アスカはどうしてキスしてしまったのか、自分でもわからなかった。

いきおいだけだろうか?

それとも、気持ちを楽にしてくれたシンジへの感謝?

いや、本当はシンジのことを…。

そこまで考えたとき、アスカは唇を離した。

『アスカ…風邪うつらなかったかな?』

「ブッ!」

アスカは吹き出した。

「アンタ、何それ!ファーストキスの感想がそれ?は、ははは!おかしいっ!」

お腹を押さえてアスカは笑い転げた。

シンジはアスカの発作がおさまるまで、カーペットの上で丸くなって悶え苦しむ姿を見下ろしていた。

そこまで笑わなくても…と思いながら。

その時、スカートの裾がまくれて、アスカの健康的な太腿とその上部がちらりと見えた。

わ!白っ!

やばい!考えてることが筒抜けだったんだ。アスカに殺される!

シンジは慌てた。そして、アスカの様子を窺った。

あれ?反応がないな。

じゃ、もっと考えてみようかな?

けっこう大胆なシンジはあれこれとアスカのことを考えた。

鉄拳を食らいそうなことまでも。

ところが、アスカは笑い続けるだけで起き上がってこない。

「アスカ、ね、アスカったら!」

「な、何よ。心配性のシンジ」

からかい口調だが、嬉しそうなアスカである。

顔を見合わせた後、シンジは頭の中で考えた。

もう一度キスしたい。

だが、アスカはきょとんとしている。

「アスカ。僕の考えていること、わからない?」

「え?」

「ほら、僕の心の声、聞こえる?」

「聞こえない…」

「じゃ、聞こえなくなったんじゃないの。人の考えてること」

「あ、うん。そうみたい」

少し茫然としてるアスカ。

「良かった。良かったじゃないか、アスカ」

「う、うん…。治った…、元に戻ったんだ。私…私!」

アスカは涙をこぼすと、いきなりシンジに抱きついてきた。

「うわっ!」

「やったぁ!シンジのおかげだよっ!アリガト!シンジ!」

ちゅっ!ちゅっ!

喜び溢れたアスカは、まるで小鳥のようにシンジの唇に何度もキスを繰り返した。

 

 


 

 

「おやおや、ハッピーエンドかい。

 計画は台無しだね。どこで間違えたんだろう?」

「そうね。彼女の魂はもう手に入らないわ」

 シンジの家の上空100m。

 そこに浮かんでいる少年と少女が話している。

 彼らのそばには鳥が飛んだままの姿勢で止まっている。

「あのまま、心が壊れてしまって、僕と契約をするはずだったんだけどねぇ。

 魂を与える代りに、あの能力を消してあげるって」

「あの娘にはあの男の子がいたから…。貴方の作戦ミスね」

「ふん。実はあの男の子の夢の中でも、素晴らしい能力をあげようって誘ったんだけどね」

「いらないって断られたのね」

「あっさりとね。それにひきかえ、あの娘は面白そうねってすぐに賛成してきたんだ。

 僕は喜んだよ。これで久しぶりに魂が手に入る。そう確信したんだけどね」

「あの二人。いいカップルになりそうね」

「ああ、そうみたいだね。また別の心の弱そうな人間を探しますか」

「そうすれば」

「おや、君はずいぶん嬉しそうだね。僕が失敗したのが嬉しいのかい?」

「違うわ。私も魂は欲しいもの。でも…」

「でも、なんだい?」

「あの二人は、そっとしておくわ。幸せになって欲しいの」

「へぇ、魔族が人間の幸せを願うのかい?ふふふ、珍しいこともあるもんだね。じゃ、僕は行かせてもらうよ」

 銀色の髪に赤い瞳の少年の姿をしたソレはふっと姿を消した。

 その隣に浮かんでいた同じ赤い瞳の少女の姿をしたソレは、シンジの窓越しに見える風景に目を細めた。

 感謝のキスが終わり、かいがいしくシンジの世話をするアスカの姿。

 少し寂しそうに微笑むと、少女も姿を消した。

「お幸せにね…」

 ただそれだけを呟いて。

 少女たちのいた空間は時間を取り戻し、静止していた鳥も何事もなかったかのように飛び去っていった。

 


 

「ねえ、どうしてあんなのになったのかな?」

 その日の夕方。

 熱が下がったシンジを強制的にベッドに寝かせながら、アスカが問い掛けた。

 アスカの手にはリンゴが入ったお皿が持たれている。

 少々歪な形なのは、アスカが自分で剥いた所為だろう。

 どうやら、今日は看病をする自分の姿に酔っているらしい。

「さあ、どうしてだろ?」

「おかげで、ミサトやヒカリに平謝りして、大変だったんだから」

 

