この作品は「新薬」の続編です。まずは、「新薬」をお試し下さい。 

 

 

 

 

 

 

認知 〜はじまりの朝〜

 

 

Act.3 その朝、すべては始まった

 

 

 

 

 翌朝、私はチンチラポッポ化はしていなかった。

 どうやら枕に顔を強く押しつけすぎた結果の酸素不足と、

 全身フル号泣の体力低下のために、眠ってしまったらしい。

 俗に言う、泣き寝入りってヤツね。

 ふぅ…。

 昨日の夜は何だったんだろう?

 ぐっすり寝たから、頭はすっきり。

 鏡を見るのが怖かったけど、そんなに酷い顔にはなっていない。

 素材がいいせいね。

 シャワーを浴びて、お湯につかれば、完全復活!

 もう怖いものはないわ! と言いながらも、私の心は、まだ整理できていない。

 アイツへの恋心を認めるか、ただその一点だけなのだけど…。

 恋心を認めていないおかげで、アイツとも、いつもと同じように接することができた。

 でも、恋心を認めて欲しい、もう一人の私が、

 登校してる内(もちろん、アイツは3歩後ろよ)に、またまたしゃしゃり出てきたの。

 これまでアイツと接してきたやり方自体が、恋心の裏返しなのよ。

 アイツにかまって欲しいから、我が侭を言いまくる。

 アイツがいないと、イライラする。

 アイツの笑顔を見ると、心が安まる。

 アイツと一緒にいたいから、同居を続けている。

 どう?もうそろそろ認めない?楽になるわよ。

「おはよう、アスカ。どうしたの?ニコニコして」

「わ、わわわ!」

 私の眼前、30cmに突然現れた、親友の顔。

「びっくりしたぁ、どうしたの?アスカ」

「びっくりしたのはこっちよぉ。突然目の前に出てこないでよね」

「失礼ねぇ、アスカったら、まるで心此処に在らず、て感じだったわよ」

「へ?そうだった?」

「うん、そうだった。ねぇ、碇くん」

 ヒカリは、3歩後ろのアイツに話を振った。

「あ、ごめん。気が付いてなかった。アスカ、そんなにニコニコしてたの?」

 な、なんてこと聞くのよ、コイツは!

「うん、これまでの中で最高の笑顔だった」

 アンタも正直に答えるんじゃない!

 私だって昨日の笑顔にはびっくりしたわよ!

 初めて見たもん。

「へぇ、見たかったなぁ。僕も」

 私はアイツの顔を見られなかった。

「い、行くわよ!」

 思いっ切り意識したふくれっ面をして、私は歩き出した。

「ちょ、ちょっと、アスカ、待って」

 ヒカリが小走りに来て、私に並ぶ。

 その後ろに、アイツがいる。

 アイツのことを考えたら、笑顔になる。

 やだ、そんなの、イヤだ。

 私の印象が、滅茶苦茶になっちゃう。

 エヴァのエースパイロットにして、

 13才で大学卒業、容姿端麗、眉目秀麗、空前絶後の天才美少女・惣流・アスカ・ラングレー。 

 でもそれがどうだっていうの?

 わかってるんだ、ホントは。

 それが自分が創り上げた虚像だってことを。

 じゃ、本当の私って?

 それはわからない。

 全然、わからない。

 本当の自分がわからなくなるほど、強固に創り上げてしまった虚像。

 世間の人はみんな、虚像を私と思っている。

 ただ一人、アイツを除いて。

 アイツは、虚像が目に入ってない。

 いや違う。

 虚像を見て、そしてさらにその中の本当の私を見てくれてるんだ。

 普通の13才の女の子として。

「アスカ、また笑ってる」

「えっ!僕にも見せて」

 駄目ぇ!顔、元に戻れ!

 

「碇先輩!」

 

 知らない声。

 私とヒカリは振り返った。

 アイツの前に、ショートヘアの活発そうな女の子が立っている。

 照れているアイツに、女の子は頭を下げながら黒い折り畳み傘を渡した。

 そうか、昨日の話の娘か…。

 少し離れたところに、彼氏が立っている。

 少し身体が傾いているのは、怪我をしている足を庇っているんだろう。

 まあ、こんな可愛らしい二人じゃ、シンジが傘貸したくなるのわかるわ。

 女の子はもう一度アイツに頭を下げると…、

 え?こっちに小走りにやってきた。

 女の子はにっこり笑うと、私に頭を下げた。

「惣流先輩、ありがとうございました」

「はい?」

「碇先輩の傘、本当に助かりました」

「えっと」

「あの…、惣流先輩のおかげです!」

 私に最敬礼する女の子。

 どうして、私に?

 そして、彼女は顔を赤らめて、私だけに聞こえるように話した。

「実は、相合い傘、初めてだったんです」

「そ…、そうなの」

 あ、この娘、いい笑顔。

「それに…」

「?」

「私と彼の目標なんです。憧れなんです。碇先輩と惣流先輩のカップル!」

  ぼふっ!

