この作品は…超ローカルネタで書かれてます。
近鉄の球団名売却騒動にショックを受けて書きましたが、続きをご所望してくださる方もいらっしゃいましたので、調子に乗って書いてしまいました。
 
 

全国に何人かはいる筈の近鉄ファン兼LASの人に捧ぐ。
 
 
そして、執筆を応援していただいている皆様にも。


 

 

 

幸せは球音とともに

ー 1973編 

〜 中 〜


 

2004.5.1        ジュン

 
 
 

 

 
 

 よく考えてみると、僕がアスカと学校で一緒にいるのは初めてだった。
 2年前はアスカはカナディアンスクールに通っていたし、僕の家に居座っていたのは夏休みの間だったものね。
 でも、あの夏は登校日にどうしても着いていくってごねたっけ。
 その日は僕がいない間に部屋中にプラレールを建設してくれたっけ。
 帰ってきたら足の踏み場もないほど。
 因みに当のアスカ自身が部屋の隅に雪隠攻めになってしまい、まったく動けない状態になってしまったんだけどね。
 で、彼女を救助しようとレールを解体しようとすると…「ダメッ!」なんだって。
 僕にこの凄い設計の鉄道を見せようと一生懸命に建設したのだから、怪獣になって壊すのは絶対に不許可らしい。
 ただ電池切れで止まってしまったひかり号をどうやって救助し、再び走らせるかで苦労したんだ。
 ひかり号も手の届かない場所で停車していたからね。
 そして何とかマジックハンドを使ってひかり号を回収し、運転再開にこぎつけることができた。
 確かに凄かった。
 本や箱を使って起伏を作り、長いトンネルを建設していた。
 直線レールがなくなってしまい曲線を巧妙に繋ぎ合わせて、それはもう見事なものだった。
 感嘆する僕を見て、当然アスカは満足げににやにや笑っていた。
 その後?
 ひかり号がまたもや電池切れで緊急停車した途端に、怪獣が出現したんだ。
 凶悪な金色の髪の毛をした…キングギドラが。
 手2本を首に見立てて3本首の宇宙大怪獣は、最先端の科学を誇る未来鉄道を破壊していく。
 こうなれば地球を守るゴジラが立ち向かわないといけない。
 とか言いながらも、まさかレールが散らばっている中で取っ組み合うわけにも行かない。
 鉄道を壊しながら、せっせと段ボール箱の中にレールを片付けていく。
 もっぱらキングギドラが鉄道を破壊し、ゴジラが片付けていくんだけどね。
 で、あらかた片付け終わった時、アスカは卑怯にも僕をジラースに変身させた。
 しぼんだ浮輪を無理矢理僕の首に引っ掛けたんだ。
 そして、彼女は机の上の12色ボールペンを天井に翳した。

「シュワッチ!」

「酷いよ、さっきまでキングギドラなのに、どうしてウルトラマンになれるんだよ!」

「うっさいわね!どっちも宇宙から来たんでしょうが」

「そんなの滅茶苦茶だ…わっ!」

 アスカに何を言っても始めらない。  
 僕は即席のえりまきをつかまれて畳の上に転がされた。
 熱っ!畳の摩擦で肘が擦れる。
 アスカのウルトラマンは強い。
 その上、スペシュム光線をすぐに出してはくれないんだ。
 さんざん僕をいたぶった上で…、そう10分以上たってからやっと腕を交差させる。
 それでやっと僕は戦いから解放されるんだ。
 まだ小学5年生だったからね。
 取っ組み合いみたいな…母さんに言わせるとじゃれ合ってるのも別に気にならなかったんだ。
 この頃の“好き”っていうのは今考えると、物凄く純粋だったような気がする。
 あれ?あ、そうそう、アスカと僕が学校に行ったことがないって話だったよね。

