ごめんね、シンジ。 絶対にアンタの前では泣かないと決めていたのに…。 とうとう泣いちゃったね。 なんだかんだといっても、この惣流・アスカ・ラングレーも16歳の少女なのよ。 でも、これからは泣かないようにするからね。 アンタの前ではね。 そう…あの時、眠っていくときにふと感じたの。 レイの手ってママの手みたいに暖かくて、気持ち良かった…。
聖ネルフ学園1年の学習旅行の日程は4泊5日。 京都、奈良、神戸、大阪で1泊ずつ泊まって帰ってくるんだけど、泊まるところはどこも一流ホテルか旅館。 さすが聖ネルフ学園よね。 因みに2年が北海道で、3年がヨーロッパ。 伊達に高い授業料は取っていないってことか。 ただし、成績の悪い人間は参加させないという方法をとっているから、みんな目の色を変えて勉強してるわ。 私はどうだって? 学年主席のこの私にそういう質問する? 問題は…レイだったのよ。 数学、化学、生物、英語…。つまり理数系+英語はまあ優等生といっても良かったの。 ところが、国語、社会、家庭科、保健体育、美術が散々。 文系+その他科目が、人並み以下なのよね。 あ、音楽だけは何故かすぐに成績が上がっていったんだけど。 こんなに得手不得手がはっきりしてるのも珍しいわねってマヤちゃんがこぼしていた。 マヤちゃんもレイの成績アップに必死よ。 何せ、学習旅行で京都の甘味処にレイと(おまけの)私を連れて行くつもりだからね。 私だけはレイの成績のばらつきの理由がわかってるけど、それを言うわけにはいかないから。 まあ、全部記憶喪失のせいにしてるの。 本当はアメリカでの学習する場所が研究所内に限られていたからなのよね。 事件を公には出来ないから−だって、こんな非常識なこと発表できないでしょ−、 レイに教育できるのは碇のおじ様とおば様。それと研究員の人だけ。 みんな理系の人なのよ。それとアメリカの人が多いから英語は当然巧くなるわけ。 問題はみんな文系を教えるのを避けていたってこと。 天才みたいな人たちばかりがそこにいたのがレイの不幸だったのよ。 一般の理系の人じゃなくて、天才理系だから文系はからっきしって人がほとんどだったの。 自然にレイは文系と一般生活系の科目が苦手になっちゃった。 ただ、レイは凄く頭がいいから、覚えるのは人の何倍も早いってことが救いだったわ。 おかげ様をもちまして、中間テストはレイも合格。 私はどうだって? 二度も聞くとは怒るわよ。実力テストに続いて、学年主席は私のモノよ!
あれから、私はレイの部屋と自分の部屋で交互に寝ることにしたの。 正直言うと、いくらシンジが大好きでも、睡眠不足で身体がもたないの…。 毎日、シンジの変心を見届けて、レイの異常がないことを確認してから寝てたんじゃ、寝るのは4時ごろ。 起きるのが7時だから、3時間睡眠よ。 それが毎日じゃかなわないわ。 だから、シンジと話し合って、日、火、木の3日間は自分の部屋で寝ることにしたの。 つまり11時までに、レイを寝かしつけるわけ。 でも、11時よ。11時。よくもまあこんなに早い時間に寝付けるわね、レイは。 『おやすみ』って言って3分もたたないうちにスヤスヤ寝息を立ててるの。 どうもいつでもどこでもすぐに眠れる体質みたい。 寝る子と、食べる子は育つんだっけ? この二つにかけてはレイは尋常じゃないわ。異常発育してもおかしくはない。 そのうちレイが怪獣になるんじゃないかって、私は思うようになったわ。 自分お部屋で寝るときにはレイが寝たことを確認して12時頃に家に帰るの。 もちろん、ママの設置した完全セキュリティシステムをONにしてからね。 一度黒焦げの軍手が玄関に落ちていたことがあったけど、 あれってあのシステムの産物だったのかな…。 ママも元科学者だったって聞いてたけど、このシステムってまさかママのオリジナル? だってどこにもセキュリティ会社のシールが張ってないんだもの。
