この作品は「新薬」「認知」「告白」の後日談です。
まずは、「新薬」「認知」「告白」をお読み下さい。
今回は少しシリアスが入ってます。
平行世界 〜あの日、あの時に〜
Act.4 コンフォート17 その壱
レイったら、酷いこというのよ。
『今晩はネルフに泊まるわ。ゆっくりとお兄ちゃんを慰めてあげて。でも私はまだおばさんにはなりたくないから、変なことお兄ちゃんにしないでね』
最近、あの娘、ミサトが混じってきてない?
でもあの少し後、副司令とお話ししたとき、レイのオリジナルのユイさんって、結構お茶目な人だったって言ってたから、
案外オリジナルの性格が出て来始めたのかもしれないわね。
司令のヤツはそれを見たくないから、わざとレイを道具として扱っていたのかも…。感情を出させないために。
今、シンジは晩御飯を作ってくれている。
私の大好物の煮込ハンバーグ。
誰?こんな時に食事を作らせるなんて酷い女だってぇ?
アンタ馬鹿ぁ?
こんな時だからこそ、シンジの好きなようにさせているんじゃないの。
私はそんなシンジをず〜と見つめ続けるの。シンジが不安にならないように。
やっぱり精神状態が良くないから、シンジは黙って準備をしてるんだけど2〜3分に一度私の方を見るの。
そうしたら、私はにっこりと『女神の微笑み』をあげるの。すると、シンジも微笑みを返してくれて、また準備に戻るのよね。
部屋に聞こえるのは、シンジの使う、包丁やハンバーグを捏ねる音だけ。
怖くなるくらい静かなんだけど、無理に話をしようとは思わなかったわ。
そんな必要があるとは思わなかった。私とシンジの間には。
食事が終わっても、後かたづけが終わっても、二人とも言葉を交わさなかったわ。
ただソファーに並んで座って…。
手を繋いで…。
シンジの肩に頭を乗せて…。
ただ、それだけ…。
微かにデジタル時計の針が進む音だけが聞こえたわ。
そして、いつの間にか、眠ってしまったの。
大変な一日だったから、疲れてたのよね、二人とも、ね。
私ったら、あつぅ〜いキスで慰めてあげようなんて、実は考えていたんだけど、そんな必要は全くなかったみたい。
シンジはずっと私を抱きしめてくれていた。
その心地よさは、シンジの声で破られた。
「ごめん、アスカ。僕はもう君と一緒にいられない」
シンジは両目から赤い涙を流していた。
私は声が出なかった。
「僕の手は血で汚れてしまったんだ」
シンジは弱々しく笑うと、その、真っ赤に濡れた手の平を私に見せた。
そして、シンジは空気と一体化するように、その姿を私の前から消した…。
私は、ハッとなって目を開けた。
ゆ、夢…?
シンジは!
横にいない。身体にかけられていたタオルケットを払いのけ、私はソファーから立ち上がったわ。
どこ?シンジはどこ?
明け方の薄い光でもシンジが室内にいないことはわかる。
周りを見渡すと、カーテンが風に軽く靡いている。
ベランダ?ま、まさか…!
私はベランダへ走ったわ。足がもつれる。夢の中みたいに。そ、そんな、嘘…!
ベランダで、シンジは手すりに両肘を預けて、街並みを見ていた。
私は全身の力が抜けたようだったわ。ガラス窓に寄りかかって、そのまま崩れるように床にしゃがみこんでしまったの。
その音にシンジは振り返って、私の様子を見て驚いたわ。
「シンジがいなかった…」
私はやっとの思いで言葉を発した。弱々しい口調で。
「シンジがいなくなっちゃう夢を見て…、起きたら…、シンジがいなかった…」
シンジはすぐに私を抱き起こしてくれたわ。そしてベランダのデッキチェアーに座らせてくれた。
「大丈夫だよ。アスカ。僕は此処にいる」
その笑顔を見て、私はボロボロ涙をこぼした。
「アスカって、こんなに泣き虫だったんだぁ」
「うっ…うっ…、いつも、泣きたいの、が、我慢、してる、だからぁ…、き、嫌いになった…?泣き虫は、嫌い…?」
「アスカ…」
シンジはチェアーの前に膝を折って、私と同じ高さの目線に合わしたわ。
「僕以外の人に、その涙は見せないでね。僕、嫉妬に狂っちゃうから」
「うん!絶対に見せない!」
う、嬉しいこと言ってくれるじゃないの!わかったわ!私の涙はシンジ限定に決定よ!
しばらくして、私たちは並んで街並みを眺めていたわ。
まだ動いている人影はほとんどいない。
時計見てなかったけど、6時くらいなのかな…?
「あのさぁ、アスカ?」
「なぁに?」
「一つだけ、言っておきたいことが在るんだ。それで、もし、僕のことがイヤに思ったら、正直に言ってね。僕はアスカの前から姿を消すから」
「あ、アンタ、何言い出すのよ!そんなことあるわけないでしょ!」
「聞いてよ、アスカ」
「ぐっ…、聞くわよ。早く言いなさいよ」
何言い出すんだろ…。私、不安だよ…。正夢なんてヤだよ…。
「僕は…」
シンジは自分の手の平をじっと見つめた。
「親殺し、しちゃったんだよ…」
平行世界 〜あの日、あの時に〜
Act.4 コンフォート17 その壱
− 終 −