 入学式が始まってもアスカは注目の的だった。
 第弐中学校始まって以来の外国人の生徒だから、先生の方もかなり苦労していたようだ。
 校長先生の話の中でアスカのことにも触れていたからね。
 髪の毛や目の色が違いますが、偏見を持たないように。
 また、惣流さんは日本語を話すことができますから気軽に話をしてあげてください。
 僕はアスカがその言葉をどんな顔をして聞いているのか興味があった。
 だけど、アスカは僕よりずっと列の後の方にいる。
 何しろ僕は出席番号3番。アスカは34番だったから。
 この当時は今のように男女混合の50音順じゃなかったんだ。
 僕とアスカの間には30人以上の人の壁があった。
 ……。
 はずだった。

「ね、何もあんな風に言わなくてもいいよね」

「わっ!」

 耳元でアスカの声がした。
 振り返るとアスカが。

「ど、どうしてここにいるんだよ!」

 アスカはにやりと笑って、シンジに話したかったからとあっさり言うんだ。
 僕は冷汗が流れてきた。
 いや、厳密に言うと、冷汗が出そうになったときに先生に怒鳴られたんだ。

「こら、そこ!話をするな!」

「す、すみません!」

「それにそこの外じ…じゃない、君はもっと後だ。ちゃんと自分の場所にいなさい」

「あらごめんなさい。日本の入学式は初めてでしたので」

 僕は吹き出しそうになった。
 今、喋ったのはどこの誰?
 少しイントネーションを外人風にして、いやに丁寧に返事した。
 それを聞いて、多分体育教師(後で正解だとわかった。だって凄い体格だったもん)はしどろもどろになったんだ。
 ぶつぶつと「まあ知らなかったのなら仕方がないか」などと呟きながら、アスカに後ろに戻るように促す。
 アスカは帰り際にぺろりと舌を出して背中を向けた。
 これは学校生活が面白くなりそうだけど、それ以上に色々苦労しそうだ。
 僕はとにかくがんばろうと決意したんだ。

 教室ではまず出席番号順に座らされた。
 僕は窓際の前から3番目。
 アスカは廊下側から2列目の前から2人目。
 すぐに席替えだろうけど、とりあえず僕の視界にアスカがいることだけは嬉しい。
 さて、黒板の前ににこやかに立っているのは1年1組の担任である青葉シゲル先生だ。
 当時としては信じられないような長髪の先生だ。
 まるでヒッピーかフォークシンガーのような雰囲気がある。
 とても中学の先生には見えなかったんだ。
 気さくな感じでした自己紹介によると先生になって2年目らしい。
 そして質問を受け付けたんだけど、まだみんな馴染んでいないので手が上がらない。
 その雰囲気をほぐそうとして、出席番号で当てていき質問をさせた。
 出身地はどこ?兵庫県氷上郡。
 趣味は?ギター。
 ありきたりの質問が続いた。

 そして、先生は地雷を踏んだ。

「では、34番の人」

「はい!私です!」

 はっきりとした返事をして、金髪を靡かせてアスカが立った。
 な、何も立たなくても…。
 タダでさえ目立つのに。

「あ、惣流さんか。俺に質問はあるかな?」

「もっちろん!先生、恋人いる?」

 明るく、そしてフレンドリーにアスカは訊ねた。
 青葉先生もこのど真ん中の直球を読んではなかったようだ。
 その反体制的な雰囲気はどこへやら、いやに真面目な顔をして恋人はいないとだけ返事をした。
 だけど、そこで攻撃の手を緩めるようなアスカじゃない。
 アスカが近鉄ファンになったのは必然的だったのかもしれない。
 攻める時にはガンガン攻める。
 近年のバファローズ“いてまえ打線”を髣髴させる勢いがあるんだから。
 ただ、この時の僕はそんな想像は少しもしなかった。
 何故って?
 現在の近鉄を知る人には信じられないかもしれないけど、この当時の近鉄は投手力で勝つチームだったんだ。
 20勝級エースの鈴木を中心に、佐々木、清、そして神部という10勝以上できるピッチャーを4人持っていた。
 1972年だって清と神部が防御率の1位2位だったんだから。
 それで優勝できないんだから、どれほど打力が弱いかわかると思う。
 バッターで頼れるのは4番打者の土井だけだといっても良かったんだもん。
 頼みの助っ人だって毎年……あわわわ、ごめん!アスカ!
 アスカのパパも助っ人だったの忘れてた。
 今頃ケンタッキーの青空の下で豪快なくしゃみをしてるかな?
 ともあれ、この時イケイケのアスカはさらに質問を続けたんだ。