それからね、レイの部屋で寝るときには簡易マットレスと毛布を使うわけ。 で、でもね…、ちょっと恥ずかしいわね。 時々、シンジを…レイのことだけど、膝枕してあげて寝かしつけてあげてるの。 シンジにこうしてあげると凄く喜ぶから…。 目を瞑って髪を撫でてると、本当のシンジに膝枕をしてあげてるような気分になってくる。 そう考えてたら、目頭が熱くなっちゃうときがあるからシンジにわからないように必死に我慢するのよ。 早く本当のシンジにしてあげたいな…。 あ、もちろん、レイの心のときにはそんなことしないわ。 頓珍漢娘だから、変に誤解されたり、学習されたりしたら大変だもん。 それと…本当はね、私もして欲しいの、膝枕。 レイにじゃないわよ。シンジに。 同じ肉体なのに、心が違うと全然感触が違うのよね。 シンジは愛しい人(あぁっ!恥ずかしいわ!)って感じでぽぉ〜としてくるんだけど、 レイのときは…変な話なんだけど、二種類あるの。 まるでパイプイスに座ってるような硬い冷たい感覚のときと、 ママに耳掃除してもらってるみたいな暖かさを感じるときがあるのよ。 さすが正体不明の美少女だけに奥が深いわ。
そして、いよいよ学習旅行の日。 新幹線でまずは京都。 どんなに名門女子高でも、女ばかりの客車は煩いったらありゃしない。 目をきらきらさせて窓の外を見ているのは、レイ。 私は横でお守り役兼ガイド役なの。
「あれ、何?」 「はい?ああ、あれは東京タワーよ」 「それは何?何のためにあるの?」 「えっとね、本来の役目は電波塔なのよ。でも観光名所として…」
「あれ、何?」 「え?えっと多摩川よね」
「ここは何?」 「新横浜。さっきアナウンスがあったでしょ」 「あれは何?」 「ん?ああ、駅弁屋さんね。シュウマイ弁当が有名だったっけ」 「食べたい…」 「はあ…駄目よ。ほらもう発車するし」 「あぁ…さようなら…シュウマイ弁当…」 ママの料理のおかげでレイもお肉を食べられるようになってきたから、 レパートリーが大きく膨れちゃったのよね。 おいおい、涙ぐんでるよ、この娘ったら。 ま、横浜でいきなり弁当ってわけにはいかないからお菓子で誤魔化すかな。 「失礼致します。横浜名物、シュウマイ弁当はいかがですか?…」 オヤジじゃあるまいし、うら若き乙女の集団がシュウマイ弁当はなかろうと、 おざなりに通り過ぎようとした車内販売のお姉さんにレイは一万円札を突きつけた。 「3つ欲しいの」 「ああっ!駄目よ。アンタいつの間に通路に出たのよ。3つは駄目。一つだけよ。 すみませ〜ん、一つでいいですから。はい、レイ。おつりよ」 「アスカの意地悪…。もっと食べたい。だって名物だから…」 「アンタ馬鹿ァ!名物は横浜に限った話じゃないわ。ね、ヒカリ。そうでしょ」 私とレイのやり取りにくすくす笑ってたヒカリが突然話を振られてびっくりしてた。 「あ、えっと、そうね。小田原なら“鯛めし”、熱海には“早咲きの梅”っていう洒落た名前のお弁当があるわ。 それから…、あれ?どうかしたの?変な顔して」 「ヒカリ…、アンタ詳しすぎ。名前がヒカリだから新幹線に詳しいわけ?それとも駅弁マニア?」 「ち、違うわよ。委員長として…調べておいた方がいいと思ったから…」 「ふ〜ん」 私はそんな言い訳信じないわよ。 きっと駅弁とかも調べて料理のレパートリーを増やそうとしてるんだわ。この家事大好き娘は! ど〜せ、遠距離恋愛の彼氏にいつの日か食べさせ…うわっ! 「洞木さん、それ売りに来る?」 「ちょっと!レイ、いきなり私の頭押しのけないでよ。首の骨折れるでしょ!」 「そのお弁当、売りに来る?」 「く、来ると思うけど」 「じゃ、食べる」 「こら、アンタ、一駅ごとに食べれるわけないでしょうが」 「大丈夫。私は食べるもの」 「は?もう勘弁してよ。アンタ、お小遣いを駅弁だけで使い果たすつもり?」 お小遣いは一人1万円って決まっていたの。 ま、決まりどおりに1万円だけしか持ってきていない人はいないでしょうけどね。 私も3万円持ってきてるからね。 「そうなの?駅弁だけで使ったらなくなっちゃうの?1万円を複数持ってきたのに…」 哀しげな顔でシュウマイ弁当の蓋を開けるレイの言葉に、私は引っ掛かるものを覚えたわ。 複数…?変な日本語の使い方よね。レイらしいけど。でも、複数って2枚以上だけど…まさか、ね。 「レイ?アンタ、その複数って、どれくらい持ってきたの?」
綾波レイの家計はおおざっぱ。 家賃、光熱費の類は碇のおじ様の口座から自動引き落としで、 生活費は私のママが預かってるのよね。必要な分だけママが渡してるんだけど。 あのママは時々とんでもないことをするから…私はだんだん不安になって来たわ。
