その時、少女はビクンと身体を震わして…そのまま、私の腕の中に崩れ落ちた。 「ちょっと、シンジ!こ、これって…!」 壁の掛け時計は午前2時30分。 これって、さっきシンジが言ってた、変心…じゃないの?! どうしよ!シンジからいろいろ聞いてないよ。 な、名前だって知らないのよ! わ!私の胸にうずまってる顔が動き出したよ。 困ったわ!どうしたらいいの? 少女は…シンジの心を深夜にだけ持った、この少女は私の胸から顔をもたげた。 そして、赤い瞳に不審の色を深く宿らせて、言った。 「あなた、誰?」
私は、少女の新たな一面にすっかり驚いてしまったわ。 だって、この冷たい眼。 それにこの態度って…そっか、さっきまでシンジの心が支配していたから…。 ああっ!それにしても、アンタ豹変しすぎよ! 少女は、私の胸からさっと飛びのくと、扉の前に立ち、私を睨みつけたわ。 「あなたは、誰?勝手に人の家に。警察を呼びますよ」 「あ、あのね!だから…」 何て説明したらいいのよ!もう!馬鹿シンジめ。いい加減な説明で消えてしまって! 「えっと、私は、惣流・アスカ・ラングレー。隣に住んでいるの」 とりあえず名乗ったけど、少女は警戒の色を引っ込めない。 「アメリカの碇のおば様たちに聞いてない?」 「そういう名前は伺っています。しかし、その人が何故ここにいるのですか?」 「えっと…」 困っちゃったな…。そうよ!変心するときは気絶するって言ってたよね。 「私の部屋はそこなのよ」 私は窓の外を指差したわ。この部屋の窓から見える私の部屋の窓。 よくシンジと窓越しに話したのよね。 少女は目を細めて、私の開きっぱなしになったままの部屋の窓を見たわ。 「それで?」 「だ、だから、この部屋からドタッて大きな音がしたから、心配で飛んできたら、アンタが倒れていて…」 「鍵…掛かっていた筈ですが?」 くぅうう!クール&ドライって感じね、この娘は! 「私は鍵を預かってるの。古い付き合いだから」 「見せてください。鍵」 な、何なのよ、この娘は! いたって気が長いほうとはいえない私は、少しむっとなりながらも素直にポケットから鍵を出して、 これ見よがしに少女の目の前でブラブラさせたわ。 次の一瞬。少女はいきなりその鍵を奪い取ったの。 「わっ!」 「お返しいただきます。これまでどうもありがとうございました」 私はキレた。 よくここまで我慢できたわ、アスカ。誉めてあげる。 きっと、心だけの存在でもシンジとお話できた所為ね。 愛は人を成長させるのよ! 「ちょっと何すんのよ!」 「だって、これはうちの鍵。あなたが持つ必要はないわ」 「な、何冷静に…!大体その鍵はおば様に直接預かったのよ。アンタに取り上げられる理由はないわ!」 「それは留守の間。私が住むのだから、もう必要ないの」 「す、澄ました顔して何よ!私とシンジはこ、恋人なんだから!」 「はい?シンジって誰?」 「誰って、ここの一人息子じゃない!」 「そんな人、知らないし、知らない人同士の惚気話なんか聞いても、面白くないわ」 「うきぃ!シンジと私は隣同士で、幼稚園の時からの幼馴染で、それから」 「はいはい。本当に変な人」 「あったま来るわね、アンタって!そのしらっとした顔なんとかなんない?!」 「無理。顔は一つしかないから」 「何言ってんのよ!さっきまであんなに…!」 しまった。シンジが心の中にいるって言っちゃいけないのよね、きっと。 シンジから聞く前に変心されちゃったけど、そんな感じで言ってたもん。 「さっきまでって、何?意識のない私に何してたの?あなた、変態?」 「何よ、アンタ、可愛くないわね!」 「別にあなたに可愛いと言われたくないわ」 「もう!勝手にすれば!」 私はプンプン怒って、部屋を出たわ。 「鍵は取り上げられたから、自分で鍵閉めてよね」 「当然」 あああああっ! 腹が立つ!何なのよ、この娘は! 無愛想この上ないじゃない!にこりともしない、お人形みたいなものよ。 シンジの家の扉を閉めて、私が門へと歩き出そうとしたその時…。 がちゃ! 私の背中で、鍵が掛かる音がした。 こんな音、生まれて初めてよ。 シンジの家の鍵が私の背後で閉まるなんて。 すっごい、屈辱! こんな娘の面倒なんか、ずぇ〜たいに見てやるもんか!