「じゃ、好きな人はいる?」

 このとき、僕たちは何と正直者で良い人が担任なのだと知ることになった。
 青葉先生はさっと顔を赤らめたんだ。
 あのアスカがその表情の変化を見逃すわけがない。

「あ、片思いなんだ!もしかして、5組の担任のあの可愛い先生?」

 アスカの勘は大当たりだった。
 「違う、違うぞ」とむきになって否定すればするほど、クラスのみんなは確信した。
 うちの担任は5組の美人教師に片思いしていると。
 青葉先生は教壇を拳で叩いた。

「いい加減にしろよ、お前ら。こらそこ笑うな!お前も!あああっ!お前らみんな武庫川に叩き込むぞっ!」

 いくら凄んで見せてももう遅い。
 まるで子供のように好きな人のことを好きじゃないと否定している。
 おそらくこの瞬間に1年1組はまとまったんだと思う。
 一斉に先生を冷やかす僕たちの顔は悪意の欠片もなかったからね。
 余談だけど、このあとアスカを中心に“青葉先生の恋を実らせる友の会”を発足した。
 その結果…は、いずれ語る時が来ると思う。

 そして、問題の自己紹介の時間がやってきた。
 僕は出席番号3番だから考える間もなく順番になった。

「碇シンジです。宝○小学校から来ました。趣味はプロ野球で近鉄のファンです!」

 予期していたけど、一斉に非難の声が上がった。
 阪神か巨人、もしくは阪急のファンじゃないと異分子として扱われる時代だ。
 今は僕が担任するクラスにも3人(少ないと笑うな!)も近鉄ファンがいる。
 一生懸命で生徒を洗脳しているのだけど、なかなか巧くいかない。
 それでも年に数人の近鉄ファンを産み出している筈だ。
 まあ、英語の時間にいかに近鉄の話題を持ち出すかが非常に難しいんだけどね。
 しかし問題は1973年の入学式当日。
 非難の的になってしまった僕を彼女が放っておく訳がない。

「アンタたち、静かにしなさいよっ!」

 ああ、また立ち上がってるよ。
 しかも、そのまますっすと教壇に登っていく。
 黒板の端で椅子に座っていた青葉先生は呆気にとられてアスカを見たままだ。
 アスカはゆっくりと教室を見渡した。

「惣流・アスカ・ラングレー。出席番号34番よ!
 今のは最初だから許してあげる。
 でも、今度近鉄ファンだってことを笑ったりする奴がいたらただじゃすまさないわよ!」

「ど、どうするんや」

 どこのクラスにもトウジに似た感じの生徒がいるもんだ。
 アスカに呑まれたままの雰囲気で後の方の男子が言った。

「どつく」

「こ、こら、惣流君。暴力はダメだ」

 あっさりと関西弁で反応したアスカに先生は慌てた。
 クラスのみんなも呆然とした。
 黙っていれば、映画に出てきそうな金髪の美少女なんだもんね。
 僕だって初めて会ったときの“壁蹴りアスカ”には度肝を抜かれたもん。
 もしあれで関西弁で「アホボケカススカタンドツイタロカワレ!」などと叫んでいたら、ひょっとすると逃げ出していたかもしれない。

 

 と、書いた途端に背後に気配が。
 どうしてそんなに勘がいいの?