 彼女の直球が私の顔面に炸裂した。

 わかる!わかるわ!

 今、私の顔は弐号機よりも赤くなってる!

 彼女にはそんな私の状態が目に入っていない。

「お二人のようになりたいんです。私たち」

「あ、あのね、私とアイツは…」

「私は惣流先輩みたいに正直に自分を出せません。

 いえ、もし出せたとしても、今の私たち二人の間では直ぐに喧嘩別れしちゃうと思うんです」

「あ、あの…」

「もっと仲良くなって、お互いの良いところも悪いところも理解し合えるようになれば、

 本当の自分の姿で接することができる。

 その良い見本がこの壱中にいらっしゃるんですもの!

 惣流先輩たちがいらっしゃるから、私たちの励みになるんです」

 お〜い、私の話も聞いて欲しい…な。

 でも、いいこと言うじゃない、この娘。

「素直に自分をぶつけることができる相手なんか、そう簡単に見つかるわけありません。

 だから出会いと別れを繰り返すんだ、て父が言うんですけど、

 実際に中学二年生でそういう相手とめぐり逢って、周囲が羨むようなカップルになってるんですから。

 本当に、凄いですよ!惣流先輩と碇先輩は」

 あのね…、私とアイツ、相合い傘、なんか、したことない…の。

 信じないよね?

「ま、まあ、アンタも頑張んなさい!」

「はい!」

 彼女はペコリと頭を下げると、待ちくたびれている彼氏の方へ走っていった。

 私はぼんやりと二人を見ている。

 彼女は彼氏の鞄をひったくって手ぶら状態にした。

 彼氏は真っ赤になって、鞄を取り返そうとしてるけど、彼女はさっと逃げた。

 本当に元気いっぱいの娘だわ。

 そんな光景を見て、私は吹き出してしまった。 

「ねえ、アスカ。何、話してたの?」

 ヒカリと並んでアイツは、私たちが話し終えるのを待っていた。

「ずいぶん、楽しそうだったわね。惣流先輩?」

「へ?もう!ヒカリったら!」

「あのね、あの子ったらね」

 言っちゃおう!

 かまわない。

「私とバカシンジが、こ、恋人同士だって」

 ぼふっ!!

 ぼふっ!!

 いけない。

 アイツだけじゃなくて、私まで赤面しちゃったじゃない。

「ふ〜ん。そっか…」

「え?ヒカリ、どうして納得してるのよ」

「だって…」

「言いなさいよ!はっきりと」

「うちの中学のほとんどの人間が、アスカと碇くんのこと、そう思ってるわよ」

「へ?」

 ぼふっ!!

 ぼふっ!!

 二人の顔の赤みはさらに倍増した。

「あ、あのね、こ、コイツとは、そんなんじゃなくて…」

 もう駄目!

 ああ!嬉しい!

 嬉しいよ!私!

 ええ〜い!

 こうなったら、認める!

 認めて差し上げます!

 

 私、惣流・アスカ・ラングレーは、コイツを…シ、シンジを好き!

 まだ口に出して言えないけど、シンジが大好き!

 悪い?好きなんだから、仕方ないでしょう?

 好き!好き!だ〜い好き!

 もうコイツとか、アイツとかは、やめた!

 この情けなくて、冴えてなくて、私とは全然似合ってない男。

 碇シンジ! 

 シンジ!いいこと!

 この惣流・アスカ・ラングレー様が、シンジのことを好きなのよ!

 私の気持ちに気付きなさいよ!

 そして、私に告白するのよ!

 告白は男の方からするものなの!

 私、待ってるから!

 

 その時、目の端にヒカリの笑顔が映った。

 すべてを理解した、暖かい眼差しを。

 ありがとう、ヒカリ。

 私、がんばる!

 

「行くわよ!シンジ!」

「アスカ、待ってよ〜」

 

 

 

 

 

 その日の朝、私はやっと自分の気持ちに気付いたの。

 そう、私は恋する13才の娘。

 エヴァのパイロットや天才美少女である前に、ただの恋する娘でいたい。

 この恋は誰にも譲れない!

 だからもう待っていられない!

 鈍感大王の告白なんか、待ってらんないの!

 どんな手を使ってもいい!

 シンジと私は恋人同士になるのよ!

 さあ!

 目標は、キッチンにて晩御飯の準備中。

 ロマンティックなシチュエーションにはほど遠いけど、この薬の効果があるうちに攻撃しなきゃ!

 大丈夫! 自信を持って!

 アンタ以上に、シンジを理解できる娘はいない。

 アンタ以上に、シンジを愛せる娘はいない。 

 アンタ以上に、シンジを幸せにできる娘はいない。

 よし!

 行くわよ!アスカ!

 

 

 

 

 

認  知  〜はじまりの朝〜

  

Act.3 その朝、すべては始まった

 

− 終 −

 

 

「告白」へ続く