 シンジに説得されて、4時間目から学校に現れたアスカは、当然担任のミサトに大目玉。

 おまけに自分が何か悪いことをしたんだとショックを受けていたヒカリにも、全力でアフターケアをしなければいけなかった。

 だが、放課後になって、アスカは一目散に帰り支度を始めたのである。

 何を急いでいるのかと聞くヒカリに、アスカはニッコリ笑って答えた。

「重病人に果物買って帰ってあげるの!」

 それを聞いたヒカリは、経緯は何もわからなかったのだが結論にだけはすぐに思い当たったのだ。

 そして、明日からは惚気を聞かされるのだという予感がした。

 こうなったら、一日でも早く鈴原に想いを打ち明けなければ…。

 そうしないと毎日が地獄になる。

 そんな悲壮な決心をしたヒカリを残して、アスカは文字通り飛ぶ様に走って帰った。

 シンジの元に。

 

「あんな力…。本当にいらないよね」

「う〜ん。僕には良かったかな」

「ええっ!ひっど〜い!あんなに私泣いたのにっ!シンジは自分のことだけ考えてるんだ」

「あ、ご、ごめん」

「ねえ、シンジはどうなの?私の本音とか聞きたくない?」

「う〜ん、僕はいいよ」

「えぇっ!私の本心知りたくないんだ」

「あ、いや、そんな意味じゃなくて。相手のことを思い考えるってことは、相手にとってもいいことじゃないかって」

「へぇ…、何かシンジって大人」

「そ、そうかな。夢の中で誰かに聞かれたとき、そう考えたんだ」

「ふ〜ん、そうなんだ」

アスカに感心されて、シンジは照れていた。

そんなシンジの照れた顔も、今のアスカにとっては愛しいもののひとつである。

「まあ、いいか。私はもうあんな力いらないわ」

「どうして?」

「だって、シンジの考えてること大体わかるようになったもん」

「え!本当?」

「リンゴを見たときは僕の方が上手だって思ったでしょ。

 で、食べさせてあげたときは、ずっと病気だったらいいのになって考えたでしょ」

「えっ!どうしてわかったの!」

「はん!私にはアンタの心を見抜く特殊能力が備わったのよ」

「ええっ!そんな力が」

「力じゃないわよ。アンタの顔とかじっと見てたら、自然にわかんのよ」

「あ、そうなんだ」

「あ、今、嬉しいって思ったでしょ」

「そ、そんな、丸わかりだよ」

「困ることないでしょ。愛する人に気持ちがわかってもらえるのはいいじゃない」

「う、うん。それは…」

「はい、もう一切れど〜ぞ。あ〜ん」

「あ、あ〜ん。もぐもぐ」

「へへ、美味しい?」

「うん。凄く美味しい」

「言葉が足りないわね。アスカが食べさせてくれたから凄く美味しくて、嬉しいって言いなさいよ」

「で、でも、僕のことはわかるって。それに、今アスカが言ったことでちゃんと当たってるし」

「もう!馬鹿シンジ!コミニュケーションっていうのはね、言葉にしたらより嬉しいこともあるの。

 相手が嬉しくなることは、どんどん言葉にしなさいよ!」

「う、うん。わかったよ。がんばるよ」

「口下手なシンジとしてはがんばってもらわないとね」

「あ、うん。あ、あの、あのさ、アスカ」

「ふ〜ん、そういうこと?」

「え!もうわかったの?」

「ダメ。ちゃんと言わないと、こっちも言ってあげない」

 アスカがキラキラした瞳をシンジに向けた。

 シンジはごくりと喉を鳴らして、一世一代の勇気を振り絞って言葉を発した。

「アスカは僕のことを…ど、どう思ってるの?」

「私はね…シンジのことが……」

 

 

Happy End

 


<あとがき>

 最近、連載モノばかり書いていた所為で、どうも短編の筆ののりが悪い…いや、この場合はキータッチののりが悪いと書くべきか?

 ですが、この作品は短編として巧くまとまったんじゃないかと、自画自賛しておきましょう。どうせ誰も誉めてくれないんだ。僕なんて、僕なんて…。

 さてさて、カヲルくんが珍しくも連続登板です。ですが、全国の神経過敏な純LAS至上主義者の方、ご安心あれ。カヲルくんとアスカは夢の中で接触…うっ、この単語はよくないな、神経に障るぞ。えっと、夢の中で遭遇または誘惑されたわけですが、本文には出てきません。面白いもの(こと)好きなアスカ嬢はあっさりと魔族の罠に引っかかってしまったわけです。それに比べて、シンジの賢いこと。カヲル君の誘惑を簡単に退けました。シンジはそんなに強くないぞ!そういう本編至上主義者の皆さん。この作品は学園EVAワールドです。幼稚園のときからアスカと一緒のシンジが成長していないわけがないでしょう?日々、アスカに鍛えられているわけですから。逆にシンジに頼っているアスカは少しだけ弱い子になるのは当然です。

 安楽椅子探偵というジャンルがありますが、今回のシンジはなんとベッドから出てきてません。風邪ですから仕方ありませんが、アスカに看病されるだなんて、本当に幸せモノですね。

 

2003.05.17  ジュン

 

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