「へぇ、いいとこ書いてるじゃない?私の見せ場よね」

「う、うん…」

 はぁ…よかった。見逃してくれたよ。

「じゃ、がんばって続きを書きなさいよ」

「ああ、ありがとう。あの…アスカ?コーヒー…」

 振り返ったアスカはぎろっと僕を睨みつけた。

「壁…蹴ろうか?球場の壁と違って、もしかしたら穴が開くかもよ」

「すみません。自分で淹れます」

「あ、じゃ私のもお願い」

 にこやかに笑うアスカ。
 この切り替えの見事さは天性のものだと思う。
 だって、教壇に立ったアスカも見事にみんなを煙にまいてしまったんだ。

 

「一つ聞きたいんだけどさ。アンタたち好きなチームはあるんでしょ。阪神とか巨人の」

 女子はともかく男子はほとんど全員に贔屓のチームがあるはずだ。
 アスカはそんな彼らの表情を確認してズバリと言ってのけた。

「それって、みんなが好きだから好きなの?そのチームが好きだから好きなんでしょ」

 こうはっきりと言われてしまうと付和雷同的にファンになった者も肯定するしかないよね。

「だったら近鉄が好きだからおかしいって言うのは変よ。人を好きになるのと一緒だもん。
 好きになるきっかけはあるはずだけど、好きでい続けるのには理由はないはずよ」

 いやな予感がしてきたんだ。その時、僕は。
 だって、アスカの唇がにっと広がったんだもん。
 あれは何か狙ってるときの顔だ。

「私だって、近鉄ファンだしね。
 でもさ、近鉄も大好きだけど、もっと好きなものがあるのよ。聞いてくれる?」

 聞きたい。でも、この場では聞きたくない。 

「その前に自己紹介するわ。
 私の名前は…さっき言ったわよね。出身はアメリカ。ドイツ系アメリカ人よ。
 ママのパパ…グランパが日本人だから私の血の1/4は日本人なの。
 それから私のパパは、野球選手だったの」

「あっ!ラングレーって大洋にいた…!」

「違うわよ!近鉄バファローズにいたラングレーよ!」

 活躍していた大洋ホエールズの4年間をアスカは消し去っていた。
 僕がいた小学校の連中もその時話題になっていたことを思い出したらしい。
 僕やトウジたちが外国人の女の子と野球とかして遊んでいたことを。
 ラングレー選手のサインボールを見せびらかせていたことを。

「それでパパと一緒にアメリカに帰ったんだけどさ。
 日本にあるものがあっちにはないのよね。
 私、それが大好きなもんだから、日本に来ちゃった」

 アスカはまたもやニヤリと笑った。

「さあ、何でしょう?」

 中学一年生になったばかりの僕たちはまだまだ子供だ。
 打ち解けさえすれば、遠慮がなくなる。
 みんな口々にいろいろなものの名前を挙げた。
 ご飯、ラーメン、おすし、近鉄、ジュリー、森田健作……。
 その答をアスカはひとつひとつ否定していく。
 僕は心の中で祈った。
 誰か正解を言ってください、お願いします。
 そういないと、アスカは僕に答えろって言うのに決まってます。
 僕には言えません。 
 その答は嬉しいけど、みんなの前で言えるわけがないじゃないか。
 誰か!お願い!

「俺もいいか?」

 先生までも参加した。

「もっちろん!いいわよ!」

「答は…碇シンジ、じゃないのか?」

 先生ははっきりと言ってくれた。
 はぁ…よかった。さすが先生だよ。

「ピンポ〜ン!さすが先生よね。その通り!」

 先生がガッツポーズを取る。
 その姿にみんなが拍手を送り……。
 そして、答の内容に気が付いたんだ。

「ええええええっっっっ!!!!!!!!!」

 穴があったら入りたい。
 あ、この用法は間違っているんだけど、この時の僕はそう思っていたんだ。

「はん!やっとわかったぁ?
 そうよ、私はアメリカはケンタッキーから、愛する男を追っかけてきたわけ」

 追っかけるって…僕、ケンタッキーはおろか北海道にさえ行った事ないんですけど。
 アスカはどうもウケを狙う癖がある。
 やたらオーバーに演出するんだから。

「今のうちに言っておきますけどね、私のシンジに手を出すヤツは相手が男でも許さないからっ!
 もちろん女子もそう。私がツバつけたんだから好きになるなら、他の男子にしてくれる?
 他のクラスの友達にもしっかり言っておいてよね。
 私、惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジの妻になる女なんですから。
 私の邪魔をするヤツはたとえ相手が先生でも許さないからねっ!」