「ん?」 すでに3つ目のシュウマイを口にしていたレイは、 お箸を口でくわえて、首からかけたポーチを開いて見せたの。 はぁ…やっぱり…。 ポーチの中には札束が2つと、バラになった1万円札がぎっしり詰まってたの。 今の1万円はきっと封を破って使ったのよね。ということは300万円ってことぉ! わ、私の100倍…!あの、馬鹿ママは、何考えてるのよ! 「ちょっと電話してくる!」 「うん」 ヒカリに断って、私はデッキに向かったわ。 レイはといえば、一心不乱にお弁当と格闘している。
「ママ!レイのお小遣いだけどね、あれおかしいじゃない」 『あら、少なかった?』 「は?何言ってんの。高校の旅行で札束持っていく人間がいるわけないでしょうが!」 『そうだったっけ』 「私がこれだけ持って行くってママに言ったでしょ」 『ええ。指三本だったわよね』 「指一本いくら?」 『100万円でしょ』 「一本1万円に決まってるでしょ!何考えてんのよ、もう!」 『じゃ、おつり持って帰って来てね。あ、お客様。それじゃお土産待ってるからね。ママ、たこ焼きがいいな』 「あ、ママ!」 つーつーつー。 切っちゃったわ。 あんたね。たこ焼きはあつあつをふぅふぅしながら食べるものよ。 あんな土産物用のは…って論旨がずれちゃってる。 う〜ん、あんな大金持ってるの不安ね。 そうだ、京都で銀行の口座に振り込んだらいいわ。 先生に預けたら、持ってきたレイが怒られちゃうもんね。
座席に戻ると、レイはまた窓にかじりついていて、ヒカリを質問攻めにしていたわ。 「あ、アスカ!やっと帰ってきたわね。もう大変なんだから…」 「ごめんね、ヒカリ」 そして声を潜めてヒカリは私に言ったわ。 「綾波さんって、まるで子供みたい」 私は苦笑いして、ヒカリと席を替わった。 「ね、あれは何?」 「はいはい、あれは…」 ね、ヒカリ。16歳ってまだまだ子供なのかもしれないわよ。 レイを見ていたらそう思えてくる。それでもいいと思うわ。 あ、私はまだ半年は15歳よっ!
小田原で“鯛めし”、熱海で“早咲きの梅”、三島で“海ひこ山ひこ”、 静岡で“茶めし弁当”、浜松で“あつあつまぶしうなぎめし”…。 ひかりで良かった。こだまだったらもっと増えるもの。 でも、この華奢な身体のどこに入るの? 私はレイの食欲にだんだんいらいらしてきた。 そして、名古屋でレイが“びっくりみそかつ”を注文したとき、私の我慢も限界を超えたわ!
「すみません。それもう一つ下さい」
美味しいわね、これ! 横を見たらヒカリもきっちり駅弁を食べていたわ。ヒカリのは“名古屋コーチン弁当”だって! さすがにこれを食べた後、レイが表情を曇らせたわ。 もう限界に近いみたいね。 「レイ、もう止めておいたら?帰りにまた新幹線に乗るんだし…」 私の言葉を聞いて、レイの顔がパッと輝いたわ。 そして、力強くうんうんとうなずくの。ホントにこの娘は…。 学習旅行じゃなくて、食べ歩き旅行−“レイちゃんの食いしん坊万歳!”になっちゃってるわよ。
長良川を越えた辺りで満腹の効果でレイは熟睡モードに入ったわ。 よかった…。 質問攻めから解放された私の肩をヒカリがポンポンと叩いてくれた。 「ご苦労様。レイの子守りも大変ね」 「ううん。別に」 「ふ〜ん、アスカ最近ちょっと変わったわね」 「そうかな?」 「うん。凄くまるくなったって感じ。あ、体形じゃないわよ。性格よ」 私の握り拳を見て、ヒカリが慌てて注釈を入れたわ。 ホントはレイのお付き合いでちょっとだけ太っちゃったんだけどね。 「ほら、碇くんがアメリカに行っちゃってから、アスカって精神不安定だったから…」 え…? 私はヒカリの横顔を見つめた。そんな風に周りは見てたんだ。 「気を悪くしたらごめんね。確かに明るくしてたけど、一人になったときに凄く寂しそうな顔してた。 誰に嫌われても構わないって調子でバンバン飛ばしてたから…。 ほら、2年のとき、人気No.1の先輩に交際を申し込まれたときも、アスカ徹底的に拒否したでしょ」 「あったり前じゃない。私にはシンジがいるんだもん」 「そうよね。でも、あの言い方はなかったと思うわ…」
『しっつこいわね!アンタなんか、ミトコンドリア以下よっ!さっさと消えてなくなんんさいよっ!』