「駄目よ、アスカ。約束したんだから、貴女が彼女の面倒を見るの」 ずずずと煎茶を啜りながら、ママが言ったわ。 朝食は私だけがパン。 ママとパパは和食なのよね。 パパは現在海外出張中。東南アジアに2ヶ月だって。 「だって、アイツ。可愛くないもん」 「あら、送ってきた写真見たら、可愛い娘じゃない」 ママはエプロンから写真を出した。 横から覗き込むと、碇のおば様と二人で並んで写っている。 やっぱり無表情じゃない。 あ、おば様若〜い!今いくつだっけ?えっと31?15歳の時にシンジを産んだんだよね。 ホント、大胆!今の私より若い時に子供つくってんのよ。 私なんか、シンジとキスどまりだっていうのに…。 「ちょっと、アスカ。シンジ君との思い出にふけるのはいいけど、遅刻するわよ」 「げ!ど、どうしてわかんのよ。シンジのこと考えてるって」 「顔に書いてあるわ」 「書いてませんよ〜だ」 「何言ってるの。思い切り、にやついた顔してたわよ。はい、お弁当」 ぐぅ…。仕方がないわね、だってシンジだ〜い好きなんだもん。 顔だってにやつくわよ…って、あれ? 「ママ、どうして二つ?」 私は両手に一つづつのお弁当を持って、ママに尋ねたの。 「お隣さんの分よ」 「ええっ!アイツにぃ!やな感じ。そ〜よ、大体同じクラスになるかどうか…」 「はいはい。同じクラスなの。先生にお願いしておいたから。さあ、ぐずぐずしないで早く行く!」 「ええっ?信じられない!そんなこと普通するぅ?」 「頼まれたんだから仕方がないでしょ。ほら、アスカもシンジくんのためでしょ」 テーブルを離れかけた私は、ママの一言にどきっとした。 「え?ママ、知ってるの?」 「当然でしょ。私に頼んだから、安心してあの娘さんを来日させたんじゃない」 「でもシンジはママは知らないって」 「そういうことにしておきなさいよ。こんなこと色んな人に知られたくないでしょ。私が知っていることは内緒よ」 「わかったわ、ママ。そうする」 「うん。いってらっしゃい」 「はい」 玄関に向かおうとして、私はあることに気付いた。 「ねえ、ママ。あの娘の名前は?」 「あ、言ってなかった?あの娘の名前はね…」
「綾波…レイ、といいます…」 彼女…綾波レイは、瞬きもせずに無表情のまま、たったそれだけで挨拶を済ませようとしたの。 当然、担任のマヤちゃん(伊吹マヤ先生:お年は25歳)は少し慌てたわ。 「あ、あの、綾波さん?もう少しお話していただけるかしら?」 「は?何を…ですか?」 「そうね…例えば、趣味とか得意な学科とか、色々あるじゃない?」 「はい…では、趣味はありません。得意な学科は…とくにありません。これでいいですか?」 くわぁ〜!あの馬鹿。早速やらかしたわよ。 おっとりマヤちゃんは困るくらいのものだけど、マヤちゃん命の女生徒はクラスの2割はいるのよ! アイツったら、席に着く前にクラスの1/5以上は敵に回したってことね。 こりゃ、先が思いやられるわ。 「はは…、そうね、じゃ、早く趣味とか見つかるといいわね」 マヤちゃんはそう言うとにっこり微笑んだけど、アイツは表情を変えずに突っ立っているだけ。 あ〜あ、また反感度のゲージがググッと上がったわよ。 こんなのに巻き込まれたら大変よね。 大体私にもなんて物騒な団体ができているって聞いたもの。 あ、情報源は勝手に出来た大銀河アスカ主義っていうワケのわからない名前の同盟の同級生から。 私にすれば、どっちもどっちだわ。 勝手にしてなさいって感じだったけど、アイツが絡むとなるとややこしくなりそうね。 アイツの世話を見るってことは、対立してる私関係の同盟に影響するって感じだわ。 しかも、悪い方に。いっきに反アスカ同盟勢力が力を増しそうね。 憂鬱…。
「じゃ、綾波さんは惣流さんの隣に座ってくださいね」 そうくると思ったわ。私は隣の空席を恨めしげに横目で見た。 ますます運命は私を雁字搦めに縛っていくわ。 アイツは教壇から降りて、ゆっくりと私の方に歩いてくる。 アンタねえ、ちょっとは微笑みなさいよ。 そしたら可愛いんだから…。すぐにファンがつくわよ。今のままじゃ、どんどん回りは敵だらけよ。 なんとかしなきゃ、ね。 アンタのためじゃなくて、アンタの身体に宿っているシンジの心のためにね。 仕方ない。惣流・アスカ・ラングレー様が闘ってさしあげましょうか。 私は隣に座ろうとするアイツににんまりと笑いかけたわ。 一瞬私を見た、アイツはびくっと肩を震わせたの。 ははは、びびってんの。 ん? びびってるってことは、私の笑顔にぃ?! 私はアイツをキッと睨んだわ。 失礼なヤツね!100万ドルの微笑みにびびるなんて。 許さないわ! でも、許さないとね。 愛するシンジのためだもの!
第2話 「ようこそ、聖ネルフ学園へ」 −終−
<あとがき> 有言不実行! 同じペースで第2話を更新してしまいました。 これは10話完結はちょっと難しいかも…。 やっぱり、シンジハートは登場できませんでした。次回も無理かな? 今度こそ第3話掲載は年明けは間違いない。絶対に来年! 2002.12/29 ジュン |
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