 ああ…言ってくれた。
 入学式当日にとんでもない宣言をしてくれたものだ。
 そりゃあ言っている内容には異存がないばかりか、物凄く嬉しい。
 でも、これから学校中の噂になるかと思うとね。
 ただ、随分あとになってからアスカはこの宣言の真の意図を教えてくれた。
 悪いけどアンタに惚れる女子が出てくるって心配よりも私に横恋慕するアホの方が心配だったわけよ。後になってアンタと付き合ってるって噂になったら、俺の方がいいって言ってくるのがどんどん出てくるのは間違いないじゃない。そんなのいちいち対応するのなんてやってらんないわよ。それより最初にバシンと言ってやったらさ。アホの数が減るんじゃないかって。それでも玉砕しにくるのは結構いたけどね。(以下略)
 お子様の僕にアスカのそんな意図がわかるわけがない。
 それよりも、この日突然僕とアスカが婚約したという事実が僕を有頂天にさせた。
 婚約ってことは将来結婚するってことだよね。

 僕は薔薇色の未来に夢を馳せた。

 

「はい、コーヒー」

「こ、こんなもんでどう?」

 机にコーヒーカップを置いた僕の奥さんは、僕の右肩に顎をのせてモニターを覗き込む。

「薔薇色の未来ね…。ま、そんなとこか。ずずず…」

「あ、それ僕の…」

「ふん。減るものじゃないでしょ」

「減るじゃないか。きっちり」

「うっさいわね。アンタは私と間接キスすることのできる世界でただ一人の男なんだからね」

「ケンタッキーのパパとシンイチは?」

「いちいち突っ込み入れるんじゃないの。ずずず…」

 

 薔薇色の未来の一端はすぐそこにも用意されていた。
 おそらく他のクラスよりも盛り上がり一体感ができた僕たちの1組の委員長は、僕だった。
 委員長が選出されるより前に副委員長に立候補したある女性の推薦だった。

「よし、じゃうちのクラスの委員長と副委員は碇んとこの夫婦と」

「先生!」

「はいっ!」

 僕の抗議の声は隣に立つ、僕より10cm背の高い彼女の大声にかき消された。

「ま、お前ら、何だ。他の生徒のことを自分たちの子供と思って世話するように」

 爆笑するみんなを前にしてアスカはけろりとしていた。

「わかったわ。でも、私子育てはスパルタ式で行くからね!ビシビシ行くわよ!」

 1年1組は副委員長が政権を掌握したようだ。

 で、初日はオリエンテーリングだけで解散。
 ただうちのクラスはアスカのおかげで盛り上がったために、他のクラスよりも終わるのが遅かったんだ。
 今日は入学式だけにみんなさっさと帰宅する。
 見渡したところ、知人は昇降口の周りにいないようだった。
 洞木さんくらいはアスカを待っていそうだと思ったのに。

「あ、ヒカリは先に帰ってるわよ。鈴原とかも一緒にね」

「そうなんだ」

 上靴を履き替えて、校門を出た僕はその時初めて気がついた。

「あっ!アスカはどこに住んでるの?」

「ん?徒歩15分ってとこかな?」

「お父さんたちは…」

「ああ、パパとママはケンタッキーよ。来たのは私だけ」

「ええっ!一人暮らし?」

「ぶぶっ!外れ!下宿ってヤツね」

「へえ、そうなんだ」

 そこまでして僕のところに来てくれるなんて…。
 喜びが大きすぎるといつも僕は大事なことを忘れてしまう。
 この間、ノリがサヨナラホームランを打ったときもデータの保存をせずにPCの電源を落としてしまった。
 授業で使う英文を入力していたのに…。
 アスカはすたこら歩いていく。

「あ、僕んちの方なんだ」

「うん、そうよ。あ、アンタんとこでお昼食べていい?」

「いいけど。その下宿先でも作ってないの?」

「と〜ぜん作ってるわよ。でも大丈夫」

 大丈夫なはずだ。
 我が家に着いたとき、アスカは大声で叫んだ。

「たっだいまぁっ!」

 そして、階段をさっさと上っていく。
 僕がその後を追っかけると、彼女は躊躇いもせずに僕の部屋…の隣の襖を開けた。
 その部屋の中を見て僕は言葉を失った。
 ダンボール部屋だったのに!