「だって、シンジと比べたらそんなものだもん。あんなヤツ」 「まあ、アスカにとったらそうでも、あれでアスカの敵はかなり増えたじゃない」 う〜ん、確かにちょっと言い過ぎたかも。 でも、シンジがいなくなって、メールのやり取りだけで寂しかったんだもん。 「それに、ここに入学したときもでしょ。 学園の超アイドル、テニス部のあの先輩に一緒にウィンブルドンを目指しましょう…って言われて、 アスカさんはどういう対応をしたっけ?」
『気安く私にさわんないでよ!何?アンタ、私に興味があるわけ?キモチワル〜イ! もしかして、アンタレズぅ?私にはね、そんな趣味は0.1mgだってないわっ!はん!』
うん、確かにそういう返事をしたような気がするわ。 「アスカが幸運だったのは、あの後本当にあの先輩がレズだって暴露されたからよ。 もしそれがなかったら、アスカは学園中から総すかんになってたかも」 「はっ!今だって、レズの連中からは嫌われてるじゃない」 「あ、あれね。反アスカ同盟って名前だったっけ。そのまんまでセンスないわね。 まだ、大銀河アスカ主義の方が面白いじゃない」 「どっちもポイよ。私はシンジだけいればいいの。別の男とか女に興味はないわ!」 「そう?最近は、大銀河アスカ主義の動きが活発らしいわよ」 「へ?どうして?」 「レイへの態度を見てたら、チャンスが出てきたって思われてるみたいよ」 「はい?」 「だから、アスカとレイができてるって…」 「へぇっ?!私とレイが?で、できてるぅっ!」 「そう。もっぱらの噂よ。あ、私や碇くんのことを知ってる連中は全然信じてないけどね」 「どこの誰よ。そんな噂流してるのは!ただじゃ済まさないから!」 「でもねぇ、アスカ。ほら、今の姿見てたら誰でもそう思いたくなるんじゃないの?」 へ?何のこと? 「ほら、アスカの肩」 横を見ると、レイが私の肩を枕にして眠っている。 あらら、全然気付いてなかった。 「ね、何か凄く自然な感じなのよね」 私は噂の種を叩き起こそうとしたけど、できなかったわ。 こんなに気持ちよく寝ているのに、そんな可哀相な事できない。 「あ、その顔」 「は?」 「今の顔よ。昔、教室で碇くんを見ていた時のアスカの顔と同じなの。 クラスで評判だったんだから。こう…何て言ったらいいんだろ…。 う〜ん、幸せなオーラが放射されてるの。凄く綺麗でうっとりするような微笑みを浮かべてるのよ。 だから、レイが恋人だって噂が出てきてもある意味当然よね」 「イヤよ、そんな噂」 「ふふふ。ね、アスカ。碇くんがこの光景見たら多分嫉妬で狂っちゃうと思うよ」 「……」 「あれ?どうしたの、アスカ。変な顔して。私おかしなこと言った?」 「ううん、何も」
ヒカリ…。そのシンジはここにいるんだよ。私を枕にして眠っている、このレイの身体の中にね。 信じてもらえないでしょうけど。 シンジは帰ってきてるの。だから私は強くなったの。暖かくなったのよ。 それに、この中に…レイの身体の中にシンジの心がいるから、レイを見る目がそうなっちゃうのよ。 今はそれだけじゃないかもしれないけど…レイがホントの妹みたいに思えてきてるの。 私は兄弟がいないから、そこんとこはよくわかんないんだけどね。
「ほら、レイ。起きなさいよ。もうすぐ京都に着くわ」 「ふにゃ…もう一個だけ…」 ばちっ! 軽いデコパッチンをレイの額に食らわしたの。 急に目がさめたレイは額を押さえて目を白黒してる。 「さ、ゴミをまとめなさいよ。ほとんどアンタが食べた駅弁なんだから」 新幹線はもうすぐ京都駅に到着する。 うん、シンジが身体を取り戻したら、二人で遊びに来よう。 レイが駅弁の種類をせっかくあんなに見せてくれたんだから。 その時は“あつあつまぶしうなぎめし”にするわ!
第7話 「レイちゃんの食いしん坊万歳!駅弁編」 −終−
<あとがき> ジュンです。 第7話掲載です。JAROが怖くてそのまんまの題名にしました! って、駅弁編ってことは…。すみません!駅弁だけでここまで長くなるとは! この調子で10話で終わらせるとすれば、レイが大阪で食い倒れてシンジの心とともに昇天…! イ、イタモノエンドだっ!え?そんなのはイタモノの範疇に入らないって? いえ、お腹がいたいってことで…。あ、石を投げないで! 2003.1/17 ジュン |
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