 ダンボールは一つもなく、真新しい机と整理ダンスが置いてあった。
 アスカはすいすい中に入ると鞄を机の上に置き、そして椅子に腰掛けたんだ。
 例によって悪戯っぽい表情で、僕に笑いかけた。

「ここが私の部屋。お隣さんだからよろしくね」

 するするする!よろしくします!
 言葉にならず、僕は何度も頷いた。
 あの荷物はアスカのだったんだ。 
 さては母さんが僕を驚かせようと黙ってたな。
 確かに嬉しい驚きだった。
 これからずっとアスカと一緒にいられる。
 僕はとりあえず鞄を置いてこようと、僕の部屋の扉を開けた。
 ……。
 ダンボールがいっぱい。

 その日の午後はアスカの荷物の整理に明け暮れる羽目になった。

 ただ、夕方になって一息ついたとき、アスカが僕を公園に誘った。
 何をするかは手にしたものでわかる。

「これね。パパがくれたの。試合で使ってたグローブよ。一つはシンジにあげてくれって」

「ぶかぶかだ」

「そ〜ね、仕方ないわよ。パパはあんなに馬鹿でかいんだから」

「僕も大きくなりたいなぁ。早くアスカを抜かしたいよ」

「ま、がんばんなさいよ。私は背の高さなんか気にしないけどね」

「はは、軟球でいいよね」

「私硬球でも大丈夫よ。パパと毎日キャッチボールしてたもん」

「あ、あの…僕は」

「軟球でいいわよ。日本は公園が狭いからね。硬球じゃ危ないもん」

 よかった。
 そして僕の予想通り、アスカの球は唸りをあげて僕のグローブに飛び込んできたんだ。
 す、凄い。
 そ、そりゃそうだよね。元プロ野球選手と毎日キャッチボールをしてたんだから。
 それに比べて僕の球のへなちょこなこと。
 コントロールも悪いしね。

 でも、アスカはにこにこして球を受けてくれた。
 きっと僕もあんな表情でアスカの球を受けていたんだと思う。


 アスカが来てくれた。
 僕のところに。
 
 そして、僕たちのキャッチボールは今でも続いている。
 家を探すときは近くにキャッチボールができる場所があるかも検討材料になった。
 最近はキャッチボール禁止の場所が多いからね。
 このあともキャッチボールをしに行く約束をしているんだ。
 愛用のグローブはすっかり手になじみ、僕のコントロールもまともになった。
 ずっと二人で続けてきたからね。
 子供ができたら子供も一緒に。

 
 翌日の朝、玄関を出る僕たちを母さんが呼び止めた。
 その手にはカメラ。
 なるほど昨日撮らなかったのはアスカと並んで撮るためか。

「じゃ写すわよ。一生モノなんだからいい顔してね。ケンタッキーのキョウコんとこにも送るんだから。あ、それから…」

「いいから早く撮ってよ」

 かしゃっ。

 軽やかなシャッター音が、僕とアスカのその瞬間を記憶した。

 

 1973年、アスカ再来日。
 
 


 
 

「幸せは球音とともに」

1973編 中 

おわり 
 


 

<あとがき>
 みなさまの予想通りに二人は同居。
 このシチュエーションはLAS作家として燃えてしまいますので、近鉄がお座なりになってしまいました。次回はそろそろ野球の話をしないとね。

 さて、恒例の注釈コーナーです。

プラレール………現在も尚根強い人気のおもちゃです。昔はレールの種類も少なかった。あ、一回目でも説明したっけ(笑)。まあ、今回のアスカのような状態になってしまったお父さん(子供じゃないです)も多いはずです。

キングギドラ………金星より飛来した金色に輝く三本首の宇宙大怪獣。あ、飛来じゃないや、隕石だった。昭和39年に公開された「三大怪獣地球最大の決戦」がデビュー作です。電子音が鳴き声っていうのもよかったですね。アスカもキングギドラになったからにはあの鳴き声も真似ていたことでしょう。

ゴジラ………水爆大怪獣…って名称はどこに行ったんだろう?日本が世界に誇るモンスター…のはずだったんだけど、今年イギリスで行われた世界のモンスターベスト10にはかすりもしなかったんです。キングコングは堂々の一位なのにね。

ジラース………ウルトラマン第10話「謎の恐竜基地」に登場したえりまき怪獣です。えっと、外見はゴジラに酷似し…って、ゴジラのぬいぐるみに襟巻きをつけただけでしたが。でも、当時の子供たちは狂喜したものです。ウルトラマンとゴジラの対決が見られたのですから。ウルトラマンがえりまきを引きちぎっちゃって、完全にゴジラになっちゃうしね。

12色ボールペン………とにかく太い!直径3cm以上はありましたねぇ。手の小さい子は握ることさえ困難なその太さ。それでもって、使わない色はどんどん乾いていってしまい色が出なくなる。ペン先はすぐにつぶれ色が出なくなる。といったように、筆記用具としては最低のアイテムでした。でも、12色が1本になっているという視覚的及びメカ的なインパクトは甚だ強く、男の子の注目を浴びました。女の子はって?あんなの女の子が持つわけないでしょ。可愛くないもん。

ウルトラマン………光の国から来た彼のことです。ジラースと戦うんだからセブンであってはなりません。とくに12色ボールペンをフラッシュビームに見立ててるんですから。

スペシュム光線………火星にある鉱物がスペシュムらしいです。科特隊のムラマツキャップが言ってるんだから間違いはないでしょう。

男女混合の50音順………10年ちょい前、子供の授業参観に行ってびっくらこいちゃいました。今はこうなってたんですねぇ。男女同権ってヤツですかい?

兵庫県氷上郡………兵庫県と京都府の境にある郡です。何故ここかと言われても困るのですが…青葉氏は私の中ではもともとカントリーボーイで大学に行って変身したってイメージが強いんですよ。

いてまえ打線………「われ、いてまうぞ」などと凄まれれば大抵の人は滅茶苦茶怖がります。大阪は河内の言葉です。で、打ち出すととことん打ちまくるという近鉄の打線を形容した言葉です。あまりにイメージが悪いため、何度も改名を試みるのですがいつもこの名前に戻ってしまいますね。

佐々木………佐々木宏一郎。完全試合もしたことのある、通算132勝の名投手です。元々は大洋(現横浜)の選手でしたがわずか1年で自由契約になり近鉄にテスト入団。それからは投手王国近鉄の一翼を担って活躍しました。その上、彼は移籍した南海で1979年に古巣近鉄を相手にドラマを演じます。

清………清俊彦。最初は西鉄に入団し、なんと昭和41年には近鉄を相手にノーヒットノーラン。こいつを欲しい!と思ったのかどうかわかりませんが、昭和43年に近鉄に交換トレード。近鉄では74勝をあげました。本格派の右腕でしたね。通算で負け数のほうが多い(100勝106敗)っていうのが近鉄にいた不運かもしれません。(抑えても打てないから勝てない)

神部………神部年男。昭和45年のドラフト2位です。因みに1位は甲子園の星大田幸司。スターと実力者を取るんだから近鉄のドラフトは凄い(言い換えると運がいい)。通算成績は100勝に満たないのですが、ノーヒットノーランも経験しています。鈴木の陰に隠れていましたが実力派左腕でした。何よりも彼は第2回ドラフトで某球団の2位指名を断っているのです。おそらくそこに入団していれば軽く100勝できていたでしょうね。

大洋ホエールズ………現横浜ベイスターズです。左門豊作が入団しましたよね。

森田健作………「おれは男だ!」で大人気の青春スター。

 

SSメニューへ

感想などいただければ、感激の至りです。作者=ジュンへのメールはこちら

掲示板も設置しました。掲示板はこちら